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シナリオ詳細

再現性東京202X:存在剥離の証明書

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 弥奈月鏡也という男を覚えているだろうか。
 昨年の末日、とある謎の女性によって捜索依頼が出された一人の男だ。
 イレギュラーズ達の探索の結果、判明したのはその名前の男が存在していた事実と、引き続き行方は知れないという事実。
 果たしてあの時の犠牲者となり果ててしまったのか?
 それともまだ何処かで生きているのか?
 どちらも判らない。
 あの依頼には謎が多すぎた。
 そもそも依頼を出した金城美弥子という女性も行方が掴めないままだ。
 報酬は別の人間を介して支払われたものの、今一つ腑に落ちない。
 彼女の描いた似顔絵と、現場で見つけた証明書の顔の違い。
 どちらが本物なのだろうか。
 あの依頼の後日、資料を眺めていたイレギュラーズの一人はこう語る。
「金城さんの似顔絵は二十代……証明書の顔は、まぁ……三十代かな。考えられるのは、適当な依頼を吹っ掛けられたか、マジで人違い……もしくは彼女の覚え違いって感じだけど。あ、金城さんが『マトモ』だったらって前提ね」
 それならそれで良い、とそのイレギュラーズは言った。
 結果的に夜妖は実在し、除去にも成功している。
『金城美弥子は間違って似顔絵を描き、似顔絵の男は依頼には関係しておらず、実際の弥奈月鏡也はあの時既に影に飲み込まれて犠牲となっていた』
 それが一番丸く収まる考えだ。
 ただ、それなら何故、金城美弥子は未だに姿を現さない。
 間違ったものを差し出したから恥ずかしくなったのか。
 現場にも来ると言って来なかったのは、依頼を出した直後にそれに気付いたから?
 本当に、そうだろうか。これはこちらが都合良く解釈した場合に過ぎない。
「……少し、調べてみますか」
 何か、少しだけだが、嫌な予感がする。


「……居場所が、判った?」
 カフェ・ローレットに多数のイレギュラーズが集まっている。
 一人の男がそう問うと、女性は回転椅子を回して彼へ向いた。
「正確には、二人が実在してる事と、現在の勤め先ね」
「どうやって調べたんだ?」
「うん……ちょっと驚くかもしれないけど」
 あの後、再現性東京を中心に、二人の情報から行方を追った。
 といっても、調べられる情報は限られている。二人に共通しているのは名前が判明している事くらいだ。
 結果、意外な所からそれは出てきた。
「見て、これ」
 女性は二枚の紙を差し出した。
 どちらの紙も似たようなものだ。しかも、どちらにも私達には見覚えが有る。
「二人共、イレギュラーズとして登録されてるの」
「……はぁ!?」
 間違いない。二人の名前、その一字一句が整合している。
 という事は、ローレットにも所属していると見られるだろう。
「……ちょっと待てよ。じゃあ、勤め先って?」
「再現性東京よ。ほら、ギルドとして自分の店を経営してる人だって居るでしょ?」
 灯台下暗しってヤツね、と女性はその紙を引っ込めた。
 いやいや、と追従したのは店の隅に座った男だ。
「じゃあ、金城美弥子ってのは一般人に装って依頼を出したって事か? 何で?」
「知らない。本人に直接訊いてみたら良いんじゃない?」
 引っ込めた紙の代わりに、新しく出された資料。
 そこには、二人の情報が纏められた直筆文字が書かれていた。
「……二つ在るの」
「何がだ」
「弥奈月鏡也の、勤め先」
「……何で?」
 先程の問答を繰り返すように、女性も同じく頭を振った。
 ただ、知らない、とはもう口には出さなかった。
「同姓同名って割り切っても良いんだけど、この人の名前、珍しい……よね? 多分、同一人物」
「それで、その勤め先ってのは」
「一つは、近くの薬品会社」
 これは、先の依頼でイレギュラーズが持ち帰った証明書から判った事だ。
 その証明書の顔は先述したように三十代と見られ、茶色の短髪をしている。
 顔からは真面目そうな雰囲気が漂っており、僅かに写った上半身にはキッチリとしたスーツ姿が伺えた。
 書かれている年齢も、実際に三十五歳となっている。
 どうやら、この証明書自体に間違いは無いように思えるが……。
「もう一つは大学ね」
 こちらは名前から発覚した。
 隠そうと思えば幾らでも隠せる筈だ。そも、隠す必要が有るのかは判らない。
 今のところ調べられているのはここまでであり、実際に現地では何も収穫を得られていない。
「で、ここからが本題。一つ目の薬品会社、ここに二人共勤めてるらしいの。ちょっと連絡だけ取ってみたけど、最近二人共欠勤続きなんだって」
 そして、問題はこれではなかった。
「この薬品会社で失踪者が頻発してるらしいわ」
「その……会社員が、か?」
「そう、何でも知らない間に廊下の中に扉が一つ増えた気がするんですって。普段、日勤の間は鍵が掛かってるのか開かないみたいだけど……」
 夜中になると、その扉が開くようになっている。
 また、半開きになっているところを目撃した残業中の人間も居るようだ。
 中に入った者からは何も情報を得られていない。
 何故なら、中に入った者は一人として帰ってきていないから。
 今のところ犠牲になっているのはこの会社の従業員、そして深夜間見回りの警備員が多数。
 警備員に至ってはその時間帯から一人で居る事が多く、この事件のせいで引っ切り無しに入れ替わって情報が伝わっていないのか、従業員より被害が多い。
 一体中には何が潜んでいるのか。
 弥奈月鏡也を追って始まった捜索だが、関係有る無しに解決すべき怪異が浮上してしまった。
 女性は紙を折り畳む。
 飲み掛けのカフェラテを一気に喉に通すと、唇に付いた甘味を拭き取るように舌を出した。
「どうする? 調査……してみる?」
 これは混沌世界で起こっている大きな出来事のほんの一部に過ぎない。
 片手間になっても良いのなら、そっと目を向けるべき……問題、かもしれない。

GMコメント

●目標
壁画に潜むもの×8の討伐

●次点目標
弥奈月鏡也、金城美弥子に関する情報を取得する。

●敵情報
壁画に潜むもの×8(夜妖)

薬品会社に出来た謎の通路。
その奥の大部屋、一面の壁に描かれた灰色の肌と赤い丸目の鬼。
鬼と言っても体毛は無く、棍棒を持っている訳でもない。

この夜妖が所持しているのは鋭い鉤爪と牙である。
また、その赤い瞳で強く見られた者は【混乱】を発生する危険を含んでいる。
遠くの敵を攻撃する際は、両手を強く鳴らし音波のような衝撃波を飛ばしてくる。
攻撃を受ける際、鬼達は再び壁の中へ潜り回避をするかもしれない。
その様子は、先日の影に何処か似ているともとれる。

●ロケーション
再現性東京・オフィスビル・深夜。
普段は立ち入り禁止だが、今回は失踪調査という事でイレギュラーズは自由に出入り出来る。
内部は事件解決の通告が伝えられているようで、当日は誰も見当たらない。

問題の部屋は二階の通路に存在している。
案内する者が居ないが、扉一面にお札が貼られているのですぐに見付けることが出来るだろう。
扉を開けると、中は暗い一本道の通路になっている。
灯りが必要だとすぐに思うかもしれないが、しばらく進んで行くと急に開けた大部屋に辿り着き、電灯も無いのに仄かな明るさが部屋を包み込んでいる。
そこが今回の戦闘場所となる。戦闘中なら、明かりは必要無いだろう。

大部屋は、その一面に不気味な鬼のような壁画が描かれている。
もしも近付いたり、壁の破壊を試みるようなら即座にそれらは壁から実体化し、戦闘となるだろう。
場所は広いが、部屋は袋小路となっている。
後ろには来た通路が一本だけ。
扉を閉められたりはしないだろうか。
いや、そもそも閉める人間などいない筈だ。

探索の仕方によっては大きな手掛かりの発見、または実際にどちらかだけでも遭遇出来るかもしれない。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

●薬品会社について
弥奈月鏡也、金城美弥子の勤めている会社。
何かの依頼の一端として潜入しているのか、そうでないのかは定かでは無い。
調べたところ、健康促進のサプリメントなどを開発しているようだ。

三階建てのオフィスビルであり、問題の部屋は二階に存在している。
その他、同じ階に従業員のオフィスも存在している。
二人のデスクもここに在るようで、デスクの名前を探せば見つけられるかもしれない。
一階は受付ロビー、三階は社長室となっている。

●弥奈月鏡也について
別シナリオ『薄色黙思の訪ね人』にて似顔絵だけ出てきた人物。
金城美弥子の描いたそれは、非常に中性的な顔つきである。
長い髪をしており、言われなければ男女どちらにも見えるだろう。
色は付いていないのでそれ以上の見た目の判断は難しいが、美弥子曰く『男』である。
鷹のような鋭い吊り目。
表情は、薄っすらと笑みを浮かべている。

----用語説明----

●夜妖<ヨル>
 都市伝説やモンスターの総称。
 科学文明の中に生きる再現性東京の住民達にとって存在してはいけないファンタジー生物。
 関わりたくないものです。
 完全な人型で無い旅人や種族は再現性東京『希望ヶ浜地区』では恐れられる程度に、この地区では『非日常』は許容されません。(ただし、非日常を認めないため変わったファッションだなと思われる程度に済みます)

  • 再現性東京202X:存在剥離の証明書完了
  • 薄色黙思の訪ね人、の後日談です。
  • GM名夜影 鈴
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2024年01月23日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談6日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

藤野 蛍(p3p003861)
比翼連理・護
シラス(p3p004421)
超える者
桜咲 珠緒(p3p004426)
比翼連理・攻
ェクセレリァス・アルケラシス・ヴィルフェリゥム(p3p005156)
鉱龍神
ソア(p3p007025)
無尽虎爪
瀬能・詩織(p3p010861)
死澱
レイテ・コロン(p3p011010)
武蔵を護る盾
安藤 優(p3p011313)
君よ強くあれ

リプレイ



「……おじゃまします」
 軋んだ音を立てながら小声でそろりとノブが回され、『無尽虎爪』ソア(p3p007025)によって扉が一つ開かれた。
 覗き見るように顔だけ出す。どうやら社員は皆帰った後らしい。電子のノイズ音だけが、嫌に頭の中を刺激した。
 前回の調査では、進展どころか新たな謎が見えるという、全くもってスッキリしない結果となった。
 今度こそ、と意気込む『比翼連理・護』藤野 蛍(p3p003861)、横では『比翼連理・攻』桜咲 珠緒(p3p004426)がこの依頼が単純な夜妖の討伐ではないだろうと予測する。
 どちらか判らない現状、暴き立てるしかない。掌上で転がされて喜ぶ者など、居ないのだ。
 仮に何かが有ったとして、灯台下暗しというレベルではないな、と『新たな可能性』レイテ・コロン(p3p011010)は感じる。
 八人の足音だけが鳴る通路。
 時折見えるオフィス側の扉には、上半身だけ映り込むすりガラスが備えられている。
 通る度にそこに何かが見えないか身体を震わせるのは『君よ強くあれ』安藤 優(p3p011313)。
 こういう時は前列でも最後尾でもなく中間地点が一番良い。安心感が違う。
 問題の扉は、程無くして皆の視界に入った。
 一面に貼られたお札が何とも物々しく、被害が絶えていない事からその効力がまやかしである事は明らかだ。だが、見た目の効果で言えば一般人には抜群だろう。
(怪しさ大爆発って感じだな……これは)
 扉の前までフワリと浮き進む『天翔龍神』ェクセレリァス・アルケラシス・ヴィルフェリゥム(p3p005156)が思う通り、そこから異様な空気が漏れ出ている。
 金城美弥子の件といい、もう怪しくないとこを見つけるほうが難しい。
 『竜剣』シラス(p3p004421)がその扉に足を掛けたところで、優はやや慌てて懐からドライバーを取り出した。
「あ……ま、待って下さい」
 既に開き掛けの扉に何をするかと思いきや、優が分解し始めたのは継ぎ手の金具だ。
 時間は多少掛かるかもしれない。それでも滞りなくこなせたのは、彼の出身世界で見慣れた設備というのも有るのだろう。
「律儀だな」
 自分なら蹴破ってしまいそうだと思いながらも、シラスは素直に関心しながら扉から足を離した。
「もし、誰かが来た場合……」
 扉を横にずらして優は応える。
「閉じ込められて扉を破壊するハメになるよりかはマシでしょうから……」
 開けた先には更なる闇の通路。
「……北に」
 足を踏み入れようとしたレイテを引き留めるように、朧気な口調で聞こえた『死澱』瀬能・詩織(p3p010861)の声。
 思わず闇の一つ手前で足を止め、レイテは振り返る。
 反対側に付けられた窓から空を眺める詩織の姿。二度、瞬く。星の光を追うように、彼女の黒目が移ろいでいた。
「……二つ、です」
「……占い?」
 ェクセレリァスの問いに詩織は頷く。
「今、北はどっち?」
 小首を傾げたソアに、シラスは親指を自分の身体越しに背後へ指して示した。
「また、北ですか……」
 珠緒は怪訝に口を開いた。
 先程の優の懸念と気持ちは同じく、足元に召喚した子猫をビルの入り口へと走らせる。可愛らしいが、立派な見張りだ。
 そして前回依頼の占いでも示された方角は同じ。
 今回求めた結果は探し物の方角と数。
「だけど、現在地からの北っていったら……」
 丁度、オフィスが在る方角になるな、と蛍はそちらを見遣った。
「兎に角」
 レイテは改めて足を進める。
「目下の問題を解決しましょう。何か……」
 そうだ。この先に紛れもない問題の発生点が存在する。
 それが頭に過ぎれば、自ずと優の顔も引き締まる。
「……見つかるかも」
 暗闇が、私達を飲み込んでいく。


 先頭はレイテ。
 そのすぐ後ろピッタリにソアが付いて行く。
 怖がっているとかではなく、どうにもこういう性分のようだ。
 途中通路の暗闇の中では誰も明かりを点ける事なく、優の闘衣と両眼への魔術、詩織の身体強化魔術の使用した一瞬だけが視界の確保にも至らない灯火だったと言って良いだろう。
 結果として見れば、余計に手を塞いだり余力を使用しなかった彼らは間違いなく正しいと言える。
 何故ならと訊かれれば、そこに到達した者達にならすぐに解る筈だ。
 シラスが現場に口笛を鳴らす。
 仄かな暗い明かり。広々とした大部屋。どう考えても間取りからおかしい。
 何より。
「なによこの……」
 蛍も目にしたその部屋の壁。
「……薄気味悪い絵は」
 一般企業の薬品会社などに到底在ろう筈の無い壁画。
 一切体毛の無い化け物の絵。顔に見える部分には小さな赤い丸が二つ塗られており、猛禽類のような鋭い爪がどの化け物の手先にも描かれている。
 口から飛び出ているのは牙か。百獣の王ですらこんなに野生じみた物は生えていない。
「すごい絵だねえ、会社ってこういうのあるものなの?」
「まさか」
 とシラスは足を進めた。
「間違いなくこれで当たりだろう、文字通り鬼気迫る感じだ」
 痕跡を調べる為か、蛍はこの場を保護する結界を敷き、改めてその壁画を観察する為に近付いた。
「あっ、やっぱり」
 突如落とされたのは、不安の一つも感じさせないようなソアの声だった。
 嫌な予感は当たった。
「蛍さん」
 直後、何かに気付いた珠緒が声を掛ける。
 当然間近で見ていた蛍も同様に。臨戦態勢に入ったところを見れば、仲間達も同じだろう。
 蛍の頭上に壁画から飛び出した鉤爪が伸びている。
 気付けど反応まで出来たのは、珠緒との反応速度に連鎖していたお陰でもあろう。
「襲い掛かってくると思ったわ! 何度も似たような手を喰らうものですか!」
 続々と壁画からぬるり出でる鬼達にェクセレリァスが両手を構える隣、優は怯えとは別の震えを見せていた。
「このバケモノが失踪事件の実行犯ですか……!」
 無表情な鬼達に向けて、優の顔は明らかな拒絶を示した。
「ふん、話が早そうな奴らじゃねえか。助かるぜ!」
 曰くの扉。暗い通路。おかしな空間で延々と迷路を解くよりかは百倍マシだ。
 不敵に笑いながらも、シラスは迷わず先手を仕掛けた。
 少しだけ床を後ろに蹴り不択手段の模索。
 選ばれた無数の光球の連弾が鬼達の周囲で弾け飛ぶ。
 二人同時に分かれた珠緒と蛍。
 珠緒が指輪から刀を形成して蛍から最も遠くの鬼を相手取り、蛍はそのままレイテ、優と共に部屋の中央へ。
 蛍が桜の結界を展開し始めると、挑発するようにレイテも鬼達へ声を飛ばす。
「さぁ、逃げてばかりじゃ届かないぞ!」
 そこに加えて優も身構える。
 壁に沿って移動を始めた相手を見て、何かが沸き上がる。それをそのまま声に乗せ。
「そうやって罪のない人々の明日を理不尽に奪ったのですか! 許しません!」
 壁より現れる敵が有れば、瞬時に鳴るはソアの雷の巡る音。
 奴らの腕の一振りより速く、乱れ咲くソアの爪が鬼の身体を連続して斬り刻む。
 離れた場所に位置していたェクセレリァス、壁から出てきた直後を狙い放つは厄災の炎。
「怪異には人外を……ってね。私のほうが格上の非日常だって言ってやるかな」
 瞬間に見せるは龍の影。
 先程までの可憐な少女の姿から一変、異形の蛇龍、本来の姿へと存在を顕にする。
 暗明かりに照らされる玉虫色の胴体に七枚の翼。唸る触腕が奇怪に獲物を探す。
 ともすれば世界の神秘側のェクセレリァスに、この程度の鬼など赤子も同然か。
 反対側では同じく壁から現れた鬼を、詩織が長い黒髪を斬糸と化して絡みつかせる。
 腐っても鬼。抵抗しようとする力は侮れない。
 しかし詩織の髪が単なる足止めの術である筈も無く、一部緩んだ髪が鬼の身体を無惨に死の澱みへ引き裂いていく。
 そうしながら、八人が感じていたのは。
 妙な、違和感であった。


 交戦に入り数十秒は経過しただろうか。
 最初にその指摘が有ったのはェクセレリァスからの念話だった。
『以前もこんな感じ?』
 どうかと問われれば、と蛍は華麗な三連閃を浴びせながら今一度自問した。
 蛍が狙った敵へ連携し、周囲の鬼ごと堕天の輝きにて滅する珠緒も思い当たる節が有るかもしれない。
 この敵、やけに。
「単調だな」
 二度の蛍火を鳴らしながら、シラスが代わりに告げた。
 決して弱いという訳では無い。
 それが証拠に、幻想の鎧を纏うレイテも未だ攻撃には移れていない。
 単純な打撃力と体力だけで言えば、他の地で見る夜妖にも劣る事は無いだろう。
 全ての鬼が直接的な攻撃しかして来ないのは、優の引き付け、蛍の桜舞う結界による効果の現れだとしてだ。
 連弾散撃、虎の爪にて一匹の鬼を討ち果たしたソアも、横たわるそれを見て思う。
 何か。他の魔物には有るべき決定的な何かが欠如しているような、そんな感覚。
 身体の高速回転、それから生み出す竜巻に巻き込まれる鬼達を見て優が感じるもの。
 これまで数多の夜妖や魔を相手にしたイレギュラーズが最も晒され続けて来たであろうもの。
 殺意という感情。
 即ちそれは。
『……不完全』
 金色の光線を放ち、ェクセレリァスは言葉を落とした。
 そしてソアは更に別の違和感をも感じ取っていた。
 それは、この部屋自体のもの。情報通りなら在って然るべきもの。
「あなた達は何? 消えた人たちをどこにやったの?」
 問い質せども、鬼から返って来る言葉は無し。
 数が減った事で乱撃に切り替えたレイテが口を開く。
「口が効けないんじゃあ、仕方が無いですね」
「ええ、まずは諸共沈めてからに致しましょう」
 詩織が両の腕を開く。
「…招くは現より虚ろへと……魂命肉叢、貪り喰らいて竭く……」
 ザワリと、詩織の髪が蠢いた。
 存在を喰らう呪い。
 死穢を纏った髪が緩やかに鬼の身体に巻き付いていく。
「暗く冷たき死の淀み、其の底へと引き摺り込みて……残穢 『髪竭喰死』」
 鳴き声一つ上げずに、鬼の身体が髪の中へと溶けていく。
 声を上げる喉など有ればの話、だが。


「この部屋と夜妖は件の二人と関係あるのかな」
 殲滅終了後、元の……と表して良いのかは判らないが、オパール髪の少女へと戻り、ェクセレリァスは暗視の瞳で探り疑問符を打った。
 蛍は明かりを身体から灯し出し、改めて壁に寄って手を添えた。
 あの異様な空気を出していた鬼の絵が嘘のように消え去っている。
「さぁ、どうかしら。少なくとも、ソアさんが言ってたようにこの部屋自体も怪しさ満点、叩けば埃なんてもんじゃないのかも。例えば……」
 消えた行方不明者。異界のような室内。
 やがて、二人は同時に部屋の奥から風が当たるのを感じた。
 ェクセレリァスが、そっと壁の一部を押す。
 床に落し物は骨一つも無い。叩いて出たのは埃でもなく。
「……抜け穴、だったり」
 ぽっかりと崩れ去った壁の穴。大人一人は入れようか。
 一体何処へ続いているのか。
 それを考える前に、扉の外で声がした。珠緒の猫だ。
 足元に駆ける猫に屈んで、珠緒は皆へ告げた。
「……念の為、慎重に参りましょう」
 誰かが、九人目がこのビルに居る。
 イレギュラーズ達は三手へと分かれた。
 内、三階を調べるのはシラスと詩織。
「少しばかりお待ち下さいませね?」
 ご丁寧に鍵の掛けられた扉を、これまたご丁寧に詩織が解錠を試みる。
 全くもって律儀だな、とシラスは再度息を吐き、開け放たれるのを待った。
「……何だ、ここ」
 開けられた先に足を踏み入れてシラスは思わず咳込む。
 いやに埃っぽい。まるでもう何か月も手入れがなされていないような。
 二人が探すのは書類や記録の類。つまり社長机やキャビネットになるだろう。
 シラスは徐に机に手を掛ける。
 受けた仕事の範疇を超えているが、そもそもあんな部屋が出来た原因はまだ掴めていない。まぁ、これもアフターケアというやつだ。
「会社としては中小企業……一般向けの商品を開発しているというのも嘘では無さそうですね」
 棚から幾つか資料を取り出し、詩織は目を通す。
 従業員数は百にも満たない。行方不明者が続出すれば、困るのは社長も同じ。
 上の人間が黒いという訳ではないのか。それとも。
 狂ったとでも言うのか。
 調べる内、詩織はある事に気が付く。
 この棚の床、半円に動かした形跡が有る。
 そっと、棚の端に力を寄せれば仕掛け扉のように棚が半回転し。
「これは……」
 裏側から出て来たのは、一冊の封がされた書類。
 紐だけの簡易な封だ。中に書かれていたのは。
「開発が中断された……薬の製法?」
「こっちも有ったぜ」
 シラスが手に持ったのは一冊の黒いノート。
「小さいながらに薬の開発と営業を兼ねてたみたいだな……日誌だ。まぁ、途中からは日誌というより」
 日記に近いものになっている、と斜め読みしたシラスは言う。
「拝借しても宜しいので?」
「戻して置けば良い。そもそもこの部屋の持ち主……しばらくここに来てないみたいだしな」
 詳しくは、持ち帰ってからの解読となるだろう。
 一方で、一階を調べるのはレイテと優。
 ここに在るのはこじんまりとした受付だけの筈であるが。
 一般人には真似できない反響音を拾えば、何かが出てくるかもしれない。
 その矢先、レイテは受付内奥からの反響に反応する。
「向こうの壁、変に厚みが有りますね」
 透視の目で見ても何も見えてこない。厚み……一メートル以上のものか?
 外から見たビルの様相を思い出す。あそこに奥が在るとすれば、明らかなデッドスペースだ。
「取っ手は見当たりませんが……」
 優は壁に手を当てる。
 いや、と彼の眼は壁に備えられた棚と壁の隙間を捉えた。
 何かのスイッチ。
 開かれたのは壁ではなく。
「……地下への」
「階段……」
 二人の足元であった。
 慎重に歩を進めれば、やがて二人の鼻を異臭が包むだろう。
 そこは、まるで地獄の顕現であった。
 光が在れば赤々としていただろう。目が慣れさえしなければ見る事も無かっただろう。
 白く見えるそれらには断片的に腐敗した何かが纏わりついている。
 未練がましく現世に残った真っ黒な双眸が、恨めし気にこちらを見つめている。
 床には何かの陣。その上を這う赤黒い固形と化した液体。
 所々に落ちているのは社員証。奥に見える壁穴は、辿れば上の大部屋か。
「これは……」
 二人が見たものは。
 そこに大量に打ち捨てられた、犠牲者達の成れの果てであった。
 その背後に影が迫る。
 そして二階を調べるのは珠緒、蛍、ソア、ェクセレリァスの四名。
 奇妙なのはこれだけの行方不明者を出しておきながら、珠緒が聞き取れた霊の存在が居なかった事だ。
 考えられる可能性は何だろうか。
 そう思いつつも、件の二人のデスクはすぐに四人を呼び寄せた。
「パソコンは……ロックかかってるわよねぇ」
 蛍は思い当たる文字を入力する。先の証明書の生年月日、彼らの名前。
 ……どれも違うようだ。
「なぜ金城が正体を隠して依頼を出したのか……なぜ姿を見せないのか……謎が多すぎるなぁ」
 ソアと共にデスクを調べるェクセレリァスは同時に二人の引き出しを開けた。
「うーん、ごめんなさい!」
 何か絶対にいけない事をしている気がする。
 そう思いながら開けるソアが声を上げる。
「有った!」
「……こっちは、空?」
 ソアが開けたのは弥奈月鏡也のデスク。
 何も無い事を不審に思うェクセレリァスは次いでオフィス内を捜索。
 見つけたのは。
「履歴書だね。こっちも有ったよ」
 それによると、入社したのは金城美弥子が僅かに早いようだ。
 その一月後に弥奈月鏡也が入社している。
 金城の担当はこのオフィスでの営業と。
「兼……受付事務」
 それに、ソアは首を傾げた。
 何故なら、ソアが見つけた物も同一の物だったからだ。
 ただ。
「……何で金城美弥子さんの履歴書が、弥奈月鏡也さんのデスクに……?」
「それだけではありませんよ」
 と、珠緒が彼の方の机から声を掛ける。
 出て来たのは紙の資料。
 但し、ェクセレリァスも見た内容はこの会社の物ではなく。
「これ……何だろう。何かの像に見えるけど」
 描かれていたのは謎の像。加えてこちらも謎の、魔術のような陣。
 そして挟まれていたのは、金城美弥子の名前と何処かの住所。
 蛍が受話器を置く。
「発信履歴、彼女の方はずっと個人番号が残ってる……この番号、aPhone10?」
 そして何より、珠緒と蛍が漁った弥奈月鏡也の机の中。
 出て来たのは彼の名刺だが、中身はこの会社ではないものまで混じっている。
 大学、高校……こっちは探偵事務所。
 調べれば調べる程おかしい。
 これではまるで当初とは真逆だ。弥奈月鏡也の方が……。
「後は、このパソコンだけど……」
 珠緒がそれらを記憶している最中で、蛍は画面に目をやった。
 どちらも怪しいが、こうなれば気になるのは弥奈月鏡也の方だろうか。
「証明書の情報とも違ったし、有るとすれば」
「僕の名前と生年月日だね」
 突如とした声に、全員が身構える。
 見えた姿はレイテと優。そしてその前方に。
「まぁ、中は大したものじゃないよ」
「あ……あーっ!?」
 ソアの声が、オフィス中に響き渡った。
 切れ長の釣り目。貼り付けられたかのような微笑。端整な顔立ち。
 暗くて良く見えないが、髪は銀か灰色だろうか。
 そいつは、紛れも無く。
「あれ……もしかして、君達も僕と知り合い?」
 あの時に見た、弥奈月鏡也の顔。そのものであった。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

依頼完了、お疲れ様でした!
皆様やけに探索に手馴れていますね。全部の階を調べられるとはよもやよもやです。
今回発見出来たもので大きなものとしては
何処かの住所、社長室の書物、そして弥奈月鏡也、でしょうか。
彼ですが、地下の発見がフラグで御座いました。
一階の下なんて調べます? 私普通に次に登場できる機会が有れば良いかなぁくらいに思ってました。

シリーズものではないですが、調査結果で判明した依頼、如何でしたでしょうか。
それでは、また機会が有ればお会い致しましょう!

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