シナリオ詳細
99の曰く付きの祠。或いは、迫る夕暮れと渦巻く瘴気…。
オープニング
●祠破壊ミッション・発令
「なんともまぁ……陰気というか、空気が淀んでいるというか」
豊穣のとある谷を見下ろし、エントマ・ヴィーヴィー(p3n000255)はそう呟いた。その顔には引き攣った笑みが張り付いている。
谷底は黒い。
日暮れまではまだ3時間ほど時間が残っているはずなのに、まるで夜のように暗い。
原因は、谷底に溢れた瘴気であろう。
谷底を流れる川さえも、まるで汚泥のように黒々として見えた。
「ここが例の?」
谷底から視線を逸らしたエントマが、背後に立った老婆へ問うた。
老婆は深刻そうな顔をして、浅く首肯する。
「本当に、こんなところに人が住めるの?」
「……それは、まぁ。彼女の一族が生来受け継ぐ、特異体質と言えるでしょうな」
しわがれた声で老婆が答えた。
それから、何度か首を横に振り、老婆は告げる。
「エントマさんと言ったか。悪いことは言わん、興味本位でこんな場所に近づくべきじゃないよ」
こんな悍ましい土地に、何の用事があるのかと。
目でそう問われたエントマは、誤魔化すように視線を逸らした。
今より数百年ほど昔のことだ。
豊穣のとある谷に、忌地 社兵衛という男が住んでいた。
彼は生まれながらに【呪い】を始めとした、心身の異常に掛かり辛い体質であった。そして、怪異に好かれやすい性質をしていた。
妖をはじめあらゆる怪異が、社兵衛にすり寄った。社兵衛の生気は、怪異たちにとって甘露のようにも思えるものらしい。
だが、社兵衛の体質は怪異たちを退けた。近づくことは出来ても、触れることは出来ないという奇妙な事態に陥った怪異たちが1体、2体と社兵衛の周囲をうろつくようになった。
そんな彼が、ある時にふと思い立って始めたのが“祠を壊す”という仕事である。
祠というものは、まぁ基本的には何か意味があって建てられたものだ。そして、およその場合、祠の中には何か良くない怪異の類が封じられているものである。
社兵衛は、豊穣の各地を廻って、そう言った曰く付きの祠を壊してまわった。
祠から解放された呪詛の類や妖は、社兵衛に付いて来た。
付いて来たが、社兵衛に悪さをすることも出来ず……やがて社兵衛は、引き連れた無数の怪異たちと共に谷底へと移り住み、そこに新たな祠を建てた。
怪異や呪詛の再封印である。
社兵衛の死後は、彼の子がその役目を引き継いだ。
その次は、孫へ、ひ孫へ……谷底に建てられた祠の数は、今や99にも及んでいるらしい。
祠の封印が歪んでいる。
そんな噂を聞きつけて、エントマは豊穣にある“祠の谷”を訪れた。
そして、目にした光景こそがこの物語の冒頭に記したそれである。
「祠同士が干渉しあって、このようなことになっておるのでしょうな。5代目の社兵衛が祠の管理をしているはずですが……さて、無事かどうか」
どこか悲し気な視線を谷底へ向け、老婆は言った。
対して、エントマの瞳には好奇心の光が宿る。
「放置してて大丈夫なの?」
「良くはありませんな。いっそ、祠を全部、壊してしまえれば良いと思います。そうすれば、中に封印されている“モノ”は解放されて、大半はどこかへ勝手に去っていくでしょう」
祠の封印に綻びが発生していること。
綻びから漏れ出した“良くないモノ”の力が干渉しあっていること。
それが、谷底に淀んだ瘴気の原因である。
ならばいっそ、祠を壊してしまえばいい。老婆はそう言っているのだ。
「しかし、やるなら日暮れまでにお願いしますよ。日が暮れてしまえば、瘴気は勢いを増しますからな……」
そうなってしまえば、エントマの身も無事では済まない。
きっと、イレギュラーズであっても……。
「つまり、日暮れまでに祠を全部、壊しちゃえばいいってことでしょ? 任せてよ、私の連れて来た護衛君たちは、そう言うの得意だからさ」
かくして、99の祠を壊すことに決まった。
- 99の曰く付きの祠。或いは、迫る夕暮れと渦巻く瘴気…。完了
- GM名病み月
- 種別 通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2023年12月25日 22時15分
- 参加人数6/7人
- 相談0日
- 参加費100RC
参加者 : 6 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(6人)
リプレイ
●お祠を壊せ
通る視界は十メートルかそこらだろうか。
額に右手を翳した姿勢で『斬竜刀』不動 狂歌(p3p008820)が辺りをぐるりと見まわした。
「おーおーうようよと嫌な気配が漂ってるな」
「なぁ、本当にこれを全部壊すのか?」
豊穣。
とある暗い谷の底。瘴気の渦巻く、いかにも不吉な河原である。『極夜』ペッカート・D・パッツィーア(p3p005201)の口調には、うんざりとした感情がありありと滲んでいた。
「そうなるかな。そう言う風にしろってお達しだしね」
「俺は呪いに超詳しいわけじゃないし基本的な事しか知らないんだが、これって災厄を蒔いてるってことだよな? 後から文句言われても知らないぞ」
「そう、だな……背に腹は代えられないのは解るが……せっかく集めたのに解き放って良いのか?」
河原のそこかしこに並ぶ、膨大な数の祠を見て『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)は顔色を少し悪くした。
時折、風が吹いて祠がガタガタと揺れる。
否、揺れているのは風のせいか、それとも祠の中に封じ込められている妖や呪詛の類のせいか。
とにかく、素人目に見ても祠を壊すと良くないことが起こりそうな気配がしていた。
「本当に、こんなところに社兵衛様が? 人の暮らせる環境のようには見えませんが」
忌地 社兵衛。
今しがた『追憶駆ける希望』ジョシュア・セス・セルウィン(p3p009462)が名を口にした者こそが、谷底の河原に妖や呪詛を集めた張本人である。
つまり、正気渦巻く惨状の元凶であった。
「自業自得っちゃ自業自得だよね。っていうか、これが広範囲に拡散しちゃう方がヤバいし、さっさと祠を全部ぶっ壊すっきゃないよ」
怨念と瘴気渦巻く谷の底。
その元凶たる封印の祠。数はなんと99もある。
今日、エントマたちは99の祠を破壊するために、わざわざ谷の底まで降りて来たのであった。
エントマたちが谷を降りるより十数分ほど前のこと。
ひっそりと、気配を殺して瘴気の渦巻く谷を進む者がいた。黒い髪に灰色の瞳。小柄な身体を外套に包んだ彼の名は『夜鏡』水月・鏡禍(p3p008354)と言う。
「さすがに囚われてるのは可哀想ですからね、助けましょう」
そこらに並ぶ祠にそっと手を触れて、鏡禍は薄い笑みを浮かべた。
不穏や不気味を感じれば、生き物と言うのはだいたいの場合、警戒して距離を置くものだ。
だが、時として不穏や不気味に誘われるように、自ら近づいていく者もいる。例えば彼女……『リスの王』カナデ・ラディオドンタ(p3p011240)がそうである。
「これがいわゆる墓場で運動会というやつでしょうか」
瘴気の渦巻く谷の底で目にしたものは、そこかしこに点在している異様な祠と、脳を揺らす怨嗟の感情。カナデ自身は怨嗟の感情を“臣民の声”と称していたが、このような誰が見ても、聞いても異様な臣民などがいるものか。
「因習村もにっこりの祠の量ですね」
渦巻く瘴気に惑わされ、帰り道さえもはや分からぬ有様であった。
まぁ、長くイレギュラーズとして活動を続けていれば、このような事態の1度や2度は自然と経験するものだ。カナデはさほど取り乱すようなこともなく、瘴気渦巻く河原をどこかへ歩いて行った。
●祠クラッシュ大作戦
例えば、集落を幾つも潰した疫病の妖。
例えば、持ち主を狂気に走らせた妖刀の呪詛。
例えば、家畜の類を怪異へ変貌させた妖の呪い。
例えば、野山を異界と化したある貴人の強い怨念。
適当な祠に手を触れて、その来歴を問いかけてみれば、判明したのは上のようなものばかり。中には数百年もの間、封印されているものもある。
筋金入りの危険物。
そのうち1つの祠にそっと手をかけて、鏡禍は扉を封じる札を引き剥がす。
ギィ、と軋んだ音を鳴らして、朽ちかけた扉が少し開いた。開いた扉の隙間から、ずるりと這い出す黒い煙……否、視認できるほどに強い瘴気。その正体は、実体を失った妖である。
瘴気の塊をじぃと見据えて、鏡禍はにこりと微笑んだ。
「悪さをするつもりはありますか?」
鏡禍の問いに、瘴気は何も答えない。
ずるずると這いまわるように、鏡禍の周りを取り囲む。
やがて、瘴気が鏡禍の身体へと触れた。その皮膚に、じわりと瘴気が滲む。実体を失った妖が、鏡禍の身体を乗っ取ろうとしているのだ。
「あぁ……やっぱりそんなことするんですね」
残念です。
そう呟いて、鏡禍は瘴気に手を触れる。
そして、細い指で瘴気を掴み、自分の身体から強引に引き剥がして見せた。拳を握り、瘴気を祓う。握りつぶされた瘴気が、灰のように飛び散った。
悪さをしないのなら、仲良くしてやってもよかったのだ。
だが、悪さをするというのなら、仲良くしてやる義理も無い。封印されたままでいるか、それとも元居た土地へ帰るか、或いはここで潰えるか。
祠に封印されているもの達へ、鏡禍から与えられた選択肢は実のところそう多くない。
「ただ祓うのは可哀想ですからね」
鏡禍の手の平の中に残ったのは、黒く濁った何かの骨の欠片だけ。それもすぐに、灰と化して崩れ去る。
風に吹かれて飛び散っていく灰にはもう少しだって目もくれず、鏡禍は次の祠へ向かった。
鏡禍から遅れること数分。
「祠が開いていますね……中のものも、いなくなっています」
ジョシュアは、解放された祠を見つけた。
河原に存在する祠の全てには、良くないものが封じられている。その封印が解かれているということは、良くないものは既に解放されたということだ。
「……周囲の警戒を」
懐からコンパスを取り出したジョシュアが、注意深く周囲の様子を窺った。瘴気の中に、何か動くものが無いかを確かめているのだ。
妖や呪詛の類と言うのは性格が悪い。
人の嫌がることをするし、気が緩んだ瞬間を狙って、人に悪さをするのが常だ。
その場の誰もが動きを止めた。
静寂の帳が落ちること数秒。
近くに何か良くないモノが潜んでいるような気配はない。
「ふぅ……っじゃない! 危ない危ない!」
安堵の溜め息を零しかけたジョシュアだったが、何かを思い出したかのように慌てて自分の口を塞いだ。
うっかり、気を緩めかけてしまったのだ。
敵のいる場所で気を緩めるな。危険区域に立ち入ったのなら、最後まで緊張の糸を張り続けろ。ジョシュアに狩猟を教えてくれた師の言葉である。
「気を緩めることは出来ないが、祠の方も対処しないと始まらないよな」
エントマをカバーするように前へ出て、イズマが腰の細剣を抜いた。
その視線の先には、ガタガタと揺れる祠が1つ。
「後の対処を考えると、元の住処を聞いてから解放したいよな?」
「……何か書いてるけど、豊穣の古い文字だからちょっと読めないね。これ、社兵衛さんを探して、記録とか見してもらう方がはやいんじゃない?」
祠を覗き込みながら、イズマとエントマはひそひそと小さな声で言葉を交わした。声など大きくても小さくても問題はないのだが、周囲に満ちた陰鬱な雰囲気が自然と2人の声を密やかなものとさせたのだ。
「とりあえず、壊しましょうか」
「あぁ、分かった。2人は少し下がっていてくれ」
ジョシュアとエントマを後方へ下がらせ、イズマは細剣を顔の横に水平に構えた。
すぅ、と空気を吸い込み、息を止める。瘴気のせいか、肺の辺りがじくじくと傷んだ。
摺り足で1歩、前へと踏み込む。
刹那、斬撃。
斜めに振り下ろした細剣が、祠を2つに斬り分けた。
気のせいか、瘴気の濃度がより一層濃くなっていた。
「いや、気のせいじゃねぇよな」
一刀のもとに両断された祠を踏みつけ、狂歌が空へ視線を向ける。さっきまで辛うじて見えていた豊穣の空も、今はすっかり瘴気に阻まれ黒一色に染まっていた。
「っと」
ブォン、と空気が唸る音がした。
肩に担いだ大太刀を無造作に薙ぎ、背後に迫っていた何かを斬り捨てたのだ。
「まぁ、よっぽどの相手じゃない限り切っちまえばいいわけだが……さて」
祠の破壊という点だけに目を向ければ、仕事はいたって順調と言えた。ここまで狂歌たちが破壊した祠の数は悠に40を超えている。
逃げもしないし、大して頑丈なわけでも無い、ただの木製の祠である。時々、中に封印されていた何かが襲って来るが、長い封印の結果か、さほど強力と言うことも無い。
順調だ。
何もかもが順調だ。
そう言いたいが、言えないわけがあるのだ。
「何が起こってんだ、ありゃ?」
近づいて来たペッカートが、背後を指差しそう言った。
そこにいたのは、イズマやジョシュア、エントマたちだ。
「まだ諦めて無かったのか! 止めろ! ピアノが傷つくだろうが!」
「はい! アレを撃てばいいんですね、師匠! 修行の成果をお見せします!」
細剣を振り回すイズマと、魔弾を撃とうと構えたジョシュアがエントマを追い回しているのだ。
幸い、エントマの逃げ足が速いおかげで怪我を負うなどの被害は出ていない。まぁ、あの調子で追い回されては、そのうち事故も起きるだろうが。
「瘴気か、呪詛にあてられて幻覚でも見てるんじゃないか? っと、そこで止まれ」
近づいて来るペッカートの喉元に、狂歌が大太刀の切っ先を突き付ける。
「あ“? 何を」
「……誰だ、お前?」
ペッカート……否、ペッカートに扮した何者かへ狂歌は問いかけた。
にぃ、とペッカートが口角を吊り上げ、不気味な笑みを浮かべる。
「その笑み、やはり……あ、いや? 本物もこんな感じだったか?」
思い返せば、本物のペッカートも悪辣な笑みをよく浮かべている。だが、少なくとも眼前にいるソレは偽物に間違いない。
「何で分かんだよ?」
本物のペッカートの顔は、まるで腐肉か何かのように溶けて崩れはしないからだ。
仲間たちの姿が見えない。
いつの間にかはぐれていたのだ。はぐれたのはペッカートか、それともエントマたちの方か。とにかく、確かなことがあるとすればそれはペッカートが1人きりだという現実だけ。
「ジャンプスケアだけはマジで勘弁してくれよ」
思わず、1人ごとが口を突いて出た。
ジャンプスケア。
急に大きな音を出したり、不気味なものを至近に登場させたりする演出のことだ。主に、意図的に誰かを驚かせるために用いられる。
まぁ、怖いというよりびっくりするのだ。場合によっては心臓が息の根を止めるかと思うぐらいにはびっくりする。
怖がらせるにしたってやり方というものがあるのだ。ペッカートに言わせれば、ジャンプスケアに頼った恐怖演出など、演出が上手く出来ない奴が使う逃げの一手であった。
それはそれとして、やはりびっくりはするので、止めてほしいが。
「あーぁ、おあつらえ向きの古民家があるよ。あれか? 社兵衛とかってやつの家か、ありゃ?」
ペッカートの視線の先。瘴気に霞む家屋があった。
行きがけの駄賃とばかりに祠を1つ蹴り壊し、慎重に家屋の方へと近づいていく。川底ともなれば湿気も多いのだろう。全体的に、苔むしておりじっとりと湿った家屋であった。
「……まぁ、仕事だからな。確かめねぇわけにもいかねぇ」
自分で自分を納得させるための言葉を零しつつ、傾いた戸に手をかける。
それから、ゆっくりと扉を開いた。
と、その瞬間。
『ばぁ』
「ぅおっ!?」
ペッカートの前に、どこかぼんやりとした女の顔が現れた。
話は少し巻き戻る。
カナデの耳は、女性の呻く声を拾い上げていた。周囲には人の影など見えない。怨嗟の声は聞こえているが、どうにもカナデが拾った女の呻き声は、祠に封印された妖や呪詛のものとは違っている風に思われる。
何がどう違うのか、と言われれば少し判断に困ってしまうが、明確に“違う”ということだけは理解できるのだ。
思うに、それはきっと“温度”であった。
命ある者の声には、生きている者特有の温度が存在する。その温度を肌で感じることは出来ないが、確かにそれは存在するのだ。
「ははぁ。あれですね」
呻き声の出所を探せば、どうやら一軒の古い家屋がそうらしい。
家屋の周囲には、川底に渦巻く瘴気とも違う不可思議な雰囲気が漂っていた。拒絶と誘因を同時に行っているような……「近づきたい。けれど、近づきたくない」と直感的に思ってしまう奇妙な雰囲気。
その奇妙な雰囲気が、忌地一族の血に起因するものであることをこの時点でのカナデは知らない。
「……呪いや妖も家屋の周囲に集まっていますね? 誰かが祠を壊しましたか?」
はて? と首を傾げながらカナデは家屋の方へと向かう。
少しだけ逡巡したカナデは、まぁ、存外あっさりと考えるのを止めてしっかり閉まった戸を開けた。バキ、と鍵の壊れる音がしたけれど気にしない。
壊れる鍵が悪いのだ。
そんな意味のない鍵など壊れてしまった方がいいのだ。
「……おや? あなた、生きていますか?」
かくして、カナデは息も絶え絶えと言った様子の社兵衛を発見した。
●忌血の宿命
つまるところは反作用。
人の手に余る呪いや妖を抑え込むには、同じく人の手に余る呪いや妖を用いればいいと、遥か昔に初代の忌地 社兵衛は気が付いたのだ。
不規則な祠の配置は、呪や妖同士の反作用を考えてのものだ。
「まぁ、それも数を増し、祠が古くなるにつれて意味をなさなくなったわけだが」
そう言ったのは当代の社兵衛である。
目を覚ました彼女は、掠れた声で瘴気と祠について知り得ることの全てをカナデに伝えた。全てを聞き終えたカナデは、腕を組んで少しの間、思案する。
「つまり、もはや打つ手は無し?」
「まぁ、そう言う事になる。祠を全部壊して、中のものを適当に放逐するのが一番、被害が少なくて済むかもね」
当然、多少の人的な被害は出るだろうが。
ひと処に集めておくより、きっと遥かに軽微な被害に留まるだろう。例えるのなら、谷底は現在“蟲毒の壺”のようなものであるからだ。
「それでは、脱出しましょうか。臣民の1人程度、無事に地上までエスコート……おや?」
脱出の準備に取り掛かろう。
と、カナデが腰を浮かせたその時、誰かが扉の向こうに立った。
しぃ、と口元に人差し指を押し当てて、カナデは静かに扉の前に立った。
やがて、戸が開き。
「ばぁ」
「おいざっけんな!? 消し炭の刑に処すぞ!」
ペッカートは、とてもびっくりしたようだった。
地面に倒れた鬼が1匹。
全身を斬り刻まれ、息絶えている。
「はぁ……はぁ……人に化ける類の妖か? 手こずらせやがって」
鬼を足蹴に狂歌が肩で息をしていた。
激闘の末、鬼を討ち倒したのである。
「だが、巻き添えで結構な量の祠を壊せたな」
残る祠の数がいかほどかは知らないが。
周囲を漂う瘴気の密度は、随分と減ったように思えた。
逃げる、逃げる、逃げ回る。
追いかけて来るイズマとジョシュアから逃げる。2人とも幻覚を見ているらしい。そのおかげか、攻撃に精細さが欠けていた。
「よし。これで、もう1つ」
地面を滑る。
その頭上を、ジョシュアの魔弾が通過した。
エントマが回避した魔弾が、中に封印されていた妖ごと祠の1つを撃ち壊す。これで1つ、祠が壊れた。
ついでに、砕け散った祠の残骸がジョシュアの眉間にヒットする。
「あ……あれ?」
「ジョシュアさんも目ぇ覚ました!」
衝撃で目を覚ましたジョシュアが、周囲をきょろきょろと見まわした。
「長い夢を見ていたような」
「いや! そんなに長く無かったよ! 後で教えてあげるから、とりあえず逃げて!」
目を覚ましたのはジョシュアだけだ。
「ピアノを返せ!」
イズマは未だに、夢か幻を見ているらしい。
きっと夢か幻の中で、誰かに大切なピアノを奪われでもしたのだろう。比較的、温厚な普段のイズマからは考えられないほどに激高している。
「え? え? 何がどうなってるんですか、これ?」
「見ての通り! “どうかしてる”んだよ!」
困惑しているジョシュアの手を引き、エントマは谷底を駆ける。
イズマが目を覚ましたのは、これから数十分も後のことだった。
「これで良し、と」
最後の1つの祠を壊し、鏡禍は額の汗を拭った。
谷底を覆い隠していた不吉な気配が薄くなる。きっと、夜が来る前にはすっかり瘴気も霧散するだろう。
薄くなった瘴気の向こうに、谷を去っていくペッカートたちの姿が見えた。
そんな彼らの後ろに続いて、谷から逃げて行く妖の姿もある。
「……逃げて行った妖や、解き放たれた呪詛の類も、祓った方がいいんでしょうか」
今回、鏡禍は幾体かの妖と友誼を結び、幾つかの呪詛を鎮めている。
だが、鏡禍が取り逃がした妖や呪詛も多い。
その中には、大規模な災厄をもたらしかねない“良くないモノ”もいたはずだ。
「人の手に余る妖や呪詛を、人の手で何とかしようとするから、こんなことになるんです」
なんて。
そう呟いた鏡禍は、ひっそりと谷を立ち去っていく。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
お疲れ様です。
無事に谷底の祠は全て破壊されました。
忌地 社兵衛も無事に救出が完了しました。
彼女はこれから、逃げ出した妖や呪詛を調伏する旅に出かけるようです。
この度はご参加ありがとうございました。
縁があれば、また別の依頼でお会いしましょう。
GMコメント
●ミッション
谷底にある祠×99の破壊
●ターゲット
・祠×99
妖や、呪詛、呪物などが封印された曰く付きの祠。
元々は、別の土地にあったものだが歴代の社兵衛たちが中身を“祠の谷”に移したらしい。
どの祠も封印に綻びが発生しており、谷底の景色を歪ませている。
また、谷底には祠から漏れ出た瘴気が渦巻いており、何らかの幻覚や身体への悪影響が予想される。
祠を破壊すれば、封印を解かれた“良くないモノ”は、勝手に元の地へと帰っていくらしい。99の祠を全て破壊し、“良くないモノ”を解き放つことが今回の目的。全ての祠を破壊すれば、谷底の瘴気もすっかり奇麗に消え去るだろう。
なお、夜になると瘴気は濃さを増すため、破壊作業の継続が困難となる。
・忌地 社兵衛(5代目)
祠破壊のエキスパート。生死は不明だが、谷底に家があるらしい。
【呪い】をはじめとした、あらゆる異常が効き辛い体質。
また、社兵衛の一族は妖や呪詛の類に好かれやすい。
上記の体質を利用し、代々にわたって祠の破壊と“良くないモノ”の回収を生業としていた。
その結果がこのザマである。
●フィールド
豊穣。とある谷。
川が流れており、その周辺には99の祠と社兵衛の住まう家がある。
現在、谷には瘴気が立ち込めており、昼間だというのに夜のように暗い。
瘴気の影響で、幻覚や心身への悪影響が生じる可能性が示準されている。
動機
当シナリオにおけるキャラクターの動機や意気込みを、以下のうち近いものからお選び下さい。
【1】エントマに誘われた
エントマの護衛として同行しました。エントマからは「曰く付きの祠を速攻で破壊してきて!」と言われています。
【2】不吉な気配に誘われた
旅の途中で不吉な気配を感じて現地を訪れました。
【3】道に迷っている
道に迷っています。周囲には瘴気が立ち込めており、不穏な様子の祠がたくさん見えます。
祠の谷での過ごし方
祠の建ち並ぶ谷底での過ごし方です。
瘴気が渦巻いているため、ゆっくりすることは出来なさそうです。
【1】祠を破壊してまわる
祠を破壊してまわります。夜になるまえに、全ての祠を破壊しましょう。
【2】忌地 社兵衛を探す
安否不明の忌地 社兵衛を捜索します。
【3】怪現象に戸惑う
渦巻く瘴気や、祠を破壊したことにより解放された怪異による怪現象に見舞われます。
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