シナリオ詳細
<刻印のシャウラ>船上制圧戦
オープニング
●砂蠍
彼らは終わった筈だった。『砂蠍』は。キング・スコルピオは。
「ば、馬鹿な――」
しかし彼らは復活しつつある。ラサでの大討伐にて瀕死の状態にまで追い込まれた筈の彼らは、謎の資金力と人脈を駆使し続けて。『新生・砂蠍』とまで呼ばれるようになった彼らは――
「お前が領主だな?」
今や、多少程度の警備兵力ならば落とすに容易い戦力を保持するまでになっていた。
ここは『とある一室』。その中にいる男の首筋に突き付けられた刃は、死の臭い。
「もはや兵はおらん。降伏してもらおう。さすれば命は取らない」
「降伏? 降伏だと盗賊如きが……! 狙いはどうせ金品であろうが! 持ってさっさと出ていけ!」
血に濡れている廊下。幾人の兵士が犠牲に成ったというのか。
非常に『間が悪い』事に、北部国境線にて鉄帝の侵攻が予期される中、自身の配下戦力を割いてはいたが――それでも決して盗賊如きに後れを取る程、自分の警備分まで空にしたつもりは一切なかった。
だが。それでも現実は『こう』なっている。『こう』なってしまっている。もう彼らは。
「誤解してもらっては困るな領主殿。我らは、別に金品が目的でここに来たのではない」
盗賊の範疇を超えて。
「――領地が目的で来たのだ。そう……我らが奪いたいモノは全て。全てなのだよ領主殿」
さながら軍隊の如し。狙うは金品ではなく国そのもの。
「な、なにを馬鹿な……国盗りなど、気でも狂ったか!!」
「無駄な問答は不要だ。返答は如何に」
「舐めるなよ卑しき盗賊如きが――がッ!?」
瞬間、鮮血。舞うは領主の首。断たれる彼の命……は、さてはて。
奪ったのは目の前にて刃を突き付けていた盗賊ではなく。
「……困るな傭兵。勝手をされては」
「ほほう。あんな豚に時間を割いている暇がおありとでも? 騒げば醜悪。殺すが早いと存じましたが」
その隣にいた――暗器の糸を廻す、執事服風の男であった。
身なりからしてはまるで今しがた死んだ領主の付き人……の様な雰囲気を携えているがそうではない。彼は傭兵だ。盗賊に、新生・砂蠍に雇われた――腕利きの傭兵の一人。名を。
「今神。もう一度言う――勝手をするな」
「ピバリース殿。御身の慎重振りは私も敬服する所でありますが、この場においては『時間』が重要。そう言ったのは御身自身ではございませんか。最高の戦果を求めようとし、最低限の勝利条件を満たせぬ事が無いようにお気を付けを」
「……フン。雇われの割に、随分と口を出す。気に入らんな」
「間違ってはおりますまい?」
「だから『気に入らん』と言っているのだ」
この場を制圧した盗賊の棟梁。ピバリースはほんの数瞬、目を閉じる。
思考するはこの先の展開。貴族は死んだ。人質として使えそうな最大の男は死んだ。だが責任者を殺した以上指揮系統は乱れ、他の者らの脅しとはなろう。最高級の階級であっても逆らえば殺すと。我らの本気を見せつける事が出来るのだと思えば。
「……よし。計画はこのまま続行する。今神、お前は付いてこい。他の者は準備を急げ」
歩き、部屋を出る。廊下を渡り外へと出れば――周囲を一望して。
「――出航を急がせろ。一刻も早くこの『船』を陸から離すのだ」
遠くを見る。何もない、水平線が遠くに見えて。
ここは海に面する港の一つ。領主の道楽にて建設されていた――大船が鎮座している。
今は、まだ。
●ローレット
「まずいね。新生・砂蠍が動いたよ……しかもかなり大規模に、ね」
言うはギルオス・ホリス(p3n000016)だ。壊滅しかけた筈の彼らは復活し、今や強大となっている。しかもその上で、今回の狙いは大規模な『収奪』ではない。
「占拠・制圧だ。彼らの狙いは幻想南部の街・村他拠点に集中している」
「――国盗りだとでも?」
「実質そう考えても問題ないだろう。この行動に対し、貴族達も反撃の軍を動かしたい……所なんだが」
北部にて鉄帝が動きを見せている故、南部への援軍が送り辛い状況なのだ。
……こう言っては何だが、あまりにタイミングの良すぎる動きだ。鉄帝を指揮しているザーバはこういう策は好まない筈なので関連が実際にあるかは不明だが――あるにせよ無いにせよ状況は変わらない。
北部陥落は国防上最悪の問題が発生する。どうあっても優先度は下げられない。
「だからこそローレットに依頼が来た。『砂蠍』をどうにかしろってね。で、君達に担当してもらいたのは――ここだ」
ギルオスが指差す先。そこは――海沿い?
「正確にはここに港町がある。そこそこ程度の規模の港なんだが……ここの船が一つ、占拠された」
「船? 商人や領主の屋敷とかではなく?」
「……船が領主の屋敷なんだ」
はっ? という表情のイレギュラーズ。何を言っているんだと――という浮かぶ疑問。
「ここでは大船が一つ建設されていてね。管轄する領主の趣味で政治機構……まぁ書類とか宝物庫とか本来屋敷にあるであろう物は全部この船に移されているんだ。一応地震などの災害が発生した際に被害を受けずに海へ脱出できるという利点は存在している」
「津波とか来たら一撃では!?」
「まぁその辺りはともかくとしてね。とにかくこの船が制圧された――上で、出航の準備が進められている」
まずい。海に出られれば手が出しにくくなる。絶対に不可能という話ではないが、大船を制圧するために割けない戦力を更に割いて討伐に乗り出す? それは鉄帝の動きが解決してから一体どれだけ先の話になってしまう事か。
今しかない。まだ出航していない今の内に船を取り返す。そうすれば万事解決だ。
「ただ、気を付けてくれ。船には勿論兵士がいたんだ。それでも、制圧されている」
集めた情報によれば、制圧までにかかった時間はそう長くないらしい。
闇夜に紛れ、相当にスムーズに進めたのだろう。腕利きの傭兵もいるという話だ。
「船には船員が働かされ、領主の使用人が囚われている。だけど、人質の生死はこの際『どうでもいい』と幻想からは伝えられている。最優先は『船の奪還』である事を念頭においてくれ」
どうでもいい、か。実に、実に――幻想らしい答えである。
だがそれはともかくとしても、依頼ならば果たさねばなるまい。まして相手が砂蠍ならば。
レオンもきっと言うはずだ。
――蠍の駆除に手加減なんていらねぇ、と。
●月夜の下で
「出航はまだか?」
「船員が中々働きませんなぁ。まぁ仕方ありますまい、恐怖で従えているのですからな」
ピバリースと今神は言葉を交わす。進みの悪い、進捗状況を目の前にして。
「急がねば幻想はともかく……恐らく、ローレットが来るな」
「でしょうな。ま、その折は全力でやるしかありますまい」
考え込むピバリース。来た場合如何にして迎撃するものか、考えている。
こちらも闇夜に紛れて接近したのだ。向こうもそうしてくるかもしれないと……
対して今神は気楽な様子で。暗器の糸を調整しながら思考する。
どうやって、彼らの首を落としたモノかと。
- <刻印のシャウラ>船上制圧戦完了
- GM名茶零四
- 種別EX
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2018年11月15日 21時00分
- 参加人数10/10人
- 相談7日
- 参加費150RC
参加者 : 10 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(10人)
リプレイ
●船上戦
例えば。如何に夜と言えど自らの船に近付く別の船があったとするのならば誰かが気付くだろう。
元より幻想側――正確にはローレットの奇襲を警戒しているのだ。小型の船ならば最初は気付かないとしても、接触する前には必ず警戒している目に引っかかる。だから。
「な、なんだアレは……!? あの『船』は……!?」
当然、砂蠍の面々にも気付かれる事となる――ただしそれは。
「ハッ……国を盗るだぁ? ま、盗賊王のやりてぇ事、する事は良いがよ」
一息。
「断りも入れずに海賊のシマに手を出すってぇのは……頂けねぇよなぁ? あぁ?」
『蛸髭』オクト・クラケーン(p3p000658)のギフトによる――幽霊船が、である。
前方……ざっと見ただけでも約100m以上は離れている地点に、薄暗い灯を伴った船がある。その様はおぞましき、正になる『幽霊船』。オクトの所有する小型帆船『Call of Devil』の元なる外観に、彼の幽霊船に見せるギフトが加わって遠目に視ても明らかな異質。
砂蠍の注意が一時的に船の前方側に向く。精神に恐怖を訴えかけんとするその能力の影響は離れている事もあって強い効果を及ぼしてはいないようだが……それは今回、重要ではないので良しとしよう。重要なのは。
「――っし! 接舷するぞ、今の内に……ッ!」
「そうそう長く引き付ける事は出来まいな。急ぐか」
オクトが位置している前方、とは真逆の。大船の裏側から。
黒にカラーリングされた小型船で接近する――本隊なのだから。それは小型船『紅鷹丸』……『大空緋翔』カイト・シャルラハ(p3p000684)の所有する漁船である。本来は赤と白の、やや色あせたカラーリングで塗装されている船なのだが、目立つと踏んだカイトは出来得る限り夜の闇に溶け込めるように偽装を施していた。
好む色を使えずやや残念ではあるものの、依頼の為だ。仕方なしと嘆息を。その隣でロープ片手に接舷の準備を進めているのは『五行絶影』仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)である。
オクトのギフトによる明確な幽霊船として印象は砂蠍側の想定外の事であり注意を上手く引き付けているものの、いつ警戒が元に戻るとも知れない。あれが陽動である事を悟られる前に、このロープを看板に掛ける必要がある。
故に往く。僅かなれど助走をつけ、紅鷹丸の先端へと駆け抜け跳躍し――大船の、壁面を駆け上がる。
微かな取っ掛かりに指を掛け、足に力を更に跳躍。アクロバットな技術で看板へと一気に。
「っ、と」
甲板へ。駆け上がり切る前に顔を半分、視線で周囲を見渡せば――さて、こちらへの警戒は今の所向いていない様に見える。さればロープを迅速に垂らし、味方が昇れる様にとすれば。
「うん――良し。行けそうだ……!」
空を地の如く。河上・サフィニア(p3p006171)は空中を蹴りながら滑歩する。
まるでそこが地であるかの様に。これもまた飛行の一種だ。サイバーゴーグルによる多少の暗視効果と超視力を組み合わせ、偵察の構えを続行。されど跳び続ければいずれは気付かれよう。故に彼女は適度な所で甲板へと降り立ち。
「後は抜き足差し足……と。ハハッ、これじゃあ海賊じゃなくて盗賊みたいだね」
なるべく気付かれない様に忍び足にて。移動の気配を殺しながら汰磨羈の元へ。ロープが足りなければ自身のロープの長さも足そうと。振り向き、歩を進めようとした――瞬間。
暗闇より訪れる凶刃。盗賊団の配下の刃が、サフィニアの首筋へと。
「――サフィニア! 真横だ!」
「大丈夫見えてるッ!!」
警告の言を飛ばしたのは『辻ヒーラー』ゲオルグ=レオンハート(p3p001983)だ。目、耳、鼻。全てにおいて優れる技能たるハイセンスの証を持つ彼はロープを伝って船に上がり込まんとしていた正にその時。近付く気配を察知出来たのだ。
対してのサフィニアもサイバーゴーグルによる暗視と超視力で捉えたその姿。刃と首の間に手甲を割り込ませ、防ぐ。甲高い接触音。振り向きざま、もう片方の拳で相手を殴りつける――が、感触が薄い。後方へ跳ばれたか。
と、同時に周囲。幾名かの敵の気配を感じる。こちらへと近付いてくるのは、飛行の気配を察知されたか。それとも純粋に警戒引き付けの効果切れか。さて、それはともかく。
「さて――気付かれたよな。なるべく風下にいよう。少しでも音が聞こえれば奇襲対策になるしな」
「なら、もういいか。カンテラを点けるぞ。今更気付かれないようにし続ける意味もない」
そしてカイトも一層へ。風下にいるべきと提言しながら、ゲオルグは所持していたカンテラを手に、明かりを灯す。もはやこうなった以上明かりがある方が戦いやすい故に。
大船の占拠。目指すは国盗り……やれやれ盗賊風情が思い上がったものだ。だが。
「なんともまぁ、お誂え向きな面子が揃ったものだな?」
汰磨羈は言う。そんな状況と敵を相手に、よくもこう『向き』な者達が集ったと。
「では、行こうか。熨斗を付けて後悔させる為になッ!」
構える刃。相対するは盗賊団。
今ぞここに闘争の火蓋は切られようとしていた――
のだが。
盗賊団はまだ気付いていない事があった。一層の侵入者に対しては今対応を行っているが。
もう一組の侵入者。『二層』のとある部屋の窓から垂れているロープの存在には、まだ。
●先んじて
些かだけ時を戻そう。
それは紅鷹丸ではなく。先行して水中から近付いていた『ふわふわな嫉妬心』エンヴィ=グレノール(p3p000051)らの行動であった。水中で呼吸が可能な技能を所持する彼女は、酸素ボンベにて同行する『こそどろ』エマ(p3p000257)と『ブラッディ・バール』リトル・リリー(p3p000955)らの手を引いて共に水面下を移動。
先導し、船へと辿り着いていたのだ。近付く小型船には気付けても、闇夜の水中にまでは流石に盗賊団も気が回し辛かった様で、焦る必要もなく接敵出来た。その後は飛行しつつ気配遮断で――尤も移動しながら使用は出来ない為、部屋を窓から覗く等動く必要が無い時だけの使用だが。とにかく警戒されていないと見た窓からエンヴィは侵入を果たし。
「……広い船なのが幸いしたわね。部屋が沢山あって入りやすい事入りやすい事……でも、ここからが面倒ね。船を奪っただけなら良いけれど、人質も大勢乗ってるのは問題」
「えひ、えひひひ……さぁ、てと。今回の依頼は余裕が本当になさそうですし、動きましょうか」
エマから受け取ったロープを垂らして、二層への侵入口を確保したのだ。
今まで何度も危険な依頼と言うのは受けた事がある。しかしその中でもかなりキツい依頼になりそうだと、エマは思考する。盗賊団の狙いがバカデカイ事もさることながら――それに伴う敵戦力、状況共に厄介だ。
相も変わらぬ引きつった笑みが口端から漏れる。別に臆している訳ではないが、さて。
状況を上手く運べると良いなと思いながら。
「……うん、なんとかうまく、やっていこうね……! リリーは、とにかくていさつをするねっ」
そしてリリーが。ファミリアーの力にて鼠型の小動物を召喚。五感を共有し――そのまま船内偵察の為に扉から外へと押し出して。自身はそのまま気配消失にて存在感を薄める。
気付かれぬ様に。ここはあくまでも敵のフィールドだ。油断せぬ様に。まずは情報をと。
「……てきのいちが、わかればいいんだけど……」
「ええ。ただ、時間を掛け過ぎてもいけない……ある程度の所で切り上げていきましょう」
エンヴィは言う。十全に情報を取得できるだけの時間があれば良かったが、そうもいかない。
この船はいずれ出航してしまう。その前に全員が乗り込む必要があるし、そうなった際は流石に存在を隠蔽し続けることは難しいだろう。実際に船に乗り込んできた者達がいるとなれば警戒のレベルは跳ね上がる。敵が殺気立つ。
状況が動き出せばいつまでもここに潜んで情報取得、という場合ではないのだ。故に今の内に。出来得る限りの情報を集めようと。
「……後は状況次第ですけれど。人質をどうするか、ですかねー……」
囚われている者達を、救うか。見捨てるか。エマは些か思考を巡らせる。
諦めれば楽ではあるのだが。恩も義理も存在はしないのだが――さて――
●現在
そして時は今に届く。
紅鷹丸から一層へと侵入しつつある中、一層ではなくエンヴィ達が侵入した二層の部屋へと侵入を試みるは二人。『海抜ゼロメートル地帯』エイヴァン=フルブス=グラキオール(p3p000072)と『緋色の鉄槌』マグナ=レッドシザーズ(p3p000240)で。
「――いねぇな。流石にもう行ったか」
部屋を見渡すエイヴァン。特に戦闘をした様な跡は無さそうだが、彼女達の姿は既にない。
「敵が近付いてきて移動したか、それとも情報を集め終わったか……流石に分からねぇが――二層を一通り探索するか。合流を急ぎてぇ所だ」
「同感だな。敵の数の方が多いんだ、分散のし過ぎはよくねぇ」
マグナの言葉にエイヴァンは同意。船が不用意に壊れ過ぎないようにと保護結界を貼って、二層探索へと移行する。上層では戦闘が始まったか。慌ただしい音が響いていて。
「後は……人質、か。チッ、毎度毎度面倒な事しやがって蠍共め」
囚われているという使用人に船員達。人質、金品強奪、エトセトラエトセトラ……盗賊共のやる事はトリッキーな事が多い。面倒だ。実に面倒だと、マグナは舌打ちをしながら廊下を往く。超嗅覚を用いて、血の匂いをさせている者がいないか探りながら。
同時にエネミーサーチも用いて敵の探索を行っていくが、敵対者とは別に、囚われている者達が極度の緊張状態にある故かあちこちで妙に散発的な反応も見られる。どれが完全な敵としての反応なのか些か判断に迷わざるを得なく、完全な察知は今回の状況では難しい様だった。
「あるいは、面倒な事だからこそローレットに依頼が来てるのかもしれねぇがな……とぉ?」
さすればエイヴァンの視線に映ったのは――先行していた二層組。エマ達だ。彼女達は数歩先の扉から出てきていた。何事かと、微かに視線を動かせば中には五、六名ほどの人間がいて。
「人質達か?」
「うん! とりあえずはおとなしくしててーっておねがいしてきた!」
「全く……本当なら見捨てても良かったのだけど。こうやって助けられるなんて、妬ましいわ」
リリーにエンヴィ。二人の言葉が返答として返ってきた。妬ましい、などとエンヴィは言っているがそこに含められた感情に負は見受けられない。ただの口癖の様なものである。
とにかくこれで人質の一角は無事である事が判明した。鍵が掛かっていようともエマの解錠技能である程度はなんとでも出来る。人質達への接触はそう難しくはなさそうだ――と。
その時。
「――困りますな。そう自由に動かれては」
知らぬ誰かの声が聞こえた。同時に襲うは細かき糸。
纏わりつく様に蠢く光景が目に見えたエマが伏せたのは瞬時の事。反射的行動の末に糸は頬だけを掠めて――代わりに先程開けた扉を細切れにした。
「おや。流石かのローレットに所属する御方……お見逸れしました」
「えへ、へへへへ……! さ、流石でしょうわた」
しッ! と続け様。伏せている状態から身体を跳ね上げて短刀を抜く。
狭き廊下。着地する前に壁を地に、足踏みの代わりとすれば跳ねる様に軌道を描いて『奴』へ接近する。猛禽の如く。目にも止まらぬ急速な速度の接近を。
「――囚われなさい」
奴は。今神は迎え撃つ。
猛禽を捉える巣を。網を形成。例えば貴女が鳥の速度と自由を有するならば、
それによって死ねとばかりに。
「んンッ……!!」
光に反射する網目の輝きは、死への誘いだ。だから触れてはならない。黄金に目が眩めば破滅が待っている。直前ブレーキ。足に力を、上へ跳躍。背から糸を乗り越える。
半回転。落ちながら身を屈めて蛇の如く。網の無き床スレスレを這うように――滑り抜けて。
抜け様起き上がり様。短刀を下から上へと振り抜いた。
「ほぉ……今のを抜けますか。中々の身のこなしッ!」
「チッ、テメェが二層で出て来るとはな――てっきり三層かと思ったが」
マグナは言う。今神が出てくるのならば盗賊団と共に三層ではないか、と思っていたと。しかしどうにも……少なくともこの段階では二層にいたらしい。やはり闇の中での戦闘を嫌ったという事か。
「どころか……始めから貴方とはね……てっきり盗賊団の部下から会うものかと」
「フフフその辺りは傭兵家業の辛い所でしてな。前面をよく張らせられるモノでして」
続いてエンヴィが今神へと魔性の茨を展開する。指先から狙って放たれたソレは空を裂き、糸を避けて対象を狙い撃つ。銀弾の才知を身に着ける彼女の一撃は、より効果を増していて。
「単独で始末せよ、と。いやはや中々本当に辛い所です」
「――ほう。単独で、ねぇ?」
そして今神の言葉にエイヴァンが反応。何故の疑問符か。それは、彼の特性が判断した次第。
今神の言葉とタイムラグ無しで、近くの扉が開いたのだ。そこから飛び出してきたのは人質――ではなく、刃を携えた盗賊団員。エイヴァンは己が超反射神経でそれに対応。奇襲の効果を打ち消しつつ、重き盾で迎え撃つ。
衝撃を受け止めて、己が膂力で即座なるカウンター。反撃とする。
「どうやらそうでもねぇみたいだな。姑息な手だぜ」
「成程。搦め手にも対応可能と。いやはや本当に面倒だ――仕方ない」
先の言は嘘だったという事だろう。前面を張る様に言われているのは間違いではないかもしれないが、単独で相対させる程無駄な事はしないらしい。エイヴァンの超反射神経で対応出来たから良かったものの、それ以外の者では確実に防げていなかったかもしれない。
だから今神は言う。仕方ない。仕方ないから、と。
「真正面から刻み殺すとしましょう」
「させ、ないよっ!」
リリーが即座に反応。二層班と合流出来ているが故にこそ戦闘の選択肢。黒鴉を召喚し、指差す先へと突撃させる。糸を潜らせ肩を穿ちて。されど反撃の糸も舞う。狭き廊下。ここは今神にとって戦いやすき空間であればこそ。
激戦が予想される。故にエイヴァンは迷った。敵が有利な戦闘場所とならないよう注意したい所ではあるが、この近辺で言うと狭い廊下以外には各部屋しかない。
敵の増援が来れば袋小路になる可能性がある。部屋の中に引き込むべきか否か。それは決して己らにとって有利と言えるか微妙な所であり――判断に迷う所であった。
●激戦
一層側に来ている盗賊団員は見える限り五人か。
こちらにいるのはゲオルグ、カイト、サフィニア、汰磨羈の四名。決して対応出来ない数ではない。
「――頭目のピバリースがいないな」
しかし、とゲオルグは言う。見た限りここに居るのは部下だけだ。頭目がいない。
情報の通りだと慎重な男という事だが……もしやこちらの戦い方を伺っているのだろうか? それで出方を決めていると。
「まぁいい。どの道、ここを切り抜けるのに加減はしていられないからな」
紡ぎ出すは魔力の渦。生み出すは光り輝く蒼き花弁。
敵を凍てつかせるゲオルグの秘儀である。蒼き月に照らされて、舞う花弁は敵対者を一定の範囲諸元包み込んで押し潰す。場合によっては味方をも巻き込みかねない為使用は些か難しいが。
「そら、纏めて掛かってきてもいいんだぞ? それとも、こそこそする事しかできない玉無しか? あぁ――実に納得する行動だなぁ?」
多数を巻き込めるようにと汰磨羈の挑発も相まってある程度放てるように調整は為されていた。その分、汰磨羈に些か攻撃が重ねられているが、ダメージとしては向こうが上か。更に。
「では。凍るか、焼かれるか。どちらがいい? ああ――両方がいいか?」
引き寄せてばかりではない。汰磨羈もまた、タイミングを見て攻撃へと転ずる。
験禳・灼空皞天竈――大気中の電子に干渉し、超高熱と熱膨張爆発を引き起こす技能の一点。太陽コロナ、とでも言うべきか。これもまた相手を纏めて撃滅する技に他ならない。
「チィ、ローレットの連中め……新生・砂蠍の生誕の邪魔をするのかよぉ!」
「悪いけど砂蠍の云々とか興味ない――というか邪魔にしか思ってないんでね!」
叫んだ盗賊団員の顔面を、カイトの膝蹴りが穿つ。
幻で作った緋色の羽根が彼の姿を惑わせる。防御に集中した戦い方は尚に彼の姿を絞らせず、盗賊団側からの攻撃を避けつつあった。そうすればなるべく損耗を抑える為格闘戦にて相手を仕留める。
「ハハッ! どうしたどうした! そんな程度かい国盗りを目指す連中は!」
そうして弱った所に――サフィニアの大喝が戦場へと響く。
物理的破壊力すら伴ったとソレは自身の直近達を巻き込んで。本来ならば忍び足を用いて背後から奇襲攻撃を仕掛けていきたい所だったが、状況がそれを許さなかった。向こうの迎撃態勢が先で、回り込めなかったのだ。
しかしやる事は変わらぬとばかりに彼女は己が武を振るう。拳を。蹴りを相手に叩き込むのだ。
「アハハ! うん、こういう依頼も偶にはいいものだね! ――運動になる!」
「くそ……! 駄目だ、一旦退くぞ! 下の甲斐でピバリースさんと……!」
不利を悟った盗賊団達。一時撤退の判断を下し、船内に退こうと、したのだが。
その先に居たのは巨躯の身長を持つ蛸男――オクトであった。海賊船のギフトも用いた後、彼は全力で移動を重ね大船の方まで移動してきたのだった。
海から上がったばかりである故か水を滴らせながら。オクトは逃げようとしていた団員の頭部を掴み――そのまま床へと叩きつける。一度、二度、三度。動かなくなるまで。
「……っし。これぐらいで良いか。遅れて悪いな俺も参戦するぜ」
「何、本番はこれからだ。ここの数が少なすぎる……本命は下だろう」
オクトの言に、ゲオルグは視線を下へと。
最低でも十名はいる筈なのだ。しかしここには五名しかおらず……ピバリースも、今神もいない。船着き場の出入り口を見張っていたメンバーで迎撃した程度なのだろう。本命となる者達がここに来ていればスピーカーボムで皆を呼ぶつもりだったが――必要がなくなってしまった。
それよりも急ぐべきか。ここに本命が一切来なかったという事は二層班の負担が大きい可能性がある。下への入り口はどこか。探し、即座に駆け下りる。
割かし広い船だ。二層班との合流は、戦闘の気配を手繰るより他無い。あるいはゲオルグのスピーカーボムでの対応にも似た、二層班側にも何か位置を伝える事が出来る手段があればもっとスムーズに合流できたかもしれないが――それは望み過ぎか。
走り抜ける。さすれば暫くして、いた。二層班と今神だ。その様子を見てオクトが叫び。
「状況は!? どうなってる、簡潔にでいい教えてくれ!」
「ごぶごぶ……かな!? おしきれてない、てのがまずい、かも!」
リリーが返答を。戦闘は依然として通路で行われていた。エマとエイヴァンが前衛。マグナが回復支援。リリーとエンヴィが後衛――と言った立ち位置で対応している。二人ずつ展開できる故か、通路での戦闘を選んだようだった。
「ああ……狭くてちょっと戦いにくいのに、向こうは割と上手く立ち回ってるのよね……妬ましいわ……」
「成程……でも俺達が着いた以上、やりようはあるな! 挟撃しよう。なんなら俺が窓から出て、飛行して向こう側に――」
エンヴィの言にカイトが挟撃の案を。如何に今神が閉所での戦に慣れていようと、挟撃されれば耐える事は出来まい。窓の無い三層ならともかく、二層ならば挟撃する為の策はまだ存在している。
やるべきだろう。それに今のままでは射線が通しにくく戦いにくい事この上ない。部屋ならばまだ戦いやすいが、十人いる地点にわざわざ向かっては来ないだろう。誘導も難しい。故にと、カイトは近くのドアを開けて。
「……んっ!?」
しかし中には人がいた。装いからして人質か? こちらを見て怯えている。
されどカイトは警戒を解かない。もしかすると、という思いが彼にはあった。もしかすると盗賊団は彼らの存在を利用してくるのではないかと。それは、人質としての意味だけではなく。
そう。『一般人』に偽装している盗賊団員がいるのではないか――という事であった。そしてその予想は。
「――チッ!」
大当たりであった。利用とはそういう意味も含まれていたのだ。何も彼らの使い方は人質と言う一つではない。紛れ込ませて後ろから刺させるという事も出来るのだ。
しかし警戒していたカイトには通じなかった。付き出されるナイフを手で捌き、そのまま相手の顎を掴む。そうして今まで羽音が立つからと我慢していた羽を解放して。
「と、んでけぇ――ッ!!」
跳躍。窓ごとぶち破って海へと叩き落としてやった。
闇の中に落ちる音がする。もう一回戻って来るか、定かではないが気にはしていられない。すぐに今神の対応へと戻らなければならないのだから。
「やぁれやれ……中々上手く見破るモノです。あれもそれも」
「全部が全部予定通りじゃあねぇけどな。降参するなら今の内だぜ?」
エイヴァンが言う。盗賊団側が仕掛けた罠をいくつかには完全に対応している。人質の中に伏兵を混ぜる事。あちこちの部屋から奇襲をする事。尤も、イレギュラーズ側にとっても万事予定通り事が進んでいる訳ではないが。
予定通り事が進んでいたらむしろ一層の戦力を挟撃出来ていたかもしれないし、情報収集ももう少し行えた上で今神らに挑めていたかもしれない。これらに関しては状況次第であったためやむなしな点はあるが――まぁ細かくはさておいて。
「一般人でももっと使うか? いいぜ、やるならやれよ。俺は殺るだけだ」
「ほう。割と非情なご様子」
「お前らがこんなクソみてぇな事をやりやがったからな。加減する気はねぇんだよ」
一般人を名乗る者に気遣う気はないとオクトは言葉を。殺る、というのはあくまで今神に対する言なだけに過ぎないが、戦闘不能な程度の傷を与えるのはやぶさかではない。カイトの件と同様の事が無いとは限らないからだ。
やるならやれ。ただし容赦はしない。深呼吸を用いて万全の体制を維持しようと努めるオクトに隙は無かった。故に。
「……成程。これは手強いですな如何しますか――ピバリース殿」
増援を今神は求めた。この盗賊団の頭目である、ピバリースへと。
イレギュラーズらの後ろから刃が襲い掛かる。暗殺者の如き、強力な一手が。
「おっとぉ――ここにいたの!?」
「私が更に下に潜んでいるとでも思ったか? ああ、それは間違いではなかったが……」
反応したのはサフィニアだった。訪れる刃を手甲で防ぐが、強力だ。弾き飛ばされかねない。衝撃音。ピバリースはそのまま言葉を続けて。
「わざわざ下で待ち続けてやる必要もない――ここで押し切るが最善と判断した」
「あら……穴倉から出てきたのね。下にまで行く手間が省けたわ……」
エンヴィは言を重ねる。集中された攻撃から死者の弓を束ねて。
最初は己にとって得意なフィールドで待ち構えていたのだろう。しかし上層の報告を仲間から受けて意を決したか。このまま待ち構えているよりも出て攻勢を重ねた方が良しと判断したのだろう。待っている間は自身の存在が浮く訳でもある。
闇夜に紛れるが彼の本領。十全たる力を振るえるかは別であるが。向こうも戦術として賭けに来た訳だ。
「……ふふ。人質の生死がどうでもいいなら……海上で船を爆発させた方が早かったかしらね?」
「政治機構、様々な書類が移されているこの船をか? 幻想側がそういう判断をしたのなら、まぁそれもアリだろうが……そうは出来ないと踏んで、私はこの船の占拠に走ったのだがね」
海上にまで持ち出せば無視できぬ『領土』となると。果ては、砂蠍は『海』をも手に入れたと示す為。
我らがキングの威光の為――とピバリースはエンヴィに語る。成程、大事な船と言うのは分かった。分かったが故にこそ沈めたいものだ――妬ましい程に。
そしてピバリースに続いて結集する盗賊団員の姿も見え始める。ここが、正念場という事か。
「――部屋の中に入れ! ここじゃ戦いにくい! 照明も潰されるぞ!」
ピバリースの言からある程度の狙いの方向性を予測したオクトが叫ぶ。敵の戦略はもしかするとここを『三層』にする事にあると。
二層にはランプ。照明があり明るい形となっている。しかしこれらを潰してしまえば闇夜の出来上がりだ。確たる証拠はない、戦略眼からの推測ではあるものの。そうされた場合こちらにとっては非常に戦い辛い事となる。
廊下には二人ずつしか並べず、向こうは闇夜が得意で挟撃状態ともなれば厳しい。それを避けるべくの言であって。
「今神ィ!! その後ろ、貰ったぜ!」
「むっ!?」
そして寸前。先程窓より裏へと回ったカイトが背後より強襲を仕掛ける。
加えるは一撃。そうしてすぐさまに離脱だ。己一人だけで戦っても潰されるのみと、瞬時に味方側への合流を試みる。さすれば追撃の糸が足に絡み、流血が走る――
「カイト、先に行けッ!!」
その糸を、汰磨羈が叩き切った。
狭所で振るうべく棍として形態を保たせ、柄の中程を握りしめて。今神をこの瞬間に圧殺せんと往く。狙いを定ませない。狭所である事を逆に利用して壁を蹴り、上中下、左中右。九つの戦闘範囲を生み出して糸を躱して棍撃を生む。
今神は戦闘場所が有利だったとはいえ五人を相手にしていた。疲弊はある筈だ。押し切れる!
「ぬぅ、ちょこまかと……見事です、が!」
纏わせない。刻ませない。それでも捉えるその姿。
「――殺ったッ!」
腕を引く。それはそうだ。糸とは引いて殺すモノなのだから。
だから、だから――汰磨羈は自身の身体に纏わりつく糸の、引手側に跳んだ。
少しでも威力を削減するために。そして近寄る為に。
「熨斗だ。礼は要らんよ、受け取れ」
そしてその跳躍と同時。己が技術の一つである破禳・鴻翼楔へと転じる。
糸に身を引き裂かれながらも。痛みも、血走りも無視して。ただ一つの勝利の為に――
今神の脳天へと踵を落とした。
「ご――がッ!?」
鮮血が舞う。二人の、しかし明らかに今神の出血の方が多い。
――倒れる。纏わりつく糸から脱出できるか? いや、その前に盗賊団員から追撃がかかるか。
それでも勝った。まごうことなく、熨斗を付けて後悔させてやったのだと。
「汰磨羈……くっ! 貴様ら邪魔な……!」
その様を見たゲオルグが支援に向かおうとするも――盗賊団員の攻勢が強まる。ランプを壊し、自ららにとって有利な空間を作り出さんとしていて。とても向こうまで近寄れる気配ではない。
やむなくゲオルグは回復支援に切り替える。柔らかな癒しの光――シェルピアを用いて、周囲の者を一斉に回復していくのだ。正念場を切り抜けるにはこれしかないと思考して。完全な回復支援へと移行する。
さすれば攻防戦が激しさを増す。
暗闇の中から一気に侵入してこようとする盗賊側。それをマグナが遠術で見えにくけれども迎え撃つ。向こうに何がいようと関係ない。例えば奴らが使用人共を盾にしていようと。
「――今更手に付く血を厭う気はねーんだよ」
敵の排除を優先する。頬を掠める奴らの攻撃。それでもなおに、自身の手も休めず。
瞬間。前線を張っていたエマが吹き飛ばされる。
敵の攻撃による衝撃か。後方の壁へと叩きつけられ、思わず体が揺らいで膝を付く。と、すればその時気づいた。部屋の片隅、ベッドの下で怯える様に縮こまっている――一般人がいるのを。
ああなんだ、こんな所にもいたのか。隠れ潜んで、怯え竦んで。全く……
「……本当はあなた達を諦めた方が楽だと思ったんですがね」
実際にエマはそうするつもりだった。もしピバリースか今神。奴らに、情報調査の段階で捕捉されていたら打つべきは逃げの一手。海に飛び込んでのやり直し。人質は諦めるつもりだった。少人数では分が悪く、その上なにせ恩も義理もないのだから。
それでも。
今、こうして助けているのはメリットがあるのと。
「……ちょっとだけ残った、良心でしょうか」
誰に聞こえたか。誰にも聞こえなかったか。分からない程に口端から漏れた一言。しかしどうであれ二度は言わない。問われたとしても。だから、彼女は喉からせりあがってくる血反吐を強引に飲み込んで。
立ち上がる。良心を片隅に。飽くなき生存の願望を背に。ここでは死ねぬと。口端を拭い。
「……ふふ。なんだ、そんな所にもいたの。運が良いのやら悪いのやら……」
続いてエンヴィも。魔力の弾丸を形成し、放ち続けながら気づいた気配へと声を掛ける。
「本当なら見捨てても良かったのだけど……こうやって助けられるなんて、妬ましいわ」
ああ本当に。本当に――妬ましい。
笑みを携え激戦の最中へ。あらゆる物に嫉妬の感情を抱きながら、それでも彼女はずっと言葉を綴る。
羨ましいではなく妬ましいと。どこまでも、どこまでも。
「けっ、大層暴れやがって……折角張った結界が台無しじゃねぇか……!」
船の無用な損壊を抑えようとエイヴァンが初期に張った保護結界だが、意図的な攻撃が多すぎる。壁に穴が開いてヒビが入ってああもう何もかも滅茶苦茶ではないか。
折角の海に近い依頼だというのに。己の折角の行動を無駄にしやがって――
「たっく、ざけてんじゃねぇぞお前ら……! 俺がこの程度で倒れるかよ――ッ!」
武具を振るう。暗闇からの奇襲? そんなものは効かん。肌を撫でるような殺気なんぞ反射神経の内で対応出来る。刃が貫く? 痛みが走る? 小賢しい! 大喝と共に放たれた衝撃が盗賊団員達を軒並み襲って。
その間隙をピバリースの攻撃が突き走る。溜めの一息からの、強烈な突き。それをカイトは。
「ぉ、ォオ!! 行くぜ俺ッ――!!」
第六感万歳ッ――! 闇の中で裂かれる風の感触を読み、回避を試みる。ただし主に勘が相棒だが!
緋色と暗闇が交差する。赤き鮮血。躱し切れぬ、が。それでもカイトの目は死んでいない。
俺はまだ生きているのだと――反撃の格闘戦を仕掛けて。
「ああ、いいねぇこの感覚……この生死の間にいる冷たさ……! 倒せるものなら倒してみなよ!」
更にサフィニアも。大喝一喝、ピバリースへと向かう。
既に幾度にも渡る攻撃の末に全身は疲弊し、血反吐も吐いている。それでも彼女は頓着しない。強者の気配は極上なる食物と同意。切望するソレが目の前にあるというのに何を倒れている暇があるというのか。
拳を振るう。強靭なる闘志に炎が燃え上がる。さぁ……!
「強者がいるよね――あぁ、そうさ! 存分に楽しめそうだよッ! さあもっとやろう! もっとだ!」
「ちぃ! バトルジャンキーめ……付き合っておれんわッ!」
あまりのしつこさにピバリースも根を上げる。元より彼は暗殺者というに近いタイプだ……ひたすらに手段を。闘争を求めるサフィニアの様な人物は苦手で、泥沼に付き合う気など毛頭ない。
では他の所から攻め落とそうと――するのだが。
「まだだよ……! リリーも、まだまけない……!」
それでもと。リリーは耐える。まだだ。あと一歩なのだと闘志を燃やして。足元に呼び出すは致命の毒蛇。捕え、相手を貪る悪食の持ち主。
ヨルムンガンド――ある蛇の名を冠する、リリーの使役物の一体であった。さすれば。
「おいおいおいおい……テメェ、どこ行くつもりだ?」
眼前の盗賊団員を怒りに任せてタコ殴りにしていたオクトが叫ぶ。
今正に、暗闇の奥の奥へ行こうしている気配の――ピバリースに。
「ざけんな、逃げる気かテメェ!? 人のシマに手ェ出しといて落とし前も付けずに尻尾撒くのか!? 陸の連中には矜持ってヤツがねぇのか!? あぁッ!? 玉ァ付いてんのか切り落とすぞッ!!」
叫ぶオクト。振るう髑髏の呪いの一撃だが、もはやどうあがいても届かず。怒号と言うべき罵詈雑言が飛び交うが、ピバリースは今更構わない。
これ以上続けても益は無し。ああ、ここが決戦という訳でもないのだ。とは言えこのような醜態、我らが偉大なるキングに如何様に報告したものか……想像するだけで苦虫を噛んでしまうが。
「あ、あぁぁ……キング、キングゥ……! い、いやまだだ。ここでは死ねない……こんな所でキングの為の命を使い潰せるものか! あぁあ――キキ、キングに叱られてしまうぅ……! 愛しのキングにぃ……!」
その苦虫をまるで恍惚とした様子でピバリースは噛み締める。
潜む。潜む。彼は潜む。闇の中に姿も何もかもひた隠して。
大船の中から消えていく。蠍の毒が。蠍の影が。闇の中へと、戻っていった。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
あとがき
ご参加どうもありがとうございました!!
やる事・警戒する要素の多い依頼でした。
全てが全て万事予定通り進んだ、という訳ではありませんでしたが砂蠍の脅威は見事排除されました。被害は多少大きかった面はありますが、見事成功です。おめでとうございます!
砂蠍。彼らがこれからどうなっていくかは全体の依頼が全て帰ってきてから。
ピバリースは逃げましたが、彼もどうなる事やら……
ともあれ改めましてお疲れ様でした!
GMコメント
結構厳し目の依頼となっております。ご注意ください。
以下詳細です。
■依頼達成条件
船の奪還。(敵戦力の全排除)
■戦場
時刻は夜です。月は出ていますがかなり薄暗いです。周囲に一般人はいません。
船の出入り口、その付近に関しては盗賊団員による警戒が敷かれています。
海の方から近付いて船に接近しても構いません。
気付かれないかはプレイング・非戦スキル・ギフトなど諸々が作用します。
空の方からはかなり気付かれやすいと思われます。
■大船『クラリス』
一介の領主が持っているにしては、そこそこ大きい規模の船です。
船は全部で三層。依頼開始時点ではまだ出航していません。
内部はランプが灯っている一層と二層は明るいです。
ただし消されればその限りではありません。
一層:甲板。外が一望出来ます。広い空間です。
二層:執務室・客間など部屋が立ち並ぶ。廊下は人が二名までは並ぶ事が出来る。
三層:荷物置き場。窓が無く、かなり狭く、ゴチャゴチャしています
依頼開始後、一定時間が経つと【出航】します。
この状態の時は、アクセサリーの【小型船】。もしくはそれに準ずる物を所有している時で、かつ時間がまだあまり経っていない時でしたら接近できるものとします。
■『潜ム者』ピバリース
新生・砂蠍の盗賊団の一人。刀を所持しており、近接戦に優れる。
盗賊の割には非常に慎重な性格をしており、物事をよく考え計画通りの実行を好む。
【暗い場所】での戦闘が得意で、暗殺者の様な気質を持っており【溜】からの強力な一撃を放つ模様。
■『飽経風霜』今神
砂蠍に雇われた腕利きの傭兵。年配の、執事服風の男。
暗器の糸を使用する。が、別にクリティカル特化という訳ではない模様。
むしろその傾向は攻撃力と低ファンブル。狭い空間での戦いをこそ本領とする。
ただし彼自身はピバリースと違い暗い場所での戦いが得意とは限らない模様。
■新生・砂蠍 盗賊団員×??
ピバリースの配下の盗賊団員。比較的、暗い場所での戦いに慣れています。
反応と機動力、殺傷力にある程度優れた傾向を持ちます。暗殺者に近いです。
正確な数は不明ですが十人以上、二十人はいない程度だと思われます。
■一般人
客間の何か所かには囚われた使用人などが閉じ込められています。
他、船には強制的に働かされている船員が数名います。
彼らの生死は一切依頼達成条件に関係ありませんが、彼らの存在を盗賊団が利用してくる可能性はあります。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
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