PandoraPartyProject

シナリオ詳細

あの日は今ここに

完了

参加者 : 8 人

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オープニング

●『現』
 月が見える。まぁるい月だ。
 良い夜だ。口に運ぶ酒の味も輝くようで。器の中に映る、
 月を飲む。
「――ふぅ。いやはやどうよ。俺が仕入れた地元の酒は」
 最高だろう? そう言葉を、隣にいるこれまた最高の女へと投げかける。
 これからこいつと死合いだ。互いに殺し屋として名を馳せたもので、依頼が重なり衝突することも幾度となくあった。その度に引き分けなんだか邪魔が入るんだかで明確に勝ち負けが付いた事はここに至るまでに一度となかったが。
「今日でそれも仕舞いだ」
 死ぬまでやろう。
 男は刀を手に持つ。愛刀だ。如何なる戦場も。如何なる暗殺の場もこいつと共にあった。
 ……のだが、おや? 随分と汚れが目立つ。おかしいな手入れを欠かしたことは無かった筈だが。まぁいい。一夜持てばそれで結構。所詮その場稼ぎの殺し殺され殺し屋程度。武具に愛着など持つ程、立派な仕事でもない。
 さぁやろう。愛しの女よ。どちらが上か。今日こそこの場で――
「――んっ?」
 その時だ。視界の端に、人影が見えた。
 八人だ。よく見えないが……こんな辺鄙な場所に現れる連中と言えば相場が決まっている。
「チッ。盗賊の類か」
 またか。またこういう邪魔が入るのか鬱陶しい。
 以前もこうだった。あの日も。もう云十年も前の良い月の日の事だが。こいつを隣に酒を飲んで、さぁ死ぬまでやろうとした時に八人の盗賊が現れて。ええと、どうだったか。おおそうだそうだ意外にあの盗賊連中が強くて。んでもってアイツがらしくもなく負傷した瞬間、俺がブチ切れて――
「ぉう?」
 視界がぼやける。いかんいかん。敵を前に余計な思考は死の誘いだ。
 軽く首を振り払い、モヤを飛ばす。とにかくこの女とやる前にこの盗賊共だと。
「俺らの月見を邪魔したからには――覚悟しろよ」
 うすらトンチキ三下共が!

●本当の現
「不名誉な事を、お頼み申し上げます――盗賊に、成っていただきたい」
 八人の。とローレットを訪れた一人の男は言葉を紡ぐ。
「私には……年老いた父がいます。かつて殺し屋として各地を転々としていた父が」
「……殺し屋?」
「私が生まれる前の話です。母も同業だったとのことですが……まぁその辺りはともかくとして。本題ですが父は最近、その……記憶に障害が、出ておりまして」
 今、その記憶はどんどん昔に戻っているのだという。殺し屋だった、その時代にまで。
 引退してからは封印していた昔の刀まで持ち出して、どこぞへと出かける。これはまずい。よもや人でも斬るのでは――と考え、その父を追いかけて判明した事が。
「どうやら父は毎夜、家から少し離れた森の中にある湖の所まで行っているようなのです」
「それはなぜ?」
「そこは、母との思い出の地らしく」
 ――やぁよねぇ。あの時のこの人ったら、死ぬな馬鹿! って大焦りでさ――
「恐らくですが、そこが最も強く記憶が残っている場所なんでしょう」
 ――あっここよこの湖。ここでアンタ仕込まれて、え? 子供にそんな話するな? 今更――
「……その日の記憶を、延々と繰り返している。それが今の父です。だから終わらせてほしいのです」
「終わら、せる?」
「父は……記憶の障害以外にも肺の病気があります。もう長くありません。だから……」
 記憶の日を。父自身を終わらせてほしい。
 最も記憶が美しく残っている地で、せめて父が『その日』にいる内に。
 己の手にも負えず、誰ぞを斬り捨てて……しまう前に。
「今、父は昔に生きています。私のいない、あの日々に生きているのです」
 そうであるのならば。
「父を看取るのは」
 あの日の月でいいのです。
「お願いします」
 今日の夜。
「少し。ほ、ほんの少しだけでいいんです」
 不名誉な事を御頼みします。
「盗賊になっ、てもらっ、ては」
 頂けませんか。

 下げられた頭に、それでいいのかとは続けられなかった。
 父を殺してくれと頼む男の声色は震えてはいない。だが、奥歯を噛んで平静を保つ勢いがそこにはあった。
 誰かが見た。窓の外を。そして、雲一つない空を見て思う。
 あぁ。今宵の月は、綺麗だと。

GMコメント

 彼は不名誉と言いましたが、そうであることは何一つ。
 以下、詳細です。

■勝利条件
『殺し屋』の殺害


■戦場
 森の中の湖前。
 障害物となるモノは特になく、月明りがとても綺麗で視界に問題もありません。
 逆に、視界に問題が無いため初手で奇襲たる攻撃を仕掛ける事は難しいでしょう。


■『殺し屋』
 かつては名を馳せていた、との事だが今はもう誰も名を知らぬどこぞの誰か。
 老体であるその体は全盛期を遥かに下回っている。
 ただしそれでも技量の輝きは残っている模様。

 また、体には病を患っており戦闘中吐血する事もある。
 とにかく長期戦には向かない。

 技能としては息子の話だと以下の特徴がある模様
・物理主体。遠距離に到達する技能もある。
・貫通攻撃の類を修めている。
・基本的に『当たる』ことよりも『急所』を狙う傾向がある。

 彼は貴方達の事を盗賊だと思っています。
 そのように発言し、そのように行動するでしょう。
 あの日、そうしたのですから。

  • あの日は今ここに完了
  • GM名茶零四
  • 種別通常
  • 難易度EASY
  • 冒険終了日時2018年02月09日 21時35分
  • 参加人数8/8人
  • 相談4日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ノイン ウォーカー(p3p000011)
時計塔の住人
ラノール・メルカノワ(p3p000045)
夜のとなり
アラン・アークライト(p3p000365)
太陽の勇者
石動 グヴァラ 凱(p3p001051)
ケイデンス=アップルシード(p3p001643)
舞台に上がった舞台監督
クロウディア・アリッサム(p3p002844)
スニークキラー
7号 C型(p3p004475)
シーナ
エドガー(p3p004504)
英雄乃残滓

リプレイ

●襲撃
「――大人しく金と女をこちらへ寄越してもらおう。そうすれば命までは取らない」
 無駄な事はしないことだ、と『砂狼の傭兵』ラノール・メルカノワ(p3p000045)は言葉を繋ぐ。
 振舞うは正に『盗賊』の如き言。向こうがこちらを『そう』見ているのならば『そう』振舞うまでだと、彼は心中にて決意している。強く。鋭き眼光をもって、眼前の老人を見据えれば。
「あぁ? 盗賊如きがぬかしやがるぜ。御託はいいから」
 掛かってこい。と、放たれるはずだった言葉を一つの拳と、一つの蹴りが遮った。
 フード付の外套を纏ったクロウディア・アリッサム(p3p002844)と石動 グヴァラ 凱(p3p001051)だ。老人に向けられたそれぞれの一撃は、互いの邪魔にならぬ様に放たれて。
「此処に、居たか。あぁ、こちらの、要求は、分かってる、な」
「抵抗するのならば金目の物に限らずお命も頂きますが」
 激突する。老人は刀と鞘で迎撃し、辛うじてそれぞれを防げば。
「いや。むしろ取ってしまおうか。女と二人、こんな所で逢引くなど良い御身分ならば」
 それに続けて『シーナ』7号 C型(p3p004475)も言葉を紡ぐ。貴様の命をもこの場で頂くと。
 無論『この場』は老人と彼らだけの場だ。7号は分かっている。それでもこの場は、あの日の再現ならば。
「演じなくてはね。フフフ……月の光の下、悲しみを携えてでも」
 言うは『舞台に上がった舞台監督』ケイデンス=アップルシード(p3p001643)だ。多少の笑みが口から零れるが、それは決して演劇の最中にある現状を笑ったのではない。
「いや失礼。少しだけ、ああ少しだけ……懐かしい気持ちになってね」
 演ずるという事。以前いた世界と比べれば今の己の位置は些か立っている場所を間違えているが、それはよし。月光を背に誰ぞと誰ぞが雌雄を決す――あぁ、そんな『物語』も昔あったかと、想いを馳せていて。
「ハッ、なんでもいいさ。や――っと俺向きの依頼が回って来たんだからなァ」
 されば『太陽の勇者様』アラン・アークライト(p3p000365)も、舞台の場へと姿を現す。
「勇者にぴったりじゃねぇか、殺し屋の殺害なんてよ……腕が鳴るぜ」
「ククッ。そうだな精々仕立て上げるとしよう。死を、眺める場をな」
 最初は老人の殺害……と聞いて眉を顰めたアランだが、相手が殺し屋の身であったというのならば話は別だ。殺すのに躊躇いはない。少しばかり心情は違うものの『英雄乃残滓』エドガー(p3p004504)もまた、殺しに躊躇はなかった。
 いやむしろ彼にとってみれば殺し屋の死にある程度の配慮をする事自体多少の驚きもある。お優しい事だと。依頼主である子に罪はなく、またここは己のいた世界ではない故にそうする事に特段の反対がある訳ではないが。
「異邦の地なれば、異邦なる故の想いもあろう。理解はする。我が法を押し通す程ではない」
 故ならば。仕立てよう。淡々と。淡々と――
「ただ、一点。残念な事があるとすれば」
 紡ぐ。『時計塔の住人』ノイン ウォーカー(p3p000011)は老体なる『殺し屋』を見据えて。
「全盛期の頃の貴方にお会いしたかった」
 血沸き、肉躍る故にと。
 己が『暴』を深奥に隠して。

●あの日
「久しいねぇ。ようやく会えたよまた君に――あぁ私の事を覚えているかな!?」
「はぁ? 悪いが三下の顔なんざ覚えねぇんだよッ!」
「そうかい、それは残念だ……殺し甲斐が無いなぁ」
 空に浮かぶは青い波。歪む。空間を歪めている――青き色彩を伴った衝撃波が可視化しているのだ。ケイデンスである。指をくねらせ、伴って波が老人へと。
 まるで『以前会った事があるかの様な』言動と共に襲い掛かる。
「折っ角にも君の為これだけの数を揃えたと言うのに! 楽しんでおくれよッ!」
 復讐。怨嗟の感情を伴った強き声色は真に迫っていた。こと『役』を演ずる事に置いて彼以上の技術を持った者は少なくともこの場には存在しない。『演技』の技能。『役者』の等級。『天才』の才知。須らく彼の真髄であった。
「おいおいマジかよ。たくっ俺の方は演技、下手なんだよなぁ……ま、バレないように努力はするがよ」
 一方でアランは戦闘の敗北よりも演技の方が心配であった。心得の類は一切なく、彼自身の気性としても素が出やすいのかもしれない。ケイデンス程の演技はともかくとしても、最低限悟られぬ様にはと心中で思い。
「――ま、最終的にぶっ殺すんなら一緒なんだけどな」
 向かう。至近の距離、金色の聖剣ヘリオスを携え。大上段の構えから一閃。
 交差する。刀と剣が十字の形に鍔迫り合って。
「隙だな。見逃さんッ……!」
 その脇腹を、ラノールのつるはし――否。マトックが振り抜かれた。
 肉を抉る。慣れた感触が、両の手の中に伝わってくれば。
「ぬ、ぐ……舐めてんじゃねぇぞコラァ!」
 老人がアランを弾く。腕の力だけで押しのける様に、僅かなれど距離を取って――刀を構える。
 突きの構えだ。よもや、とラノールが思った時には既に振りぬかれていて、
 飛んだ。斬撃が、だ。
「ふむ。これが成る程。件の、奴が持つ一撃という訳か」
 依頼主から聞いていた情報をエドガーは思い出していた。貫通なる属性を持つ一撃の事を。
 これが『そう』なのだろう。元より纏めて狙われるのを避ける為に初めから一直線の状態には成らない様布陣していたが、向こうも向こうで狙っていたらしい。戦闘の最中。老人自身の移動を含め、一直線になれるような位置を取る事が出来た一瞬に――放ってきた。
「しかし、予測していた事でもある」
 後衛ごと狙われるのは、とエドガーは呟き。狙われた自身の後ろ、後衛のカバーに入る。
 はたして貫通攻撃から庇う事が出来るのか。試行する意味合いもあったが、貫通する攻撃とは言え庇いようというのはあるものだ。突き飛ばす。覆いかぶさる形で伏せさせる、などといった具合に。これらも出来ないほど狭い空間……通気口などで戦っていれば話は別かもしれないが。今回はそうでない故に。
 斬撃がエドガーの背を抉るも、それ以上の被害を誰かに与えることは無く。
「しゃらくせぇ!」
 さりとて一撃だけで終わる筈も無い。ならばと老人が放つは二撃三撃。
 例え一直線に布陣していなくともチャンスはあると放つのだ。特に、直近の攻撃が届かぬ後衛こそが面倒だと。むしろ後衛を巻き込むというよりも、途上にいる前衛を巻き込むような攻撃になっていて。
「いってぇなボケ」
 殺すぞジジィ。と、は続かなかったが。後衛に位置するノインは狙われている一人だった。
 飛ぶ斬撃と銃弾が交差する。肩を、頬を掠めて。それでも引き金を引き絞り。
「手入れも行き届いておらぬ刀でここまでの技を放てますか」
 そして。至る応酬を見るや、お見事なのであります――という感想がクロウディアの心中に現れた。率直に彼女自身の感想である。芝居を打つ、打たぬに限らず油断できない相手であると思いながら。
「それでも。こちらにも果たすべき事があります」
 思いながらも――拳を更に強く握り締め、往く。
 この技術を得るまでに一体幾人殺めたのか、彼女は知らない。どれだけの罪を重ねてきたのかも想像がつかない。されど依頼主の様子を見て分かる事もあるのだ。目の前の老人の人生はきっと――『それだけ』ではなかったのだと。
 善があった。悪があった。罪があった。幸があった。
 巡り巡って自らの元に、たった一つの依頼が来たのならば。
「我々は断罪者に非ず。罪の清算は、冥界の主にでも任せるのであれば」
 果たしましょう。我々は、我々の責を。
 我等は――あぁ。一介なる依頼請負人ならば。
「……あぁ、そ、うだな」
 実にその通りだと石動も思う。過去は拭えぬ。決して消えはしない。誰しも過去の上に生きている。
 それでも今確かに。想われている『情』も彼にはあるのだから。
「――」
 呼吸する。酸素を喉奥へ。飲み込み止めれば、握るしかない拳に全霊を込めて。
 突っ込んだ。真横から振るわれる刃を、頭を伏せて前進止めずに回避すれば、抜け様左の拳を老人の眼前に――打ち抜く。
「ぬ、ぅ!」
 だが浅かった。向こうも微かに回避が間に合ったのだろうか。頬の感触が拳に伝わるも抉った感触は無く。同時。石動の右目が捉えたのは、先程振り抜き、いつの間にやら逆手に構えられた――老人の刀だ。こちらの頭部を狙っているのか。 
 その状態から突かれる。切っ先が右の目へと最速最短を進んで。だから、
「いいやさせんよッ……! そう簡単にはな!」
 7号が突っ込んだ。老人の足。そこに全長40センチ程の彼が捨て身の突撃を果たす。
 逆手刀の軸となっていったのだろうか。7号の激突と同時、老人のバランスが崩れて、石動の目を狙っていた筈の一撃は彼の額を切り裂く程度に終わり。更に、そのまま横転。
「はは、ハは……もう終わり、か! 噂も、大した事は、ない……お笑い、草だ」
 されば石動はその様を嘲笑する。声を出し辛き喉を震えさせて、己が思う『悪人』足りうる顔をして。歪んだ口端と歪んだ笑みを彼へと向けるのだ。悪となるは、悪人となるは――慣れている。
「そう、いえば、女、も、見えた、な……クク、はは、ハ……」
 そうしてどこぞへと視線を向ける。まるで誰かがいるかの如く、いや、誰かが居たのであろうから。
 月明りの下。かの日を再現せんとの如く――向けた――先――

 石動は見た。湖の前に、見覚えのない女の陽炎を。

「そいつを見てんじゃねぇよ!!」
 瞬間。激しい声に影は掻き消えた。
「殺すのは俺なんだよ……何もしらねぇ三下が、俺達の邪魔をするんじゃ」
 ねぇよ。という言葉と同時――老人が、吐血した。
 無理な戦闘が祟ったか。元より、病気もあるのだと依頼主は言っていた。
 あぁ、近いのだ。死出への道は。
 手入れのされていない刀にヒビも入っていた。

●最期
 猛攻。老人の振るう刀撃がそう表現しうるに勢いを見せていた。
 最後の灯だろう。誰かがそう感じた時には、
「だりぃな。わざわざ最期の最期に踏ん張らなくてもいいんだぜ!」
 アランが往く。殺し屋風情が粋がるなとヘリオス携え、死線の円中へ。炎が舞う。剣に纏う。純粋な、太陽なる輝きには劣れども。その炎は常に――
 太陽の勇者と共にある。
「冥土に送ってやるぜ。冥銭は持ってるか?」
 斬撃一閃。死の斬撃を穿ち超える。
「往生の間際に輝きを増すか……! かの日とやらも、こうであったのかなッ」
 盗賊を相手に立ち回り、こうしたのだろうか。ラノールは思う。可能な限り依頼主にとって。そして目の前の老人にとっても満足の往く最期を引き出すのだと。しかしそれにはまだ些か体力があるようだ。
 今少し。今少しばかりマトックを振るう手は止められない。
「チ、ィッ……! この野郎!」
「いやいやまだまだ――余所見は厳禁だぞ?」
 更にそこからエドガーが隙と見て追撃を成す。己が盾で強打を成せば。
 揺らぐ。その身が。度重なる攻勢、内より蝕む吐血の勢い。全てが老体の限界を迎えていて、だから。
「――来るか」
 7号は見た。老人が再び刀を構えるのを。先程も行った、突く構えだ。口の端から漏れている血は止めどなく。恐らく次の一撃が、彼の放てる最後の『全力』であろう――頃合いか。
「見えるよ――赤いね。ああもうそろそろ次が発生するかもしれないな」
 ケイデンスも察していた。己がギフトで分かる相手の『トラブル』の来襲。直近で言うなら吐血以外に他は無いだろう。故に皆が察し、予定通りに行動せんとす。
 放たれる斬撃。タイミングを合わせ、意図的に崩した布陣は斬撃の直撃を促し。
「……何ッ! よもや、こんな余力をまだ残して……!?」
 戦線の崩壊を演出する。7号は再構築の才知を持つ故に、戦闘開始から体力にはある程度余裕があった。これは演技だ。そしてそれを行うは、彼だけではない。
「くっ……! なんという動き……! これ程とは……!」
「チッ、何やってんだバカ! 命あっての物種だ、さっさと逃げるぞ!」
 ラノールやクロウディアも同様に斬撃に耐えきれぬ擬態を成せば、それを補助する形でアランやエドガーが行動する。倒れた者達を担ぎ、あるいは背負って。
「おのれおのれッ! ぁぁあああまたも敗れるのか!? 君に! 君にこんな、こんなッ!」
 そしてケイデンスの、撤退だ! という声と共に一斉に動き出す。扇動なる技能を用いたその一声は、聴衆こそいないものの場の演出に一役買う。手ぶりを加え、急げという声と共に散る様は正に真で。その時。
「『この日』だけで、良いのですか?」
 ノインが言葉を紡ぐ。
「この日は楽しかったですか? でもね『今日』は『あの日』ではないんですよ」
 届くか、届かぬか。分かりはしない。聞こえているか、聞こえていないか。しかしそれは問題ではないのだ。これはノインの自身の強い思いとして口に出さぬ訳にはいかなかったから。
「貴方の大切な『今日』から始まったその先にある命の事を、本当に忘れましたか?」
 言う。言う。家族とはなんぞたるや。本来、語れる程ノインは『経験』が無い――全て、捨てているのだから。しかしそれでも忘却は許さない。彼自身、捨てこそすれど忘れた事はないのだから。
 片時も。片時も。黒衣を纏った、時であろうと。なかった事は許さない。
「思い出しましょう」
 貴方には、最高に愛し愛された子がいる事を。父を忘れぬが故に、依頼を出した者がいるのだという事を。
 思い出せ――そう、伝えれば。

「――俺に子はいねぇよ。何を言ってんだテメェは」

 確かに、相手はそう呟いた。膝を付き。ひび割れ掛けている刀を地に刺し、杖代わりとしている老人は。
 確かに。こうも呟いた。
「殺し屋風情に、んな真っ当なガキが生まれる訳はぁねぇだろうが」
 ただ。もしそんな真っ当な奴が本当にこの世にいるのならば。
「伝えろ」
「なんと」
「迷惑をかけた」
「確かに伝えます」
「居たらだよアホンダラ」
 居るんだよアホンダラ。
 駆ける。確かに見えた、澄んだ瞳は一瞬だった。記憶の連続がしたかは分からない。
「クックッ……やはり殺し屋には少々以上……過ぎた最期であったように思えるがね?」
 エドガーは言う。殺し屋は殺し屋であろうと。まぁ依頼主の方にはせめてもの救いがあってもいいだろう。後で遺髪なり遺品なり回収し、手渡すぐらいはしようか。
「君の父は思い出を守ろうとしていた様だったよ――などとな」
 そう感じてはいないが、そう言う事に意味はあろう。己ではなく、依頼主にとってはと。
「彼の者は――最期にして、しかし絶頂期であった頃に戻っていると考えると幸せだったのでしょうか?」
「……ど、うかな……しか、し、自身を、失い、かけて、も……消えな、い記憶、が……」
 消えぬ価値が、あそこにはあったのだろうと。クロウディアの問いかけに石動は答える。ならばそれを守れて、守ろうとして。より鮮明に、より熱く。脳裏に刻まれたのならば。
「今際の、夢は……よき、も、ので、あったと、は……信じ、たい」
 良き夢を。どこまでも。どこまでも持っていくと良い。
「きっと素晴らしい戦士だったのだろう。華やかな人生ではなかったかもしれないが……」
 多くに憎まれ、幾らかを愛し……そして結果として愛されて。ケイデンスは想う。彼自身の生には確かに意味があったのだと。物語がそこに、あったのだと。最後のトドメを刺すべく、青き衝撃波を空に出現させれば。
「せめて私は覚えておこう。ここに生きた戦士と、彼の為に心を砕いた、ある男の事を」
「……そうだな。『ある男』の事、か。覚えておくべきだろう」
 依頼主。奥歯を噛み締めながら言葉を紡いだ、彼の事も。
 救いはあるべきだ誰しもにも。ラノールはそう思い、花を持って後日依頼主を尋ねるつもりだ。何故なのか? その理由は簡単である。
 ――貴方の父親は、愛した女を守るために戦った立派な男であったと。そう伝える為に。
「全てが終われば。彼にも話をしなくてはな……もう、我慢はしなくていいのだと」
 そして7号も同様に、彼の事に思考を巡らせる。感情を吐き出すのは大事な事だ。一人が無理ならば共にでも。迎えに行こうと、そう誘わねばならぬと考えて。
「貴方が、最愛の人と巡り合う事を祈ろう。巡れ───」
 涅槃寂滅。ニルヴァーナ。それは7号の所有するギフト。
 来世では手を汚すことなく幸せな巡り逢いを得ると良い。出来得るなら、彼の技術をも己が内に残したかったが、模倣するには老人側の時間が無さ過ぎた。意図的に時間と技術を放たせる様にすれば機会もあったかもしれないが。
 全てが終わる。一つの人生が今終わる。
「……あぁ」
 クロウディアがふと天を見据えた。そこにあるのはただ一つ。
「月が、とても綺麗なのであります」

●『あの日』
 青き感覚に包まれる。死が己を包んでいる。
 倒れ伏す。視線の先にあるのは天に座する月一つ。
 あぁそういえば、と。失われていく感覚の中で老人は一つ思い出す。
 そういえばあの日もこんな月が確かにあった。だから、そう。つい言ってしまったのだ。

「――おう。月が綺麗だな」

 死んでも、いいわ。
 そう。視界の端に映る陽炎が答えた気がする。
 ああ。確かにあったのだ。この日。この時。この瞬間。

 あの日は今ここに。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

『――ありがとねイレギュラーズ』

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