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シナリオ詳細

再現性東京202X:宙より穿つ剛の球

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●そりゃ確かにそうかもしれんが
「俺は新手のスナイパーが出たと聞いた」
 男は右肩に槍を担いで顎を擦った。
「私は特殊な武器を持った剣士って」
 女は左肩に大金槌を担いで腰に手を当てた。
 新年くらい、思い出に似た場所で過ごそう。
 そんな二人が再現性東京で願った小さな休暇は、突然鳴ったaPhone(アデプト・フォン)によって仕事に変わった。
 その携帯端末を隅まで確認するまでもない。
 夜妖だ。
 二人が居たのはそれぞれ離れた場所であったが、溜息が漏れたのが同時だったのは何かの縁だったのか。
 ともあれ、要請が出たなら行かねばなるまい。
 場所は神社。
 マズイな、と駆けながら男は思った。
 この時期なら、どの時間帯でも参拝客が居ておかしくない。
 携帯端末に被害状況が記載されていないのは幸運か。
 何だろう、と駆けながら女は思った。
 場所は神社だが、小さな神社だ。
 この時期なら、そこ自体に発生するのは不思議ではない。
 人の思い、願いが集う場所。ほんの一つの邪悪が混じっただけで、奴らは簡単に顕現する。
 二人の端末に共通していた内容は、神社に危険行為で場所を破壊しかねない、夜妖らしきものが出現したという事。
 二人の端末に共通していなかったのは、その夜妖が男の端末には投擲狙撃と、女の端末には短刀の剣士だと入力されていた事。
 その実態を目の当たりにした男女は現場に到着次第、冒頭の台詞を言い放った。
 果たしてその正体とは。
「羽子板かよ」
「羽子板かぁ」
 ご存じだろうか。羽根の飾りを付けた小さな球を落とさずに打ち続ける、正月の定番的な遊戯。
 その球を打つための薄い板だ。
 即座にこれが戦闘に発展すると踏んだのは、その相手が筋骨逞しい着物姿の二体の男であったからだ。
 しかも相対してから目がギラついている。
 その右手には羽子板。左手に羽根球。右腰には刀の鞘のような長い円筒を付けており、左腰には墨の付いた筆が差されている。
「……どう思う?」
 男が訊ねた真意はその戦闘スタイル。
 羽子板の狙撃手など聞いた事もない。
「多分、私の方が正解だったんじゃない?」
 女が答えたのはその夜妖達が前傾姿勢で羽子板を構えだしたからだ。
 確かに長さは短刀に近い。薄い板という形状から斬撃相当の攻撃方法を持っていてもおかしくはない。混沌世界なら。
 少なくとも打撃……近接武器とみて間違いないだろう。
 幸いにしてこちらは槍と大金槌。リーチにしても競り合いにしても分が有りそうだ。
「よし、なら……!」
 こちらから間合いを計らせてもらうか。と一気に詰める。
 その二人を前にして、着物姿の男は腰に据えた筒から取った羽根球を。
「……何?」
 宙へ。自分の真上へ放り投げた。
 そう、その一連の動作はまるで。
「テニ……」
 振り抜かれる羽子板。
 射出される羽根球。
 女の足元に穿たれる銃弾のような穴。
「なるほど、スナイパーなぁ」
 男は頬を掻きながら接近を中断した。
 威嚇射撃のような何かを金槌で受けた女に、すかさずもう一体が筆を振りかざして接近する。
「きゃあっ!?」
 顔面に冷たい感触を覚えて後ろへ跳ぶ。隣の味方に顔を向けた。
 顔に墨を付けて。
「あのさ、ねぇ、これって私ポイント入れられたって事? 何かダメージとは別に悔しいんだけど」
 女の目元を囲う大きな黒丸を見て、男は飽くまで冷静に受け答える。
「多分、球を打ち返せなかったから……じゃねぇかな」
 そんな事言ったって、あんな銃弾みたいな球をどうしろというのだ。
 下手したらガットごと持っていかれるぞ。ガットなんて無いけれど。
「で、アレってどう見ても」
 まるで、全く他の球技であった。


「ごめんなさい、なのです!」
 『新米情報屋』ユリーカ・ユリカ(p3n000003)は、現場から戻って来た二人に対して開口一番の声を大きくして頭を下げた。
「ちょっと目撃情報が別々に二つ有って、お二人にはそれぞれ伝わってしまったみたいなのです」
「あぁ、うん。良いよ、大した敵じゃなさそうだし」
「それに、二人だけで倒そうなんて思ってはなかったもんね。様子見よ、様子見」
 男女がローレットに戻って来たのは、戦闘発生から一晩明けての事だ。
 顔中を墨塗れにして。
 戦闘を続けながら援軍を待っても良かったのだが、待てども待てども一向にそれが来る気配が無かったので一度報告がてらに離脱した。
『ほら、皆色々忙しいだろうし』
 と女に慰められた夜中の道中。まぁ、発見出来ただけ良かったな、と男も何処か諦めが見えた。
 顔中を墨塗れにして。
 その際、特に余計な負傷を追わなかった事から敵は戦闘場所を離れた者には興味が無い様子だ。
「それで、どうでした?」
 持ち帰った敵の情報を纏めるべく、ユリーカは二人に訊ねる。
 すると、男はこう答えた。
「ダブルスだった」
 何のこっちゃとユリーカは首を傾げる。
 女は彼の言葉に続いた。
「で、金と銀だった」
 ユリーカの首がまた一段階折れ曲がる。
 二人の現地情報を纏めるとこうだ。
 まず場所は連絡通りのもので間違いない。再現性東京の神社、境内。
 小さな神社のど真ん中で着物姿で上半身を大胆に開けさせた二人の男が、羽子板を手に羽根つきをしている。
 これだけならまだ可愛らしい事、で済むのだが、大問題なのがその威力。
 テニスかバドミントンのようなサーブの姿勢から繰り出されるその一球はまさに銃弾。もしくは光線。
 少なくとも「二人で落とさずに羽根を突き合おう」なんて考えは微塵も感じられない。
 金と銀というのは、その二体のそれぞれの髪色だそうだ。
 離れて様子を伺ったところ、二体は男女に興味を失ったのか壁打ち練習のように神社の物に向かって羽根球を打ち始めた。
 とはいえ先述したように一球一球が物を抉る程の威力。このままでは小さな神社は破壊の限りを尽くされかねない。
「あぁ、それとね……」
 女は顔の墨を拭きながら付け加える。
 夜妖の攻撃は主に二種類有る。
 一つは羽根球をテニスかバレーのように真上にトスして、振り下ろした羽子板で撃ち抜く遠距離攻撃。
 そしてその羽子板を刀類として扱う近接斬撃。
 それに加え、前者の遠距離攻撃が命中した際に、もう片方が連鎖的にある行動をする事が確認されている。
 それが、腰の筆で命中した相手の顔に墨を書く事だ。小さいが、ダメージも入っている。
 男女の顔が墨塗れなのは、それを確認する為にある程度の攻防を重ねた結果であった。
「アイツら、もう書く場所が無いからって手の甲にまで塗りたくりやがって……」
 中々落ちない墨を恨めしそうに見ながら、男は真っ黒に成り果てた右手を擦った。
 ここは一つ、こんな日から申し訳ないのだが。
「ごめん、改めてメンバーを集めた方が良いかも。私、その間に墨落として来るね……お餅も食べ損ねたし……」
 何か戦闘とは別に負けた気がする。
 そんな落ち込んだ雰囲気を出しながら、二人はユリーカの前から姿を消した。

GMコメント

●目標
羽根つきの夜妖、二体の討伐。

●敵情報
羽根つきの夜妖×2(金治&銀矢)

着物姿で上半身は開けさせた姿の夜妖。人型。
どちらも筋骨隆々で、外見は二十歳前後と見られる。
金髪と銀髪の計二体。
金髪は金治、銀髪は銀矢という名前で、実は暴走族兄弟の夜妖だったのだが正月の空気と混ざった結果こうなってしまった。
亡霊系の夜妖であり、生前はワンパクしたそうな。
何だか可哀想にも思えるが、元が暴走族な故にまぁドンマイという感じではある。

武器や攻撃方法は二体とも同じなので、以下を参照して頂きたい。

武器は羽子板と筆。
攻撃方法はその羽子板を使った叩き付けの打撃、薄さを活かした斬撃の近接戦闘。
それと羽根球をトスして相手目掛けて撃ち込む遠距離射撃。
多分羽根つきの一番重要な部分を勘違いしている。
光線銃のような速度、威力を誇るダイナミック・スマッシュサーブである。

片方がこの射撃攻撃によってダメージを与えると、もう片方が連鎖行動によりすかさず墨付きの筆で与えた相手の顔にマルやバツの落書きを仕掛ける。
筆による落書きは神秘攻撃。
もしこの行動を庇うなら、庇った者が落書きの被害に遭う。
肌が見えている部分になら何処にでも落書きするので、水着などで臨めば大変な事になるかもしれない。
水着で来いとは言ってないのでどうぞ宜しくお願いしたい。

●ロケーション
再現性東京・夜。
現場に到着すると、神社の境内で二体の夜妖が球で壁打ちをしている場面に遭遇するかと思われる。
接近すると向こうもこちらに気付くので、そのまま戦闘開始となる。
場所は小さな神社であり、入り口は一つしか見当たらない。
辺りはざっと西側に林の山。東は下に向かう斜面となっている。
通常、どちらも人間が通るようには出来ていない。

入り口は細い階段を昇った先に在るので、夜妖とは正面から衝突する事にはなるだろう。
屋外ではあるので、入るのに階段以外にも手段が有ると言えば有りそう。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はAです。
 想定外の事態は絶対に起こりません。
 今回の情報は、冒頭の二名の男女が持ち帰ったものとなります。

----用語説明----

●夜妖<ヨル>
 都市伝説やモンスターの総称。
 科学文明の中に生きる再現性東京の住民達にとって存在してはいけないファンタジー生物。
 関わりたくないものです。
 完全な人型で無い旅人や種族は再現性東京『希望ヶ浜地区』では恐れられる程度に、この地区では『非日常』は許容されません。(ただし、非日常を認めないため変わったファッションだなと思われる程度に済みます)

  • 再現性東京202X:宙より穿つ剛の球完了
  • GM名夜影 鈴
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2024年01月20日 22時21分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

志屍 志(p3p000416)
密偵頭兼誓願伝達業
ロジャーズ=L=ナイア(p3p000569)
不遜の魔王
仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)
陰陽式
シラス(p3p004421)
超える者
ソア(p3p007025)
無尽虎爪
三鬼 昴(p3p010722)
修羅の如く
陰房・一嘉(p3p010848)
特異運命座標
レイテ・コロン(p3p011010)
武蔵を護る盾

リプレイ


 時は迎春に近くまだ身に染みる風が吹く頃に。
「HAHAHA――!」
 快活な笑い声が響き渡った。
「年始早々に愉快痛快な夜妖の出現とは」
 『同一奇譚』ロジャーズ=L=ナイア(p3p000569)の姿を見れば、それが快活という言葉とは程遠い存在であるという事は認識しておくべきだろうか。
 笑いは嗤い。活力は愉悦。その在り方は少女の姿ながら、夜妖さえも呑み込んでしまいそうだ。
「こう言ってはなんだが、新春に相応しい夜妖ではあるな」
 『陰陽式』仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)は何処か興味を惹かれる様子で階段を駆け上がる。
 地上からの道は一つ。この階段を上がった先に件の夜妖は居る。
 音は聞こえど姿は見えず。
「正月早々にはた迷惑な……」
「でも面白そう」
 年明け早々に頭を悩ませる『修羅の如く』三鬼 昴(p3p010722)、反対に無邪気に笑顔を見せる『無尽虎爪』ソア(p3p007025)。
 話を聞いた後で羽子板を持っていきたいと言い出すものだから、やはりこの虎の精霊、侮れない。
 因みに持って来ては……いないようだ。
 ただ服装はジャージ姿。お気に入りの服が汚れないようにとの事だったが、見ようによってはやる気に満ち溢れている。いや元々そうなのかも。
 まぁ、無かったからとそう落ち込まなくても大丈夫。やりようは有る。
 そんな夜妖二体を真っ先に見つけたのは上空から迫る『新たな可能性』レイテ・コロン(p3p011010)。
 ゴーグルを上げた眼下に見える金と銀の髪。種目(?)として何か違った音のする壁打ちの風切り。
「うんまあ羽根突きとして可怪しいのは兎も角……」
 ラケット競技の一流選手の振り抜きは、瞬間的になら亜音速に至ることもあると聞く。
 ならば羽子板と羽根突きでも、同じことが起きても不思議じゃない。
「……のかなぁ?」
 多分そう。部分的にそう。
「元の世界の話ではあるが、近年は、ほぼ見なくなったな」
 『特異運命座標』陰房・一嘉(p3p010848)はしみじみとした様子でレイテと共に眼下を捉える。
 現代では娯楽も増えた。寒い外でワイワイキャッキャと戯れるよりも、室内の方が快適に楽しめるまである。
 ゴーグルを装着し直し、レイテが定めるは目標地点へ入る為の最適角度。幻想と否定の加護で身体を向上させ。
 一気に垂直降下。
 頭上の影が大きくなった事で金髪の側、金治が気付く。
 一度後方へ跳び、その手から球が上げられる。いや、上がり切ってからではレイテの落下に間に合わない。
 如何に熟練のプレーヤー(?)と言えど無理な体勢からの打ち込みはレイテの頬を掠めるに留まり。
「まあ、そんな事は、兎も角としてだ」
 合わせ、一嘉がレイテを通り越して風を切る球に向けて大剣の腹を宙からフルスイング。
 有り余る膂力の豪速返球。加えて同時に撃ち出された空中からの鉛の掃射。
 鉛の雨が降り続ける中で地面に着地したレイテが、地を揺らして降り立ち、二体の眼前に堂々と推参した。
「自慢の球もその程度なら、打ち返すのも訳無いですね」
 因みにレイテ自身は一切そんなつもりは無い。
 階段側を視界の前に、つまりは二体の夜妖は階段を背にする形で向き合うと、放ち続けていた掃射を止めて一嘉も地面へと。レイテはすかさず防御に専念する姿勢を取った。
 両者、睨み合いから同時に構え。
 一足早く、火蓋が切って落とされた。
 その背後、頂上で既に音が鳴っている事を察して集うのは六人。
「美術部顧問の私が直々に、貌を晒して……?」
 現地に着いたロジャーズは、眼前の光景に少しばかり言葉尻を窄めた。
 奴らの周囲は穴だらけ。壁も地面も関係無し。その手に持つのは脅威とは成り得無さそうな一つの羽根。
「羽子板? 嗚呼、羽根つきで遊ぶのか。独楽回しも凧揚げも素敵だとは思うが、羽根つきだと?」
「こういうのは遊びで嗜むのだから良いのでして」
 ゆっくり振り返る夜妖に刀を抜き、『遺言代行業』志屍 瑠璃(p3p000416)は一つ息を吐く。
「ラリーも楽しめないと思うと風情も何もありませんねえ」
 暴走族ベースというのも気に入らない。初日の出を拝みに行った時に無駄に五月蠅かった奴らを、瑠璃はまだ覚えている。
 今日は年明けらしく、いつもの着物での参戦だが大丈夫だろうか。割と書き易そうな地肌が見えているのが気になるところ。
「全部避けてしまえば良いのでしょう?」
 大丈夫そうだ、安心した。安心したけれど、当たったら今書きに行きます。
 隣では訝し気にロジャーズが己に問う。貴様、第四の壁の向こう側の貴様、私で良かったのか? と。
「……蠕動具合から察するに、体調は上々だが」
 ロジャーズの向こう側の存在も『良』と言ってくれたようだ。
 瑠璃と同じく単純に敵として相対する『竜剣』シラス(p3p004421)。
 息も白くなる今日この頃。イレギュラーズと言われなければ気付かない茶色のトレンチコートに身を包み、ながらも普段の機微な体術には微塵の影響も与える様子は見せずに臨戦態勢を取る。
「迷惑な化け物だな、成仏させてやるよ」
 気配に気付いた金髪の夜妖はレイテと一嘉の相手に手を焼き迎撃には移れないながらも、挑発するように背中越しに羽根球を突き出す。
 お前のそれはプライドか何かか?
 決着は決闘の中で。決闘とはコートの中で。
 ラブ・オール・プレイ!


 ただの夜妖相手に、この男が反応で遅れを取る筈も無し。
 構えるや否やで一息にシラスが詰め寄る。その手に迸る魔力の放電、それを持って迫る雷鳴が金髪の夜妖、金治のその身に降り掛かる。
「痺れるだろ」
 雷鳴の合間に聞こえるシラスの声。目で追えばそこには彼の影しか残っておらず、続け様にもう一発。
 その後方で羽子板に球を広げ、構える銀矢を見て汰磨羈も同じく刀を抜くと両手を広げる。
「趣があって実に良い。うむ、倒し甲斐があるというものだ!」
 その身に現界させるは根源たる太極。
 さて、汰磨羈にはこの夜妖の情報を聞いて以降、ずっと確かめたかった事が有る。
 構えた妖刀から放たれるのは三絶が二、織獄六刑。有する付加効果は――。
「さて、どうなる」
 意識の懐柔。
 ──そう。確かめたい事とは、『あのスマッシュサーブがもう片方の夜妖に当たったらどうなるか』。
 絶技から生み出される地獄が銀矢の心を刺激する。
 そして奴の取る行動をロジャーズは括目する。
「球を……」
 上げたー!
「そして」
 放ったあぁぁ!
 金治に向けて一直線に弾丸サーブが撃ち落とされる! まさに一球入魂!
 苦節約一週間。ここに至るまで様々な思い出が有りました。
 物言わぬ壁相手に延々と打ち続ける練習、唯一の相方に打っても何かニヤリとするだけ。穴だけが増えていく境内。
 開始早々、まさかのルール無用の自滅球です!
 さぁ対する金治選手、この球にどう打って出る! 普通のテニスとは違い一度地面に触れればお終い、その距離は三十センチしか残されていないぞぉお!?
 しかしここで金治、その本能か! はたまた咄嗟の判断か!
 羽子板を構え、その球を……。
 返せない! 返せません掠めただけです! 羽子板が虚しく空を切る音!
 これには金治本人も驚いています! 直前、シラスに向かわされた意識が仇となったか!
 あぁっと、ここで銀矢、味方の顔にも容赦なく黒丸の一筆書きィ!
『フィフティーン、ラブ』
 何処からともなく声が聞こえる……。
 チャンネルはそのまま。試合の続きは瑠璃の迎撃態勢からお楽しみ下さい。
「もう、良いでしょうか」
 瑠璃の身体が弛緩する。極度の集中力。
 ゆらり揺れるは悪意の糸。金治にそれを絡みつかせ、張れば斬切の閃と化す。
 レイテは一度これまでの傷を修復する為に深く呼吸を繰り返し、その後ろでソアは自身の雷を能率的な手順で身体に巡らせ、じっくりと相手を見据えた。
「出たね、それはボクがもらっていくよ」
 ソアの両目が羽子板に向けて光る。
 あっ、これ……狙われてます?
 そこへ振るわれる一嘉の大剣、その刃先から放たれるのは再びの鉛の一斉掃射。
 羽根での攻撃が来ないと悟った昴は、懐へと飛び込むと竜牙の一撃を金治へと叩き込む。
「Nyahahahaha! 貴様、貴様等! 貴様等の連携を私に魅せ給え!」
 そして招来する。不遜な現界者。
 混沌より出でる闇の塊。脅威を呑み込む狂気。
「如何した? 自慢の剛球とやらを揮い、見事、私を貫いて魅せ給え」
 その身に降ろすは魔の象徴。空気が振動する。開かれた闇が銀矢の意識を狩り立たせる。
 冷たく、大きく嗤いながら、尚もロジャーズは奴らへと非情を突きつけた。
「まさか、怖気付いたと、宣う事はないな?」


 一流の選手ともなれば、相手の挑発行為に対する心構えも出来ている。
 選手としてカウントするかは今更ながらに首を斜めにするしかない。
 そんな奴らでも、ソアの咆哮には如何ともし難い燻りを見せていた。
 どう足掻いてもあの声の塊には注意を向ける他に術も無く、加えてシラスの拳は視界に捉える事さえ困難を極める。
 事速さに置いて、この場でシラスの右に出る者を探すのは難しい。
 いや、速い者は速い。汰磨羈や瑠璃が夜妖の二体を嘲笑うかのように翻弄している。
 だが彼の速度は、その一つ二つ上に達しているのだ。
 まさに先に見せた雷そのもの。
 ロジャーズの威厳の気配も相まって、金銀が差し込める隙はほんの僅かしか無くなってしまった。
 その隙間を狙って金治の手から上げられたトス。恐らくこれが最後の機会。
 最高点に達した球が夜月に被さる。
 俺、この試合に勝ったら一嘉と昴のお腹に顔文字とか書いてやるんだ。
 放たれた、至高の一打。
 直線上に居た一嘉がそれを。
「おぉッ!」
 打ち返すん、かい!!
 漆黒の大剣をまるでバットのように軽々と振るう。球が球ならホームランも夢ではない。
「皆さん、律儀に撃ち返さなくても良いですからね!?」
 攻撃へと主軸を変えたレイテがすかさず言葉を挟む。
「しかし、だ」
 飽くまで、一嘉は冷静な表情を崩さずに返した。
「あれは、獲物と定めた対象の居場所を感知する為の、特殊能力かもしれないだろう?」
 一嘉は尚も再び大剣を構える。生真面目真面目。それは彼のギフトを知れば更に明確に言えようか。
「ならば、不安要素は、極力、排除するべきだ」
(……とまあ、取り敢えず、其れらしい事を言っておこうか)
 心中はさておきだ。
 いやしかし!
 生きている! 球はまだ生きている!
 迎え撃つのは、拳を握り締めた昴。
「羽根つきというのはたしか、羽根玉を直撃させて相手をノックアウトしたら勝ちだったよな?」
「いや、違うと思います……」
 レイテの言葉を背に、金治から放たれた球が軌道上に乗るのを昴は見据える。
「まぁ細かいことは気にするな」
 その瞬間に、彼女の身体は静かに躍動した。
 大樹のように落とされた太腿筋から腹直筋へ。六筋の美しい腹直筋から大胸筋へ。
 左右煌めく大胸筋から広背筋へ。
 そこに宿った鬼の灯火を伝わらせるのは見事なまでに発達した上腕筋へと。
 その身一つ有ればラケットなど不要。
 淀み無く全身の筋肉を連動させた渾身の一撃が、今。
「ふっ!」
 羽根球を振り抜いた。
 これぞまさに弾丸、その軌道は一直線に金治へと放たれる。
 ぶち当たった金治が思わず羽子板を手放し、宙へと舞わせた。
 ――しまった。命が。
 手を伸ばした金治の先に、雷を帯びた影が覆い被さる。
「もらいっ!」
 彼よりも一瞬早く、右手で球を、左手で羽子板をキャッチしたソアが、そのまま金治の身体の上に着地。
「あっと、逃がさないよ」
 そのまま羽子板で殴りつけるかと思いきや、繰り出されたのは豪快な高速の蹴り。
 その隣では、銀矢と瑠璃が対峙する。
「見切りました」
 銀矢から飛ばされた羽根球を真上へ跳ね上げた瑠璃は、そのままの姿勢で硬直した。
 一番良い角度。即ち自身の腕が最も力の籠る高さ。
 赤い鷹の目が光る。ここだ。
 落下地点に構えた瑠璃の腕が振り落とされる。
 彼女の予測が導き出したそれは、夜妖達にも負けぬ剛速球。
 馬鹿な。まさか我ら以外にも、あのような球を打てる存在が……!?
 目を見開いた銀矢が羽子板を横薙ぎに振るう。
 剛球を剛球で、返す先に待ち構えていたのは汰磨羈。
「むっ……!」
 球が構える汰磨羈の刀に当たる。
 そして地面へ。
 これは、もしや……。
 ソアと昴に殴られ続けていた金治の目が光る。
 やっと出番かと涙を落とすように、腰の筆から墨が一滴垂れた。
 対する汰磨羈。しかしてその心構えは万端、ずいと足を突き出し。
「その落書き、正面から受ける!」
 あっ……露わだあぁぁ!
 ただでさえ少し目のやり場に困りそうな汰磨羈の! 足が! いや脚が! 太腿が!
 大胆な心意気によって服の裾から露出し、えっ、ちょっ、これ……。
 良いんですかぁ!?
 待ってましたと言わんばかりに金治の筆が空を切る。
 済みませんこちら健全でやらせて貰ってますけど! では失礼して……。
 太腿へと迫る金治。動作に淀みは無い。何なら片膝を突いて屈んだ後、心の中で両手を合わせて拝み。
 いざ参らんとする直前、屈んだその頭を汰磨羈は片手でむんずと掴み上げた。
「ふっ。除夜の鐘で煩悩を祓いきる事は出来なかったようだな。隙あり!」
 まんまと誘導された金治に落とされたのは、魔空間で圧搾した鮮血乙女の洗礼拳。
 メッチャ痛そう。そりゃそうだ。どう線を入れてやろうか笑顔を決めていた無防備状態の一撃なのだから。
 悶える金治に纏いつく汰磨羈の魔空間が更に串刺しの追撃を行い、金治は敢え無くその場に崩れ落ちた。
 結果として見れば汰磨羈の脚にちょっと墨が飛んだだけである。
 そして汰磨羈は残る銀矢へと向きを直し、宣告した。
「よし、羽子板の続きをやろうか。羽根は御主な!」


 球も羽子板も失った夜妖に待っていたのは当然のような宣告だ。
「羽根突きはもうノーカンだぜ」
 シラスの渾身の魔力撃が、先に痛打を与えていた金治へ連続して襲い掛かる。
 飛ばされる銀矢の背後には汰磨羈、刀を振るえばその一撃、根源の力が爆散する。
 その爆炎を割いて現れた瑠璃、真正面から仕掛けるは月すら落とす破滅の刃。
 もうこの手に栄光は無い。
 瑠璃の斬切はそれを証明するかのように閃き、残された反撃手段はこの羽子板のみ。
 しかし、それも思うようには動けない。
「貴様等、墨での落書きは甘受する予定だったが」
 ロジャーズが常に夜妖二体の行動を阻害するように位置し、圧を強めているからだ。
 どっぷりと闇に浸るような深い声音でロジャーズは嗤う。
 後退った銀矢の足元から顕現させる触手で銀矢を飲み込むように鷲掴む。
「私は元々真っ黒なのだよ」
 触手に紛れて放たれるのはレイテの闘法乱撃。もしかすると真面目に攻守を重ねているのはレイテの方かもしれない。
 お得意の墨も最早腰から離れる様子は見せず。
「ふふん、そっちこそ顔色が悪いんじゃない?」
 ただの斬撃手段と化したそれに、ソアは乱れる爪の連撃を咲かせる。
 連撃、重ねるのは一嘉の大剣。
 漆黒に染まったその刃から振り下ろされる武の奥義。瑠璃のそれとも違う、月光夢幻の朧月。
 朧が明ければそこに現れるは彫刻の如き曇りの無い肉体。
 先の返球で動揺したか、手段を失い落胆したか。
 どちらにせよ、銀矢は構える前にそれを許してしまった。
 眼前で破砕の闘氣を漲らせた昴が迫る事を。
「良い位置だ」
 渾身の拳が銀矢の腹に突き刺さる。
 否。これはもう、人型の身体に掛けて良い力では無かったのだろう。
 とても重苦しい音と共に、銀矢はその拳のたった一打で壁へと叩き付けられた。
 持っていた羽子板が地面に落ちる。
 最早、二度と立ち上がる事は叶わずに。
「何か変に疲れる依頼だったなぁ……」
 一息吐いて、レイテはゴーグルの位置を直した。
 ゲームセットである。
 結果はイレギュラーズのツーセット先取。
「Nyahahahahahaha!!!」
 再び痛快な嗤い声が木霊する。
 第四の壁の者には至らなかったが、出てくればさぞ困惑した事だろう。
 それに向けてか、消えゆく夜妖に向けてか、勝利の宣言代わりにロジャーズは片手を顔に当てて更に嗤いを重ねた。
「ホイップクリームでの装飾こそが至高だと知るが好い」
 傍らで残念そうにしているソアは、手元の羽子板のせいだろう。
 夜妖が消えると共に、それらも霧散していく。
「ちぇっ」
 ローレットに戻れば多分沢山置いてある。
(帰ったら兄貴達と羽根突きしてみようかな?)
 と考えるレイテも、ソアと一戦交えてみては如何だろう。
 刀を収めて、汰磨羈はちょっとだけ付いた墨を指で擦っている。
「……落ちるのか? これ」
「早いうちに固形石鹸で洗い流すとよく落ちるそうです」
 瑠璃がそう応えながら忍者刀を収納する。まぁ、この寒空の下ではしない方が良いだろう。
 その前に、と汰磨羈は満足そうに振り返った。
「ふむ、いい運動になった。蕎麦でも食いに行くか?」
「温かいお雑煮も良いですね」
 今から帰れば丁度何処かの開店時間だろうか。
 折衷案で餅入りの蕎麦も悪くない。
 運動後の食事程、美味しいものも無いだろう。
 再現性東京の月夜の下。
 街へと溶けていく八人の目的は、或いは食べ歩きツアーへと様変わりした。のかもしれない。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

依頼完了、お疲れ様でした! お待たせ致しました!
何がとは言いませんが、有り難う御座います!!
私は金治と一緒に両手を合わせました。

心の残りは墨書きがほぼ完封された事ですが、これも判定の内。
しっかり対策なされていた故にどうする事も出来ませんでした。流石で御座います。
えぇ、全然諦めてないですけどね。筆も心も折れてません。

では、ご参加有難う御座いました!
またの機会にお会い致しましょう!

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