シナリオ詳細
<終焉のクロニクル>模倣乱刃の襲来人
オープニング
●
「まぁ、そうなんですよねぇ……」
一人の人物の言葉に、ローレットで少女の首が大きく傾けられた。
「そうなんですよ」
困ったように腕を組んで黒髪を揺らしたのは六刀凜華という人間種のイレギュラーズ。
理由は根本的な問題は解決していないからであり、また現段階ではその根本部分を根こそぎ解決するのは難しいところにある。
発端と言えば先日の財宝競争、ベーマー兄弟の依頼だ。
あの依頼で両名から赴いたイレギュラーズ達が遭遇したのは、単なる終焉獣と変容する獣。
依頼中は殲滅時間も考慮する必要が有った為、目下悩みの原因は誰の責任でも無い。
むしろ解決したイレギュラーズ達には賛辞の言葉が送られて然るべきだ。
強いて言うなら、そんな条件を出したベーマー家ではあった。
両名の依頼解決後、やはり気掛かりなのは終焉獣。
以前のような積極性が見えないとは言いつつも、姿が見えれば恐怖の対象には違いない。
遺跡周辺、及びその内部で交戦、偵察記録が残された終焉獣達も例外では無かった。
ここで問題は冒頭付近に戻る。
「で、結局遺跡の中に陣取った奴らどうするんじゃよ」
『メカモスカ』ビスコッティ=CON=MOS(p3p010556)の率直な疑問に、凜華は自分の頬に手を添えた。
「ど……」
同時に事に当たっていた黒宮が幻想王国を離れている今、事後対応に務めていた凜華は処理に頭を悩ませている。
「どうしましょう……?」
勿論、また新たな終焉獣が発生した、というような単純な依頼であればここまで悩む必要は無い。討伐に向かえば良い。
凜華は悩む。
こういう時って、どうすれば良いのだろう?
思えば今まで自分が関わって来た依頼は、救助される側だったり財宝遺跡探索でも勢いで行ってしまったり……要するに、自分で誰かに相談する事は無かった。
同世代の友達に勉強の相談をするのとは訳が違う。
それに、こんな時に相談とかしてみても良いものだろうか。
何処から言えば良い? 何を言ったら良い? 皆忙しくしてないかな。普通にローレットへの依頼として持ち掛けた方が良いんだろうか。
いや……。
でもなぁ……。
頭の中で何かがぐるぐる回っている。
こんがらがって来た。
「お主……」
ビスコッティの声が耳に入っていないくらい、文字通りに凜華の目が回っている。
「頭から湯気出ておらんか?」
取りあえずは、目の前のビスコッティにその問題を訊ねられないくらいにはショートしているようだ。
ビスコッティが提示した問題に加え、凜華でも何か有るらしいのは口振りからも伺えるのだが。
凜華はどうしたいのか。もしそのつもりなら、ビスコッティにも手伝う心構えは出来ている。
「……あの!」
急に、凜華がビスコッティの腕をがっしりと掴んで正面から見つめて来た。
「ちょっと一緒に……誰か探すのだけでも手伝って貰えませんか!?」
あぁ、違ったみたいだ。とビスコッティは思い直した。
どうやら、自分は最初から数に入っていたようだ。
●
「……ルナ……ドさん!」
自分の名に近しい音が聞こえた気がして、土気色に温和そうな表情を浮かべた男性は声の方を向いた。
遠くから誰かが駆け寄って来る。
黒いショートヘアに、ミニスカートとクロップドジャケットの女の子。
まるで長距離を走ったかのように息を切らしながら、やはりランナーが心臓の負担を軽減するように、手を伸ばすと届きそうな距離まで来ると歩いてウロウロしている。
「ベルナルドさん……良かった!」
顔が紅潮している。
精神的な変化というより、先程を見る限り色んな所を駆け回ったのだろう。
何処かで見た顔だ、と一旦思考に時間を割く必要は無く、彼女がごく最近依頼を共にした少女だと気付くのには五秒も有れば充分であった。
「そんなに急いでどうした……また、何か問題か?」
呼吸を整える彼女に、低く渋く響く声が掛けられる。
「あの……この前の……!」
整えきる前に喋り出してしまったせいで言葉が上手く続かないようだ。
ベルナルドに肯定の返事だけでもしようとしたのか、凜華は一度口を閉じて『ちょっと待って』の片手を出しながらコクコクとだけ頷いた。
あの問題は解決した筈だが、と『アネモネの花束』ベルナルド=ヴァレンティーノ(p3p002941)は怪訝な表情を浮かべる。
集まっていた終焉獣は粗方排除した筈だ。
戻る際にビスコッティ側……もとい、黒宮側で多数、未確認の終焉獣の気配は確認されていたが、今更少数の終焉獣にそこまで悩む事は無いと思うが。
自身の胸の上を叩きながら凜華が姿勢を正す。
その間に、凜華の後ろからビスコッティもこちらへ来るのが見えた。
「お主の姿が見えた途端、走って行ってしまってな」
ビスコッティは、凜華に比べれば比較的落ち着いた様子でベルナルドに報告した。
「この前の、遺跡調査の事で相談が有るんです。出来れば……」
ビスコッティと、ベルナルドを交互に見て凜華は続ける。
「あの時の方に誰か会えればと思って……二人に会えただけでも良かった」
一度大きく息を吐き出して、凜華は改めて話を続けた。
「ビスコッティさんの言う通り、あの遺跡周辺の終焉獣問題は解決しきれてないんです……あの周辺に居た終焉獣に動きが有ったんですけど」
落ち着いて話せる場所を探しながら、凜華は相談を始めた。
先日、黒宮側で撤退する際に見掛けた終焉獣。
その中に混じっていた変容する獣が、凜華側に集まりつつあった同類と合流し、既に無人と化した先の遺跡の中に再び巣食ってしまったというのだ。
遺跡の財宝を取り尽くされたと知らない街の冒険者がその獣達と遭遇してしまい、交戦状態に入った。
この時、冒険者側は痛手を負いながらも撤退。逃走には成功している。
だが、変容する獣が冒険者の逃走先を追跡、してしまったらしい。
その場所が先日のベーマー家の在る街。
この前は積極性が見られなかったが、一度交戦に入ってから場所を特定されている事から、勝ちの味を知った終焉獣に追撃をされないとも限らない。
それに終焉獣だっていつまでも引き籠っている訳ではあるまい。
何か、大きく動く気がする。そんな嫌な胸騒ぎもする。
しかもだ。
「出会った時の獣、人型を取ってたらしいの」
「人型?」
「うん……っていうか、人型と鮫型……みたいな?」
何だ、その奇怪な組み合わせは。
種族に囚われない見た目の編成。それまるで……。
「もしかして、だが」
ビスコッティが何かの考察に至る。
「数は八体、とかではないか?」
ただの予測。合ってなくても別に問題では無い。
むしろ合っていない方が良い気がする。
だが、凜華はビスコッティの言葉に対して。
頷いた。
「アタシもまだ現地は確認してないけど……これってやっぱり」
「あ、居た!」
彼女が何か言い掛けたところに、ローレットの人間が駆け寄って来る。
「六刀さん、ちょっと! 今……大変な事になってるよ!」
不思議そうに見返した三人に、その人間は続ける。
ただ、嫌な予感というのは消えそうにはなかった。
「……君が終焉獣連れて街を襲いに来てるって!」
二、三回。瞬きを重ねて。
「……アタシが!?」
凜華は一呼吸遅れてから驚愕したのだった。
●
六刀凜華、ローレットの人間、ビスコッティの懸念にベルナルドも感じた嫌な予感。
ここまであやふやだった今回の話が、ここにきて繋がって来た。
『アークロード』ヴェラムデリクトによって開かれたワームホールが、ついにその脅威を明らかにしたのだ。
場所は幻想王国内、ベルナルドとビスコッティも行った事の有るベーマー家の在る街。
ワームホールから人類圏に侵攻してきた軍勢が、各地に猛攻を仕掛けて来た。
先の街にもそれに合わせるように終焉獣の魔の手が迫っている。
それも襲い来るのは、あの時に財宝探索を共にしたメンバーに似た能力を持った変容する獣が七体。
それにその七体の陣頭指揮を執っている、六刀凜華に瓜二つの者が一体。
「街の人達、凄い混乱してる。『何でイレギュラーズに襲われるんだ』って」
既に避難は始まっている。
だが、イレギュラーズの戦法に似た行動を取る敵に苦戦をしているようだ。
この分では到着する頃には、避難に当たっているイレギュラーズも撤退を始めなければいけないかもしれない。
何より凜華に瓜二つの存在が居る事で、避難も混乱を重ねて進んでいないのだ。
再編成して向かうべき、なのだろう。
「ごめんなさい……! アタシ、あの時無闇に敵に突っ込んじゃったから……」
変容する獣が凜華の姿を模せる程の情報を読み取ってしまったのでは、と彼女は謝罪した。
いや、それが原因とは限らない。変容する獣のメカニズムは解明されていないのだ。
それに、ベルナルドとビスコッティにとっても他人事ではない。
凜華似の以下七体の獣達は、財宝探索時メンバーの攻撃方法と前衛、後衛の模倣といった抽象的な存在ではあるが、人型ではある。
いつ、これも本人達の姿を模って進化するか判らない。
そうなればいよいよ収集がつかなくなる。
「八体だった事が、不幸中の幸い……か」
ベルナルドが思い出すのは、あの時黒宮側にも八人が居た事。
もしそちら側の人数も合わせられれば、街は既に崩壊していただろう。
「ビスコッティさん……」
申し訳無さそうに、凜華は上目遣いでビスコッティの顔を見た。
「母上が美人じゃから」
意訳するなら、今は悲観するよりまず行動するべきだ、と。
「我は女の味方をしたくなるのじゃ」
ビスコッティは微笑を向けて見せた。
- <終焉のクロニクル>模倣乱刃の襲来人完了
- GM名夜影 鈴
- 種別通常
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2024年04月06日 22時06分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
●
「イレギュラーズである!! 危険な存在が発生したため之より我等が対処に当たる!」
エコーが掛かったように『メカモスカ』ビスコッティ=CON=MOS(p3p010556)の声が木霊する。
「安心めされよ! 念の為に避難が可能なものは、この声が聞こえる逆側へ助け合って逃げよ! 家から出られぬものは鍵や窓、雨戸を閉めて静かにしておれ! 我等とモスカがどうにかする!」
この言葉で避難の状況を街を見下ろす視点から把握するのが『少女融解』結月 沙耶(p3p009126)。こちらの人員も避難誘導に割いたのは功を奏したようだ。慧の式神も誘導の一人に割かれていたのも避難の速度を加速させている。
俯瞰視点から避難に再始動していたイレギュラーズの一人を捉えた『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)は音の共鳴で自身の肉体を高め、攻撃位置へと移動する最中でその者に手を翳して声を掛けて指示を出し、ビスコッティが律儀に頭を下げると、避難要員のイレギュラーズが即座に駆け出す。
「まったく、ここはモノマネ大会の会場かな」
『Pantera Nera』モカ・ビアンキーニ(p3p007999)は間合いを測りながら徐々に詰める。
地面は音も無く蹴られた。幸運を感じたモカの口角が微かに上がる。
そこに機械のような容姿の獣が割り込み、モカは滑るように弧を描いて急停止すると無造作に身を起こし口を開いた。
「ふむ……あなたとは最近どこかで会ったような気がする」
相手側の前衛から後衛まで一通り見渡し、モカは言葉を付け加える。
「他もローレット・イレギュラーズの姿を模しているようだな。思い当たる人物が数人いるぞ」
「どこかの味方のデッドコピー品ってやつ……?」
そう『一般人』三國・誠司(p3p008563)が続いたのは、相手の体格や構え方に限りなく近いローレットのイレギュラーズが頭を過ぎった事に他ならない。
中々、面倒ではあるなと誠司は思う。幸いな事に周囲には民間人は居ない。
黒鎧の獣の砲撃を誠司の砲撃が迎撃し、中央噴水が弾け飛ぶように水を飛散させた。
次を放たれる前に『歪角ノ夜叉』八重 慧(p3p008813)が相手の射線に割り込む。
見てみれば思い当たる面々。慧自身の特徴にも当て嵌まる獣も居る。
「味方なら頼もしいですが、敵となると途端にムカつくし厄介すね……」
と、街を保護する結界を展開する慧の口から零れる言葉にも頷かざるを得ない。
「本当に、ぱっと見じゃ判らねぇな」
『アネモネの花束』ベルナルド=ヴァレンティーノ(p3p002941)が開口一番にそう言った相手は、こちらを見るなりすぐに刀を抜き払った。
本当に、容姿だけ見れば瓜二つ。
「……信じらんない」
と、澄ました相手と同じ輪郭で、イレギュラーズと共に到着した六刀凜華は刀を構える。
「動き難くはないですか?」
と問うた『願い護る小さな盾』ノルン・アレスト(p3p008817)に対して、「大丈夫」と凜華は腕を上げて返した。
見た目が似通っていても差異は有る。本物の凜華が二の腕に付けている大きなリボンがその一つ。
真偽を区別する為のワンポイント。ノルンから授けられた味方の証。
脱着可能なら後からでも対応は出来るだろう。ノルンの案は実に臨機応変に対抗できる手段と成り得る。
その傍ら、ベルナルドは絵筆を構えたままで鼻先に意識を集中させた。
視界に『色』が漂う。彼の嗅覚が、この街と仲間の匂いをキャンパスとして鮮明に色付かせる。
「凜華は……赤か」
視える色の意味するところはベルナルド本人にしか解らないだろう。
だから自分の名が聞こえた凜華自身も、怪訝に眉を寄せてこう返す。一応名誉の為に先に言っておくが、これも作戦に関係有るのだろうと思ったから口から出た言葉ではある。
「……えっと、水色ですけど……?」
「……何の話だ」
冗談のようなやり取りだが、本人の情報なら多い方が良い。本人が使う刀でさえ見分けが付かず、相手はその刀を好戦的に振り翳している。
「イレギュラーズを模して襲ってくる……か」
沙耶は、そんな状況に声を一つ落とす。
「それは確かに悲劇に他ならないね」
対してビスコッティは頷くと、巻き込んでしまった故の申し訳無さからか、伏目がちにこちらをチラリと見た凜華に気付き、徐に言葉を出した。
「乗りかかった船じゃ、ついでに女の困っているのを見捨てるほど我は忙しくない」
続けて、これは明確に凜華へと向けて深い自信を感じさせる言葉を掛ける。
「任せよ、そのためのモスカよ」
誠司が横目で見ると、腕のリボンを握り締めるように掴む彼女が在った。
「アレ相手に、立ち回れるかどうか……」
「上手くやらないと、被害が広がるだろうね」
呟く凜華に沙耶は赤い瞳を向けた。
「……なら、それを『騙されないで!』ってやるのもまたイレギュラーズだ。違う?」
ここに来て、凜華の中の不安が決意へと固まる。
頭に暖かい何かが触れたと目線を上げれば、自分の髪に一輪花が添えられている事に気付く。
二カ所目の目印。式神がそれを添えた事を確認すると、慧はその身に血色の茨とそれを効率的に付与させる為の術式を施し、凜華にも一つ言葉を添えた。
「やり返してやりましょ」
「……はい!」
街は、まるで混沌が終わった跡のような静寂を感じさせて。
とても、物悲しい音だけが残っている様だった。
イズマは夜空に染まるような魔導の細剣を抜く。
剣先が奏でる五線譜が、剣閃とも違う曲線を描いて彼の周りを言祝いだ。
「行こう、世界や人々のために戦ってきたのを……」
やがて来る未来が、こんなに音の無い世界であっていい筈は無い。
「模倣如きに踏み躙られてたまるか!」
●
心が、熱く燃え滾る。
女神からの祝福も授かれば、現状のベルナルドを差し置いて最速で動き出せる者は居ないだろう。
それに呼応するように慧の炎は煌々と湧き上がる。
先の鍔競りを返すように凜華の一閃が偽物の目の前を薙ぎ、切っ先を向ける事で挑発。
偽物が鍔を鳴らし二人が並走して戦場の外へ走り抜ける最中に、慧の炎は他敵の移動範囲を妨げるように囲い、展開される。
炎が作り出す路は悉く慧の元へ。但し揺らめく陽炎の中に紛れるのは彼の姿だけではなく。
「……あいにく、こっちも選手層は豊富でね」
誠司、彼の構える大筒もその一つ。
厄介な敵には変わりない。影の領域へ踏み込んだ仲間はこれ以上を味わっているのだろうか。
であれば、その仲間達に負担を掛けさせる訳にはいかないだろう。
「このメンバーで叩き潰す!」
邪険の極意はこの一時だけ砲撃の手法へ。
大筒に込められた誠司の魔力が、一直線に炎ごと射線上の敵を撃ち貫く。
イズマの号令は自身を中心に仲間の耳に轟き、盾となる機械風の少女へ詰め寄ったモカの拳は百に分かれ、放たれた追撃の乱打は倍の剛腕となって敵を穿つ。
「私はね、タンクとは相性が良いんだ」
言ったモカは更に詰める。言葉通り、盾相手にも怯まぬ怒涛の攻め。
その攻めも一度無に返さんと動くのが、敵後衛に居る鮫型、子供型の獣二体だ。
それぞれが的確に単体と範囲の回復術を使い分けている。特に機械少女の獣は自身でも治癒を始めている。
凜華同士が斬り結ぶ最中、リボンの無い方へと叩き付けられたのは沙耶の、いや怪盗リンネとしての宣戦布告。
「イレギュラーズの偽物を装って絶望を与えようとは、いい度胸してるね」
力強く刀を突き放した偽の凜華は、肩を竦めて笑ってみせた。
「だったらどうします? こっちで全員代わってあげても良いけど。何だったら終末に私達が希望を上げても……なんてね」
声まで同じとは。「何か腹立つ」と本物が呟いたのは、その余裕の表情も相まっての事だろう。
すぐさま相手の腕が防御の姿勢に移行する。瞬間、魔力障壁を展開させたビスコッティから拳の波動が放たれた。
ノルンが見渡すのはその全体だ。簡単に乱戦となる事も予想される。
「孤立すると狙われる危険が有ります! あまり後衛へ攻め過ぎないように!」
何より危惧すべきは獣の進化。
「……これが終焉獣に広がるのだけは、阻止しなくては」
その言葉は青いワイバーン、リオンへ跨るイズマへ。
「あぁ、すぐ対処しないと」
宙から降る言葉に慧が応える。
「あの模倣は危険過ぎる、早急に止めるっす」
●
ベルナルドの魔力が猛咆した後、そこへ相手の絵筆から返される魔力の掃射。そして刀の一閃。
「また、合わせて来ます……!」
後方のノルンの声に、ベルナルドは檄で応える。
「上手く連携して来るが、上っ面だけで心が伴ってねぇ!」
再び魔力を充填。先に潰すべきはやはり後方の回復。
「ハートの強さで勝ちに行こうぜ!」
だが、とベルナルドも心内で舌打ちが出そうになる。
徐々に、こちらの反応速度に対応して来てはいないか。
続くように誠司、黒い鎧の間でも砲撃の撃ち合いが戦場を駆け抜ける。
先に届いた誠司の弾頭が黒鎧に。鎧が奥へと押し込まれ、僅かながらに誠司の手前で地面に落ちた。
苛烈、だ。
この場の殆ど全員が、自己治癒も含めなければ消耗に追い越されてしまう。恐らく、元となったイレギュラーズの身体模倣に加え、終焉獣としての力も加わっているからか。
前衛位置も乱戦状態。盾となっているのは機械のような少女と歪角の二体だが、そこに影のように揺らめく獣もわざと己の身を晒すように割り込んでくる。
そこから片手剣を弾いた凜華の背中が味方の陣まで後退する。そこに赤色を見て、ベルナルドは前を向き直す。
敵意が伺えなかったモカは、彼女の腕に着目した。
「……リボンは?」
「済みません……途中で千切れちゃって」
髪に慧の花が付けられている。だから、ベルナルドは。
「……凜華、題材」
とだけ彼女へ問うた。
「はい? 急に絵でも描き……」
充分だ。ベルナルドがミニペリオンの群れを、モカがフェイクを織り交ぜた連続蹴りを凜華に浴びせる。
吹っ飛ばされながら凜華の顔をしたモノが舌打ちをした。
「くっそぉ! 合言葉ぁ!? 知るワケ無い!」
「もしかして花、見分けられる?」
問いながら砲撃を放ち続ける誠司にベルナルドは答える。
「リボンや花は後付けだろう。『花の色と体臭が全く同じ色だった』んだよ」
それに「あぁ」と手渡した慧自身が納得して応答した。ベルナルド特有の判別手段だ。
そういう形に獣が進化した、という事か。
敵の盾を通り越し、終焉獣を滅する力を有したイズマの、神聖秘奥の術式と闘争心の軍勢が敵後衛を中心に蹂躙する。
相手が動き出す前に、もう一波。
「敵に挟まれないよう、気を付けてください。みんなで戦えば、必ず勝てます!」
注意を促すノルン自身、福音の治癒から聖域を展開し続ける回復術に切り替えなければ間に合わない。
「なら、そこを崩したらどう?」
大きく回り込んだ偽凜華が、凶刃を片手にノルンへ閃かせる。
防いだのは、その柄を叩き落した沙耶の残像混じりの手刀。
思わず、模倣された凜華の声が広場に響く。
「あぁもう、邪魔! さっきから!!」
「当然! ここは抜かせられないね。ついでに言うと……」
先程まで回復に回していたナノマシンの輝きが沙耶の両手に集まる。
「模倣なんて紛い物の希望なんか、私のAURORA-Ysの輝きで浄化してあげちゃうんだから!」
手刀が生み出す残像が、囮の連撃と共にその内の一つを偽凜華へ強かに打ち込んだ。
表情が歪んだのは言葉を返された苛立ちからか。
それならば、こちらも苛立ちという点では負けていない。
「ららるーら、ら。およぐさかな。まねっこスイミー、寝ない子、我の、うた」
ビスコッティの声が広場に澄み渡る。
母上への愛情。義父上への恋慕と。
叔母上への羨望と。仲間への信頼と。
模倣する終焉獣への苛立ちとを。
全てを己の歌に、声に。今の感情を伝える贈り物として。
合わせ、ベルナルドは己を模したであろう獣に対して微光を放つ絵筆を向けた。
「どんなに技術を真似ても経験は活かせねぇ」
神秘の力が宙に命を与える。滑らかに動く筆先から彼の作品の数々が動き出す。
果たして模倣は無限なのか?
ベルナルドの行動を真似ようと、拡散されるビスコッティの歌声を耳にしながら筆を動かした獣は。
●
果たして、その模倣は夢幻であった。
最初に動きを止めたのは画家風の獣。
少なくともこの獣達にも容量は有ったようだ。
自分を模した獣へ確実に当てる為、ベルナルドは真っ直ぐに筆を構える。
「お前さんとは筆にかける情熱の重みが違うのさ!」
文字通り、放たれた重厚な魔力の砲撃によって、画家の獣は咆哮の前に消え去った。
「……ようやく」
と、大筒に魔力を充填させた誠司は呟く。
「隙を見せたね。戦いの基本は(こっちがしたいことを)します、(こっちのしてほしいことを)させます(相手のしたいことを)させません」
その獣を始めとして、次にビスコッティの歌に干渉された獣達の動きが鈍る。
そこへ撃ち込まれた誠司の貫通魔砲が、機械少女の獣と黒鎧の獣を同時に焼き払った。
「って、昔偉い人が言ってたよ……ん? 動画だったかな? まぁいいや」
煙が晴れていくその中から、間近の慧とビスコッティは確かな声に気付く。
「……ようやく、かね」
と発された声が仕掛けてくる事は、それを言い終わる前に、中衛位置の思考を探っていた誠司にも届けられた。
「……来るよ!」
煙が拡がる。現れたのは長髪の人型。
誠司の身体は反応する。反応はするが動けない。
先程の攻撃に至るまで、疾うに限界は通っていたのだ。
両手の元で形成され切っ先を向けるのは、蒼白い身体の色をそのまま燃やしたかのような魔力の槍。
持つ素振りは無い。射出するつもりか。狙いは誰だ。いや、マズいのは。
「すぐに治します。必ず、支えてみせます……!」
一番後方のノルンが福音での回復に当たっている事。
躱しても、射程距離によっては誰にでも当たる可能性が充分に有る。
あの、怨念を吸い尽くしたような蒼槍の一撃が。
ビスコッティもベルナルドも互いにこれ以上の負傷は看過出来ない。
誠司の声により最も速く反応出来たのは、前衛位置に居た慧。
射出。加速。中衛位置へと到達する前に、慧の身体がそれを防ぐ。
「ぐッ……!」
激しい炎が身体を包む。こんなもの、当たれば人によっては致命傷。
すぐに回復に動き出したのは鮫型の獣。
それを防ぐように、沙耶の予告状が彼女への注視を優先させる。
駆って出たのは自身の歌声によって攻撃に復帰したイズマ。二体へ翳した剣が奏でるは楽園追放の音色。
その音を持って、鮫と子供、揺らめく影。いや、それを模した獣の身体が浄化されていく。
そして炎が過ぎ去った後に。
彼は、煙を吐きながら目の前の歪角の獣へと、黒い眼を向けた。
「これ以上、俺の模倣であれこれされんの嫌なんで。盾役対決といきましょ」
耐えきった、というのか。
互いの身体に血色の茨が纏わりつく。
片方はただ掴み掛かり、もう片方は己の鬼血から呪刀を再現し。
押し込むのは慧。更に、側面からモカが灼熱の瞳を懐に、気功の拳を相手へ叩き込んだ。
瞬間。
歪角の獣の茨が、眠るように萎びていく。
「良かったよ。私のそっくりさんがいないのは幸いだった」
もし同じスタイルの獣が居たなら。似た道具を所持していたなら。
危なかったのは、こちらかもしれない。
「まぁ偽者は迷惑なので、速やかに退場してもらおう」
次いだ右足起点の踵落とし。
そこから続く高速の連撃体術。
獣は物言わぬまま崩れ落ちる。
そのまま消滅していく様を見れば、軍配は慧に上がったと実証出来ただろう。
畳み込む様に、ビスコッティの遠当てが偽凜華へと命中する。
次第に囲まれながら、その中の沙耶から凜華の獣へ声は掛けられた。
「模倣は所詮模倣でしかない。私達『本物』を超えることはできないんだよ」
ノルンの回復も追いつきつつある。ここが限界か。
「……そうね。降参」
獣は両手を上げる。刀は手から離れ、両膝は地に。
六刀凜華はその様子に武器を収めた。
「……なんて!」
それを見て、獣が即座に刀を拾い上げる。
だが、その刃が振るわれる事は無かった。
イズマの精神の弾丸は、それを成そうとする前に、獣の身体を確かに砕いていた。
「ほら、こうして倒しきれるあたり、ね」
と、突っ伏した獣へ沙耶は最期の言葉を添える。
「……住民の手当に向かうよ」
と、イズマはそのまま背を向けた。
それに、彼らには伝えておきたい事も有る。
混沌は滅びない。きっと必ず救うから、可能性を信じてくれ、と。
「……倒せた」
凜華は、その場に仰向けに倒れ込んだ。
上げた手を支えるようにビスコッティが自分の手を伸ばす。
そうして、凜華は。
「ふ……ふふ……」
含んだ笑いを見せた。
「……ベルナルドさん、ビスコッティさん」
戦闘の最中で腕のリボンも頭の花も取れてしまっている。
まさか、まさかだ。
「……へへ。十二支に、猫っていませんかね?」
安堵と疲れの複雑な、やり切った後の力の抜けた笑顔で六刀凜華はそう問うた。
「……あぁ」
同じような表情で、しかしこちらは呆れを含んで、その手はビスコッティに任せてベルナルドは答えたのだった。
「物によるな。まぁ、忘れてなくて何よりだ」
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れ様です、依頼完了です!
特徴的な終焉獣との交戦でしたが、見事に撃破致しました!
直近のシナリオ『財宝巡りは日出の後』からのアフターアクションとなりました。シナリオの切っ掛けを有難う御座います。
最終面っぽく厄介そうな敵を出そうか出すまいかと悩んでいたところでしたので、こちらでは敵として複雑な局面を描かせて頂きました。
ステータスシートが無いのであれなんですが、六刀凜華もしっかり重傷で御座います。
決戦はどちらに転ぶか、私もワクワクしております。
一GMの分際ではありますが、吉報をお待ちしておりますね……!
GMコメント
●目標
変容する獣、八体の討伐。
住民は周囲に居れば避難の必要が有りますが、街の外まで退避させる必要は有りません。
●敵情報
・変容する獣(計八体)
今回の変容する獣は全て人型であり、以下の特徴を有して前衛、中衛、後衛補助に分かれている。
内一体は六刀凜華に非常に良く似た姿だ。
『財宝巡りは日出の後』に参加したイレギュラーズ、その時の行動を元に分かれている。
飽くまでその時の行動と攻撃方法に似ているだけで、本人そのものの容姿と行動は取らない事には注意してほしい。
【前衛】(盾)
・機械じみた少女の人型×1
役割は盾。
こちらが中衛以降に向かおうとすると『ブロック』で行動を阻む。
攻撃を受けると修復を始め、状態異常も防御中に修復してしまう。
防御中心だが、隙を見せれば【足止】の効果を持つ魔力弾の連射を手から放つ。
・湾曲した角を持った人型×1
役割は盾。
自身の身体に【茨】の効果が有る棘を纏わせ、戦闘に入るとこちらの行動を阻むように明確に『ブロック』してくる。
【前衛】(攻撃)
・六刀凜華(によく似た変容する獣)×1
姿形、武器、服装までもが酷似している。
また、味方側の六刀凜華の行動をその場で真似るような進化も見せる。
声も真似てくるので、混乱しないように注意したい。これはイレギュラーズに限った話では無いだろう。
戦闘では刀による接近斬撃戦を仕掛け、反応速度と回避力が高い。
・絵筆を持った画家風の人型×1
攻撃型の変容する獣。
絵筆を持っており、その筆から魔力の掃射を放って攻撃を仕掛ける。
基本的には盾より後ろの位置に居るが、ブロックされているイレギュラーズに接近して魔力の砲撃を浴びせる事もある。
加え、同じ前衛攻撃位置にいる六刀凜華風の獣とは反応速度に準じた連鎖行動を取る。
【中衛】
・黒い鎧と片手剣の人型×1
中距離からの射撃攻撃を有する。
攻撃は貫通能力を持ち、時折『溜めて』から射撃を放つ。
・揺らめく影のような長髪の人型×1
『ブロック』中の交戦状態の間に割り込み、その盾となるような行動を取る。
ただ攻撃を引き受ける訳ではなく、攻撃を受けた分だけのダメージを相手に放出する魔力の放出を行う。
【後衛】
・二足歩行の鮫型×1
大きな鮫型、二足歩行の変容する獣。
『単体』回復魔法で一番ダメージを負った獣を回復する。
回復する者が居なければ、接近して攻撃を仕掛ける。
・子供の人型×1
小学生くらいの小さな子供の姿をした変容する獣。
『範囲』回復魔法で支援する。
回復する者が居なければ、接近して攻撃を仕掛ける。
●ロケーション
幻想王国、昼の街内。
状況は一言で言ってしまうと悪い。
そこらのイレギュラーズでは歯が立たなかったらしく、既に撤退を始めている。
避難より速く交戦に陥ってしまったのもあり、街の人間は誰が、何人、何処に居るかが詳しく判明していない。
家の中に居ればまだ大丈夫だろうが、外に住民が居れば戦闘に巻き込まれる可能性が有る。
到着するとすぐに敵の変容する獣はこちらと交戦に入って来る。
交戦が予想されるのは、恐らく街の中心部分、噴水広場だ。
戦闘場所としては広く取れる。
敵と真正面からぶつかるなら、【前衛(盾)】【前衛(攻)】【中衛】【後衛】の順に対峙する事になる。
到着した際、敵側は固まって動いている。
●NPC
・六刀凜華(ロクトウ リンカ)
ショートヘアーの黒髪にミニスカートとクロップドジャケットを着用した人間種の少女。
二十歳。
武器は刀、攻撃と回避は高いが、その分防御は低い。
今回も皆と共に現地へ行く。
現地では戦闘に参加するつもりではいるが、住民の避難などその他の行動を取る事も出来る。
どちらが良いか、イレギュラーズの判断に任せる事が可能だ。
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
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