シナリオ詳細
<漆黒のAspire>財宝巡りは日出の先
オープニング
●
古代遺跡が発掘された。
そんな情報は、落ち込み気味だった幻想王国内に瞬く間に広がった。
理由はその内部にも有る。
発見された遺跡の中に、財宝の数々が眠っているというのだ。
実際に、最近の王国市街では徐々に潤いを見せ始めており、まるでこれまでの出来事が嘘であったかのような、ここまでの不幸を乗せた天秤を平行に戻すように賑わっている。
「げっ……」
「おや、どうも」
そんな市街で、この二人は鉢合わせた。
一人は全身を黒の衣服に、もう一人は動き易そうなショートスカートとブラウスを着て。
先の幻想王国での魔物急襲以来、別れて行動していたのだが。
「何でアンタがここに居るのよ……!」
「そりゃ、私の依頼人がこの街に居るからです」
酷い言われようだ、とその男、黒宮は本心でそう思った。
追撃するように、言い終わった矢先に彼女の口からため息が漏れている。
自分がこの子に何かしただろうか?
黒宮は口元に手を添えた。心当たりは……有るような、無いような。
では、それはそれとしてだ。
「何故、私と同じ方向に……?」
「アタシも! この街に!」
勢いよく、彼女が振り返る。
「依頼人が! 居るから!」
泣いちゃいそうですねぇ、と黒宮は言葉の代わりに軽く息を吐く。
アラサーというのがいけないのだろうか。「私は子供には興味有りません」などと言えば多少緩和されるだろうか。
まぁ、今はこの子より依頼の方だろう。
目的地は市街の中心。これ以上鼓膜に負担を与えない為にも先を急ぐに限る。
何より、黒宮にはここで油を売り続けている暇は無かった。
後ろの女性、六刀凜華と離れて行動しているのもその為だ。
手早く終わる依頼なら良いですね、などと思いながら、彼は目的の場所へと足を急がせた。
そこがすぐに見つかったのは、周囲に比べて家の規模が大きかったからだ。
ご丁寧に自分の背丈より一回りも大きな両開きの門扉も備えられている。場所が場所なら貴族の家とも思えるだろう。
だが、ここは一般庶民の家……という事だ。
周囲の倍の敷地を持っているのも、単純に二つの家がくっ付いているだけらしい。
四世帯くらい住めそうだ、と感じながら、門扉に手が掛けられた。
二人の。
「あの……?」
「いや……」
右の門に手を添えたまま、恐る恐る黒宮が左に顔を向ける。
左の門に掛かった手は、心なしか怒りか哀しみを持っているように見えた。
『……何で?』
同時に。
本当に、同時に顔を見合わせて、黒宮と凜華は同じ言葉を発したのだった。
●
「護衛、ですか」
屋内。一人の青年と黒宮が対面している。
隣に凜華の姿は無い。
敷地に入った後、二人は左右それぞれの家に分かれて入ったのだ。
「そうだ。遺跡の中は何処も比較的簡単な構造になってるらしい。中は他の冒険者に任せようと思うんだが……」
「問題は、付近の魔物……ですね」
言いながら、黒宮は頭の中で終焉獣という言葉にそれを置き換える。
依頼としては彼には喜ばしいもので、最近請けた中では単純なものであった。
発見された遺跡、その調査隊の護衛。
この街付近にも一つが見つかっており、街で一番の財力を持ったこの家がそこに見張りを雇い、本格的な調査に赴くまで警戒させていたようだ。
だが、立て続けに発見されたのは遺跡だけではない。
徐々に、徐々にだが、その周辺には魔物……終焉獣も散見されるようになってきたのだ。
これは調査を急いだ方が良い。同時に、終焉獣への警戒も必要になってくるかもしれない。
折角財宝を手に入れても道中で襲われては水の泡。
早く済ませるなら手分けをした方が良いのではないか。
そうして、調査は二班に分けられる事になった。
この家、ベーマー家の雇った冒険者の遺跡調査班と、周囲の終焉獣を排除するイレギュラーズの安全確保班。
ふむ、と黒宮は喉を鳴らす。
「……貴方は、調査班の方に?」
「馬鹿な! 簡単な構造とはいえ、外には魔物が以前にも増して蔓延ってるんだろう? そういう相手はアンタ達に任せたい」
厄介事だけ押し付けられている気もするが、どの道終焉獣はイレギュラーズ、ローレットとしても放ってはおけない。
「です……か」
依頼目的だけ見れば内容は簡単。イレギュラーズとしては、周辺の終焉獣を排除すれば良い。
手早く片付けられれば、その分調査隊も安心してより多くの財宝を抱えて地上に帰還するのだろう。
護衛任務なら、人は集める必要が有りそうだ。
今後の流れを頭の中で組み立てながら、黒宮は一つだけ問うた。
「見たところ、財には困っていなさそうですが……何か、急ぐ理由でも有るんです?」
家の中は調度品や何かのトロフィー、生活を営むだけならおおよそ不要であろう動物の敷物に謎のペナントの数々まで置かれている。
金に切羽詰まっているという事は無いだろう。イレギュラーズの他に冒険者を雇っている事からも、そう判断出来る。
黒宮と対面していた男は、何だそんな事、と言わんばかりの表情で一言で答えた。
「弟には負けてられんからな」
「……はい?」
訝し気に訊き返した黒宮がその答えの意味を知るのは、家を出た後の事である。
彼が片方の家の玄関を出ると、繋がった隣の家からも扉を開閉する音が聞こえた。
「……アンタのとこも終わったんだ」
出て来た少女、六刀凜華は何やら溜息を吐きながら門へと向かった。
「ええ、遺跡の調査とその護衛、らしいです」
「そう、アタシも」
「最近、多いみたいですからね」
他愛無い会話を重ねつつ、それでは、と黒宮は街の出口に方向を変える。
「私は依頼前に様子見して来ますので、これで」
「え……」
驚いた様子の彼女を見て、黒宮は無表情で再び訝しんだ。
「……アタシも、そっちなんだけど」
そっち、というのは、恐らく凜華の担当する遺跡の方角の事だろう。
妙だ。そう、黒宮は直感した。
確かに遺跡は多数発見されているが、この街の近くにそんなに存在していただろうか?
出て来た家を振り返る。
繋がった二つの家。二人の依頼者。そして先程の依頼人の台詞。
まさか、と思いながらも、黒宮は記憶を掘り起こしながら確認をする事にした。
「……街を出て東の街道沿いに半刻」
「新しい立て看板が見えたら更に東」
凜華が続く。続いたなら、それはもう彼にとっては答えであった。
「二本の高い木の真ん中に細い道が在るので」
「それを真っ直ぐ進んで林を抜けた奥……」
「ここですか」
取り出した地図に、黒宮はペンを走らせる。
それを確認した凜華から、盛大な溜め息が吐かれるのが聞こえた。
●
「一つの遺跡に、二人の依頼人?」
ローレットに帰還した黒宮に、同室のイレギュラーズが目を丸くして問うた。
「そのようです。変な事になりましたねぇ」
護衛に関する依頼書を書き上げながら黒宮が答える。
あの後にもう一度家に訪れてみたところ、あの家は左右それぞれで双子の兄弟が住んでいるという事が判明した。
貴族とまではいかずとも、街一番の裕福な家。ベーマー家。
黒宮が会ったのがベーマー兄。凜華が対面していたのがベーマー弟。
二人は街近くに噂の遺跡が発見された事から、それぞれそこに眠る財宝を求めて雇いの冒険者達を派遣した。
何故ベーマー家としてではなく、二人が別々に動いているのかというと。
「どうも、お互いにライバル視してるみたいでしてね」
黒宮は弟の方の家には入っていない。が、その内装は大体予想出来た。
多分、兄側に負けず劣らず珍妙な物品を飾っているのだろう。
家が繋がっている事から関係が悪いという訳では無さそうだが、とにかくどちらかがどちらかの上に立たなければ気が済まない性格の様子だ。
それで、今回近くで発見された遺跡にも、兄と弟で別々に依頼をしたという訳だ。
「依頼は別に良いんですがね。報酬がちゃんと入るなら。ただ」
資料に目を通しながら黒宮は。
「巻き込まないでほしいですねぇ」
穏やかさと怠さを併せた口調で、バッサリ両断した。
「私達側の依頼は、周辺の終焉獣の排除になります」
要するに戦闘依頼だ。
終焉獣達は特にこちらへ何かを仕掛けて来ない分、いつもより頭を悩ませる事も少なさそうだ。
だが、黒宮は逆にそこが気になるのだと言う。
「少し、引っ掛かってはいるんですよ」
目撃情報によると、終焉獣の姿は日を追うごとに増えていっている様子なのだ。
だというのに、これまでの被害が嘘のように幻想王国内の街や村が襲われた報告は反比例して少なくなっている。
今回だってそうだ。遺跡周辺にも終焉獣は存在する。しかし、これまでの積極的な姿勢が見えず見張りが襲われた報告は無い。
加えて次々に発見される遺跡。それも財宝付きの。
これを単なる幸運なのだろうか。これまでに幻想王国を襲った不幸の反転だと。
「終焉獣は増えていますが、今回の任務では周辺の排除だけに留めておきましょう。無闇に追撃しても良い事有りませんし」
ただ、終焉獣自体がどのように動くかは、少々気に留めて置いても良いかもしれない。
遺跡内部がどのようになっているかは判らないが、こちらは向こうの雇われ冒険者に任せておいて良さそうだ。
「出発は朝にしておきましょうか」
「いやに早い……ね?」
「弟さん側も来るでしょうから、鉢合えば財宝は早い者勝ちになりそうですし」
それに、と言った部屋の外で、大きな足音が聞こえる。
「……何か、戻って来てからやけに気合入ってる子も居るので」
「……あの子に何か言った?」
「いえ、別に……まぁ、そうですね。『相手が六刀さんなら楽出来そうで良かった』とは言いましたが」
それだよ。
と一緒に聞いていたイレギュラーズは溜息を吐いた。
「飽くまで依頼の解決に協力出来そうなら、という意味だったんですが……」
どうやら、向こうはそう思ってくれてはいないみたいだ。
「ま、それならそれでこちらも全霊でお相手するのみです」
黒宮が机の上に投げ出した紙の上には、遺跡までの最短ルートと運搬用の馬車の手配まで記されている。
内部がどのようになっているかは判らない。
もしお互いに鉢合う構造では無かった場合、兄側が満足するなら宝の量になるだろう。
「さぁ、大人のがめつさと意地汚さというのを見せつけてあげましょうか」
- <漆黒のAspire>財宝巡りは日出の先完了
- GM名夜影 鈴
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2024年03月04日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談5日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
●
世界の危機だというのに、何だ、この状況は。
所感。『ガイアネモネ』紅花 牡丹(p3p010983)が真っ先に感じた違和感。
宝の眠った遺跡が見つかった、だけならまだ良い。
問題はそれに浮かれ切っている国民の方に有る、と彼女は感じる。
それはそれとして。
「お前さんにとっちゃただの誤解とも思っちゃいねえんだろうが」
背中に『侠骨の拳』亘理 義弘(p3p000398)の声を受けて、馬車を誘導する手を止めて黒宮が振り返る。
「拗れたままなのは良くねえんじゃないかね」
「真正面から言われると、中々胸に来るものが有りますねぇ」
何故か味方内で始まった、依頼とは全く関係の無い競争。
口下手な男……言葉足らずとも言えようか、それに加えて早とちりな女の子。
黒宮はその問題を一度横へ置くように、義弘へ改めて向き直る。
彼は、義弘の後ろに『願いの星』ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)と『闇之雲』武器商人(p3p001107)の姿も視界に収めて頭を傾かせた。
「息災そうで何よりです、亘理さん。ヴァレーリヤさんと武器商人さんも。このタイミングで言うのも何ですが、改めて助けて頂いたお礼を」
直接言える機会もそう無いですからね、と彼は続ける。
「私はこの後ここを離れますが……そうですね、この面子なら、私が帰って来た時に酒でもどうです? お金出しますから」
黒宮を含め、今ここに集まった九人も言わば天運。
ならば、この遺跡一つに対して同時に二人の依頼が掛かった事も天運と言えようか。
「宝探し、か。しかも鉢合わせときては……」
それこそ、天に祈るしかないか。と、『黒のステイルメイト』リースヒース(p3p009207)は被った黒のフードに手を添えた。
武器商人と並べば背格好に黒の衣装も相まって、美形美人とミステリアスな空気が場を支配している。
時刻は明朝。
日はまだ半分の顔も見せていない。
今回の依頼で重要なのは、何と言っても速度だ。飽くまで兄弟の依頼として考えるなら。
内部がどのような構造をしているか、それにもよるが、片方が散策し終えた後に続けてもう片方の分まで取り尽くしてしまう懸念も有る。
その為に自分達がやるべき事。
つまりはお邪魔虫の排除だ。虫というより、敵の情報を聞く限り哺乳類だが。
『正義の味方』皿倉 咲良(p3p009816)もそこはしっかりと自覚は持って臨んでいる……とは思うのだが、やけに活気に溢れているのは気のせいだろうか。
「競争有り、ってのがね!」
もしかしたら、いやもしかしなくても元々活発少女か。
昇り掛けの朝日に向かって咲良は軽く拳を突き上げた。
「てなわけで!」
「みーおも手伝いますにゃ!」
同調するように咲良の隣で跳んだのは『ひだまり猫』もこねこ みーお(p3p009481)。
ふわふわの毛並が吹いた風に靡いている。跳んだ先の空中で、咲良の手と薄ピンクの肉球が互いに打ち合う。
咲良と視線を合わせると、何故かもう一度一緒に跳んだ。
場所が場所ならみーお自身が財宝と言えなくもないのではなかろうか?
多分大丈夫だとは思うのだが、間違って一緒に持って行かれないようには注意しておきたい。
注意しておきたい点で言えばもう一つ。
今回の依頼では護衛警備が主だ。際限無く湧く可能性の有る終焉獣達を全て相手取る訳では無い。
自分達で宝探しをするにしても、まずは安全の確保が優先。
徐々に見えて来た。二本の高い木。その真ん中の細い道。
冒険者らしいと言えばらしい、ちょっと変わった二つの依頼。
武器商人は迷いなく、ほぼ草むらのような一本道に足を掛けた。
「さて、冒険といこうか」
●
石造りの遺跡の陰にすっぽりと収まった、ウェーブ掛かった赤髪が揺れた。
「気配、濃くなって来ましたわね。遭遇したら、焦らず確実に仕留めていきましょう!」
ヴァレーリヤの考えは冷静だ。
飲んだくれとはいえ流石は司祭でイレギュラーズ。宿襲撃の件から酒が行動原理の主とはいえ戦闘を疎かに考える事も無いし、戦場に酒瓶を片手に現れたとはいえ優先順位は弁えている。
(ここで財宝をいっぱい見つけて、夜はどんちゃん騒ぎでございますわ~~~!)
大丈夫かな。
探す、競い合う、それは良い事だが、本末転倒にはならない様に最低限の仕事はこなさなければならない。
「その前に」
薄暗い周辺と暗い遺跡内部へ視線をやった武器商人が徐に手頃な石を拾い上げ。
「これは潰しておこう」
遺跡の内部、入り口付近へとそれを思いっきり投げ入れた。
石が何かにぶつかり跳ね上がる。途端、内部の入り口付近に落石が発生した。
冷静という意味合いでは武器商人が最も、といったところか。
いや、他の者がそうじゃない訳ではなく、何処か第三者視点のような雰囲気が有るな、と黒宮個人は感じた。
悠長ともまた違う。敵には回したくない部類の存在だと思う。
ふと思ったのだが、もしヴァレーリヤと武器商人が二人で朝まで飲んだらやっぱり酒に強いと噂の武器商人が介護する形になるのだろうか?
それとも酔っ払いを面白げに観察しながら放置する絵が出来上がるのだろうか。
あ、いや、こんな事に考察を割いている場合では無かった。
「……おや」
その武器商人が声を出す。同時、召喚した鳥からの視覚情報からみーおもそれに気が付いた。
「来てますにゃ!」
「思ったより散ってるな」
ヴァレーリヤと同じく、遺跡の陰から気配を鋭敏に悟った義弘が群れに視線を向ける。
左に三。咲良の感知では右にも五。ノワールバットがやや前面。
少し、範囲的な攻撃を仕掛けるにも広すぎるか。
そう、視線を配った牡丹はある事に気付く。
敵の、この位置関係なら。
「なぁ……」
仲間を振り返り、響かない程度の声で提案をする。
最も早く頷いたのは黒宮だった。
「良いですね、それ」
「引き付け役が居た方が良さそう?」
「では、我が担おう」
咲良の助言に、満を持して前に出たのは『メカモスカ』ビスコッティ=CON=MOS(p3p010556)。
前衛盾の見せ所だ。海戦フレームも唸りを上げる。
仕掛けるなら、一番目立つ位置。あの崩れかかった石壁の辺りが良さそうか。
「皆様、行きますわよ!」
意気軒昂と燃えるヴァレーリヤの号令を経て、ビスコッティはそこへと跳び乗った。
「うむ! さあ、吸血鬼狩りじゃ!」
●
「遺跡に吸血鬼ってこれお主の墓標になっておったのか?」
姿を見せた終焉獣達に構えながら、ビスコッティは呟くように問う。
問うた相手に反応は無い。挑発のような言葉には、ヴァンパイアの赤目は嫌悪感を示しただろう。
「だとしたらすまんな」
フッと息を吐き出して、ビスコッティはヴァンパイア達を睨め付けた。
「墓標から墓石に変わることになる」
一陣の風が、イレギュラーズと終焉獣の間に吹いた。
「……我今かっこいいこと言った!!」
その金色の瞳があまりに輝いていたもので、誰もが即座に「うん」とは言えなかった。
最初に応答出来たのは、この中なら自分の人間的感性にまだ不足の疑念を持つリースヒースだろうか。
「あぁ、格好は付いてた……ぞ?」
「最後のが無けりゃあな」
見事に両断した義弘が、そのままヴァレーリヤと同じく遺跡の影から終焉獣に目を向ける。
「満足したから存分にやらせてもらうぞ!」
ビスコッティの腕を高周波の渦が纏う。
狙う先はノワールバットの群れ。
その中心点に向け、ビスコッティが虚空に拳を穿つ。
腕から放たれる高周波の波が、蝙蝠達の思考を揺らす。
「掛かった! 出るよ!」
真っ先に咲良が飛び出す、その後ろで聞こえるヴァレーリヤの詠唱。
『主の御手は我が前にあり。煙は吹き払われ、蝋は炎の前に溶け落ちる』
瞼を閉じ、手を掲げたヴァレーリヤの先に炎が集い壁となる。
壁は終焉獣達の背後を塞ぐように集約し、それを前にして咲良が前方へ跳躍。
瞬間、獣の咆哮のような音と共に咲良の足下をみーおの掃射が駆け抜ける。
銃弾が蝙蝠を穿つ、同時に集約していた炎の壁がヴァレーリヤのメイスへと収束していく。
『主よ、天の王よ』
二節目の詠唱。
合間に、着地した咲良がアッパーカットをノワールバットに叩き込む。
右拳から炸裂した炎が周囲の蝙蝠達へも襲い掛かり、後方では戦闘を迅速に終わらせる為の最適化を図るリースヒース、そして側面からは炎に巻き込まれたばかりの蝙蝠に向かって義弘が破壊力に特化した突進を繰り出した。
一人、影が見えない気がする。
いや、居る。
確実に、迅速に、彼女は皆が仕掛けるより速く、敵の後方に迫っている。
狙われたのは引き付けから外れたヴァンパイア。そこへ駆けながら、彼女の左腕は発火した。
音に振り返ったヴァンパイア、その顔面に炎を纏った拳が叩き込まれる。
突然の衝撃、それに対応する間もなく、牡丹は続け様に再び顔面を顎下から蹴り上げた。
よろめくヴァンパイアに追撃の二度蹴り。更に牡丹は左拳を地面に突き立てる。
「コイツもくれてやるぜ!」
地面に着火した炎が地を這い、ヴァンパイアの足元で噴火した。
牡丹にしてみれば、依頼人どうこうよりも終焉獣の撃滅が重要か。
何よりそっちの方がずっと単純明快、解りやすい。
「競争なんざ勝手にやってろってんだ」
焦げる匂いが風に流され、牡丹は片翼の炎を宙で薙ぐ。
最適化を終えたリースヒースの元へは、精霊の小さな光が舞い込んだ。
どうやら、追加の終焉獣は来ていないようだ。
リースヒースがそれを目線で送ると、別の黒影がヴァンパイアの側へ回り込む。
ビスコッティが蝙蝠を中心に集めるなら、こちらは吸血鬼、という事だ。
「ほぉら、こっちにおいで。我と一緒に遊ぼうじゃないか。ヒヒヒヒ!」
武器商人の声にヴァンパイアが釣られる。
その悠然たる立ち姿はさながら王か支配者の空気を纏う。この人物に言い換えれば商王の客引きとでも言おうか。
前衛方面で雷が弾ける。纏ったのは咲良。
手刀に構えた右手にその雷を集約させ、捻る身体から放つ横一閃の紫電。
その前方でヴァレーリヤの身体に纏った炎が活性したのを見て、咲良はその場を跳び退いた。
『この炎をもて彼らの罪を許し、その魂に安息を。どうか我らを憐れみ給え』
祈り終えたヴァレーリヤのメイスから再び炎が吹き上がる。
振り向き様に降ろしたメイスの先から、その炎が濁流となって蝙蝠達を飲み込んでいく。
尚も飛んでいる一体の蝙蝠に、みーおの照準が合わさった。
「お仕事の邪魔ですにゃ……撃ちますにゃー!」
猫の手とは思えぬ俊敏な動作で狙撃銃から撃たれた銃弾。
それはどうしようもなく不可避の一弾。
「やっぱり!」
と、咲良は撃たれた蝙蝠が地に落ちて行くのを見て声を上げた。
「翼が弱点だよ!」
「全部撃ち落としますにゃ!」
敵は既に半壊状態。
何が凄いかと言うと、皆気付いていただろうか。
まだ、太陽の位置が変わっていないのだ。
●
戦闘を間近で見ながら、黒宮は思う。
ここ最近共にした中では全体的な連携が良く取れている。
と同時に「私、下手に加わるより後ろに居た方が効率良いんじゃ……」とすら感じた。
それ程の殲滅力。
「いやだとしても皆火力すっご。えぇ……我の前後で飛び交う攻撃こわ。流れ弾気をつけとこ……」
と、必中の波を確実に当てる為に前衛盾として敵の間近に立つビスコッティが、思わず躊躇しかけてしまう程には。
起点となっているのは間違いなく咲良、そこから繋がるみーおとヴァレーリヤの連鎖攻撃。
ただ、攻勢一辺倒ではその分消費も激しい。
それを繋ぐのはリースヒースの影の御業である。
「蝶よ踊れ!」
影から分かたれた宵闇色の黒蝶が、仲間へ再起の力を宿す。
リースヒースの援護を受け、ヴァレーリヤの炎が再び息を吹き返す。
加え、彼女が初手間際から維持し続けている死霊術の軍勢力は、近接する味方の全てに相手の肉体を屠らんとする執拗さを与えている。
と、それに一番最初に気付いたのは、ヴァンパイアと対峙する武器商人と牡丹の二人だった。
「……ん?」
何か、様子がおかしい。
全滅しかけている蝙蝠を見て戦線を後ろに伸ばしているような……。
まさか、逃げ出そうとしている?
「罠か?」
即座に牡丹が隣へ問う。
「いや、見えないね……ヒヒ」
問いを受ける前から広域を俯瞰し、増援を索敵していた武器商人から簡潔な返答。
「逃がしてみますか?」
「まさか、だろう」
黒宮の提案を、足元の潰れた蝙蝠から立ち上がった義弘は鳴らす指間接の音で返答した。
「流石の終焉獣も恐れを成したですかにゃ?」
みーおの照準と言葉がヴァンパイアに刺さる。
みーおに向かう怒りの矛先とかち合ったのはヴァレーリヤだ。
「御生憎様、この程度で引き下がるような女ではありませんのよ! 私の楽しい夜のために、さっさとここから出て行って頂戴!」
弾く、そこから更に踏み込む。
相手が反撃に出る前に、力任せに炎のメイスが振り抜かれる。
合わせ、展開したのはリースヒースの影の海。
「諸霊よ……」
その前面に牡丹は両腕を交差させて構える。
舞台は整った。開幕は、リースヒースの宣言より。
「仲間に助力を!」
見開かれた牡丹の両目。瞬間にしてヴァンパイアとの直線に突風が巻き起こる。
奇襲策略、どうこうあれ、結局はこれが一番効果的。
牡丹による超高速の突撃。
それに飛ばされた先に、吸血鬼の身体が男にぶつかる。
シンプルと言うならこの者を外す訳にはいかないだろう。
闘気を込めた義弘の拳。ただの腕力にして、単純であるからこそ見せつけられる力量。
腹部にその膂力が叩き込まれる。
一瞬の間を置き、ヴァンパイアの体内で義弘の闘気が炸裂する。
更に、もう一体への吸血鬼へリースヒースの影の中から新たな影が茨となって串刺しにする。
磔刑のように頭を垂れた吸血鬼へビスコッティは歩み、バイザーを額に上げて赤目を見ながら問うた。
「財宝と一緒に眠るのはファラオの特権よ。吸血鬼、お主は何者であるか?」
この吸血鬼が如何様にして生まれたのか。何者かも解らぬまま死ぬ事に哀れみを感じ。
ビスコッティは否定も肯定もしない。ただ、結末の哀れさには、その在り方をもって覚えておきたかった。
そう感じたのは、慈悲の心も軽蔑するような吸血鬼の赤目が返ってきたのもあるだろう。
ビスコッティの後ろで距離を取った武器商人が声を掛ける。
「そろそろ、だよ。ビスコッティの方」
蒼の槍が構えられる。揺らめくは煮え湯の炎。
残念だ。名か功か、残しておけばこの世にも刻まれたろうに。
ビスコッティが半身を翻す。
そうして姿が退いた直後に、蒼き槍は磔刑のままに吸血鬼を貫いた。
●
「……どう思います?」
財宝の回収作業の合間、黒宮は誰にともなく問うた。
「どうもこうも」
内容を察して答えたのは牡丹。
「裏しかねえだろ、これ」
明らかに不自然ではあったのだ。最初から。
同じく戦闘後も周囲警戒を重ねるみーおも不審には思う。
終焉獣、その気配は消えていない。むしろ戦闘の影響からか強くはなっている。
が、それにも関わらず。というより関わろうとして来ない。
「どうだ、何か……」
遺跡の中から現れたリースヒースが、漆黒の馬車に宝を積みながら顔を覗かせた。
「判りそうか?」
応えの無い空気を呼んで、彼女はもう一つ宝を積む為に馬車に足を掛ける。
何故これだけの財宝が今まで見つからなかったのか、ヴァレーリヤにもそんな疑問は浮かんだ。
「そちらは?」
「……そう、都合良くはなかったな」
リースヒースの言葉を汲むに、中で霊の声は聞けなかったようだ。
「見張りさん達も大丈夫ですかにゃ?」
「はい! お陰様で……ただ」
外した視線の先に、終焉獣の声が聞こえる。
「数が増え出したね」
咲良が発した声に、リースヒースは頷いた。
「皆、逃走だ!」
帰路はリースヒースの霊術索敵により、遭遇を避けるルートに。
屋敷に帰還すると、ベーマー家の兄は大層喜んでいた。
どうやら、期待以上の成果を届ける事が出来たようだ。
それにしても、と義弘は息を吐く。
「兄弟が財宝の回収争いとは、幻想らしいというかなんと言うかね」
「宝の中身も多種多様だったな」
リースヒースのその山に視線を投げた。
これ程の財宝の山、一体誰が隠していたのだろう。
もしかして、あの放蕩王か?
それとも。
「……ヴェラムデリクト、とかか?」
牡丹が呟いた言葉に、ヴァレーリヤは顔を寄せた。
「何の為に?」
「や、それは解んねぇけど……終焉獣の動きだって、妙だったよな?」
「急に逃走を図ったやつですね」
黒宮が補足した後に、咲良も考えを口にした。
「もしかして……敗北しかけたから、逃げ出そうとした?」
個体差はあれど、今までの交戦経験から考えると珍しい気がする。
咲良は顔を上げると、報告用の書類を取りに足を進めた。
「『財宝がヴェラムデリクトの所有物の可能性』、『終焉獣が状況によって逃亡を図り出した事』。うん、この二つ、取り敢えずユリーカちゃんにも伝えてみよう!」
もしかしたら、他の依頼での報告と合わせれば何か解るだろうか。
幻想王国に何が起きようとしているか。
世界全体でも何かが起ころうとしているのか。
我々は、財宝に気を取られている場合ではないのかもしれない。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
依頼完了です、お疲れ様でした! お待たせ致しました!
ま、世界云々は一旦置いといて取り敢えず飲みに行きますか!
と思ったら未成年の方がいらっしゃいましたね、失礼致しました。
代わりにソフトドリンクとかお菓子でも如何です?
今回、連鎖行動や各レンジの補助が良くて、NPCは少し様子見してました。
済みません! 今回に限ってはやる気が無かった訳ではないのです、ただ変に割り込むと味方の攻撃を阻害する恐れもあって、依頼目的の速攻解決はNPCも理解してましたので……! 何卒……!
競争の結果はどっちに転んだのでしょうね。
こちらの最後ではメインのお話に触れておりますので、良かったらもう一つの方も覗いてみて下さい。
では、有り難う御座いました!
またの機会にお会い致しましょう!
GMコメント
●目標
遺跡周辺の終焉獣8体の排除。
凜華側との競争のような内容ですが、依頼の成否には関わりません。フレーバー程度です。
●敵情報(計8体)
・ノワールバット×6
黒というより闇の色に近い巨大な蝙蝠の終焉獣。
体長は2メートルに近い。
翼は有るが、大した飛行能力は持たない。
代わりに、超音波による【混乱】と闇の魔力を飛ばす【暗闇】をもたらす。
攻撃は牙による吸血。
体力を奪われるので注意。
・ヴァンパイア×2
人間の男にも見える吸血種族の終焉獣。
灰を被ったような髪色に赤い目をしている。
下級であるため、大した能力は持たないようだ。
ただし、こいつらの持つ牙で噛まれと【失血】と【恍惚】が同時に付与される事になる。
●ロケーション
幻想王国、遺跡周辺。明朝。
まだ薄暗い頃の屋外が戦闘場所となる。
向かうと、遺跡の物陰に隠れている見張りの人間を見つける事が出来る。
そして、遺跡の周囲に多数の終焉獣。
今まではここまで来れば襲われていたものだろうが、様子を伺うように終焉獣達は手出しをしてこない。
終焉獣達は、特に陣形など組まずに遺跡周辺をうろついている。
この終焉獣達を排除する事が今回の目的となる。
遺跡は開けた場所に在り、障害物や身を隠せそうな物と言えばその石造りの遺跡くらいだ。
屋外の林の中であるため、空中、地上とどのような戦法も取れるだろう。
遺跡の入り口は二ヶ所在り、黒宮と凜華はそれぞれ別の入り口側に位置している。
内部の構造はどちらも浅い袋小路となっており、中で鉢合わせになる事は無い。
もし終焉獣達を倒したなら、まだ周辺にも他の終焉獣が散見されるかもしれない。
だが、黒宮が言っていたように深追いはお勧めしない。
相手の数も判らないのだ。徒労に終わるだけだろう。
●財宝について
この依頼では、目標の終焉獣を全滅させたターン数に応じて依頼後にベーマー兄に届けられる財宝の量が変わります。
手早く倒せた分、安全且つゆっくりと作業が出来てより多くの財宝を獲得した、という流れになります。
もう片方の六刀凜華側も同じ状況のようで、黒宮は一見どうでも良さそうにしながらも負けるつもりもないようです。
●NPC
黒宮(クロミヤ)
イレギュラーズ所属、口元まで隠れる黒い外套で身を包んだ男。人間種。
やる気が有るのか無いのか、普段の言動はおおよそ戦いに向かう者ではない。
戦闘では徒手空拳を用いた近接戦闘となり、位置は前衛よりとなる。
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
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