PandoraPartyProject

シナリオ詳細

蝕む草木、留める炎火

完了

参加者 : 7 人

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オープニング


 ――渡り鳥、と称される一族が在る。
 住処を持たず、拠り所を持たず。ただ生まれ持った魔術の才を以て、信条である「誰かの助けとなる為に」奔り続ける流浪の民。
 元は少なくない規模であった彼らの一族は、然る事件の後にその数を大きく減らし、また元々語られていた信条に対するスタンスも肯定と否定、そして中庸の三派に分かれた形となっている。
 離散の憂き目に遭っている彼ら一族は、それでも未だ潰えてはいない。
 故郷も持たぬ彼らにとって、己が居た証である『渡り鳥』の名を棄てることだけは出来ないと、唯そのために。


「………………え?」
 畢竟。
『その依頼』を情報屋から聞かされた時、青年は――『赤翡翠』チック・シュテル(p3p000932)は、発された依頼内容の意味を理解することが出来なかった。
 硬直した灰髪の青年を前に、情報屋は暫しの時を置き……けれども我に返るほどの時を待たず、再び依頼内容を口にする。
「だから、『渡り鳥の一族を称する者の殺害』。それが貴様らに与えられた任務内容だ」
 ――刹那の静寂が、『ローレット』の一角を満たす。
 チックを除き、此度集まったメンバーの中で『渡り鳥』の一族に詳しいものは然程多くはない。だが少なくとも、彼らはチックがその名を持つ一族の生まれであることぐらいは知っていた。
 同族に相対し、況や殺すことを目的とされた依頼内容。チックが忘我するのも仕方がないと言えるが。
「……そもそも、事の発端はなんだ?」
 挙手の後、メンバーの一人が片手を挙げる。尤もな質問に対し、情報屋も頷きながら淡々と依頼の詳細を説明し始めた。
「其処なシュテルの一族――『渡り鳥』は、嘗てとある人間種の貴族の欲得によってその多くを殺された背景を持つ。
 以降、彼らは自身を除く……殊に人間種を主としたた種族へのスタンスを否定、肯定、中立の三つに分けて接してきたわけだが、此度そのうちの否定派が事を起こした」
「……何で」
「『バグホール』の発生が理由、だとされている。
 とどのつまり、彼奴等はこの世界の破滅に『相乗り』しようと言う心算だ、ということだ」
 びくり、と身体を震わすチック。比較して、他の特異運命座標らは訝しげな表情を浮かべた。
「それは……可笑しくないか?」
「言わんとすることは分かる。渡り鳥の……この言い方では若干の語弊を招くか。
 否定派閥の者たちは魔種ではない。仮にこの世界に終焉が訪れたとして、それは他種族の者たちのみならず、自身らの破滅をも呼び寄せるのと同義だからな」
 ――だが、「逆を言えば」と。
 それだけを口にした情報屋に、問うた特異運命座標達は苦々しい表情を浮かべた。
 即ち。「『純種』が世界の終焉に呑み込まれるのならば、そうでなくなれば良いのだ」と。
「……言っておくが、これはあくまで予測の範疇だ。
 そも、此度の依頼対象である否定派閥の者が真実『渡り鳥』の一員であるかもわからん。貴様らの任務内容には其方の調査も含まれる」
「………………」
 気休めとすら言えない言葉に、チックは俯いた姿勢のまま、動くことが出来ずにいた。
 人間種に対して敵対的な否定を取ると言う否定派閥の者たちに対しても、チックは幾らかの面識があった。その彼らの何れかを手にかける可能性が在ると言うことは、彼の心に重く沈んだ影を落とす。
「……目を背けることも、選択肢だが?」
 故に、情報屋は彼に聞いた。
 依頼を請けるか、否か。その問いに対して、チックは数秒の迷いを経た後、絞り出すように呟いた。
「おれ、……行きます」
 歯を食いしばるような表情。
「行かせて、下さい」
 それが、覚悟を決めたが為のものか否かは、彼自身にも解らなかった。


 きしん、きしんと音が鳴る。
 木々の肌が擦れ合う不快な音だった。夜中の小村にて、誰も居ない道を歩く枝と蔓草の化け物は、何物かを探すように周囲を見回した後、また少しの距離を歩く、と言う行為を繰り返している。
「――――――」
 それを、監視する者が居る。
 人型を取った化け物たちから身を隠した態勢の「彼」は、向こうが遠ざかったのを確認した後、己の周囲に居た人々……元はこの村に住んでいた者たちを振り返り、淡々と言葉を発する。
「他に隠れている者たちと共に、向こうに行くと良い。荷物は最低限に。
 一日も歩けば隣町には着くだろう。其処で詳細を『ローレット』に伝えるんだ」
「あ、有難うございます。ですが……」
 ――ですが、貴方は?
 言いかけた村民の言葉に対して、「彼」は小さくかぶりを振った後答える。
「村一つ分の人間が一斉に逃げるとなれば、流石に動きも気づかれるだろう。
 あの化け物たちは緩慢だが、君たちの中には女子供や老人も居る。足止めが居た方が良い」
「それは……!」
「引き際は心得ている」
 何より、それに反論できるだけの材料は無いだろう、と。
 言外に告げる「彼」に対し、村民は忸怩たる表情を浮かべ――軈て頭を垂れた後、他の者たちを連れて動き始めた。
「………………」
 誰に対してでもなく、小さく頷いた「彼」はゆるりと手を伸ばし、その先から炎を振り出だした。
 その対象は蔓草の化け物たちに留まらず。自らの皮膚をも焼き焦がす異能を発する「彼」は、在るだろうその痛苦に顔を歪めることも無く、ただ静かに呟く。
「さあ、どう出る。××××?」
 ――聞こえる筈の無いその言葉は、化け物たちの主。自らの同族に向けて。

GMコメント

 GMの田辺です。この度はリクエスト有難うございます。
 以下、シナリオ詳細。

●成功条件
・『???』の討伐。若しくは『使い魔』一定数の討伐。

●戦場
 カムイグラ某所。木々に囲まれた小村です。時間帯は夜。
 小村と言う通り広くはありませんが、面積に対して住宅の数は少なくは無く、下記『使い魔』達は住宅内、若しくは村内に広く展開した状態で活動しています。
 同じく依頼対象である『???』の居場所は現在不明。但し多数の『使い魔』を一度に操っていることから、それほど遠距離には居ないであろうと推察されています。

●敵
『???』
 今回の依頼の討伐対象です。自らを『渡り鳥』の一族であると名乗った上で、此度人間種たちが住まう村を襲撃しました。
 これ以前にも大小さまざまな人里で襲撃を行っていたようですが、その実行役が殆ど『使い魔』に寄るものであるため、当人のステータスは殆どが明らかになっていません。
 今回も一定数の『使い魔』が倒された段階で撤退を試みるであろうと考えられるため、若し本エネミーを討伐したい場合は『使い魔』の討伐を抑えた上で捜索に注力しないといけません。

『使い魔』
 上記『???』が操る使い魔です。蔓草と木の枝で形作られた人型の魔物。
 遠距離、近距離、また神秘と物理を問わない四種類の攻撃手段を有しており、そのスペックも個体ごとに総じて高めです。反面知覚能力に乏しいのか、自発的な探索では一定距離まで近づかないとPCの皆さんを認識できません。
 また、特殊能力として「種子化」を有しており、炎に関連したスキル、乃至武器を介した攻撃以外で体力がゼロになった場合、一定時間後に復活する能力を備えております。
 シナリオ開始時は村内に多くの数が散らばっております。

●その他
『炎使い』
 本シナリオの舞台である小村の住民を逃すべく、単身戦闘を行っているキャラクターです。
 フードのついたローブを被っており、その容貌は不明。背部に幾らかの膨らみがあることから、恐らくは飛行種か翼のある旅人かと推測できます。
 確認できている戦闘方法は自身のHPを代償に高威力の炎を放つ単体攻撃のみ。シナリオ開始時点に於いては戦闘を始めてから少なからぬ時間が経過しており、体力、気力共に半分程度の状態です。
「彼」に協力するか、或いは敵対するかのスタンスはPCの皆様に委ねられております。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
『???』の人物、能力詳細については明らかになっておりません。



 それでは、ご参加をお待ちしております。

  • 蝕む草木、留める炎火完了
  • GM名田辺正彦
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2024年02月16日 22時05分
  • 参加人数7/7人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 7 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(7人)

ベーク・シー・ドリーム(p3p000209)
防戦巧者
チック・シュテル(p3p000932)
赤翡翠
※参加確定済み※
蓮杖 綾姫(p3p008658)
悲嘆の呪いを知りし者
耀 英司(p3p009524)
諢帙@縺ヲ繧九h縲∵セ?°
メリーノ・アリテンシア(p3p010217)
そんな予感
マリエッタ・エーレイン(p3p010534)
死血の魔女
カナデ・ラディオドンタ(p3p011240)
リスの王

リプレイ


 ――――――炎が舞う。
 ぱちぱちと細かく跳ねる火の粉は、行使した術の反動に比べれば然したる痛痒にもなりはしなかった。
 最初に術を出だしていた右腕は火傷でボロボロとなり、次いで炎を操る左腕も、それを行使する度に皮膚が醜く爛れていく。
 されど、フードの内から覗く表情は微塵にも揺らいでいなかった。感情らしきものを見せることも無く、炎を使う何某かは淡々と、眼前に迫りくる蔓草の化け物たちを焼き払う。
「……痛くは、ないの?」
 其処に、掛けられる声があった。
 背後から聞こえたそれに、炎使いは振り返らない。対して自ら姿を現し、彼の横に並んだ『赤翡翠』チック・シュテル(p3p000932)は、囁くような歌声と共に彼の腕へと癒術を施す。
「あなたは?」
「その答えは」チックの問いに返される答えも、また問いの形を以て。「果たして今、必要なものであろうか?」
 実際、炎使いの言葉は正しかった。特異運命座標達が依頼の現場である小村に辿り着いてから幾許も経っていない現在、討伐対象である蔓草の使い魔と、それを操る術者は健在である。先ずはこれを討伐しないことには話が始まらない。
「……いやぁ、きつい仕事ですねぇ」
 会話に割り入って声を発したのは『泳げベーク君』ベーク・シー・ドリーム(p3p000209)である。
 彼は現在、その周囲に幾人かの村人を引き連れている。最初に炎使いが逃がした村人の他にも逃げ延びられずにいた村人たちを探し、彼らを安全な場所に確保した上で今現在の炎使い同様、敵を引き付ける役目こそがこの依頼での彼の役割であった。
「敵の数は多く、操縦者の居所は不明。そちらを見つけようにも村人を見捨てるのもなかなか後味が悪い」
「それゆえ、『君たちは』私と同道すると?」
 言葉に含まれたニュアンスは、察するに「他の者たちは別の役目が在るのか」と言う意味で在ろう。
 掛けられた言葉に、その二重の意味に。チックは頷くと共に、繊手を広げて先ほどまでとは違う歌を唄う。
 広がる音律。それと共に蔓草の使い魔たちはその体表に幾重もの花を咲かせては、軈てそれに覆われ動かなくなる。花籠葬と呼ばれた詠唱は、正しくその名の通り使い魔たちを物言わぬ花の墓標へと変貌させた。
「君のことは知っている」
「………………」
「敵は『渡り鳥』だぞ」
「それ、でも」
 その可能性は、。最初に情報屋から示唆されていた。
 嘗て、自らが属していた一族。異なる派閥を組めども、少なくとも仲間内に於いては家族と呼べる感情が在った、己の同族。
「『あの人』が、おれの愛する人たちを奪うなら」
 その者たちが、世界の破滅を喚ぶと言った。チックを、チックが愛する人たちが住まう、この世界を滅ぼすと。
「泥を、被れる。それは、どの派閥にも属さなかった、おれだから出来る」
「……。そうか」
 初動のチックの範囲攻撃に因って大半の使い魔が停止したが、それは多少の時間の後に動き出すことは必定である。
 加え、使い魔の側は更なる脅威に対処すべく、村内に散逸していた個体を彼らの元へと集めつつあった。
「――――――」
 その、傍らを。
 通り過ぎる一群が居る。先に炎使いの男性が言っていた「他の者たち」。即ち、チックやベークとは別行動を行う班である。
 集結する敵の群れは、即ち村内における敵の索敵範囲が縮小することと同義。その隙を縫って使い魔たちの主を捜索せんとする特異運命座標たちの内、一人が。
「……殺さない理由が、あるか?」
『諢帙@縺ヲ繧九h縲∵セ?°』耀 英司(p3p009524)が、ぽつりと零した。
 それは、「泥を被る」と言ったチックを、まるで羨むように。


「そも、他所様の破滅に相乗りしようだなんて、やることがセコんですよ」
 術者を捜索する班の内、『悲嘆の呪いを知りし者』蓮杖 綾姫(p3p008658)が呟いた言葉は、即ちこの場に於ける特異運命座標の総意とも言えようか。
「どうにも気に食わないですね。どうせなら世界全てを敵に回してでも滅ぼすっていう気概みせて欲しいものですが」
「チックちゃんの綺麗な羽根みたいな、そういう渡り鳥ちゃんたちの、誰かの可能性、ねぇ」
 呆れ、軽蔑か。或いはその何れもが綯い交ぜとなった感情で話す綾姫に対し、『狙われた想い』メリーノ・アリテンシア(p3p010217)は悲しげな微笑みと共にそう言葉を零す。
 今現在、村を襲っている使い魔たちの主。或いは魔種と転じているかもしれないというチックの同族に向ける感情は、彼女の中では昏いものにはなり得なかった。
 例えば、その術者に対して取らねばならない選択肢が、「依頼条件」と言う形で決まっていたとしても。
(――何をどうしたって、ひとという生き物は後悔を持つものだわ)
 なればこそ、せめて後悔しない選択を、と、
 メリーノは思う。その選択を強いられたチックの為に、自らもまた尽力することを誓いながら。
「……皆様、止まってください」
 捜索のため、村内を素早く駆けていた特異運命座標らの動きが、其処で止まる。
 声を発したのは『リスの王』カナデ・ラディオドンタ(p3p011240)だった。夜と言う環境下でも支障の無い視力と広域俯瞰等の異能を行使し続けていた彼女が、何かを捉えたかのように目を見張ったのである。
「見つけたのか?」
「恐らくは。ですが――」
 告げた言葉を、言い終えるよりも早く。
 種子の礫が、カナデを襲った。それに彼女が反応するよりも早く、問うた英司が彼女の身体を引いて礫の軌道上からその身を逸らす。
「……イレギュラーズか」
 果たして、現れたのは黒髪を流した女性であった。
 悠然と翼を広げ、魔術の媒体であろう髪留めを握る女性であった。その瞳は何処までも無感動であり、故に一個の村を襲いながら何の感情も発露していない表情に、相対する者たちは不気味さをまず覚えた。
「憎らしい。碌に村民を殺せぬまま貴様らと鉢合わせるなど。これも総てあの術師の所為よ」
 その言葉が差す「術師」が、恐らくは現在チックらと共闘している炎使いで在ろうと確信しつつも、特異運命座標らは其れに構うことなく、各々の戦闘態勢を取り始める。
「いいえ? それを為すほどの怨嗟が、貴方には足りていなかった。それだけの話でしょう」
 ――自己付与のための術式を励起しつつ、言葉を返したのは『死血の魔女』マリエッタ・エーレイン(p3p010534)。
 色彩を変える瞳は笑わぬまま、唇だけが綺麗な三日月を形作り。その様子に術者は舌打ちだけを漏らす。
「……此処で私を葬るか」
「ええ。それが依頼の条件ですので。恨むのならどうぞご自由に?」
 次いで、その言葉には失笑を返す黒髪の術師。ともすれば、それは「やれるものならやってみろ」という意志表示にも見える。
「………………?」
 ただ、何かが。
 何かが、異なる。綾姫が、メリーノが、マリエッタが、それを頭の中で明確に形どるよりも早く。
「ならば、貴様らは此処までだ」
 つい、と差し向けられる手。
 その直後、次々と土中から這い出る蔓草の使い魔たち。得物を構え、或いは術式を展開し、特異運命座標らは使い魔を、またその向こうに居る術者を見据え、終ぞその元へと奔り始める。
 戦闘が、開始された。


 薫香が広がる。使い魔たちはその持ち主へ集い続ける。
 静唱が広がる。使い魔たちは花に覆われ動きを止める。
 業火が広がる。使い魔たちはその悉くが塵芥へと帰す。
 即ち、使い魔たちを担当し、未だ村に残っていた住民たちを守る三名の戦いはこれに終始していた。自らに付与を施し強化したベークが敵を引き寄せつつ、チックがそれを足止めし、止めに炎使いが異能を以て攻撃する。
 ダメージディーラーをメンバー外の人物に担当させるという意味で懸念点こそ在ったものの、結果としてはこの作戦は十分に功を奏している。現時点に至るまで倒した使い魔の数は二桁を優に越し、また使い魔たちもその総数が判明こそしないが、襲ってくる数は明確に減りつつある。
「……! 待ってて、回復を」
 尤も、欠点が無いとも言い切れない。
 一つは炎使いの能力行使に自傷が含まれている点だ。此方の回復に回ったチックの手番が遅れる度、使い魔たちが炎使いの一撃を耐える確率はかなり高いと言って良い。
 事前情報にもある通り、使い魔たちの基礎スペックは低くは無いのだ。その動きをチックが封じることで成っているこの作戦は、其処に回復行動と言う一手の遅れを挟む度、先にも言った「一撃を耐える個体」からの反撃に見舞われることとなる。
 それとて、耐えるのは精々一撃、反撃も次撃までの一手分であれば回復も容易いと。そう考えることもまた自然であろうが。
「……けど、それは『僕たちだけ』なんですよねえ」
 呟いたベークの言葉も、また真理である。
 その背後には、彼が村人を避難させ保護結界を張った家屋が建っている。使い魔たちの注意が今現在もベークに向いているからこそ、建物内の村人に被害が及んではいないが、敵を誘引する能力から外れた個体が現れた場合、「最悪の事態」が起こる可能性はゼロではない。
 敵を引き寄せる役目であるベークが、非戦闘員である村人の避難を誘導する役目を負ったこと。これもまた一個のミスと言える。だが今更それを悔いるほどの時間は残ってはいない。
 それを察してか、炎使いが淡々と呟く。
「……回復は、最早不要だ」
「でも……!!」
「どのみち、決着は遠くはない」
 様子こそ伺えぬものの、激しい戦闘音は此処から遠からぬ場所で少し前から聞こえ始めていた。
 他の面々が術者を見つけ、戦闘を開始したのだろうとチックたちは判断した。確かにその観点から言えば、術者を倒すまでの間耐えればよいという炎使いの言葉は間違ってはいないが。
「……随分と、確信を持った言いようですね?」
 それが、何方の意味かは分からない。「敵は長くは保たない」と言う意味か、或いは「術師と戦う者たちは長く保たない」と言う意味か。
 ただ、それは最低でも、術師の正体を知っていなければ返せない答えではある。
 術師の詳細。それを尋ねるベークに、炎使いは返答することなく。ただ「それに」と言葉を続け。
「どの道、私は既に死人だ」
 己の身を消耗品のように扱い、彼は再び、焼けただれた手の平に炎を出だす。
 時が、着実に迫りつつある。勝利か、或いは撤退の時が。


 特異運命座標らは、蔓草の使い魔を手繰る術者に対するスタンスを確立していた。
 それは大別して、拘束と速攻。敵の動きを状態異常等で一時的に止め、その間に最大火力を惜しむことなく叩きつける。それを間違いなどと言う心算は決してない。
 ただ、強いて言うのなら。
「やれ、雑草処分も一苦労ですか……!」
 ――それは、敵方の攻勢と言うリスクを考慮した上での作戦で在ろうか、と。
「良くも、耐えるものだ」
 忌々しげに語るカナデを見て、術師は嗤う。度重なる攻撃でその身を朱に染めつつ、けれど対する特異運命座標らは、それと同等に、或いはそれ以上に満身創痍の様相を呈している。
 術師自身のステータスは、個体としてのスペックは高いものの、今この場に居る五名のメンバーならば十分に対処できる範囲ではあった。
 但し、其処に付随する使い魔と言う要素が大きかった。或いは「多い」と言うべきか。
 術師はその能力の詳細が不明であったとは言え、総じて高い能力を持つ使い魔を短期間で複数召喚せしめた。これは特異運命座標達にとっては誤算と言うほかない。
「――――――、」
 殊に、敵を引き付けるタンク役をもアタッカーの傍ら兼任したマリエッタは、その「結果」が顕著である。
 如何に付与を重ねてもそれは絶対ではなく、また永続でもない。弱くはない使い魔たちの攻撃を最もその身に浴び続けた彼女は、その潤沢な体力を一度は削り切られてすら居る。
 だが、しかし、それでも。
「構いませんよ」自らを嗤う術師に、彼女もまた笑った。「復讐されるのは、慣れていますから」
 自らを悪意と定義した彼女は、己を嗤う者に屈しない。怯まない。
『そう在る』のは自分なのだと。悪意を発露する者が、自らの取った選択を後悔するようと、彼女は笑う。哂う。嘲う。
「……ええ、他所の破滅に相乗りするような輩。幾ら笑われようが痛くも痒くも」
 マリエッタほどでは無いものの、その装備の端々から白肌を、其処から溢れる血を止めようともせず、綾姫は能面のような無表情で言う。
「貴方がどのようなおつもりかは知りませんし、興味もありません。
 ただまあ、実際に世界を敵に回した身から言えば――そんな気概も持ち合わせぬお方に負ける気はしませんね」
 語る最中にも、蔓草は彼女を痛める。肉を貫き、或いは抉り、それに対して彼女は身を守ることもせず、ただ只管に術師への攻撃を打ち続け。
「――――――ハ」
 術師は。女は、それでも嗤い続けた。
 使い魔の合間に攻勢を放つメリーノは、眇めた瞳で静かに問う。
「……ねえ、正体不明の誰かさん?」
 メリーノは、チック・シュテルを知っている。
 だから、『渡り鳥』を知っている、等と言う心算は無い。無いが――彼が抱く「綺麗な羽」を、眼前の彼女が持ち合わせているようには、メリーノにはどうしても思えなかった。
「貴方の目的は、本当に『それ』なのかしら?」
「!!」
 刹那、確かに術師の表情が、止まった。
 綾姫が語った「破滅の相乗り」。それを訝しんだメリーノに視線を向けた術師は、恐らく撤退を意識してか自らの背後を振り向き。
「――させねえよ」
 けれど、それは「彼」によって止められる。

 ――「殺さない理由が、あるか?」

 チックたちの戦闘が開始するより前。最初に呟いたその言葉を、彼はそれより前に発していた。
 それは、炎使いがチックたちと合流するより前の話。捜索班の面々の誰より先んじて炎使いを発見した彼は、それを味方に報告するより前に問うたのだ。此度の術師の詳細を。それを殺すべきか、否かを。
 炎使いは多くを語らなかった。最低限の情報のみを提供した後、最後にこう返したのだ。
「逆だろう。殺さない理由は誰しもの中にもあるし、そうであるべきだ」
 ――それは、「悪人が、罪人が殺されるべきではない理由」ではない。
「人を害するという業を、人は自らに刻むべきではない」と、炎使いは言ったのだ。害されるべき他者ではなく、害すべき者の心が汚れてくれるなと。
 ……だからこそ。
「ならば」と。彼は、英司は自らに結論付けたのだ。その理由を、自らに定義するか否か、それを己の行動で以て。
 眼前には術師の女性の姿。背を向けたその身は無防備で、薬物により加速した身体は容易にそれを捉えうる。
 炎使いから術師の詳細は聞いた。此度の件より以前から、既に無辜の人を殺していた『渡り鳥』。それを狙う瞳に、最早躊躇は寸分も無い。
 嗚呼、否。一つだけ。
「――――――トドメは、彼奴が欲しがったかな」
 一瞬で距離を詰めた英司に対し、恐怖よりも先に驚愕の表情を浮かべた術師に、見舞ったのは金の稲妻。
 瀕死の術師を、餓狼が喰らう。
 断末魔の一言さえ、獲物は残さず頽れた。


「チック」
「……うん」
 術師の女性が死亡した後、使い魔たちはその活動を停止した。
 味方の損害は軽微であり、村人たちもベークの尽力により無傷のまま、現在は彼の誘導のもと、念の為を鑑みて近隣の人里に移動しつつある。
 斯くして戦闘は終結。炎使いが居た場所から幾許かの距離を取って存在していた術師の存在を、この後に漸く確認できたチックは、術師の女性の姿を見て首を横に振るった。

「――――――この人は、おれが知ってる『渡り鳥』じゃない」

 依頼が発された当初、チックは術師の女性に心当たりがあると仲間たちに言った。
 名を志斎緋彩と言うその人は、嘗て人間種によって自らの夫を奪われ、それにより人間種への恨みから『渡り鳥』の否定派閥に身を置いた背景を持っていた。
 その容貌、容姿に、今現在横たわっている死体は似てこそいるものの――同一人物であるとは言い難い。それがチックの感想である。
 訝しむようなチックの表情を見て後、「ああ」と呟いたのは綾姫。
「可笑しいとは思いました。チックさんから聞いた話では、彼女は人間種を敵視していた筈ですから」
「……どういう、こと?」
「『敵意』が、無かったんです」
 言葉を返したのは、綾姫同様エネミーサーチ……「敵意の探索」に長けた技術を有するマリエッタである。
「無論、ゼロとは言いませんが。憎い対象である人間種を滅ぼすにしては、此方の探知ではあまりに微弱な反応だと思えました」
「では、この方は一体?」
「――『渡り鳥』ではあるが、彼女ではない」
 問うたカナデの言葉に、答えたのは炎使いの男性であった。
「似通った能力を後天的に覚えさせ、姿形や装備などを似せた後、本人らしく人里を襲った。そんなところだろう」
「その理由は?」
「さて。私が知っているのは、このような事態が各所で起こり始めている、と言うことだけだ」
 炎使いの言葉に瞠目したのは、無論チックだけではない。
「理由が気になるのなら自分で探せばいい。肯定派閥の者なら協力もしてくれよう」
「……あなた、は?」
 言葉と共に背を向け、去ろうとした炎使いに、チックは最初の邂逅の時と同じ問いを投げかける。
「その問いには、既に答えた」
 ――脳裏に去来するのは、「死人」と己を切り捨てた冷たい声音。
 灰塵の香を漂わせた男は、そうして今度こそ一同の前から姿を消す。
 そうして、後に残ったのは、戦場の跡と一つの死体だけ。
「………………」
 沈黙が、その場を満たす。
 炎使いは確かに言った。この術師は、チックの面識こそ無いものの、確かに『渡り鳥』であったと。
 その手に直接掛けることは無くとも、彼は確かに、自らの同族を害する一助を担ったのだと。そう、思い始めたとき。
「チックちゃん」
 メリーノが。
 何時もと変わらない柔和な笑みで、俯くチックの顔を覗きこみながら、呟いたのだ。
「最初にわたしが言った事、覚えてる?」
 ……依頼の開始時。村に入る前、メリーノはチックにこう言っていた。
 ――「チックちゃんの『白い羽根』、とても綺麗だと思っているのよ」と。何も奇をてらわない笑顔で。
「今も、私はそう思っているわ」
「……っ」
 零れかけた嗚咽を、涙を、ぐいと堪えて。チックはメリーノに向き直る。
 業は、負ってしまったかもしれない。その原因であるこの術師が、例えどれほどの咎人であろうと。
 それは、きっと「嘗ての」チックであるならば、耐えきれない重さであったかもしれない。
 けれど、「今の」彼は。
「……帰ろう。みんな」
 精いっぱいの笑顔で、チックはそう言った。
 刻まれた傷を忘れず、けれど、決してそれに頽れるまいと。己の心に決意しながら。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

ご参加、有難うございました。

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