PandoraPartyProject

シナリオ詳細

廃墟を取り戻せ。或いは、朽ちかけた大切な場所…。

完了

参加者 : 7 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●廃墟を取り戻せ
 夜鳴 夜子という女性がいる。
 再現性東京に住まう霊媒師であり、エントマ・ヴィーヴィー(p3n000255)とは既知の間柄である。
 腕から首にまで刻まれたとライバルのタトゥーに、咥えた甘い香りの煙草と、とてもじゃないが霊媒師には見えないが、数々の霊障を解決して来た実績を持つ“やり手”として、一部の界隈では名が知れている。
「で、今回はどんな仕事なの? また、霊……っていうか、夜妖を退治しろって話?」
 ある寒い日の昼下がり。
 再現性東京のとある喫茶店である。
 向かい合って座った2人は、のんびりと珈琲など飲んでいた。
「そう言うなって。いい稼ぎになってるだろ? お互いにさ」
 呆れたようなエントマの視線を受け流し、夜子は呵々と笑ってみせた。
 夜子は確かに霊媒師である。
 その実力も、まぁ、それなりに高かった。
 だが、彼女の積み上げた“実績”の中で、難関に分類される幾らかの事件については、イレギュラーズが関与している。
 およそ今回も、そう言った類の話であろう。
 エントマはそう予想していた。
「ま、当たりだけどさ」
 そう言って夜子は、エントマの前に1枚の写真を差し出した。
 写真に映っているのは、古い木造の一軒家と、その隣に併設された粗末な倉庫のようである。
「また廃墟? ここに行って……なにすりゃいいの?」
「まぁ、聞きなって。ここは10年ぐらい前から廃墟になってる工場跡地だ。経営不振と難病が重なって、工場主が首を括った」
 曰く、工場主は若い女性であったという。
 先代であった父が亡き後、工場の経営を引き継いで……女手ひとつで奮闘したが、力及ばず失意のうちにその生涯を終えたのだ。
 彼女の死後、工場と家は打ち捨てられた廃墟となった。
 どこにでもある、悲しい話だ。
「あー、つまりその女性の霊が憑いているから、祓ってほしいってこと?」
「惜しい。ちょっと惜しい」
 にやにやとした笑みを浮かべて、夜子はエントマの問いを否定した。
「祓うって言うか、追い払うのは暴走族さ。“武闘最前線”だとかって名乗る連中でさ、去年の終わりぐらいから工場を集会所にしてる」
「暴走族ぅ? そんなの警察の仕事じゃないの?」
「普通はな。でも、今回は少し違うんだよ。その暴走族たちを、怪我させずに追い払ってほしいんだ。警察やら自治会やら行政やら、そう言うのには関与されたくないんだってよ」
「はぁ?」
 あくまで“自主的に”工場から暴走族を立ち退かせてほしい。
 夜子の依頼は、そんな奇妙なものだった。
 暴力的な手段に訴えてもいいのなら、実に楽な仕事ではある。だが、今回はそうじゃない。
「なんで、そんなことに? っていうか、霊は?」
 あんた霊媒師でしょう?
 エントマの目が、口ほどに物を言っていた。
「ここが一番肝心なんだが」
 楽しそうに、夜子は言った。
「依頼人がさ、件の女性の霊なんだ。オンボロでも自分の生家で、家族と過ごした思い出の場所だ。暴走族にくれてやる義理はないし、かといって怪我人が出れば警察やら行政が出張って来る可能性もある」
 最悪、取り壊しということにもなりかねない。
 女性の霊は、それが嫌なのだと、夜子は言った。
「ってわけでさ、暴力に訴えずに族共を追い出してくれよ」

GMコメント

●ミッション
平和的な手段でもって、暴走族を追い払おう

●ターゲット
・暴走族“武闘最前線”
30人ほどの暴走族。
10代後半から20代前半の若者で構成されている、付近では武闘派で知られる集団。
揃いの黒い皮ジャケットと、背中に書かれた『戦』の文字が特徴である。
喧嘩、抗争は得意なもので、かつては反社会組織同士の争いにも関与したことがあるらしい。

●依頼人
・女性の霊
享年28歳。
痩せた女性の霊であり、今回の依頼人。
彼女の生家兼職場であった工場跡地に住み憑いている地縛霊。
気が弱く、特に暴走族とか不良とか好きじゃないらしい。

●フィールド
再現性東京のとある廃工場。
木像2階建てのボロ家と、その隣に併設された工場。そして、家屋や工場の後ろに資材置き場として使われていた広い庭がある。
現在は、暴走族たちの集会所として使われている。出来るだけ長く、工場跡地を今の状態のまま残したいため、怪我人が出ては困るらしい。
家屋にも、向上にも、庭にも、生前に女性の霊が使っていた家財や工具、その他廃車や部品の類が放置されている。
暴走族たちは、敷地内の全域に点在している。

●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • 廃墟を取り戻せ。或いは、朽ちかけた大切な場所…。完了
  • GM名病み月
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2024年02月15日 22時25分
  • 参加人数7/7人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 7 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(7人)

志屍 志(p3p000416)
天下無双のくノ一
寒櫻院・史之(p3p002233)
冬結
仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)
陰陽式
シラス(p3p004421)
超える者
ソア(p3p007025)
愛しき雷陣
マッチョ ☆ プリン(p3p008503)
彼女(ほし)を掴めば
ムメイ(p3p011382)
徒花

リプレイ

●幽霊屋敷へようこそ
 再現性東京。
 とある廃工場に幾つかの人影があった。
「うおっ! びっくりしたっ!」
 人影の1つ……エントマ・ヴィーヴィーが肩を跳ねさせ悲鳴を零す。
 工場隅の暗がりに、気配も希薄な女性が立っていたからだ。
「…………」
 沈黙を保ったまま、その女性……ムメイ(p3p011382)が頭を下げた。どうやら挨拶をしたらしい。
「……えーっと」
 何かを言おうと口を少しだけもごもごさせて、結局エントマはそれ以上の言葉を口にはしなかった。
 代わりに、倉庫内に視線を巡らす。エントマの招集を受け集まったイレギュラーズは、ムメイを含めて全部で7人。
「お、来た来た。エントマさんチャンネルもってんだから今こそ動画編集スキルを使うときじゃね? 特集“不法占拠。或いは、暴走族最後の仇花…。”とかなんとかさ」
 そう言ったのは『冬結』寒櫻院・史之(p3p002233)である。
 気安い様子で、足元にある段ボールをエントマの前へと押し出した。段ボールの中身は、小型のカメラやマイクのようだ。
「脛に傷持つ身としてはカメラは天敵だよ」
 今回の仕事、ターゲットとなるのは再現性東京に屯う暴走族だ。そして依頼人は、廃工場に住み憑く地縛霊である。
 霊の姿はどこにも見えない。ある程度、霊感があればその気配を感じ取ることは出来るかもしれないが。
「死者の霊、などというと個人的には存在に懐疑的な性分ですが」
 そのような者がいるのなら、自分は今頃祟り殺されているだろう。揶揄うようにそう呟いて『遺言代行業』志屍 瑠璃(p3p000416)が肩を竦める。
 もっとも、依頼人が霊であり、今もそこにいるのだというエントマの話を頭から否定するつもりもないらしい。
「平和的にというのがいささか手間ですが、誰のものでも命は大事、不満はありませんとも」
「随分とお優しい幽霊だよな。人知れずに片付けろと言ってくれたら話が早いんだが」
 瑠璃の言葉に同意を示して『竜剣』シラス(p3p004421)はため息を零した。始末するなら、相手が何でも物怖じするような性質では無いが、とはいえあくまで“迷惑ではあるが”一般人の暴走族がターゲット。
 加えて、大きな怪我をさせてはいけないという縛りもある。
「まぁ、今回は懲らしめろという依頼ではない。追い払いさえすればいいのなら、やりようはあるさ」
『陰陽式』仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)の言うように、暴力的な手段を制限されていても任務には何ら支障は無いのだ。
 手間が1つ増えるか、減るか……その程度の違いでしかなく、また数々の死線を潜ったイレギュラーズの前では、暴走族など少しガラが悪いだけの一般人に過ぎない。
「力づくで、となっても……まぁ、どうにでもなるだろうよ」
 そう言って汰磨羈は視線を工場の端へと向けた。
 窓際のとくに日当たりの良い場所で、丸まって眠る獣が1匹……否、1人と言うべきか。気持ちよさそうに午睡を貪る姿を見れば、まるで猫のようでもあった。
 だが、彼女は……『無尽虎爪』ソア(p3p007025)は虎だ。獣である。
 野生の獣に、人間が勝てるはずもない。
「いやぁ、特級の暴力装置じゃん。あんま無茶しないでね?」
 ソアの爪が鋭いことはエントマも良く知っている。
 少しだけ不安そうな顔になったのは、暴走族の身の安全を心配してのことである。
「暴力を用いずに集団を追い払う、か。了解した。依頼を遂行する」
 怪我をさせることは無い。
 『目的第一』マッチョ ☆ プリン(p3p008503)がそう言うのだから、とりあえずは問題無いだろう。
 たぶん、きっと……。

●ある暴走族たちの災難
 暴走族“武闘最前線”
 再現性東京で幅を利かせる30人ほどの暴走集団の名であった。
 構成員の年齢は若く、そのほとんどが10代後半から20代前半。だが、若者特有の向こう見ずが悪い塩梅に作用したのか、喧嘩や抗争を繰り返す武闘派集団として付近では名が知れていた。
 暴走族と言うものは、基本的にどこに行っても煙たがられるものである。それゆえ、彼らは人気の少ない集会場所を求めている。
 彼らにとっては幸運なことに……そして、件の霊にとっては不運なことに、廃工場がそれに選ばれたというわけだ。
 夜毎に廃工場に集まる暴走族に辟易した幽霊が、彼らの排除を依頼するのも無理からぬことであると言えよう。
 さて、今宵もそんな武闘最前線のメンバーは、夜もすっかり暗くなった頃合いに廃工場へ集まっていた。
 今日はどこに走りに行こうか。
 そこかしこで、そんな言葉が交わされている。
 気の早いものなどは、廃工場の裏手に設けられた庭に出て、マシンの調子を確かめていた。エンジンの音、排気ガスの匂い、そして笑い声と煙草の煙。
 見るからに治安が悪かった。
 一般的な感性を持つ善良な市民であるならば、進んで彼らの集まる場所に近づきたいなど思わないだろう。
 そんな風に思われていることを、当然だが当人たちも理解している。理解しているが、それでも暴走族という集団に所属して、誰かに後ろ指をさされながら夜毎に集まっているのには理由があった。
 “友達”が、そして“仲間”が、“居場所”が欲しかったのだ。
 いくら不良を気取っていても、彼らもやはり人である。人である以上、孤独でいるのは辛いのだ。
 例え、明日になればすっかり忘れてしまうような会話を繰り返すだけの日々であっても。
 彼らにとっては、大切な時間なのだろう。
「なあ、ダチに聞いたんだけどさ。この工場ヤバいらしいぜ。マジで出るってよ」
 さて、そんな不良の集団に自然な様子でシラスが紛れ込んでいる。
 適当な暴走族を捕まえて“とっておきの秘密”を教えてやろうという風な態度で、親し気に声をかけたのだ。
「ヤバいって何がだよ。マジで出るって、何が出るんだ?」
「おいおい、察しの悪ぃ野郎だな。決まってんだろ、この工場のオーナーだった女」
「オーナー? 女? 廃工場にか?」
「廃工場だって、元は誰か人が居たに決まってんだろ。何も最初から廃工場だったわけじゃねぇんだ」
 とはいえ人という生き物は、基本的に“自分の目で視た”ものしか信じようとはしない。
 暴走族たちに「霊が出る」と伝えたところで、単なる噂かよくある怪談の類と思われておしまい。そんな程度でビビるような連中じゃないことは、シラスだって理解している。
 だから、これはあくまで作戦の下準備。
「霊なんて一回も出たことねぇじゃねぇかよ。きっと阿波山クンにビビってんべ?」
 阿波山クンとは、武闘最前線の総長を務める男の名である。
 武闘最前線を組織し、辺り一帯で名を轟かす暴れ者。それが阿波山クンである。
「……その阿波山クンはどこにいんだ? もう来てんのか?」
 シラスは、姿の見えぬ阿波山クンの居場所を尋ねた。
「あー? もうすぐ来るんじゃねぇかなぁ?」
「ふぅん。そうかい」
 もうすぐ阿波山クンが廃工場にやって来る。
 それはつまり、作戦の決行時刻が近づいてきているということである。

 その男、名を巌島田 学と言う。
 暴走族“武闘最前線”の特攻隊長であり、年齢は今年で24歳。チーム最年長である。
 かつてはボクシングを学んでいた経験もある。筋肉質な長身とボクシングの技を合わせた喧嘩の腕前は自称“5段”と随分高い。
 抗争では誰よりも先に切り込んでいき、誰よりも最後まで戦い続ける……敵対チームからの恐怖と、仲間たちからの尊敬を一身に集める屈強な不良だ。
 そんな彼が、今にも悲鳴を上げそうな目をして脂汗を流していた。
 ところは廃工場の裏。
 廃材や古タイヤの詰まれた広い庭の真ん中であった。
 愛車の調子を確かめていた巌島田の耳に、蚊の羽音にも似た高音が聞こえて来たのは今から数分前のこと。
 最初は気にも留めていなかった。
 だが、つい先ほどになってやっと巌島田はそれに気が付いた。
 その音は蚊の羽音ではなく、繰り返される女性の声であることに気が付いた。
「だ、誰だ! 誰かいやがんのか! 姿を見せろ!」
 誰もいない場所へ向かって巌島田が声を荒げた。
「あぁ、やっと気が付いてくれましたか」
 ノイズ混じりの女の声が、巌島田の耳元に響いた。囁くような、あざ笑うかのような、そんな静かな声だった。
 だが、依然として姿は見えない。
「霊……いや、そんなもんいるはずがねぇ! どこだ! 誰だ!」
「誰かと問われて名乗るようなことはしませんが……まぁ、この場所に所縁のある者ですよ。とある富豪の身内とでも申しましょうか。主は思い出の地をそのまま保全しておきたいそうでして」
 くすり、と笑う。
「どうです? 別の隠れ家をご紹介しますよ? それと、あなた方を直接取り除く措置を取らないのは、上のご厚意である旨お忘れなきように」
 酷く冷たい声である。
 巌島田はもう、言葉を発することは無かった。
 脅しや揶揄いの類ではないと、本能的に理解したからだ。
「私個人としても、あなた方のような輩を疎ましく感じることも多いですしね」
 姿の見えない誰かに怯え、巌島田は頭を抱えて蹲る。

 蹲って震える巌島田の姿を、物陰から撮影している者たちがいた。
「おー! ばっちり撮れたんじゃない?」
「だねぇ。なにをどう編集するかはエントマさんにおまかせするよ。あなたのほうがくわしいでしょ、こういうの」
 エントマと史之だ。
 2人は撮影したばかりの動画を確認しながら、顔を見合わせ笑い合う。
「で? これから史之さんはどうすんの?」
「撮影の手伝いと……見込みのありそうな族がいたら勧誘してみるよ。ここでくだをまくよりローレットの情報屋とかになったほうがいいってさ」
 彼らにそれだけの度胸があればだけどね。
 そう言って、史之はカメラを持って工場の方へと移動していく。

「ソアさん。起きてくれ。そろそろ出番だ」
 史之に揺り起こされたソアが目を覚ます。
 廃工場の屋根裏で、ぐっすり眠っていたのであった。
「ん? んぁぁ……ふぁ……もう夜。うっかり熟睡しちゃってたよ」
 史之の手にあるカメラに向かってピースサイン。
 それから、視線を眼下へ向けた。紫煙に煙る廃工場には、暴走族が集まっている。
 ソアは虚空に指を這わせて、作業台の上に置かれていた酒瓶を浮かばせた。
 ガチャン、と音を立てて酒瓶が倒れる。何人かの暴走族が、訝し気な目を瓶へと向けた。
「なんだ? 今、風でも吹いたか?」
「ぼろ工場とはいえ、室内だぞ? お前が触ったんじゃねぇか?」
 不気味そうに酒瓶を見る暴走族たちの様子を見て、ソアは声を潜めて嗤う。

 錆びた扉を押し開き、現れたのは奇妙な2人。
「やぁ。ちょいとばかし、御主等に話がある。聞いて貰えるかな」
 1人は奇妙な恰好をした白い女……汰磨羈である。
「突然の訪問失礼する。『戦』の文字を背合う者達……武闘最前線で相違ないな?」
 もう1人……マッチョ☆プリンの姿は一見するとまるで子供に見えた。
 困惑を孕んだ騒めきが広がる。
「何しに来た? ここはガキンチョの遊び場じゃねぇぞ?」
 代表して、暴走族の1人が問う。
 睨むような視線だ。そこらの子供であれば、それだけで泣いてしまうかもしれない。
 もっとも、マッチョ☆プリンには脅しなどまったく通用しないが。
「取引をしに来た」
 余裕綽々といった様子で、マッチョ☆プリンはそう告げた。

「内容の前に、こちらは手付金だ」
 一瞬前まで、そこには全く何も無かった。
 一瞬後、暴走族たちの眼前にはアタッシュケースとコンビニの袋が置かれていた。
「か、金……?」
「それとコンビニの菓子だ」
 驚き過ぎると、人は返って冷静になるのだ。
 得体の知れない2人を前に、どうリアクションしていいか不明というのもある。
「美味い飯は何時だってイイものだ。そう思わないか?」
 どこかにやにやとした様子で汰磨羈は言った。暴走族たちの反応を見て、楽しんでいる風である。
「なんのつもりだ? 取引だと?」
「クスリが欲しいなら他所に行けよ。ここにゃねぇぞ」
 汰磨羈とプリンを刺激しないように注意しながら、しかし侮られないよう精一杯の虚勢を張って暴走族たちが言葉を返す。
 プリンは1つ頷いて、言葉を続けた。
「具体的な要求はこの工場からの立ち退きだ。本当なら力付くで追い出すのが手っ取り早かったが……そうは行かない相手だったのでな。それに何より先に此処が崩壊しかねない」
 つまり、荒事で片を付けようと思えばそうできる、と。
 言外に、マッチョ☆プリンはそう言ったのだ。
 暴走族たちに、プリンの実力を測るだけの目は無い。だが、何となくその言葉が真実であることは分かる。
「故にこうして交渉の対価を用意させてもらった。当然代わりの場所も、だ」
「どうだ。悪くはない話だと思うが」
 たしかに悪くない話だ。
 金を貰えるうえに、代わりの集会所も用意してくれるというのだから話に乗ってもいいと思える。暴走族たちにとって利の大きい取引だ。
 だが、即答はしない。
「決めんのは阿波山クンだ。おい、阿波山クンはどこだ?」
 誰かが、総長の名を呼んだ。

●阿波山クンの災難
「ここだ」
 工場の奥から背の高い男が姿を現す。
 真っ白な特攻服に、頭蓋に食い込んでいるのではないかと思うほどきつく巻かれたねじり鉢巻き。眼光は鋭く、頬には火傷の痕がある。
「お、来た来た」
 阿波山クンの姿をカメラで撮影しながら史之は言う。
 そろそろ出番かと、ソアがくぁと欠伸を零した。
「話ってのは……っ」
 2人の見つめる先で、阿波山クンの姿勢がブレた。
 暴走族たちは誰も気が付かなかったけれど、阿波山クンの首の後ろをシラスが手刀で打ったのだ。
「おっと、大丈夫かよ。阿波山クン!」
 意識を失い、倒れる阿波山クンをシラスが素早く抱き留める。
「おっそろしく早い手刀だ。俺は見逃さないけどね」
「私には見えなかったね。殺してない?」
「……手加減はしてるんじゃないかな?」
 史之とエントマが言葉を交わすその間に、シラスは気絶した阿波山クンを近くの椅子に座らせた。
「悪いな。飲みすたようだ」
「おいおい、阿波山クン。しっかしりしてくれよ」
 などとシラスが言っている。
 手を下した張本人が、まるで心配するかのような口ぶりで。マッチポンプもいいところだが、その事実を知っているのはイレギュラーズだけである。
「さて、話は聞いていたか?」
 ざわめきが落ち着いたところで、再び汰磨羈がそう問うた。

「出番だね」
 こっそりと、ソアが移動を始めた。
 暴走族たちの視線は、汰磨羈とプリンに集中している。そんな中、誰にも気づかれることなく阿波山クンのすぐ背後にまで回り込むことは、ソアにとって容易であった。
 強いて気になることがあるとすれば、身を潜めた物陰がひどく埃っぽい点ぐらいか。
 まぁ、何しろここは廃工場だ。
 多少、埃っぽいのは仕方が無い。
「さっきも言った通りだ、対価も、代わりの場所も用意してやる。その代わり、二度とこの廃工場に立ち入るな……そう言う話だ」
 念を押すように、汰磨羈は再度、要求を口にした。
 それを聞いて阿波山クンは頷いた。
正しくは、阿波山クンの頭の後ろに手を回したシラスが首肯させたわけだが。
「んんっ」
 こほん、とソアは誰にも聞こえない程度の声量で咳払い。
「……いいぜ、分かった」
 次に放たれたソアの声は、阿波山クンのそれに似ていた。
 声真似だ。
 長く話せば、違和感に気付く者もいるだろう。だが、ほんの一言か二言ぐらいであれば、暴走族たちも気づくまい。
「いいのかよ、阿波山クン」
 シラスが訪ねる。
「いいぜ」
 ソアが答えた。
「では、交渉成立だな。ゴミや私物を持って、さっさと退散してくれ」
「分かった」
 プリンの要求を、阿波山クン(声:ソア)が受け入れた。
 総長がそう決めたのだから、仲間たちにも異論はない。阿波山クンを怒らせないように……と言うのもあるだろうが、急いで撤収作業に移る。
 半グレとはいえ、こう言うところは行動が速い。
 武闘最前線と言う組織、なかなか統率が取れていた。

「あ? 移動すんのか?」
 撤収作業中、裏口から戻ってきたのは巌島田である。近くにいた青年を捕まえ、彼は質問を投げかける。
「あれ? どこ行ってたんすか、巌島田さん」
 段ボールを抱えたまま、青年は事の経緯を巌島田に話した。
 巌島田は、少し難しい顔をして「なるほど」と呟く。
「?」
「いや、何でもねぇ。移動した方がいいと、俺も思っていたところだ」
 そう呟いて、巌島田は視線を背後へと向けた。
 裏庭へ続く暗がりの中、女性の影が見えた気がした。

「さて、と。エントマさん、動画を送ってくれるかな?」
 Aphoneを軽く振りながら、史之は工場を出て行った。
「いいけど、どこ行くの?」
「なに。種明かしついでに、軽く念押ししておこうと思ってさ」
 どうやら史之は、暴走族たちの移動先に……次のたまり場に先んじて移動するようだ。
 かくして、廃工場から暴走族たちは姿を消した。
 一夜にして、廃工場に集まっていた暴走族全員が行方不明となった……なんて、根も葉もない噂が広がるのは、今からしばらく先のことである。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

お疲れ様です。
かくして、暴走族は廃工場かた撤収しました。

依頼は成功となります。

噂は生き物ですので、尾ひれとか胸鰭とか付いて勝手に泳ぎはじめます。
そういうものです。

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