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シナリオ詳細

<刻印のシャウラ>狼牙に這う誘い手
<刻印のシャウラ>狼牙に這う誘い手

完了

参加者 : 10 人

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オープニング

●愛を体現する暴力
 隙間風に揺れる篝火は。けれど静かに、二人の男女の影を壁に映し出していた。
 幻想郊外でも一際離れた山奥に佇む一軒の小屋。
 大柄な男は軋むベッドの上に横になって細身の女に踏みつけられている。およそ、ただ親しき仲の男女でもしないような容赦の無い力で。

「せっかく私の下から逃げ出したのに、こうしてノコノコと会いに来るなんてどういうつもり?
 お土産の一つも無いなんて───野良犬でも骨の一本取って来るわよ」

 下着も同然の、黒い襤褸衣を纏う妙齢の女は静かに罵りながら男をベッドへ沈める。
 軋む木製ベッドは既にバキリと悲鳴を挙げている中、踏みつけられている男の方は淡々とした口調で語った。
「いま幻想で起きている事を知らないわけじゃねえんだろう。ここへ来たのは、アンタに一暴れしてして貰いてえからだ
 ……近頃は他の『お仲間』がよく顔を出してやがったぜ、アンタもそろそろ惰眠を貪る生活から離れねえといけないんじゃねえのか?」
 顔に刻まれた大きな四本の傷跡を覗かせる彼は、『新生・砂蠍』の中核メンバーであるポティ・クールマムだった。
 彼は一息吐くと同時にベッドを叩き割った衝撃を利用して、自身を踏みつけていた脚から逃れた。
「俺もこの数年遊んでいたわけじゃないんでな。土産物は無いが土産話ならあるぜ」
「……アラぁ、素敵? ただ逃げただけの可愛い子犬が後生大事そうに私のつけた傷を抱えて本当にお土産を持ってくるなんて」
 チリチリとした殺気が消え失せた女は続きを促すように片足を上げた。
 高々と、長い脚が斧のようにポティの眼前で振り被る。つまらない話だったならこの場で頭蓋を砕くとばかりに、冷酷な笑みを携えて。
「……ッ!?」
 その場から立ち上がろうとしたポティの身体が床板すら抜いて沈む。今度ばかりは彼でも身動きできず、驚愕の色を浮かべて白い肌を過剰な程に晒している女を睨みつけた。

「ちょっとはタフになったみたいだけど……」
 所詮それが人間の限界なのだ。
 再び大柄な体躯を虫けらのように踏みつけて、彼女は首を傾げた。

●”双璧の魔物ども”
 『新生・砂蠍』は本格的な幻想侵攻を開始した。
 既に盗賊団の域を超え軍隊化した砂蠍が狙うのは金品ではなく。国家そのものを手中に収めようとしていたのだ。
 彼等の侵攻先は幻想南部の貴族領、街、村であり、その綿密な計画の前に陥落した場所も出て来ている。
 しかし、これに対応せんとする貴族達は間が悪い事に北部国境線で鉄帝が軍を動かす兆しを見せているという情報を知らされる。
 ”不運な事に” 北部と南部で地勢的に真逆だ。軍隊を動かすにはロスとリスクが高すぎる。
 国の防備を怠れば致命的な問題を生じかねない事態を前に、貴族は鉄帝側に対応せざるを得なかったのである。

「鉄帝国と砂蠍が連携しているかは依然として不明。接点は無いはずです、鉄帝国はそういう手先の業を嫌う筈ですからね。
 しかし状況は推測する事しか出来ないほどに混迷を極めていると言えるでしょう、そういう時です。今は」
 『完璧なオペレーター』ミリタリア・シュトラーセ(p3n000037)はギルド内にある相談卓の一画で立ち上がると、ホワイトボードへ図面を描いて見せる。
 それは、幻想南部に並ぶ険しい山岳地帯。
 山間部一帯に位置する鉱山麓の町。労働者以外にも観光名所としても知られる為に宿が多く並んでいるようだ。
「先に話した通り、現在この幻想を脅かしている砂蠍は既に軍勢として一部地域を占領しようとしています。
 各領主が不在または出兵している最中を狙われた事により、特に手薄になってしまった町は『あちら』の少数精鋭によって落とされているのが現状です。
 その被害は火事場泥棒をしていたいつかの時とは比べ物にならないでしょう……そして今回最も厄介なのは、敵が複数存在する事」
 蠍の横に描かれるのは、髑髏の印。
 それが意味する物をイレギュラーズは不意に浮かんだ言葉と共に答えた。

 ────魔種────

 頷くミリタリアは肯定の意を示した。
「魔種……【エンプレス・メサイア】、恐るべき怪力と特異能力を有した化け物。
 過去に実際に確認された例はありませんが、その名は辺境地域における魔物に関する資料が残っていました。……人の姿以外の側面を有しているのは間違いない様ですね。
 現在の彼女は砂蠍と共に現れて町を『原罪の呼び声』によって生気を失わせる事で制圧し、我が物顔で町を支配しています」
 ミリタリアが示した討伐対象は二つ。『新生・砂蠍』と『魔種』を倒し、町を取り戻す。
「唯一の救いは、彼等は決して共闘しているわけではない所でしょうか。
 報告では『新生・砂蠍』の戦力は首領幹部含め12、彼等は山間部に位置する立地から二ヶ所しか出口がないこの町を狙ったのでしょう。
 衛兵含め、町を占領下に置くにしてもきっと人数が足りなかった筈。あるいは『わざと少数にする必要があったか』……つまり、彼等も同じなのです」
 彼等も同じとは。
 そうだ、そもそも『原罪の呼び声』を有する魔種に耐性があるのは、イレギュラーズを除けば少数しかいないはずだ。
 新生砂蠍、幹部だろうとそれは同じなのだ。
「魔種は決して狂気無き者と相容れる事はありません。少なくとも、広く知られる限りでは。
 ゆえに砂蠍達が魔種と行動を共にせず、町の半分を好きにさせているのは『自分達が巻き込まれないようにする為』だと推測されます」

 ミリタリアが線を引く。
 町の南には魔種が。北には砂蠍の幹部率いる精鋭が置かれている。
 互いに干渉せず、片や人間を虫の様に蹴り潰して回り。片や拠点として場を整えている。
 相手が『盗賊王の軍』と『魔種』である以上は精神的な隙が無いにせよ、何らかの策は立てられる筈だ。
「……忙しいですよね。本当にあなた達は」
 いつの間にかホワイトボードに背を向けてイレギュラーズへ向き直っていたミリタリアは、静かに笑っていた。
 きっと、それでも勝てるのでしょう? そう胸の内で呟いて。


 鉱夫達が日夜騒ぎ精を出している『グレイトピケル』の町。
 昼は働きに出る者達を鼓舞する歌や活気に溢れ、夜は疲れを労う歌や『癒す者達』が待つ宿と酒場が賑わう。そんな町が今この時、静寂に満ちていた。
「あーぁ……やっぱり来るンじゃなかったわ」
 下着同然の黒い衣だけを纏う魔女……否、『魔種』は気怠げに欠伸をした。
 足を振り下ろす度に、赤い飛沫が上がる。
「あの犬ッコロめ。この私を担いだわね?
 ……ま、イイけど……これで【愛しき御方】からのノルマも達成できただろうしね」
 エンプレス・メサイアは自身が座っている存在をチラと見下ろした。
 生気の抜けた顔で寵愛を乞うように擦り寄り、エンプレスに座られる事を望むのは町の人間だった者達だ。

 ────────
 ────
 ──

「……【化け狐】め」
 双眼鏡から目を離したポティは首を振った。
 大勢の人間を『椅子』にして惰眠を貪る様子を彼は見ていた。
 背後で微かに震え上がっているのは、彼の配下達だ。
「ボス。良かったんですかい? その……あの女を連れて来て。『王』に知れたらまずいんじゃ……」
「問題ねぇさ、最終的に俺達の領地になりゃいいんだからな……何もかも俺の計画通りだよ」
「……?」
 ポティは町の南側を見据える。
 町の二ヶ所ある出口の南側は平原が広がっているが、北側には険しい山岳地帯への道としか繋がっていない。
 仮に軍が動いてもエンプレスが居る南側からしか侵攻出来ず。
 例えどこかの騎士団が少数精鋭を送り込んで来ても、険しい山を越えて疲労した状態で来た連中など返り討ちに出来る準備があった。
 つまり、町に侵攻して来ても厄介な魔種がいる方向からしか攻められないという事なのだ。
「魔種ある所にローレットってな。奴等が潰し合いをした所を一気に叩く。
 いつぞやの『お嬢様チーム』に貰ったツケは存分に払って貰うぜ、イレギュラーズども」

GMコメント

 誘い手は怠惰に乞う者達を跳ね除け、
 誘い手は怠惰に己が愛情をただただ押し付け、踏み躙るのみ──

●依頼達成条件
 敵勢力【魔種】【新生・砂蠍】を双方撃破し町を奪還する。(2018/10/29 修正)

●情報精度B
 想定外の事態が起きる可能性があります。

●グレイトピケルの町
 険しい山岳地帯の中で山間部に位置する麓村が発展した街。
 幻想南部における主な鉱業の拠点となっており、敵勢力に押さえられた場合の被害は計り知れません。
 鉱夫達による活気は失われ、町の南部は『原罪の呼び声』により人々はほぼ全滅。北部は砂蠍の精鋭達によって完全に占拠された状態です。
 偶然か意図してか、皆様が侵攻するならばどうしても南部からの経路になってしまいそうです。
 街中は元あった長屋や宿を増築を繰り返した為に狭く、入り組んでいる性質を持ちます。
 ですが逆に、建物の屋根上をフィールドとして考えるなら地上よりも足場が広く立ち回れるでしょう。
 建物の平均的高度:6m
 町(南→北)の距離:約200m

●魔種【エンプレス・メサイア】
 一見人間種の女性ですが、過去に彼女自身が旅人を襲った際に名乗った折には『複数の尾を持つ長い耳の魔獣だった』と記録されています。
 長身の艶かしい肉感を持った金髪の魔女。町の南部近辺の路上で町の人間をベッドにして寝ています。
 彼女が周囲に展開し伝播させる狂気は人を異常なほど堕落させる効果を有しており、これによって町の南部にいた人々は無力化され道端に倒れています。
 人間形態時でも怪力を活かした近接格闘による攻撃は脅威となります。
 【新生・砂蠍】同様に野放しには出来ません、最終的には必ず撃破して下さい。

 『特性:原罪の呼び声(【怠惰】……自身を起点とした20m以内の機動力減)』
 『攻撃:掌底(物近貫・【麻痺】)』
 『踵落とし(物中列・高威力)』
 『魔獣化(詳細不明)』

●【新生・砂蠍/精鋭部隊】
 砂蠍幹部【ポティ・クールマム】
 新生砂蠍の中核メンバーの一人。顔に四本の大きな傷跡を持った大男、とあるイレギュラーズとの交戦時にはドマゾのポチと名乗っていた。
 その大柄な体躯と冷静な性格に反して、戦闘スタイルは獣の如き動きを軸としたトリッキーな戦い方を好む。
 町の北端で鉱夫や衛兵達を拘束して『新生・砂蠍』本隊を呼び寄せている動きがあります。
 【魔種】同様に彼もまた強敵ですが、最終的には彼を倒して阻止し必ず町を奪還して下さい。

 『攻撃:高機動殺法(物近単・【連】)』
 『狼牙蹴脚(物至範・【乱れ】)』
 『狼牙絶拳(神近貫・【飛】・【窒息】)』

 【ポティ隊精鋭兵】×11体
 砂蠍傘下に加わる以前からポティに忠誠を誓う精鋭。彼等の戦闘スタイルは首領となるポティのサポートに特化している近~中距離戦闘員。
 イレギュラーズに並ぶ事はなくとも、油断すれば思わぬ横槍で窮地に陥る危険性があります。

 以上。
 皆様のご参加をお待ちしております。

  • <刻印のシャウラ>狼牙に這う誘い手Lv:10以上完了
  • GM名ちくわブレード
  • 種別EX
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2018年11月15日 21時35分
  • 参加人数 10/10人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

ヘイゼル・ゴルトブーツ(p3p000149)
旅人自称者
レイチェル=ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)
蒼の楔
那木口・葵(p3p000514)
布合わせ
主人=公(p3p000578)
ハム子
琴葉・結(p3p001166)
魔剣使い
アルテミア・フィルティス(p3p001981)
Righteous Blade
リジア(p3p002864)
Esc-key
赤羽・大地(p3p004151)
ホンノムシ
サクラ(p3p005004)
聖剣解放者
コーデリア・ハーグリーブス(p3p006255)
信仰者

リプレイ

●『手探り』
 灰色の空、灰色の山、灰色の町。
 俯瞰して見たなら、その景色が灰色の山に集う様にして出来た町だと一目で分かっただろう。
 『信仰者』コーデリア・ハーグリーブス(p3p006255)が情報屋を介して入手した地図よりも、明らかに町の様相が変わってしまっていた。
 グレイトピケルの町は──なるほど、今の姿に至るまでに何度も増築や改装を繰り返しながら狭い土地に人が住めるように造って来ている。
 ある程度の大雑把な地図さえ作られれば後は不要とされてもおかしくはない。現に工事中と見える建物も在った。
 町にもう少し近付いて見れば、まばらに視える町の人々の様子も解るかもしれない。
 そう考えた『自称・旅人』ヘイゼル・ゴルトブーツ(p3p000149)が高度を下げつつ町へ近付こうとした時、視界を鴉が横切ってそれを阻んだ。
「レイチェルさん?」
 眼下に立つ『死を呼ぶドクター』レイチェル=ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)が手を振って降りて来る様に言っている事にヘイゼルは気付く。何かあったようだった。
 速やかに灰色の空から降り立った彼女に、首を振りながらレイチェルは悪い報せを告げた。
「悪かったな呼び戻して。砂蠍の連中、見晴らしの良い屋上から町を見ている様だ……あのまま飛んでたら気付かれて妙な警戒をされるかもしれねぇ」
 代わりに、とレイチェルは付け足す。
「後は俺がファミリアーで町の地形を把握しながら連中の布陣も見ておく」
「そうですか、では私は待機しておくとしましょう」
 町の外壁沿いにある衛兵用の通用扉。その手前に集まったイレギュラーズは一部の者を除き、各々装備を検めていた。
 微かに湿った空気が流れている。雨が近い。
「やっぱり手分けして街の様子を探ってみて正解だったね。いざ動いた時に道に迷ってたら洒落にならないだろうし」
 鴉を使役して町の構造を調べて行くレイチェルが書き足しているのを覗く『ハム男』主人=公(p3p000578)が頷く。
 思った以上に町の中は入り組み、そして行き止まりとなる道が多いのだ。
 彼等がこれから向かうのは既に『敵』の占拠した領域。相手は自身の陣地を最大限有効に使う可能性がある以上、念を入れた調査や地形の把握をしておく事は今回に限り特に必要な要素だろう。
 例えば……潜入したはいいが、その結果行き止まりに嵌ったイレギュラーズを罠にかける。挟撃を仕掛けて追い込む。行き止まりの状況を利用して強大なエネミーをけしかける。
 懸念される要素は多い。
 ──窮地に陥る未来は避けるに限る、という事だ。
 なにより今回イレギュラーズが戦う相手は『新生・砂蠍』だけではない。厄介な強敵、『魔種』が町の南部を支配し闊歩しているのだから。
 地図を覗き込み、暫しの間を空けてから首を傾げる『生誕の刻天使』リジア(p3p002864)が背の翼を揺らす。
「奇妙な絵だ。3種の生き物が1つの場所を奪い合っている……他人事ではないが」
「砂蠍が魔種と手を組むなんて、ね……この街の人達の為にも、世界を守るためにも絶対に負けられない……!」
 一方で『神無牡丹』サクラ(p3p005004)が静かな怒りを吐露する。
 天義だから、ではない。どちらも平和を乱す存在であり、人々を脅かす行為そのものが悪だと彼女達は信じていた。
「確固たる協力関係にあるわけではないようですが……魔種と手を組むなど許されざる事です。報いは受けていただきましょう」
 ゆえにコーデリアもまたサクラと同じく怒りを覚えていた。
 神に仇なす者。魔種……【エンプレス・メサイア】という女は今、南部区画の中央路地で町の人間を山積みにしたその頂きで眠っているのだという。
 起きているのか本当に眠りに着いているのかは定かではないが、少なくとも今こうしてレイチェルのファミリアーと『布合わせ』那木口・葵(p3p000514)が放った式からの報せではそうだった。
「砂蠍と魔種を同時に対処……なかなか厄介な依頼が舞い込んだものだわ」
「……考えることは多いが、なんとかやるしかないな」
 それでもやらなければいけないのがイレギュラーズだと、『青き戦士』アルテミア・フィルティス(p3p001981)の呟いた言葉に『自称、あくまで本の虫』赤羽・大地(p3p004151)が同意する。
 その為の作戦であり、現在仲間が行っている地図作製(マッピング)だった。
「でも完全に仲間ってわけじゃなさそうだし、そこを利用して活路を見出したいわね」
 『魔剣使い』琴葉・結(p3p001166)の言う通り。先にコーデリアも語っていたが、グレイトピケルの町を占拠している砂蠍と魔種は明確な協力関係にあるとは思えない布陣である。
 その一点を突く為に、勝利する為に。出来る事は全てやる。
 化けの皮を剥がす様に魔種の影に隠れている蠍達へ一矢を放つ事が、今回彼等が立てた作戦だった。

 ────『魔種を誘き出す』。
 言葉にすれば簡単だが実現するのは難しい。
「迂回ルート、出来ました」
 地図を広げて見せる葵の一言が微かに流れていた沈黙を破る。
 その場で各々の視線が交わされ、誰かが一度頷いたのを筆頭に立ち上がる。
 絶対に負けられない。サクラが言ったその言葉を胸に刻み、彼等は町へと入って行くのだった。


 屋根上から降りて来た配下の男は、町に異常が無かった事を報告した。
「さっきチラッと何かが飛んでるとか言ってたじゃねえか、寝惚けてんのか?」
「どうにも鴉がさっきまでうろついてたようで。そいつと見間違えたんじゃないかと」
 大柄で精悍な身体つき、厳つい顔に刻まれた四本の傷痕。野性味ある白髪混じりの長髪をバックに流したその男、『狼牙』ポティ・クールマムは配下の男の額を指先で弾いた。
 あいてっ、と間抜けな声が鳴る。如何にも気の抜けた空気だがその場にいる男達はいずれも歴戦の盗賊一味の精鋭であり、これがポティ派にとっての流儀でもあった。
 弓や拳銃、ナイフといった愛用の武器を男達は傍らに提げている中、ポティだけは獣の皮らしき灰色のコートを羽織っている。
「こんな大事な時だ、力み過ぎてミスられちゃ元もねえが気を抜き過ぎるなよ」
「は……!」
 気の弛みを指摘され、姿勢と共に引き締める配下の男。
 ギシリ。ポティが町の南部の方へ振り向いた後に響いた金属が軋む音、コートの下に何か着込んでいるらしい。
 配下の男はそれを見て「ボスの本気か……」と呟き、微かに身震いする。
「……あいつはどうしてる」
 不意に訊ねられ配下の男は再び背筋を伸ばした。
「はっ、女は南部区画の中央通り付近で寝ていました」
「イイ気なもんだな」
「無理も無いんじゃないですかね? 何しろ例の鉄帝が来てるっつー話が効いてるのか、ここ数日何もおきてないんすから!」
 フードを深々と被った配下の男が手を叩いて笑う。
 これほど上手く行った事は無いのだから当然である。かつての盗賊団とは違う、今や町一つ占領しているのが僅かな人数の精鋭だ。
 今ならば国盗りも夢ではない。否、もう国盗りは目前だ。少なくとも彼等はそう本気で信じていた。
 だがポティだけは違う。
「ポティさん……! 南部で動きが!」
 灰色の空、ではなく近くの屋根上で遠眼鏡を片手に見張りをしていた配下達から警報が上がる。
 ポティは眉一つ動かさず続きを促した。
 唯一。盗賊王の野望を阻みうる存在を彼は知っていた。
「敵影8! 少数ですが動きがやけに良い、恐らくは……!」
 その場に緊張が走る。多くの同胞を破り捕えた、忌々しい仇敵が遂にやって来たのだと理解する。
「鉱山入口に押し込んだ衛兵達に爆薬を抱かせたか」
「ええ。確か青の樽でしたよね?」
「何澄ました顔でドヤ顔してんだお前、しかも間違えてんだよ。青はこの町に来る本隊への作戦失敗を伝える撤退信号だ、赤樽持って来い」
 眼鏡をくいと上げて見せたフードの配下を何処かへと走らせる。
 そして、宙へ飛び立ったポティは屋根上へ着地し遠眼鏡越しに町の南部を見据えた。
「来たか──イレギュラーズッ!」

●誘い手誘われ
 町の構造を掌握したイレギュラーズが動き出したのは、本来なら陽が真上に来ている頃だった。
「呼び声。私には性質上の効果しか効きはしないが……多くの生き物が浴びる。万が一が無ければいいが」
 異様な空気が立ち込める街中を行く最中。リジアは道中で度々見かける町の人々を見て一縷の不安を覚えた。
 呼び声に含まれる狂気に加えて、同じ世界で生きる存在全てを生気が失われた抜け殻とする瘴気。狭い路地を駆け抜ける彼女達はやはり魔種を野放しには出来ないと、改めて思い知らされる。
「標的はまだ眠ってるようだな……手筈通り、あの女狐を叩き起こすぞ」
「主人公さん達の班は?」
 屋上から屋根へ、木の枝から物干竿(ポール)へ。
 リジアとレイチェルは上を、ヘイゼルと結は下を迷い無く走り抜けて行く。僅かに遅れながらも追走しているのは葵がぬいぐるみから造った式神だ。
「向こうも問題ねぇな。こっちが先に戦闘に入るだろうが、砂蠍の連中が逃げる暇までは無いだろう」
「次の角を右に向かえばそろそろ視認できる筈です」
 路地を塞いでいる馬車に片手を引っ掛けた勢いでヘイゼルが飛び越える。
「了解! 惰眠を貪ってる魔種を叩き起こすわよ、ズィーガー!」
「虎の尾を踏まねえように離れてやれよ! けけけ」
 足元で這いずりながら手を伸ばして来る町の人間達を上手く躱し、結を始めとした四人がそれぞれ戦闘態勢に入る。
 それぞれの軌跡を描くかの様に蒼と純白の燐光が尾を引き。妖しく光る魔剣が唸り空気を切り裂く。

 眠気覚ましの余興……ではない。
 入り組んだ街中を駆け抜け、突き当りの壁面へ勢いよく着地した結から真空の刃が放たれ。次いで呪殺の一矢と魔弓の一矢が射ち込まれた。
 瞬く間に飛来する斬撃が、矢が、グレイトピケル南部中央通りを走り衝撃波と共に粉塵が撒き散らされる。
「さぁ、鬼サン此方。てめぇも一方的にやられたいドMじゃねぇだろ?」
 効果の程を期待して、レイチェルが煽るように呟く。
 赤い土煙。
 石畳に広がる朱い、紅い染み。風に吹かれ晴れたそこに浮かび上がる光景。
「……あー」
 間延びした声が鳴った。
「あんた達がウチの犬ッコロの恐れる特異運命座標……って奴ね、わかるわかる。流石の私もあんた達見てるとなんかムズムズしてくるもの」
 頬から流れる鮮血を指で掬い舐め取るその姿に、目に見えぬオーラが降りて来る。
 金髪の魔種は健在だった。

 燐光散らすリジアがその手を翳し、一言。
「後退しよう」
 言い終える直前。彼女の光翼から溢れ出た青き力の奔流が音も無く魔種へ殺到した。
「そっちから誘ってくれたのに逃げるなんて、まるで追いかけて下さいってお尻を振ってる羊みたいよねぇ──!!」
 攻撃を受け止めた余波に巻き込まれた死体を爪先で掻き分け、衝撃波を片手で受ける。
 だが、踏ん張りが効かず。肉感的な肢体が宙へ投げ出されて吹き飛ばされていった。
「手応えはありましたが随分と頑丈ですねあの女狐」
「素でアレじゃ、正面から四人でやるのは至難か。作戦通りでいくぞ」
「けけけ。魔種の野郎無様な面ァしてやがったぜ結!」
 中央通りの半ばに見える門を四人が軽々と飛び越え、そのまま通り沿いに並ぶ建物の上へ降り立つ。
「ここからは鬼ごっこね……! レイチェルさん達が見つけた『罠』にみんな気をつけて!」
「わかっている」
 飛行、或いは駆ける。
 結が注意喚起したのは事前の調査で屋上のあちこちにワイヤーや鳴子の類のトラップが仕掛けられている事が判明していたからだ。
 砂蠍幹部、ポティはイレギュラーズが或いはこういった作戦を取るであろうと想定していたのである。
 植木の陰から張られた糸を飛び越えたヘイゼルがチラと背後を振り返る。
「伏せて下さい」
 タクトを奮う様に振った指先で弓を作り出し、後方を駆ける結へ告げて。
 その一瞬で悟ったか。魔剣を胸元に抱えて、前へ前転気味に結は飛び込んだ。頭上を呪殺の矢が一閃した直後後方から轟くのは怒りを滲ませた絶叫だった。
 ぱぁん、と。風船が爆ぜるかのような音が鳴り響いて後ろを見れば、彼女達に追随していた葵の式神達が全てエンプレスの拳に貫かれて消滅していた。
 更に続く進路先……グレイトピケル北部で小さな『青い信号弾』が空へ打ち上がるのを四人は見た。
 まるでそれが合図のように。
 距離にして僅か200m弱、時間にしてたった数十秒の長い鬼ごっこが始まった。

●首輪付き
 中央通りで轟音が辺りを揺るがしていた頃。
 分散し周囲警戒を強めようとする砂蠍精鋭部隊に不測の事態が起きる。
「親っさん!! い、イレギュラーズです! ”なぜここに” ……!!」
「落ち着け若いのッ、お頭の所まで後退だ。奴等とこのまま遭遇戦おっぱじめようだなんて考えっなよォ!」
 予想もしていなかった奇襲に騒然とする5人の砂蠍精鋭達。
 魔種との戦いに疲弊したイレギュラーズの不意を打つ為、距離を図りながら近付こうと地上を駆けていた配下達の前に現れたのは、ここにいる筈の無い者達だった。
 狭い路地を立ち塞がるその姿。まるで追い立て、狩り立てるかのような、眼前にいる者達が狩人のそれにすら錯覚した。
 刹那。銀光がカカンッ、と残像残し高速で左右の壁を蹴り一瞬で距離を詰める。
「魔種班が合流するまでに、出来る限り人数を削るわよ」
「~~ッッ!?」
 二刀の剣戟が打ち下ろされ。甲高い音と共に火花が散った。
 辛うじて受け止めた砂蠍配下はガードしたボウガンを軸に、強襲者アルテミアの腕関節を決めようと踏み込むがカウンターで打ち込まれた膝蹴りに泡を吹く。
「下がれ! 後退だ!」
「信号弾を撃てッ、後衛下げさせろ若造!」
「ポティがいない今この十秒がチャンスだ、一気に攻めよう……!」
「範囲攻撃に巻き込まれるなヨ、大丈夫だろうガ」
 頭上を見上げた先で溢れ出す『悪意の霧』に幾つもの光球が浮かび、公の号令と共に路地へ降り注いだ。
「チィィ……ッ!」
 若い仲間を庇ったフードの男が霧の中から飛び出す。顔に浮かび上がる青筋は怒りではなくカースの類が掛かった事を意味していた。
 奇襲、不意打ち。どの言葉を以て考えても、イレギュラーズの策が彼等砂蠍の思惑を踏み越えた事は確かだった。
「公さん、皆さん気をつけて下さいね」
 葵が一言警告、呪霧を突き破って飛来する光球の弾幕が砂蠍配下を襲う。
 石畳が砕け爆ぜて飛び散る最中、逃走する仲間の殿を務めようとする老齢の男が得物を振りかざし仁王立ちする。
「不意打ちたぁコスい真似をする。それでも正義の味方かいお前さんら、あァ!」
「そうだよ! ボク達は正義の味方、君達は悪者。何も間違っちゃいない!」
「言ってくれる……ッ」
 踏み込んだ公が苦無の一閃を首を振る事で回避し、逆十字型力場発生装置からエネルギーフィールドと魔力を同時に放つ。
 小規模の爆撃に等しい一撃。
「なっ、ッ……ゲハァ……!!」
 防ぎ切れなかった老齢の男は勢い良く地を滑り吹き飛んだ。
「野郎!」
 滑り込んで来た仲間を庇う様に駆け戻って来た義手の男。
 追撃に移ろうとするアルテミアへ大型拳銃を構えた義手の男が叫ぶ。引き金が絞られたのと同時に炸裂音が鳴り響いた。
 だが、しかし。飛び交う銃弾は美女の柔肌を引き裂くことは無く。代わりに彼の胸元を致命的な衝撃が突き抜けた。
「ッッ」
「ごめんなさいね──悪いけど、ここで仕留めさせてもらうわ」
 倒れようとする砂蠍配下の肩を踏み台に、一気に跳躍した銀光が回転して義手の男の背後でふらついていた老齢の男を二刀の斬撃が斬り伏せた。
 鮮血が幾重にも重なり、飛沫が舞う。
 2人仕留め、3人に手傷や毒を残した。敵勢力の半数を一気に消耗させたのである。
 遠方から轟音が灰色の空を伝い聴こえて来る。魔種を誘い出す仲間の試みは果たして、『次』に繋がるのか。何処かで作戦にミスが生じたならば直ぐに敵は食らい付いて来るだろう。
「ありがとうコーデリアさん、狙撃助かったわ」
「ええ、お気をつけて」
「余所見してる暇は無いみたいだ。前衛、気をつけろ……来るぞ!」

 ────ズゥンッ!!
 追撃に駆けるアルテミア達の目前に砲撃が着弾した。

 否……それは紛れも無く、人間。
 軽々と宿一つ飛び越えて。威嚇する獣の如く逆立った毛皮を背に、地を這う姿勢で降り立ったのは砂蠍幹部のポティ・クールマムだった。
「厄介だとは思っていたが、つくづく可愛くない連中だよ。お前達は──」
 陣風。
「公さん!」
「……!」
 瞬間、公を庇った葵とアルテミアの二人が薙ぎ払われた回し蹴りを受けてその場に縫い付けられる。
 遅れて吹き荒れる陣風の中でポティの姿が揺らぐ。
(これ、は……!)
 アルテミアの額を汗が伝う。
 しかしそこへ、割り込みをかけて来た赤い一閃が受け止める。
「あなたの相手は私がするわ!」
 恐ろしく速いその動きを一瞬捉え、地面へ倒れ伏せる勢いで一撃を躱したサクラはその体勢から横合いの酒場らしき店の看板へ剣先を当て飛び上がる。
 高速三次元機動。僅か数秒の間に打ち合った両者は弾かれる様に飛び退き構える。
 サクラの背中に走る二本の赤い線はジワリとその範囲を広げていた。
「ウチの下っ端が世話になったな。いつぞやのカジノじゃ」
「……直接の面識は無いと思ってたんですけど、何故私を?」
「次に会う機会が無いとは言えねえからな」
 いつかの過去(シナリオ)での協力者、イレギュラーズを調べ上げていたというのか。
 微かに感じる、首筋へ刃を当てられたかのような冷たい空気に葵は言葉が出て来なかった。
「蠍ってのは蟲ケラじゃあねぇんだよ。狼みたいな獣と同じ『狩人』だ」
 いつの間にかイレギュラーズと対して現れる屋上の配下達が各々の武装を構えていた。
 コーデリアと大地が身構える。いざという時を想定して、足元へ縄を垂らしておきながら。
「ボスは……あの御方は捕食者に ”成った” 側の人間だ。
 喰われる者を知っている。喰う事しか知らねぇ、ただの欲望に塗れた腹の中まで真っ黒な連中とは違う。
 お前達ローレットがどれだけ邪魔をしようと変わりはしない、俺達はこの国を、獣をも喰い殺してみせる」
「……」
 ポティのコート袖の中から垣間見える金属の骨組み。外骨格を纏っていると公は予想する。
 宣戦布告とも取れる言葉を語ったポティは強化外骨格と籠手が融合した腕を掲げた。
「俺はあの方の為なら、王の為なら狗にでもなってやる。このクソ下らねえ国を終らせる為なら喜んで首輪付きになる」
 貴様等にその覚悟はあるか。そう問いかけて来た彼は一斉攻撃の合図をしようとして。
 何処かで轟音が鳴り響いてきた瞬間。振り下ろされようとした手が止まった。

 爆発。崩壊。殴打。粉砕。咆哮。破壊。
 無視できぬ何かが近付いて来ていた。考えるまでも無く、目を離してはならぬ相手から注意が逸れていた事にポティは気付いたのである。
 配下の一人が何事かと声を挙げようとする。
 しかし既に遅かった。
「テメェら……まさか、あいつを、ッッ───!!?」
「う、ぐあぁぁぁ……!」
「頭の中を爪で引っ掻かれてるみたいだ、ボス……これは。この全身を襲う重圧は……!!」
 その場の全員に不可視の重圧が覆い、イレギュラーズはともかくポティ以外の配下達が頭を押さえて表情を歪ませていた。
 この現象を、この場の誰もが知っていた。
 怠惰な思念に憑かれるこの重圧の唄こそ『原罪の呼び声』である。

●【乱戦/三つ巴』
 レイチェルの怒号が走る。
「この路地の向こうだ、押し込めッ!!」
 傍らにヘイゼルを抱えて駆ける彼女の動きは重い。
 一歩踏み出すだけで石畳が割れるなど、ただ重いだけではないという事が分かるだろう。
 彼女の背中を狙い肉薄して来る魔種エンプレスの動きは切り取ったコマを見ているかの様に、一動作毎でしか姿を捉えられない。
 速いのではない。それだけ全力で『打っている』という事だ。
 掌底を打った衝撃波で石造りの記念館らしき建物が揺れ、レイチェル達を庇うべく魔種の前に出て来たリジアごと踵落とし一つで崩落させる様は凄まじいとしか言えなかった。
「押し込む? へぇ……やってみる? 子羊ちゃん」
「挑戦的だな……お前は確かに、この程度ではダメージもタカが知れているだろう。だが果たして後ろの面々はどうかな」
 手招きして見せるエンプレスにリジアが首を傾げた直後、青き衝撃波が駆け抜けて魔種を打った。
 次いで肩から流れる鮮血を散らして魔剣を奮い、結が剣気を飛ばす。
 粉塵を撒き散らして吹き飛ぶエンプレスの姿は崩落していく建物の中へと消え、斬撃と呪殺の一矢が次々に叩き込まれ更なる破壊の渦を巻き起こす。

「……よォ、そっちは無事か?」
「見ての通りダ、概ね作戦は成功みたいだなこりャ」
 崩壊した瓦礫の向こう。連なる宿の屋上で身構えていた大地がレイチェルに肩を竦めて見せた。
 目配せして彼に促された方向へ視線を動かせば、イレギュラーズと対峙する形で砂蠍の面々が地に片膝を着いているのが分かった。
 イレギュラーズ一同も、距離を取っている後衛以外は体を重そうに引き摺っているが。どうやら行動そのものを阻害する程の効果は無いらしい。
「……ッ! エンプレス、ここで何してやがるッ」
「いったいわね……はあーん? 犬ッコロじゃない。あんたこそ此処でなにしてるわけ?」
「何を……チッ、そういうことか」
 ポティが厳つい顔で更に深い溝を作り怒りを露わにする。
 目が合った結は肩の傷を大地に癒して貰いながら、魔剣を掲げて「言ってやって」と突きつけた。
「けけけ。駄狐が! 魔種のくせに人間に利用されるなんて怠惰にも程があるんじゃねぇか? オツムの方は大丈夫かい?」
 粉塵が吹き荒ぶ最中に響く、人をとことん馬鹿にした高笑いがエンプレスの眉間にポティと似た溝を作った。
 罠に嵌められた。
 策に、思惑に踊らされた。
 全てに気付いたエンプレスの、震える唇と揺らぐ金髪が激昂を表現する。
「よくもこの私を……コケにしたな……ッ!!」
 それまで美しかった髪がザワザワと逆立ち、肉感的だった肌が赤く上気したかと思えば瞬く間に全身がバツンッ!! と破裂するかのように膨れ上がった。
 金の髪は、艶かしい肢体は、僅か一瞬の間にゴツゴツとした肉の塊に埋もれて見えなくなり。ともすればそれらは次第に形を変え、剣山の如く内側から金色の体毛が飛び出して行く。
 悍ましくも美しいその光景にポティ配下の男達は目を見開いて硬直する。
「馬鹿野郎ども! ぼけっと見てるんじゃねぇ、動け! 離れろ──!!」
 全身が鉛の塊のように重くなっても、狂気の伝播による弊害があったとしても耐える事は出来る。
 今回ポティが選抜した配下の人数が少なかったのはこの『最悪の状況』に備えてのことだった。戦う事さえできれば、足さえどうにか動かせるならば逃げる事も可能だからだ。
 しかしそれでもどうしようもないタイミングだった。
 特に、最も至近距離にいたポティは。

 Gluaaaaァァアアアアアア────!!

 強化外骨格すら纏う大男が鞠の様に叩き飛ばされ、二度、三度と跳ねた後に横合いの酒場へと突っ込んで行った。
 大気を震わせんばかりに轟く咆哮は、奇妙な事にエンプレスの声だった。
 何処か扇情的にも聴こえていた、溶ける様な声音が獣の如き雄叫びを上げていたのだ。
 ザワリと揺れる金の体毛、長い耳、1本で成人の3倍以上はあろう6本の尾。
 巨大な狼にも見える『それ』はエンプレスが変身したからか、その声のせいか、流麗に見えるしなやかな体格でイレギュラーズへ向き。眼を見開いた。
 全身の至る所に隠れていた、赤い眼を。

 その、赤い眼へ。有無も言わせずに居合による一太刀が一閃した。
「魔種は世界を滅ぼす悪しき存在! この世界は、絶対に守るんだからぁ!!」
 返り血に濡れる刃を滑らせ、一気に駆け抜けたサクラが全身から叫んだ。
 彼女の声に、その場の全員が続いた。
 直後に魔獣と化したエンプレスの全身から放たれた業火にサクラが吹き飛ばされたのを公が受け止める。二人の上を飛び越えたアルテミアが二刀の剣を振り被り、躍り出る。
 エンプレスの獰猛な口腔が大きく開かれ、光が収束していくのを傍目にアルテミアは次々に硬い体毛に守られた赤い眼を切り裂いて回った。
「オイオイ、面倒な気配が漂って来たぜ」
「……あの光ですね。まさか、この距離を?」
「射角は、こちらに向いているな」
 屋根上に陣取るレイチェルとコーデリア、リジア達がそれぞれ遠距離から攻撃を加えているものの。まるで避ける様子がない。
 それどころか口腔に収束していた光は球体を形成し、あからさまに屋根上の後衛へ向けられていた。
 ダメージを意に介さず、魔獣エンプレスはいよいよ眩い光が溢れ出る程に光を集めていた。

 Glaaaaaaa──!!

 刹那、後衛達に向かって扇状に放たれた熱線が奔り。紅蓮のカーテンが引かれた。
 強烈な衝撃波に3人が吹き飛ばされ、前衛から見えなくなる。
「レイチェルさん……!」
「大地さん、みんなを頼む!」
 頭上から巻き起こる爆発に葵が仲間の身を案じる。そこで公と結がサクラ達に加わり魔獣エンプレスへ激しく切り込んで行った。
 熱線を吐いた後の魔獣エンプレスが動き出す。
「はあああぁぁぁッ!!」
 全身の赤い眼から放出される火炎を浴びるも、それを上手く切り伏せて踏み込む結とサクラ、アルテミアの3人が血と炎に巻かれながら剣戟を浴びせて行く。
 時に勢い良く振り下ろされた巨木の様な脚による殴打を公が庇い、至近距離で魔力を放出して迎え撃つ。
 両前脚が持ち上がる。スタンプの気を感じた葵がバッグから取り出した紐を塊のまま投げつける。数瞬の空白、長大な大蛇と化したそれは魔獣エンプレスの全身に絡み付き、毒気の含んだ牙を容赦なく喰い込ませた。
 暴れ回る魔獣妖狐。跳ね上がる瓦礫に打たれたか、体勢を崩したサクラが薙ぎ払われた尾に吹き飛ばされた。
「……ッ……!!」
 息が詰まり、視界が明滅する。魔力が体の中でコントロールを失う。
 しかし彼女の頭上で突如現れた魔法陣が時計の様に回転し、彼女の状態を一時的に回復させた。
「ごほっ、ご無事ですかサクラさん」
「ヘイゼルさん……! リジアさん達は大丈夫?!」
「私やリジアさんは問題ありません。ですが、コーデリアさんは直撃を受けた事で一時は瀕死に。
 パンドラが無ければ戦闘不能も有り得たでしょう……ふむ?」
 屋根上から顔を出していたヘイゼルが不意に視線を別の方向へ逸らした。
 連れてサクラがそちらへ視線を向けた瞬間、眼前に飛び込んで来たボルトを反射的に弾き落とす事が出来た。間一髪の防御に冷えた物を感じながら誰何の声を上げた。
「誰…………ッ、砂蠍!!」

 屋根上を伝い──いつの間に範囲が広がっていたか──『原罪の呼び声』による重圧に膝を震わせながら、砂蠍配下達が押し寄せていた。
 撤退したのではなかったか。サクラが彼等を睨む。
「野郎、ども……! ボスを、ポティを助けるんだ! 何の為にこの大事な戦いに来たか思い出せぇ!!」
「やってやる! やってやるぞ!」
「特異運命座標がなんだ、魔種がなんだ……! んなもん、俺達が味わった地獄に比べれば屁でもねえ!」
「目に見える敵を全員殺せ! 傷がある仲間は皆癒せ! ボスの所へ! 俺達のポチさんの所へ進めー!!」
 昂る士気。
 一致団結した男達は捨て身の行動に移っていた。

 G……Glaaaaッッ!!?

「ぐぅ……! あいつら、ボク達と魔種関係なく撃って来てる!」
「きゃあっ、しまっ────」
 魔弾を背中から受けた結の目の前に影が差した瞬間、彼女の頭上から巨木に等しい両脚が踏みつけられた。
 衝撃波に石畳が絨毯の様に捲れ上がり、前衛が全員瓦礫と土砂に巻き込まれる。
「みんな……!!」
 サクラとヘイゼルの前で突き立った土の柱が滝の様に崩れ落ちた後、そこに残っていたのは血に塗れ息を切らした魔獣エンプレスだけだった。

●誘い手

 ────『ノルマ……ノルマ、と』

 聞こえて来る間の抜けた声。
 綺麗な、透き通った女の声。

 ────『だーめだぁ、面倒ったらないわ。最低限はクリアしたでしょうし、後はあの御方の御指示を待つだけね』

 薬物に狂う貴族の館を、”どこかの汚いスラムのガキが殺されかけていた”所を、全て壊し連れ出した女。
 だが恐ろしい。
 度重なる薬による実験で心が壊れた”そのガキ”は、女の内に潜む次元の違う存在に怯えていた。
 だがそれが心地良かった。壊れた心が唯一感じられる、最後の拠り所だった。

 ────『犬ッコロは犬ッコロらしく私の命令に従って言う事を聞いていれば良いのよ、そうすればほら……』

 女は言っていた。
 何もしないわけではない。いつだって彼女は【待っている】のだという。
 それは、怠惰に全てを委ね続け、怠惰に全てを平伏せようとする……とある化け物に抱いていた”犬と呼ばれたガキ”の遠い記憶。
 いつから見えなくなったのだろうか、あの女が伸ばしていた見えない誘い手を。

●手は引かれ
 魔獣の奮う大爪を宙返りで避けたリジアが光翼を振動させ、その手から流し込んだ逆再生で巨大な尾を爆散させる。
 轟く悲鳴と飛沫を上げる黒い血液。続いて叩き付けられるのは光球の弾幕。
「傷は、どうだ……!」
「行けるわ……あいつらに気をつけて、大地さん」
 傷がある程度塞がった瞬間、痛む身体を動かしてアルテミアが駆ける。
「はぁ……はァ、くそ。ヘイゼル一人じゃきついナ」
 息を切らす大地は頬を掠めたボルトから飛び退き、今度は一人砂蠍配下達と迎撃戦を繰り広げているヘイゼルの元へ向かう。
「まだよ! まだ……終わるわけにはいかないのよ! 力を寄こしなさいズィーガー!」
「持ってけ持ってけ! けけけ。力ぁこんだけ振り絞ってんだ、負けんなよ!」
「当たり前よ!」
 一時は力尽きた結が魔剣から溢れ出た輝きによって立ち上がり、フラつく足を踏み締め躍り出る。

「ぐ、おぁぁああ!」
「邪魔……ですッ」
 投げナイフを躱して距離を詰めた彼女に掌底気味に打ち込まれ、フードの男が眼下へと転がり落ちて行く。
 続いて放たれる魔弾を己が得物で、時には鞄で弾いて防ぐ。
(……!)
 刹那。
 視界の端で垣間見えた魔獣エンプレスの動作をヘイゼルは見逃さなかった。
「残っている眼から炎が来ます!」
「!!」
 結、アルテミア、サクラ、公達がヘイゼルの声に気付き飛び退いた。
 直後吐き出され轟と燃える火炎の渦が彼等の鼻先で吹き荒れ、それを凌いだ事で呼吸を整える事が出来た。
 動きに徐々に対応出来る様になって来た。だが、それと同時に消耗が積み重なり全員が疲弊していた。
 次第に決定打となる技を打つ余裕も気力も無くなって来た。
 しかし、それでもイレギュラーズは諦めはしない。
「あと少しだ、絶対に諦めてたまるもんか!! そのために、ボクらは来たんだ!」
「その通り……街の人を見捨てて、逃げるなんて出来ない! 最後まで抵抗してやるんだから!」
 炎が引いたのと同時に突っ込む彼等の脇を、鋭角から狙い澄ました銃弾が飛び抜ける。
 魔獣エンプレスの頭部を撃ち抜いたそれはコーデリアが研ぎ澄ませた、最高の一撃だ。強かに頭を振り上げ、大きく怯んだ魔獣は一時の空白に囚われる。
 見逃すわけには行かない、最後の好機だった。
「全く……いてぇなァ。俺はやられたらやり返す主義……だ」
 大地とコーデリアの隣に並び、半身が焦げた姿で。レイチェルの全身から赤黒いオーラが漂う。
「”出血”大サービスってなァ……! 堕ちろ、化狐ッ!!」
 泥の様に魔力が唸り、直後に彼女へ呼応するかの如く魔獣エンプレスの足元を緋色の魔法陣が広がる。
 次いで放たれる無数の悪意が瘴気の波と化し、闇の波状攻撃が魔獣を襲った。

 G……Aaaaaaaaaaaaa───ッ!!

 イレギュラーズ達の一斉攻撃に全身を切り裂かれ、半ば爆散する様に魔獣エンプレスの巨体が吹き飛んで町の建物へ壮絶な断末魔と共に倒れる。
 濛々と立ち昇る粉塵の中……動く気配は、無い。
 それどころか。
「……あ」
 葵の震えていた足が止まり、頭の中で反響していた『誰かの声』が止んだのに気付いた。
 それは他の面々も同じらしく。重圧が消えている事に戸惑いすらあった。
 そこで公が乱れる呼吸を整える様に努めながら、掠れた声で呟いた。
「ボク達……勝ったんだ」
「倒したの、私達……」
「っ! 待って。何かいるわ」
 アルテミアの声に再び全員に緊張が走る。

「……何も居やしねぇよ。ここには『俺達』と『お前達』しかいねぇはずだ」
 粉塵の中から歩いて来たのは、今にも力尽きそうな砂蠍配下3人。
 声の主はその後ろ。乱戦の中で戦闘不能にされていた砂蠍幹部ポティだった。
「……チッ。全員ピンピンしてやがる、対して俺達はまんまとお前達の策に嵌り……このザマだ」
 瞬間、何の反応も返さずに轟いた炸裂音が砂蠍配下の一人を撃ち抜いた。
「俺が巻き込まれてなけりゃ、まあもう少しは良い結果になったんだろうがな。今の間に逃げ果せる事もできたが……そうもいかなくなっちまった」
 次いで、魔弓による呪殺の一矢がまた一人射抜いて倒した。
 最後の一人がイレギュラーズへ背を向けてボロボロの魔導書を開いて読み上げる。
「良い略奪を、ボス」
「…………ああ、いい夢を……夢は見ていたな。じゃ、偶には夢を見ねーくらいぐっすり眠るのも悪かないだろう」
「へへ……」
 直後。最後の配下の男の口から血が溢れ出して、その場に倒れた。
 辺りを漂う毒の霧。『ロべリアの花』……ポティはその中で堂々と声を上げた。
 抱きかかえていた金髪の女の亡骸を足元へ降ろし。悪党は強化外骨格をギシリと震わせた。
「俺はお前達を全員殺す。それからこの国を滅茶苦茶に壊してやる、俺達が、砂蠍がだ」
「……そんなことさせない」
「そうだろうな」
 獣が、駆ける。

「俺を止めてみろ、イレギュラァァァッッズ!!」


 後衛に向かって跳躍したポティとヘイゼルが激突した。
「く……っ!」
 眼前で高速回転する大男の連撃を受けるも、その場に縫い付けたポティの隙を背後からの一閃が穿つ。
 火花が散る最中、睨み合うは既に対峙していた二人。
「あなたの相手は……私だけじゃないんだから!」
「ッ、グゥォォオ!!」
 後ろ手にサクラと切り結ぶポティがコートを引き裂かれたのと同時、腕部から飛び出した鉤爪が横から狙い撃って来たレイチェルの魔弓を弾き返す。
 アルテミアと結が左右から懐へ入り込む瞬間、サクラの聖刀を押し返して大男の全身が鞠の様に跳ね飛ぶ。
 集中攻撃。集中砲火。いずれも如何に補助魔術を予め受けていても対応できる事にも限界はあった。
「が……ゥ、ヌゥゥゥッ!」
「投降しろとは、言わない。だが……お前はそれでいいのか」
「黙れ、俺は……!」
 背中に触れたリジアに流し込まれた術式によって揺らぐ。
 歯噛みするポティの目に未だ炎は消えず。サクラを力任せに弾いてその場から飛び退いた『狼牙』は、この期に及んで恐るべき機動力を変わらず発揮してイレギュラーズへ襲いかかる。
 周囲から集う魔力を乗せて放つ拳撃が結とアルテミアの二人が打ち貫かれ吹き飛ばされる。
 止まらず、決死の表情で壁を駆け上がって狙いを付ける。
 回復の要でもあった大地へ向けて距離を詰めたポティは獰猛な笑みを浮かべて拳撃を放った。
「大地さん……っ!」
「葵!!」
 咄嗟に庇った葵が大地の代わりに打ち抜かれ、屋根上から落下する。

 だが、『狼牙』が喰い込んだのはそこまでだった。
「────!!」
 突如全身を蝕む黒い『何か』に気付いたのも一瞬。直後に凄まじい激痛と暗闇が視界を、彼の全てを蹂躙したのだ。
「……幾ら強くてもな、俺達は独りで戦った事はねェンだよ」
「ぐ、おおおおおっっ!!」
 文字通り、無暗に拳を振り回してその場から飛び退く。だが盲目の状態でそれが通用する筈も無く、ただ男は地上へ無様に落ちるだけだった。
 駆け寄る音。刃が迫る音。荒い息遣い。
 誰もが必死だった、護る為に……或いは壊す為に全力を尽くしていた。
 最後に誰がトドメを刺したのかはわからない。
 ただ分かるのは、致命的な何かに意識を刈り取られてポティ・クールマムは遂に力尽きた事だけだった。
 最後に倒れ伏せたその時。
 彼の手は、随分幼い日のいつかで雑に握られた手が触れているような気がした。

●奪還、成功。

 鉱山入口に押し込まれ、拘束されていた衛兵や町の北部の住人達はイレギュラーズによって解放された。
 この際に衛兵達が偶然聴いていた『信号弾』の事を聞き、イレギュラーズは直ぐに作戦失敗の狼煙をこれ見よがしに上げる。
 奪還作戦が成功したのだ。
 このグレイトピケルの町へ近付いていたという『新生・砂蠍』の本隊も魔種をだけでなく幹部精鋭達すら破ったイレギュラーズを敵に回したいとは思わないだろう。

「……彼等は、どんな関係だったのでしょうね」
 コーデリアは町を見渡した。
 逃げながらとはいえ、魔種との戦闘は犠牲者を生んだ。そこまで気を回す事は出来なかったのだから、仕方ないとは言い切れない。
 南部で戦闘を広げていれば間違いなく十倍以上の被害は出ただろう。『原罪の呼び声』によって無力化された住民達は何もできないのだから。
「さぁな……私にはわからない」
 リジアは傷付いた仲間達を癒して回る大地を見てから、並べられた砂蠍達の遺体。その中央に横たわるポティと魔種エンプレス・メサイアを見下ろした。

「……わからなくても、いいのかもしれないな」

成否

成功

MVP

ヘイゼル・ゴルトブーツ(p3p000149)
旅人自称者

状態異常

ヘイゼル・ゴルトブーツ(p3p000149) [重傷]
旅人自称者
那木口・葵(p3p000514) [重傷]
布合わせ
主人=公(p3p000578) [重傷]
ハム子
琴葉・結(p3p001166) [重傷]
魔剣使い
アルテミア・フィルティス(p3p001981) [重傷]
Righteous Blade
コーデリア・ハーグリーブス(p3p006255) [重傷]
信仰者

あとがき

ちくわブレードです。
今回HARDという事で厳しめに判定しようとしたつもりでしたが、見事成功となりました!
主に戦略面が良く、敵に主導権を与えぬ立ち回りは見事です。

今回、途中で想定外と思われる事態の中一人奮闘していた影の功労者としてMVPはヘイゼル様に。
お疲れ様でしたイレギュラーズの皆様。またの活躍を楽しみにしております。

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