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シナリオ詳細

<終焉のクロニクル>混沌解放楽団最終公演

完了

参加者 : 10 人

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オープニング

●最後の演奏会
「まさか、ここが最後の公演会場となろうとは」
 やがて世界は滅ぶという。それを聞いてなお、『彼ら』のやるべきことは変わらなかった。
 各地を旅し、『公演』をくり返してきた彼らの最終地。
 それがここ……影の領域であった。
 混沌解放楽団の指揮者、ケイオステラーは指揮棒を小さく掲げて呟いた。
 その姿は人間とはかけ離れた怪物だ。一言で述べるなら首なしのリビングデッド。これまで幾度もイレギュラーズの精鋭たちをはねのけてきた魔種集団の総指揮者として君臨する存在である。
「ここには、彼らも来るだろうか。あの『泥人形』たちが」
「ええ、おそらくは……」
 低い音を鳴らし、美しく磨かれたチューバ型の異頭をついっとなでる男。彼にかつては名があったのかもしれないが、今は『チューバ』とだけ呼ばれている。
「彼らはまた来るでしょう。あの幻想王国に開いたワームホールを使って」
 かつてBat End 8たちは世界各地に影の領域より通じるワームホールを開き、攻撃行動を行った。
 それに乗じる形でこの混沌解放楽団も幻想王国郊外へと展開し、所謂祭りに加わったのだが……そこへ現れたイレギュラーズたちの猛攻を受け撤退することとなったのだった。
「あの音色、実に美しかった。今度こそはソロパートを最後まで……」
 うっとりとした様子で自らの弦をなでるバイオリン頭の男。
 その指がぴたりと止まる。
「いや、実際の所どうなのでしょう? ここは影の領域。もはやこれ以上退く場所などないのでは」
「そういうこと。俺たちはここで正真正銘『最後まで』戦わなきゃいけないってワケ」
 軽い調子でバイオリンの問いに答えたのはトランペット頭の男だった。
「まあつまり、こっからは『ガチ』ってこと」
「ふむ、この身が滅びるまで戦う……と。ワシらの命がケイオステラー様のお役に立てるということか。悪くない。実に悪くないのう」
 低い音を鳴らして喜んだのはバスクラリネット頭の男。自らの顎にあたる部分をそっと撫でる。
「前回は、どうなのでしたっけ。私達はイレギュラーズと戦って、私が損傷を受けて撤退したのですけれど……」
 フルート頭の男が自信なさそうに頭を撫でると、ティンパニ頭の男がバチをくるりと回して言った。
「勝っていたさ、こっちがな! けどそのためにはフルート、お前が死ぬ必要があった。そんなワケにゃあいかなかったから撤退したのさ。けど次はそうはいかない。こっちももうアトがないんでな」
「ああ、その通り……」
 ケイオステラーが指揮棒を掲げ、重々しく呟いた。
「次こそが、我々最後の公演となるだろう。故に、命が散るまで……すべてが終わるまで、公演を続けようではないか!」

●フィナーレ
「ついに……か」
 マッダラー=マッド=マッダラー(p3p008376)は情報屋からの報告を受けて強く拳を握りしめた。
 幻想王国を幾度にも渡って苦しめた魔種集団、混沌解放楽団を追い詰めるチャンスが廻ってきたのだ。
 場所は『影の領域』。前人未踏の恐るべき魔種たちの住処だ。
 そこに、かの混沌解放楽団たちが逃げ込んでいるという。今度こそ追い詰め、その息の根を止める時が来たのだ。

 はじまりはある凶報であった。
 それも最悪の凶報である。
 混沌の滅びを確信的に決定づけてきた神託がついに姿を現すというのである。
 通称Case-D。滅びの概念がこの世界に完全顕現すれば、混沌は勿論のこと混沌に連なるすべての世界も破壊されてしまうと言う。
 それは先刻承知の話だが、実際にその時が来たとなると受ける衝撃は避けられない。
 しかも最悪なことに、その顕現先はあの影の領域であるという。
 これまで溜めてきた膨大なパンドラの力で顕現までの時間は稼げいているようだが、魔種たちのもつ滅びのアークが顕現先を引き寄せたのかもしれないそうだ。
 こうなれば、イレギュラーズたちも意を決して影の領域へ踏み込まねばならないだろう。
「その影の領域というのは、生身で飛び込めるような場所なのか……?」
 不安そうに冬越 弾正(p3p007105)が尋ねると、アーマデル・アル・アマル(p3p008599)が大きく首を横に振った。
「あそこは魔種の領域だ。踏み込めば気が狂うことだろう。だが……行く方法はあるんだよな?」
 アーマデルがそのように尋ねると、情報屋はこくりと頷いた。
「ざんげさんがパンドラで通路の安全を確保してくれるらしい。まあ、あっちに行けばパンドラがごりごり削れることになるだろうが……その分『特別な力』も使えるようになる。あっちの魔種と渡り合うことも難しくないかもしれないぜ」
「特別な力……?」
 イズマ・トーティス(p3p009471)が小首をかしげると、情報屋はそれにも答えてくれた。
「本来はとれない姿、イクリプスの姿をとって戦う事が可能になるらしい。影の領域ならあではの戦い方ってことだな」
「俺たちの力を強化できるってこと?」
 火野・彩陽(p3p010663)が尋ねると、イーリン・ジョーンズ(p3p000854)が腕を組んで微笑んだ。
「上等じゃない。それこそ最後の戦いに相応しいわ。それに、それだけの力があればあの魔種集団にだって対抗できるかもしれない」
 前回は相手を撤退こそさせたものの、危ない状況に陥っていた。あのまま続けていたらこちらにも少なからず死傷者が出ていたかもしれなかったのだ。
 だが、今回は違う。全力以上の力を出して戦う事が出来るのだ。
「今度こそ、終わらせてやりましょう」
「ああ……」
 マッダラーが立ち上がる。
「奴らの公演は、これで終わりだ。俺たちが、終わらせるんだ」

GMコメント

●シチュエーション
 影の領域へと突入し、世界の滅びに対抗するイレギュラーズたち。
 そこに待ち構えていたのは恐るべき魔種集団『混沌解放楽団』でした。
 幾度も戦い討ち取れなかった彼らを、今度こそ終わらせてやりましょう。

●第一フェーズ:楽団員たちとの戦い
 これが最終公演であるとして、混沌解放楽団に『解放』され楽団員として加わった者たちが参戦しています。
 まずは彼らとの戦いになるでしょう。
 楽団員はそれぞれが楽器を用いた音魔法や、音によって強化された肉体によって戦います。
 数は非常に多く、世界各地から集めた楽団員がすべてここに集合しているようです。

●第二フェーズ:『混沌解放楽団』との戦い
 ケイオステラーを指揮者とした魔種集団です。
 強さはまちまちとはいえ全員が魔種で構成されており非常に強敵です。
 前回は非常に苦戦させられましたが、なんとか撤退させることに成功しました。
 また、いくつもの『音』を重ね合わせることで大技を発することができるらしく、個体ごとを連携させるのは危険だと分かっています。手分けをしてバラバラに対応するのが得策となるでしょう。

・ケイオステラー
 高い戦闘能力を秘めた魔種。『混沌解放楽団』を率いている。
 楽団員たちのことを愛している。ケイオステラーの寵愛を受けて反転した音の精霊種である楽団員たちはいわば彼にとって子供のような存在であり、その子供たちが自分と一緒に音楽を演奏してくれるのを幸せと感じている。自らの愛と音楽が世界を救うと信じているからこそ。

・チューバ
 戦いを嫌うが弱くはなく、むしろ元々が小さな精霊種であったことを考えれば異常な強さを持つ。音の波による肉体への直接攻撃は防御を無視し、長い手足を使った格闘技は生半可な実力では抑えられない。

・バイオリン
 自信家で単独行動をすることが多い。弓を剣のように使って攻撃してくる。音の攻撃は物理防御を無視する。ソロパート演奏の邪魔をすると異常なほどに激昂する。

・トランペット
 混沌解放楽団一の色男を称する。軟派で面倒くさがり。遠距離からの音攻撃と速度を生かした戦い方をしてくる。

・バスクラリネット
 口は悪いが、自分よりも若い芽が育ってきているのを喜ばしくおもっており、他の団員のために命を投げ出すのを厭わない。
 動きは遅いが、溜のあとに放つ強烈な低周波攻撃は脅威。

・フルート
 戦いが嫌いで、団員たちの中で戦闘能力が最も低い。
 しかし、その演奏技術は他の団員たちと比べても隔絶している。
 その曲を聴くだけで味方には回復と強化を、相手には状態異常と弱体化を与える。

・ティンパニ
 混沌解放楽団の中で最も熱い男を称する青春野郎。魂のビートが触れあえば誰とでも熱くなれる、心を動かすことが生きがい。
 戦闘では近接戦闘をメインにガンガン戦ってくる。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

●『パンドラ』の加護
 このフィールドでは『イクリプス全身』の姿にキャラクターが変化することが可能です。
 影の領域内部に存在するだけでPC当人の『パンドラ』は消費されていきますが、敵に対抗するための非常に強力な力を得ることが可能です。

  • <終焉のクロニクル>混沌解放楽団最終公演完了
  • GM名黒筆墨汁
  • 種別EX
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2024年04月06日 22時05分
  • 参加人数10/10人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

アクセル・ソート・エクシル(p3p000649)
灰雪に舞う翼
イーリン・ジョーンズ(p3p000854)
流星の少女
冬越 弾正(p3p007105)
終音
マッダラー=マッド=マッダラー(p3p008376)
涙を知る泥人形
アーマデル・アル・アマル(p3p008599)
灰想繰切
イズマ・トーティス(p3p009471)
青き鋼の音色
佐藤 美咲(p3p009818)
無職
柊木 涼花(p3p010038)
絆音、戦場揺らす
火野・彩陽(p3p010663)
晶竜封殺
紅花 牡丹(p3p010983)
ガイアネモネ

リプレイ

●そして幕は開け
 ワームホールを抜け、影の領域へと入り込んだ『涙を知る泥人形』マッダラー=マッド=マッダラー(p3p008376)。
 その荒廃したかのような大地へと降り立つと、世界全体が殺意で満ちているかのような、肌に刺さるような感覚に目を細めた。
「なるほど、ここが魔種の領域というわけか。奴らが潜むのも頷ける」
 幻想王国の騒動から始まり、幾度も混乱や破壊を公演と称してばらまき続けた混沌解放楽団。その面々の姿が、マッダラーの脳裏をよぎる。
「貴様らを一番忌み嫌う俺たちが、最後の観客になるか。
 最後まで相いれなかったが故に、なんの心残りも無く貴様らを倒せる。
 終わらせよう、俺たちと貴様らの最後のアンサンブルだ」
「そんなに危ない連中だったんだね……」
 『灰雪に舞う翼』アクセル・ソート・エクシル(p3p000649)は翼を羽ばたかせつつ、周囲の空気に警戒の色を強めながらゆっくりと大地へ降下していく。
「他の皆が今まで戦ってきた相手、決着に立ち会えるのは身が引き締まるね。
 あの楽団を倒して世界を救う。そういうこと?」
 アクセルの問いかけに、軍馬ラムレイより降りた『流星の少女』イーリン・ジョーンズ(p3p000854)が首を振った。
「――違うのよ。
 世界を救うなんてことじゃないの。
 音楽は、自分たちが奏でた幸せが、誰かをまた幸せにするためにあるのでしょう?」
 そう問い返されて、アクセルは頷く。
「その通りだよ。音楽は、そう……」
 自らの手にした指揮杖『雲海鯨の歌』を見やって、アクセルは呟いた。
 頷き返すイーリン。
「だから、ね。それを正せないなら――」
 そして遠い目をして、まだ眼前に現れない『彼ら』を想った。
「あなた達が此処で終わる事で『結果として世界は救われ、幸せな人が増えた』ってことにしてあげる」
 『神がそれを望まれる』。そう、いつものように口にして。
 偶然にというには必然的すぎたが、今回の依頼には音楽に関わるイレギュラーズが多く参加していた。
 『終音』冬越 弾正(p3p007105)もそのひとり。音の精霊種であり、音を操る平蜘蛛の使い手だ。それ故にこれまで様々な音楽活動を行ってきた。
 そしてそれゆえに、混沌解放楽団のいびつさが理解できるのだ。
「胸の内から歌が溢れる。奴らを終焉に導けと。
 音の因子を持つ者として、悪しき音を打ち払えと!」
 ちらりと『灰想繰切』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)へと視線をやる。
 彼は相変わらずというべきか、どんな状況でもマイペースを崩さない様子で影の領域の風景を眺めていた。
 その雰囲気にどこか心強いものを感じながら、弾正は小さく微笑み……そして、前をじっと睨んだ。
「決着をつけよう、混沌解放楽団。奇跡の歌で貴様らを倒し、希望の明日を掴み取る。
 ――行こう、アーマデル。俺達の未来の為に!」
「ああ。だが、いいのか? ここは『世界のために』でもいいんだぞ」
 アーマデルの軽口に、弾正は今度こそ笑った。
 その一方で、『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)もまた混沌解放楽団への怒りと使命感に胸を熱く燃やしていた。
「今度こそ最終公演ならば、力の出し惜しみは無しだ。
 俺は音楽を深く愛するからこそ、解放などと言って異物を混ぜる手口を辞めてほしいんだよ。
 それはプロのやることじゃないから」
 混沌解放楽団とは幾度もぶつかり、因縁も深く、関連もまた浅くない。
 彼らの提唱する『解放の音楽』は、言ってしまえば滅びのアークのばらまきであり呼び声の拡散に過ぎない。それを愛と呼ぶケイオステラーの歪みを、彼は音楽家として否定し続けてきた。
 その決着が、今日着くというだけの話なのかもしれない。
 そんな中で、『無職』佐藤 美咲(p3p009818)はどこかうかない表情をしていた。
(どこも戦況は激しく、正直に言って体力に余裕はない。
 でも、それでも、ここから、彼女から目を背けることは出来なかった。
 それでわざわざここに来てしまった)
 美咲の視線の先には、紫の髪の少女。
 イーリンは視線に気付いて振り返り、『なに?』と首をかしげる。
 美咲はただ首を横に振って苦笑を浮かべて見せた。
 なんてことのないように見えて、今も彼女は『削れて』いっている。
 その側に立って、自分は一体何が出来るだろうか。
 あの腕の痛みが、悼みへと変わった時から。
「…………」
 ギターケースを開き、『灯したい、火を』柊木 涼花(p3p010038)は閉じていた目を開く。
 音楽はいつも自分の側にあった。『涼花』を過去にしたくなくて、すがりつくように弦を弾いたその時から、なお。
 今は『柊木涼花』という名は世界に広く轟いている。その音楽と、前に立って歌う姿と共に。
 だからこそに思うのだ。
「音楽を戦いに持ち込んでいるのはわたしも同じで、同じ穴の狢かもしれません。
 それでも。
 なんで、どうして。
 音楽をこんなことに使うんですか」
 混沌解放楽団の面々は、自分は『解放された』と言っていた。愛されていると、変われたのだと。
 もしかしたら、それは音楽の一側面であるのかもしれない。けれど。
 ただただ、悲しい。
「――だから、ここで止めます」
 仲間たちの表情を見て、『晶竜封殺』火野・彩陽(p3p010663)はキュッと口を引き結んだ。
 彼らほどではないかもしれないが、彩陽にだって音楽への思い入れはある。
 悲しいときや、嬉しいとき、あるいは目出度いとき。音楽はそこにあって、人々によりそっていた。
 間違っても、人を傷つける道具として、世界を乱す毒として用いるものではないはずだ。
「よーやっと決着つけれるな。
 お前らの音楽は不快なんよ。
 人を楽しめられないような音楽は。
 人を喜ばせられない音楽は」
 弓を手に取る。これまで数多の敵を封殺し、屠ってきた弓。
 世界を救ってきた、弓。
「人を苦しめる音楽はそういうのはいらんのよ。覚悟せえ!」
 弓を握りしめる彩陽の隣で、『ガイアネモネ』紅花 牡丹(p3p010983)もぎゅっと拳を握っていた。
「ったく、どいつもこいつもいい顔してやがるぜ」
 因縁の決着。最終公演。その場所が、世界の果ての果て、影の領域であるなどと。それはどこか皮肉めいて聞こえた。
 こんな場所にまでやってくるのは、それこそ魔種かその手先。あるいはイレギュラーズくらいなものだ。
 自分が最後の観客となるのなら、それなりの態度というものもあろう。
「さ、行くか。決着ってやつをつけによ……!」
 そうして、牡丹たちは歩き出す。
 この世の果ての果て。影の領域を。

●そして舞台に上がって
「ようこそ皆様! 当公演にお越し頂き誠にありがとうございます!」
 燕尾服を着た男が声を張り、胸に手を当てて笑う。
 その表情は、瞳は、既に正気を失っているようだ。
 手には楽器が握られ、くるりと手のなかで回してみせる。
 そのどこか乱暴な取り扱いに、イズマたちは剣呑な表情を見せた。
 だがそんなことにはかまいもせず、ドレスやスーツを着た男女の集団がぞろりと展開し、それぞれが楽器を握る。
 どの楽器にも魔力が込められているらしく、禍々しい微光が放たれているのがわかった。
「世界の終わるこの時に! 我々の最終公演を、どうぞお楽しみくださいませ!」
 叫ぶと同時に手にしていたバイオリンを奏で始める男。
 音楽が魔法となって完成し、炎の鞭が現れる。
 対して、アクセルたちは一斉に突撃していった。
「楽団はヒトが多い方が楽しいけど、今回はごめんね!」
 アクセルが指揮杖を振ると、五線譜の光が走った。それはアクセルの身体を包み込み眩い光を放つと、パンドラの加護を発動。
 晴れた光から現れたのは、まるで天使の如き姿だった。
 五線譜のハイロウに光の翼。舞台衣装を纏ったそれは、アクセルのイクリプスフォームである。
「『第五元素・ただ語りし天の歌』――!」
 アクセルのもつ空の力と歌の力。そのすべてが積み重なり結晶となったある意味最強の術式。天空そのものが共鳴するような楽曲と歌の魔法が、攻撃を仕掛けてくる楽団員たちへ襲いかかった。
 それだけではない。
 イーリンが『騎紫転換』と『騎兵善鏡』を発動。
 自らの人間性を魔力へと置き換え、願いを力へと変えていく。
 踏み出した彼女の背には無数の武具が出現し、光をもってその形を成した。
「そこを退いて頂戴。ケイオステラーに用があるの」
 光の武具が飛び、楽団員たちへと突き刺さっていく。
 反撃の魔法がバラバラに飛んでくるが、イーリンはそれを剣のひとなぎによって払ってしまった。
(動きがまるで揃っていないわ。指揮者がいない? この期に及んで?)
 イーリンは『天眼の魔女』とも言われるその才をもって楽団員たちの動きを観察してみた。
 彼らはどうやら、本当に誰の指揮も受けずに動いているようだ。
 この場にも、自ら望んで、自由に、集まっているように見える。
「これが解放された姿だというの? なんて――」
 いや、よそう。感想など言えた立場ではない。
 ただ今までのように、立ち塞がるすべてを撃ち払うのだ。
 イーリンは戦旗を掲げ、そして光の武具をバンドネオンを演奏する女へと突き立てた。
 そうして切り拓かれた道を突き進むのは、やはり美咲の役目だろう。
「もう何度も見た作戦でスからね。言われなくても分かってまスよ」
 『SSSガジェット3.0b』『完全逸脱』『ルーンシールド』を順次展開。義腕に仕込んだ機構がうなりをあげ、蒸気を放った。
 急速に距離を詰めてきた美咲に対応できず、楽器を慌てて手に取る楽団員。
「遅いっスよ!」
 そんな楽団員を素早く殴りつけると、腰から拳銃を抜き放つ。
 殴って気絶させた楽団員をぐるりと回して盾にしつつ、その肩の辺りから銃を構えて連射した。
 何発もの血の花が咲き、楽団員たちが踊るように乱れた。
「アーマデル、そっちを頼む!」
 弾正は『ローレット・サーガ』の音楽を奏でることで仲間たちを強化すると、後の消耗を考えて『幻想楽曲オデュッセイア』を発動。派手に技を放ってAPを消耗している仲間たちのスタミナを回復していく。
 一方のアーマデルはその動きを心で理解しているかのようにタイミング良く動き出していた。
 長き戦いの中で使い続け、そして勝ち抜いてきた『蛇銃剣アルファルド』。それを楽団員たちに向けてトリガーを引く。
 仕込まれた銃口からはコイン束状の弾が発射され、回転しながら散らばっていった。
「ぐあ――!?」
 広く展開し取り囲もうとしていた楽団員たちにコインが突き刺さり、彼らの機動性を奪う。
 直後、『蛇鞭剣ダナブトゥバン』を展開。
 のけぞった楽団員たちめがけて鞭のように振るうと、彼らを一斉に切り払った。
 楽団員のひとり、サックスを握った男がダメージ覚悟で突っ込んでくる。
 アーマデルはそんな男を一瞥すると、ダナブトゥバンを剣型に納めた。刀身に流れるは『英霊残響』。響くその歌は男の抵抗力と機動力を奪い、更には肉体を侵していく。
「幾度もくり返した手だ。身体に染みついている」
 目を瞑ってでもできるほど、なめらかに。アーマデルは刀身に『蛇巫女の後悔』を流すと男を袈裟斬りにした。
 吹き上がる血、膝から崩れ落ちる男。
 その向こうから笛を構えた楽団員たちが一斉に攻撃をしかけようとするが――それよりも弾正が音の魔術を放つほうが早かった。
 マイクを握り歌を紡ぐ弾正。その歌は魔法の力となり、燃え上がる炎となる。『ダークムーン』の魔術を完成させた弾正はそれを楽団員たちへとぶつけ、彼らの攻撃を失敗させる。
 笛の音が乱れたことに驚愕した彼らを待っているのは、マッダラーによる追撃だ。
「征くぞ、協奏馬たち」
 協奏馬『雷』、協奏馬『沼』、協奏馬『泥』の三体が一斉に演奏を開始。マッダラーもまた手にした楽器で演奏を始めると、楽団員たちの注意がマッダラーへと向いた。いや、塗り替えたと言うべきかもしれない。
 楽団員たちは楽器を握りしめ、演奏することも忘れてマッダラーへと殴りかかる。
 その粗野な動きに苦笑を浮かべ、マッダラーは防御の術を展開する。
 各方向へと頭を向けた協奏馬たちの中心に立ち、楽器演奏を続けるマッダラー。その音楽は半球状の結界となって展開し、楽団員たちはその結界を殴りつける。
 まるで強化ガラスでも殴っているような姿に、イズマは更に顔をしかめた。
「楽器を乱暴に扱うな。それでも音楽家か……!」
 イズマは怒りをその表情に浮かべ、『メロディア・コンダクター』を振りかざした。
 彼の剣の切っ先が五線譜の光をひき、イズマの姿を覆い隠す。まるで蝶へと変わるさなぎのように身を包んだ光は砕けるように弾け、イクリプスの姿を露わにする。
 その姿は『響界奏者』と呼ばれていた。五線譜の光を帯び、靡く服の裾は青き炎のように燃え上がっている。普段と変わらぬように見えるイズマの顔つきと瞳には、しかし変わらず歩み続けてきた歴史と覚悟が輝いていた。
 剣を振り抜いただけで音楽が鳴り響き、それは美しき魔法へと変化する。
 完成した『ケイオスタイド』の魔術が、マッダラーを取り囲む楽団員たちへと浴びせられた。
「ううっ……!?」
 不吉の力によって動きを極度に鈍らせた楽団員たちへ、更に『アイゼルネ・ブリガーデ』の魔術を発動させた。
 イズマの後ろに無数の楽団員の幻影が現れ、まるでマーチングバンドの如く演奏を始めた。
 楽団員と楽団員。しかしその力の質と美しさはまるで比べものにならない。
 イズマの楽団員が放った魔法の音楽が、混沌の楽団員たちの身を焼き尽くしていった。
「押されているぞ、やりかえせ!」
「ケイオステラー様のために!」
「ああ、音楽よ! 解放の調べよ!」
 発狂した楽団員たちが一斉に演奏を開始。イズマたちめがけて魔法の火矢を放ってくる。
 一発一発は大したことのない魔法だが、こうして集まればそこそこの脅威だ。これが街で放たれていたらと思うとぞっとする。
 涼花はギターを鳴らし、歌をうたいはじめた。
 最初に選択した歌は『Dragonsong』の魔術が込められた歌だ。やがて曲調を変え『嘆かわしきラメント』の魔術へと移ろい、そこから治癒の魔法へと変化させていく。
 情熱的な歌声と演奏が魔法となり、光の矢を大量に形成した。それらが襲い来る大量の火矢へと飛び、空中で激突、炸裂する。
 仲間に『治癒は任せてください』と視線で合図を送ると、彩陽は頷いてそれに答える。
 これなら矢も撃ち放題だ。自力で回復する必要もない。
「奥に引っ込んでる連中の引きつけは任せな!」
 牡丹は片翼を翻すと、豪速で楽団員たちへと迫った。
 そして『輝くもの天より堕ち』を発動させると、楽団員たちの注意を自らへと引きつける。
 並の戦闘力しか持たない楽団員たちが、牡丹の巧みな術式から逃れることなどできない。たちまち楽器を握ったまま牡丹を殴りつけるように動き始めた。
 対する牡丹はそんな彼らの間を踊るようにくぐり抜け、攻撃を次々と回避していく。
 そして勿論だが、油断もしない。『万雷ノ舞台』を己に付与することで回避力を更に引き上げ、ラッシュのように攻めてくる楽団員たちの攻撃をかわしきる。
 この動きについてこれるような楽団員は、どうやらいないようだ。回避ペナルティをかなり詰まれたにもかかわらずである。
「彩陽、封殺は任せたぜ!」
「ええで」
 彩陽は『ダニッシュ・ギャンビット』『完全逸脱』『Dies irae』を順次発動させて己の能力を極限まで高めると、弓を一度天に向けた。
 広域俯瞰によって牡丹と楽団員たちの位置を把握すると、矢を放つ。
 不思議な軌道を描いた矢は大量の幻影を纏いながら降り注ぎ、楽団員へと突き刺さっていく。そしてその殆どが封殺の力を発動させた。
 膝をつき困惑の表情を浮かべる者や、手足が痺れたように動かなくなり恐怖する者。そんな彼らに等しく、イズマや美咲たちの範囲攻撃が襲いかかった。

●最後の公演が始まる
 影の領域。城へと続くルートのひとつを、ケイオステラー率いる混沌解放楽団は防衛していた。
 そう命じられたからでも、そう求められたからでもない。そうするべきだと、ケイオステラー本人が考えたためである。
 そして――。
「やはりお前たちが来るか。泥人形」
「――ケイオステラー!」
 空を飛び、ケイオステラーを見下ろすようにするマッダラー。その姿を首のない鎧の姿で見上げ、ケイオステラーは指揮棒をそっと手に取った。
「いいだろう。ここで決着をつけるとしよう。もう、退きはしない。そちらも覚悟をすることだ」
 ケイオステラーが指揮棒を振ると同時、集まっていた楽団員――チューバ、バイオリン、トランペット、バスクラリネット、フルート、ティンパニの面々が一斉に音の魔法を解き放った。
 一つの巨大な音の圧力となったそれは、駆けつけたイレギュラーズたちへと波のように襲いかかる。
「それはもう見た!」
 マッダラーは『アトラスの守護』を発動。一度密集した仲間達を自らの背に庇うと、楽器を力強くかき鳴らした。
「響かせるぞ弾正!俺たちのソウルを!!」
「ああ――!」
「私も協力します!」
 マイクを握りしめ歌をうたいはじめる弾正。その隣では涼花がコーラスを担当し、二人の治癒魔法がマッダラーが一人で引き受けた音の波への抵抗力となる。
「まだだ、まだ俺は倒れちゃいない!
 アンコールの舞台はここじゃあない、地獄だ! 混沌解放楽団!!」
 マッダラーの全身からかつてないほどに強力なオーラが沸き起こり、その姿を変えていく。パンドラの加護によるイクリプス化だ。
「何――」
 かつてない力の波動に、ケイオステラーはぴたりと腕を止めた。
「今まで鳴り響かせてきた自己満足の罪を知れ!」
 そのまま飛行し、ケイオステラーへと音の刃を叩きつけるマッダラー。と同時に『ブレイズハート・ヒートソウル』を発動させケイオステラーを引きつけにかかる。
「また同じ戦法か。それは破った筈だ」
「できるものならな!」
 一方でアクセルがトランペットへ向かって直行。
 五線譜の光がトランペットへと枝分かれしながら放たれ、対するトランペットは踊るようにそれらを回避しにかかる。
「あれえ? 俺の相手はまた男? かわいい子が良かったんだけどなあ」
 などと軽口を叩きながら音の魔法を発動。槍のような衝撃がアクセルへと叩きつけられるが、イクリプス化したアクセルはそれを光の翼ではねのけた。
「おっとお?」
「悪いけど、オイラはもういつものオイラじゃないんだ。ついていけると思うよ、魔種である君にもね」
 そこからは攻撃の応酬であった。アクセルの放つ大量の五線譜の光とトランペットの放つ音魔法が空中で幾度もぶつかり合い、そして相殺の破裂を続ける。
 いくら歴戦のイレギュラーズといえど、魔種を相手に一対一で抑え込むなどそうそうできることではない。以前も同じような戦法をとっていたが、それは強者を相手に耐え凌ぐという戦い方に過ぎなかった。
 だが今はどうだ。魔種を相手に、張り合えてすらいる。
「さあ、何曲だって付き合うからね!」
「どうしようかなあ、無視してよそへ抜け出しちゃいたいけど……無理そうかな」
 トランペットは苦笑交じりの声で呟くと、やれやれと首を横に振ってからトランペット型の頭部をキュッと撫でた。
 そして、また一方で。
「さあ、始めましょう。貴方のソロを、私のセッションで超えるわよ」
 イーリンはバイオリンを前にパンドラの加護を発動。『騎紫再臨』の姿をとると、しゃらんと錫杖を鳴らした。
「おやおや、マドモアゼル――これはどうにも見事な装いですね。以前とは比べものにならない」
「それはどうも。今度ばかりは無視しないでもらえるかしら?」
 『前回』戦況が乱れた原因は、バイオリンがイーリンとの一対一のセッションを切り上げ、集中攻撃を受けたフルートの援護に回ってしまったことにある。
 当然と言うべきなのかもしれないが、彼ら混沌解放楽団にとって、『ただ挑まれただけの一対一』を続ける義理はないのだ。それを否応なく強制されるような状況でもなければ。
 だが、今はどうだろう。
「マドモアゼル、貴女を自由にすることは、どうやら楽団の害となりそうです。どうかワタシと、果てるまでセッションを」
「言われずとも」
 イーリンは錫杖を剣へと持ち替え、紫の光を刀身に宿すとバイオリンめがけて走り出す。
 対するバイオリンもまた弓を手に走り出しながら、音の魔法を解き放った。
 イーリンが後光をいくつもの武器へ変化させながら発射し、音の魔法と衝突、相殺。光が火花となって弾けるなかで、イーリンとバイオリンは剣と弓を叩きつけ合った。
「鉄帝で、天義で、そして幻想で、私の思い出を貴方にぶつける。
 貴方の歌を聴かせて――セッション!」
 イーリンとバイオリンが互角の戦いを見せるその横で、弾正はティンパニめがけ魔法の炎を放ち続けていた。
「おいおい、こんなもんで俺のハートを独り占めできるとでも!?」
 手にしたバチで炎をたたき落とし、ティンパニが挑発的に吠える。
 対する弾正は前髪をガッとかき上げてみせると、不敵に笑った。
「いいや、思わないさ。だからこうする――!」
 パンドラの加護を発動。髪の色がみるみる変わり、身体には鎧が装着される。背には光の翼が産まれ、弾正はそれまでにない凄まじいオーラを解き放った。
「相手をしてもらうぞ、ティンパニ!」
 弾正の放った青い炎が、それをたたき落とそうとするティンパニを強烈に包み込む。
「マジかよ!?」
 ティンパニは思わず意識を奪われ、そして弾正をにらみ付ける。
「ここまでアツイ奴だとはな。見誤ってたぜ」
 ダンッと地面を蹴って急速に距離を詰めるティンパニ。そのバチに音魔法を纏わせると、凄まじい衝撃を伴って弾正へと殴りつけてきた。
 それを両腕をクロスすることで受け止め、吹き飛ばされることを防ぐ弾正。それでも地面を足が滑り、踵が土をえぐった。
(やれる。これなら……!)
 弾正は両腕に先ほどとは異なる青い炎を纏わせると、ティンパニめがけ飛びかかった。
 繰り出した拳がティンパニの頭部へと叩きつけられ、炎が迸る。
「混沌音楽団の結束は確かに強いだろう。だが俺達の絆は、それを超える!
 幾度もの死線を越え、共に戦い続けた戦友と、寄り添ってくれる愛しい人と――。
 共に命の限り生き続ける為、俺は歌う!」
 燃え上がる炎を背景に、チューバは己の頭を手袋をした手で優しく拭った。
「まさかイレギュラーズにこのような力があるとは、ワタシ、思ってもいませんでしたよ」
 そんなチューバと向かい合うように立つのは牡丹だ。両手を握って、開いて……そしてまた強く握る。
「手の内は割れている。作戦自体も前回をなぞっている。見え見えだ。
 だがだからこそ、前回通りと思わせるのは隙になる……そういうワケだ」
 今更言ってしまったところで変わらない。もう作戦はハマっている。目の前の相手を決して逃がすまいと、牡丹は天空に手をかざした。
「行くぜ、かーさん! 左翼に誇りを、右翼に愛を!」
 突如光がさし、牡丹の手に一本のパラソルが現れる。それを握りしめた瞬間。彼女の炎がパラソルを取り巻くように渦をまいた。
「その力は?」
「言ったろ? 誇りと愛だよ」
 牡丹の左の片翼に炎が、あるはずのない右翼に愛の光が翼となって現れる。
 そして牡丹が豪速で飛びかかると、チューバは音の障壁を幾重にも出現させた。
 障壁を次々と貫き、炎を纏ったパラソルを叩きつける。
「ぐう……!?」
 チューバは派手に吹き飛ばされそうになりながらも、空中で身を翻して音魔法の障壁を展開。それをあえて足場として蹴りつけることで牡丹へと飛びかかってきた。
 長い手足に音魔法を纏わせ、鋭い手刀を突き込んでくる。
 それは牡丹の身体をわずかにかすり、続けて繰り出された回し蹴りを牡丹は腕でガードする。
「オレは硬い、オレは無敵だ!」
「前回も言っていましたね、言葉だけかと思っていましたが……いやはや、どうやら本当のようだ。貴女を無視して戦いたいが、どうやらそうもいかないようです。あちらはフルートたちに任せるしかないようですね」
 ちらりとチューバが見た先では、フルートとバスクラリネットが並んで立っていた。
 フルートの奏でる音魔法がバスクラリネットの力を底上げし、バスクラリネットが圧縮した音魔法を放出する。
「暴力は嫌いですが、そうも言っていられませんね……」
「その通り。若造に、こんなところで負けるわけにはいかん!」
 圧縮された音の魔法は広域に衝撃をもたらし、どころか炎と雷をも発生させる。
 それに対抗したのは涼花の演奏だ。
 ギターをかき鳴らし歌う涼花は、炎と雷を音楽から生まれた魔法によって拡散させる。
 それでも熱が彼女の肩をチリチリと焼き、衝撃が髪を乱暴になびかせる。
(音楽には音楽で対抗――最ッ高に面白いじゃないですか!
 ギタリストとして、ボーカリストとして、支援役として!
 ここで支えなきゃわたしは"涼花"でいられない!)
 だが涼花は退くことはなかった。踏みとどまり、演奏を続けてみせる。
 それは広い範囲へと及ぶ治癒の魔法となり、衝撃を受けていた彩陽たちを癒やしていく。
「音楽ってのはな! 皆を楽しませたり慰めたりするもんなの!
 お前達のはそうやない。そうやないんよ!
 人を傷つける為の音楽なんてあってたまるかい!」
 彩陽は二度目の魔法を放とうとするバスクラリネットに向けて矢を構える。
「そなたには分からんだけじゃ。この音楽は人々を解放するためのもの!」
「解放? あの狂った人達が?」
 ふざけるな。彩陽は怒りに瞳を燃やし、矢を放つ。
 その瞬間に彩陽の周囲からは紫色のオーラが放たれ、弓もまた禍々しい形へと変化する。パンドラの加護を使い、イクリプスの姿へと変わったのだ。
「なっ――!?」
 音魔法を放ち矢を迎撃しようとしたバスクラリネットは、紫のオーラを纏って音魔法の壁を穿った矢に驚きの声を上げた。
 直後、矢がバスクラリネットの肩へと突き刺さり、燃え上がるような力が彼の放つ魔法をかき消していく。
「以前に戦った若造とは違う。なんじゃ、この力は」
 確かに彩陽はバスクラリネットから見ても強い人間だった。だが強い『人間』に過ぎなかった。多少戦いづらくはあったものの、はねのけられる相手だった筈だ。
 決して、完全に押さえ込まれることなどなかった筈だ。
 だというのに、この強さはなんだ。
「バスクラリネットさん!」
 フルートが急いで治癒の魔法を発動させるが、その瞬間をイズマは逃さなかった。
「また来たぞ、混沌解放楽団。温い演奏会はもう終わりだ。
 音楽家ならば音楽に命を賭けようじゃないか?
 俺は負ける気など微塵も無いが、奏でて死ねるなら本望だろう?
 さぁ、最終楽章を始めようか!」
 イクリプスの姿を現すイズマの剣が、間に立とうとするバスクラリネットを抜かしてフルートへと放たれる。
「うわあ!?」
 フルートは急いで音魔法の障壁を展開。イズマの叩きつけた剣が障壁に阻まれ火花を散らす――が、そこから溢れる五線譜の光が障壁を一瞬で砕いてしまった。
「混沌解放楽団も共に、純粋な音楽をやろうよ。それこそが自由と愛で世界を救う音色なんだ」
 スピーカーをセットし、手にした楽器で演奏を始めるイズマ。
 奏でられた音は複雑に変化し、音の魔法となってフルートへと叩きつけられる。
 凄まじい衝撃をうけたように、フルートは吹き飛んだ。
「フルート!」
 誰かがそう叫んだ。だが、それは遅かったと言わざるを得ない。
 なぜなら回り込んでいた美咲が義腕から蒸気を吹き上げ、フルートに貫手を放っていたからだ。
「がっ――!?」
 背から打ち込んだ貫手はフルートの身体を突き破り、胸からその手を生やさせる。
 胸からは血が吹き上がり、フルートはだらんと両腕から力を抜く。
「終わり、でスよ」
 フルートから腕を引き抜き、そして美咲はバイオリンへと目を向けた。
 イーリンと激しい格闘戦を繰り広げるバイオリン。いや、イーリンのその姿こそを。
(崩れる彼女から目を逸らすな。
 あれは、私が作った姿、私が彼女に背負わせた姿だ。
 私には共に征く責務がある)
 そして美咲は拳銃を手に取ると、それを撃ちながらバイオリンへと迫った。
 行かせまいと動き出そうとするバスクラリネットの腕に、アーマデルの『蛇鞭剣ダナブトゥバン』が巻き付いた。
「くっ、離せ……!」
 音魔法を放とうとするバスクラリネットに、アーマデルは英霊残響の音を響かせた。
 弾正の歌に合わせるように、重ねるように。
(弾正のような特別な効果は何もないが。
 共に生きようと決めた今、俺も弾正の『音』に重ねたいと思う。
 弾正曰く『響き合う』為に)
 重なった旋律は強さとなり、バスクラリネットの身体を激しく痺れさせる。
「混沌解放楽団。
 目的がそれで、彼らが魔種でさえなければ、と思いはするが……今更だな。
 そうであるが故の団結でもあるのだろうから。
 ならば全員を往くべき処へ、全員共に逝かせる事こそが、彼らの想いとヒトへの義理を果たす事になるだろう」
 アーマデルは語り、そしてパンドラの加護を使用――髪の色が弾正と同じように変わり、剣に神の如き力が宿る。
 らんらんと光るような金色の目は、バスクラリネットをしっかりと捕らえている。
「この姿は弾正の影響を受けたものだ。
 共に在る決意と約束共に、運命を始めよう。
 滅びを打ち砕く為に」
 一瞬にして、アーマデルの放つ英霊残響と毒が一斉に叩き込まれる。
「がふっ!?」
 体中から血を吹き出し、バスクラリネットが崩れ落ちる。
 そして戦いは、まるでドミノ倒しのように決着していった。
 バイオリンは美咲とイーリンのコンビネーションによって沈み、ティンパニは弾正とアーデル、そして涼花の演奏によって破壊され、チューバは牡丹と彩陽の連携によって戦闘不能となり、アクセルと撃ち合っていたトランペットもイズマの介入によって力尽きる。
 バタバタと倒れていく楽団員たちを目にして、最後に残ったケイオステラーは嘆くように息をついた。
「よもや、これほどとは……貴公らが我が楽団にいれば、どれだけの人々が解放されたことだろう」
「だが、そうはならない。決してな」
 手をかざし、にらみ付けるマッダラー。
 ケイオステラーは最後とばかりに指揮棒を振り上げると、倒れた楽団員たちの『楽器だけ』を空中に浮かばせた。
「ならば受けるがいい、最終公演、最終楽章――!」
「――!?」
 一斉に放たれる音の魔法。
 叩きつけられる音の波。
 だがしかし、それは牡丹の予測していたことだった。
 仲間達の前に飛び出した牡丹は『アトラスの守護』を発動。音の波を自分一人で引き受け、全身から血を流す。
 次の瞬間。マッダラーは音の魔法を発動させ、巨大な爪でケイオステラーの鎧をを引き裂いていた。
「これでフィナーレだ!! ケイオステラー!!」
 最後の言葉は、なかった。
 無言のままケイオステラーは倒れ、そして静寂と風だけが流れる。
 その有様を見下ろしたマッダラーは、ゆっくりと空中へと飛び上がり……。
「……終わりだ。さあ、次の戦いへと向かおう」
 重く、堅く、そう告げるのだった。

 長いようで短い、しかし浅からぬ音楽家たちの因縁が、幕を閉じた。

成否

成功

MVP

マッダラー=マッド=マッダラー(p3p008376)
涙を知る泥人形

状態異常

なし

あとがき

 ――mission complete

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