シナリオ詳細
帰りたい岩の帰郷。或いは、長い旅の果て…。
オープニング
●帰りたい岩
『……帰りたい』
脳裏に響く奇妙な声……或いは、強い意思とでも呼ぶべきか……に、エントマ・ヴィーヴィー(p3n000255)は顔を顰めた。
ところはラサ。
砂漠の南端にある港町、ポールスター。
「うぅん? 動いてる、よね」
「動いているな。持ち帰って以来、ずっとこうして動いている」
ラダ・ジグリ(p3p000271)の執務室。その真ん中に、一抱えほどの岩がある。
少し前に、エントマたちが砂漠の果てから持ち帰って来た、世にも奇妙な動く岩である。
「岩が動くところは十分に撮影できたし、もう用済みっちゃ用済みなんだけど」
「あぁ、配信に使うんだったか。反響はどうだ?」
「……やらせだとか、地味だとか、まぁ微妙な感じだったね。画面越しじゃ、この声……って言うか、意思は伝わらないみたいなんだよね」
“帰りたい”。
岩から伝わる意思は、その一言だけだ。どこかに帰りたがっていることは確かなのだが、それがどこかは分からない。
「ここに置いといてもいいんだけどさ。ラダさん、岩、いる?」
「いらない。岩を寄越すぐらいなら木材をくれ」
ゆっくりと地面を這って移動するだけの無害な岩だ。置いておいても、特に大きな問題はない。問題はないが、時々、脳裏に響く「帰りたい」という声を聞いてしまうと、どうにも落ち着かない気持ちになるのである。
「乗りかかった船だ。幸い、向かう先が海の方であることは間違いないようだしな……送ってやろう」
「……どこに?」
「さぁ? しかしまさか海の中とは言わんよな?」
宛も無く海に漕ぎ出すのは、地図も持たずに砂漠を行くのと同じである。
つまり、どうせ碌な結果にならない。
「まぁ、蛇の道は蛇という。怪しいものには怪しい者をぶつけるに限るよ」
「はぁ?」
「伝手があるんだ。確か、昨日、流れ着いていたはずだ」
そう言ってラダは執務室を出て行った。
『帰りたい』
エントマの脳裏に、再び岩の声がした。
「……よく分かんないけど、帰れるんじゃない?」
なんて。
岩に向かって語り掛けるが、当然のように返事は無かった。
●帰るべき場所
「さて、件の岩についてだ。ポールスターの学者たちや、怪しい知神に聞いたところ、面白いことが判明した」
そう言ってラダは、壁に大きな地図を張る。
少しだけ悩む素振りをみせた後、ラダは地図の片隅、海の真ん中の何も無い場所を指差した。本人も半信半疑のようだが、どうやらそこが今回の目的地であるらしい。
「見たところ海しか見えないが、ここには“はじまりの島”という小さな島があるそうだ」
はじまりの島。
今より遥かに大昔、ラサの地がまだ未開の砂漠であった頃にまで話は遡る。
はじまりの島は、上質な岩が採取されるポールスターからほど近い場所にある孤島である。その島で切り出された岩は頑丈で、そして美しく、当時はかなりの高額で取引されていたらしい。
「まぁ、島の周囲に魔物の類が住み着いたことで、岩の採取は行われなくなったそうだが」
その結果、今となっては地図にも記されなくなった。
はじまりの島とは、そう言う場所だ。確証はないが“動く岩”が「帰りたい」と言うのなら、きっとその島なのではないか。
ラダが話を聞いた学者や、知神とやらは、そのように言って聞かせたという。
「さて、島に渡る方法だが……船はうちの港にあるのを使えばいいか。誰かが船を持っているのなら、それでもいいが」
はじまりの島へ至る海路は、波も風も穏やかだ。大した苦労はしないだろう。
問題は、島の付近である。
「何でも魚だか人だか分からない魔物が住み着いたらしくてな。まぁ、魚に人の手足が生えたような姿を想像してもらえればいい」
その魚だが人だかも不明な魔物の群れは、集団で海底を旋回することで大渦を巻き起こすらしい。魔物によって沈められた船は、10や20どころではない。
「加えて連中は水弾を撃ち出す魔術を行使するそうだ。【呪縛】や【停滞】の効果が付いた粘性の水弾だな……何らかの対処が必要だろう」
そう言ってラダは、窓の外を指差した。
窓の外から、威勢の良い声が聞こえる。ポールスターの水夫たちが、何かを準備しているようだ。
「船に装備できる追加武装だ。時間的な都合で、十分な強度は保てていないが、まぁ、1度の航海中ぐらいはもってくれるだろう」
ポールスターが用意した追加武装は以下の4つ。
1つは、【投網投擲装置】。
船の船首に取りつけて使用する追加武装であり、名前の通り大型の投網を射出するという装備である。弾数は1発だが、上手く使えば大勢の敵をまとめて行動不能に出来る。
1つは、【魔物誘導灯】。
船の船首か、甲板の左右どちらかに取りつけて使用する追加武装だ。魔物たちの気を惹き付ける特殊な光を放つ大型ライトだが、蓄積された魔力量の関係で長時間の使用は出来ない。なお、魔物たちの攻撃頻度も上がる可能性がある。
1つは、【雷鎚】。
船の船首か、船尾に取りつけて使用する装備だ。使用回数は3回。海に落とすと、半径10数メートルに電撃を放出する性能を有する。もちろん、使用時には付近に仲間が泳いでいないことを確認しなければいけない。
1つは、【投石器】。
甲板上を自由に移動させられるが、非常に大型であるため取り扱いには2人以上が必要となる。なお、投げられるのは石に限らない。人でも余裕で数十メートルの距離を飛ばせる優れものである。
「積載量の関係で、積み込めるのはどれか1つだな。島に近づいてからの立ち回りと一緒に、皆で相談して決めたいと思う」
- 帰りたい岩の帰郷。或いは、長い旅の果て…。完了
- GM名病み月
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2023年12月29日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
●渡る世間
ラサの南部。
塩辛い風の吹く海を、2隻の船が走っている。
そのうち片方の船に、『灼けつく太陽』ラダ・ジグリ(p3p000271)が乗っていた。
「木材ではないのが残念だが、これはこれで産物の一つにできれば――なんて、すぐ商売に繋げてしまうのは悪い癖だな」
そう言ってラダが手を触れたのは岩だった。
大きさは直径でおよそ60センチ。重さは250~300キロほどはあるだろうか。
上質な岩だ。
そして、ただの岩ではない。
世にも珍しい動く岩である。
『帰りたい』
ラダの脳裏に声が響いた。
岩の意思……そう呼んで差支えないものを、この岩は有していた。それこそ、ラダが岩を拾った数週間ほど前から時折、岩は何度も『帰りたい』という意思を伝えて来た。
或いは、もっと昔から。
数十年や、数百年も昔から、岩は帰りたがっていたのだろう。
「分かってる。もうすぐ帰してやれるから、大人しくしててくれよ」
なんて。
岩に向かって、ラダは囁きかけたのだった。
「ふむ。元居た世界では、あのような無機生命体がいる惑星もあったりしたが、あの岩もあれらと同じ類なのだろうか」
甲板の端に腰かけている『陰陽式』仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)が、岩の方を見ながら言った。誰に語り掛けたわけでもなく、思わず口を突いて出た言葉である。
そんな汰磨羈に視線も向けず、言葉を返す者がいた。
「岩さえも故郷恋しさに動くのですね。私にとっては戻りたくない場所の筆頭ですが」
「……未練なども、ございませんか?」
『遺言代行業』志屍 瑠璃(p3p000416)の零した声に、『黄昏の影』ヴァイオレット・ホロウウォーカー(p3p007470)が問いを発した。
汰磨羈も、瑠璃も、ヴァイオレットも、元々は別の世界の住人だ。もはや故郷は遥か遠く……或いは、どこにも存在しない。
瑠璃は少しだけ考えて、遠くの方へ……海の果てへと視線を向ける。
「……まあ、よい記憶がひとつもない、という訳でもありませんでしたけれど。私が戻りたくないからといって、戻りたい方に協力しない理由にはなりませんね」
「然様ですか。えぇ、思う通りになさるのがよろしいかと」
文字通り、既に乗りかかった船である。
航海は順調だった。
既にラサの港を離れて、半日ほどが経過している。
「海図の通りなら、そろそろ島が見えて来るはずだが」
操舵輪に手をかけたまま『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)が海図を見やる。進む方角は間違いないし、船の走る速度にも問題は無い。
「海ってのは、目印が無くてどこ走ってんだか分かりゃしねぇな」
『駆ける黒影』ルナ・ファ・ディール(p3p009526)が、イズマの横から海図をひょいと覗き込む。現在地が海図のどの辺りかも不明だが、まぁ、イズマが「そろそろ」と言うのなら、きっとそろそろ目的の島に着くのだろう。
「そんな島が、まさかラダの立ち上げた港の目と鼻の先にあるたぁな」
欠伸を零して、ルナが甲板に寝そべった。
自身の出番が来るまで、体力を温存しておく心算である。なぜならルナは獅子だからだ。獅子と言うのは、平時においては非常に怠惰な生き物なのである。
「しかし、よくわかんねぇ岩だ」
「ね! 不思議な話だねー!」
甲板に寝そべっているのはルナだけじゃない。彼女……『無尽虎爪』ソア(p3p007025)も甲板の、日当たりが良い場所にごろんと寝そべっていた。
「あぁ、動くし喋るし、変な岩があったもんだぜ」
「ふふ、イシのイシだ!」
ついさっきまで、ソアは件の岩を突いたり、引っ掻いたりしていたはずだが、どうやらそれにも飽きたらしい。
イズマの目には、2人の姿が大きな猫科の動物のように見えていた。
「ともあれこの岩の故郷か……帰りたいって事は良い場所なのかな? 叶えてやりたいし、どんな場所か俺も行ってみたい」
風向きが変わったことを察知して、イズマは舵輪を少し右へと回すのだった。
異変には2種類が存在する。
1つは、何らかの予兆がある“対処可能”な異変。
もう1つは、ある瞬間に突然と起こる“対処不可能”な異変である。
今回の航海で、『ガイアネモネ』紅花 牡丹(p3p010983)の操る船に襲い掛かった異変は後者だ。
「っ……なんだ!?」
突然の違和感に、牡丹が目を丸くする。
その視線は、自分の手元に……急に重たくなった舵輪に向いていた。
舵が効かない。
船の走る速度が遅くなっている。
その事実に気が付くまでに、そう長い時間は必要無かった。
「変な海流にでも捕まったか? ……いや、こりゃぁ」
前を行くイズマの船が遠ざかる。
このままだと、すっかり引き離されてしまう。
「あれか」
船の速度が落ちた原因はすぐに分かった。今まさに、イズマの船の周囲に群がる無数の影によるものだ。目的地の島周辺を縄張りとする魔物であろう。
きっと、それは牡丹の船の真下にもいて、おかしな海流を発生させているはずだ。
2隻の船を分断するのが狙いか。どうやら、思ったよりも頭が回るらしい。
だが、問題ない。
まったくもって、問題無い。
「任せときな。故郷に連れ帰ってやるよ!」
元より牡丹の操る船は、単なる“囮”であるからだ。
●上陸せよ
船が大きく傾いた。
高い波が雨のように甲板を濡らす。
それよりも一瞬だけ速く、動き出した者たちがいた。
「来た!」
「気ぃつけろ、引きずり込まれんのも阿保くせぇぞ!」
ルナは空へと駆けあがり、ソアは甲板の端へと疾走。転落防止の柵を乗り越え、躊躇なく海へ飛び込んだ。
海中に幾つもの影が見える。
人のような、魚のような……そんな姿の魔物である。
「見た!」
落雷。
否、ソアの斬撃である。
海に飛び込むと同時に、ソアが爪を一閃させた。
瞬間、海面を紫電が走る。
空気の焦げるような異臭が漂った。
静寂はほんの数秒ほどだ。
やがて、じわじわと海に朱色が広がり始めた。ソアの爪に斬り裂かれ、魔物が流した鮮血である。
仲間が殺られたことを悟って、魔物たちが騒めき始めた。
「狩った! けど……味は悪そうだね」
怒り狂う魔物の様子など気にもせず。
切断された魔物の腕を手にもって、ソアはそんなことを言う。
魔物たちが、船の真下を旋回していた。
10か、20か、それ以上の集団でぐるぐると泳ぎ回っているのだ。
「渦潮を起してんのか! 船を沈めたいなら、好きにすりゃいいさ!」
操舵輪から手を離し、牡丹は甲板を駆け抜ける。
船が大きく傾いた瞬間、牡丹は甲板を蹴って跳躍。海へと飛び込む牡丹の身体は発光していた。
昼間でも目を引く眩い光だ。
魔物たちの視線が牡丹に向かう。
「岩を積んでるメインの船から攻撃そらせるなら儲けものだろ!」
落下していく牡丹に向かって、魔物たちが水弾を放った。数発の水弾が牡丹の腕や腹部を撃ち抜く。内臓が破裂するかと思うほどの衝撃に、牡丹は口から血を吐いた。
血を吐きながら、しかし牡丹は笑っている。
「集まって来いよ! 漁火漁業といこうぜ!」
海へと落ちた牡丹の元へ、無数の魔物が群がっていく。
船が揺れ始めるのと同時に、船室へ潜んだ者がいる。
半開きにした扉の隙間から、そっと甲板の様子を観察している瞳の色は赤。宝石のように濡れた紅色の瞳が左右へ揺れる。
雨のように海水が甲板へと降り注ぐ。
まるで津波のようである。
「やはり来ましたか」
津波と共に、甲板へと降り立った魔物の数は全部で5体。
そのうち1体をラダが、もう1体を瑠璃が仕留めた。単体での強さは大したことが無いけれど、とにかく数が多すぎる。
「とにかく敵の数を減らし、連携力を落とす事が第一でしょうか」
再び、船が大きく揺れた。
津波と共に、さらに数体の魔物が船に残りんでくる。
「やはり……このままではいずれ数の暴力に押し流されてしまいますね」
幸いというべきか。ラダが派手に銃声を鳴らしているおかげで、魔物たちの注意はそちらに向いている。
短剣を抜き放ったヴァイオレットが、足音を殺して駆け出した。
海へと飛び込むためである。
舵輪から手が離せない。
ソアやヴァイオレットのおかげで渦潮が起きてはいないのは、不幸中の幸いと言えよう。だが、左右から次々を襲い来る津波が厄介だった。
加えて、ラダや汰磨羈の防衛網を突破して、イズマに襲い掛かる魔物もいる。
「お前達が何故ここに棲み着いたかは知らないが、俺達は島に行きたいんだよ!」
撃ち込まれる水弾を、鋼の右腕で弾いた。その間もイズマは操舵輪から手を離さない。
手を離すわけにはいかないのだ。
1度、手を離してしまえば確実に船が転覆する。操舵輪を破壊されてしまっても結果は同じだ。だからイズマは反撃できない。
反撃が来ないと理解したのか、心なしか魔物は笑っているように見える。
にやにやとした表情を浮かべ、魔物は頭上に手を翳した。ごう、と魔力が渦巻いた。その手の平に、拳サイズの水弾が生まれる。
さっきまでの水弾よりもサイズは小さい。
だが、込められた魔力の量や、密度は先ほどまでの水弾よりも上である。
「……っ」
受け止め切れるだろうか。
イズマの頬に冷や汗が伝った。
けれど、しかし……。
「ガ」
ばしゃり、と水弾が弾け散る。
口から滂沱と血を吐いて、魔物は甲板に倒れ伏した。
「遅くなりましたが……間に合ったようですね」
短刀を振って血を払いながら、瑠璃が言う。
「あぁ、ばっちりだ。それと、済まないのだが操舵を代わってもらえるかな?」
「えぇ、後のことはお任せを」
イズマの手から舵輪を受け取り、旋回させた。
「仕事はきちんとこなす性分ですので」
走り去るイズマの背に向けて、瑠璃はそう囁いた。
「よぉ、何か手伝うか?」
イズマの頭上から声がした。
そこにあるのは、空を駆ける黒い獅子の姿である。
「船と岩を守ってほしい。いけるか?」
「おぉ、距離なんざ俺にはあってないようなもんだ。戦域全般カバーしてやるよ。だが、お前はどうすんだ?」
「渦を乱して妨害する。船は沈めさせない!」
船の守りをルナへと任せ、イズマは海へと飛び込んだ。
その手には既に抜いた細剣が握られている。
と、その瞬間。
水の弾ける音がした。
甲板にいた魔物たちが、イズマ目掛けて一斉に水弾を射かけたのだ。ソアやヴァイオレット、牡丹たちの戦果だろう。海面には幾つもの魔物の遺体が浮いている。
イズマたちが船を守ろうとしたように。
魔物たちも、同胞を守ろうとしているのだ。
「……ってぇ」
しかし、水弾がイズマを射貫くことは無い。
「俺が相手になってやるよ。海には入らねぇからな。鬣がかたまっちまう」
その大きな身体を盾に、ルナが水弾を受け止めたからだ。
死屍累々と言う言葉が相応しい。
甲板に転がる魔物の数は、悠に20を超えていた。
半数は銃弾で撃ち抜かれた遺体。
もう半数は、深い裂傷を負った遺体だ。
「ラダ。そっちは何体仕留めた?」
「数えていないが……しかしどれだけいるんだこいつ等」
空薬莢が甲板に散らばる。
ラダはライフルに新しい弾丸を装填しながら、視線を海の方へと向けた。海の方で紫電が迸っているのは、ソアが何かしたからだろう。
雷撃から逃れるためか、少し前から甲板に上がって来る魔物の数が増えている。
「全てを相手するよりは群れのリーダー格を倒し離散させるのがいいだろうか」
銃声が鳴った。
飛び散る火花。そして硝煙。
弾丸の雨に撃ち抜かれ、数体の魔物があっという間に肉片と化した。
「なるほど……では、少し探してみるか?」
「頼む。もし見つけたら集中砲火だ」
甲板の警備をラダへと任せて、汰磨羈が空へと駆けあがる。
「島はもうすぐそこに見えているが」
高い位置から海を見下ろし、汰磨羈はそう呟いた。
海中には、無数の魔物の影がある。
ソアたちに妨害されながらも、渦潮を生むべく船の周囲を旋回していた。だが、旋回の速度は遅く、泳ぐルートも乱れている。
「イズマやヴァイオレットは上手くやっているようだが……やはり統率されているな」
縄張りを守るためとは言え、魔物たちの被害は甚大である。
野生の本能に従うのなら、既に逃げ出す個体が現れていても不思議ではない。だが、ここの魔物たちは違っている。
愚直なまでに、自身の役目を果たそうとする意志が窺えた。
「やはりリーダー……全体に声を届かせられる場所にいるとすれば」
その役割を考えれば。
魔物たちの動きに注意深く視線を配っていれば。
リーダー個体の居場所など、汰磨羈には容易に推測できた。
『雷鎚だ。真下へ撃て』
汰磨羈の声だ。
瑠璃の脳裏に声が響いた。きっと今頃は、ヴァイオレットたちにも同じ声が聞こえているはずだ。
「落とします。巻き込まれたくないのなら、急いでその場から離れてください!」
瑠璃が舵輪から手を離す。
津波に襲われた船が、大きく右へ傾いた。
傾きに逆らわず滑り降りるようにして、瑠璃が甲板を疾駆した。その手には、3本の縄が握られている。
縄の先端は、船の船首に繋がっていた。
正確には、船首にぶら下げられた3つの魔道具に。
「少々、痺れますよ」
甲板の柵に捕まりながら、瑠璃が縄を強く引っ張る。
ガラン、と。
軽い音がして、雷鎚を固定していた楔が抜けた。
焦げた臭いが漂っていた。
海には幾つもの魔物の遺体が浮いている。そのほとんどは、皮膚が黒く焦げていた。
「……危ねぇところだったな。ギリギリってやつだ」
雷鎚の成果は絶大だった。
牡丹の船の甲板で、3人が海を見下ろしている。
3人……牡丹とソア、そしてイズマだ。
「まだ生き残ってるのがいるね。この期に及んで、まだ渦をおこそうとしてるの?」
魔物たちの狙いを悟って、ソアが甲板から身を乗り出す。
鋭い爪を甲板に突き立て、バチバチと紫電を迸らせた。
「そのようだな……ところで」
飛び散る紫電を手で払いながら、イズマは周囲を見回してる。
「ヴァイオレットさんは、どこだ?」
焦げた身体を引き摺るように、海の深くへ潜る魔物の姿があった。
海の深くへ潜りながら、人の耳には聞こえぬ声で鳴いている。
その身には幾つもの裂傷。よくよく見れば、他の魔物よりも少し大きな身体をしている。
魔物たちの頭目である。
雷鎚に傷ついた身体をおして、未だに縄張りを守ろうとしているのであろう。
それが生きている限り、魔物たちは退かないだろう。
けれど、しかし……。
「逃がしませんよ。あなたはここで着実に仕留めます」
魔物の背後で声がした。
囁くような、静かな声だ。
一閃。
短刀が振るわれる。
痛みを感じる暇もなく、魔物の頭目は息絶えた。
目を見開いて、水底へ沈む魔物の顔を。
じぃ、と。
海を煙らす血色の向こうで、ヴァイオレットが見送った。
●故郷へ帰ろう
「それで、どこまで運べば良い?」
魔物たちが撤退した後、一行は島へと上陸していた。
今は、イズマとルナ、ソアの3人がかりで岩を島へと運び卸しているところだ。
『帰って来た』
岩の声がした。
『やっと……やっと』
その場にいた皆の脳裏に、岩の声が伝わった。
そして、それっきり。
それっきり、岩は何も言わなくなった。
試しに地面に降ろしてみても、岩はもう動かない。
動く必要が無いからだ。
永い永い旅の果てに、やっと故郷へ帰って来たのだから。
「この者達の居場所は秘匿すべきかな? 出来れば、そっとしておいてやりたい」
何も無い島だ。
あるのはただ、切り出された岩ばかり。それも、長い年月の間、潮風に曝された結果かすっかり削れてしまっている。
汰磨羈の目には、さほど良い場所のようには見えない。
だが、少なくともあの動く岩にとっては、何よりも大切な故郷であるのだろう。
「しかし、この岩には精霊か亡霊かでも憑いてるのかね」
岩の欠片を1つ拾って、ラダは呟く。
記念に欠片を持ち帰ろうかと考えたのだ。
「……いや」
けれど、すぐに考え直して、足元に岩を転がした。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
お疲れ様です。
動く岩は、無事に故郷へ帰還しました。
それっきり、岩が動くことも、喋ることも無くなりました。
あるのはただの岩だらけの島だけです。
依頼は成功です。
この度はご参加いただきありがとうございました。
縁があれば、また別の依頼でお会いしましょう。
GMコメント
こちらのシナリオは『砂漠の奇妙な動く岩。或いは、エントマと岩の“帰りたい”という1つの願い…。』のアフターアクションシナリオです。
https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/10460
●ミッション
動く岩を、はじまりの島へと移送する
●エネミー
・半魚人のような魔物×?
はじまりの島の周辺を縄張りとする魚と人を足したような姿の魔物。
言葉は通じないが、仲間同士で連携するだけの知能は持っているようだ。
集団で海中を旋回し、大渦を巻き起こす。
水弾:神遠範に中ダメージ、【呪縛】【停滞】
粘度の高い水の弾丸を射出する魔術。非常にべたべたする。
●NPC
・動く岩
直径、およそ60センチ。重さは250~300キロほどの岩。
『帰りたい』と思念らしきものを発しており、おそらく海の方へ向かっていた。
●追加装甲
※以下の1つを乗船予定の船に設置可能
①【投網投擲装置】。
船の船首に取りつけて使用する追加武装であり、名前の通り大型の投網を射出するという装備である。弾数は1発だが、上手く使えば大勢の敵をまとめて行動不能に出来る。
②【魔物誘導灯】。
船の船首か、甲板の左右どちらかに取りつけて使用する追加武装だ。魔物たちの気を惹き付ける特殊な光を放つ大型ライトだが、蓄積された魔力量の関係で長時間の使用は出来ない。なお、魔物たちの攻撃頻度も上がる可能性がある。
③【雷鎚】。
船の船首か、船尾に取りつけて使用する装備だ。使用回数は3回。海に落とすと、半径10数メートルに電撃を放出する性能を有する。もちろん、使用時には付近に仲間が泳いでいないことを確認しなければいけない。
④【投石器】。
甲板上を自由に移動させられるが、非常に大型であるため取り扱いには2人以上が必要となる。なお、投げられるのは石に限らない。人でも余裕で数十メートルの距離を飛ばせる優れものである。
●フィールド
ラサの南方、海に浮かぶ小さな島。
かつては上質で奇麗な石が採取されるということで、大勢の人が行き来していた。
しかし、付近に魔物が住み着いたことで状況は一変。島への接近は禁止され、今では地図にも載っていない。
動く岩の出身地(出土地?)では無いかと予想されている。
島の周辺に近づくと、魔物が大挙して襲い掛かって来ることが予想されている。
空は快晴、波は穏やか。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
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