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シナリオ詳細

非業摂理の黙殺日

完了

参加者 : 8 人

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オープニング


「こんな所に居たのか」
 背後から声を掛けられ、黒宮は振り返る。
 短い記憶を辿り、その言葉の主と紹介を交わした事を思い出した。
「……イズマさん……でしたね。なるべく悟られないように来たつもりでしたが、私もまだまだといったところでしょうか」
 天義の一画、前に黒宮と六刀凜華が挟撃された戦闘場所から随分と離れた地区で、『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)は木陰に隠れるように佇む黒宮の後ろ姿を見つけた。
 先の挟撃からの脱出後、黒宮は逸早く連絡係とその場を離脱した。
 何か、只ならぬ様子を感じ探ってみれば、かつての戦場の中心からは遠く離れた地に彼は居た。
 気になったのは、黒宮が去り際に残した彼の同部隊に対する言葉。
 行方の判らなくなった部隊に連絡を取ろうとイズマが提案したのに対し、彼は『必要無くなった』と言い切った。
「部隊はどうなった? あの偵察で何かあったなら仇を討つぞ」
 イズマの質問に、黒宮は視線を彼から元の位置に戻す。
 彼が見つめていた、木陰の先に在る小さな教会に。
「……あれを」
 同じ場所に目線を向ける。
 教会の前に人だかりが出来ている。
 十か、二十か。人だかりは座り込み、祈りを捧げるように教会に頭を垂れていた。
 全員に共通している事は、目深にフードを被った紫色のローブを着用しているという事。
 そしてその祈りは、教会の前に置かれた大きな十字架へと向けられていた。
「あれは……」
 十字架は四つ。
 その四つ全てに、人間が磔にされている。
「黒宮さんの部隊……か?」
 黒宮は、静かにイズマへと告げた。
「何処かで戦闘に入り、全滅したのでしょう。傷跡を見るに、私達が受けたものと同じ……予言の騎士か、炎の獣に敗れた後、敗走している最中に力尽きて捕らえられたのだと思います」
 捕らえられた、と彼は言ったが、それはかなり和らげた言い方だと感じる。
 何故なら、磔にされた彼らは既に指先一つも動いていない。
 目を開いたまま瞬きをしていない者も居る。
「……もう少し、隠れられそうな場所に移動しましょうか」
 ここでは近過ぎますから、と黒宮は足を地面から離した。


 リーク・アルカーン。
 部隊で一番最年少、今年で十四になる少年だった。
 いつも元気な緑髪、料理を作るのが得意だった。将来はパン屋になるのだと、店の設計図まで計画していた。
『美味しい』
 と六刀凜華が言ったのをどうも気に入ったらしい。
 黒宮よりも一回りくらい歳が離れていた為、話題を合わせるのには少々苦労した記憶が有る。
 シーダ・S・キュライ。
 敵に突っ込むよりも盾を選ぶ部隊のリーダーだった男。
 女性名のような名前に、本人はいつも不満を言っていた。
 一度、この世界の行く末について彼と話した事が有る。シーダはいつも本気で本音だった。
 誰かを救える力が有るなら、と熱く語っていたが、黒宮はいつもの調子でのらりくらりと受け答えた。
 木嶋佳一。
 寡黙な男だったのは覚えている。彼とは連絡以外の話をした事がほとんど無い。
 シーダの事はライバル視していたのか、作戦を立てる時は必ずぶつかり合う。
 彼とシーダの間に立った連絡役というのが、部隊最年長の黒宮の役目だった。
 城戸愛実。
 凜華と同世代の女性なのだと彼女から訊いた事が有る。
 数多くの世界から召喚された者の集う混沌世界なれど、同じ価値観で接する事が出来る同種の存在というのは凜華にとって大きかったようだ。
 凜華と愛実はいつも一緒に話していた。楽しそうだった。
 いや、混ざりたいなどと思った事は無い。
 ただ、そういう存在が居ない黒宮にとっては、シーダや佳一ともうちょっと距離を縮めてみようかと感じる切っ掛けにはなったと思う。
 そう言えば、今度凜華と一緒に買い物に行くと言っていた気がする。ストラップの有る雑貨屋だったか。
 黒宮も誘われたが、自分には不釣り合いな場だと断ってしまった。
「……えぇ、良い人達でしたよ。皆さん」
 別に必要以上に想いは馳せない。
 数回、彼らとはたった数回同じ作戦で鉢合わせただけに過ぎず、特別な感情などは持ち合わせていないのだ。
「ですが、まぁ……」
 それでも、その数回を『いつも』と思い出す程度には、印象的であったのは間違い無い。
「少し、気の毒だとは……思いましてね」
 黒宮に他者に関する特別な感情は無い。特段、そんなものが必要だと感じた事が無いからだ。
「六刀さんには知らせなくて良かったのか?」
 イズマの問いに、黒宮は一つ小さな息を鼻で吐いた。
「あの子は純粋です。私などとは違い、この局面においても真っ直ぐ前を向いて進んでいる」
 混沌世界は常に生と死の狭間に居ると言っても過言ではない。
 ここで起こっている事柄も珍しくはない。六刀凜華の世界ではどうだったのだろう。
「隠し続ける事はしません。信頼していないのとも違う。ただ、現状であの若さと経験で耐えるのはまだ早い事柄だと、私は思います」
 黒宮は目を細めた。
 翼を模った腕輪。リークが身に付けていた物だ。
 両手持ちのような剣と大盾。間違いなくシーダが扱っていた武具。
 右腕にボウガンを装着しているのは佳一だろうか。正確に判別するには難しい。
 その隣には三毛猫のストラップを付けた刀が見えた。
 凜華はあれに憧れて、随分欲しがっていた。真似しだしたのも彼女の影響なのだろう。
 凜華は、この惨状を見て受け入れられるのか?
 仲間の全滅と死という、現実を。
「……どう、救い出す?」
 イズマが問う。
「そうですねぇ……」
 やけに間延びした返答を終えると、黒宮はもう一度視線の先を一望した。
「まず、現状を整理してみましょう」
 この場所は天義に存在する林の中。
 テュリム大神殿よりも聖都、フォン・ルーベルグの方が近い。
 周囲に見える建物は目の前の教会だけだ。こじんまりとしていて、屋根上の鐘を除けばただの一世帯が住む家にも見える。
 その教会の目の前に、横一列に並べて据えられた人間大の十字架。四つだ。
 十字架にはそれぞれ黒宮とかつて部隊を同じくした者達が、一人ずつ磔にされている。
 黒宮が言うに、右からシーダ、佳一、リーク、愛実。
 佳一とリークの様子を見た黒宮は「既に手遅れでしょう」と躊躇なく言い切った。
 近付いてもいないのに判るのか、という問いが有るのなら。
「元々、私一人で対応するつもりでしたから」
 そう、彼は返す。
 一人で行くならある程度の見切りはつけておく。全員を十字架から降ろそうと躍起になれば、自分も囚われかねない。
 話を戻そう。
 十字架の前には、黒いローブの集団が揃って祈りを捧げている。
 数にして目算二十名。
 十名の内五名ずつが、一定の周期で入れ替わって祈っている。
「彼らは……恐らく『生贄』です」
 シーダ達、四人を指して黒宮は言った。
 何を崇めているのかは知らないが、ろくでもない神には違いない。
 つまり、今目の前で行われているのは儀式だ。
 それを証明するかのように、黒ローブ達の足元には方陣が描かれている。
 ここまでの情報を洗い出して、黒宮は改めて口を開いた。
「魔術の陣に人の生贄……何かを召喚するつもり、でしょうか。人数からしてだいぶ大掛かりなものです。それに、時間も」
「時間……?」
「ええ、一度に十人規模、その内五名ずつが入れ替わり、日を跨いでまで途切れず儀式を行っています。日数を掛けた分だけ儀式の結果を強力にしているんでしょう。あんなに手間を掛ける召喚先なんて、大抵ヤバい奴のオンパレードですね」
 さて、と黒宮は顎に手を当てた。
 ここからは対処を含めて考える時間だ。
「何かを召喚するつもりなら……目標を切り替えるべきかもしれません。何より、手間暇掛けているあの連中が最も嫌がりそうな事」
 答えは単純明快だ。
「この儀式の阻止、です」
 四人の肉体をあの十字架から降ろす事。
 生贄とするなら、それも阻止に繋がるだろう。
 ただし、それも簡単にはいかないようだ。
 十字架の周辺に居る二人の鎧の騎士。
 騎馬はしていない。剣を携えた鉄仮面の騎士。天義においては、暗黒騎士といったところか。
「私は連絡係を通してローレットへ依頼を出します。その間、ここの見張りは私が。まぁ……最悪、一人で対処する事になるかもしれませんが」
 先程、黒宮は「元々は一人で」と言っていた。
 何か、案が有るのだろうか。
「何、一人なら一人でやれる事は有ります。見て下さい、あの黒ローブ」
「あれがどうかしたのか? 見たところ、顔まで隠れてるいかにも怪しい邪教徒のローブって感じにしか……」
「まさに、それです。相変わらず良い点に気付きますね。潜入するならもってこいでしょう?」
 続けて、黒宮は今一度全体を見渡した。
「単純に正面から全滅させるのも良いですが……まぁ、これはこちらの人数が揃っていればの話です」
 それに、入れ替わっている邪教徒が何処から来ているのかもまだ判明していない。
 十人程度なら、近くに野営地点があってもおかしくはない、と黒宮は推察する。
 イズマが見るのは、黒ローブ、邪教徒。
「儀式がもう始まってるのを見ると、悠長にはしてられない……か」
「ですね。それに、一度作戦を始めたら目的遂行まで止まらない方が良い」
 理由は、焦った邪教徒達が中途半端に儀式を終わらせてしまう可能性が有るからだと言う。
 結果、何が召喚されてしまうか解らない。
「それに、そろそろあの退路の確保も要らなくなるでしょう? 六刀さん、探しに来ちゃうかもしれませんし」
 こちらの問題は重要にはならないかもしれない。だが、黒宮はそうなる前に完了させたいようだ。
「あぁ、イズマさん」
 突然名を呼ばれ、イズマは彼と向き合った。
「貴方が居てくれると助かりますが、今はイレギュラーズにとっても大事な時期であり、貴方も貴重な戦力の一人です」
 まるで雑談でもするかのような無表情で黒宮は言う。
「こんな辺境の戦いより、貴方や貴方がたは他に必要とされる戦場が多く在る……それを念頭に置いていて下さい」
 そうして、黒宮は改めて自身の戦場と向き合い、口元まで覆った衣服を押し上げ。
「向こうも相当な戦いだった様子ですが……では、こちらはこちらでしんみりと」
 息を、吐いた。
「……大人の時間とでも、いきましょうか」

GMコメント

●目標
・儀式の阻止
・シーダ、佳一、リーク、愛実、四名の肉体の救出
※四名全員の救出が成功すれば、儀式の阻止も達成出来るものとします。

●敵情報
・邪教徒×20
黒いローブを羽織り、顔をフードで覆っている邪教徒。
何かを召喚しようとしているが、何を出そうとしているのかは定かではない。
数を見れば多いが実際の戦闘場所に現れるのは十名ずつだ。

祈りを捧げているのは一度に十名。
儀式を途切れさせないように、数時間置きに五人ずつが入れ替わっている。
戦闘に関して、彼らにはほとんど戦闘力は無い上、武器も所持していない。
だが、儀式の邪魔をするならBSでの『呪い』や『封印』の魔術で阻害してくる可能性がある。

・暗黒騎士×2
十字架を護るように配備している暗黒騎士。
鉄仮面で覆われている為、何者かは判別出来ない。
もし戦闘を行うとするなら、騎士達はその剣をもって相手をするだろう。
正面から戦えば余裕に思えるが、邪教徒と組まれるとやりにくい相手かもしれない。
鎧には呪いが付加されており、それが暗黒騎士の身体能力を大きく強化している。

●ロケーション・戦闘場所
天義、時刻は昼。
昼とは言っても、辺りは薄暗い森林地帯のため日陰が多い。
暗視が必要なほどではないだろう。

交戦が予測される場所に在る最も大きな物は教会だ。
小さな教会で、ただの一軒家や小屋にも見える。
教会、入り口手前は開けた場所になっており、そこに横一列に十字架に磔にされた四人が並んでいる。
更に十字架の前には二人の暗黒騎士とひたすら祈りを捧げる邪教徒達が。
邪教徒は全部で十名居るが、数時間置きに五人ずつが何処からか現れる別の邪教徒と入れ替わっている。
背格好を見る限り、全部で二十名と推察出来た。
邪教徒達が何処からやって来ているのかは確認出来ていない。

また、十字架に磔にされている仲間の内、シーダと愛実はかろうじて生きているが、佳一とリークは既に力尽きている。
炎の獣とならなかっただけマシというものだろうか……。

●儀式の中断について
この依頼の目的は『儀式の阻止』。
達成する為の大まかな目標として、四人の肉体を救い出す他に敵の全滅なども挙げられるかと思います。
他にもオープニング中の描写から「こうすれば阻止出来そう!」というのが有れば書いて頂いて大丈夫です。
ただ、一時的な儀式の中断というのはお勧めしません。
何故なら「窮鼠猫を噛む」というように焦った邪教徒が中途半端に儀式を完了させてしまう可能性が有るからです。
半端に召喚された存在ほど、手に負えませんので……。

●NPC
※リプレイ中、戦闘中か解決後、何処かのタイミングで六刀凜華が現れる可能性があります。

・六刀凜華(ロクトウ リンカ)
前シナリオ『運否天賦の大活劇』にて黒宮と一緒に救助された少女。
ローレット所属。
黒いミディアムヘアー。年齢は二十歳。身長156cm。
刀を武器としており、やや強気な性格。
依頼に対して真面目にやる気を見せる。
たまに名前の凜と凛を間違われるが、本人も間違う事が有るので気にしていない。
本依頼には関わらない予定だったが、天義での決戦が一段落した事で探しに来る可能性が有る。
このシナリオをすぐに出せなかったGMのせい。本当に申し訳ない。

・黒宮(クロミヤ)
ローレット所属。二十七歳。身長171cm。
全身黒ずくめ、口元まで覆う外套を着用しており、下の名前は教えてくれなかった。
何処と無く気怠げで得物も所持しておらず、掴み所が無いタイプ。
積極性は見えないが、ちゃんと対応はする。
戦闘は苦手と言っている彼の攻撃は徒手空拳の近接。
年齢性別問わず「です、ます」口調。
余談だがファンブラー。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • 非業摂理の黙殺日完了
  • GM名夜影 鈴
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2024年01月05日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

志屍 志(p3p000416)
密偵頭兼誓願伝達業
シラス(p3p004421)
超える者
ソア(p3p007025)
無尽虎爪
橋場・ステラ(p3p008617)
夜を裂く星
八重 慧(p3p008813)
歪角ノ夜叉
イズマ・トーティス(p3p009471)
青き鋼の音色
柊木 涼花(p3p010038)
絆音、戦場揺らす
火野・彩陽(p3p010663)
晶竜封殺

リプレイ


「……来ましたか」
 男は静かに、屈めた身を起こした。
「それに、依頼した最大人数とは……一応もう一度言っておきますが、この救助は……」
「でかい事件でなくとも、事件は事件っすよ」
 濃ゆい緑髪の下から三白眼を覗かせ、『歪角ノ夜叉』八重 慧(p3p008813)は言わんとせん事を遮った。
 男は、黒宮は一瞬目線を下げると再度確認するように皆へ視線を配る。
「皆さんも、同じ考えでしょうか」
「助けるに決まってるだろう」
 『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)は真っ直ぐに黒宮を見た。
 きっと、依頼前に答えを求めたとしても同じ言葉が返って来たのだろう。
「目の前の戦場を見捨ててまで向かう他の戦場なんて無い。黒宮さん一人に無茶はさせないよ」
 不思議と、黒宮はイズマの赤い両眼を見るとそう思ってしまう。そして、イズマにこの場を見限る案を出した己を少し、恥じた。
「……どうやら、私はローレットに所属していながら、ローレットを侮っていたようです。失礼致しました」
 では改めて、と黒宮は元の方向に視線を戻した。四人が捧げられている、教会の広場に。
 光景を見て、眉を上げたのは『夜を裂く星』橋場・ステラ(p3p008617)。
「なんとまぁ、絵に描いた様な生け贄の儀式ですね?」
「勿論、盲信しているだけではないでしょう。そしてこの手の儀式は成功しても失敗しても良い結果になるとは思えません」
 まるで見てきたかの様な確信した口調で黒宮は言う。
「……ヘンテコ儀式なんてやらせるかい」
 大き目の木の陰に背中を預ける『晶竜封殺』火野・彩陽(p3p010663)が、言いながら視点を俯瞰的に広げる。
 弓の張りを確かめながら彩陽は続けた。
「納得してない人の命を賭けて行う儀式なんてなおさらや」
 ゆっくりと頷いたのは、『灯したい、火を』柊木 涼花(p3p010038)だった。
「さっさと倒して、助け出さないとですね」
 前に黒宮が言ったように、この人数なら正面突撃も充分に有用だろう。
 どう動きますか、と彼が訊ねると、木々の間、暗がりの隙間から一つの手が差し出された。
 まるで今の今までそこに居た気配も、そうする動作も感じさせず、『竜剣』シラス(p3p004421)はその手に広げた指を三本折り畳む。
「初動を手分けする。二手に分かれての行動だ」
 シラスを中心に提示されるその内容。
 黒宮もそれに納得して頷くと、シーダと愛実に目を向ける。
 四人に優先順位など付けるべきではないかもしれないが、敢えて優先すべきはその二人。
 黒宮が再確認する傍らで、一人の女性は眼鏡の奥で赤目を細める。
 死者は帰るが還らない。遺体を取り戻したところでそれが現実。
 『遺言代行業』志屍 瑠璃(p3p000416)の考えは冷静だ。冷酷なのではない。冷静なのだ。
 取り戻して欲しいのか、それすらももう確かめる事は出来ない。
 だが、それに反応したかのように炎に当てられた佳一の十字架が一部、欠け落ちた。
「破壊は出来そうですね」
 ステラがその十字架を見ながら暗色のマントに身を包ませる。
「彼らの遺志は、贄として魔物を呼ぶのに使われるのは願い下げだと言うことでしょう」
 そう受け答えながら、瑠璃は両手を草の生えた地面へ翳した。
 手元で朧に光が灯れば、構築されるのはステラと同じ外套。瑠璃の物は、そちらより少し森に溶け込む暗い緑。
 それを羽織り、瑠璃は赤い瞳を儀式場へ向ける。
「まずは生者の為に儀式の中断を」
「殴り付けて止めるのが手っ取り早いですね」
 続いたステラの言葉を待っていたかのように、草陰の中で『無尽虎爪』ソア(p3p007025)の小柄な身体に小さな電流が迸った。
 帯びた電流は闘志を宿す。闘志は闘気の鎧と化し、虎の金目が見定めるのは勝利の運気。
「狩りの時間だね」
「別拠点の対応まで考えると、次の交代のタイミングが良いでしょう」
 片手で二つのサイコロを弄んで黒宮は応えた。癖、だろうか。
「せやったら、もう少し辛抱しましょ」
 木々の間に蠢くローブの集団を俯瞰視点から捉え、彩陽が進言すると同時、皆は一段と気配を押し殺す。
 儀式場に五人のローブが加わる。それらが祈りの為に膝を折ると、代わりに他の五人が立ち上がった。
 九人のイレギュラーズ。今この時の静寂を破ったのは他でもなく彩陽。
「止めなあかんね」
 呼応して、シラスは帳の中にて最早森の一部のように呼吸を静める。
 単独でその場を離脱したのは、奴らの動きに行動開始の刻が迫った事を意味したからだ。
 慧は自身に流れる呪いの一部が身体に付加された事を確認すると、上目遣い気味に皆と視線を同じくした。
「四人とも助けましょ、もちろん命もできる限り」
 慧が目を向けるのは十字架の四人。いや、その前に塞がる暗黒騎士か。
 慧の言葉に涼花は銀髪の下で顔を引き締める。
(どうか、間に合いますように――!)
 立ち上がったローブが森林に消えていく。
 絡繰り人形をそちらに向けて静かに放った瑠璃を含め、皆の足に力が籠った。
 イズマはそうしながらも、黒宮に対してか言葉を向ける。
「さぁ、凜華さんが来る前に終わらせるぞ」
「見られた時のアフターケアも考えておきましょう」
 揺れた草木の葉が、宙へ舞う。


 最初に飛び出した影は二つ。
 内、目にも止まらぬ突撃術で邪教徒の背後より迫った彩陽は急停止と同時に空高く光の矢を放った。
 邪教徒と対面する位置に居た暗黒騎士が気付く頃にはもう遅い。
 穿たれた天から降り注ぐ呪いの光に、邪教徒達はついに来たか、と何人か頭を上げる。
「残念やったね。神やないで」
 それを証明するように呟く彩陽、その光は邪教徒達の身体を蝕んでいく。
「な、何故だ……失敗した……のか……」
 そこへ、堕天の輝きと共に陣の中へ跳躍したのは慧。
 その歪な巨角を見れば、顕現した対象と見紛う者も出てこようか。
 なれどもその期待から大きく外れたのと、慧が儀式の邪魔をした憎悪と怒りをその身に浴びるのにそう時間は掛からなかった。
 暗黒騎士を眼前に、慧は片足を屈めて地面に描かれた陣に手を付けた。
 直線と円、基本的な魔法陣の形。
 ただ円から中央に伸びる直線が向かう先。
 召喚した鳥を通じて上空から観察していたイズマも、その魔力が流れる先に不信を抱く。
「……教会の中、か?」
 これが何かを呼び寄せる陣である事は、朧気ながらにイズマも解析出来た。
 粗方は理解した、と陣の線を目で追っていた慧は改めて堂々と息を吐く。
「ご立派な儀式の割に、しょうもない作りしてますねぇ」
 そう告げて鬼血から呪符を生成するその後ろ。
 黒宮とイズマが交差して分かれた中央から、跳ぶように舞い出たソア。
 その身体には今にも放出されんばかりの雷が、纏いを越して溢れている。
 溢れる雷は天空へ。
 落ちる雷は裁きの如く。
「さあ、儀式のはじまりだよ。その汚い魂を焼いて清めてあげるから」
 場は即座に大混乱に見舞われた。
 逃げ惑う者。反撃の意思で詠唱を始める者。慧へ剣を振りかざす暗黒騎士達。
 その二体の暗黒騎士を中心に、木陰に混じって狙いを定めるのはステラ。
 暗黒騎士、対峙する慧、動き回る邪教徒の群れ。
 全ての位置を頭に入れ、シラス、イズマ、黒宮が奇襲に合わせて動き出した事を鑑みる。
 十字架に行き着くには少々強引に行く必要が有るか。
 ステラは放ち掛けた膨大な魔力を一度静める。
 目まぐるしく変化する状況に対応すべく、その場で放つよりも位置をずらす事を選んだその前面で、涼花は召喚した猫を林に解き放つ。
 二カ所からの視点から見れば、現在最も危ういのは慧になるだろう。
 逃げる邪教徒達の中で、這いずりながら中心に向かう一人を涼花は見逃さない。
 慧に光輪の祝福を与えながら脳内の直感が叫ぶ。恐らくあれが。
「……主犯です、中央に!」
 その一声に身体を跳ね上がらせ、そのローブは一気に立ち上がった。
「お、お、落ち着け! お前達! まずは供物の確保だ! 外側に居る者はそのまま他と合流しろ!」
 場に残った邪教徒達が一斉に纏まり出す。
 呪いの呼び水の範囲外に居た者が両手を組み合わせる。
 気配に慧は気付くだろう。尚、呪詛の言葉は紡がれるだろう。
「良い頃合いです」
 そして、それらに対して低い声音をもって混沌の泥は降り注ぐのだ。
 慧、以外に存在した生物へ瑠璃の泥は浸食する。
 そこへ、影が三つ飛び込んだ。
 シラスは駆けながらに神馬の速度を宿し更に加速。
 黒宮は反対側から中央へ。
 弓より放たれる堕天の輝きと共に、十字架近くの敵に抜きの動作から細剣を振るうのはイズマ。
「退けッ!」
 群がる邪教徒にイズマの衝撃波がぶつかる。
 シーダと愛実の位置は両端。ど真ん中に放たれた衝撃がいとも容易く邪教徒と暗黒騎士を押し退けた。
「良し……開いた!」
 敵の波が無くなった側面よりシラスが急接近する。動く眼光は十字架、そして目の前の邪教徒一体。
 シラスの拳が固く握られる。
 ――あれくらいなら。
 腰を屈めて更に加速、邪教徒の下へ潜り込むと魔力を込めた脚で腹を蹴り上げ、浮いたローブの胸ぐらを掴んで地面へ叩き付ける。
 続けて打ち込まれた掌底。めり込む掌から放たれる雷光が、邪教徒の身体を貫通する。
 その光景を、ぼやけた視界で誰かは見ていた。
 叫んでいる。弾けている。誰かが、ここに来ている。
「わ……たし、は……」
 何が、起きているのだろう。


「ここ、ですね」
 暗黒騎士達が慧の血色の茨に怯んだ直後。またと無い直線上の隙。
 魔神の力を降ろしたステラの掌から、捩り込むように放たれた魔力の光。
 威力は申し分無い。光に呑まれた邪教徒が塵と化す。
「やり過ぎましたか?」
「いや、充分だ……おかげで」
 それを援護とし、焼けた直線に彩陽の援護射撃と共にイズマが駆ける。
「こっちも道が見えた! 黒宮さん!」
 イズマの掛け声にそれを悟った黒宮は無言で十字架へ向かう。
 すれ違い、互いに一瞬視線が合った。
 救助ですね、とそんな言葉を出す必要も無く、黒宮の掌底に合わせてイズマが全身全霊の一撃をもって細剣を振り降ろす。
 同時、シラスが半回転。肘打ちが狙う十字架の中心。
 罅の入る音と共に、二つの十字架が破壊される。
 そこで、いやしかし、止まらない。
 シラスはもう一度地面を蹴ると、流れるような裏拳で二つ目の十字架を打ち砕く。
「う……」
 シーダの口が僅かに動いたのを見て、シラスは一度彼の元へ後退した。
「よく耐えたな。あと少しだ、必ず助ける」
 但し、この位置なら暗黒騎士も気付かぬ筈が無い。
 左右に分かれ、剣の影を三人の元に振りかざす。
「両端、離脱に向かってます!」
「了解、面倒になる前に処理します」
 瑠璃が流れ出た邪教徒の血に手を添える。
 浮き上がる血は印を、結ばれた印は木の陰を巨大な顎に変貌させ邪教徒に噛みつき。
 最中、三人に振り下ろされる筈だった二つの剣は、動く直前に慧が両手で片方ずつ握り上げた。
「どーこ行く気ッスか? そんな簡単に通す訳ないでしょ」
 片腕だけだというのに何という膂力。
 それでなくとも、先程のステラの一撃は暗黒騎士達に甚大な被害を与えていた。
 慧が自由に動けた理由。邪教徒が呪術を発動して尚侵されてない理由。
 勿論彼自身の挑発もある。度々呪符で陣を止める素振りを見せれば、詠唱するより直接止めに来るのが速かった、というのも有るだろう。
 加えて、邪教徒達が思う様に発動出来なかったというのが有った。
 彩陽の初手、呪いの輝きによってだ。
「……力、貸してくれるか?」
 彩陽の右手に持った一矢。集う光は、佳一とリークの身体からも浮き出たもの。
「せやろな。納得、出来へんよな」
 慧の血刃に怯んだ騎士。そこに向けられた矢尻。
 乗せられた死者の魂と共に、弓矢は最大限に引き絞られた。
「ほな、いくで」
 そこへ追い打ちを掛けるように、涼花の祝福により万全を期したステラから放たれる熱砂の烈風。
 一面緑の森林に嵐が吹き荒れ、敵が巻き込まれている隙にシラスが最後の十字架を破壊。
 重装備なシーダをシラスが、愛実と小柄なリークをイズマが、佳一を黒宮が抱え。
「三人共、こちらへ。援護します」
 ステラが放つ砂嵐の軌道に合わせ、離脱する。
「シーダさん、愛実さん、死ぬなよ!」
 慈愛の息吹を施し、二人を黒宮に預けたイズマは再び戦場へ。
 一層強く戦場を迸ったのはソアの雷撃。
 前傾姿勢から一蹴りの力で騎士の眼前に跳ぶと、猛々しく光る爪がその鎧へ突き刺さる。
 刺さったままの体勢で横軸に半回転。蹴りと同時に斬り上げ。
 そんな光景を見せられれば、残った邪教徒もソアと真逆に逃げる。
 途端、その後頭部に電撃が鳴った。
 振り返る。そんな、馬鹿な。
「一人も逃がさない。みんなお揃いで神様のところに送ってあげるから遠慮しないで」
 金の髪。金の瞳。雷が伝う爪。
 だって、お前は、さっきまであそこに。
 ステラの砂嵐、それに波状するようにイズマの細剣の旋律は闘気の軍勢と化して魔術の陣ごと敵を吹き飛ばし、その場に釘付けにするように慧は血刃を放ち出す。
 遠くでソアが大木ごと薙ぎ倒す音を聞き、涼花は彩陽の背中に両手を添えた。
「終いや」
 彼女から生命の息吹を吹き込まれ、彩陽が放つは一体に対して存分な矢の嵐。
「ただ、まぁ……」
 撃ち終わった弓をぶら下げ、視線は右上に。
「こちら、ですけどね」
 騎士の喉元に掛かったのは、光に当てられ月光の如く輝く、瑠璃の刀であった。


「あっちも片付いたようだな」
 中心から離れた場所で、練気をシーダへ分け与えたシラスはそれでも警戒を緩める事は無かった。
 まだ終わっていない。
 敵の感知は半径百メートル。この範囲に居れば良いが。
「……それは?」
 と黒宮が覗き込んだのは、ステラの手元。
 あぁ、と彼女が反応すると、皆にも見えるように広げる。
「この場に在った方陣のスケッチです。まぁ……」
 視線を向けた先に、抉れた陣を調べる慧と瑠璃の姿。
「……諸々、吹き飛ばしてしまったので。記憶を頼りにですが」
「これって、ちゃんとしたものなんですか?」
 涼花の問いに答えるように、慧は立ち上がった。
「機能はしてるみたいッス。もうボロボロッスけど」
「邪教徒の魔力で円を起動させ、十字架から中央まで線を伸ばして贄の魔力を注いでいるようです」
 なので、もう一本線が必要かと。
 と瑠璃は言いながら、振り上げた刀から放つ混沌の泥で足元の陣を破壊した。
「お前達の拠点はどこだ?」
 僅かに息の有る邪教徒を木に押し付け、イズマはきつく詰め寄った。
 だが、吐かない。決して痛みで口を開けないという訳でもなく。
 その邪教徒の胸元に、忍者刀が突き刺さった。
「喋る事が出来るようにしておかなくて良かったんです?」
 ステラが問う横で、瑠璃は刀のワイヤーを引っ張った。
「こちらから動いた方が早いですし……」
 それに、と屍と化した邪教徒に瑠璃が手を添える。
 残された記憶を辿る彼女の足元にやって来たのは、彼女の絡繰り人形。
 同時に、シラスが何かに反応したように顔を上げる。
「もう、大体の場所は割れましたから」
 確かに、とステラが問うた相手は辺りの精霊。
 動いたのは半数以上。
 それと入れ違いに、別の足音が聞こえた。
「黒宮」
 小さな足音だった。
「それに……イズマさんも。ねぇ、これどういう事?」
 暫しの沈黙。恐らく、向こうでの補助が終わったのだ。
 部隊が消えたとなれば、残る黒宮を探しに来たのは必然だったのかもしれない。
「助けられたのは、お二人だけでした」
 また、沈黙。
 呆然と二人、そして涼花と慧を見比べ。
 しかし肝心の言葉が出て来ない。
「こんな戦いは俺も嫌だ」
 静寂を破ったのはイズマだった。
「でも、だからこそ戦って止めなくてはいけない。無理にとは言えないが……」
 取り乱したりしなかったのは、不幸中の幸いと言えるだろうか。
「次の悲劇を止めるために貴女の力を借りたい人がいる事は、覚えててほしい」
 涙は見えなかった。代わりに、血が出る程唇を噛み締めていた気がする。
「有ったで」
 そこへ、教会の中から彩陽が姿を現した。
 手には何かを模した像。
 線の向かう先に何か有る筈。そう考え、捜索した結果だ。
「ここで壊すのも良いですが、既に陣は破壊しました。一度……持ち帰りましょう」
 黒宮がそう言うと、イズマが背を向ける。
「じゃあ、俺も行くよ」
「……行くって?」
 やっと開いた口は、不安が詰まっている。それも、女性の咳込みに掻き消された。
「み、んな……?」
 愛実は掠れた声で続ける。
「こ、こじゃな……い」
「大丈夫」
 涼花は優しく回復の光を宛がう。
「やり手が勢揃いッスから」
「どういう事? ねぇ、説明してよ」
 遠くで悲鳴が鳴った。
 この場には、イズマを含めて五人が居ない。
 黒宮が目線を下げる。
「ローレットもクセ者揃い、という事ですよ」
 森の影に体勢を直すシラスの拳が、刀を収める瑠璃が、焼け焦げた木々の跡にソアが。
 イズマの細剣は血を払うように一振りされ、ステラの眼前は砲弾で繰り抜いたような跡を残し。
 交代に来る筈だった十人の邪教徒を、その足元に転がしていた。
 天色と唐紅の瞳でそれらが事切れたのを確認し、ステラは吹き上がる赤と青の光を鎮めて誰にともなく口を開いた。
「殲滅完了、です」

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

依頼完了、お疲れ様でした!
まずは、今回アフターアクションを元に作成させて頂いたのですが、お出ししたい期間を大幅に過ぎていた事を大変申し訳なく思っております。
本当に六刀凜華の登場予定は無かったのですが、このタイミングで依頼が出たら来るかなぁ……と思い急遽来て頂きました。

戦闘では一つの戦場を二分割する形になりましたね。
BSの敵を沢山出したら流石に一筋縄じゃいかないかな! と思ったら初手封殺です。
結果、頑張ってたのはほぼほぼ暗黒騎士。可哀想な事をしてしまいました。
奇襲、攻撃組とは別に脇を固めるプレイングも頂き、大変嬉しかったです。
NPCへの対応も行って下さり有り難う御座いました!

黒宮、六刀凜華を含む彼らの天義はここで幕を下ろす事になります。
これからローレットへ帰還する事になりますが、彼らとはまた何処かで会うかもしれません。
では、またの機会にお会い致しましょう!

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