シナリオ詳細
<グレート・カタストロフ>新生なきカリ・ユガ
オープニング
●再現性京都と『はづきさん』の今
練達。再現性京都。
一度はほぼ壊滅状態に陥ったこの地域も、今は人々の努力で少しずつその姿を取り戻しつつあった。
近未来的建築と、古そうな和風建築が混在する、革新と伝統の街。元々は『本来の姿』を隠すためのテクスチャでしかなかったその形を、住人達が自らの手で再建している。
今となっては特別な力はほとんど失ってしまったが、かつてこの街の起点となっていた『はづきさん』ヤマ・ヴィヴァーン(p3n000350)はそんな住人達の姿を人知れず見守ってきたのだ。
二度と再び、あのような危険に見舞われぬよう。街の外に不穏の波が近付こうと、せめてこの街には大きな災いや呪いが及ばぬよう。
「はづきさん! あれやってえな、葉っぱがわーってなるやつ!」
『ええよ、ほら』
新年で賑わう街で子供に求められれば、遠慮無く季節外れの落葉を見せる。『はづきさん』と呼ばれる狐面のその人は、人の記憶や感情を葉にする力を持っていた。
狐面にとって、全ての感情は生きている間に清算すべき罪だ。歓喜も憎悪も、等しく。この能力も元々は葉を通してその罪を見定めるためのものであり、そのような力が信仰の対象として見られることもあった。かつての再現性京都には、小さいながらもその名を冠した神社と祠があり、夏祭りも行われていたのだ。
現在の街には、『はづきさん』の社は最低限の表札と空き地があるのみ。他ならぬ『はづきさん』本人の要望により、街の復興が優先されているためだ。
「今年の内にはなんとか、はづきさんのお社を再建したいんや……いつまでもこないな更地で堪忍やで」
『ええよ、そないな大層なもん。祀られるような土地神様ちゃうんや、うちはほんまに』
子供の親が無念を滲ませるのを、狐面はからからと笑う。再現性京都が壊滅した災いを契機に、狐面は住人との接し方を変えた。人に寄り添い親しめるただの命として、彼らの感情に触れられるように。そうすることで、彼らの感情の清算を導けるように。
それが、この街を守ることにもなると――突然、『孔』が開いたあの日までは。
●瞬きのカリ・ユガ
――いっそ、本当に土地神だったなら守れたのだろうか。
あまりにも。あまりにも無慈悲で、無力だった。
異変を結界で察知した次の瞬間には、何もかもが変わっていた。
取り戻しつつあった日常は文字通りに『孔』を穿たれ、どうにか保っていた感情の均衡は『獣』によって狂わされる。制御を失った感情は呪いとなって街に蔓延し、蔓延した呪いは更なる『獣』を形作っていく。
これは、浄罪の炎熱地獄などではない。因果も何も、破滅の後の新生もない、ただの破壊だ。
『堪忍な。堪忍え……』
ほんの数日前、話しかけてくれた親子の亡骸に膝をつく。助けられなかった命の代わりに、恐怖に満ちたまま開かれていた目蓋を下ろした。
彼らの恐怖は『共感』できるのに。この現状が理不尽だと『理解』はできるのに。狐面は未だ、感情というものを自らの意思で抱けずにいる。幸か不幸か、この地獄にあって狐面が絶望せずにいられるのはそのためだった。
しかし――絶望せず、正気のまま『理解』できてしまうために、狐面は拒まないのだ。たとえ、蔓延する『獣』のひとつが歩み寄ろうとも。それが、遁れざる滅びを告げようとも。
ただ、少しだけ――無念だと、思いを残して。
●その終わりまでアイを
『万愛器』チャンドラ・カトリ(p3n000142)は目に見えて憔悴していた。
「再現性京都が……落ちました。あの場所にはもう、バグホールしか……残っておりません……」
バグホールとは、ここ数日の内に混沌各地に現れるようになった次元の崩壊――物理的な破壊ではなく、現象としての『世界の崩壊』だ。それが『孔』のような形状をしているための呼称でもある。
現状、このバグホールへ直接対処する術はない。触れたものは無差別に『崩壊』してしまうからだ。
「再現性京都を破壊したのは、バグホールだけではなく……街に満ちていた感情を糧に、終焉獣の軍勢が動いていたと……。恐らくは、アポロトスと呼ばれるものかと……」
彼は、再現性京都の終わりを直接見てきたわけではないという。滅びの時に現地にいて、それらの情報を託してくれた人がいるのだ。
その人は、どうなったのか。
「……我(わたし)は、ヤマ様を見失うことはありません。微かにですが、感じます。……再現性京都を離れたあの方が本当に『ヤマ様』なのかまでは、わかりかねますが」
姿を再現されただけのものなのか、寄生されてしまったのか。実際に目で見るまでは、命の危機にあるのかどうかもわからない。ただ、無事ではないという事実しか。
「バグホールは、対処できませんが。アポロトスの群れは、滅ぼすことが可能です。今は……次の破壊が引き起こされる前に、破壊の芽を摘むしか。申し訳、ございませんが……」
そう言って説明を終えようとするチャンドラに、ヤマについて訊ねたなら。彼は笑みを作って返すだろう。
「ご心配無く。ええ……何の心配もございません。獣ごときにヤマ様をアイ(殺)させはしませんとも。これは、我達の運命ですので」
- <グレート・カタストロフ>新生なきカリ・ユガ完了
- そのアイは譲らない
- GM名旭吉
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2024年01月28日 22時10分
- 参加人数8/8人
- 相談6日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
(サポートPC4人)参加者一覧(8人)
サポートNPC一覧(2人)
リプレイ
●
漂う煙と、命の燃えた臭い。
ガラス窓やコンクリート、屋根瓦や木の柱など、街らしきものの残骸が散らかる場所には破壊の痕跡が生々しく燻っていた。
「こりゃあ酷い……少しでも生き残っとりゃええんですが」
初めてこの地を訪れた『黒蛇』物部 支佐手(p3p009422)でさえ、その様には思わず眉を顰めたのだ。
かつてのこの地を知る者にとっては――。
「再現性京都が……」
「こんな、風に……なってしまうのです、ね」
「でも、何故、この場所なのですか……。復興の最中だったではありませんか……」
『紅の想い』雨紅(p3p008287)、『約束の力』メイメイ・ルー(p3p004460)、『はづきのやくそく』ジョシュア・セス・セルウィン(p3p009462)。そして『冬夜の裔』を伴った『灰想繰切』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)や『終音』冬越 弾正(p3p007105)もまた、痛ましい変わりように驚き、悲しみ、胸を痛めた。
今、再現性京都だった場所にあるのは不気味な存在感を持つ世界の『孔』――バグ・ホールだ。
「まさか街一つをこんなにもあっさり滅ぼしてしまうとはな……今は対処のしようがないのが悔やまれる」
『修羅の如く』三鬼 昴(p3p010722)は、もはや災害と言っていい規模の破滅を目にしながら何もできない現状に拳を握った。せめてあのバグ・ホールさえ除くことができれば、この街も再生の見込みがあるものを。
「理不尽じゃな、しかして効率的。連鎖する負を糧にその勢力を増す、実に効率的じゃ。到底『ヒト』などにはできぬ芸当であろう」
まさしく『獣』の所業に違いないと『鉄帝神輿祭り2023最優秀料理人』御子神・天狐(p3p009798)は言う。なればこそ、何の憂いもなく戦えるのはせめてもの幸いでもあると。
「チャンドラさんが言ってた『無理を続ける御方』って、ヤマさん?」
何かを探すように少しずつ足を進める『万愛器』チャンドラ・カトリ(p3n000142)に、『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)が訊ねる。ヤマ――『はづきさん』ヤマ・ヴィヴァーン(p3n000350)を見失うことはないと言っていたチャンドラだが、余程辿りにくいのか焦りの色が明らかだ。
イズマの問いに、チャンドラは振り返らないまま「ええ、まあ」と答える。
「全ての感情に公平であるために、全ての感情を理解なさらない……そのために苦しまれながらも、触れずにいられない。毒と知りながら毒で呼吸なさるような御方なのです」
「そういう人はさ。もう無理を止めさせるんじゃなくて、無理をしても崩れないように支えてやるのが良いと思うんだ」
「その為にも、一刻も早う助けたいやんなあ」
ヤマについて語るチャンドラを労うようにイズマが言うと、『晶竜封殺』火野・彩陽(p3p010663)も探索を手伝おうと辺りを見回していた。
(感情を……理解、しない……でも……触れずにいられない……)
『玉響』レイン・レイン(p3p010586)もまだ見ぬ狐面の性格に思う所がありつつも、今はチャンドラの感覚を信じて廃墟へ進みながらファミリアーの鳥を飛ばした。
――そして、ほどなく邂逅する。
不気味な姿勢の、青白い四足の軍勢。それに守られるようにゆらりと歩く、一人の狐面。
「ヤマ様!!」
『…………』
チャンドラが叫ぶように呼び掛けても応える声はない。それどころか、四足の獣達がイレギュラーズを敵と認識して構え始めたのだ。
(あゝ、損な役回りですね、始末屋というものは)
小さく息を吐いたのは『悪縁斬り』観音打 至東(p3p008495)。彼女とてこの街は初めてであるし、狐面がどのような存在であったかの詳細までは知り得ない。
知り得ずとも、わかろうというものだ。アポロトスが人の感情から生まれたものであれば、あの四足達の歪んだ表情は理不尽な末期に対するそれ。狐面の周りに集まるのは『守り神』への信仰であろう。
思慕。怨嗟。郷愁。無念――この軍勢は、そういう憐れなものの集まりだとわかっていて。
「アポロトスよ。お前が終わった命であれば、お前を終わらせねばなりますまい。この道で行き止まり、この至東にて……終いにございます」
猛る獣達に、至東以外のイレギュラーズもこれを突破する準備を整える。
「住んでいたヒトが、生きていたヒトが。何を想い、どの様に夢を見て、突如絶望のまま散っていったか。形を模したところで所詮は負を糧にするだけの獣畜生、言葉を解せまいが」
それならば、それなりに。言葉を用いぬ獣のルールで戦ってやろうと、天狐がソリッド・シナジーで消耗を抑える。イズマはオルフェウス・ギャンビットで不調への備えを、彩陽はダニッシュ・ギャンビットで封殺の力を宿す。
「『冬夜の裔』、あんたも四足の獣を捌くのに手を貸してくれ。……彼も、放したくない糸なんだ」
いつもいつでも甘ったれた用事ばかり押し付けてくる主のアーマデルに溜息をつきながら、使役霊である『冬夜の裔』も契約の傷を刻み『妄執』の刃を取る。弾正もアーマデルや他のイレギュラーズを助けるローレット・サーガを歌い、メイメイは自身とチャンドラを更に強化する黄金残響を施した。
「道は開きます。どうか、はづきさんをよろしく頼みます」
かけたい言葉の多くを呑み込み、他のイレギュラーズへ狐面を託すと舞槍を一閃する雨紅。展開されたのは、『観客』へ舞台の舞手を見せ付ける『干戚羽旄』の領域だ。
『…………』
広がる舞台にも、黙したままの狐面。しかし次の瞬間。
「! 皆ヤマはんから離れて!」
超視力でつぶさに観察していた彩陽が気付いたが、それが広がる方が速く、広かった。言葉の代わりに返されたのは黒い葉の嵐だったのだ。
人の記憶や感情を、色とりどりに映していたはずの葉は。今はただ、見る者の視界を黒く閉ざすだけ――。
●
『皆、大丈夫……? 僕は……見えてる……』
イレギュラーズの黒い視界の中で、まずレインの声が意識に直接届いた。自身の視界は塞がれても、ファミリアーの視界越しに見ることができたのだ。
『俺は見えないけど、音も拾えるから。視界情報は頼っていいかな』
『うん……正面から、軍勢……来るよ……』
イズマのエコーロケーションとレインの情報とを頼りに、最初に押し寄せる軍勢を迎え撃ったのは天狐だった。
「今なら前方に味方はおらん。存分に狩ってやろうぞ!」
獣達が炎を吐くより速く、天狐のケイオスタイドが撃ち込まれた所へ、イズマの響奏撃が波のように軍勢を押し戻していく。それらを潜り抜けてきた獣も、音で敵の接近を感じた昴が最前へ出てH・ブランディッシュで薙ぎ払っていった。
それでも、後方にいて攻撃を受けなかった軍勢が新たに出てくる。
「見えへんくても、俺の矢は逃がさんよ」
「少しでも数を減らさないと……」
彩陽が更に完全逸脱させた矢でケイオスタイドを、ジョシュアも封殺の力を得たジャミル・タクティールで加勢する。
「アーマデル、皆! すぐ治す!」
弾正が幻想楽曲オデュッセイアを歌えば、多くのイレギュラーズが視界を取り戻す。その援護を受けると、アーマデルはすぐに前へ出て逡巡の英霊残響を見舞った。
『こっちの、回復は……大丈夫そう……ヤマのところ、行ってあげて……チャンドラ……』
「何かあればいつなりと。参りましょうか、メイメイ」
レインに促され、チャンドラもメイメイに声をかけると、彼女も頷いて一度は前を向いてから。
「行って参ります、ね。雨紅さま」
振り返って一言残すと、メイメイは彼と共に軍勢の――ヤマの元へ走る。その先でミニペリオンの群れが飛び交うのを見送りながら、雨紅は舞い踊るように獣達を押し返していく。
「次から次へと……まっこと数の多い!」
その数に流石に辟易しつつも、支佐手は怯まず名乗り口上をあげて獣を引き付け、火明の剣の巫術で片っ端から燃やしていく。それでも倒れぬ獣へ降ろされるレインのワールドエンド・ルナティックは慈悲でもあっただろう。
「無為に刀傷を負わせるのは本意ではありません」
手負いの状態で死にきれず呻く獣達の前へ立つと、至東は必殺の刃を一閃する。絶命した獣達はその体勢のまま固まって石像となり、花を一輪ずつ咲かせると風に吹かれて崩れていった。
「閻魔様にはこの人斬りのこと、どうぞよろしくお伝え下さい。既にご存知でしょうが」
風に流した言伝も、道連れにして。
●
呪いの炎を吐く軍勢の注意を引き、動きを止め、まとめて撃破する。初めはヤマによる視界妨害もあったが、大きく崩れることもなく立て直してからはイレギュラーズが獣の軍勢を確実に減らし始めていた。
「討ち漏らしは各個撃破……よりは、敢えて狐面を狙って集わせるのがいいでしょうか」
軍勢の出方を見ていた至東がこぼす。
「しかし、それでヤマ殿を助けにくくなるのも困りますけぇ」
「やったら、皆封殺してまえばええんとちゃう?」
獣を引き付けた支佐手が見舞うのは三輪の大蛇の天変地災。こちらも動きを止めることに重きを置いた技だが、彩陽も次の封殺攻撃に備えて矢を引き絞っていた。
囲んでいようと、守っていようと、動けなければ脅威とはならない。それは初手で視界を封じてきたヤマも同じく――
『……、…………』
「ヤマさん……どういうことだ?」
響奏撃・弩を打ち込み、確かな手応えを得たはずのイズマ。しかし、手応え以上に覚えたのは違和感だった。
ヤマが動いたのは、初めの一度だけなのだ。動きが遅いとは感じていたが、もはや遅いのではなく『動いていない』。青白い獣達が不調を受けながらも動こうとしているのに対して、確かに狂気に侵されているにも拘らず戦意らしいものを感じないのだ。
「殺さんようにはしてあるし、攻撃が遅くて困ることはあまりないが」
ヤマに超電磁うどん砲をかましていた天狐にとっては大きな不都合はない。なおこのうどん砲、名前の割にその威力は恐るべきものである。
「それより、減らないな……私はこちらを抑えておく」
昴は殺気を隠さない獣へ向き直り、鋼覇斬城閃とハンズオブグローリーを立て続けに叩き込んで消し飛ばす。彩陽の雨のような追撃も飛んでくると、獣はその数をかなり減らした。
しかし、ヤマの周囲には未だ獣が集まり、かの狐面は黙して語らない。支佐手が引き付けて斬り払うも、わざわざ遠くから駆け付けようとするほどだ。
(これほど集まるなら、散開される心配はせんでええかもしれんが……)
肝心の、ヤマ本人へ言葉が届かないのでは。
懸念する支佐手の前で、ヤマがおもむろに顔を上げた。
『……ヤマ……こっち、見たってことは……聞こえてる……?』
相変わらず応えはしないが、ハイテレパスへ意識を向けてくれている間にレインは続ける。
『動きが、遅くて……ほとんど、攻撃も無いの……諦めてるから……? もし、そうなら……自分のことまで……諦めないで……』
『…………』
『僕……会うの初めて、だけど……気持ち……こころ……分からないこと、いっぱいある……。だから……少しだけ似てるかもしれないヤマが居るって……知って……変かもしれないけど……少しだけ……嬉しかったんだ……』
レインは今でも、人の心というものがよくわからない。それでも、少しでも自分を信じてくれた人が確かにいる。ならば、その人の思いに沿えるくらいには生きていたいと思えるようになったのだ。
ヤマにもその体験を伝えた上で、レインは求める。
『人を見てきたなら……その人達のしてきたこと……表情……それを見て……君が何を思ったのか……欠片でもいいから、温かい、優しいもの……思い出して……』
『……まもれなかった』
ようやく返ってきた意識は、僅かな言葉で圧倒的な負の質量を持つ声だった。
『わたしがまもりたかったものを、わたしがまもれなかった』
「ヤマ殿。それは『無念』という感情だ」
その言葉を手繰り寄せるように、アーマデルは直接言い切る。
「無念とは未練だ。これからやるべきこと、為すべきことがあるから抱く感情のことだ。冬の次には、春が来る……再現性京都は滅びはしない」
「道雪殿からも伝言だ。『チャンドラの心に居座っておいて、勝ち逃げは許さない』と。……俺だって、ヤマ殿を失いたくない、感情を知らないまま死に行くなんて、そんなの悲しすぎるだろう」
幸せになっていいのだと弾正からも伝えると、他にも狐面へ祈る声が起こる。
「はづき様。はづき様は僕に、優しい思い出の葉を見せてくださいました。見たくないもの(過去)が多い僕があの日、暗く冷たいヴァイタラニで進めたのは、闇を照らすあなたの光があったからです」
いつも闇夜にあって優しく照らし出し、導き見守る月光のような人に、今度は光を届けたいとジョシュア。
「シャイネンナハトで夜明けを待ったあの語らいの時間は……どうでしたか、はづきさん」
穏やかで緩やかで、とりとめのない静かな時間だったと雨紅は言う。
「強い感情が伴うものではなかったとしても、私は確かに、あなたと過ごしたあの時間を『大切なもの』だと思ったのですよ。いつか死という終わりは来るもの、ですがこのような終わりは認められない……いえ、『私が嫌』なのです」
手放したくなかった大切な縁をひとつ、手放すしかなかった雨紅。この上あなたまではと強く望むのは、他ならぬ雨紅自身の意思だ。
「はづきさん、再現性京都の最後を見たのは貴方だけなんだ。どうか生き続けて、貴方と共に在りたいと願いながら滅んだ人々の気持ちを導いてくれ」
イズマは言うと、チャンドラに死せる星のエイドスを渡す。
「チャンドラさんが解き放ってくれ。俺も一緒に願う」
エイドスを持つ手と逆の手には、願う星のアレーティア。しかし未だ倒れはしないヤマへ、至東が蓮華刹の一刀を見舞う。
「土地を守れなかった守り神……ならば生きたとて思うことは多く、負うものは重いのでしょう」
「失われたものは戻りはしない……だが再現性東京がそうであったように、そこに在ろうとするものあらば、何度でも蘇るものだ」
だから、戻ってこい。
アーマデルが刃に宿すのは『怨嗟』の英霊残響。聖女の未練は周囲の獣ごと巻き込んで、不協和音を響かせた。
狐面が、ついに倒れる。そこへ、瞬く星々の光が集まって――優しく消えた。
「ヤマ様、ヤマ様! お気を確かに!」
「大、丈夫……息は、あります、から。安全なところ、へ」
チャンドラが駆け寄って抱き起こしたヤマの息を、メイメイが確認する。彼女に言われて軍勢からヤマを連れ出す際に、狐面は力なく呟いた。
――この罪は、重過ぎるなぁ、と。
●
天狐の荷台に乗せられたヤマは、支佐手の護衛も受けながら軍勢から離れる。しかし、動きを止められながらも狐面の元へ集まろうとする軍勢はそれを阻むイレギュラーズへ呪いの炎を噴いた。
「もはや当たらぬぞ、そのような炎」
「大人しく沈んでおけ」
既に幾重にも重ねられた多くの不調は、例え動けたとしても思う通りにはさせない。天狐がミニペリオンの群れで押し返し、それを生き残っても昴とイズマが重ねて退け追い縋るのを許さない。
数が減った上に度重なる封殺でその場から動けなくなっている軍勢の生き残りは、次々に各個撃破されていく。1体たりとも生きてこの場を逃れることの無いよう、滅殺あるのみ。
「これで終いやな。こっから先は、進ませんで」
最後に彩陽の矢が流星のように降り注ぐと、辺りには静寂が満ちた。
再現性京都だった残骸は改めて見ても酷い有り様で、このままでは到底再建はできそうにない。街が機能していないのは勿論のこと、住人も全滅している可能性が高いためだ。
「街が襲われてから、実際に街の隅々まで探したわけやないでしょう。街がどがでも、助かる命があるんでありゃ、助かった方がええでしょうけえ」
希望を持つとはそういうことだと諭されれば、レインやチャンドラに回復を受けたヤマが立ち上がり共に焦土となった街を歩く。他のイレギュラーズ達も、バグ・ホールに気を付けながらそれぞれに生存者の探索を試みることにした。
「……おかえり、はづき殿」
探索へ出る前に、アーマデルが弾正と共に歩み寄る。
『ああ、さっきはありがとう。皆にもたくさん、祈ってもろて』
仮面で隠れた表情は見えない。しかし、その声は元気がないように聞こえた。
『見てもらいたかったなぁ、今の再現性京都。こないな形やなくて……めっちゃ気張ってたんえ、皆』
「知っています。覚えていますよはづきさん」
シャイネンナハトを過ごした雨紅が肯定すると、ヤマは一度だけ頷いた。
『こないに思われて。願われて。多分、街の皆もそうやった。向けられた願い(つみ)には、報いなあかん。……それができる場所も、人ももう』
「願いは近く、胸に抱き。祈りは遠く、誰かの為に。俺はヤマ殿と、ヤマ殿を思う『誰か』の為に願い、祈った。ヤマ殿や、この場にいた俺達が悼み、想い、願い、継いでゆくのも含めての『再現性京都』だと俺は思う」
元々の再現性『京都』が、そういう街ではなかったかと。そう言われれば、ヤマは『そうかもしれんねえ』と曖昧に応えた。
『けど、こうなったらもう『はづきさん』は終いかもしれんね。この街を忘れはせんけど、これからは……』
「チャンドラ殿、ヤマ殿ー! 誰か手伝ってくれんか、建物の下に!」
狐面を外そうとヤマが手を掛けた時、支佐手の声がして昴をはじめとした仲間達が瓦礫をどけていくと、動けずにいた一人の住人がいた。怪我はしているが寄生もされておらず、生きている。
生き埋めから助かった年老いた女はヤマの姿を見るなり、手を合わせたのだ。
「はづきさん……ご無事で……」
『ちゃうんや、うちはただの……』
途中まで言い掛けて、ヤマは一度口を閉ざし、言い直す。
『……よう、気張ったなぁ』
『はづきさん』にそう言われると、住人は一層手を擦り合わせて有り難がった。
「この街の住人にとって、あの狐面は『はづきさん』。寄る辺たる守り神なのでしょう。『そういうもの』を必要とする者もいるものです」
「ヤマ様……」
いつか去ってしまう対等な命ではなく、いつでも側にいてくれるような超常の存在。それを心の支えとする住人達。
至東が淡々と語るのを聞いていたチャンドラは、やりきれない様子だった。
『チャンドラ。他にも生き残りがおるかもわからん、急いで探さんと。『はづきさん』としてやれることがある内は、まだ『ヤマ』には戻られへん』
――本当に、そういうところが殺したくなる。
『アイする』ために持ち込んだ黒い刃に手を掛けていたチャンドラだったが、今は収めた。
「しかし、ようこんなとこで生きとったなぁ。これは片っ端から探さなあかんかもやで」
彩陽が焼け跡の案内を見る限り、かつての再現性京都にはビルも、地下鉄もあったらしい。これはもしかしたら、戦闘よりも骨が折れるかもしれない――予想外の用事とはなったが、幸い今の自分達にはそれが可能ではある。
「せっかく生き残ったのに、うっかりバグ・ホールへ触れてしまう事がないようにしないとな。住人も俺達も」
「一人でも多く……見つけたい……」
イズマやレインをはじめ、イレギュラーズ達は生存者を探して再現性京都跡地へ散っていく。結論から言えば彼らの総力を以てしても見つかった生存者は10人に満たなかったが、1人ではなかった。
再現性京都は、完全には終わっていなかったのだ。
●
――我(ワタシ)の夜。
バグ・ホールがあの街に開いたのは僥倖だった。器(カトリ)なき君ならば堕ちるも易いと思ったが、そうはならなかったようだ。
君の優しさと脆さを、我以上に知るものはないと思っていたが。
――君もアイを得たか、夜よ。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
お待たせしてしまい申し訳ございません。
ヤマは正気を取り戻しました。再現性京都の街は現状での再建は難しい状態ですが、何人か生存者がいた模様です。
バグ・ホールは残り続け、世界の崩壊も進む中、彼らはどうなっていくのでしょうか。
称号は、希望を探してくださった貴方へ。
ご参加ありがとうございました。
GMコメント
旭吉です。
再現性京都が滅びました。
●目標
獣の軍勢による次の破壊の阻止
●状況
練達。再現性京都跡地近く。
人がブリッジをしたような四足の青白い軍勢が、狐面の人影と共に街を出てどこかを目指しています。
次の街が再現性京都の二の舞になる前に、軍勢を滅ぼしましょう。
●敵情報
狐面
『はづきさん』ヤマ・ヴィヴァーン(p3n000350)。寄生型終焉獣の寄生を受けている。
視界が黒に染まる葉の嵐や、索での拘束を行う。
狂気に侵されてはいるが動きはかなり緩慢。
(・【寄生】の解除について
寄生型終焉獣の寄生を解除するには対象者を不殺で倒した上で、『死せる星のエイドス』を使用することで『確実・安全』に解き放つことが出来ます。
また、該当アイテムがない場合であっても『願う星のアレーティア』を所持していれば確率に応じて寄生をキャンセル可能です。(確実ではない為、より強く願うことが必要となります)
解き放つことが出来なかった場合は『滅びのアークが体内に残った状態』で対象者は深い眠りにつきます)
四足の青白い軍勢×多数
再現性京都の住人達の感情から生まれた『アポロトス』が、不気味な姿の『変容する獣』となって軍勢を形成しています。大きさは大小の個大差がある模様。
滅びのアークによる狂気を撒き散らしながら、通る場所を焼き尽くしていきます。
人語は発しませんが、彼らなりの統率力で狐面を守るかのような行動を取ります。
姿勢の割にかなり俊敏で、【呪殺】【呪い】【炎獄】の範囲攻撃をする。
●NPC
チャンドラ
基本的に回復のお手伝いが可能です。
黒い刃の短刀を持ってます。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
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