PandoraPartyProject

シナリオ詳細

正義、覆面は死なず

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●正義は下される、歪な手段で
(さむい……)
 ここは聖教国ネメシス。少年は、寒くて飢えていた。
(そろそろ、なにか、やらなきゃ)
 少年は孤児だ。今日は朝から何も食べていない。
 腹が減って死にそうだ。
(どうして、神様はぼくを助けてくれないんだろう)
 神様なんて不公平なものだ。
 父親がいなかったけれど、母親が元気だったころは、少年も教会に通いつめたものだった。今は母親も病気で死に、父親はどこにいるかわからない。
 立派な教会。宝石で飾り立てられた、美しい教会が目に入る。
 少年の前を、小さな女の子がてくてくと走っていく。服装からして裕福な家の子どもだ。毛皮のマント。膨らんだポシェット。おそらく、金がたくさん入ってることだろう。
 咄嗟に、勝てそうだ、と思った。
 ポシェットに手を伸ばす。
 女の子が振り返った。こちらを見ている。眼が見開かれ、口が動いた。
「……ぁ」
 少年は、何か言わなきゃ、と思った。何か言わなきゃならない。なんたって天義では、どんな小さな罪も許されないから。
「あのね、……がんばってね」
 少年にマフラーをかけて、女の子は言った。
 その目は、心底、心底愛された人間のもの。

 それで、何かが崩れたのかもしれない。
 少年はその場を走り去ると、市場のほうへ向かった。カウンターに近づき、パン屋のショーケースから何個かのパンをさらった。
「泥棒だ!」
 店の店主が、あとを追いかけてくる。
(神様……)
 神は少年に味方しなかった。少年は躓き、商品をぶちまける。
「テメェ! 店の商品に手を出しやがって!」
 掴み上げられたのは怖かったが、少年をなお一層おびえさせたのは、現れた天義の神官だった。
「およしなさい!」
「あ……」
「愛なき暴力は、ただの暴力です」
「おお、これはこれは、神官ベルノ―様!」
「あ……」
「お任せください。正義のために、愛を持ってうちましょう」
 神官は鞭を振り上げる。おおっ、というどよめきと共に、ぱちぱちとまばらな拍手が上がる。
「少年、分かっていますね?」
 天義の神官はにっこりと笑う。それは、底知れない善意の笑みだ。
「さあ、悔い改めなさい!」
 だれか、助けて。

「ハーーハッハッハア!!!」
 突如として、高らかな笑い声が響き渡った。
「ああっ、あれは……」
「アンライト!」
「アンライトだ!」
「とうっ!」
 覆面の男は、屋根から飛び降りて少年の前に立ちふさがる。
「アンライト……」
「アンライト!」
 この男は義賊、いや、この天義の国では、義賊というものは存在しない。ただの悪党、アンライトである。不正を働く人間、表立っては裁きを下せぬ人間を襲っている。
 男を迎えるのは、ブーイングの嵐だ。
「不正義のアンライト、ここに参上! 神官め、オマエが人々の税金を使って、私腹を肥やしているのはこの私が知っているぞ!」
「な、何を根拠に!」
「神官様になんてことを言うんだ!」
「不信心ものが!」
「ふざけるな」
「ふざけるな! ふざけるな! ふざけるな!」
 四面楚歌の状況の中で、アンライトは笑う。笑って見せる。そして神官につかみかかると、鞭を取り上げて思い切り打った。悲鳴。物の壊れる音。
 少年はこの喧騒にまぎれるように、その場を立ち去った。ポケットにはいつのまにか、小さな宝石が入っていた。
(アンライト……)

●死刑囚
 天義の役人に導かれ、イレギュラーズは地下牢への階段を降りてゆく。おぼつかない手燭だけが怪しく廊下を照らしている。
「この男は、いえ、名前はもったいないですね。この男こそ、天義の神官でありながら、教会から盗みを働いた悪人。窃盗、強盗致傷、その数数十に及びます。断罪されるべき悪であると説明するに足りることは明白でしょう。
 皆様との面会を求めたこの男は、このところ、世間を騒がしていた人物、『アンライト』とみられています。……本人は認めてはおりませんが。
 唐突に懺悔を行いたいというので、天義の理念にのっとり、許可しました。なぜか、頼る相手はイレギュラーズだったのですがね、愚かなことに。いいえ、これは失礼しました。忘れてくださいませ」
 面会に呼び出されたイレギュラーズに、それぞれ心当たりはまるでないだろう。知らない相手からの指名だ。
 天義の役人は、ふうとため息をついた。
「念のため、拘束しておきましたが、くれぐれも気を付けてください」
 鍵を開け、牢獄の戸を開けると、拘束された男が目に入る。ずいぶんと鞭打たれたらしく、あちこち傷ついている。
「あなたの願いは聞きとげられました。ではこのイレギュラーズのみなみなさまに、罪を告白するというのですね?」
 役人の指示により、口枷が外される。その瞬間、男は叫んだ。
「私はアンライトではない!」
 男の叫びに、役人は目を見張る。
「お前、罪を認めるんじゃなかったのか!」
「いいか、私はアンライトじゃない!」
「言い逃れようとも無駄です。証拠は挙がっています。押収された数々の品、あなたこそがアンライトです」
「違う!」
「不正を正すという言い訳の元、悪事を働いた大罪人」
「違う!」
「……」
 役人はやめ息をつき、ふうと一瞥して振り返る。
「ええ、ごらんのありさまです」
 とっさの隙だった。
 囚人は、鍵を吐き出した。イレギュラーズたちはそれをこっそりととった。
「繰り返すが、私はアンライトではない。諸君には、私がアンライトでないことを証明してほしいのだ。頼む」
 そして扉は閉まっていく。
「面会時間は終わりです。無駄な時間をとらせて申し訳ありません、各位。しかし、正義のために働けて光栄でした事と思います」

●アンライトの隠れ家
 アンライトの隠れ家は、天義の兵たちの調査を終えられて、証拠品も押収され閑散としている。
 しかしその自宅を良く調べると、床板の下にある、鍵で閉ざされた地下室があった。
 その地下室は、あの男が吐き出した鍵で開いた。
 あの鍵の一件でこのことを悟ったイレギュラーズたちは、この地下にやってきたのだ。
 埃をかぶった部屋の中で、残されている一冊の手記。それこそは、捕まったあの囚人が、不正義のアンライトであるという告白がつづられていた。
「諸君がこれを見つけたということは、私は捕まったのだろうと思う。そうだ、私こそがアンライトだ。神官という立場を利用して、人々の不正を知り、どうにもいかなくなった私は、法では裁けぬ悪しきを下し、その財産を、せめてもと、貧しい人々に分け与えていた」
「私は正しい人間ではない。私がやってきたのは、正義ばかりだったわけじゃない。パンを盗むのに人を殴ったこともある。同時に、パンを盗んだ少年を、殴りつけたこともある。アンライトだって、やってることは私刑に過ぎない。
 処刑に悔いはない……だが、だが、『アンライト』は死なせたくないのだ。
 アンライトは決してヒーローではない。だが、黙殺してくれたものはいた。もちろん、その人物のために、その名は伏せるが。
 正義のために。隠された正義のために。賛同してくれた人はいたのだ。
 正しさなき人はアンライトを恐れる。人はアンライトを恐れて、より正しい人間になれる。アンライトを、生きているように見せかけて欲しい。報酬はその辺から適当に持って行ってくれ。まあ、人々に分け与えてしまったので、ろくなものなどないのだが。どうか、私の意思を引き継いでくれると嬉しい。
 不正義に手を染める覚悟はあるか? なければ、ここで引き返すといい」
 そこにあるのは、覆面やマント。
 地下になお隠された祈りの祭壇が、じっとこちらを推し量っているような気がした。

GMコメント

●注意事項
 この依頼は『悪属性依頼』です。
 成功した場合、『天義』における名声がマイナスされます。
 又、失敗した場合の名声値の減少は0となります。

●目標
 アンライトの”死”を隠蔽する。
 具体的には、囚人の死後にアンライトとして活動する。
 派手にやれればなお良いですね! 捕まらないように注意しましょう。捕まって、切り抜けられないと失敗です。

●アンライト
・今までは男性の、単独犯と思われていました。戦闘スタイルは格闘でした。
・ですが、これからのアンライトは何人いてもいいです。なぜか覆面は複数あります。もちろん、サポートに回るのも手でしょう。
・なるべく人死にの出ないように行動していました。ただ、今回から方向性をかえてよりダーティーな方向に行っても構いません。「無辜の人たちはなるべく傷つけないでくれ」と言われていますが。
・世間からはまだ圧倒的な不支持が多いです。天義では……残念ながら、理解を得ることは難しいでしょう。ただ、本当に少なくありますが、黙殺してくれる人もいます。
・『アンライト』という存在は、天義でマークされています。処刑されて安心していることはありますが……。

●アンライトの手記
 不正を行ってきたが、金や権力でもみ消している人物のリストが遺されていた。中でも特筆するべきは神官ベルノ―だろう。

・神官ベルノ―
 人々からの寄進を懐に入れていたことを冒頭でアンライトに指摘されたが、上層部に金を握らせてうまく処理したようで未だにその地位を保っている。
 家に会計書類があるが、蓄えた貴金属と共に厳重に保管している。
 根っからのサディストで、囚人を断罪と言って鞭で打ち、私刑を楽しんでいる節がある。囚人がいない時はメイドを打ったりもしていた。
 3日後、広場で、神の愛についての講演会を開く予定。参加無料。

ベルノ―の屋敷:
 かなり豪華な2階建てのお屋敷。物乞いが訪れるための裏口と、正面玄関がある。執事やメイド。警備複数。
 執事は主人のことを黙認しており、メイドはおびえている。
 誰でも歓迎と公言しているが、物乞いを見るとベルノ―は一瞬だけ嫌な顔をする。地下には囚人に説教をするための地下牢がある。

(PL情報)
 貴金属は2階の寝室の横の金庫に、書類は執務室の鍵付きの引き出しにしまってある。

●OP補足
 アンライト騒動でどさくさに紛れて断罪を逃れた少年は、今は煙突掃除の仕事をやっているみたいです。きつい仕事ではありますが無事です(※助かってるよ、というだけの補足情報です。黙認派ではあります)。

●補足
 覆面をかぶるとなかなか正体がバレない。その他変装をしても同様。その辺は、今回ヒーローもののご都合主義です。アンライトとして行動するときは、顔は隠すのをお勧めします。

 囚人を鞭で打つのは行きすぎる場合もありますが、天義ではことさら、地位を失ったり罪に問われるほど責められることではありません。ただし嘘はひどく責められます。

  • 正義、覆面は死なず完了
  • GM名布川
  • 種別通常(悪)
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2018年11月24日 22時20分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

グドルフ・ボイデル(p3p000694)
シュバルツ=リッケンハルト(p3p000837)
死を齎す黒刃
マリア(p3p001199)
悪辣なる癒し手
アンナ・シャルロット・ミルフィール(p3p001701)
無限円舞
ノワ・リェーヴル(p3p001798)
怪盗ラビット・フット
極楽院 ことほぎ(p3p002087)
悪しき魔女
クローネ・グラウヴォルケ(p3p002573)
幻灯グレイ
アーリア・スピリッツ(p3p004400)
キールで乾杯

リプレイ

●託された
 アンライトの処刑の報は、またたくまに天義に広まった。
「……彼を、助けられれば良かったのですけども、それが、無理ならばせめてー……!」
『悪辣なる癒し手』マリア(p3p001199) は唇を噛み締める。どうあがこうとも、手の平から零れ落ちていくものはある。
 けれど、マリアは行動をやめない。
「最期の願いを叶え、アンライト様の「悪名」を雪ぎましょうー……! その事が、アンライト様への手向けともなりましょうー」
「……アンライトという男は正しくなかったかもしれない。けれど、信念と勇気を持って行動した。その点に関して、私は彼を尊敬するわ」
『カースドデストラクション』アンナ・シャルロット・ミルフィール(p3p001701)はアンライトについてそう評した。
 アンナ自身も、聖教国ネメシスの貴族だ。そして、行き過ぎた『正義』により家族を断罪された過去を持つ。
「この国の正義とか不正義とか……なんなのかしらねぇ」
『酔興』アーリア・スピリッツ(p3p004400)にとっても、天義は因縁のある国だった。アーリアの祖国で、アーリアの家族を手に掛けた国だ。
 アンナもアーリアも、多くは語りはしない。
「……ともあれ死に際の願い、叶えてみせましょ!」

「……義賊……民衆の英雄……か……この国でそんな事をよくやるもんだと……正しく物語の英雄たる器だったんでしょうかね……」
『傷だらけのコンダクター』クローネ・グラウヴォルケ(p3p002573)は目を伏せた。クローネは慎重だ。それゆえに、他人の痛みについても分かることがあるのかもしれない。
「正義ってのは俺が思うに、自分の信念を貫く事だと思ってる」
『黒キ幻影』シュバルツ=リッケンハルト(p3p000837)は言った。シュバルツはかつての世界で、反政府組織に所属していた。仲間同様、多く語りはしないが、彼なりの信念があったのだろう。
「アンライト、お前は不正義なんかじゃねぇさ。任せとけ、"アンライト"は俺たちが死なせねぇよ」
 力強いシュバルツの言葉に、仲間たちはそれぞれ頷いた。
「……さて、アンライトは腐った国を救う英雄になれるのか……」
「なるよ」
 憂い気なクローネに、『麗黒なる盗兎』ノワ・リェーヴル(p3p001798)が請け負った。
 彼こそは義賊『ラビット・フット』。
「義は死せず正を成すものは何時の世にも現れる事を知らしめる」
「……で、アンライトになれってか?」
『瓦礫の魔女』極楽院 ことほぎ(p3p002087)は頭を抱える。何ともめんどくさそうなことに巻き込まれてしまったものだ。
「天義からは一刻も早く逃げ出してェが、依頼は受けちまったしなァ。とっとと終わらせて帰る! ……同じ依頼を受けた奴らと一緒の方が逃げやすそーだしな」
 クライアントはこの世にはいない。このまま逃げ出したとしても、おそらくは誰も咎めなかっただろう。ことほぎであれば、きっとそれもできた。
『断罪 正義は下された! 腐った悪がまた一つ浄化に導かれた……』
 新聞は語る。世間は喜びに沸いている。
『山賊』グドルフ・ボイデル(p3p000694)は新聞を引き裂き、破り捨てた。
 許せなかった。誰も救わぬこの国が。人々が。神が。
 だから棄てた。国を。名を。信仰を。
 未だ燻る復讐の炎を、その濁った瞳に燻らせて──。
「さあ──行くぜ」
 まっすぐな声が、力強く響き渡る。

●予感
 神官ベルノーの屋敷。
 メイドはホウキを振り上げ、ネズミを追い返そうとする。
「あっちへいってよ! あんたのせいで、ご主人様に怒られる……! お願い……」
 ネズミはじっと耳を傾け、聞き分けよく台所から出ていった。
 メイドはほっと胸をなでおろす。
 結局のところ、折檻の理由はなんでもいいのだ。部屋が暖かくなかった、だとか、自分のせいじゃなくたって……。
 幸いにも、アンライトが逮捕されたことで主人は機嫌がよかった。
 ネズミは、人目を避けるように屋敷を走り回る。……計画は着々と進んでいた。

「もっと良いのもあるよ」
「いや、巡礼のためなんでね。ありがとな」
 ことほぎは支払いを済ませる。アンライトの衣装と物乞いの服、天義の一般人の服。これで3着。そして必要なものは紙の束。
 顔を覚えられないよう、複数の店でちょっとずつ。ことほぎは手慣れていた。
 アンナはビスケットを口に運ぶ。今日の食事だ。クローネは、自分は「それらしく」思われればよいのだという。
「ぶっ倒れねぇだろうな」
「大丈夫よ、お父さん」
「へっ」
「せめて、最低限は食べてくださいねー」
 マリアが心配そうな表情を浮かべる。
「ありがとう」
 すれ違った気配はないのに、シュバルツはいつの間にかアジトにいる。
「ここが台所で、ここが執務室で」
 ファミリアから仕入れた情報を、アーリアが仲間たちに説明する。
「大体の間取りは頭に入れた。俺はここから進もうと思う」
 シュバルツの進むルートは、屋敷の間取り図の線を完全に無視している。しかし、仲間は異議を挟まなかった。
「ああ、それでいい」
 グドルフが頷く。
「では、僕は正面から」
 ノワはにこりと笑った。

●運命のイブ
 また、あのネズミ。
 メイドは追い払おうとしたが、ネズミは語りかけてきたのだ。
「こんにちはぁ、貴女主人の悪事にうんざりしていない? 手を貸してほしいの」
「……っ!?」
 悲鳴を上げなかったのは、声が思いのほか優しいものだったから。
 ハイ・テレパス。
 なだめる声は、悪魔の誘惑のようで。けれど安心させる響きがある。
「ご、ごめんなさい……」
「どうしたの?」
「ごめんなさい、ごめんなさい」
 メイドは異常におびえていた。
「ねえ、なにをされているの?」
 アーリアの声は真剣だった。
 メイドの話を聞き終えると、アーリアは大丈夫だと請け負った。
 だが、それには手助けがいる。
「貴女が関与しているとは絶対にばれないようにするわぁ、お願い!」
 メイドははいとは言わなかった。けれど、いいえともいわない。
 ああ、神様。きっと天罰が下る。けれどアーリアは言うのだ。天罰が下るのは、主人の方であると……。

「ベルノー様、巡礼者です」
 自室にいたベルノーは顔をしかめ、書類を引き出しにしまい込む。訪問者は、穏やかにほほ笑む女性、マリアだった。
「会えて光栄ですのー…! 神官様のお噂はかねがねー…」
 寄られて上目遣いに見あげられれば、いやな気はしない。
 紅茶と茶菓子を用意させ、神について語り合う。献身的に、人々を助けたいと願うマリア。無欲なことだ。ベルノーは、少々心から感心した。
「なんでも、ベルノー様は大罪人を捕まえたとかー?」
「ええ、まあ、つまらない話ですが」
「ベルノー様、客人です。今度は物乞いです」
 ベルノーは露骨に嫌な顔をした。使用人に任せてもよかったが、そこにはマリアがいる。
「私のことはお気になさらず、どうぞ応対なさってくださいー」
 そう言われれば、出ざるをえなかった。

 現れたのは、二人の娘を連れた大柄な男だ。グドルフとアンナ、そしてクローネだ。
「お願いします、娘たちもこんなに痩せてしまって」
「おなか、すいた……」
「……ベルノー様なら私共のような者でも救って下さると聞いてやって来たのです……」
 クローネはおずおずと言った。ファンタスマゴリア。物乞いだという認識でクローネを見ると、そうとしか思えなくなってしまう。
「ごはん、下さい……」
 アンナはグドルフの服の裾をつかみ、上目遣いに言う。
 ベルノーが持ってこさせたのは、固くなったパンだった。ケチな神官だ。ベルノーはいいことをしてやった、と心底思っている顔だ。グドルフは内心、唾を吐き捨てた。
「お父さん大きいんだから足りないよう! もっと頂戴!」
「こんなに大きな屋敷に住んでるのに。まだ隠してるだろう!」
「なんだと?」
「此処に来るにも命がけだ。まだ足りない、もっとだ! 邪魔するな!」
 グドルフは、警備員を素手で殴り飛ばす。
「おい!」
「取り押さえろ!」
 ただの物乞いと侮って、警備員は一応の手加減をした。それが運の尽きだ。グドルフは恐ろしく強かった。すぐに跳ね飛ばされる。
「ぐっ」
「こいつ、強いぞ!」
「複数でかかれ!」
「お父さん、今大事な話をしてるの! 邪魔しちゃだめっ」
 グドルフにつかみかかる男たちを、アンナが二人同時に突き飛ばす。警備員の攻撃が、クローネをかすめた。
「っ……」
「……この身は既に限界なのです、ならば……!」
 クローネもまた、その場にあったほうきを拾い上げ応戦する。威嚇術によって、致命傷は避けられている。
「このガキ!」
「お姉ちゃんをいじめるなー!」
「おらあ!」
 グドルフが警備員を持ち上げ、思い切り振り回してぶちかました。
 収拾がつかない。
「なんだって今日は物乞いがこんなに多いんだ?」
 そうこうしているうちに、ことほぎがまた別の物乞いたちを連れてきた。

 時は少し前にさかのぼる。
 泥で顔を汚し、物乞いに扮したことほぎは、ベルノ―の屋敷の周辺で物乞い連中に声をかけてまわっていた。
「寒くないか?」
「ああ、大丈夫だ。だが腹が減って死にそうだな。そっちは?」
「ベルノ―様の御屋敷でかなり恵んでもらえた。今日はもう一度行ってみるつもりだ」
 ことほぎは、自慢げにハムやらチーズやらを見せびらかす。ごくりと喉が鳴った。
「なあ、俺たちも」
「ああ、何人でも歓迎するってさ」
 そういうわけで、物乞いは大挙して押し寄せていた。
「皆もこれじゃ足りないでしょ!」
 アンナの声に、そうだそうだと声が上がる。
「屋敷に乗り込め!」
「お恵みを! お恵みを!」
 人が押し寄せてくる。
 戸締りのため、使用人たちは正門へと回り込む。そのうちの一人、メイドに扮したノワに、ことほぎはファミリアを託した。グドルフは偽造書類を渡す。
(気張れよ)
(ああ)

●潜入
 ノワの潜入は、堂々と正面から。
 執務室の場所は、アーリアを通じてメイドから聞いた。
 ノワがさりげなく窓を開け、アーリアを屋敷に招き入れる。
 すでに屋敷は閉め切られたあとだったが……。
(ここだな)
 シュバルツは自身の肉体を一時的に幽体化させ、壁をすり抜ける。神出鬼没。シュバルツのギフトはそれを可能にする。
 一切の物音を立てず、シュバルツは歩みを進めていく。
 一行が目を付けていたのは、執務室だ。

 執事に向かって、メイドが震える声で言う。
「どうしました?」
「も、物乞いが……暴れてて、太刀打ちできないんです」
「分かりました。あなたはここにいてください」
 執事がわずかに傍を離れる。
 振り返ると、侵入者がいる。アーリアはにこりと笑った。
(ああ)
 メイドは、あの声の主はこの人だ、と直感した。
「ごめんなさい、カギは……私は持ってなくて……」
「大丈夫」
 ノワが言う。
「何も知らない。それでいいだろ?」
 シュバルツは言い、見張りに回った。
 あっという間に、部屋が開錠される。
「ここね」
 アーリアは眠たげな様子で、執務室をぐるりと一瞥する。たとえ明かりが少なくとも、アーリアにとって問題はない。
 続けて、ノワのワイズキーによって、引き出しは瞬く間に開いた。書類を盗み、偽造された文書を入れる。視線を酌み交わして施錠する。
「流石ね」
「それじゃあ、あと一仕事」
 一行は執務室を出ると、今度は乱暴に寝室に上がりこみ、金庫を開けて貴金属を奪った。
「ずいぶんため込んでるわね」
「仕上げだ、気づいてもらおう」
「わかった」
 ノワは、ファミリアに合図する。ことほぎがそれを受け取って、撤収の合図を出していることだろう。
「何者だ!」
「はっ」
 3人の兵士たちがやってきた。シュバルツのこぶしが、一体をあっけもなく気絶させる。
「遅い」
 ノワのキャタラクトBSが、背後から衛兵を気絶させた。アーリアは剣をひらりとかわし、返しざまにフロストチェインで動きを止めた。
 縛り上げ部屋に押し込み、仲間を振り返る。
「それじゃあ、出ましょうか」

(まずい)
 ベルノーはまず派手に荒らされた寝室へと走った。宝石がやられた。それも死ぬほど悔しいが、何よりも重要なのは書類だ。執務室は無事なようだ。引き出しを開けて、書類がそのままであることにほっとする。予想の通り、ただの盗賊に過ぎなかったようだ。
「すみません、こんな時に……少々、ごたついておりまして」
 ずいぶん待たせたが、マリアはいやな顔一つしていなかった。
「貴重なお話、ありがとうございましたわー。講演会の成功を祈っておりますー」
「ぜひ、いらしてください」
 マリアが去っていったあと、ベルノーは椅子を蹴り飛ばした。
「畜生、あの物乞いどもが!」

●ベルノーの講演会
 講演会の日。
 広場には大勢の人間が集まっていた。
「ベルノー様、賊に入られたとか」
「ええ。しかし、あのような蛮行、神がお許しになるはずがありません」
「お話を楽しみにしておりました」
 屋根の上に現れた男の姿に、住民たちはざわついた。
「あれは……」
「まさか……アンライト!?」
 男は、屋根の上に立っていた。
「民よ。神の言葉を広め、弱きに手を伸ばすべき神官は、諸君らの血税を己が為に浪費していた。諸君らに嘘を吐いていた!」
「なっ、なんだと!?」
「嘘とは即ち不正義である。この男が正義を、神の愛を語るなど笑止千万。神官よ、貴様は未来永劫救われぬ。神を裏切った貴様に──神の寵愛は届かぬと知れッ!」
 書類が宙を舞う。
 マリアは一枚を手に取り、叫んだ。
「そんな、神官様が税金を着服していたなんてー……! こんな証拠があるんですもの、彼は不正義だったのですのー!」
「お、おい」
「不正? ベルノー様が?」
 アンライトのバッシングよりも先に、民衆はざわついた。くるりと振り返り、まっすぐに言う。
「不正義の大罪人を許すわけにはいきませんのー……! 彼を捕まえる事こそ正義ですのー!」
「待て!」
 マリアは喚かず、その覚悟を問うように兵士達にも声をかける。
「無辜の民に剣を向け、罪人を庇う事は不正義ですのー、貴方達も罪人のお仲間になりたいのですのー?」
 兵士たちは一瞬、出遅れた。
「捕まえろ! あいつを捕まえれば……」
 あちこちで小さな爆発が起こる。悲鳴が上がるが、けが人はなかった。
「欺瞞に満ちた神の使徒を今ここに処断する。我等は不正義のアンライト也」
「アンライト!?」
「馬鹿な……アンライトは複数いるのか?」
「……此処にあるはそこの正義を騙る神官の不義の証拠……この国で嘘をつく事がどういう事かはコイツ自身が知ってるハズだろうさ……『不正義』に『光は差さない』」
 民衆の意識は、アンライトを見ている。クローネはアンライトそのものだった。
「亡霊だ……!」
 ノワは人込みをすり抜けるようにして巧みに走り、文書をばらまく。手品のように、人々のポケットには折りたたまれた書類がある。あの爆発もノワの仕込みだ。
「ええっ」
「これ、これ何!?」
「まさか本当に……」
「捕まえろ!」
(よし、撤退だ)
 シュバルツがぶつかるふりをして、兵士を足止めした。
「逃げるが勝ちだからね」
 ノワは仕掛けで衆目を集めておいて、実際は民衆に紛れていく。
「あの人見たことあるよ! 食べ物を置いていってくれた人だ!」
 アンナは駆け寄ろうとした兵士にさりげなく足をかける。
「アンライトはやっぱり捕まってなかったんだ!」
「ははは! 受け取れ!」
 他の奴らが口上述べてる間に、ことほぎは複製した書類をバラ撒く。追っていったが、一瞬で消えてしまう。
「馬鹿な……」
 変身魔法杖シュレーディンガーⅢ型。あっという間の早着替えは、魔法少女のお約束。一瞬で着替えたのだ。
「どういうことなの……この書類、ベルノーが不正をしていたとしか思えないわ!」
 アーリアの声はよく響き渡る。きらびやかなカリスマが、アーリアに味方する。
「あっちにアンライトが行ったわ!」
 ちょろいものだ。
「……」
 いや、ちがう、そっちじゃない。兵士は言おうか迷ったが、沈黙を選んだ。するとどこからともなく、掌に書類を押し付けられた。
「え?」
「……種は撒いた、後はなる様に……」
「お、おい」
 クローネだ。
「……アタシがなるのはもう勘弁……」
 兵士は黙って、リストを懐に入れる。不正を行っていると思しき者たちのリストだった。

●終幕
「どうだい、おれさまの演技は。中々だったろう?」
 路地裏。三々五々に逃げ、ようやくここまでたどり着いた。グドルフは、仲間たちにそう笑みを向ける。
「良い演説でした……」
「……どうでも良いけどこの演技、疲れるわね」
 アンナは悠々とほこりを払う。10歳なのは見かけだけだ。
「全員、うまく逃げおおせたかね」
「まあ、大丈夫だと思うわ」
 さて、アンライトたちは……ひとまず、ここで解散となる。

 貧民街。目の前に現れた人物は、大きな袋を下す。何かと思ってみてみると、ぎっしりと食料が詰まっていた。
「パンだ……」
「白いパンだ!」
「あなた、誰です?」
「アンライト」
 アーリアはそう名乗り、貧民街を後にした。
「良い買い物だな」
 シュバルツは振り返り、笑った。

 新聞の一面には、『汚職神官、逮捕』の記事。アンライトの再びの出現を伝えている。
『アンライトの出現により、再び天義は闇に包まれた……だが、神は救いの手を差し伸べてくださる』
 人々の心の中に、アンライトは生き続けることだろう。

成否

成功

MVP

アーリア・スピリッツ(p3p004400)
キールで乾杯

状態異常

グドルフ・ボイデル(p3p000694)[重傷]

あとがき

アンライトは神官ベルノーの不正を暴き、見事、アンライトがやり遂げられなかった仕事を完遂することができました。
シナリオ、お疲れさまでした!
きっと第二、第三のアンライトが現れ、細々と活動を引き継いでゆくのでしょう。天義という国である以上、世間からの目は厳しいものとはなりますが、ほんのわずかにも、賛同者が増えていくのかもしれませんね。
機会があったら、また一緒に冒険いたしましょう。

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