シナリオ詳細
終焉否定のlost chaos Ⅴ:憤怒の願い
オープニング
●願封じ(がんふうじ)
人は生きれば何かを願う。
願ったなにかのどれかは叶う。
けれどどれかの祈りは尽きず。
潰えたなにかも再び願う。
結局願いは渦を巻く。
願いと願いが反する時、どれかは叶いどれかは消える。
同じ願いの、違いはなあに。
違う願いの、同じはなあに。
やっと見つけた願いの礎。
人は他人(ひと)ゆえ交わらず。
交わらぬゆえ心を乱す。
願い続ける困難と。
邪魔され続ける災難を。
全て受け入れ眠れれば。
全て拒んで喰らえれば。
そんな極みは神にだけ。
なれば願いを捧げましょう。
譲れぬ思いを示しましょう。
だからどうか、その大いなる恩寵を。
我らが命にお与えください。
どうか、我らに。
どうか、我に。
●願いの審判Ⅴ
「今日のお仕事はなあに?」
つり目の少年が問いかければ。
「人を楽しませる仕事になるのかな」
たれ目の少年が答える。
「どうして?」
「今回の人はもうこれまでに沢山の願いを叶えてきたんだ。十分な苦労と苦痛の果てに」
「じゃあ、もう願封じは終わってるってこと?」
「もしかしたらそう言えるかもしれないね。でも、人である以上生き続ける先に願いは生まれるはずさ。きっとまた命をかけて願いたくなるような……何かがね」
「ふーん」
いまいち為すべきことが見えない相棒の手を、垂れ目の子供は優しく握りしめる。
「どうあれこれまでと一緒だよ。ボク達はボク達のために目の前の願いを叶えるだけさ。だから今回は闘技場でのSランク昇格の夢を見せてあげればいいんだ。戦いを見世物にした故に得られる願いなら、きっと憤怒の心になるはずだからね」
「うん、分かった『メウ』」
子供達は強く手を握った。
●変わるもの、変わらないもの
幻想内オランジュベネ地区のとあるスラム街。
そこは『竜剣』シラス(p3p004421)が治めている領地の中にあり、様々な理由で家や親を失った子供達が集められ身を寄せ合って生きている。
(やはりシラスさんであっても、こういう存在を根本から無くしきることは難しいですよね……)
『こそどろ』エマ(p3p000257)は道すがらに思う。
新世代勇者に選ばれ竜剣の証を得た彼といえど、何百何千の命を軽々しく抱え込むことはできない。
いや、敢えてしないのだ。
実際に後ろ暗い生活を経験してきた者であるからこそ分かる感覚。
ただの同情で施しを与えるだけではあれば、ある者は自身と彼との立場の違いに怒り、敵意を向けるべき相手や抗うべき制度を見誤る。
またある者は弱い立場である自分を肯定することで施しを受けて生きること――いわば堕落の道に生きることとなるだろう。
だからシラスはこのスラムを領地として受け取ってなお、スラムを解体せずそのまま残すことで、既に完成している『居場所』を守っているのだ。
(勿論ただ何もしないのではなく、子供であっても可能な労働を提供したり、病に苦しむ子供がいれば保護して格安で治療を受けさせたりとか、色々頑張っているみたいですけどね)
そんな友人がいることを、エマは本当に誇らしく思っていた。
だから。
~~~
「あの願封じに参加していた面々に災難が降りかかってるって?」
「え、ええ……あなたが何を願ったにしろ、気をつけた方が良いと伝えておきたいと思いまして」
「そうだったのか、わざわざ気にしてくれてありがとうな」
シラスの執務部屋にて、二人は顔を突き合わせる。
「実は俺ももう他の仲間の事件に巻き込まれてはいたんだが……願いに関連するっていうなら、確かに俺の願いはまだ使われていないように思う」
「その、ちなみになんですけど……何を願ったのでしょう?」
「Sランク昇格」
「Sランクって……闘技場の?」
「ああ」
シラスのあっけらかんとした様子に、エマは思わず肩にこもっていた力が抜ける。
「え、えひひ……それはその、随分と現実味のある願いですね」
「当然だ。今年絶対に叶えるって決めた願いだからな」
彼の人生を古くからの知人として見ている分としては、もっと違った形の大きな願いを抱えているかとも思っていたのだが。
とはいえ、彼の願いが現実味のあるものであったことはエマにとって幸運に思えた。
(流石にここまで具体的だと、あの怪しい子供達もおかしなことはできないはず……)
「Sランクに昇格してあの野郎を……『ビッツ・ビネガー』をぶっ倒すってな」
『そっか。どうしようかと思ってたけど、じゃあその願いを叶えてあげるね』
その時、二人の耳にどこからか声が聞こえる。
(この声、まさか!)
「シラスさ――」
エマが声を上げるより早く。
二人の足元で、魔法陣が口を開けた。
●本当の怒りとは
眩い光がおさまり目が慣れてくると、二人はラド・バウのような闘技場の中心部にいると気づく。
闘技スペースには他のイレギュラーズ達の姿もあり、本来なら観戦スペースにあたる部分にはシラスの領地に棲まう子供達も見受けられた。
「ようこそ、終焉闘技場へ」
「……あなたは! 私の友人を返してください!」
眼前に現れ恭しくお辞儀をする垂れ目の少年にエマが食いかかる。
先日の一件では彼女の願いが利用され、あまつさえ救ったはずの友達はいなくなっていたのだから。
「当たられても困りますよ。あの人の失踪にボク達は関係ないのですから」
さらに語らんとするエマを、シラスが制した。
「細かい事は知らないが、俺の友人や仲間達に手を出したのは間違いないよな? ならその責任は取ってもらうぜ!」
透徹した殺意を持って放たれる神速の強襲。
観戦席からは領主を、勇者を応援する子供の声が響く。
だが攻撃が少年に命中する直前、地面から飛び出した暗器をさけるためシラスは体制を崩されてしまう。
「目先の餌にすぐ飛びつくなんて……やっぱり子犬には『待て』から教えないとダメかしら?」
聞きなじみのある声に一瞬固まるシラスであったが、意識は逸らさず子供の方へ問いかけた。
「……なんの真似だ?」
「言ったはずです。願いを叶えると」
「シラスさん!」
エマの声にようやく背後を見れば、一行を囲むように色とりどりの鎧に身を包んだ終焉獣と、それを従えるように佇む『Sクラスの最も華麗で美しく残酷な番人』の姿があった。
「流石に本物は用意できないけど……不毀の軍勢は鉄帝に由来する終焉獣。ラド・バウで人気のある闘士の戦闘スタイルを真似をして、最強へ至る個体はいますから。もっとも最早自分が偽物であることすら忘れているみたいですけど」
そういってふわり飛び上がるたれ目の少年。
見下ろす先、エマと視線が合うと彼はふと何かを思いだしたようにコートの内側を探り始める。
「そうそう、あなたの願いは中途半端になってしまいましたから……もう一度友を守るチャンスをあげますよ」
少年が取り出したのは王冠。
王冠から放たれた強い光は観戦席にいるスラムの子供達へ命中し、やがて王冠は光諸共消え去った。
「今、観戦席にいる子供達の中に、一体王冠を持つ終焉獣を紛れ込ませました。
その個体を見つけ出し王冠を奪えたならば、そこの鎧の終焉獣は動きを止めてくれますよ」
ただしと続ける言葉に、表情が僅か歪を浮かべる。
「光はこの場にいる全ての子供達、そして願いを捧げた彼とリンクしました。彼が終焉獣達から攻撃を受ける度、この中にいる子供の誰かが傷つきます」
少年が指を鳴らせば、闘技スペースには毒霧が立ちこめ始める。
「子供を無視するのが先か、子供を守り毒に倒れるのが先か、見物ですね」
「なんて卑劣な……!」
憤りを隠せないエマの隣に戻ったシラスは、そっと耳打ちする。
「なぁエマ」
「はい?」
「ここがラド・バウをイメージしているなら、闘技スペースを抜ければ観戦席へ直接いけるはずだ。
悪いが例の王冠、探し出してきてくれないか?」
「ですがそれでは――」
「大丈夫だ。気持ちよく殴れないのは癪だが、これでも俺は勇者だぜ? 『選ばれなかった己の運命』達に悪夢なんか見させてたまるかよ」
それだけ言って拳を突き出す。
「……もう、分かりましたよ!」
コツンとぶつけて。
エマは踵を返すと闘技スペースから走り去る。
「ピンク頭の鼠ちゃん。逃げきれると思ってるのかしら!」
放たれるナイフ。今度はそれをシラスの拳――『竜剣』がたたき落とす。
「悪いな終焉獣。お前に一切そのつもりはないだろうが、俺は超個人的にお前にムカついてる」
高まる闘気。
彼が得意とする不択手段のファイトスタイルが封じられたとしても。
それでも『魅せて勝つ』のが、幻想中の誰もの目を自分へ向かせ、さらなる先を目指すSランクの男なのだ。
「だがこの怒りは個人的な因縁や復讐心だけじゃねぇ。……人様の大切なものを傷つけ踏みにじる行為に宿る心――誰かを思う怒りだ! へっ、覚悟しろよビッツもどきが。その怒りをお前にぶち込めるってんなら……俺は何だってやってやるぜ!」
- 終焉否定のlost chaos Ⅴ:憤怒の願い完了
- GM名pnkjynp
- 種別通常
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2024年03月27日 22時10分
- 参加人数5/5人
- 相談4日
- 参加費100RC
参加者 : 5 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(5人)
リプレイ
●闘士たる者ならば
王冠を探しに向かった『こそどろ』エマ(p3p000257)と『見習い情報屋』杜里 ちぐさ(p3p010035)を守り啖呵を切った『竜剣』シラス(p3p004421)。
「ぶち込むだなんて随分威勢が良いのね。あんまり吠えると後の自分が惨めになっていくわよ?」
対する【ビッツ・ビネガー】を自称する某も余裕ある表情を崩さない。
「アタシは人数で取り囲んだり毒霧を蒔いたり子供達を人質に取るような呪いをかけたり、こんなに沢山汚い手を使う方が惨めだと思うけどね!」
ならばと『正義の味方』皿倉 咲良(p3p009816)が言い返す。
彼女は『事件のニオイ』を感じてシラス領へ赴いた所、子供達と一緒に転移に巻き込まれた口。
最初こそ驚きもしたが、大嫌いなズルいやり口を前に彼女の正義は黙っていられない。
「舞台にのぼった以上、華麗に勝った者こそが正義だわ。だから後はどちらが悲しく散るのか……確かめるとしましょうよ」
とはいえ相手にあるのは――本物と同じだと仮定すれば、勝利と美しさに対する執着のみである。
偽物が指を弾けば。
――カン。
闘技場に試合開始のゴングが響き、それぞれ色味の異なる鎧をまとった6体の終焉獣が走り込んできた。
「なにが来ようが構わないさ。全員沈めるだけだ」
シラスが空に手をかざせば、周囲の水の気は集まり泥と化し。
握り絞めると鎧達へ襲いかかる。
「――!」
さりとて相手もかの竜剣を相手にすべく用意された最強の王。
紫の王が脅威にも揺るがぬ魔力を放出すれば、力を得た敵は一斉に行動。
黄の王が癒しの魔力を施し、6体全員で監獄とも称される泥の檻を押しのけながらシラスへ迫る。
「そっちが余計な手を出すならあたしも遠慮無く横やり入れさせてもらうっす!」
身体を張って妨げんと立ち向かうのは『先駆ける狼』ウルズ・ウィムフォクシー(p3p009291)。
友達となったエマについてきた彼女もまた、友達の友達を助けること、子供達を守ることに迷いはない。
ウルズの決死の体当たりが黒と青の王を抑え、その勢いで闘技場の端へと追いやっていく。
本来なら痛々しい棘の鎧が洗礼を与える場面だが『エディスティア』の魔力を含んだシラスの泥がクッションとなり傷つく事はない。
「咲良先輩!」
「オッケー!」
ヒーローは遅れてやってくるとはよく聞くが、仕事が早いにこした事はないだろう。
咲良はその拳に戦いの鼓動に高まる魔力を乗せると、自慢の足で一気に加速。
勢いをつけたパンチで白の王を殴り飛ばし、その身体で背後の黄の王も交代させる。
「――、――!」
赤の王が何か音を発した。
「――」
それに呼応し紫の王は急接近、弓の両端に煌めく刃で赤との連携攻撃。
確実に捉えたと言っても過言ではなかった。
「ぬるいぜ」
だがそれを覆しうるのがシラスの持ち味――圧倒的な手数の多さだ。
彼は振り下ろされる弓の刃を拳で受け止めると、迫る槍にぶつけるようにしていなし。
二人の王を薙ぐように、瞬時に発生させた無数の光球を爆発させれば。
「――!?」
赤と紫の王は反応しきれず爆炎に飲まれ膝をつくも、倒れるには至らなかった。
追撃を試みるシラスであったが、卍型の手裏剣6枚が身体の彼方此方を掠め中断を余儀なくされる。
「ちっ」
「素敵な連携だったわぁ。折角だからアタシも混ぜてもらえるかしら?」
今のビッツを例えるならば人形使いか。
魔力の糸で引き戻された手裏剣達は彼女の周辺で踊るようにまわる。
こうした演出がかった戦い方は確かにビッツの得意とするところだが……。
「なぁお前。誰のつもりだ?」
刃に含まれた毒を傷口から吸い出し吐き捨てるのと同じように。
シラスは心からの疑問を叩き付ける。
「何言ってるの? アタシはビッ――」
「ならお前がこれまで『その手で』倒した闘士の名前を言ってみろ」
「それは……」
終焉獣が止まる。
ビッツを学習するに当たり、彼女の闘技は全て頭に入れた。
だが偽物であるこの終焉獣が倒した存在など、当然いやしないのだ。
「言えないか? だろうな」
立ち上がり、治癒の魔術で傷を塞ぎながら続ける。
「俺達は自分自身の力と技、心と体に、切磋琢磨し続けるライバル達の名と思いを刻んで闘技に臨んでいる」
シラスが再び構えた。
高まる魔力の煌めきが後光となって揺蕩えば。
ビッツを騙る者は、そこに大自然の覇者やドーナツの魔王を幻視する。
「ああ見えてよく胸に刻んでるんだよ。あの野郎もな」
これぞ本物の気迫。
迫るシラスに終焉獣は到頭冷や汗を滲ませるも。
「……ふん、ならあなたを最初に刻んであげるわ」
自身の醜さを化粧で隠すように、表情と心を取り繕って迎え撃つ。
●栄冠は誰が手に
「痛っ!」
「え……きゃぁ! 血が?!」
「あはは、だ、大丈夫……!」
所変わって観戦席。
卍の手裏剣でシラスが傷つけられたのと同じタイミングで、ある男の子の身体にも痣が広がり、少しだが血が滲み出てくる。
隣で観戦する女の子は心配そうにあたふたしたが、男の子は痛みをぐっと堪え微笑んで見せた。
しかしその様子を見守っていた猫又はこう一言。
「男の子としてはかっこいい振舞いだと思うけど、子供が無理するものじゃないにゃ」
「うわぁ!?」
後方下部、闘技ならばアッパーが繰り出される角度からのちぐさである。
驚きのけぞる男の子の手を引き戻すと、ちぐさは子供達が持っていたタオルでテキパキと止血を行っていく。
(良かった、どうやら傷は写っても毒はないみたいだにゃ)
「猫さん、すごい……」
「ふふん。情報屋たる者危険な所に一人飛び込む時もあるのにゃ。多少のことは出来て当然なのにゃ!」
ちぐさは先日仲間の屋台イベントを手伝った折、シラスと行動を共にし迷子の親捜しを成し遂げていた。
その様子を見ていたシラスから、自分の領地にいる子供達と遊んでやってほしいと頼まれて以降彼は度々顔を出しており。
自分達よりちょっとだけお兄さんの妖怪猫又として、ある程度認知を得ていたのだ。
――といっても既に身長では負けている場合も多いのだが。
「他に怪我した子はいないかにゃ? いたら声かけて欲しいのにゃ!」
子供達の中へ混じっているという終焉獣に気づかれないよう慎重に。
ちぐさは自然体を装いながら観戦席を行ったり来たり。
注意を動きに向けさせている間に、そっと背中や肩に触れて確かめていく。
(あっちはちぐささんにお任せして良さそうですね)
反対側の観戦席で捜索に当たっていたエマは小さく頷くとちぐさ以上に隠密を重視。
子供達の様子をよく観察しながらもっとも効率が良く、かつ触れられたと気づかれても自身に妙な疑いがかかりづらいルートを選んで次々に確認していく。
(この子は……違う。こっちも。……この子でもない!)
幾ら子供だけとは言え領地中の者が集められているため結構な数だ。
またスリの手口自体は有効に使えているが子供と大人の体格差故に普通よりも気づかれやすく、嫌が応にも多少時間を喰ってしまう。
(くっ、あの子供はいつもいつも……!)
本当に厄介事へ巻き込んでくるものだ。
焦りも相まって、思わず怒りがこみ上げてくる。
「ウルズちゃん、そいつの針も毒とか塗ってあるみたい! 気をつけて!」
「了解っす!」
響く声にエマが視線を送れば。
闘技エリアでは友人のウルズが咲良と共に4色の王と対峙している。
「――!」
「あたしだってシラス先輩ほどじゃないっすけど、この拳でここまでやってきたっすよ!」
ウルズは黒の王が突き出す針を正面からわしづかみ。
手甲越しとはいえ手の平に突き刺さるがこれも計算の内。
毒が身体中へまわりきる前に終わらせられるかの勝負に出たのであった。
「捕まえたっす!」
逃げられないよう抑えた所で渾身の雷撃が黒のマスク、右頬部分を穿つ。
「――!?」
「へー、それがアンタらの中身っすか」
どろり。
零れ落ちた液体上の魔力は滅びのアークそのもの。
間違いなく痛打であろう。
「――、――」
連携意識はこちらも根強いか。
すかさず青の王はウルズに剣先を向けると、小さな魔力弾を幾つも生成し乱射。
ダメージを与えつつ彼女の身体を黒から遠ざけていく。
「……うぐ!」
「ウルズちゃん!」
「――?」
仲間のピンチに咲良の気が逸れた一瞬を狙い、白の王も魔力弾を一発。
彼女の目の前で弾けると蜘蛛の糸のように拡散し、両手両足に絡みついて動きを鈍らせる。
「やば――」
「――!」
たたみかける黄の王。
鎌の一撃が咲良を引き裂き、痛みと共に彼女が纏った強化の魔力を剥ぎ取った。
乙女の勝負服と名付けた機械外殻が無ければ心臓すらも持っていくような勢いだ。
「つっ?!」
ここまで混沌世界を生き抜いてきたウルズや咲良も充分に強者の部類だ。
そんな彼女達が2体を抑えるだけで五分、ともすれば劣勢に陥るような戦い。
それに加え回避が優先される条件と、偽物とはいえSランク闘士すらも相手取るのだから、流石のシラスでもフォローは難しいようだ。
「幾ら器用な掌を持っていても届かなくては無意味じゃなくて?」
「言ってろ!」
魔力矢と暗器が飛び交う中で、シラスは怪我を最低限に留めつつも赤に二連の竜剣を突き立てる。
「――、――……――!」
「まだ立つか……面倒だな」
とりわけこの赤は耐久力が高いのもあって、活路となる一打が生まれない。
棘を覆う泥も徐々に剥がれ始めた。
このまま時間が経てば、攻撃すら躊躇われる状況に陥るだろう。
(皆さん……! あぁもう!)
埒が明かない。
何とか打開できる策は無いかとエマが考えていたその時であった。
「いくにゃー! 絶対勝つにゃー!」
ちぐさの大きな声援。
(僕が大声で子供達の注意を皆に向けるにゃ。エマは今のうちに急いで見つけてほしいのにゃ!)
かと思えば今度は蚊の鳴くよりも小さな声。
鋭敏な聴覚を持つエマだけに聞こえる音量でそう告げる。
「ほら、みんなも僕に続いて応援で勇者達に力を届けるのにゃ! 勇者シラスー!、ウルズー! 咲良ー! 頑張れにゃー!」
「が、がんばれー!」
「もっと皆の息を合わせるにゃ! せーの!」
『がんばれー!!!』
闘技場を包み込む声。
普段なら双方の闘士に捧げられるはずのそれは、今回だけは明らかなワンサイド。
見られる欲求の大きさを知っているからこそ、シラスは煽る。
「今のお前を、誰が見ている? どこに見られるだけの価値がある?」
「うるさいわネェ! どいつもこいつも、ちょっと黙ってなさいよ!」
冷静さを欠いた攻撃。
それは今まで撤して『邪魔』に務めていた試合運びに狂いを生じさせる。
「毒花が聞いて呆れるな」
シラスは冷静に攻撃を回避。
消費した魔力を充填しながら、来るその時を待っているように思えた。
(……ああ、そうでした。そうですとも)
その姿に感じるものがあったエマは一度深呼吸。
(大丈夫、大丈夫……やることは決まっているのですから)
互いに、いわゆる『はみ出し者の人生』を送ってきた。
けれど、互いに歩む道は踏み外さないとあの時決めたではないか。
(私の本領は戦いではなく逃げ隠れ。シラスさんが戦いの道を貫き通すなら、私は私の道で敵を上回ればいいんですから!)
エマは己に宿る感覚の全てを研ぎ澄ます。
何も見逃さない、何も聞き逃さない、何も感じさせない。
影のようにひっそりと近づいて狙った獲物を掠め取っていく。
それこそがイレギュラーズとして経験を積んだ最強の『こそどろ』が魅せる真骨頂だ。
(単純な見た目や魔力に頼った気配の察知は難しいとしても……)
エマは子供達を次々と検閲しながら隼のように鋭い眼光でブツを探す。
(……いた!)
ちぐさに感化され、観戦席の子供達はその大半が壁際ギリギリまで近づいて声援を送っている。
なのに一人だけ、少し離れた場所からつまらなさそうに闘技を見つめる子供がいた。
(時間はかけられませんし、ここは確実に意識を逸らして一瞬で!)
エマは確認の傍ら子供の懐から拝借していた小石を手にすると、小さく念を込めた。
(これは願いじゃありません。未来を信じ掴み取る……希望の意志です!)
気取られぬよう対象の後方へ放り、石を狙って爆破細工を施したナイフを投げる。
許されたのは衝突までの僅かな時間。
その一瞬でエマは音もなき駆け足で距離を詰めていく。
――パン!
ナイフが石に当たって弾け、周辺の子供達の目線が一斉にそちらを向いた。
(今です!)
一気に獲物へ、羽織る薄いローブが僅か隆起している箇所を狙い飛びかかる。
その有り様は、かつて磨いた盗みの技術の集大成であり――異界の伝説にある飛梅が如く。
「うわ、なにすんだ!」
エマは完璧なタイミングで気取られぬまま王冠を掠め取った。
だが持ち去ろうとしたところで、子供が急速な動きで彼女の肩へ掴みかかる。
当然普通の子供にできる芸当ではない。
「離して下さい、終焉獣!」
「離すもんか!」
「あー! みんな、勇者シラスのお友達、勇者エマが大変にゃ! 近くの子はあのピンク髪のお姉さんを助けてあげるのにゃ!」
ここでも炸裂したのはちぐさの号令。
まるでヒーローショーを盛り上げるお兄さんやお姉さんのように上手くたきつけると、エマ側の観覧席にいた子供達が殺到し。
「え、えひひ! 盗りました!」
煌めく王冠は、エマの手元でその輝きを放つのであった。
●遊戯の終わり
「――、――……」
まるで壊れた機械のように、次々と膝をつく王達。
残すは青ざめた表情を浮かべる麗しい毒花様だけだ。
「もう、役立たずばっかり!」
終焉獣は手裏剣を王達へ突き立てると、動かなくなった個体を回収し自身の周りへ集めようとした。いわゆる棘の盾といった目論見か。
「そうはさせないよ!」
痛みを押しながらも咲良は空へ跳躍。
跳ね上がった黄と白の王の背にある魔力の糸を手刀でたたき斬る。
「丁度良いっすね、使わせてもらうっす!」
一方のウルズは青と黒の王に抱きつく形で引っ張られる力を利用。
着地のタイミングで糸を引きちぎり、そのまま鎧を遠くへ投げ飛ばした。
「な、何なのよあなた達!」
最早ここにはSランクの番人も最強のさの字も存在しない。
存在するのは美しさに憧れた惨めな滅びの魔力だけだ。
それでも醜い女は可愛い自分を守らんと赤と紫の背に隠れる。
「私は正義の味方だけど……今は仲間と一緒に戦う闘士って感じだよね。なら闘士として、汚いやり方をされた分は倍にして返してあげる!」
咲良が遠くから霞玉を投げつければ、王に当たり煙幕が立ちこめる。
(前が見えない、こういう時は……後ろよ!)
煙側へ紫を残したまま、赤の鎧を後方へと備えた。
「赤一つだって棘の盾としては充分、もう魔力の泥は落ちたもの!」
「じゃあうわずり声のビッツさんにこれをプレゼントっす!」
後方に回り込んでいたのは気配を消していたウルズ。
彼女が赤の鎧に灼熱色の瞳の破片をねじ込むと、鎧についていた棘は燃え落ちて灰となる。
「あぁぁ?!」
「その姿で情けない声を出すなよ。気持ち悪くて仕方ない」
ウルズの後方から現れたのは、幻想の新世代勇者であり、観戦席の子供達の領主であり、ラド・バウのSランク闘士到達を期待される男である。
「お前はあの野郎の事も闘技の事も何も分かっていなかった。最後に選んだのも、闘うことを裂け己の保身に走った行動だったしな。そんなDランク闘士にすら劣るお前にビッツを名乗る資格も、この場所に足を踏み入れる資格もないんだよ」
――ここが例え仮初めの闘技場でもな。
シラスが最後の言葉を言い終えるのと同時。
赤の鎧は弾き飛び、醜悪なる紛い物は貫かれた数カ所から漆黒の粒子を垂れ流しながら消えていくのであった。
●破滅の願いと希望の願い
「おめでとうございます、これで貴方はこの闘技場でのSランクに昇格です」
全ての終わりを見届けた謎の子供【メウ】が空中に姿を現す。
同時に、闘技スペースに迫っていた毒の霧も霧散した。
「願いを叶えてくれてありがとう……とでもいうと思ったか?」
シラスを先頭に、ウルズと咲良も警戒態勢。
そこにエマとちぐさも合流する。
「あなた、一体何が目的なんですか!?」
「そうにゃ、シラス……さん? も子供達も、こんなのちっとも嬉しくないにゃ!」
「嬉しくなくともボク達は構いませんよ。形式上願いを叶えないと皆さんから魔力を奪えませんから」
「魔力を奪う? そんな理由であの人は苦しめられたの?」
咲良の脳裏に大切な人が過ぎり。
(【ラティオラ】……)
ウルズの脳裏に優しい笑みを浮かべた幻想種が過ぎる。
「憎むならお好きにどうぞ。所詮人は人を救わない。己の願いのために力を振るうのでしょう? だからボク達も、圧倒的な力で自分達の願いを叶えるのみです」
メウが己の胸に手を当てれば、彼の身体から強烈な強欲に満ちた魔力がリング状に1つ放出される。
「ウルズ、咲良!」
死線をくぐり抜けたイレギュラーズ達の感が危険を告げていた。
シラスの呼びかけで連鎖的に飛びかかりリングを殴りつければ、リングは空気へ溶け、気づけばメウの姿も仮初めの闘技場も消え、領地に戻されていた。
「……終わった、にゃ?」
ちぐさの疑問に答えたのは、駆け寄る子供達の声だ。
皆がイレギュラーズ達それぞれを勇者として讃えてくれて。
ウルズや咲良は、自分そっちのけで怪我した子供の治療に当たっている。
「悪いな、巻き込んじまった」
流石のシラスも緊張はあったのであろう。
子供達の無事な姿に安堵の溜息が零れる。
「そんなことないよ、シラスかっこよかった!」
「こら、領主様なんだからシラスさんって呼ばなきゃダメにゃ」
「えーそうなの?」
「好きにすればいいさ。ちぐさもな」
「え、そ、そうかにゃ? じゃ、じゃあ……シラスかっこ良かったにゃ!」
猫又故に年上ではあるが、事情があったとはいえ先日は肩車をしてもらった身。
なんとなく呼び捨てに蟠りもあったのだがこれにて無事解消となった。
(それにしても……)
腑に落ちない点は多い。
ビッツを再現したと言っていたが、あれが使っていた暗器は6年程前にあった依頼からシラスが独自に追跡調査を行い、この世から消し去った悪徳商人のコレクションの一つであった。
(俺の記憶を盗み見たというのか?)
「何か物足りなさそうな顔ですね」
「エマか。何でもないさ。それより上手くやってくれたな。ありがとう」
「一応得意分野でしたから。さ、何もないなら貴方も治療を受けて下さいね」
「分かったよ」
まぁいい、余計な思慮は捨ておこう。
相手が何にせよ、大切なあの人の願いを叶えるため。
子供や仲間達が笑顔でいられる場所くらい護ってみせると。
今はまだ幻のSランク闘士は、そう心に誓うのであった。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
冒険お疲れ様でした!
今回は厳しい戦況からの戦いとなりましたが、各々が得意分野を生かしつつ非常に素晴しい連携を取ることで見事困難に打ち勝つ形となりました!
まさに長い混沌世界での冒険を通じて生まれた絆の勝利だったと思います!
残す最終決戦、各種依頼とラリーにおいても素晴しいチームワークで勝利と世界平和を掴み取って下さいね!
どの方も非常に魅力的なプレイングをされており、その点では貴賤はありませんが、今回は子供達の期待に見事応えてみせた貴方にMVPを。
それでは、またどこかでお会いできる事を願いまして。
ご参加ありがとうございました!
GMコメント
※相談日数4日です。状態異常などに注意してご参加下さい。
●目標(成否判定&ハイルール適用)
終焉闘技に勝つ
●副目標(一例。個人的な目標があれば下記以外にも設定可)
スラムの子供達を守りきる
●優先
※本シナリオは、以前に運用したシナリオ内プレイングに影響を受け制作されています。
そのため本シナリオに深い関連性を持つ以下の皆様(敬称略)へ優先参加権を付与しております。
・『こそどろ』エマ(p3p000257)
・『竜剣』シラス(p3p004421)
●冒険エリア
【幻想内シラス領から繋がった某地】
特殊な魔力で生成された闘技スペース全長500m程度とその周辺の観戦席(以後「闘技場、観戦席」表記)
●冒険開始時のPC状況
エマさんに続いて観戦席に移動orシラスさんと並び戦闘開始、からスタートです。
《依頼遂行に当たり物語内で提供されたPC情報(提供者:子供達 情報確度B)》
●概要
Sランクの闘士と遊べる舞台を用意したよ。無事に倒してSランク闘士になれるといいね
●人物(NPC)詳細
【子供達】
つり目とたれ目の少年達。
意味深な事をいいつつ終焉獣を操ります。
とはいえ、現状は良く分からない存在です。
良く分からないということは、今は何をすべきか判断できない。
つまり無視して良いということです。
●敵詳細
【不毀の軍勢】
最強の王様を自負する6体がいます。
それぞれ赤:槍 青:剣 黄:鎌 黒:暗器(針) 紫:弓 白:銃 の武器を所持し戦います。
【識別】不可。【棘】を所持。6人それぞれが得意分野を持ち、協力することで強い力となって襲い掛かります。
(PCの皆様のように、役割を意識した行動を行います。ブレイクや付与、BSに飛等、皆様同様の敵に合わせた作戦立案で戦います)
所詮不毀の軍勢ですが、選んだ最強の性質が強いのと人数差があるのでそこそこ強敵です。
【ビッツ・ビネガー(偽)】
こちらも不毀の軍勢=終焉獣ですが、「最強のビッツ・ビネガーの擬態者」を自称します。
他者に擬態している時点で最強でも何でもない気がするのですが、どうやら本人にその自覚はないようです。
とはいえビッツを模した暗器を用いた『嫌がらせめいた』戦い方や『華麗で美しく残酷』な在り方に拘ります。
戦闘ステータスとして今回の敵の中ではかなり高め。
多数の嫌がらせと最強の王様達の手助けを用いることで、シラスさんを抑えにかかります。
【終焉獣】
シラス領のスラムに住まう子供達の中に1体だけ紛れて、観戦席にいます。
見た目やエネミーサーチなどでの区別はできません。
気配を消す、気を逸らす等で「完全にPCの手へ意識が向いていない時」に、手で体に接触できればその子供が本物か終焉獣か直感的に分かります(一度判別した後は離れても判別できたままです)。
終焉獣は身体の中に小さな王冠を隠し持っています。
それを奪う事ができれば、不毀の軍勢は全員停止します。
《PL情報(提供者:GM プレイングに際しての参考にどうぞ)》
【主目標のために何すればよい?】
敵を全て倒せば成功です。
ビッツの偽物は参考元が元なので少々骨が折れるかと思いますが、1VS1であればシラスさんなら勝てるレベルです。
但し人数不利と識別無効を押し付ける軍勢と、シラスさんがダメージを受ける程子供が傷を負う、という呪いが足を引っ張ります。
仲間の皆さんはエマさんと共同し王冠を探すか、シラスさんと連携し戦う必要があるでしょう。
【スラムの子供達】
いきなりの状況に意味不明と感じる子も多いですが、いざ戦いが始まれば勇者の応援をしたり不安に泣き出したり様々な反応を見せるでしょう。
王冠を探すのであれば、自分らしさを活かして意識させない方法を考えましょう。
(例えば意識されている状態で抱きしめ、そのまま圧倒的ママ味をぶつけて抱かれているということすら忘れるような包み込みができれば、判別できたりもします。
このあたりは個性がしっかり絡められていれば、基本的にはプラス判定します)
【戦闘】
軍勢やビッツと戦うのであれば実に『嫌らしい戦い』となります。
特に軍勢はこちらの動きに呼応して的確な対策を打ちビネガーを援護するので、裏の裏にかける、二の矢三の矢を放つ、等、戦闘メンバーで連携をつなげて相手の想定を上回ることが必要でしょう。
・その他
目標達成の最低難易度はH相当ですが、行動や状況次第では難易度の上昇、パンドラ復活や重傷も充分あり得ます。
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