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シナリオ詳細

<漆黒のAspire>しねないきもち

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●幕間・しにたいきもち・1
 久秀、どうしてだい。どうして父さんのところへ帰ってこないんだ?
 嗚呼本当に悲しい情けない口惜しい、久秀、いい子だったのに。家をふっとばすなんていうかわいいいたずらしかしない子だったのに。練達へ行くとわめきたてて家を出て行って、帰ってきたと思えば口にするのもおぞましい状況。悲しいよ、父さんは悲しい。父さんはただ、家族みんなで暮らしたかっただけなんだ。なのに母さんは遠くへ行って、永頼は三途の川を渡ってしまった。何もかもあのウォーカーのせいだ。我が家へ不幸をはこぶ疫病神。あれにはしっかりと悲惨な目にあってもらって、きっぱりと久秀との関係を清算させなくては。久秀はうちの子だ。変な虫がついちゃいけない。戻ってきたら大切に大切におくるみに包もう。いい子でお昼寝してくれるといいのだけれど。

 男はまあどうにも狂っていた。我が子へ向ける愛情ではなかった。呼ばれた者だからそうなのか、もとからそうだったのかは知らねど。

●幕間・しにたいきもち・2
 秋永理一という男がいる。
 膠窈(セバストス)、呼び声に負けた肉種だ。彼は実の子であり歪んだ愛情を注いでいる弾正から拒まれ、傷心のあまり深緑を訪れていた。もとはといえば秋永一族は深緑の出なのだ。セバストスといえど、思い出に浸るだけの感性は残っていた。……この男には思い出しかないのだけれど。
 かつての里を山の上の一本松へ腰掛け、見やりながら、理一は深くため息をついた。
「待っていたって救いが来ないの、か」
 そううそぶいた女は大樹ファルカウ。その名のもとになった女、その名のままに大樹となった女。この世を憂い、もう一度はじめからやり直そうとしている女。理一はその思想に自分と同じものを感じた。時の流れは無情で残酷だ。久秀はちいさなころあんなにいい子だったのに。どこからまちがったのだろうか。この世をやり直せば、きっと久秀も正しいありかたを思い出してくれるだろう。僕と一緒に来てくれるだろう。父さんといっしょにいてくれるさ、かならず。
「そうだ、待っていたって、救いは来ないんだ。自分の手でやり直さないと」
 理一は立ち上がった。ほほえみながら。その姿は神々しくすらあった。

 男はまあどうにも狂っていた。我が子へ向ける愛情ではなかった。呼ばれた者だからそうなのか、もとからそうだったのかは知らねど。秋永久秀こと冬越弾正さえ関わらねばただの優しい男に見えるのがまためんどうだった。

●いきたいきもち
 アンネリアは幻想種だ。ファルカウからすこし離れた村に住んでいる。ふきのとうを探しに出たのに、籠に半分も集まらず、アンネリアは肩を落とした。例年に比べると今年は、格段に森のめぐみが減っている。さらには魔物だけでなく、最近は終焉獣というものが跳梁跋扈していると聞く。そうはいっても腹は減るし泣いている子らや老いた両親が不憫だ。彼女は弓が多少使えることもあって遠出を任されていた。
 雪を踏んで先へ進む。くぼみには気をつける。そこにふきのとうが隠れているかも知れない。足元に気をつけながら、アンネリアは歩んでいく。
「おじょうさん」
 とつぜん声をかけられ、アンネリアは弓へ手をかけた。木陰から顔を出したのは、ひとりの男だった。
(――きれいな人)
 整った顔立ちは教会で見た宗教画から抜け出してきたかのよう。アンネリアはいっしゅんで心を奪われた。男は眼鏡の奥で柔和な笑みを浮かべ、アンネリアへ近づいた。
「ファルカウの声をお聞きなさい、おじょうさん。戦に乱れたこの世を憂う魔女の声を聞きなさい」
 男はそっと手を差し伸べた。黒い水晶がその手に乗っていた。美しいそれは光を吸い取るかのように漆黒で、アンネリアは思わず水晶を受け取ってしまった。とたんに、冷たい風が体の奥を吹き抜けた。その風はアンネリアの魂を吹き散らした。からっぽになった彼女の瞳をのぞきこみ、男は、理一はにっこりと笑いかけた。
「さあ、なにをすればいいかわかるね?」
 二時間後。アンネリアの村は炎に包まれていた。

●はじまりのおと
 ローレット深緑支部へ凶報がもたらされた。
 深緑に存在するとある村が火事になったらしい。近くを通りかかったハンターが燃え盛る姿を見かけたそうだ。
 奇妙なことに、逃げ出す人影は見当たらなかった。みんな魂が抜けたかのように、ぼんやりと立ち尽くしていて、あとは炎にのまれるだけだという。その異様な光景に恐れをなしたハンターが、ローレットへ届け出たということだった。
 あなたはいぶかしがりながらも、現場へ駆けつけることにした。

GMコメント

おいこのおとん赤ちゃんプレイ始める気だぞ。逃げて! おとーたん、続投します。しばらくお付き合いください。

やること
1)『ファルカウの欠片』アンネリアの討伐
2)村の幻想種、村人25人の保護
3)火事の対処

●状況
 井戸のある広場を囲むように木造の家が建てられている原始的なつくりの村です。
 12棟ある建物は、ものの見事に焚き火になっています。25人の村人は大人も子供も広場にぼーっと立っています。どうも彼らは自ら自分の家を焼いたようです。なぜそんなことをしたのかは謎ですが、広場の中心で歌い続けるアンネリアという女のせいかもしれません。彼女の口からは、鶏の首を締め上げるかのような金切り声が響いています。歌詞は聞き取れません。ただ、「やりなおし」「世界再誕」「リセット」などの単語は聞き取れます。この歌を聞いていると、麻痺系統、魅了系統のBSが付与されます。このBSはBS無効や緩和・治癒で対処できます。
 アンネリアの歌の邪魔をすると、村人たちが襲いかかってくるので気をつけましょう。

●戦場
 とある村
 ごうごうと建物が燃えている村です。広場の真ん中には井戸があります。蓋をされており、アンネリアがステージにしています。とりあえず彼女にどいてもらうところから始めましょう。

●エネミー
『ファルカウの欠片』アンネリア
 髪を振り乱し金切り声で歌い続ける女。彼女の魂は既に死んでいます。基本的に滅ぶまで歌い続けます。

操られた村人 25人
 老若男女幻想種。アンネリアの歌の邪魔をすると、体の強度を無視した物理攻撃をしかけてきます。つまり、けっこう痛いです。初期状態ではぼんやり立っているだけです。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • <漆黒のAspire>しねないきもち完了
  • りいちぱぱさんの話
  • GM名赤白みどり
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2024年03月07日 00時45分
  • 参加人数8/8人
  • 相談5日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ロジャーズ=L=ナイア(p3p000569)
同一奇譚
武器商人(p3p001107)
闇之雲
冬越 弾正(p3p007105)
終音
長月・イナリ(p3p008096)
狐です
アーマデル・アル・アマル(p3p008599)
灰想繰切
ハリエット(p3p009025)
暖かな記憶
リスェン・マチダ(p3p010493)
救済の視座
レイン・レイン(p3p010586)
玉響

リプレイ


 村が燃えている。ごうごうと音をたてて、長い年月人々を風雨から守ってきた憩いの場所が燃えている。『暖かな記憶』ハリエット(p3p009025)は愛くるしい瞳をしばたかせた。
(こんな状況にもかかわらずだれひとり逃げようともしない。原因は……)
 ハリエットは視線を村人の奥へ向けた。井戸の蓋の真上から、金切り声が響いてくる。足りてない音域へ必死に近づこうとするような無駄なあがき。喉の奥からしぼりだすような不安定な音程。
「あの女性だね。とりあえず黙ってもらわないと。村人たちを守るためにも……それに、聞く苦しいし、不愉快だ」
「いあ、まだ聞けるほうだ。下劣な太鼓と呪われたフルートの単調さに比べればな」
 冷気をまとって、『同一奇譚』ロジャーズ=L=ナイア(p3p000569)は、ただ暗いだけの顔であたりを見回した。炎が篝火となって彼女を照らし出す。
「じつに燃え盛っているな。スナック感覚で村を焼くか。HA! 手軽に摂取できる不幸が好みとみえる」
 無意味なのか意味不明なのかすら判じがたい歌、あるいは叫び。どうにか聞き取れる単語に、『救済の視座』リスェン・マチダ(p3p010493)は眉を寄せた。
「やり直しとかリセットとか、そんな簡単にできたら苦労しないですよ。わたしだって……」
 儚げなかんばせがつかのまうつむいた。過去を思い返しているのだろうか。だが、すぐに強い光が瞳へ浮いた。
「やり直せるならやり直したいことがたくさんある。でも、できないから今日を生きてるんです。事情はよくわからないですが、現実を見たほうがいいんじゃないでしょうか」
「そうよねー。まぁ、世界はクソゲー、ってのはわかる気がするけど、ゲームと違って『ニューゲーム』も『リセット』も出来ない代物なのよね」
『狐です』長月・イナリ(p3p008096)がうんうんうなずきながら言葉を続ける。
「だけどねぇ、クソゲーと決めつける前に私達みたいにこの世界をやり込んでみましょう? やり込んだ末に判断しても遅くはないと思うのよねー♪」
 軽い調子で老成したセリフを吐く。それはイナリのもつ来歴にゆえんがあるのだろう。彼女には彼女の過ごしてきた時間があり、その重みは彼女だけが知っている。だからこそ簡単にリセットなど考えられない。
「つい先日、そういうものを片付けたばかりなのにな」
 この世界作ってるやつのヘキなのか? 『灰想繰切』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)は首を傾げた。考えてみればなんかいつも似たような展開になっているが、気の所為ということにしよう。
「ネタ切れという言葉が浮かぶがきっと違うな。うん。それにしてもお立ち台にあれな感じの歌……はっ、ジャ**ンリ***ル?」
「状況はたしかにそのとおりだな」
『終音』冬越 弾正(p3p007105)がこめかみを押さえながら返事をした。
「ひどい音で頭が割れそうだ。しかも、不味い。生煮えのビーフシチューを食わされているような気分だ」
「音の精霊種にはそう聞こえるのか。ともあれ」
 アーマデルは踵を鳴らした。
「故郷での俺のようなものの用途は、ああいう……より多くの『死』を撒くものを排除すること。世界のリセット、すなわち自分にとって都合の悪い現実の書き換え。この世界にどんな恨みがあるかは知らないが、この場の元凶とあらば往くべき処へ逝かせてやろう、アンネリア」
「うむ……」
 弾正は首肯し、アンネリアを見据える。
(彼女が敵、なのだろうか。妙だな。胸騒ぎがする。黒幕が居ると見て慎重に動こう)
 弾正はみずから音の精霊種の証である光の楔を仲間へ打ち込んだ。テレパスほど明瞭ではないにしろ、一時的に音を共有することができるようになった。
「世界再誕など、させはしない。遂行者達が掲げた理想の世界を壊してまで、俺は今の世界で希望を掴むと決めたんだ。今更、後戻りなどする気はない!」
「…ふふ…」
『玉響』レイン・レイン(p3p010586)はゆるく微笑んだ。
「…いい覚悟…だね…そういうの…好きだよ…」
 レインがファミリアーを呼び出す。賢そうな顔をした犬だ。レインはそれをスコールと呼び、アンネリアたちの匂いを覚えさせて待機させる。
「いい…? 新手が現れたら吠えるんだよ…? 頼んだからね…」
 さて、とレインはアンネリアをやさしい色をしたまなこへ映す。
「…助けられるなら…助けないとね…。魂は死んでいても…体なら覚えてることもあるだろうから…」
「やりたいことがあるんだね、いいことだ」
『闇之雲』武器商人(p3p001107)は、自分の魔術礼装へ刺さった弾正のくさびをいじっておさまりがよいように位置をずらした。
「それでは始めようか。風よ、空気よ、波動よ、音に関するあらゆる精霊よ。我(アタシ)こそは権能、不在たる証明、畏きモノ。ゆえにこそ命じるはただ一言、ひれ伏せ」
 きぃんと耳鳴りがして音が遠くなる。金切り声が弱くなる。高度なテレパスでもって、武器商人は仲間へ語りかける。
「魔種が歌う時、たいてい好ましくない影響が発生する。歌は想いをカタチにしたモノだからね。だったら音を遮断すれば影響から逃れられると考えたのだけれど」
 武器商人はあごをつまんだ。
「それにしちゃうまくいきすぎだ。こんなに簡単に歌声を減衰させられるだなんて、アンネリアは魔種ではないようだね。あわれにもたぶらかされた尖兵とみるべきか」
 だとしたら本命が居るね。
 いとけないまでに知識の権化たる紫紺のまなざしで炎を見つめ、武器商人はそう断定した。


「可愛いモノガタリ、いっしょに歌おうじゃないか。我(アタシ)とモノガタリにならできるだろう? 忘我の人々の感情を呼び起こすことが」
「招待を受けるべきか。正体のしれないモノから。覚えておけ、私こそが這い寄る混沌よ。木偶の坊どもを引き付けるにはこうやるのだ」
 虹に光る顔面と轟く哄笑。貴様にできるかとロジャーズは武器商人を挑発しているかのようだ。武器商人の方も、甘い呼び声を放つ。両者のまわりの空間がひずんでいるかのようだ。限りなく悪意に似た響きで。
「ヒヒ、そういいつつも我(アタシ)のやりたいことを支援してくれてたじゃないかァ、ほんとうに可愛いよね、モノガタリ」
「黙れ。私は思うがままに動き、想うがままに蹂躙する。それがたまたま重なっただけのこと。アーノルド、貴様も似たような光景を孕んだのだ、噴飯ものの世界へ逆風くらい吹かせてみろ」
 しんしんとロジャーズへ降り積もっていたかのような冷気が、どうと戦場を薙ぐ。村人たちは夢から覚めたように顔を上げた。その顔はおびえと怒りで歪んでいる。やみくもに彼らは動き、両腕を棒切れのように振り上げて武器商人とロジャーズへ襲いかかる。武器商人の白磁のような肌へすっと傷が入り、たらりと赤がこぼれた。常人なら赤に見える、別のなにかであったかもしれない。うっすらと笑みを浮かべたまま、武器商人はいとおしそうに自らの呼び声に狂った村人をながめている。
 ロジャーズへと向かった一派は、返り血にまみれていた。彼ら自身の血で。きらきらとかがやくもので構成された冷気の帳にロジャーズは包まれており、彼らの攻撃は届かない。穴ぼこのような虚無の表情を晒して一心不乱に攻撃をしかけるが、そのどれもが弾かれてしまう。村人の関節が割れ砕け、骨が飛び出す。真っ赤な血しぶきで己とロジャーズの両方を彩りながら、一方的なあまりに一方的な攻勢は続く。タイプは違えど不沈艦二人。ただの村人にできることなど、特攻くらいしかない。ロジャーズは自分へ群がる村人どもを一瞥した。
「やあやあ。ボクを呼んだ?」
 振り向けばごく普通の娘が立っている。黒をまとった、紫の髪の、愛らしさすら感じる不気味さをまとった娘だ。
「からっぽの女の子の中で音が反響している。あれはノイズを拾うスピーカーだ。もうとっくに魂はない。生きている理由もない。オマエ、殺してあげなよ。最後くらいせめて人間らしく」
「人間らしくだと?」
 娘のいいようが癇に障ったのか、ロジャーズの三日月が歪んだ。
「やり直し、世界再誕、リセット? 愉快だ。嗚呼、愉快だ。どうにもこの世界の黒幕とやらは短絡思考らしい。何処かの誰か、そう貴様だ。貴様が追い求めていた理想も、コレと同じだ」
 いずれ、とロジャーズは一拍置いた。
「神に否を唱える。――私こそが何れ破滅を招く喇叭と成るのだ。一人芝居だと嗤うがいい」
 呪いへ似た思いはどこへいくのだろうか。ただ懐かしさを覚える冷気が彼女と共にある。
 イナリはまばたきをして視界を切り替えた。透視能力で井戸の中を探ってみる。
「見えるところに罠のたぐいはないみたいね。でもだからって、警戒しない理由には……」
 進路上にいる村人へ、肘鉄、そこから抜刀。剣圧が烈風となって吹き付ける。
「ならないわよねっ!」
 大地を蹴り、空へ舞う。空中で身をひねり三回転。そのたびに大太刀が宙を切り裂き、人々を吹き飛ばしていく。
「今日の私はちょっぴりいいこ。といっても私だから気分しだい。長生きしたかったらどいてくれないかしら? さもないと、その喉笛食いちぎるわよ?」
 ハリエットも銃をにぎる。かすかな罪悪感を胸に。しかしてその攻撃は慈悲の一手。星の輝きをまとった弾丸は砂糖菓子のように砕け、致命傷は与えない。
「ちょっと痛い思いをさせるけど悪く思わないでね。死ぬよりマシだと思って」
 集中する。己を徹底的に得物と同化させる。そうすれば、ほら、すべてがスローになる。多数の村人の、急所のみを狙って撃ち抜くことすら彼女には児戯に等しい。
「一気に片付けてしまいたいな。あの歌が精霊の干渉をはねのけてまた響き出す前に」
 ハリエットからの攻撃を食らった村人が、うめきをあげながらばたばたと倒れていく。彼らを癒やすものが居る。リスェンだ。
「天が歌う、地が奏でる。典雅なるを歌い上げ、流れた血潮を消し去れよ。悲しみを燦々たるへ変えて明日を生きる活路、ここに開き給え」
 リスェンから流れ出した調べが、気絶した人々を癒やし、同時にアンネリアの影響を解除していく。リスェンは手応えを感じて小さな拳をぐっと握った。
 正気を取り戻したらしい村人のひとりが、呆然と炎を吹き出す家を見ていた。リスェンはその人の手を取る。
「立ち上がって、手伝ってください。避難しましょう。このままでは煙に巻かれます。心の整理はその後でしましょう?」
「聞こえるか諸君! リスェン殿のいうとおりだ! まずは立ち上がれ!」
 弾正の歌声が伝わってくる。音の精霊たちが頭を垂れている中で、なお彼の声は胸に響いた。
「諸君は呪いの歌声に操られていた! たった今まで! 俺たちがそれを解き放った! 命をかける価値があると感じたからだ!」
 弾正は仲間が開いた道をつっきる。隣りにいるアーマデルを守りながら。攻防一体、それが弾正とアーマデルの今の関係だ。
「アンネリア、すまない。貴殿にはどいてもらう」
 アーマデルが弾正の影から一歩出た。ステップを踏んでアンネリアへ強烈な一撃をいれようと……。
 ぞわり。
 背筋を冷たいものが伝った。弾正は反射的にアーマデルをかばった。わきばらで熱が弾ける。押し殺した悲鳴をあげた弾正は、自分の脇腹から生えている矢を見てぞっとした。赤に黒が混じる特徴的な矢羽は、まぎれもなく父のものだ。
「アーマデル、動くな。あのアンネリアの存在こそが、罠だ」
 冬夜の裔が淡々と告げ、自身も戦闘態勢を取った。
「近づいたものは、秋永一の弓取りの、格好の的になる」
「いま、なんと?」
 弾正が愕然としながら冬夜の裔へつめよる。この濁った空色の瞳の使役霊は、深刻そうに口を開いた。
「何度でも言おう。冬越弾正、お前の父が近くにいる。そして、お前たちの、特にアーマデルの命を狙っている」
「父上が、そんな……!」
 否定を口にした弾正の視界がぐらりと揺れる。不自然な眠気が急に襲ってきた。おぼつかなくなった足元。弾正はアーマデルの肩を借りてどうにか立ち続ける。
「わきばらのその矢は引き抜いた方がいい。毒矢だ。おそらくは麻酔が塗られている」
 冬夜の裔に言われた弾正は、苦痛を覚悟して矢を引き抜いた。肉がえぐれて新たな血がしたたり、地面を濡らす。
「弾正さん、こちらに」
 リスェンが神へ捧げる舞を披露し、弾正の傷を癒やす。
(顔色が悪い。失血と、ストレスでしょうか。体の傷は治せても、心の痛みまでは癒せない)
 リスェンは突如父と対峙するすることになった弾正の心境を思い、胸を痛めた。
(弾正さん……だいじょうぶでしょうか。だけど、このままおびえて撤退するわけにはいかない。村の火事を止めるにはアンネリアの足元の井戸の解放が不可欠)
 リスェンはおんぼろの杖の切っ先をアンネリアへ向ける。正常な炎がその杖に宿った。
「アンネリアさん、あなたを救えず、打ち倒すことしか出来ないわたしを恨んでもいい。でも、あなたが大切に思っただろうこの村のために、そこをどいてください」
 ハリエットもまた銃をかまえた。銃弾がアンネリアのやわはだをかする。そのたびに血がだらだらと衣服を汚していく。赤のだんだら模様に染まったアンネリアは、変わることなく喚き散らしている。だが遠い。まるでこだまのように、遠くから声がするだけだ。
「アンネリアが『こう』なったのは、やっぱり弾正さんの父親が原因なんだろうな」
 かわいそうに、とハリエットがちらりと弾正を見やる。そしてハリエットは正気に戻った村人の手をつかんで引き起こした。
「立って。自分の足で立つんだ。逃げるんだ。強く心を持てとまではいわない。いまは逃げることに集中して。でないと、またあの歌に洗脳されてしまう」
 大人は子供を背負い、若いものが老人を担ぎ上げる。村人たちがのろのろと退却していく。アンネリアから離れれば離れるほど、その足取りはしっかりしていく。
「よかった。再洗脳されて、しかたなく蜂の巣なんて悲劇はごめんだからね」
 人々が退却していくのを横目に見ながら、イナリは指を鳴らした。
「こっちを見ちゃだめよ? いい? 気遣って言ってあげてるんだからね? ……第三術式解放、パターン『天神』、干渉値規定範囲内、オールグリーン」
 声がどんどん低くなっていく。同時にイナリの輪郭がぶれていく。希薄になっていくイナリの周りに、おぞましさがはびこる。異界より顕現した何者かと己を重ね合わせ、霊験あらたかにして畏怖されるものとなったイナリは指先で空気を弾いた。嵐のような強風が発生し、アンネリアがのけぞる。
「近づくと危ないなら、遠くから殴るだけのことよね」
 追撃が決まった。アンネエリアが井戸の上からずり落ち、仰向けに倒れる。言葉にならない叫びが彼女の口内から発せられる。空気を揺るがし、皆の鼓膜を叩く絶叫。ロジャーズが回復の起点となる味方をかばい、武器商人が自らの影を呼び起こす。大地を溶かすように進む影が、アンネリアの影と重なり、その身をくしざしにした。
 断末魔はなかった。彼女は絶叫を終えた。聞き苦しい歌も止まった。影の槍に貫かれ、ぶらんと垂れ下がる手足が、彼女の死を物語っていた。


「…つらかったね…」
 レインがアンネリアの死体の、乱れた服を整えた。そして手を握り、おさなごへするようにその頭を撫でた。
「大事な人…倒したい相手…キミの意志は僕が受け継ぐよ……ゆっくりおやすみ……」
 自分の額をアンネリアの額をこつんと重ね、レインはやさしく微笑んだ。すっと身を起こし、険しい顔になる。
「……出てきたらどう……? それとも…こっちから行こうか…?」
 愛用の傘でもって、燃える村の向こうを指す。
「父上……」
 弾正が苦しげに呻く。レインのファミリアー、スコール。その首を引きちぎったと思しき男が、そこに立っていた。
「罪もないものに罪を犯させ…平和なところに悲しみをもたらす…。だから嫌いだよ…魔種なんて…」
 レインは警戒をとかぬまま理一と対峙する。理一の浮かべる表情は、まるで被害者のそれだ。ああこの男は自分が悲劇の主人公と思い込んでいるのだな…とレインは感じ取った。
「久秀、いい子だから帰ってきなさい。おくるみにつつんであげよう。もう何も考えなくていいように。さ、来なさい?」
 うすっぺらい笑みを口元へはき、理一が弾正へ言葉をかける。くつくつと笑っていた武器商人が、顔を上げた。
「秋永の旦那の目には、立派に成長した息子が見えないようだね」
「HA――! 我が子に赤子の真似事を強いる序に炎上とは、如何様な貴様だ」
 両者からの愚弄へ耳を貸さず、理一は弾正だけを見ている。ハリエットが銃口を向けた。
「村をね、はやく消火してあげたいんだ。だからどいてくれないかな。でなきゃ風穴が開くよ、秋永一の弓取りさん?」
「そうですよ。この火事、焼け出された村人、アンネリアさんのこと、あなたを倒す理由として十分です」
 リスェンも対決に向けて闘志を燃やしている。理一は嘆かわしげに首を振っただけで、返事をしない。
「赤子の真似事ねぇ……その手の特殊な性癖は理解しているわよ」
 元へ戻ったイナリが若干引いた顔でいる。
「あ、世の中にはオムツァーって性癖の持ち主がいてね……人前で失禁をすると、おっとこれいじょうは世界の理から怒られそうだからやめとくわ♪ とりあえず、さっさと引いてくれない?」
「悪いな父上」
 アーマデルがまっすぐに理一へ顔を向けた。
「弾正はもう俺のなんだ。いい大人が駄々こねて子を困らせないでやってくれ」
「こうるさい子だよ、本当に」
 理一のおだやかなまなざしへ冷たいものが混じる。
「聞いてほしい、父上」
 弾正が脇腹を押さえたまま一歩前へ出る。
「決めたんだ。この世界の滅びをぶっ飛ばして、アーマデルと無辜なる混沌で生きる。その為に俺は足掻くって。みっともなくても、涙でぐずぐずになっても……立ちはだかる人が、たとえ大切な人だったとしても!」
「久秀」
 理一の気配が変わった。
「そう言いながらも父さんを追って来てくれるんだろう? それは久秀が本当は父さんのことを何よりも大切に思ってくれているからだろう? うれしいよ」
 あまりに歪んだ論理に、一同は暗闇で泥を踏んだような不快感を抱いた。
「久秀、待っているよ」
 理一はうっとりと笑いながら、姿を消した。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

冬越 弾正(p3p007105)[重傷]
終音

あとがき

おつかれさまでしたー!遅れてすみません。

村はこのあとみんなで消火しました。再建まですこし時間はかかるでしょうが、村人は全員無事です。
アンネリアは村のはずれに手厚く葬られました。

それではまたのご利用をお待ちしております。

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