PandoraPartyProject

シナリオ詳細

猫を移動せよ。或いは、眠った猫は動かない…。

完了

参加者 : 7 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●不動なる猫
 猫という生き物には、個体それぞれに“お気に入り”の場所がある。
 例えば、飼い主のベッドの上。
 例えば、部屋全体を一望できる棚の上。
 例えば、日当たりのいい窓際。それもカーテンと窓ガラスの間。
 例えば、テーブルに広げられた重要書類の束の上。
「お気に入りの場所に腰を落ち着けたら、もう梃子でも動かねぇのが猫ってもんだ。おかげでうちの店は、あっという間にこの有様よ」
 そう言ったのは、豊穣にあるとある旅館の主であった。
 山の斜面に添わせるように建てられた、2階建ての木造建築。1階の奥にある温泉区画からは、硫黄の匂いがする湯気が濛々と昇って、冬の山を煙らせている。
「確かにうちの店は“福猫旅館”って名前でやってるよ? 大昔に、1匹の猫のおかげで繁盛した旅館だからな。今でも野良猫に餌をやったり、捨て猫を住まわせてやったり、猫に対する感謝の心は忘れちゃいねぇ」
 1階にある受付に座って、年老いた主はそう語る。困ったように、すっかり薄くなった頭を掻きながら、視線を待合室の方へと向けた。
 温泉施設だけを利用しに来た客や、卸しの商人が1時的に寛ぐための広い座敷だ。
 だが、今現在、座敷の中に人は1人もいなかった。
「なぁ」
「うにうに」
「くるるる」
 代わりに、10匹を超える猫たちが座布団の上や、窓辺辺りで気持ちよさそうに眠っている。
「猫だらけだね。猫、他のところにもいるの?」
 少し声を弾ませながら、エントマ・ヴィーヴィー(p3n000255)がそう問うた。
 なお、声量は非常に小さく抑えられている。眠っている猫を起さないための配慮である。
「いるよ。うじゃうじゃいる。客間も、台所も、温泉施設も、売店も、どこもかしこも猫まみれで、たぶん200匹以上はいるんじゃねぇかな」
 そう言って旅館の主人は、自分の手首を指で掻いた。
 手首には、鋭い裂傷が刻まれている。
「……それは?」
「猫たちを動かそうとして、引っ掻かれたんだ。どうも、前脚を触っちまったのが悪かったらしい」
「あー、触っちゃ駄目なとこ、あるもんね」
「おぉよ。それで、変なこと依頼して悪いんだがな、猫を退かしてもらえねぇかな?」
 旅館と言うのは、基本的には人が宿泊するための施設だ。
 そこが猫に占拠されているとなれば、まぁ旅館の主としては大層困ってしまうだろう。
「少し離れた場所に“憩い猫”って名前の茶屋がある。回収した猫たちは、そっちに運んでやってくれよ」
 

GMコメント

●ミッション
旅館を占拠する猫(約200匹)の撤去を完了する

●ターゲット
・猫×約200
猫。食肉目ネコ科ネコ属の動物。
体長はおよそ数十センチほど。
黒、白、三毛、さび、灰色……多種多様な柄の猫がいる。猫たちは旅館の全域に散らばって、思い思いの場所でくつろいでいる。
ほとんどの猫は、眠っているか、座ってじっとしているが、中には巡回中のものもいる。
人に慣れているので、普通に触らせてくれる。
ただし、触る場所によっては非常に不機嫌になってしまう。

※以下をご参照ください(我が家の猫の場合です。全ての猫が以下に当てはまるわけではありません)
額、顎、耳の裏:喜ぶ
前脚:どうでもいいor嫌がる
後脚:超嫌がる
胸部、上半身:どうでもよさそう
下半身:嫌がる
下腹部:嫌がる
尻尾:嫌がる
尻尾の付け根:喜ぶ

●フィールド
豊穣。山間の大きな旅館“福猫旅館”
山の斜面に沿うようにして建てられている、横に長い建物。
1匹の猫をきっかけに繁盛したことから、長い間、近隣の猫に優しくしている。
1階には台所や従業員の控室、待合室、受付、売店、温泉。
2階には客室や宴会室。
現在、ほぼ全域に猫が住み着いている。

回収した猫は、旅館から1キロほど離れた場所にある茶屋“憩い猫”へ運んでほしいとのこと。


動機
当シナリオにおけるキャラクターの動機や意気込みを、以下のうち近いものからお選び下さい。

【1】エントマの手伝いに来た
エントマに呼ばれて、猫を運ぶ手伝いに来ました。

【2】旅館に泊まりに来た
旅館に泊まりに来ましたが、猫が多くて宿泊できません。

【3】猫に呼ばれて来た
「いいところ、教えてやるよ」
猫に誘われ、旅館に迷い込んでいます。


猫とイレギュラーズ
猫を旅館から運び出しましょう。

【1】1匹ずつ運ぶor説得する
1匹1匹と時間をかけてコミュニケーションを取ります。
言葉が通じる保証はありませんが、話せばきっと分かってくれます。
猫相手とは言え、礼儀を失してはいけません。

【2】猫を誘い出す
何らかの策を講じて、1度の多くの猫を運び出すことを目指します。もちろん、猫による妨害が入る可能性もあります。
猫相手とはいえ、油断してはいけません。

【3】猫と共に寛ぐ
気持ちよさそうに眠る猫を邪魔することは出来ません。
自分も一緒に寝るのが筋と言うものでしょう。

  • 猫を移動せよ。或いは、眠った猫は動かない…。完了
  • GM名病み月
  • 種別 通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2024年01月11日 22時05分
  • 参加人数7/7人
  • 相談0日
  • 参加費100RC

参加者 : 7 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(7人)

ヨゾラ・エアツェール・ヴァッペン(p3p000916)
【星空の友達】/不完全な願望器
クロエ・ブランシェット(p3p008486)
奉唱のウィスプ
不動 狂歌(p3p008820)
斬竜刀
ルーキス・ファウン(p3p008870)
蒼光双閃
レイン・レイン(p3p010586)
玉響
玄野 壱和(p3p010806)
ねこ
カナデ・ラディオドンタ(p3p011240)
リスの王

リプレイ

●陽だまりの中に1つ
「すまねぇ、エントマ」
 豊穣。
 とある山間の老舗旅館“福猫旅館”の一室で、『斬竜刀』不動 狂歌(p3p008820)が深く首を垂れていた。
 両手は膝に。畳の上にあぐらをかいて。
 エントマ・ヴィーヴィーは呆気に取られたような表情で、謝罪する狂歌を凝視していた。
 狂歌の背後には、2匹の猫。
 陽だまりの中、幸せそうに欠伸など零しているではないか。
「え、いや……え?」
 言葉が出ない。戸惑うエントマの足元を、小さな三毛猫が擦り抜けていく。
 三毛猫は、すんすんと鼻を鳴らして狂歌の膝の上に乗った。どうやら、昼寝をするのにちょうどいいと思ったのだろう。
「仕事って言われたから来たが、俺には猫を無理矢理移動させるなんて悪逆非道な真似は出来ねぇ!」
 あぁ、なんと言う事だろう。
 狂歌は、猫の魔性にすっかり魅了されてしまったのである。
「なんで取り敢えず寝るわ」
「し……ごとで、呼んだんだけど」
「本当にすまねぇ」
「……えぇ?」
 旅館に住み着く200匹の猫を、すっかり移動させねばならない。
 そのような仕事であるはずなのに、悲しいかな早速1人が脱落する運びとなった。

 エントマに呼ばれて、猫を運びにやって来たのは3人だ。
 そのうち1人、狂歌は早々に脱落してしまったが……。
「まだ、あと2人、残ってるから!」
 狂歌を旅館の一室に放置して、エントマは次の場所へと向かった。
 旅館の1階にある、午後の日差しがよく当たる中庭である。
「まずは運びやすそうな猫から……うわぁっぉ!?」
 中庭に出るなり、エントマはちょっとだけ宙へ浮いた。
 びっくりしたのだ。
 何故なら、中庭には大勢の……見渡す限りの猫がいたから。その数は数十匹ほどか。かつてこれほどまでに大勢の猫を1度に見たことは無いし、大勢の猫に一斉に視線を向けられたことも無い。
「何匹いるんですか、これ?」
「うわぁ、もふもふ天国だ」
「あ、ルーキスさんとヨゾラさんだ……え、っと、200匹、ぐらい?」
「に、200匹……よくここまで集まりましたね」
「すごいなぁ……!」
 エントマから少し遅れて中庭にやって来た『導きの双閃』ルーキス・ファウン(p3p008870)と『【星空の友達】/不完全な願望器』ヨゾラ・エアツェール・ヴァッペン(p3p000916)が、口元に引き攣った笑みを浮かべる。
 2人とも歴戦のイレギュラーズだ。例えば、100人の盗賊を前にしても、臆することなく立ち向かうだろう勇敢な男たちが、頬を引き攣らせて、顔色を少し曇らせているのだ。
 それほどまでに、数十匹の猫がひと処に集まっている光景は異様であった。
 もう、なんていうか、これだけである種の怪奇現象のようである。

 そこには幸せな光景があった。
「わぁ〜、猫ちゃんがたくさん……!」
 『夢みるフルール・ネージュ』クロエ・ブランシェット(p3p008486)が畳の上に寝そべっている。その背中では、白い翼がゆっくりパタパタ揺れていた。
 クロエの傍で寝ていた猫が、揺れる翼を目で追っている。
 良くない兆候だ。猫が「気になるなぁ」と言う気配を醸し出したら、それはもう「玩具にするぞ」の前準備なのである。
「猫……いっぱいだね……皆、名前はあるの……?」
 クロエの近くには『玉響』レイン・レイン(p3p010586)の姿もある。レインの膝の上には1匹の黒猫が横たわっていた。
「触ってもいい……?」
「みぃ」
 名前も知らぬ野良猫である。
 そして、レインを旅館へと導いた張本猫でもあった。
 暖かな午後の日差し。
 きらきらとした、暖かな光。虚空を漂う猫の抜け毛が、プリズムのようにも見えるだろう。
 穏やかに。
 ゆっくりと。
 時間とは、必ずしも一定の速さで刻まれるものではないのである。

 まずは1人。
 増えて2人。
「素晴らしい、新しき家臣が私共を呼んでおりますよリス・レッドフィールド」
 1人は胸ポケットに赤毛のリスを収めた女性、威風堂々たる『リスの王』カナデ・ラディオドンタ(p3p011240)である。
「おや? そちらも家臣に呼ばれたので?」
「ん? いや、今回は同類に"依頼"されて来た次第だナ」
 2人目は『惑わす怪猫』玄野 壱和(p3p010806)。
 共に、猫に呼ばれて旅館を訪れた者たちである。
「一部の猫達が“大旦那さまが困ってるから助けて欲しい”ってサ。ま、[ねこのおう]にお任せってナ!」
「王? なるほど、私は“リスの王”ですが?」
 2人は一瞬、視線を交わし……。
 そして同時に、旅館の敷居を跨いで超えた。
 2人の王の、出陣である。

●優しい時間が2つ
 福猫旅館から距離にして1キロ。
 山の麓にある茶屋には、大勢の猫が住み着いていた。
 名を茶屋“憩い猫”。
 猫と触れ合える茶屋である。
「すまない。“憩い猫”はここで合っているかな?」
 午後も早い時間である。憩い猫を訪ねて来たのは、中性的な雰囲気を纏う青年であった。
 銀の髪を冬の風に揺らしながら、ヨゾラはそっと“憩い猫”の扉を開ける。少しだけ開いた戸の隙間から冷たい風が流れ込み、店内にいた猫たちが不機嫌そうな鳴き声をあげた。
「っと、すまない。すぐに済むから我慢してもらえないか?」
 ヨゾラは扉の隙間から、店内の猫に謝罪を述べた。
「えっと、お客さんですか? 寒いので閉めていただけると……」
 店員の女性にそう告げられて、ヨゾラは少し慌てた様子だ。
 急いで店内に入ると、ヨゾラは後ろ手に扉を閉める。
「申し訳ないが客じゃないんだ。山上の旅館から来たんだけど……事情は聞いているかな?」
「あぁ、猫ちゃんたちの引き取りですね。それでしたらお伺いしていますが……えっと、猫は?」
 店員の娘は訝し気な顔をしている。
 店内に入って来たヨゾラは、どうみても手ぶらであったからだ。見たところ、猫など連れていないようにも見える。
「んん?」
「いや、はは……最初は優しく抱きかかえていたんだけどね」
 そう言ってヨゾラは、自分の首元を指差した。
 肩から羽織った外套。その首元にあるふわふわとした襟飾りが、何やらもぞもぞと蠢いていた。
「にぃ」
「……う、悪かった。悪かったよ」
 襟飾りの中で猫が鳴いた。
 ちょこんと跳び出した前脚が、ヨゾラの顎を軽く引っ掻く。冷たい空気が入るから、顔をあまり動かすな、と猫はそう言っているようだ。
「どうしたものだろうね。これは……無理矢理降ろすのも悪い気がしているんだけど」
「さぁ? どう……しましょうね?」
 顔を見合わせた2人は、どちらともなく困ったような笑みを浮かべた。
「……少し、のんびりしていこうかな」

 猫と言う生き物は、1日のほとんどを眠って過ごす。
 だが、1日を通してずっと同じ場所で眠っているわけではない。
 朝に、昼に、夕方に……猫は眠る場所を移動する。その時間帯において“眠る”のに最適な場所というのを、猫は知っているのである。
「よぉ、そちらさんも?」
「えぇ、そう言うあなたも?」
 故に、猫と一緒に眠って過ごす狂歌とクロエが、遭遇するのは必然だった。
 ところは旅館、2階の縁側。
 猫に埋もれながら、2人はこそこそと言葉を交わす。大きな声を出しては、眠っている猫を起してしまいかねないからだ。
 それはあまりにも可哀そうでは無いか。2人とも、もう子供では無いのだ。猫が可愛いからといって、猫の意思を無視して睡眠を邪魔するような真似はしないし、出来なかった。
 だが、猫と言う生き物は耳がいい。
「……にー」
 うるさい、とでも言いたそうにひと鳴きすると、狂歌の顔に前脚を乗せた。肉球は思ったよりも硬いし、何だか香ばしい。
 そうして狂歌の口を塞いで、もぞもぞと位置を調整する。ちょうど、狂歌の胸骨から鎖骨にかけての位置に、ふわふわの毛玉がすっぽりと納まる形である。
「くっ、猫が体の上に、柔らかい、ここが極楽浄土か」
「えぇ、きっとそうに違いありません。なんだか私も眠くなってきちゃいました」
 ブラッシングの手を止めて、クロエは口元に手をやった。
 漏れる欠伸を隠そうとしたのだ。
 欠伸というものは伝播する。当然、睡魔もだ。あれは人によく感染る。
 すぴーすぴーと寝息を零す猫をじっと見ていると、なんだか自分まで眠くなるのだ。例えば、急ぎの仕事が手元にあったとしても「まぁ、猫が寝てるなら仕方ないかな」とそれを放り出して一緒に眠りたくなる。
 猫と言う生き物は、そのような魔性を秘めている。きっと、遥かな太古から、その溢れる魔性でもって猫は人を篭絡し、餌と寝床を得て生き延びてきたのだろう。
 そう言えば、ラサの方では猫を神として崇める文化もあると聞く。
「あ、だめ……起きてられない」
 ぱたん、とクロエが畳に伏した。狂歌は既に眠りの中にいる。
 投げ出されたクロエの手に、子猫が1匹すり寄っている。撫でろ、と要求しているのだろう。だが、駄目だ。頭をこすり付けても、前脚で突いても、少し爪で引っ掻いても、クロエの手はピクリとさえ動かない。
 陽だまりの中、猫に埋もれて眠る2人の姿は、ある種の絵画のようでもあった。

 それはあまりにも柔らかすぎた。
 柔らかく、小さく、軽く、そして可愛すぎた。
 それは正に猫だった。
「ふわふわ……溶けてる……暑い時の僕みたい」
「猫は狭い所が好きだと本で見たのですが……これほどとは」
 そう。猫という生き物は、狭いところが好きなのである。
 レインとルーキスが見やる先には、土鍋に納まる白と黒の猫がいた。1匹が入るにしても狭い土鍋に、なんと2匹の猫がぴったり身を寄せ合って詰まっているのだ。
 さながら“陰陽”の図式のように、狙ったみたいに奇麗に揃って猫が土鍋につまっている。
 レインとルーキスは、土鍋に納まる猫の姿を脳内の記録フォルダに焼き付ける。そうしなければ無粋というものであるからだ。
 ところは中庭。
 ルーキスが持参した幾つかの土鍋の全てに猫が収まっていた。
 土鍋に入りきらない猫は、木箱の中や、レインの服の影などにいる。
「これ……どうするの?」
「集めた猫達は馬車で運びます……が、この量は1度では運びきれないですね」
 既に何匹かの猫は、ヨゾラやエントマが“憩い猫”へと運搬していた。
 だが、手作業で1キロ離れた場所まで猫を運ぶのは、どう考えても効率が悪い。かといって、例えば木箱などにぎゅうぎゅうに詰め込んで、まるで荷物のように運んでしまうのは、あまりにも猫が可哀そうだ。
 馬車で運ぶにしても、猫がストレスを感じない配慮が必要だろう。
「そっか……それじゃあ」
 足元の猫をするりと撫でて、レインがゆっくりと立ち上がる。
 空気の流れを敏感に察知したのだろうか。
 何匹かの猫が目を開けて、レインの方へ視線を向けた。
「寒くなって、来たでしょう? いいところ、教えて貰ったから……僕も……いい所……教えるね」
 レインの言葉は、きっと猫に通じただろう。
 起き出した猫たちが、ぞくぞくとレインの足元に集まって来る。猫に囲まれながらレインは、懐から1本の小さな旗を取り出した。
「コタツのある所に向かって出発だよ」
 その旗には“こたつ行き”と、ゆるい文字が書き込まれている。

 土鍋ごと、猫を馬車へと運びながらルーキスはふと考える。
「そもそもどうして、猫はこの旅館に集まって来たのでしょう? 何か目的があって集まっていた風でも無いですが」
 思案する。
 猫たちの思惑を想像する。
 だが、結局、答えは出ない。
「なぜ、ここに?」
「みぃ?」
 考えても分からないのなら聞けばいいのだ。
 ルーキスは、土鍋の中の猫へと問うた。利発そうな顔つきをした灰色の細い猫である。
「みぃ、にゃぁ」
 ちょっとだけ億劫そうにしながら、猫はルーキスに何かを語る。
 黙って話を聞いていたルーキスだったが、その顔には次第に困惑の感情が滲み始めた。
「……新年会?」
 猫から貰った答えの意味が、ルーキスにはまったく理解できない。

「なるほどナ。新年会、カァ」
 ルーキスと猫の密やかな会話を、影から聞いていた者がいる。
 壱和は肩に子猫を乗せて、顎に手を当て思案した。

●大切なもの3つ
 睡眠、食事、自由である。
 猫たちにとって、それが何よりも重要で幸福なことなのだ。
「そんな自由な猫たちが、なぜこの旅館に集結しているのか。何か目的があってのことでしょうか?」
 1階の待合室には、数匹の猫と、1匹のリス、そして1人のアノマロカリスの姿があった。
 テーブルを挟んで向かいに座る猫の前には、ほどよく温くしたミルクとかつおぶしが置かれている。
 その様子を客観的に評価するなら、まぁ“面接”か“面談”といった具合であった。
 アノマロカリス……もとい、カナデの近くでは、1匹のリスがせっせとかつおぶしの乗った皿を運んでいる。カナデのアシスタントである。
「にゃ“ぁぉ」
「ふむ? 新年会? 毎年、どこか適当な場所に集まって、昨年の無事を祝い、今年の幸福を祈ると?」
 適当な場所というのは、毎年、適当に決められる。
 より正しく言うのなら、適当な場所になんとなく自然と集まって来るらしい。
「にゃ」
「ははぁ、小規模な集会なら確かに空き地などでやっていますね。なるほど、あれの規模を大きくしたものと思えば良いと」
 カナデと対話しているのは、目の上に傷のある1匹の大きな黒猫だった。
 大きすぎて、黒豹と見間違うほどである。どうやら、それなりの規模の群れを率いるボス猫らしい。
 その鋭い目つき、堂々とした受け答えから、カナデは正しくボス猫がただ者でないことを見抜いた。
「新年会もそろそろお開きの頃合いでしょう? どうです? 私の家臣になってみませんか?」
 少し温くなった茶をひと口だけ啜り、カナデは本題を切り出した。
 さぁ、交渉の始まりだ。
 カナデとボス猫との話し合いは、夕暮れ時まで続くことになる。

 日が暮れた頃、旅館からはすっかり猫の姿が消えた。
「なんだぁ? これ……?」
 “たつ鳥あとを濁さず”という言葉があるが、それは猫も同じらしい。200を超える猫が滞在していたにしては、旅館はどこも奇麗であった。
 潮が引くように、猫が消えた旅館を見回しエントマは目を丸くしている。
 この日、この場所で、果たして何が起きていたのか。
 彼女は終ぞ、知ることが無かった。

「よーし、全員ついて来てるナ!」
 旅館の裏手から、足音も立てずに出ていく者たちの姿があった。
 まずは壱和。
 そして、壱和の後に続く100に近い数の猫の群れである。
「二次会の会場はオレが見繕ってある。酒も魚もたんまりあるから、遠慮なく飲み食いしてくれヨ!」
 猫の群れを受け入れてくれる宴会場が、果たしてどこにあるのだろうか。
 だが、きっとあるのだろう。
 少なくとも、壱和はそんな場所に心当たりがあって、宴会の予約を……新年会の二次会をお膳立てしてみせたはずだから。
 ともすると、人の営む店では無いのかもしれない。
 誰も知らない、どこか山奥にでもある妖の屋敷などであるのかもしれない。
 まぁ、場所なんてどこでもいいのだ。
「にゃー!」
「にー!」
「ぬぁん!」
「みー、みー!」
 猫たちが湧いた。
 中にはあまりに嬉しくて、後足で立ち上がった猫もいるほどだ。
 騒ぐ猫たちを微笑ましそうに眺めながら、壱和は夜闇の中へと進む。明かりも持たず、地図も持たず、闇の中へと歩を進めていく。
 猫とは夜目の効く生き物だ。
 冬の暗い夜だって、ランプも松明も必要としない。
 ぞろぞろ、ぞろぞろ。
 一列になって、夜を歩む猫の姿はさながら百鬼夜行のようで。
 
 さて、その日、その光景を目にしたある者が言った。
『猫は喋るし、踊るんだよ! おい、嘘じゃねぇって! 酔ってもいねぇし、何なら猫の方が酔ってたよ!』
 この日、豊穣に、新たな怪奇譚が生まれたのだが。
 今はまだ、誰も知らない話であった。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

お疲れ様です。
猫たちは新年会中だった模様です。
そして、無事に旅館から撤収していきました。
依頼は成功です。

この度はご参加ありがとうございました。
来年こそは、十二支に猫が追加されるといいですね。

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