シナリオ詳細
醜き聖蝶
オープニング
●それは外から見たモノ
ああ! 嗚呼……!!
見ろ、見ろ。あの美しく荘厳なお姿を! 金色に輝ける神の羽!
なんという麗しき歌声! この歌をこれだけ間近で聴ける私はきっと世界で最も幸福だ!
すらりと伸びる肢体の、艶かしさを含む彫刻の如き芸術美を持った白亜の手足。
はぁぁあぅんあっ!! いまッ! ”わたしを見て微笑んだぞ”ッ──!!
あはははははは! あはははははは!
私を抱き締める【神】のなんと気高く美しい。【神】は今まさに、私を御身の内に取り込んで一体化しようとしている!
新たな【神】を産む為に! 凄いぞー! 凄いことなんだぞーー!!
あぁあぁぁぁぁ……いま、【神】の体に……入っ…………
●それは内からの見たモノ
「もッ……が、ぁぁァァァ……っあ!!?」
耐え難い激痛に男は目尻が裂ける程に大きく瞼を見開いた。
呼吸が出来ない。腕が熱い。首も熱い。全部熱い。
視界は金色に輝いてはいるが、その中に点々と赤い液体が飛び散る。それが自身の焼け爛れた皮膚が裂けたことによる物だとは気付かなかった。
『そこは』胃袋だった。
男は今、生きたまま喰われ溶かされようとしている。何よりも信じた存在によって。
「なッ……ぜぇぇえ!?」
男は叫び問いかける。
彼はその晩で実に49人目の生贄だった。生贄、しかしその言葉が意味する物とは真逆に神聖なる儀式でもある。
何故なら、小さな村に突如降臨した【神】の一部となって混沌世界の裏側に在る楽園へと至る為なのだから。
そう聞いて思い込んでいた。
誰かが発狂した折に叫んだ妄言を村人の誰もが信じてしまっていた。全員が狂気に囚われているとも気づかずに。
「ぁぁぁ!! ぎゃ……」
断末魔の声も挙げられぬ内に男は【神】の胃袋の中で息絶える。
震える男の身体が遂に動きを止めて。暫くの後に辛うじて原型を留めているだけの、溶けた蝋人形が吐き出された。
吐き出した場所は村人が生贄を捧げる為に用意した祭壇ではなく深い森の奥。
人の三倍以上ある体長を持つ『金色の蝶』は長い手足を伸ばして骸をバターのように切り刻み、高々と掴み掲げた。
すると、どうだろう。
辺りは暗闇に包まれていたにも関わらず。最初はチラチラと、次第に言葉にも出来ない様な光源の濁流が如き現象が巻き起こる。
小さな金色の蝶……しかし近くで見れば首を傾げるに違いない。
どの蝶も長い手足を持って人の顔のような頭部を有しているのだ。
●それは『形』を得た信仰
『完璧なオペレーター』ミリタリア・シュトラーセ(p3n000037)は一人の神父と共に酒場へと戻ってきた。
既に二階席の卓に集まっているイレギュラーズはミリタリアの姿を見るや無言になる。そう事前に言われていたのだ。
「彼等が今回の依頼に臨む者達です、ブロイラー神父」
「……なるほど。は、は。なんだか緊張してしまいますね……時には枢機卿と肩を並べる様な御方の命を受ける方々に私のような……」
緊張した様子の神父は少し長過ぎる袖を手で押さえながら、軽い咳払いをして卓に着いた。
聖教国ネメシスの田舎町。信仰に厚い天義の民でも心なしか ”緩和” されているだけあって、夜な夜な小さな酒場に人々は集まっている事もあった。
時刻は真昼。人の気配が他に無い事を確認した神父は卓へ向き直った。
「皆様にはこの町から東へ行った先にあるテッド村へ向かって頂き、モンスターを討伐して欲しいのです」
神父曰く。
そのテッド村はかつて都市から出てきた没落貴族の末裔が住んでおり、先祖代々信仰心が強く。近隣の村を魔種だと糾弾して燃やしにかかる程の過激な面があったのだ。
そんな村だったのだが、通りがかった行商を襲う事件を先日起こしたらしい。
運良く同行していたブロイラー神父が村人達を撃退して捕らえたが、彼等の告白した内容に耳を疑ったという。
「……我々が信仰する『神の御姿』を見たというのです。
可能な限りのリーディングや話し合いを繰り返してみましたが、9人全員が同様の証言をしています」
それが本当ならば一目したいのが聖職者というものですが。と語る神父はやはり緊張した表情のままだ。
「神は……『金色の羽』、『金の肌』、『透き通る様な深淵の眼』……だとか。
まあ見た目はともかく。私はこれを騎士団や教会へ報告するよりも先にやるべきことが……
町の医師に村人を見てもらった所、これらはとある魔物の毒に侵されたことで狂っているのだと判ったのですよ」
イレギュラーズの誰かが不意に「その魔物とは?」と声を挙げた。
「妖蝶ギルドース、昔はこの辺りの森に生息していた肉食蝶です。
精神作用のある毒の鱗粉を撒き散らし、鉄に等しい硬度の肉体と岩をも溶かせる強酸を吐いて来る。
害虫らしい害虫ですよ。これをかの村は神だと言うのだから本来は村ごと消さなくてはいけないわけです」
しかし、と神父は置いた。
「……邪魔な虫を駆除してから愚か者共を罰する方が、効率的でしょう?」
既に見慣れた者はこの場に居たろうか。
天義で目にしてきた狂信の片鱗を覗かせた神父の目を、一同は黙って見ていた。
- 醜き聖蝶Lv:5以上完了
- GM名ちくわブレード(休止中)
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2018年11月09日 22時00分
- 参加人数8/8人
- 相談5日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●彼が彼であるが故に
虫も鳴かぬ程に冷たい夜、本来ならば静寂に包まれている筈の田舎村に燈が揺れる。
揺れ動き、彷徨う篝火の数々。
闇夜をフラフラと往復しては数を増すその様は、まるで虫の様に思う。
だが、『ペリドット・グリーンの決意』藤野 蛍(p3p003861)はそれを否定する──
「……あれは違う」
「む? 何か言ったでござるか……して、彼奴等の動向は」
『黒耀の鴉』如月=紅牙=咲耶(p3p006128)の問いに蛍は静かに頷いて見せた。
「集まってる。今なら『上』から見ていても問題無いと思うわ」
「……そうね」
蛍と『レジーナ・カームバンクル』善と悪を敷く 天鍵の 女王(p3p000665)の視線が数瞬交わされ、後にぐるりと一人を除いて仲間達に視線が巡らされる。
空を舞う二羽の鳥達が頭上を通り過ぎ、見上げて首を傾げる者が一人。
今回の依頼人であり、自ら協力者として名乗り出て来ていたブロイラー神父だ。
「……捕えた者達の話ではそろそろ生贄の儀式が始まる筈です。
どうかお気をつけて。後に罰するとはいえ今は忍びの身、聖騎士を連れていません……虫ケラ如きに邪魔などされぬよう……」
闇夜に蠢く村人達を睨み「嘆かわしい事です」と怨嗟の声を漏らす。
咲耶からカンテラを何人かが受け取る中で神父の方へ幾つかの視線が向かう。
「……あの人たちは、狂わされてしまったからこそ、天義の信仰から外れてしまった面……きっと、被害者でもあると思うの」
ポツリ、ポツリと。揺れ動く灯りが増えて来た村の方を見据えながら蛍は神父に近付いて行く。
「だから差し支えなければお願いします、今一度村人さん達に……正しき信仰の元に戻るチャンスを与えて欲しいんです。
慈愛の心と寛大なる赦しを以て、貴方自身の御慈悲と使命にて、彼らが信仰の正道を歩めるよう導いて下さらないでしょうか」
彼女なりに言葉と品を選んだのだろう。福音書と共に示されたのは免罪符だった。
だからこそ、神父は暫しの間を空けてから自分が何を言われているのか理解した。
「な……何を言っているのです……? なぜそれを……」
明らかに戸惑い、困惑した。何故目の前の少女はそんな事を言うのだと。
だが神父が蛍の灯りに照らされた一瞬、その顔には抑え込もうとして零れ落ちた引き攣った笑みが浮かんでいた。
蛍が説得の材料になるかと取り出した福音書の上に置かれた免罪符を『持っている』事に彼は感動を覚えていた様だった。
だからか、苦笑混じりに『黒のミスティリオン』アリシス・シーアルジア(p3p000397)が続いた。
「……神などと認識した事も、全ては村人達が敬虔深き信徒だったという土台があったが故の事でしょう。
力無き民草は邪悪なるものの侵蝕には無力なもの。故に現実の彼らを無事に救い正しき信仰に戻す事は、神父としての務めでありましょう……?」
「…………」
固まる神父の横をアリシスは通り過ぎて行く。
提げた灯りを揺らす彼女が去った後はより濃い闇夜が残され、神父の表情が見えなくなる。
俯き、何事か考えている様だった。
「……やれやれ、信仰とは実に面倒な物だ」
「難しい話はよくわからんが、早い話が害虫駆除か。食われん内に駆除しておかんとな!」
微かに流れていた不穏な空気を『暴猛たる巨牛』ルウ・ジャガーノート(p3p000937)は頼もしい足取りと共に散らす。
彼女の認識は正しい。これから向かう敵が特大の害虫なのは事実である。
蛍達のファミリアーを飛ばしていたのは正解だったと言えよう、少なくとも今夜儀式によって新たな犠牲者が出るよりも先に駆除が出来るのだから。
『KnowlEdge』シグ・ローデッド(p3p000483)はそんなルウの考えとは別に、神父を見て首を振っていた。この仕事が終わった頃にはどうなっているものか。
「念の為、神父の直衛に我(わたし)の使い魔を就けておくのだわ。村から離れていても安全とは限らないものね」
屈強そうな騎士の姿をした朧気な存在が神父の隣に召喚される。
それに対し神父が何か言う事は無かったが、静かに使い魔を見上げてからレジーナへ小さく頭を下げた。
彼がどんな表情を浮かべていたのか知る事は無かった。
●撒かれし黄金の毒
村の中央祭壇を囲む様に集まった村人達は盲信的に、狂信的に渇仰する【神】が降臨せし時を今かと待ち望んでいた。
手に手に松明を持ち平伏す彼等の姿は一目で異様であると分かるだろう。
そこへ。
「っ!? お、おい! なんだお前達は!」
「村長、あいつら武器なんか持ってますよ……!」
突然何処からともなく現れた闖入者達に騒然とする。
彼等は幾度かの誰何の声をかけるも、イレギュラーズがそれに応対する素振りが無いと見るやいきなり納屋から斧を持ち出す者も出て来ている。
「実利を与えてくれるわけでもない存在をそんなに無条件に信仰出来るっていう気持ちはよくわかんないな」
それぞれの自由だとわかっていても『魂の牧童』巡離 リンネ(p3p000412)には漠然と目の前で波打つ村人達の様子に「違う」と感じていた。
ジワリと滲む様な殺気が立ち込める。
(これは乱戦になるかもしれないな)
シグはいつの間にかその身を纏う装いを変え、瞬く間に両腕を紅き大型の籠手に包む。
その時。
「祭壇から離れるのだ皆の者!! 【神】が、【神】が降臨されるぞ!!」
村長と呼ばれていた者から走る怒号に村人達が止まった。
彼等は一様に口を塞ぎながら跪き、歓喜の声と共に涙を流して仰いだ。
それらの視線或いは目が向かっているのは村の祭壇場の先に見える森の方角である。イレギュラーズもそちらへ視界を映せば捜すまでもなく。深い暗闇に包まれた夜空から一筋の光が差し込んでいるのが分かった。
金の砂粒が落ち、溢れる様に広がって行く。
「現れたでござるか!」
「黄金に光る蝶……これも一種の夜光蝶という所ですか。幻想の輝きと呼ぶには、少々派手で醜悪に過ぎますけれど」
遠目でも分かる。舞い降りたるは神の化身などではなく、ただの『蟲』なのだ。
「こんな、化け物が──! 神様であるはず、無い……!!」
耐えられる筈が無かった。
村人が信仰に狂う事も、狂気に染まろうとも、その手に狂気を握り自分へ向けようとも彼女は赦すだろう。
『銀凛の騎士』アマリリス(p3p004731)は激昂する。村人達の怒りを買おうとも全身全霊を以て否定した。
眼前に広がる黄金の霧はその全てが小さな妖蝶。村人達と明らかに様子が違う彼等が気に喰わなかったか、黄金の鱗粉振り撒く妖蝶は背の翅を羽ばたかせ迫る……!
「救うのよ、アマリリス。狂蝶にとらわれた天義の民を……己の天義騎士の役目を、今、果たす!!」
刹那。
銀凛の騎士が一閃する大剣と白亜の大爪が打ち合い、火花が鱗粉をチリチリと焼いた。
●届かぬ一太刀
狂風が黄金の毒と共に吹き荒ぶ。
宙を鋭く叩いたそれが、羽虫とは全く違う頑丈さを持った飛翼であると理解したのはアマリリスの刃を弾いた時か。
次々と空に描き出される紅眼の魔法陣を掻い潜り、縫うように飛び抜けた。宙返りする巨大な半人蝶は祭壇場を砲弾の如く飛び交い、自らの幼い子達と交わり襲いかかる。
「……ッ、神として崇められる毒虫だなんて天儀の教えでは異端も異端よね、汝(あなた)もただ生物の摂理を全うしているだけなのでしょうけれど……!」
耳元を切り裂く白亜の爪。至近で鱗粉を浴び続ける彼女は微かな気怠さを覚えてもそれ以上に変化は無い。
鎌の如く振り下ろされた爪を凌いだのと同時に衝撃波を放ち怯ませる。
耳鳴りの様な音が辺りを震わせた。それが妖蝶の『声』だと気付いたのは祭壇場を囲む村人達の歓声からだった。
「ぎッ、ひィィァ……!! か、神の声だ!」
「歌だ……歌ってらっしゃるぅ! あのヨソ者どもを今宵の『贄』に選ばれたのだぁ!!」
黄金の鱗粉が撒かれる度に。時が経つと共に狂乱の渦は広がって行く。
狂った者達は妖蝶が鳴いた音波を別の音として認識してしまうらしかった。
視界を塞ぐ蝶達を忍刀で払う咲耶が叫ぶ。
「状況が混沌としてきているでござるなッ」
「恐らくは、毒に依る洗脳効果の結果、信仰という土台に結びついた事で村人には上位存在として『神』と認識されたという所でしょうね……加えてこの鳴き声」
「……先の一撃を避けられたのが痛いな。もう一度奴を『常識圧殺』で捉えて見せる」
シグの瞳が妖しく光る。
「合わせるでござる、アリシス殿……!」
同時、アリシスと咲耶から放たれる不可視の攻撃が無数の蝶群を引き裂き、レジーナに襲い掛かっていた妖蝶に直撃する。
黄金に輝く肢体が軋み、空中で翅以外の全てが動きを止める。
捕えた。それだけが分かれば充分である。
「今だ、やれ……!」
「応ォォッ!!」
石畳を踏み砕き、轟と躍り出るルウの巨躯が文字通りの砲弾となって黄金の蝶のカーテンを引き裂いた。
旋風が巻き起こり、疾風の如く彼女の剛腕は刃を奮い乱れる!
「まずはちっこいのから潰してやるか! 吹き飛べッ! 糞蟲ども!!」
金の粉塵が彼女を中心に飛沫を上げる。
妖刀の刃先にこびり付く鱗粉と体液が黄金の軌跡を描いて蹴散らしたのである。
外敵を排除すべきと群集心理のような物が働いたか。ザザァ! と波の如く蝶達が揺れ動き、ルウを囲んだ。
刹那の好機。
宙を漂っていた鱗粉の残滓が吹き消されたのと同時、祭壇場をアマリリスが駆け抜けた。
「こんな毒、こんな幻惑、断ち切るために私はここにいる!!」
空中に縫い止められていた妖蝶へ向かい跳躍した彼女を中心に円を描いた一閃が走る。
「これ以上天義で、貴方のような害虫が栄えるのは許さない! 消えろ!! 私の国から────出て行くがいい!」
【── !! ──】
白亜の爪で辛うじて受けていた妖蝶に鉄槌の如き縦一文字が穿たれる。
渾身の一撃(クリティカル)。二本の白亜の爪が今、金の血潮を振り撒いて粉砕されたのだ。
遅れて生じた衝撃波を散らし、地に叩き落とされた妖蝶が石畳を捲り上げ地に突き刺さった。
「やったでござる! 成敗!」
「まだよ! あいつ、まだ動いてるわ……」
「存外にしぶとい。だがまだ封印は有効だ、畳みかける……ッ」
粉塵舞う落下地点へ駆けるシグに合わせ全体が動く。
その横を着いて行くように、蝶の群れもまたザザァと波打って彼等を囲もうとする。
綺羅めく妖蝶達は自らの母が窮地である事を理解しているかのようだった。
「っ、囲まれた……!」
「大丈夫大丈夫、もう傷は癒しといたからね」
上空から戦場を俯瞰していた蛍が息を飲む。しかしそれを払拭するかのようにリンネが手元の楽器を鳴らした。
辺りに狂気の音波が流れる最中を奔る旋律は周囲に不可思議な力の増長を促す。彼女のそれら支援を受け、今一度蒸気を吹かして巨(おお)いなる戦士が駆け上がって来る。
「どけってんだよ糞蟲がぁ!!」
瓦礫すら巻き込んで、石畳を布切れの如く剥がして妖蝶の群れを吹き散らす。
獰猛に角を奮い上げて手の得物を縦横無尽に振り回すルウの体は所々が赤く腫れ、蒸気を上げている。
妖蝶の幼体が吐き出す強酸は個体の大きさもあって精々雨粒のような一滴しかなく、威力もイレギュラーズにしてみればタカが知れている。
しかし、数が集まればそれは母体の比ではない。
数こそ半分以下になりつつあった幼体達もいよいよルウを仕留めにかかるべく殺到する……!
「ルウ殿……!」
雄叫びが上がるのを最後に、咲耶は背を向けて駆け出そうとする。
【── ──】
再び大気を打つ音が鳴り響き、夜空へ妖蝶が飛び立つ。
見れば、アリシス達の追撃を受けたのか細長い肢体から金の体液が零れ落ちていた。
あと一押し。
そう思った一同と咲耶は前衛の援護をすべく忍刀を振り被ろうとして、その手が止まった。
「やめろおおおお!!」
「なッ、やめっ! 何を……!?」
彼女の前に立ち塞がった男に次いで数人の村人が咲耶を羽交い絞めにしようとする。
動揺する彼女がハッと周囲を見渡せば、そこには祭壇場へ駆け登って来てイレギュラーズへ迫る村人達の姿があった。
(ここまできて……!)
●信仰の美醜
迫って来る村人達。
上空へ逃れようとする妖蝶。
周囲を見回したアリシスは平静を崩さず問いかける。
「お二人の意見は?」
「妖蝶優先かな。急いだ方が良いかもね、あれの攻撃に巻き込まれたら死んじゃうよ村人さん」
「同感だけど……」
リンネの戦略眼からして、今の状況は時間の経過と共に悪化するのは間違いない。蛍が躊躇うのは無理もなかった。
しかし猶予は無い。もう一度強く上空へ飛ばれれば全員の射程外に逃げられてしまう。
であるならば後は村人の妨害に順次対応するのみ。
その瞬間。それまで狂乱と殺意に満ちていた戦場が一瞬の空白に止まった。
「……!?」
「なんだ、頭の中に……!」
「あの男は……数ヵ月前の……」
村人達の頭に直接語りかける声。
気配に気づき振り向いた村長の視線の先に立っていたのは、一人の神父だった。
神父は視界に映る村人達へ次々に声を送り続ける。
──「神を、真に信ずるならばしかとその眼を開けて御覧なさい。
天義の民を自称するならば、目の前で武器を手にして奮闘している者を目に焼き付けなさい。
彼等こそ神が与えたもう選ばれし戦士達。神託によって成された勇者、『特異運命座標』の者達です」──
「なんだと……神託の?」
「そんな馬鹿な! 有り得ない、では【神】は何故、あの者達と戦って……!?」
頭を抱え混乱する者。騙りであると怒り狂う者。妖蝶に疑心を向ける者。
「これは神様ではありません!
思い出して! 世界の裏なんて無いこと、神様は人を襲ったり傷つけたりしないことを!!」
たった一言でその場に矛盾が生まれ、一瞬で広がり巡っていく。鱗粉が薄れたのと、既に常軌を逸した戦いを目の当たりにした事。
そして今もなお彼等に自分を取り戻して貰おうとするアマリリスという騎士の言葉が、村人達の足を止めていた。
「ブロイラー神父……!」
蛍が視線を向けた。彼女の中に静かな声が響き渡る。
『今のうちに』。その一言で彼女は空を仰いで呪詛を解き放った。
【── !? ──】
中空で全身を蝕む黒い瘴気に包まれた妖蝶がバタついた瞬間。魔力によって精製された縄と糸とが絡み合い自由を奪った。
直後墜落する妖蝶。
凄まじい轟音が鳴り響いた直後。アマリリスとシグ、レジーナ達がその中へ飛び込む。
「毒なら私も使えるのでな……侵食する金属の一撃、受けてみるかね?」
【── !! ──】
妖蝶は千切れた爪を振り上げ、それまで美麗な顔立ちをしていた女性の頭部が八つに割れて醜悪な正体を現す。
「させないわよ」
しかし、シグを眼前に銀の強酸が溢れそうになった口腔はギチリと……マジックロープとワイヤーによって閉ざされる。
細い腕が伸ばされ華奢な手が開く。
「これで……ッ!!」
「────終わりだ」
助けを乞うかに見えるその手を切り捨て、二つの銀光が妖蝶を貫いた。
刹那。眩い黄金の閃光が辺りに迸って視界を埋め尽くす。
今度は鱗粉による紛い物の輝きではない。何かしらの現象が重なり合う事で起きた光景だった。
聖蝶とも謳われた醜き存在は確かに討たれたのである。
●
●
●
戦いが終わった後は暫しの混乱と村人との衝突があった。
しかし多くの者は神と崇めていた存在の死によって絶望し戦意を喪失していたこともあり。
やがて夜が明けた頃。彼等は村へ到着した黒ずくめの頭巾に顔を隠した者達に連行されて行く事となる。
「信仰はお好きにどうぞ、されど無念の魂には安らぎをってね」
「ちっ、天義の連中はどうも苦手だぜ……厄介な事になる前に、俺は帰るぜ」
ルウがその場を去る最中、祭壇場を浄化するリンネの背後ではアマリリスの声が響いていた。
「嗚呼、この村を救いたもう神父よ。お願いです……この村の人々は悪い夢に憑りつかれていただけ、
異教として断罪しないでほしいのです。彼らは憐れな子羊であった、貴方はそれを救った、そうでしょう?」
彼女は懇願する。
村人の命を守りたいその一心で、今回の討伐任務における神父へ功績を譲ろうと言うのだ。
だがしかし、彼はその言葉へ首を振った。
「どうかその免罪符をお下げください……それは私の様な『ごろつき』に使って良い代物ではない。”貴女達”の美しき信仰心こそ最上の免罪符といえましょう
……ご安心を、既に彼等は罰せられました。この後は必ずや私たちが救い再び元の信徒へと戻してみせましょう!」
一筋の涙を流しながらアマリリスの手を握ったブロイラー神父は決意の言葉を残し、その場を去って行く。
村人達に対して手荒な行為を働く様子は無い。きっと信じるに足るだろうとアマリリスは頷いた。
(……でも一つ気になるかしらね)
それらの様子を疲労困憊の咲耶を治療するリンネ達の傍らで見ていた、レジーナが神父の背中を追いながら首を傾げる。
(村人を止める前。彼は数秒前まで確かに我のファミリアーで監視していたのだわ、それをどうやって掻い潜りあの場へ……)
馬車へ乗り込む神父とレジーナは目が合う。
その瞬間の彼は、とても優しい瞳と共に微笑んでいた。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
あとがき
依頼は成功。
皆様の活躍により凶蝶はこれで絶えたはずです。
村人達がその後どうなったか、それは後に再び天義へと向かう事になった時に分かるでしょう。
救われる事は間違いない……それがあの神父が約束したならば。
GMコメント
ちくわグレードです、宜しくお願いします。
リプレイ開始時は蝶が生贄を食べに来る時間帯である夜、村の中央祭壇場です
以下情報。
●依頼成功条件
妖蝶の母体撃破
●美しき邪蝶
【妖蝶ギルドース】
・白亜の爪(物至単・【連】)
・黄金の毒(物至範・【猛毒】・【狂気】)
・深淵の瞳(神中単・【暗闇】)
・銀の強酸(低命中・物近単・【崩れ】)
・【飛行】
【妖蝶ギルドース(幼体)】※
・銀の強酸(低威力・物近範・【乱れ】)
※5ターン攻撃を受ける事で全滅
4m強の巨大な蝶。
本来は数カ月もの期間で獲物を捕食しなければ成体には為り得ない筈だった上に、
現在では異世界からの多種昆虫類によって絶滅したのではと思われていたが、偶然発見した僅かな生き残りを村人達が神聖視して飼育。
母体である成体を倒さなければ群れと化した幼体達が狩りを覚えてしまい、手が付けられなくなる可能性がある。
成体は魔眼のような術式を用いて対象の視覚を暗闇に閉ざしてしまう為。注意が必要。
戦闘時フィールド半径100m。
●協力者
『ブロイラー神父』
件の村近くにある田舎町の教会所属神父。彼なりに思う所があったのか様々な根回しをした上でローレットに依頼をした。
彼に指示を出せばある程度のお願いを聞いて貰えるだろう。
戦闘に参加させた場合は3ターン後にシナリオ上から離脱する。
●情報精度B
果たして他の村人達は蝶に危害を加える特異運命座標達をどう思うだろうか。
以上。
OP冒頭のような事になっているであろう話を神父から皆様は聴いている物とします。
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