シナリオ詳細
蜥蜴邸にて謀る
オープニング
●蜥蜴邸の椿事
幻想内のとある地方に、アンツェマンという鉱山主が居る。
当主のジョルグ・アンツェマンはイルヴ銀山、テノフ銅山、マレフラー鉄山の各地権を持ち、それぞれで採掘業を営んでいた。
かつてジョルグは毒牙蜥蜴という小型の魔物を自在に操る蜥蜴匠として高い戦闘力を誇り、三つの鉱山にはびこっていた魔物や妖魔の群れを片っ端から駆逐して、鉱山開きの礎を築いたことで近隣に知られていた。
そのジョルグにはディエルとレッグスというふたりの息子が居たが、いずれも鉱山事故で命を落とし、現在残されている血筋は彼の孫達のみであった。
ディエルの長男イアレム、次男ローランド、末っ子の妹マレンダはアンツェマン家の正当なる家系を継ぐ者達であったが、レッグスの遺児ジーリス・メザッダは妾腹の子であり、血筋という点ではイアレム達三人からは一段劣る存在である。
だが、このアンツェマン家は少々複雑な事情を抱えていた。
長男イアレムは活発で放蕩な性格から、地味な鉱山経営を嫌って家を飛び出し、遺伝的に目覚めた蜥蜴匠としての力を駆使して冒険者の道を歩んでいた。
一方ローランドは蜥蜴匠としての技量には乏しいものの、鉱山経営には詳しく、ジョルグの資産たる鉱山全てを引き受ける継承者の第一人者として目されていた。
逆にマレンダは極めて平凡な娘で、外見的にも能力的にも特筆すべき点は無かった。ただひとつ、アンツェマン家で鉱山経営補佐を務めているカルゼス・キャモスという男と恋仲にあるという点を除いては。
そして或る冬の日、蜥蜴邸という名で知られているアンツェマン家の邸宅に、それまで全く行方知れずとなっていたイアレムが突然何の前触れも無く姿を現した。
この来訪から、事件が始まったといって良い。
暖炉に火がともる暖かな居間で、ジーリスはローランドに大きな牙をぶら下げるネックレスを手渡した。
牙笛という、毒牙蜥蜴を操る為の特殊な魔器であった。
「助かった。それのお陰でローランドの名代としての役割を無事に終えることが出来た。今後、あちこちから商談の問い合わせがあるから、身分証としてしばらくは常時身に着けておいた方が良いだろうな」
ジーリスは、執事のベレメンス・リウフトと共に新たな鉱物売買市場を開拓する為に、周辺の街を一カ月ほど歩いて回っていた。ふたりは、五日前にやっと全ての視察を終えて戻ってきたばかりであった。
「毒牙蜥蜴なんて物騒な魔物を操る為の魔器が、今では商談の身分証替わりなんだからね。時代も変わったもんだなぁ」
ローランドは笑いながらジーリスと、傍らで直立不動の姿勢で静かに控えている老執事のベレメンスを交互に見遣った。
その時、突然玄関の方が騒がしくなった。
何事かと足を向けると、大勢の使用人や鉱山経営補佐のカルゼス、そしてマレンダといった面々が戸惑いながら長身の男の訪問を受けていた。
「よう、久しぶりだな」
その人物は間違いなく、イアレムだった。ふてぶてしい笑みの中に、どこか敵意を感じさせる鋭い棘の様な色が感じられた。
「どうしたんだい、兄さん……また急な帰省じゃないか」
「実はちょいとお銭が入用になってな。助けて貰おうかと思ってよぉ」
曰く、一週間ほど前に或る豪商とトラブルを起こし、莫大な損害賠償請求を突きつけられたのだという。
流石に自身の支払い能力を超えた要求にイアレムは頭を悩ませたが、その豪商はイアレムの血筋のことを知っており、ジョルグの鉱山権を抵当に入れれば賠償金ぐらいは払えるだろう、などと要求してきたらしい。
余りに身勝手な台詞に、ローランドは顔を紅潮させた。
「何を今更……鉱山のことを僕らに押し付けて好き勝手しておきながら、賠償金を寄越せだって? ふざけるのも良い加減にしたらどうだ」
「おい、口の利き方には気を付けろよ。俺の蜥蜴匠としての力を忘れたのか?」
売り言葉に買い言葉だった。玄関ホールは騒然とし、掴みかかるイアレムと、仁王立ちとなるローランド。
その時、二階に上がる正面階段の段上から、乾いた怒声が鳴り響いた。ジョルグがベレメンスに支えられて、そこに立っていた。
「イアレムッ! 今頃どのツラ下げて戻ってきたッ! さっさと出て行けッ! 何が蜥蜴匠の腕じゃ。お前などわしやジーリスの足元にも及ばぬわッ!」
「ちッ……糞爺ぃがッ!」
分が悪いと判断したのか、イアレムは退散する構えを見せた。が、その直前に彼はローランドの首元に牙笛がぶら下がっていることに気づき、咄嗟に手を伸ばして大切な魔器を奪い取ってしまったのである。
「へッ、お望み通り出ていってやらぁッ! その代わり、このツケは高くつくぜぇッ!」
イアレムは捨て台詞だけを残し、驚く程の速さで蜥蜴邸から遁走していった。
●依頼者達
ローレット本部の幾つかある応接室の一室で、ユリーカ・ユリカ(p3n00002)はアンツェマン家からの訪問者達と面会していた。
ユリーカの前にはジーリス、ベレメンス、カルゼスの三人が顔を揃えていた。
「それで、そのお兄さん……イアレム氏が牙笛とやらで毒牙蜥蜴の大群を率いて、イルヴ銀山に立て籠もってしまったという訳なのですね?」
手元の調書に視線を落とし、ユリーカは何度もふむふむと頷いている。事案的には治安兵力を動かしても良さそうな話だったが、ジョルグは現在追徴課税の不服申し立てで中央の役所と喧嘩状態にあり、家庭内のことで公権力に立ち入られることを甚だ嫌っているのだという。
そこでローレットを訪れ、イレギュラーズの力を貸して貰おう、という話になったらしい。
「イアレムが毒牙蜥蜴の大群を率いているということは、牙笛の認証を行ったものと考えられます」
「牙笛の認証?」
ジーリスが口にした聞き慣れぬフレーズに、ユリーカは小首を傾げた。
「牙笛の所持者が毒牙蜥蜴の群れの前で、自分がこの牙笛の所有者だと知らしめる為に、或る特殊な一連の旋律を吹き上げる行為です。これを実施することによってその牙笛の所有者は次から次へと変遷する訳です」
つまり、本来の所有者たるローランドは毒牙蜥蜴の大群の前で牙笛の認証を行う為に、イレギュラーズ達に守られながらイルヴ銀山に足を運ばなければならないのだという。
依頼を受ける側にすれば、厄介なお荷物を抱え込むような話であった。
「えぇとつまり……ご依頼の第一の目的は牙笛の奪還、第二がイアレム氏を追い払う、ということで宜しいでしょうか?」
「出来ればローランドに牙笛の認証もさせてやりたいのですが、流石にそこまでの完璧を望む訳にもいきますまい」
カルゼスが肩を竦めると、ジーリスも同調して苦笑を漏らした。
色々と問題を抱えてはいるが、依頼自体は至極シンプルだ。少なくともこの時点では、ユリーカはそのように考えていた。
だが、この依頼の裏では密かに或る陰謀が蠢き始めていた。その事実を知る者は、陰謀の黒幕以外にはまだ誰ひとりとして存在しなかった。
- 蜥蜴邸にて謀る完了
- GM名革酎
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2019年01月05日 21時00分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●表と裏の葛藤
イルヴ銀山の玄関口に当たる、麓の鉱夫村。その一角に、休憩棟と呼ばれる木造二階建ての建物がある。
この休憩棟の一階ロビーで、イレギュラーズ達と牙笛奪還の依頼主達が突入前の最後の準備に取り掛かっていた。
「うむむ……妙だなぁ」
手にした坑道見取り図に視線を落としながら、『いいんちょ』藤野 蛍(p3p003861)は渋い表情で小首を捻っていた。
「何か、おかしなことでも?」
傍らから『行く先知らず』酒々井 千歳(p3p006382)が見取り図を覗き込んできた。依頼主ローランド・アンツェマンからの情報によれば、イルヴ銀山の坑道は迷路に近く、出入り口も三桁近く存在するらしい。そんな中で牙笛を持ち去ったイアレム・アンツェマンを探し出さなければならないのだから、相当に骨が折れると覚悟していたのだが、蛍が見せた動揺は少しばかり毛色が異なった。
「ローランド様のお話では、イアレム様は鉱山事業には全く関心が無かった為、坑道内の構造は全く不案内だそうでございます。であれば、脱出経路も精々ふたつかみっつ、ということで御座いましたが……」
「えぇっと、もっと根本的な話なんだけど……イアレム氏の姿が、全然見当たらないんだよ」
問いかけてきた『『幻狼』夢幻の奇術師』夜乃 幻(p3p000824)に応えながら、蛍自身もいささか混乱気味の様子で小さくかぶりを振った。
蛍のこの発言にはローランドも驚いたらしく、専用の水筒の中身を全部飲み干して傍らのカルゼス・キャモスに押し付けてから、蛍、千歳、幻の三人に歩を寄せた。
「毒牙蜥蜴の群れはどうですか?」
「それはちゃんと見えてるよ。物凄い数が居るみたい」
蛍が困り切った様子で応じているのを、『復讐する仇花』ユニ・フローラム・イフェイオン(p3p002367)は眉を顰めて眺めていた。もっと正確にいえば、蛍がローランドの酒臭い息に顔をしかめている様子に、大丈夫かと内心で心配になっていたのだが。
「ねぇローランドさん。いつもそんなに酒臭い息を吐き出してるの?」
「いや、今回は特別さ。ローランドは毒牙蜥蜴が大の苦手でね。素面じゃまともに対処出来ないから、毒牙蜥蜴を相手にする時はブランデーが必須なのさ」
ローランドの代わりにカルゼスが笑いながら、空になった水筒を軽く叩いて応じた。そのカルゼスを、ユニは神妙な面持ちで見つめている。否、カルゼスだけではない。ローランドの坑道突入準備の為にとあれこれ世話を焼いている老執事のベレメンス・リウフトや、カルゼスの身を案じて押しかけてきたマレンダ・アンツェマンに対しても、ユニは何ともいえない表情をそっと向けた。
(身内なのに……何故こんなにも、負の感情が渦巻いてるのかしら)
既にユニのギフトは発動しており、周囲に渦巻く負の感情がユニの肌を突き刺すように、ぴりぴりと空気を振動させているようだった。表面的には仲の良い身内を装っているが、誰も彼も腹の底に何か黒い物を抱え込んでいるように思えてならなかった。
唯一の例外はジーリス・メザッダで、彼だけは全く負の感情が欠片も感じられなかった。
(はぁ、嫌だわ……何だか、違う思惑のひとも居そうで……面倒ごとに巻き込まれるなんて……本当に嫌になる……)
そんなユニのぼやきに誰ひとり気づく者も居らず、アンツェマン家の者達は意気揚々と牙笛奪還の為の準備を進めていた。
●突入
イアレム・アンツェマンの姿が坑道内のどこにも確認出来ないという異常な状況ではあったが、しかしこのまま足踏みしている訳にはいかない。
イレギュラーズ達とローランド、カルゼス、そしてジーリスの合計十一名は、意を決して坑道突入へと舵を切った。
先頭を歩くのはジーリス、『魔剣使い』琴葉・結(p3p001166)、『寄り添う風』ミルヴィ=カーソン(p3p005047)、『黒耀の鴉』如月=紅牙=咲耶(p3p006128)、そして千歳といった面々で、そのすぐ後ろに『きらめけ!ぼくらの』御天道・タント(p3p006204)がローランドを庇う位置取りで歩を進めていた。
「ねぇ、何見てるの?」
結がジーリスの手にしているメモを横合いから覗き込んだ。ジーリスは苦笑を返し、
「君達の身上書ってところかな。それぞれの能力をしっかり予習しておかないと、いざって時に正確な判断が出来ないしね」
曰く、ローランドやカルゼスも同じメモを持っているらしい。そして何故か休憩棟に残って留守居役を仰せつかったベレメンスやマレンダも、書き写したものを熟読しているとのことであった。
と、ここでミルヴィが手にした小型の薬瓶を目の前に掲げて、ジーリスに問いかけた。
「この解毒薬だけど、服用のタイミングはいつが良いのかナ」
「咬腺毒が体内に入ってから一分以内だ。それ以外では効果が無い」
更にジーリスは、毒牙蜥蜴の咬腺毒についての説明を加えた。彼の説明によれば、噛みつかれて直接傷口から咬腺毒が体内に入った場合はすぐに中毒症状が現れるが、それ以外の方法で体内に入った場合は、症状が出た時には既に手遅れらしいから、解毒薬を用いるのはほぼ不可能との話であった。
「うはぁ。面倒臭いんだネ」
「うん。だから蜥蜴匠なんて特殊な仕事がある訳だけどね」
と、そこで会話が途切れた。少し開けた広間に出たところで、一同は臨戦態勢を取った。毒牙蜥蜴の群れが現れたのである。だが幸いにも、まだ毒牙蜥蜴の方はこちらには気づいていない。
「足場が恐ろしく悪いでござるな」
咲耶は得物を手にしつつ、大きな裂け目の多い岩の地面を凝視した。先手必勝で奇襲を提案したいところであったが、これほどの数になると、一匹や二匹を奇襲で仕留めたところで焼け石に水であった。
「ひとまず、あちらの坑道に駆け込めれば宜しいんじゃなくて?」
咲耶の肩越しに、すぐ後ろからタントが広間正面に見える反対側の坑道をそっと指差した。成程と結も頷き、魔剣ズィーガーを鞘から抜き放つ。
「イッヒヒヒ。もたついて包囲されちゃあ手も足も出せねぇな。ま、せいぜい気張って走り抜きな」
ズィーガーの為になるのかならないのかよく分からないアドバイスを聞き流しつつ、結はローランドに振り向いた。体力には余り自信が無いと公言しているローランドが、この広間を駆け抜けることが出来るのか──その点だけが気がかりだった。
「御安心なさい。ローランド様はわたくしが責任を持ってお守りしますわよ」
タントが不敵な笑みを浮かべて胸を反らした。
ここまで来ると、最早四の五のいっていられる場合ではない。イレギュラーズの面々は覚悟を決めた。
●毒牙蜥蜴
「武士にはあらねど、一番槍は拙者につけさせて頂きたく候ッ!」
まず咲耶が広間に躍り出た。手近の毒牙蜥蜴を数体、奇襲で一気に仕留めて駆け抜ける空間を確保すると、そこに残りの面々が一斉に突撃を仕掛けてゆく。
咲耶に次いで千歳が紫電一閃で更に数体の毒牙蜥蜴を蹴散らし、結がズィーガーを振るって群がり寄ってくる毒牙蜥蜴の小集団を牽制した。
「蝶のように舞い、蜂のように刺すってねッ!」
雷刃撃で硬い表皮を切り裂き、氷刃閃でとどめを刺す。結の戦術は極めて合理的であった。
「今だ、行ってくれ」
飛翔斬の構えで警戒しながら、千歳が号令をかけた。
ふたりが進路上の毒牙蜥蜴を蹴散らしている間に、タントがローランドとカルゼスを先導して、反対側の坑道へと駆け抜けていった。しかしその坑道の奥は更に分岐しており、幻が咄嗟に地面に手を衝き、無機疎通で問いかける。
「貴方の上に乗っている大きな動物、毒牙蜥蜴が集まっているのはどちらですか?」
応えは、すぐにぼんやりとした映像を伴って幻の意識内へと響いてきた。
「ローランド様ッ! 左へッ!」
幻の指示に従い、タントはローランドとカルゼスをいち早く反対側坑道内へと避難させた。そこへユニ、蛍、ミルヴィといった面々が続いた。
「援護するから、飛び込んで」
ユニが坑道壁の陰から援護射撃を仕掛けると、毒牙蜥蜴の出足が鈍った。その隙に千歳、咲耶、結、幻らがローランドの後を追う格好で坑道内へと走り込む。
そこへ彼らと入れ替わる格好でジーリスが胸元にぶら下がる牙状の何かを指先でこすりながら、ユニの脇をすり抜けるようにして坑道壁の外側へと飛び出した。
「一体、何を?」
「ひとつ試してみる。歯笛が効くのかどうか」
歯笛とは牙笛よりも性能が劣るものの、矢張り同じく毒牙蜥蜴を操る為の魔器であるという。形状は牙笛とそっくりだが、内部の構造が若干異なるらしい。
上手くいけば、この場の毒牙蜥蜴を全て無力化することが出来るかも知れないとジーリスは期待を寄せていたが、彼の想いは見事に裏切られた。ジーリスが歯笛を短く吹き上げると、群れは大人しくなるどころか、逆にその場の毒牙蜥蜴全てが物凄い勢いでジーリスに殺到してきた。
「ジーリス殿、危のうござるッ!」
咲耶が手を伸ばすよりも一瞬早く、ジーリスは無数の毒牙蜥蜴諸共、狭い岩の亀裂の中へと滑り落ちていってしまった。
この場の毒牙蜥蜴は全てジーリスと一緒に地底へと滑り落ちてしまった為にイレギュラーズとローランド一行は一難を逃れた格好となったが、ジーリスだけは狭い地中へと呑み込まれてしまった。
「ジーリス様、ご無事ですかッ!?」
タントが自らの能力を駆使して発光し、裂け目の奥底を照らした。目を凝らしてみると、ジーリスの皮手袋を纏った左手の指先だけが見えた。どうやら、岩の窪みをがっしりと掴んで地底への滑落を免れたようだ。
「俺は、大丈夫だ。この下に意外と広い空間があるから、滑り落ちれば簡単に脱出出来そうだ」
だがその空間には、先程一緒に落ちていった毒牙蜥蜴がたむろしており、迂闊に降りられないらしい。しかもジーリスがしがみついている空間は恐ろしく狭く、胸が圧迫されている為に呼吸するだけで精一杯とのことであった。
「……兎に角、牙笛を奪還して毒牙蜥蜴を手なずけてくれないか。それまで俺は、ここでじっとしておく」
この狭い裂け目では、下手に救助しようとすると時間を食ってしまい、その間に毒牙蜥蜴の群れに襲われる可能性がある。矢張りここはジーリスのいう通り、いち早く牙笛を確保して毒牙蜥蜴を従えてしまうのが良策であろうと思われた。
●遭遇
ジーリスならば何とか持ち堪えるだろうということで、ローランドとカルゼスは先を急ぐようにイレギュラーズを促した。
「それにしても、イアレム氏が全く姿を見せないのが不気味っちゃあ不気味だね」
結局ファミリアーの視界からは一度もイアレムを発見出来なかった蛍が、薄気味悪そうに呟いた。ローランド曰く、イアレムは鉱山の素人だから、潜伏しそうな場所は大体予測出来るとのことであったが、それでもここまで完全に姿をくらませていることが気に入らなかった。
だが兎に角も、イアレムが潜伏しそうな場所に目星をつけて前に進むしかなかった。そうやってひたすら坑道内を進むこと、凡そ三十分。
遂にその時が訪れた。
「おい、あれは……」
カルゼスが崖状になった坑道壁面の上方を指差した。そこにフード付きのマントを羽織った影が佇んでいた。鉱夫用簡易ガスマスクを被っている為、その表情は窺い知ることは出来なかったが、手にしている大剣や特徴のあるマントから見て、イアレムに間違い無さそうだった。
その首元には、牙笛がぶら下がっている。あれこそが、今回の奪還目標であった。
狭い坑道内、しかも敵は数メートル頭上という有利な位置を占めている。ここは下手な交渉には入らず、先手必勝で仕掛けるべきであった。
「オーッホッホッホッ! 牙笛を奪う乱暴狼藉、見過ごすことはできませんわッ! 神妙にお縄につきなさいッ!」
タントが一喝して様子を見るが、相手はまるで動じる気配が無い。
ならばとミルヴィが狭い坑道内ながら回転するような動きで舞を披露し、六方昌の魔眼を仕掛けた。その間に千歳が魔眼発動を見越して飛翔斬を、そしてユニがハイロングピアサーを放った。
だが、信じられないことが起こった。イアレムはそれら全ての攻撃を完全に躱し切り、嘲笑うかのように頭上の坑道壁間を自由自在に跳ね回っていたのである。
「まさか……こっちの手の内を読んでいた?」
ローランドを庇う位置で、結は呆然と呟いた。だがすぐに、その考えを打ち消す。ただ手の内を読んでいただけでは到底説明がつかない程の、完璧な回避だった。
「いや、そうじゃない。あれは……こっちの戦術を最初から知っていた動きだよ」
結の分析を聞いていた咲耶は、ならばと一気に坑道壁を駆け登り、イアレムとの間合いを驚くべき速さで詰めていった。
「やぁやぁ我こそは、紅牙忍術継承者、十三代目紅牙斬九郎ッ! いざ神妙に、勝負ッ!」
名乗りを上げて駆け寄ってくるその余りの速さにイアレムは面食らったらしく、慌てて後退しようとした。ところが、その背後には既に千歳が走り込んでおり、退路を塞いでいた。
「一時の感情だけで動くと後悔ばかりすることになると思うんだけどね。俺達も鬼じゃない、笛を返すなら、そこで止めるんだけれど」
余り期待せずに、千歳は静かに呼びかけた。ところがここで、イアレムは意外な行動に出た。それまでぶら下げていた牙笛を不意にかなぐり捨て、あらぬ方向に放り投げたのである。
これにはイレギュラーズも慌てに慌てて、落ち行く先に意識を奪われた。そしてその間に、イアレムは脱兎の如く逃げ去っていってしまったのだ。
だが問題は、その直後に起きた。
「皆さん、拙いですッ!」
嫌な予感を覚え、無機疎通で坑道内の岩に問いかけていた幻が、警鐘の声を上げた。と同時に、頭上から大小無数の岩が転がり落ちてきたのである。
落盤、ではない。恐らくはイアレムが事前に仕掛けておいた岩石落としの罠であろう。
●密室殺人
全身を岩に打ち付けられ、それでも何とかローランドとカルゼスを庇って漸く落石現場から脱出したイレギュラーズだったが、兎に角も第一目標たる牙笛の奪還に成功した。
直前に幻が無機疎通で危機を察知していなかったら、確実に全員が生き埋めになっていたことだろう。ローランドとカルゼス以外はほぼ全員が重傷を負ったが、蛍とタントが回復要員として立ち回った為、何とか落石現場を脱出する程度にまで体力を回復させることは出来た。
「危ない危ない……本当に、死ぬかと思ったわ」
蛍が薄暗い坑道内で額の汗を拭う。その傍らでは、結が何とか探し当てた牙笛をローランドに手渡していたのだが、そのローランドは先ほどの落石の衝撃で負傷でもしたのか、妙に顔色が悪かった。
「ローランド、すぐに認証を終えてここを出よう。どうも空気が良くない。イアレムがガスマスクを着けていたが、もしかしたら有毒ガスがどこかから流れ出ているのかも知れない」
カルゼスに急かされて、ローランドは酷く青ざめた顔で牙笛を唇に当てた。やがて、独特の音色が坑道内に響き渡った。これが牙笛の認証というものなのかと、ユニは漠然とその寂しげな音色に聞き入っていた。
だがここで再び、予期せぬ事態が起きた。認証の音色を吹き終えたローランドが不意にその場に突っ伏してしまったのである。
「ローランドッ!」
まさかと思いながらも、ミルヴィが駆け寄ってジーリスから分けて貰った咬腺毒の解毒剤をローランドの喉の奥へと流し込んだ。しかしその時には既に、ローランドの瞳孔は完全に開き切っている。
慌ててタントと蛍が治癒を施してみたものの、ローランドの鼓動は完全に停止していた。
「そんな……一体、いつの間にッ!?」
蛍が疑惑の叫びをあげながらも必死に蘇生術を試みた。その結果、タントと蛍の尽力でローランドは辛うじて息を吹き返した。
ほっとひと安心といったところで、カルゼスがやっと落ち着きを取り戻してローランドの全身を検分したところ、数カ所に浮かんでいる斑紋から、咬腺毒による中毒であることは間違いないようだった。
「いつ、やられた……どこで、どのタイミングでやられた……?」
千歳は何度も記憶を呼び起こしてみたが、イアレムはただの一度も直接攻撃を仕掛けていない。岩石落としという罠はあったものの、毒牙蜥蜴の群れも完全に退けた筈だ。少なくとも彼らの目の前でローランドが直接攻撃を受けたことなど、一度も無かった筈だ。
「そうだわ……ジーリス様をお助けしないと」
思い出したように、タントが一同を見回した。イレギュラーズは件の裂け目へと走り、地底の奥底を覗き込んだ。見ると、ジーリスはまだ岩の窪みにしがみついていた。
タントが牙笛の認証が完了した旨を伝えると、やっと安心したのか、ジーリスは左手を離して地底の空間へと滑り落ちていった。
そのジーリスとは、坑道の外で再び合流を果たした。だが当然ながら、ジーリスはローランドが謎の攻撃を受けたことに不審の念を表した。
「まさか……蜥蜴匠の達人ともなれば、牙笛で毒牙蜥蜴を手足のように操ることが出来るともいうが……しかしそれにしても……」
「衆人環視の中での殺害……形は違えど、これはまさに密室殺人ね。まぁ未遂に終わったから良かったけど」
渦巻く負の感情の嵐に身を委ねつつ、ユニは顔を歪ませて小さく吐き捨てた。
ともあれ、牙笛の奪回は成功した。一行はイルヴ銀山を後にした。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
こんにちは、革酎です。
ちょっと駆け足な内容となった為、プロットに台詞を継ぎ足したような表現のところが多くなってしまいましたが、事件のあらましは大体ご理解頂けたものと思います。
御覧の通り、最後の最後で密室殺人(未遂)が勃発しましたが、犯人は決して魔法の類を使用していません。純粋な物理トリックです。
イアレムは今回、捕まえるには至りませんでしたので、また近いうちに挽回のチャンスは巡ってくるかも知れません。機会があれば、また宜しくお願い致します。
GMコメント
こんにちは、革酎です。
今回は一見するとただの奪還系戦闘シナリオですが、実はミステリーです。今回を導入編とし、次回作を解決編として構成する形となります。
今回はひと通り普通の奪還依頼をこなして頂く上で、リプレイ中に幾つかの謎が提示されていきます。今回のリプレイと次回作のOPにはそれらの謎を解くヒントが随所に散りばめられていきますので、皆様にはそれらのヒントをもとに真犯人を推理して頂くことになります。
発生する戦闘自体は然程に難しくありませんので、シナリオ難易度はNormalです。
ミステリーとしての謎は、本格ミステリー小説に比べると幾分易しめな内容となりますので、ミステリー好きな方なら簡単に解けることでしょう。
以下は、本シナリオの補足情報となりますのでご一読下さいませ。
●依頼達成条件
・牙笛奪取
●情報精度
Bです。事件の黒幕が居るので、リプレイ中で不測の事態が生じる可能性は高いとお考え下さい。
●注意事項
今回は普通の奪還系戦闘シナリオとして気軽にご参加頂ければと存じます。
尚、毒牙蜥蜴はその名の通り、毒を分泌する牙を持つ大蜥蜴で、平均的な成体はコモドオオトカゲ程度の巨体を誇ります。牙笛という魔器が発する特殊な旋律である程度は操ることが出来ます。単体では大したことはありませんが、群れになると非常に厄介な魔物です。
●NPC
<ジョルグ・アンツェマン>
93歳、男性。
イルヴ銀山、テノフ銅山、マレフラー鉄山の採掘権を持つ大地主。
毒牙蜥蜴の群れを操る蜥蜴匠の血筋で、若い頃は毒牙蜥蜴の大群を率いて三つの鉱山それぞれにはびこっていた下級妖魔を片っ端から駆逐し、山開きの礎を作った。
長男ディエル、次男レッグス共に鉱山事故で死亡しており、直径の血筋はディエルの子供三人と、レッグスの妾腹一人という状態になっている。
<イアレム・アンツェマン>
30歳、男性。
ジョルグの孫で蜥蜴匠。活発過ぎる性格から地道な鉱山事業の継承を嫌い、冒険者として幻想領内の各地を歩き回っていた。
或る豪商と揉め事を起こし、一週間前に莫大な損害賠償請求を突きつけられた。
<ローランド・アンツェマン>
26歳、男性。
イアレムの弟で鉱山経営にも詳しい秀才。ジョルグの遺産たる鉱山を全て引き受ける継承者の第一人者として誰からも認められている。
蜥蜴匠としての技量も才能も皆無で、腕っぷしも弱い。
<マレンダ・アンツェマン>
24歳、女性。
イアレム、ローランドの妹でカルゼスとは恋仲にある平凡な娘。特に際立った特徴も無ければ能力も無く、カルゼスに対して、何故か盲目的に従うことが多い。
<ジーリス・メザッダ>
26歳、男性。
イアレム、ローランド、マレンダの従兄弟にあたる蜥蜴匠。アンツェマン家の中では血筋的に一段劣る存在である。しかし鉱山経営や土地管理についての知識は極めて豊富で、その実力はローランドにも劣らないといわれている。
<ベレメンス・リウフト>
62歳、男性。
アンツェマン家に40年近く仕える執事。鉱山経営の他、土地管理についても長年ジョルグから全権を任されてきた。ジョルグに対して絶対の忠誠心を誓っている
<カルゼス・キャモス>
28歳、男性。
アンツェマン家で鉱山経営を学んでいる事務官。ジョルグを師と仰いでいる。マレンダの恋人。
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