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シナリオ詳細

変わらぬ僕から、変わる君へ

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 別段、変わり映えもしない話だ。
 会社の飲み会で意気投合し、二人だけで話す機会が増えた。
 数年もした頃にはお互いの想いも伝え合い、そうなれば夫婦となるまでは長く掛からなかった。
 平凡な出会いと、恋の話。それでも幸福を実感すれば、それすらも誇らしくさえ思えたのだ。
 ……けれど、ある日君は、唐突に僕の前から姿を消した。
 原因も、理由も解らない。僕は悲鳴を上げながらも居なくなった君を捜し続け、そうして更に数年の時を経て――『辿り着いた』。
 この世ならざる場所。僕らの世界とは何もかもが違う常識と、文化に象られた世界。
 偶然も奇跡も使い果たしてか。世界に奪われた君は、あの頃と変わらぬ笑顔で、僕の視界を通り過ぎたのだ。
 ――傍らに伴侶を連れて、僕に気付くこともなく。


「一つのことに固執するのが男性の性だけど、それを美点と取るか、汚点と取るかは難しい所よね」
 依頼よ。ただそれだけを言って特異運命座標を卓に誘った『色彩の魔女』プルー・ビビットカラー(p3n000004)は、集まった彼らを前に淡々と内容を告げる。
「今回の依頼内容は、ある結婚式の護衛、かしらね。
 対象は貴族の男性と、その伴侶となる旅人(ウォーカー)の女性。彼らは対抗勢力である別の幻想貴族から送られた刺客によって襲撃される」
 別の幻想貴族の刺客とは言うが、実際に襲撃する者達はその雇用関係を明らかにすることはないだろう。
 あくまでも、その結婚に不満を持つ人間が個人的な恨みで二人を襲う……端的に言えば、特異運命座標達が問いつめようと、背後関係を洗うことは不可能だと言うこと。
「実際、其処までは私達のお仕事ではないしね。
 さて、敵の数は十人。殆どは箸にも棒にもかからない雑多な連中だけど、二、三人。実力のある者が居てね」
 特に中核となる旅人の男性の実力は相当なものとのことだが……それが襲撃する者達のうち、誰であるのか。その特徴までは把握が間に合わなかったとのことだ。
自然、襲ってくる敵の中からそれを探し出す能力が求められる。尚且つ、人数差で負けている以上、マークやブロックの効果は芳しいとは言えない。
敵の『本命』を探している間に非戦闘員である護衛対象へと一、二発でも攻撃が届けば重傷、死亡は免れないだろう。
 予想以上に難航しそうな依頼内容に、特異運命座標達が相談を開始する――前に。
「……ペールサルビアブルー」
 一言。言って、ブルーは静かに席を立つ。
「色言葉を知っている? 献身、っていうの」
 その表情に、少しだけ悲しさを湛えながら。


「……それでは、宜しくお願いします」
 その言葉を最後に、僕は情報屋の女性にお金を渡し、その場を去っていく。
 彼女は最後に聞いた。嘗ての奥さんに、伝える言葉はないのかと。
 その質問に――僕は、笑顔を浮かべることができた。
 異界に堕ち、数年を孤独に苛まれ続けた彼女。
 それを救える人がいたのだ。沈んだ面持ちを、再び笑顔に出来る人が。
 再び幸福を味わえるようになった彼女に、僕が何かを伝える必要などはないと、胸を張って言葉を返した。
 ――ギルドの扉を開け、僕の命を買った幻想貴族の馬車に乗る。
 異界に飛ばされ数日。依頼するだけの金銭を工面する方法も解らぬ僕には、こうすることしか出来なかった。
 それでも、僕は笑顔のままで。
「……幸福を」
 馬車の中。呟いたのは、ただそれだけ。
 変わらぬ僕から、変わる君へと。

GMコメント

 GMの田辺です。
 以下、シナリオ詳細。

●成功条件
『襲撃者』を全員戦闘不能、若しくは殺害すること。

●場所
 幻想の某地区に存在する小さな教会です。入り口前には広場も。
 下記『幻想貴族』と『女性』はそこで身内だけを呼んだささやかな結婚式を行います。
 時間帯は昼前。教会前の広場でブーケトスを行う辺り際、襲撃が発生します。
 教会への避難か、逆に教会前の広場に誘導して備える等、どちらにもメリット、デメリットは存在します。
 また、明記しておきますと、下記『襲撃者』達は『幻想貴族』と『女性』以外を積極的に狙うことはしません。そうした人達については口頭での避難誘導で十分でしょう。

●敵
『襲撃者』
 数は10名。内2、3人ほど抜きんでた実力を持つ者が居ます。
 武装は基本接近戦用ですが、遠距離攻撃を行う可能性も否定できません。
 彼らの内誰でも『幻想貴族』か『女性』へ一定回数攻撃を命中させた場合、その対象は死亡します。

●その他
『幻想貴族』
 年齢30歳手前の幻想貴族です。童顔ながら長身。
 幻想という国に於いては珍しい部類の「真っ当」な貴族。他家との波風を立てず、黙々と自分の家の財を維持し続けるタイプ。
 尤も、その資産目当てで襲ってくる貴族も居ます。今回はまさにその展開と言えるでしょう。
 シナリオ開始時は教会前にて、下記『女性』と共に居ます。

『女性』
 年齢30歳手前の旅人です。笑顔の似合う快活な女性。
 数年前、突発的に此の世界に流れ着いて以降、頼る存在も居ない世界で必死に生きてきましたが、上記『幻想貴族』と出会ってからは本来の明るい性格を取り戻すことが出来ました。
 シナリオ開始時は教会前にて、上記『幻想貴族』と共に居ます。

『依頼主について』
 本依頼の依頼主は上記『女性』が元居た世界での夫ですが、本人はこの件に関して匿名希望を望んでいます。
 護衛対象の両者には、ローレット伝てに「匿名希望者からの護衛」という形で話が通っているため、説明などは必要有りません。



 それでは、参加をお待ちしております。

  • 変わらぬ僕から、変わる君へ完了
  • GM名田辺正彦
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2018年02月14日 21時55分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ジュア(p3p000024)
砂の仔
オーカー・C・ウォーカー(p3p000125)
ナンセンス
シフォリィ・シリア・アルテロンド(p3p000174)
白銀の戦乙女
ウィリアム・M・アステリズム(p3p001243)
想星紡ぎ
リカナ=ブラッドヴァイン(p3p001804)
覇竜でモフモフ
アルテミア・フィルティス(p3p001981)
銀青の戦乙女
ライア(p3p004430)
嘘憑き
藤花・遥音(p3p004529)
藤の花

リプレイ


 結婚式はつつがなく進行している。
 司式する牧師と新郎の前に、ウェディングブーケを持った新婦が新郎の元へと歩んでいった。
 通常ならば新婦を新郎の前までエスコートする者が居るはずだが、この場にそれは居ない。
 女性の身内はこの世界に居ないことも一因ではあろうが、何よりもこの世界に送られてから、常に一人で行き続けてきた証左だという意思を、特異運命座標達は感じ取っていた。
 ――その彼女が、今になって『助けられる』と言う事実に、彼らは僅かばかりの皮肉を覚えもしたが。
(……この世界の理が邪魔しないなら、本当は自分で守りに来たかったでしょうに)
 誰ともなく、『金銀異瞳』リカナ=ブラッドヴァイン(p3p001804)がため息を漏らす。
 参加者の中に紛れた彼女の想いを察する者は、同様に結婚式の参加者に扮した特異運命座標達くらいのものだろう。牧師の言葉を受け、誓いの言葉を紡ぐ両者を、その刹那拍手と歓声が覆った。
「……大体、結婚式に襲撃とは酔狂だなあ。何か理由でもあるのかな?」
 苦笑混じりに問う『藤の花』藤花・遥音(p3p004529)の言葉も、周囲の祝福の声にかき消される。
「さてな。新郎はあまり外に出ないお貴族様なのかも知れないし、此処が襲うのに丁度良い立地だったからだとか、単純に祝いの席をブチ壊したい、なんて下らない理由かもしれん」
 聞き取れたのは、『ナンセンス』オーカー・C・ウォーカー(p3p000125)だけ。
 エネミーサーチを発動する彼の感覚に反応はない。これはあくまで使用した対象者に敵意を持つ者を感知する能力であるためだ。
 堂々と新郎達の護衛役として傍に立ちでもすれば、反応を捉えることも出来たかも知れないが、今となっては過ぎたことである。
「ともあれ、俺達の役割は変わらない。私情も、事情もな。
 めでたい席だ、雇われただけとはいえ暗殺者に壊させることはさせねぇさ」
 にいと笑う彼に応ずるように、『青き戦士』アルテミア・フィルティス(p3p001981)も静かに頷いた。
「自身の事は顧みず、愛する人の幸せを優先する……ね。
 色々と思う所はあるけれど、託された想いの為にも護り抜くわ」
 呟く言葉は怜悧。毅然とした態度で剣の柄に触れる少女の脳裏には、自身らに託した旅人の男性の姿が映される。
 自身に力がなかった。それ故に他者に託した。
 其処に――自らの命を捧げるほどの想いの深さは、少女の胸を少しだけ痛めたけれど。
 新郎新婦が中央の路を歩く。教会の扉を開け、明るい日差しを浴びる二人が、ウェディングブーケを投げる準備をした。
「……恋とか愛とか、タイヘンだね」
 幸福そうな――否、事実幸福なのであろうその二人の姿に、外の広場にて密やかに待機していた『砂の仔』ジュア(p3p000024)が思いを呟く。
 参列者に混じり、外に出た『星を追う者』ウィリアム・M・アステリズム(p3p001243)が、その言葉を聞いた後に一瞬だけ悩む表情を見せて……言う。
「この護衛を依頼した奴は、なんつーか――それも一つの想いの表し方、なのか?」
 独り言のつもりだった。しかしそれに対して、ジュアは「さあ?」と律儀に言葉を返す。
「他に彼女のためにやりたいことがあったかもしれない。ひょっとしたら、彼女を取り返したい気持ちもあったかもしれない。
 けど、例え狭められた選択肢の中でも――真っ先に自分の身を差し出して彼女の幸せを守りたいなんて、そうそう願えるものじゃないと、ジュアは思うけど?」
「……そう、かもな」
 息を吐き、気を緩めたウィリアムが、いよいよ武器を構える。
 新婦がブーケを投げた瞬間、周辺の切りそろえられた植え込みから多くの人影が姿を現した。
 ――対立する幻想貴族が送り出した刺客達。その思惑は読み取ることが出来ないけれど、やるべき事は変わらない。
「……ま、ともかく護ってやるさ」
 白昼、杖を起点に高々と掲げられた『星』が、彼らの戦いの合図となった。


「怨恨で他者を害するなど、幻想貴族の風上にも置けません!」
 朗々と声を上げ、担う剣を鞘から抜いたのは『没落お嬢様』シフォリィ・シリア・アルテロンド(p3p000174)。
 他の仲間と同様、参列者に紛れ込んでいた彼女は、接近してきた刺客に対して切り払いを以て応じる。
「凋落したといえど私も貴族の端くれ、託された想いの為、凶刃からお二人を護ります!」
「他貴族からの護衛……否、『ローレット』の特異運命座標……!?」
 予想だにしない横槍に驚愕する刺客達に、追い縋るかの如く槍が突き出される。
 気配を遮断していたジュアの攻撃は、刺客の一人を見事に捉えていた。ひゅう、と呼気を継いで、突き刺した槍を捻る形で引き抜けば、苦悶の声が静かに漏れる。
 虚を突かれた刺客の一人が、怨嗟を吐きながら後方に下がる。それをしても残る数は九人。
 未だ数で劣る特異運命座標達の隙を縫うべく、残るほぼ全員が新郎新婦へと剣を構え、或いは片手の投石機――スリングを撃ち込む。
 だが、
「護り抜くと、そう約束した……!」
 剣の切っ先が軌道を逸らし、盾が真正面から受け止める。
 アルテミアとオーカー。ことこの依頼に関して夫妻を守る事に徹底した彼女らの動きは、凡そ受動面に於いて最高のポテンシャルを発揮する。
 血は流れる。だがそれも数滴。堅牢を体現したその姿勢に刺客の一人が舌を打ち――
「おっと、攻めることばかりに気を取られてちゃあいけないな?」
 ――『嘘憑き』ライア(p3p004430)が、その背後を剣で裂く。
 鮮血が迸り、拉ぐその身を堪えるよりも早く、リカナの銃弾が急所を撃ち抜き、倒させた。
「『人を呪わば穴二つ』……幸福な人々を妬み、害を成す成らば相応の報いを受けて頂かなくては」
 からからと笑う無貌の旅人に、刺客の誰もが気味の悪さを覚えるが……それだけで引き下がるほど、彼らも弱くはない。
「皆、教会に避難して! 焦る必要はない、落ち着いて移動するんだ!」
 慌てふためいていた他の参列者が、叫ぶ遥音の言葉で漸く我を取り戻す。
 一先ず指示に従って教会へ駆け込む周囲の面々に対して――唯二人、当事者である新郎と新婦の二人は、ちらと視線を寄せた遥音にこくりと頷いて広場に移動する。
 事前に「襲撃の可能性がある」という理由でローレットの護衛を派遣された二人は、特異運命座標達の作戦方針である広場での短期決戦に協力する旨を既に示していた。一般人でありながら躊躇もなくそれに同意したのは、この国に於いて貴族を名乗る者の矜恃の表れだったのだろう。
 さりとて、不安が、恐怖が無いわけではない。自身のそれもそうだが、何よりも傍らの伴侶に危害が及ぶ可能性に、四肢の末端は震えを隠せずにいる。
 事実、庇い手によってのみ攻撃が凌がれている現況は、それがどれほど崩しづらい護りと言えども一枚岩に過ぎない。
 ……それを、見透かすかのように。
「祝いの日に邪魔はさせねえさ」
 ウィリアムが言い、中心に星を頂く杖を構えて瞳を眇める。
 告げた先は刺客達。それでも耳に入る夫妻達には――その言葉が、僅かな励ましに聞こえて。
 放った遠術は数度。ただそれだけで敵の中に潜む手練れを割り出した青年が、杖から伸ばしたマジックロープを敵の腕に括り付ける。
 瞠目した刺客がそれを外そうと藻掻く直ぐ横で――また一人、シフォリィの剣閃に一人が倒れ伏す。
 着実に削られていく敵の数に――しかし。
「……芳しくは、無いな」
 呼気を整え、体力を整えるオーカーが、ぽつり、呟いた。


 状況を説明しよう。
 戦場は教会前の広場。事前に遥音による陣地構築が為されたその場所は遮蔽物が無く、襲い来る刺客達の迎撃をしやすくし、また刺客側からすれば障害物に隠れながらの遠距離攻撃を行いづらくしている。
 事実上、互いに姿を晒しての総力戦。新郎新婦に密接して庇い続けているオーカーとアルテミアを除けば、近、中距離戦をジュア、シフォリィ、遥音が務め、遠距離戦をウィリアム、リカナが担当。残るライアは状況に応じて近接と遠隔のどちらもこなせるオールラウンダーとなっている。
 回復役こそ乏しいものの、人数に対するそれぞれの射程距離の比率は安定しており、多少の攻撃も新郎と新婦、それぞれに一人ずつカバーリングが成立しているため、此処までを聞けば戦闘は堅実に運びそうにも思える。
 ――本来ならば。
「は、……っ!!」
 受けた攻撃は両手でも足りない。
 アルテミアが、オーカーが、朱に染まる身で敵の攻撃を耐え続け、既に『数分』が経過していた。
 当初、特異運命座標らが目的としていた『短期決戦』からは遠く離れた現状に、何故至ったかと言えば――偏に優先順位と状況の読み違いにある。
 広場で戦う以上、事前に遥音が準備するまでもなく遮蔽物は多くはない。その環境下で戦うのならば自然と新郎新婦の両者を庇う存在は必要になろう。
 其処までは当然だとして――残る六名にまで減った攻撃手の中で、狙う対象がバラついていたというのが先ず一つ。
 護衛対象に近づいた(正確には射程圏内に収めた)存在か、或いは負傷の度合いが大きい存在か。敵の大半は大した力量もないと言えど、ただでさえ攻勢が二人分欠けたメンバーで優先して狙う対象が散逸すれば即時に倒すというのは難しい。
 そうして戦闘が長期化の兆しを見せると――自然、庇い手のダメージは蓄積する。
 それに対応した遥音はSPDを介して回復に移ろうとするが、それもこの状況に於いてはよろしくない。
 敵方からすればあくまで一、二発を護衛対象に当てれば終わる話なのだ。数の差はあれど個々の力量で拮抗しているのが二、三名しか居ない以上、刺客達は最初から全力で新郎達を攻撃し続けることが最適解と言える。
 それを庇い、急速に減少する二人分の体力を単体回復で保たせようというならば、事実上それは回復に専念することと同義だ。
 特異運命座標達の攻撃担当は更に減り、刺客達が倒れる間隔は徐々に延びる。
 選んだ戦場が悪かったと言うわけではない。特異運命座標達が取った行動も、その大半は状況に於いて間違いとは決して言えない。
 ただ、その行動に浮かぶ微かな綻びが――少なくともこの戦いに関しては、致命的だったという話。
 だからと、言って。
「悔いるには、まだ早すぎるでしょう?」
 自身をして固定砲台と称したリカナの攻撃は特に苛烈だった。
 ともすれば、一撃で刺客の膝を着かせるほど。広い射程を誇る彼女からすれば、どのような対象であろうと自身の攻撃から逃がすことはない。
「……いやさ、申し訳ない。ワタクシメが上手いこと彼らを攪乱できれば」
「言ってどうにかなる話でもねえだろ、それ」
 呟くライアに、応えるウィリアム。
 事前に襲撃者の側になりすまして、襲撃の際に刺客の背を狙うことを考案したライアであったが、肝心の刺客が何処にいるかを探す手段が乏しければ彼らに紛れることも出来ない。
 結果として最初から仲間達と共に行動することを余儀なくされたが、それでもリカナ同様、射程による攻撃対象の制限がない存在はこの戦いで大きな助けとなっている。
 ウィリアムもまた。神秘の親和性を高め、術式に最適化した彼が何某かをつぶやいて、また負傷の大きかった敵の一人を撃ち倒した。
 敵の数は三名。うち手練れは二人。
 ダメージは蓄積しづらかったものの、それは功を奏さないと言う意味ではない。敵の数は確かに時間と共に減っていったのだ。
 だが、少しばかり、遅い。
「……っ、すまん!」
 一度、剣が足下を薙ぎ、
 二度、傾いだ身体をスリングが打つ。
 痛打と失血、明滅した意識が取り戻される事はなく、オーカーの身体がそこで地に伏した。
 だが、敵は後一人、動ける。
 白刃が舞う。新郎である幻想貴族の男性と、それを切り裂く刺客の背中から血が噴き出すのは、ほぼ同時。
「……新郎様!」
 気力を使い果たし、息を切らせながらも叫ぶシフォリィの足下に、また刺客が倒れた。
「――――――、あ」
 傍らの新婦が、悲鳴もなく顔を蒼白に染める。
 時が制止したのは、恐らく彼我にとってだろう。刺客達は最初で最後の好機に、特異運命座標達は失われたかも解らない命に。
 それを確実にすべく、残る二人の刺客が再び動こうとするが……当然、それを許すほど、彼らは甘くない。
「……嗚呼、全く」
 守れなかった。その事実に、何よりも自分が声を上げて責め立てたい。
 遥音のSPDがアルテミアを癒し――二次行動。攻手に総てを賭けた近術の一撃が、片方の刺客から意識を刈り取って、
「……ごめん、ね」
 告げたのは、倒れた新郎に向けて。
 言葉は静かなままに。突きだした槍の穂先を避けた刺客に、ジュアが全体重を乗せた盾の一撃を見舞う。
 総ての敵は沈黙し、立っていた者は新郎に駆け寄る。
 涙を流す新婦の女性に――息も絶え絶えな新郎の幻想貴族は笑顔を浮かべ、その意識を停止させた。


 戦闘の後、刺客達はその全員が官憲に引き渡された。
 幸か不幸か。少なくとも手加減はしなかった特異運命座標達の攻撃に対し、刺客達はその全員が一命を取り留めており、この後には意識の回復を待って雇い主の尋問を始めるという。
 特異運命座標達はそれらの処遇を気に留めることはなかったが、唯一人。
「……私の世界には、人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて地獄に落ちるっていう話があるわよ」
 幻想貴族の男性を斬った刺客の一人にだけ、リカナは一言を呟いた。
 その顔の直ぐ横には、彼女独自の魔力弾によって蹄鉄型に抉られた壁の痕。
「ジュアは不思議だよ。旦那さんをあんな目に遭わせたキミ達を、奥さんは殺さないでくれって言ってたんだ」
 獣の前足を――その爪を首筋に当てながら、ジュアは恨みもなく、純粋に疑問じみた声音で刺客に問うた。
 刺客達を戦闘不能にして、武器を奪い、拘束した後、ジュアは被害者である新婦へと彼らの処遇を尋ねた。
 それに対して……新婦の女性は、哀しげな笑みで言ったのだ。「もう、誰の血も見たくはない」と。
「言っておくけど、もう誰に雇われようと、あの人達に悪さはしないでよね」
 つい、と指先を逸らし、薄皮を裂いた首筋から一筋の血が零れる。
 刺客は――ジュアの脅迫に対して目を閉じ、何も語ることはなかった。
 
 そうして、後。
「……悪いことをしたな」
 訥、と呟いたのは、傷で痛む身体を引きずるオーカーだった。
 自身が守りきれなかったこともあり、その言葉は特に重い。対する新婦はそれに首を振り、言葉を返した。
「あなた方が居なければ、私達は二人とも殺されていたんです。
 そのような最悪の結末から守ってくださって――有難う御座います」
 頭を垂れる彼女の横には、清潔なベッドに身を横たえ、寝息を立てている幻想貴族の男性が居た。
 あの戦闘の後、どうにか命を繋ぐことが出来た男性は……襲撃から二日の時を経て、未だ目覚めていない。
 傍目には眠っているだけの彼が何時目を覚ますのかは、医者にも解らないとのことだった。
 シフォリィは、その姿を見て――悔しそうに俯く。
 運命は確かに変えられた。変わらぬ『彼』の想いによって。
 けれど、それは自分達の行いで……もっと最上の結末に変えられたのかもしれないと、そう考えれば、彼女が面持ちを明るくすることは出来なかった。
 その表情に気付いた新婦が、より一層快活な声で言う。
「それに、待つことにも、耐えることにも、慣れてますから。
 彼が目を覚ますまでの間、頑張ってお貴族様の妻として胸を張れるよう、色々勉強しませんと」
 虚勢にも、本音にも聞こえるそれに、アルテミアが微笑む。
「……貴女に幸福が在らんことを」
「同じく。人生は舞台。人はみな役者。どうぞ、大団円に向かって歩んでいけますように」
 一礼、謝罪を交えてライアも言葉を続ける。
「……式のやり直し、待ってるから」
 ウィリアムはそう言って――ただ頭を下げるだけで自らの意思表示とした。
 怒りも、悔しさも、その総てを、今だけは自身のうちに飲み込んで。
 そして、幻想貴族の男性を見舞う帰り、遥音が新婦の女性に何かを差し出す。
「……本当は、もうちょっと綺麗に撮りたかったけど」
 渡されたのは、新婦達がブーケトスをする瞬間を映した写真。
 幸福な笑顔を浮かべる彼女と、それを見て満足そうに微笑む夫の姿
 遥音が元居た世界からの持ち物か、或いは鉄帝の技術の結晶か。カメラから映し出された一つの光景に、新婦の女性は涙を浮かべ――そうして、笑った。
「……この笑顔のためなら、幾らでも待てる気がします」

 依頼条件である襲撃者の撃退は達成し、特異運命座標達は報酬を受け取って依頼の成功を労われた。
 ――その裏に、伴侶を待ち続ける女性の姿を、忘れられぬまま。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

ご参加、ありがとうございました。

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