シナリオ詳細
再現性東京202X:余談・堕ちる狭間の備忘録
オープニング
●
「予め言っておきたいけど、今からする話は僕が関わっている事件とは関係していない」
徐に、唇からホットコーヒーのカップを離してその男は切り出した。
「そして、君達の考えと行動を無視もしない。そっちは、時が来れば必ず声を掛けるよ。安心してくれ」
八の字眉の片方を吊り上げて、カップを運んでいた女性のイレギュラーズは訝しんだ。
「……急に何の話?」
男は微笑を浮かべている。
相手が自分をどう思っているかなど、まるで気にも留めていない。
ずっと続くその微笑には、そんな印象が感じられた。
「先日、ある家で手記を発見した」
返答と一緒に男が机の上に出したのは、一冊の黒いノート。
題名は無い。裏に返してもただ一面黒いだけ。
裏より表の黒が褪せていたのは、それの使用痕を微かに感じさせた。
購入されてからそんなに年月は経っていないようだ。
しかし、触れてみると指には薄い埃の痕が纏わりつく。
男は、ページを開かないまま話を続けた。
「中はあまり読んでいない。詳しく読もうとするとノートの中の夜妖が出て来るみたいでね」
「ノートの中の……夜妖?」
「そう、夜妖。書かれている事自体は、内容を除けば普通の文字だ。だけど書いた本人の意識が多分に込められている」
ノートの中には、複数の怪物に関する記述が見られるらしい。
著者の念と、再現性東京、引いては混沌世界の環境において、それは読んだ人間に災いをもたらす召喚物と化しているそうだ。
「……呪いの書物って事?」
女性は彼の言葉を要約して問うた。
この男の言はいつも回りくどい。
それがこちらを惑わす為の言葉の選択なのか、それとも元からの性格なのか、未だによく解らない。
ただ、そんな曰く付きの書物ならこの場で処分すれば良いのでは、と女性はノートに手を伸ばした。
呪物と化したノートに何が書かれているのか。それはちょっと気になる。
この男も少し覗いたような事を言っていたし、どんなものか確認してからでも良いだろうか。
「開かない方が良い」
突然の忠告がカフェ・ローレットの中に落とされて、女性の手は思わず驚き固まった。
「ここで開かない方が良い。下手をするとこのカフェの中にノートの夜妖が出て来るよ。僕は別に、ここを戦場にしたい訳じゃない」
「燃やして……処分する?」
「それも駄目だ。というより、一度試した。効果は無かったけどね」
男曰く。
ノートに書かれている夜妖を『全て』一度顕現させて、消滅させてからでないとノートの破壊は難しいだろう、という。
「消滅って、具体的には?」
「うん、簡単だよ。戦って倒せば良い。つまりは、これは単なる夜妖退治だ」
「……でも、こんな簡単に開けられそうなものが呪いの物品だなんて」
嫌がらせか何かか? と女性はノートの裏表をもう一度確認した。
著者の名前は記されていない。誰かに見せる為のものでは無かったのだろうし、単なるメモ書きと思えばそれも当然か。
「誰? こんなの書いた人」
薄いノートが男の前に投げ出される。
机の上のそれに視線を落として、男は微笑を浮かべたまま橙の瞳を窓の外に移した。
「……金城美弥子君」
●金城美弥子の手記
『10月14日。
像を作った。この混沌世界において、私が私として生きていく証。神を模そうとしたのだが、上手く纏まらずに何にもなれなかった。
出来上がったのは私の頭の中に在った神だ。ラサの廃墟に置いて来た。いつか、あれを見て感慨に耽る時も来るかもしれない。
時を同じくしてこの世界に召喚された男からは像を褒められる。少し、気恥ずかしい。
きっと、あの男も私と同類だ』
綺麗な筆跡で書かれた出だしのページ。
日記のように日付が書かれているが、数字はおおまかにひと月ごとと、あまり多くは記されていない。
『11月29日。
再現性東京にて行動を開始。学生を主に狙ってみたが、そこらの夜妖と変わりなく、むしろ劣っているとも取れる。神より下の従者なら召喚できるかと、肉体ごと贄として使いはしたが、出て来るのはそれに似もしない影の異物ばかり。やはり、あの男の知識が必要か』
その段の下に、別の日付が記されている。
『12月14日。
会社に出現した謎の大部屋を利用する。勿論、ローレットには報告しない。使用するのはここの従業員で良いだろう。
使い終わったものは地下に置いておく。普通の会社ならこんな地下なんて滅多に無かっただろうに。再現性東京さまさまの造り、僥倖だ。それとも天命か。
弥奈月鏡也の動向が気になるところではあるが、この際気にして縮こまっている場合でも無い』
追記。
『今回は精神部分を使用したが、あの程度の鬼しか呼べなかった。壁と三次元の挟間を行き来はするが、それだけだ。使用した人数と鬼の数のリターンも見合っていない。何か、根本的な部分で間違っているのだろうか』
次のページには、興奮気味に乱れた文字が羅列されている。
『惜しかった。惜しかった。天義での儀式の報告を聞いた。
イレギュラーズによって頓挫となったが、もう少しだった。邪教に像を渡して試させてみた、確かに効果が有りそうだった。イレギュラーズの贄が一番良いのかもしれない。体力と精神の強さに関わるのか? それとも像を用いた具体的な祈り先が有ったからか? 成功していれば、きっと仔山羊に会えた筈。あぁ、惜しかった』
また、追記。
『我に返ってみれば、あの儀式が成功したとして本当に仔山羊はここに来たのか? 根本的な間違い、というのを私はまだ理解し終えていない。
それを解らないままに儀式を終えても、恐らく望んだ結果には繋がらなかっただろう。もしかしたら、見た目の印象、黒い大木というものだけが顕現された可能性も否めない』
最後のページの後には、ずっと余白が続いている。
もし彼女が早くからこの世界に召喚され、行動を起こしていたなら、多分この後も書き連ねていたのだろう。
『結論。
この世界に外なる神を呼ぶには何かが足りない。そう思っていた。
だが、もしも、最初からそれが間違っていたとしたら。
私の求める神など来はしないのだとしたら』
最後の一行だけ、やけに筆跡が強い。
『私が創れば良いのではなかろうか』
●
「……関係無いって言ったよね!?」
女性の怒号を物ともせず、弥奈月鏡也は足を進める。
「関わってる事件とは関係してないって!」
「フフ……言ったかな」
鏡也の足が突然止まる。
危うくぶつかりそうになりながら、女性も止まって二、三歩後退った。
「でも、本当に大筋には関係無いんだ。持ち帰ったのはこの手記が誰にでも開かれる可能性が有ったから……さっきの君みたいに」
振り返った顔は、夜の練達には胸焼けがしそうな程に映えている。
灰色の長髪が光に照らされて、銀に煌めいているようにも見えた。
「どちらかと言うと感謝をしてほしいもんだ。犠牲者が増える前に回収したんだから」
寒空の下。
カフェを出て追い掛けてみれば、足を止めたのはこのノートが書かれた女の家の前に居る。
だが、鏡也は彼女の家とは真逆の方向を見上げていた。
「……ここにしよう」
古びたマンションだ。
廃墟と言って差し支えない。どの窓側にも、光の一つも灯っていやしない。
「彼女の家で少し触れたけど」
見上げたまま、鏡也は口を開く。
「このノートを書いた人物……金城君は、黒魔術を用いて一連の事件を発生させた。元の世界でも精通していたのかもね」
黒魔術、と聞くとまだ種別が多すぎる。
恐らく美弥子が主にしていたのは召喚魔術だ。
そう、鏡也は仮定して話を進めた。
「君も言ったけど、彼女、嫌がらせの才能有るよね。こんなの残してどっか行くなんて」
「それは、まぁ……でも、倒せば良いんでしょ? それより、よくこんなの見つけたね」
「彼女の本棚を漁ってたらたまたま」
たまたま、ね。
女性の口から息が漏れる。鏡也の言葉だって、まだどこまで信用して良いものか。
「……本に興味が有るの?」
女性は一つ訊ねてみた。
別の捜索依頼の際、鏡也は屋内や地下には目もくれずにずっと本棚を探していたそうだ。
集中的に探すというなら、それも良いかもしれない。
だが、地下が発見されて尚、本しか調べていなかったのは少し気になる。
鏡也は、階段を上がりながら答えた。
「……人皮の書って知ってる?」
「何、それ……?」
聞いただけで悍ましい。
彼が持っている黒いノートより邪悪な響きがする。
「人皮の書……或いは意志を持った書物……冒涜的な内容を孕んだ人外の記述が残された本」
マンション二階。
外観の廃墟の雰囲気そのままに、中まで荒れている。
部屋ごとを分ける壁、それに上階への天井も壊れており、その中には人為的に壊された跡も見えた。
「僕は、そういう本を探している……勿論、本物のね。さ、着いたよ。ここなら広く使えるだろう」
「何処? ここ……」
窓際に寄った女性が見下ろすと、真下に金城美弥子の家が見えた。
「僕が彼女を見張ってた時に使った場所。あまり荒らさないでね。一応、僕もまだ使ってるし」
そうして再度室内に目を向ける。
確かに、簡易的ではあるが休息用のソファと本棚、机が部屋の端には置かれていた。
「で、どうする? すぐに開いてみる?」
事も無げに鏡也が言うもので、女性は少し慌ててしまった。
「どっ、どうするって……その為に来たんじゃないの!?」
「取捨選択は必要だ、という話さ。聞けば、この世界は今現在も色々ヤバいらしいじゃないか。時に備えて体力を温存しておく必要も有るんじゃないのかい?」
この依頼は僕の単なる好奇心だ、と付け加えた。
「そこまでして読みたいの……?」
「だって、気にならない? 他人の日記だよ?」
「……良い性格してる」
「割と言われる」
黒のノートを持ったまま、鏡也は窓際に腰掛ける。
「必要が有るなら、誰かを呼んで来ると良い。僕はここで待ってる」
再度言うが、これはただの夜妖退治だ。
ノートに込められた邪悪を退治する、何とも単純な依頼だ。
「自分達の余力を計って、慎重に。いざって時に、この依頼で疲労した跡が……なんて、目も当てられないだろう?」
「はいはい……」
戻りかけた女性は、階段手前で足を止めて振り返った。
「……本当にここに居るよね?」
窓際から、小さく笑う息が漏れる。
「心外だな」
鏡也は、じっと彼女から目を離さずに答えてみせた。
「僕が、嘘を吐いた事が有ったかい?」
- 再現性東京202X:余談・堕ちる狭間の備忘録完了
- 飽くまで単発戦闘シナリオで御座います。
- GM名夜影 鈴
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2024年03月12日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談6日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
●
「……来たね」
弥奈月鏡也は、酷く崩れかかった穴、かつて窓の在った廃墟の淵からゆっくりと腰を上げる。
「おや、初めましての人も居るね。自己紹介をしておいた方が良いかな? 僕は」
「名前は知ってる。四方山話をしに呼んだ訳じゃねぇだろう?」
一人前へと踏み出して、『侠骨の拳』亘理 義弘(p3p000398)は色黒の大きな拳を握った。
仕事は『呪いの手記』から出現した夜妖の討伐。
手記の内容は確かに気になる。内容ではなく、何故それがこの現象を引き起こしているのか。
その手記を見ながら、自身の武装、書物の一冊を出して『探索者』安藤 優(p3p011313)は彼へ問う。
「弥奈月さん、ぼくの召喚術に興味はありませんか?」
今、優の手元に在るのはそれに限りなく近しいと思われる一冊の筈だ。
「君の見せてくれたあの黒い生物、だね。個人的に関わりは有ったし、どうやって呼んでるかも確かに興味は有る」
「これはかの有名な魔導書の、写本の写本……ですが、戦闘に参加していただけるなら、これらについてお話できますよ」
一応、説得交渉に懸念点は有る。
「ふふ、有難い話だ。けれど人皮の書、以外で交渉したいと言うのなら……僕が見たいのはちょっとした遺言書きだ」
何故それらを欲しているのか、それが彼の口から出ないものだから、交渉するにも難度が高いのだ。
代わりに、と鏡也はこちらから一つ提案をした。
「約束するよ。この戦いで僕はただの静観者だ」
「それで構いません」
もしかすると、優の本命はこちらだったのだろうか。
彼は誓った。敵に回る事も、イレギュラーズが不利益になる行動も起こさない、と。
「始めるかい?」
「ちょっと待って」
ノートの角に触れた鏡也の指先が、廃墟のマンションに保護の結界を張る女性の声によってピタリと止まる。
「事前準備くらいは、させてくれるのよね?」
『比翼連理・護』藤野 蛍(p3p003861)は断りを入れつつも、問うた相手の顔が肯定を示している事を悟るとすぐに自身の肉体強度を高める術を施し始めた。
「勿論だ。君達の全力を見られるというなら僕も興味が有る、っていうか」
鏡也は細い指先をノートの淵に走らせた。
「前々から思ってたけど、面白いね、君。抜け目が無い感じとか……良いね」
好感? それにしては、変人から興味を持たれてしまったような本能の悪寒が背筋を伝う。
「もう一度言っておくけど、倒したからと言って望んだ結果が訪れるとは限らない」
「放置されていた手記から出るなら、本人との対面時も出るでしょう」
蛍への視線を遮るように、『比翼連理・攻』桜咲 珠緒(p3p004426)の煌びやかな桜色の衣装が間に入る。
暗がりに纏った蛍の光が、珠緒の背に影を作った。
「ならば手早く処理できる流れを探らない手はないのです」
「そうかい……ふふ、少し訂正しよう。本当に」
珠緒と蛍にそんな意図は無かったかもしれない。だが、鏡也には美弥子の件にも、そして混沌世界そのものの問題にも正面から対峙する気概をこの場の八人に見出して、改めて小さく息を吸い込んだ。
「凄いね、君達は。経験、努力、不屈の精神……そんな言葉の賞賛じゃなく、素直に心から尊敬するよ」
「皆、気を付けて。話通りなら、今から出て来る一部はボク達が今までに相対して来た夜妖……」
部屋の中央へ歩み寄る鏡也に注意を払いながら、蛍はそれを周囲にも促す。
「潜む能力が健在なら、下手に追撃すると知らずの内に相手の攻撃圏内に入るわよ!」
その言葉と共に蛍の心構えが万端となり、桜の幻影を身に纏った事を確認し。
鏡也は、左手で持ったノートの中央に右指を割り込ませて一気に開いた。
そこに現れるものを確認するように、そしてこの場所の視界の確保も含め、宙を指揮した杖先から『灯したい、火を』柊木 涼花(p3p010038)自身の身体に光が纏う。
「傲慢だ」
『同一奇譚』ロジャーズ=L=ナイア(p3p000569)は遺憾の意を露わにした。
「私も常々私自身を傲慢だと宣ってきたが、此処まで傲慢な者は久方振りに視た」
直後、朽ちたマンションの外壁を何かの影が通り過ぎた。
影はそのまま一直線に昇り、外壁の向こうからロジャースの元へ。
そのワイバーンへロジャースが跳び乗り、目線を浴びる様に自身の身体を発光させるとその場で旋回し飛翔した。
「その身、如何なるものか。私の眸をもって見極めよう」
「ボクみたいな練達生まれで、触れた程度でも知識あるならともかくさ?」
同じく、英雄たる闘志を身に纏う『盾役』レイテ・コロン(p3p011010)は悩まし気な顔で『彼女』が何をこの世界に齎そうとしているか、心当たりが有る様子であった。
「普通にこの世界に生まれた人達だと知識も得られずヤバさが解らない辺り、金城さんの性格の悪さが出てる気がするなぁ」
レイテの視線は召喚の光を伴って現れた鏡也の背後からロジャースへ移る。
美弥子が召喚しようとしたのと恐らく同類の存在、親族が既にこの場に居ると知れば彼女は……。
驚き、はするかもしれない。同時に、こんな事をしでかしている者が想像通りの反応を見せるとは思えない、ような気もする。
灰色の髪を靡かせた男は悠々と皆の間に割って入った。
「それじゃあ、僕は邪魔にならない位置に下がらせて貰うよ」
「ぶはははッ! 依頼人が何であれ仕事は仕事だ。きっちりやり遂げてみせらぁ!」
真横を通り抜ける鏡也と背中を向かい合わせ、『黒豚系オーク』ゴリョウ・クートン(p3p002081)が高らかに宣言する。
余す事無く力をぶつける為、涼花は呼吸とリズムを整えた。
やる事はシンプル。
目の前の敵を倒す、皆を支援する。『涼花』としてすべき事はその、二つ。
「万が一の時の為に、退避する準備だけは僕の方で整えておこう」
全体を見渡して思うのは、召喚の蒼光と相反した黒い瘴気が漂っているという事。
まるで、書物の中の邪念を詰め込んで生んだかのような、邪悪以外の表現を受け付けないような空気の圧。
「じゃあ、頑張って」
鏡也が新たに開いたページを読み上げる。
甘い音で息を吸った彼は、ノートが彼女の想いを吐露する物品であるという事を嫌でも思い知らせる文から読み始めた。
『嬉しかった、のです』
●
これぞ、天衣無縫の極致也。
緩やかに、珠緒の手元で術式刀が揺れる。その動きは同時に次の動作の最適化を構成し。
まるで舞う如く。一歩引いたその場所に、阿吽の呼吸で蛍が舞い込む。
燃ゆる炎が二人の足元を環状に広がり、蛍が一閃させれば桜の吹雪と共に炎が、珠緒が放つ堕天の輝きと影の元へ襲いゆく。
イレギュラーズ達から見て左に影の束。右に鬼の群れ。
その中央に鎮座する言葉通りのドス黒い樹木。
鬼達の眼前に対峙したレイテが纏まっている内の鬼達に接近、間合いに入るなり前面四方に広がる乱撃を繰り出す。
ぬるり痛みを感じさせぬ赤の瞳。反撃の鬼達の爪がレイテへ。
その真横へ、義弘が初手から力強く踏み込み。
躍動。踏み込む地面が大きく振動する。
全身の筋肉を奮い立たせ、義弘の突進が鬼達の横っ腹を食い破った。
『まさか、この世界にもそういった存在が現れているとは思いもせず、私は童心に帰りただ無邪気に皆様の話を読み、聞き、そうして思う事が御座いました』
鏡也の声が合間に聞こえる。その声に、優は腹部に手を当てた。
(くそ……お腹の古傷が疼く)
粘膜上の影のような沼が優の足元に展開される。
何故だろうか。この沼の主とは似ても似つかぬ姿だというのに。
相手の影と競り合う様子はこちらが勝っていると思えるのに。
(槍でお腹を貫かれる光景が頭にチラつく!)
攻勢に出ている筈の優の顔が何故か歪んでいるようにも見える最中。
猛然と、中央に位置する樹木にゴリョウが突っ込んだ。
「俺を無視して……」
まるで枝というより触手だ。幹はしっかりとした樹であるのに、先端だけ別の生き物を付け加えたような歪な不快感。
「他の味方には手を出させねぇぜ!」
乱舞する触手の一本をその大型籠手で掴み取り、金の双眸が真っ直ぐ相手の幹を見据える。
「戦場に歌を、心に灯を!」
涼花が撫でた宙に、杖先からの音が鳴る。
皆より後に動き出した、いや動き出せた彼女からの音色は涼花の言の葉と重なり。
「――皆さん、全力で暴れてきてください!」
涼花より前衛に位置する全ての仲間へ光を届けた。
「冒涜的な事を考える。我々を造ると謂う発想が芽吹いていたとは」
深淵を見定めるような眼光で、ロジャースは鬼達へと宣言する。
「我こそが這い寄る混沌、ロジャーズ=L=ナイア!」
混沌の空気が場を包む。嫌でも、ロジャースの元に注意が集まる。
『もしかしたら、私の黒魔術を用いれば……私にも、それを呼ぶ事が出来るかもしれないのでは、と』
●
『最初の贄は、学生でした。気付かれないよう、せめて、気付かれても夜妖の自然発生が起こしたものだと思われる程度に抑えて』
重力を適合させた珠緒の刀が、堕天の光を振り降ろす。
やや離れた位置での集中砲火。近寄らば『砕』の太刀が斬って捨てる。
その輝きが続く内はまだ珠緒の阻害には成り得ない。
そう判断し蛍は更に一歩前へ。これは壁としての踏み込み。
その場で回転、切っ先に集う桜の花弁が振るわれた先の黒い樹木へと散って刻み付ける。
既にゴリョウとロジャースへ注意を払われているところへの追撃。ダメ押し、というやつだ。
回転した蛍の視線は珠緒の姿越しに鏡也へと。互いに敵と中立の男へ注意を払う。
迫る鬼の爪を手刀にて受け流し、流す力でレイテが一気に鬼の懐に迫る。
が、彼が見ていたのは更にもう一歩先であった。
更に複数範囲を自分の間合いに居れたレイテが乱撃の嵐を浴びせ続ける。
戦線がやや左寄りとなっているのは、鬼と対峙した物理派の攻撃班が押している証拠だ。
組み合った義弘の腕が人外の力を得たように盛り上がる。
何が、どうして。これで、鬼だと?
いつぞやの巨兵の方がまだ張り合いが有った。
「行くぜ……」
一瞬力を緩めて相手の胸を突き飛ばし、義弘が片側前傾に大股を開いて腰を落とす。
聞こえるか否かの息継ぎ。相手がよろめいた足の二度目を地面に着けようとした刹那。
繰り出されたのは無数に枝分けれした剛腕の拳。
一匹転がった鬼がゴリョウの近くに。それを足で受け止めて義弘側へと蹴り返し、ゴリョウは自分の頭上に影が出来たのを悟った。
「っとぉ!」
樹木の巨体が遥か遠くの天井から落下してくる。
構えた盾でその直撃を避けたゴリョウは、しかしその重量に火焔盾を持つ手が痺れる感覚も覚えた。
枝木の一本がゴリョウの腕に絡みつく。
片手とその場からの移動を封じられた力比べとなり。
「ぶははッ!」
ゴリョウは、笑った。
盾は元より。これで動けずじまい。
互いに、だ。
ゴリョウの傷口から修復の闘気が滲み出す。
「さぁ、我慢比べといこうや黒いのッ!」
無論、強気に出れたのは自身の修復機能以外にも有るだろう。
廃墟の部屋に歌声が流れる。
全体の被害状況を鑑みて、聖歌の施しに切り替えた涼花の歌声が。
冷静に、全体を把握して。
引き付けの三人により身体異常の心配は少ない。
展開しろ、集中しろ、皆が全力で戦えるように。
影に混じった優の黒沼が、その影達を暗黒の中へと誘う。
やはりこいつらも何処か『不完全』。夜妖としてではなく、何と言うか、物体として噛み合っていない。
飲み込まれ、消滅していく影の後ろ、皆よりも後ろでまた声がした。
『次はある会社で。別に、何処でも良かったのです。強いて言うならこれも比較的小さな場所で行いました。
余り大きな所を贄にしようとして、大問題に発展したら私もやりにくいですし……ほら、今の世界でそんな事を起こしたら、お互いに困りますでしょうから』
声は続く。
『でも、結果はご覧の通り。所詮、鍛えてもいない一イレギュラーズの矮小な能力では歪なものしか呼べませんでした。あまりに異質な存在は、世界に弾かれたのでしょうね』
「視えた」
蛍へ死の概念も覆す魔境の鎧を与え、ロジャースの両目が見開かれる。
自身の傷は己の概念に修復される。一と全。門にして鍵。繋がりは存在を強固にする。
「全くもって冒涜的だ。未知なる理を呼ぼうとしておきながら……」
ロジャースの目はこの敵達がどうしても。
「元の欠片を真似るばかりで我らとは似ても似つかぬ存在ではないか!」
多少、何かを彷彿とさせるような面倒そうな能力は付いているが、ただ、それだけ。
蛍の桜に誘われた影を珠緒の終の太刀が両断し、更に珠緒は敵の姿を見定める。
召喚物。流動体の夜妖。
「実体がある以上、物理的な限界はあって然るもの。見出すべきはそこ」
今のところ、核のような物は見えない。
……動物実験のようで良い気分はしないが、と思いながら珠緒は続けて刀を振るう。
分裂はしない。殴る、叩くよりも今のように斬り伏せれば物理でも有効打だろうか。
これは、そう、そういう創作物。
所詮、己もそういう存在だと『自分』を自覚するロジャース。これらはその創作のまた創作と言っても過言では無い。
でもね、と中立者の声がした。
――それは、別に良いのです。過程に過ぎませんから。
●
涼花の見解は、的確であった。
あの鬼、赤目にさえ合わせなければこちらの動きは封じられない。
であれば治癒の合間に攻撃へ転じる動きも容易だ。
形取った歌声の衝撃波が鬼へと放たれ、仰け反った鬼にレイテからの肘打ちが追撃する。
「意外と……しつこい!」
右の肘打ち、流れる裏拳。引いた左拳に『傲慢』を乗せて。
叩き込む、硬さ無視の一点打撃。
霧散していく空気を纏いながら義弘がその中へ突っ込む。
影の方は流動体。ならば、内側から破壊してやろう。
危機を察知したか、発光で作られた光源の中へ影が動く。
だが、義弘の拳はそれより速く影の頭部を打って歪ませた。
水っぽい音を上げて震えた影が、一瞬の後に内側から弾け飛ぶ。
その眼前で形成される。神性の魔力。
「これこそが闇より出でし闇を断つ剣!」
顕現させながら、優はチラリとロジャースの方を見た。
半ば勢いだったが、多分、伝承とロジャースの存在が真ならば嫌悪を示されたりしないだろうか。
その本人が魔力の障壁を展開させ、魔の皇王となり夜妖を蹂躙していくのを見て、優は気付かれる前にその魔剣を振り下ろした。
しなる枝木が乱れ飛ぶ。
内、自分へと迫るそれをゴリョウは打ち払う。
役目は抑え。だからと言って日酔って守りに入る程。
「ヌルい人生送ってねぇんだわ!」
一本を掴むと千切り捨て、そのまま幹を殴り飛ばす。
それを前方に見据えて、珠緒は静かに構えた。
目線だけ、横目で後ろに移して。
「解ってるよ」
視線に気付いた青年の声が返って来た。
「僕もただ読み上げるだけじゃ悪いとは思ってた。だけど、それはいつも通り吹っ飛ばして構わない」
それを受けて、珠緒は頭上を見上げた。
――まだ彼女の結界は働いている。
蛍の桜が道を作っている。跳んだ蛍が珠緒と樹木への道を開けた。
後はこの一本道に、ただ真っ直ぐに。
「抜刀・轟駆!!」
ここまでの『砕』とも、見せなかった『轟』とも違う抜刀の型。
光る剣閃が宙を一刀に突き抜け。
何かの破片をその場に落として、ゆっくりと、袈裟斬りの剣筋で二つに分かれて床に崩れた。
「……恐らく、召喚に使った『供物』だね。質感からして何かの鉱物……思い付く限りでは、銅像、かな」
拾い上げて、鏡也は言った。
召喚された夜妖はこの銅像を媒体にしているか、少なくとも召喚した陣が在る筈だ、と。
勿論召喚された夜妖はそれを守るように動くかもしれないが、『像』か『陣』、この先に出会う時、それが有れば狙ってみるのも良いかもしれないと。
「……消えましたね」
霧散した後を優が見る。
召喚物である故、食材として残しておくのは難しかったのだろう。
「ま、話し合うなら軽くツマミでも作らせて貰おうかね!」
とのゴリョウの言葉に、鏡也は「良いね、それ」とだけ返して調理の為の幅だけ空けた。
「そいつはどうするつもりだ?」
まだ手元に残ったままの黒いノートを見て、義弘が鏡也に問う。
「勿論、燃やすさ。内容は覚えたし……百害有って一利無し、だろう?」
それより、と鏡也は蛍に向く。
「藤野君。僕の本棚なんか見たって何も面白くないよ。魔術の研究を書き留めているだけだし」
「……研究?」
「うん、人外の書物に対する、研究」
鏡也は何とも思っていない様子だ。
しかし、蛍は何かそこに引っ掛かりを感じた。
もしかすると、美弥子が鏡也を探していた理由は……勧誘、か?
そういった意味では、レイテも優の事が気に掛かる。
味方と断言は出来ない鏡也は優に興味を示していた。今後、注意はしておくべきだろうか。
「まぁ、まずは腹ごしらえでもしようじゃないか」
鏡也本人は呑気な台詞と微笑でゴリョウの元へ歩いて行く。
彼が机に置いたノートが、風で捲れて最後のページを晒していた。
彼が読まなかった一文が、ノートの最後に書かれている。
――それは、別に良いのです。過程に過ぎませんから。
――私は、ただ、世界の始まりというのを見てみたかっただけなのです。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
お疲れ様でした、依頼完了です!
派生とはいえ、関連した依頼でしたので少しだけ関係するような、金城美弥子の事柄を織り交ぜてのリプレイとさせて頂きました。
最近は正面戦闘のリプレイを書いてませんでしたので、ちょっとですね……戦闘の方に力を入れました……!
まぁその割に戦闘前に尺を割いてますが……! 何で……!
ちょこっと情報を出しつつの戦闘シナリオで御座いました。
折角探索して下さったのですから、丸々無かった事にして次に進むのも惜しいし、なるべくスッキリした状態で進みたかったっていうのが大きいです。
もし撤退となった場合に備えて弥奈月鏡也もこの場に居させましたが、本当に戦闘に関してはお任せして良かったと思っております。三枚盾はそうそう突破出来ないんだわ。
では、機会が有りましたらまたお会い致しましょう!
有難う御座いました!
GMコメント
●再現性東京、弥奈月鏡也と金城美弥子に関するオープニング内容ですが、内容は飽くまで夜妖の討伐、戦闘依頼の単発シナリオとなります。
違う依頼での探索結果の情報開示も含めてはいますが。
時系列として考えるなら『喰えぬ異端の探索者』というシナリオの直後くらいだと思って下さい。
●目標
『呪いの手記』から出現した夜妖、計9体の討伐。
●敵情報(計9体)
・影よりのもの×4(夜妖)
※『影』などと略称して頂いて大丈夫です
影の中に潜む夜妖。
例え暗闇の中でも、周囲から漏れる僅かな光源から出来た影の中に潜んでいる。
影の中から姿を現す時は流動体で、実体を持っているので物理的に干渉可能。
形としては人間の親指のようなフォルム。ただし、間接などが有る訳ではない。
不定形な姿であり、攻撃方法は影を鉤爪のように変えて伸ばし、犠牲者を裂いてくる。
また、影自体が相手に纏わりつく事で【窒息】させてくる事もあるかもしれない。
特性として近いのはスライムだろう。
流動体という事もあり、物理的な攻撃は少し効きづらいかもしれない。
・壁に潜む鬼×4(夜妖)
※『鬼』などと略称して頂いて大丈夫です
全身の体毛が無い赤目の鬼。
この夜妖が所持しているのは鋭い鉤爪と牙である。
また、その赤い瞳で強く見られた者は【混乱】を発生する危険を含んでいる。
遠くの敵を攻撃する際は、両手を強く鳴らし音波のような衝撃波を飛ばしてくる。
攻撃を受ける際、鬼達はマンションの壁へ潜り、回避をするかもしれない。
・黒く蠢く樹木×1(夜妖)
※『樹木』などと略称して頂いて大丈夫です
上から下まで真っ黒に染まった大木の夜妖。
マンションの中に樹木が鎮座する様は、異様と言えば異様かもしれない。
顕現させた場所の天井が壊れていなければ、恐らく突き破っていただろう。
放っておくと、そのままマンションに根付く可能性が有る。
樹木ではあるが、複数の根っこを足のように動かして移動する。
枝木を鞭のような触手として使い、これで攻撃を行う。
また、その触手で相手を絡めとる動きも見せる。
絡め取られた相手はそこから体力を吸い取られる可能性が有る。
そして想像は難しいかもしれないが、移動するという事は跳ぶ事も出来る。
踏みつけて来る可能性も有るので注意したい。
●シチュエーション
再現性東京、廃墟のマンション。夜。
周囲の壁、天井も壊れており、広い一室を想像して構わない。
横にも広がれるし、上にも飛べる。
イレギュラーズ達が現場に到着すると、窓際で腰掛けている弥奈月鏡也という男が貴方達を待っている。
準備は良いかの一応の確認はしてくれるだろうが、問題無ければすぐに手元の『呪いの手記』を
開くだろう。
開かれると、上記の夜妖達が一度にその場に顕現する。
一度、何処かで見た事のある夜妖もいる中に、見慣れないものも混じっているかもしれない。
きっと、何処かで召喚に成功していれば出て来る筈だった怪物だ。
部屋にはソファ、机、本棚とあるが、全部壁際に寄せられているので戦闘には影響しない。
そして今回の戦闘中、弥奈月鏡也は戦闘には参加しない。
皆を見守るように後ろに控えている。応戦するのは自分に危険が迫った場合のみだ。
皆の戦闘力を信頼しての事だろうか。
まぁ、この場所は彼の自室とも言える。変に荒らされないかという不安が有るのなら、気持ちは解らなくもない。
●弥奈月鏡也(NPC)
後ろで一つに纏めた長い灰色の髪と橙の鋭い眼光をした青年。イレギュラーズ。
細身で、いつも貼り付けたような微笑を浮かべている。
リプレイ開始時、現場には居るが基本的に戦闘には参加しない。
皆の後方で控えている。
戦闘に加わる事が有るとするなら、イレギュラーズ達の人数が不足していると感じるか自分に危険が迫った場合のみだろう。
もし戦うなら、彼は遠距離からの狙撃手となる。
といっても手元に武器らしい武器は見えない。彼は、自分の魔力を氷の矢のようにして敵を狙撃する。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
----用語説明----
●夜妖<ヨル>
都市伝説やモンスターの総称。
科学文明の中に生きる再現性東京の住民達にとって存在してはいけないファンタジー生物。
関わりたくないものです。
完全な人型で無い旅人や種族は再現性東京『希望ヶ浜地区』では恐れられる程度に、この地区では『非日常』は許容されません。(ただし、非日常を認めないため変わったファッションだなと思われる程度に済みます)
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