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シナリオ詳細

<プルートの黄金劇場>劫火のフィナーレ

完了

参加者 : 10 人

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オープニング

●承前
「居ない……!」
 屋敷に訪れたカイト(p3p007128)は奥歯を噛みしめた。
 ウラグラスの屋敷である。
 先の虐殺の一端を担ったものであると目される彼女は、既に姿を消していた。
「あの女……やっぱり首謀者だったのか……」
 そうつぶやくカイトに、刻見 雲雀(p3p010272)はいたわるように頷いた。彼の怒りを、充分に理解していたからだ。
 ウラグラス――クローリス=ウラグラスは、先の子供たちの虐殺、およびイレーヌ・アルエ暗殺未遂の事件において、『場を整えたもの』と目されていた。そもそも、急遽決まった、先の『子供たちのための会』は、クローリスおよび『クライアント』の発案であるということだったからだ。
 無論、それだけでクローリスを糾弾することなどは、決してできない。ただ、クロリス・クロウという、フローラ・フローライト(p3p009875)の使用人の存在と生存……それが、フローラの心に強い決意と勇気、そして確信を与えていた。

 あの時。災禍の後に、イレギュラーズたちとイレーヌは話し合いの場を設けていた
「彼女が無駄なことをするとは思えません」
 と、フローラはイレーヌへと告げる。
「あの場に、彼女がいた事こそが、揺るがぬ証拠だと信じます」
「彼女の意見に賛成する」
 カイトが言う。
「あの女は……あの状況で、恐怖心を感じていなかったように思う。
 あり得ると思うか?」
 もし、クローリスという女が無実であるならば、あのような虐殺の場に、いくら大物と言えど心揺るがぬはずがないだろう。
 知っていたからだ。あの惨劇に、自分は巻き込まれぬという事を。
「……まずは、事情聴取を行いましょう」
 と、イレーヌは言った。イレーヌもまた、クローリスという女の存在に、そして彼女の経歴に、強い警戒を抱いていたからだ。
「もし、彼女が魔と関与していないのならば、幻想の常として片づけていたかもしれません。
 しかし、彼女が魔とつながりがあるのだとしたら、それは別です。
 多少の強権を用いても、彼女に接触しましょう」
「はい」
 と、メイメイ・ルー(p3p004460)は力強くうなづいた。手のひらからこぼれてしまった子たちの顔を、覚えている。あのような残虐な場を、いともたやすく設定するような人間を、許しておくつもりはない。
「かならず……尻尾を、つかんで見せます……!」
 ブランシュ=エルフレーム=リアルト(p3p010222)も、頷きで返していた。

 そういった状況からクローリスの屋敷に踏み込んだイレギュラーズたちであったが、そこにクローリスは居なかった、という状況だ。
 使用人の話によれば、『急に地方への視察に出かけた』のだという。
「妙だな」
 と、ブランシュが言う。
「奴は腐っても幻想貴族だ。いや、幻想貴族などは腐ってからが本番だろう。
 多少の証拠や詰問なら逃れられる。イレーヌの強権とはいえ、それだけが致命打になるとは思えない」
「という事は」
 雲雀が言った。
「何か……起こすつもりで、姿を消した?」
「あるいは、『クライアント』とやらの指示だ」
 カイトが言う。
「背後にいる、魔種、ですね」
 フローラは頷いた。
 最初は、家族の仇なのだ、と思った。だが、クローリスという、あの禍火のような女は、己の欲を満たすために、よっぽど、大きいことをしようとしているらしい。今はそのように理解している。
 家族の仇。クロリスを傷つけた報い。いいや、それだけじゃない。きっと、世界の平和のために。
「私は、彼女と、対峙しなければならない……」
 フローラは、静かに決意の言葉を口にした。
 事態が動いたのは、それからほんの少し後の事である。

●黄金の幕開け
 ローレットへと情報がもたらされた。
 黄金劇場にて行われる、『冥王公演』の実情だ。
 リア・クォーツ(p3p004937)という『聖女』を、受信機から発信機へと仕立て上げ、世界中――最低でも幻想国すべてには『強烈な原罪の呼び声を拡散する』。
 ダンテという男が構想した『煉獄』という楽曲。ダンテという男の生み出した『究極の原罪の呼び声』である。リア・クォーツという歌姫を得たダンテは、世界に、原罪の呼び声を拡散するのだ。
「ふざけるな……」
 カイトがつぶやいた。
「彼女は……そんなことのために、彼女は……!」
 苦しげに呻くカイトに、雲雀が寄り添う。
「……止めよう。
 俺も全力で力を尽くす。
 俺達なら、そんなシナリオを書き換えられるだろ?」
 雲雀の言葉に、カイトはうなづいた。いずれにしても、この冥王公演は止めなければならない。だが、この公演が行われる『黄金劇場』とは、どこに存在するのか?
「この混沌の何処とも言えぬ、いわば『魔種の空間』か」
 ブランシュが言う。
「冠位ともなると何でもありだな」
「ですけれど、今は座標を、特定できています」
 メイメイが言う。
「今なら、侵入できるはず、です。
 そこに……」
「ええ。きっと、クローリスも、居るのですね」
 フローラが言った。
「それに、きっと、あの時逃げ延びた魔種……サリア、も。
 前回の事を考えれば、配下の魔種を防衛に当たらせているはずですから」
「はい。ここで、すべてに……決着を、つけましょう」
 メイメイの言葉に、仲間たちはうなづいた。
 かくして、イレギュラーズたちは黄金劇場へと至る。
 決戦の時は、今ここに訪れようとしている。

●幕間
 クローリス・ウラグラスという女がいた。優しくて、ころころと笑う、淑女であった。
 穏やかで優しい父は、その優しさゆえに、悪魔の住処である幻想貴族界隈では常に食い物にされていた。父は笑う。「たとえ損をしても、神様に恥じない人間になるんだよ」と。そのように、クローリスは優しい言葉で育てられた。
「馬ァ鹿なんじゃないですか?」
 父の最期の瞬間に、クローリスが言った言葉である。父は病死であった。厳密には、内臓を腐敗させる病によく似た症状をみせる毒物を、少量ずつ食わせ続けたのだ。
「死の間際まできれいごとをぐだぐだぐだぐだと。
 いいですか、御父上。貴方のそのクソみたいな甘さで、わたくしがどれだけ苦労したのかご存じですか?
 いいえ、きっとどこか、平和な国の平和な世界では、貴方のようなド甘い馬鹿でもへらへら笑いながら暮らせるのかもしれませんけれど。
 此処はそうじゃない。
 幻想国の、貴族は、そうではないのです。
 騙し、蹴落とし、殺し、消して、富をむさぼる。
 わたくしには、そうしていい権利と資格があります。
 あなたが押さえつけていたのですよ、御父上」
 クローリスは上昇志向の強い女だった。自分がすべてを手に入れるためには、あらゆることをやろうという性根もあった。
 結局、彼女が魔と取引したのは、当然のことだったのかもしれない。
 そうすれば、すべてが手に入るのだとしたら――。

「しかし、クライアント様よりも、どこぞの音楽家の方が状況をみえていますわね」
 と、クローリスが言う。
「だいたい、絶対なんてものは絶対破られるものです。その上での対策などはしてもし足りないほどに」
 クローリスは自信家だが愚かではない。それは、幻想国という伏魔殿で生き残るために着けた知恵のおかげでもある。
 クローリスは、『絶対強者』ではないがゆえに、それなりの『社交性』をしっかりと身に着けていたのだ。それが、彼女がこれまで幻想で恣にふるまってこれた理由でもある。
「あなたも失敗しましたものね?」
 そう、隣の女に笑いかける。
 死んだような眼をした女が、そこにいた。
 サリアと名乗った魔種である。
「ええ」
「反論は?」
「特には」
 淡々と言うのへ、クローリスは若干の苛立ちを覚えた。そもそも、お前が仕事を成功させていれば、こんなことにもなっていないだろうに。わたくしは、しっかりと場をセッティングしてやったのだが――。
「まぁ。終わりよければなんとやらとも言いますね。
 わたくしが前線にいろとは業腹ですが、まぁ、ちょっとした運動と思えば悪くはない。
 あの間の抜けたメイドでは、運動にもなりませんでしたからね」
 クロリスと名乗った女を思い出す。そう言えば、生きていたのか。念入りに殺しておけばよかった。そうすれば、もう少しいい気分でいられたかもしれない。
「……そう言えば、貴女はどうして、こんなことに協力していますの?」
 尋ねる。
「オリオスとか言う魔種は、『たくさん魔種になったら殺し合いが楽しそうだから』とか言う愚かな理由で協力していたようですけれど。
 あなたは?」
「祝福を」
 と、サリアは言った。
「呪いと、祝福を。
 神は、私たちを見捨てた。
 今度は私たちが、神を見捨てる。
 神が私たちを見捨てなければ、『彼』は死ななかったから」
 そう言えば――こいつは、仲間の『彼氏』が死んだことに絶望したとかで反転したのだったな。そう、クローリスは思い出す。
「そんなことのために、ルクレツィアの力を受け入れたと」
「はい」
 そう、サリアはうなづいた。
 見るものが見れば――そのうちに、恐るべき力がにじみ出ていることに気付くだろう。
 サリアは、憤怒の魔種だった。だが、今はさらに違う『なにか』が、その体から湧き出ているのがわかる。
 ルクレツィアの権能が一つ、増幅。それが、サリアの絶望を、力を爆発せんものへと変えていた。
 サリアの体かられ漏れいずる炎が、ぼう、と落下して、人の姿のようなものをとった。それが、ぼう、ぼう、ぼう、と落下して、次々と、焔の、蒼い炎の軍勢を産みだす。
 『神よ聞け、我が絶望の声(エーヴィッヒ・ブラウフランメ)』。
 彼女の絶望が漏れいで形となり、生み出す軍勢――。
「まぁ、良いのですけれど」
 それにしても、イレギュラーズたちも哀れなものだ。この厄介な女を相手に、作戦を遂行し、脱出せねばならないとは!
「ああ、お可哀そう、お可哀そう。
 きっとだれ一人逃げられないわ」
 クローリス・ウラグラスが笑う。
 此処はきっと、絶望の戦場に間違いなかった。

GMコメント

 お世話になっております。洗井落雲です。
 突破してください。

●成功条件
 一定時間、このエリアを確保し続ける。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

●重要な備考
 成否や状況で『<プルートの黄金劇場>冥王公演』の判定結果に影響を及ぼす可能性があります。

●背景
 『巨匠(マエストロ)』ダンテよりイレギュラーズに名指しで招待状が届きました。そこにはガブリエル・ロウ・バルツァーレク伯爵が拉致された旨が記されていました。
 この招待の結果を受け、リア・クォーツ(p3p004937)さんが行方不明になりました。
 一連の動きには冠位魔種ルクレツィアが関わっている可能性が高く、ダンテはリアさんを利用して何かとても酷い事を起こそうとしているようです。そして、遂にダンテ(と、ルクレツィア)が動き出しました。
 詳しくはトップページ『LaValse』下、『プルートの黄金劇場』のストーリーをご確認下さい。
 本シナリオでは黄金劇場で開演される『冥王劇場』へと乗り込む為の『通路』を攻略するシナリオとなります。
 退路を確保するという意味合いで非常に重要なシナリオとなります。ご無事にご帰宅できるかは皆さんに掛かっています。

●状況
 マエストロ・ダンテの『冥王公演』。
 聖女を送信機として、世界中に『原罪の呼び声を拡散する』事が目的の本公演は、今まさに実行の時を待っているようです。
 これは絶対に、止めなければなりません。
 しかし、敵もこちらを警戒し、開演までの足止めとして、各エリアに警備の魔種を配置しています。
 此処に現れたのは、赤き激情の炎の魔種、クローリス・ウラグラス。
 蒼き絶望の炎の魔種、サリア。
 そして、増幅の権能を受けたサリアの生み出した、炎の軍勢たち。
 炎が、皆さんを待ち構えています。
 皆さんはこのエリアを確保し、敵を相手に耐久戦を続け、通路を確保し続ける必要があります。
 戦闘エリアは、黄金劇場、入り口ホール。
 特に戦闘ペナルティなどは発生しません。戦闘に注力してください。

●エネミーデータ

『壊炎の濁青』、サリア ×1
  身の丈に合わぬな剣を、膨大な蒼き炎の魔力で身体強化を行い振り回す、スピードとパワーを兼ね備えたアタッカー。
  その素早さで前線をひっかきまわしつつ、強烈な一撃を加えてくるでしょう。
  今回のサリアは、ルクレツィアの権能、『増幅』を受けており、非常に強力な存在になっています。生半可では、勝つことは困難です。
  回避力も高めですので、確実に攻撃を当てていくことが重要かと思われます。
  ただし、追い詰められると『背水』を用いた攻撃が解禁されるほか、『復讐』を持つ攻撃も持ち合わせています。
  倒すなら一気にたおしてしまった方が無難かもしれませんが、増幅を受けたサリアは恐ろしい存在であることは忘れないでください。

『炎薔薇の魔女』、クローリス ×1
  お嬢様然としたいでたちの赤の魔女。本来は裏方担当を好みますが、当然のごとく魔種なので戦闘面でも充分強敵です。
  反応速度はやや遅めですが、その分高いHPや攻撃力を持ち、主に遠距離から苛烈な攻撃を繰り出してきます。
  BSとしては、『火炎』系列や『毒』系列の付与による攻撃、『足止め』系列や『乱れ』系列を広範囲に付与してのサリアのサポートなど、いろいろとデキる女です。
  弱点としては、やはり接近戦は比較的不得手、という所でしょうか。とはいえ、接近すれば無力化できる、というわけではないので、多少の被害は覚悟で突撃してください。

『神よ聞け、我が絶望の声(エーヴィッヒ・ブラウフランメ)』 ×???
 サリアから漏れおちる絶望の青い炎が、ルクレツィアの権能、増幅を受け形となって生み出された軍勢です。
 戦闘開始時点で8体。時間経過ごとに、ランダムでサリアの体から生まれおちます。
 基本的に『火炎』系統のBSを利用する、近接アタッカーといったイメージです。マイルドサリア、みたいな感じです。
 耐久戦になるため、主にこいつを減らし続ける戦いになるかと思います。もちろん、サリアを倒せば供給は止まりますが、非常にしんどい戦いになるかと思います。

 以上となります。
 それでは、皆様のご参加とプレイングを、お待ちしております。

  • <プルートの黄金劇場>劫火のフィナーレLv:50以上完了
  • GM名洗井落雲
  • 種別EX
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2023年12月23日 22時06分
  • 参加人数10/10人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

ヨゾラ・エアツェール・ヴァッペン(p3p000916)
【星空の友達】/不完全な願望器
メイメイ・ルー(p3p004460)
祈りと誓いと
カイト(p3p007128)
雨夜の映し身
アルム・カンフローレル(p3p007874)
昴星
マッチョ ☆ プリン(p3p008503)
彼女(ほし)を掴めば
物部 支佐手(p3p009422)
黒蛇
フローラ・フローライト(p3p009875)
輝いてくださいませ、私のお嬢様
メリーノ・アリテンシア(p3p010217)
そんな予感
ブランシュ=エルフレーム=リアルト(p3p010222)
航空猟兵
刻見 雲雀(p3p010272)
最果てに至る邪眼

リプレイ

●火というもの
 火とは――。
 物質の燃焼によって発現するものである。
 燃焼。発火。すさまじい熱エネルギーによって生まれる其れは。
 あるものにとっては、渇望であり。
 あるものにとっては、絶望であった。
 渇望の火は、欲望とともに真っ赤に染まり。
 絶望の火は、悲嘆とともに真っ青に染まった。
 対照的なれど、ここにいる魔は、どちらも『火』であった。
 すべてを手に入れる激情の赤。
 すべてを拒絶する絶望の青。
 赤と、青。
 二つの、火。
 属性は異なれど、二つの、火が。
 イレギュラーズたちの前に、立ちはだかっている。

 サリアの体から、ず、ず、と、青い炎が零れ落ちた。それはぼとり、と地に落ちると、青い炎の人型に変わる。
 『神よ聞け、我が絶望の声(エーヴィッヒ・ブラウフランメ)』。
 嘆き。怒り。絶望。その声。
 イレギュラーズたちが『戦場』へと到着した時、敵はまさに、迎撃の準備万端を整え終えたところである。八体の、『絶望の声』たち。そして、魔、サリア、クローリス。
「クローリス……!」
 『華奢なる原石』フローラ・フローライト(p3p009875)が、睨みつけた。
 因縁の相手であるといえた。
 家族を奪い、また新たに家族を奪おうとした、仇敵であった。
「フローライトの……」
 忌々し気に、クローリスは目を細めた。
「つくづく、上から下まで不愉快な一家ですね。
 何度邪魔をするのです。何度『ぶんぶん』と飛び回るのですか。
 うっとうしいハエが」
「俺たちがハエだというのならば」
 『雨夜の映し身』カイト(p3p007128)が、その激情を瞳に灯しながらそう言った。
「それはアンタの身から、ドブ川の臭いがしみだしているからだろうさ。
 隠そうとしても隠しきれない。
 ……コンサートホールにだって格式はあるだろうが、嫌な格式だな。
 なんでって――さっきからドブの匂いとその奥から隠せもしない更に強烈なドブの匂いがするからさ。
 匂い隠しで扉を閉める、だなんて無粋なことをされちゃ困るんだよな」
 怒りを、隠そうともせずに、カイトはそういった。クローリスが不快気に鼻を鳴らす。
「随分と無礼な方ですね。
 以前はもう少し物静かだと思っていたのですが?」
「ああ。ドレスコードだったからな。
 今はもう必要ないだろう?
 こんなドブの臭いのひどいところで、豪奢なドレスを着る必要もない。
 まぁ? 死に装束ならとめはしないが。
 アンタのその赤いドレスも、火葬にするにはいい燃料になりそうだ」
「は、はは」
 クローリスが笑う。
「傲慢とはこのことですね。
 天義のほうで暴れてらしたら? クライアントのきょうだいだかが、暴れているところでしょう?」
「傲慢だっていうのならば、それは貴方だ、クローリス」
 『最果てに至る邪眼』刻見 雲雀(p3p010272)が、静かに声を上げる。
「先日はどうも。
 ――好き勝手してくれた分、こちらも好き勝手し返しにきたよ。
 あの時に失われたもの、どれだけ嘆いても、怒っても、返ってはこない。
 それでも……貴方を放っておくわけにはいかない」
「あの時、救えた、ぬくもりがあります」
 『約束の力』メイメイ・ルー(p3p004460)が、言った。
「零してしまったぬくもりが、冷たくなっていく、のも。
 サリアさま」
 メイメイの言葉に、サリアがわずかに視線を向けた。
「サリアさま。
 貴女たちのなさった事を、わたしは……許しません。
 サリアさまは、沢山のサリアさまを、あの日生み出しました」
「――」
 サリアが、わずかに息を吸い込んだ。
 しかし、その氷のような青い炎は、わずかでも揺らぐことはないのだろう。
 届かないのかもしれない、とメイメイは思う。それでも。
「けれど、わたしはサリアさまを、見捨てはしません、よ。
 『神』に縋らなければ、怒りの矛先すら、見つからないほどに……愛した人がいて。
 貴女の絶望を、怒りを、哀しみを……その在り方を、高い場所から、嗤っている存在がいるのも、また、許せない」
 ルクレツィア、の名を思い浮かべる。そして、この先で、それと対峙しているであろう、仲間たちのことも。
 彼らのためにも、ここを、死守しなければならない。彼らが帰ってくるこの道を、死守しなければならない。
「そうだよ……!
 「冥王公演」……。
 ひとりの女性を絶望させるためだけに、多くの……無関係な子どもたちの命を奪った?
 そんな蛮行、許されるはずない……。
 どうして皆、世界に復讐すると言って無関係な人を巻き込むんだ……!」
 『昴星』アルム・カンフローレル(p3p007874)の言葉に、サリアはわずかに視線を揺らせた。
「無関係、ではありませんから。
 この世界の、神の作り出した何かであるのならば。
 それもまた、私の焔が焼き尽くす対象であるのならば」
「壊れてる……!」
 アルムが言った。
「そこまで……壊れてしまえるのかい……?」
「狂人の思考を考えると疲れますよ」
 皮肉にも、労う様に言ったのはクローリスだ。
「その娘はずいぶんと壊れてしまっていますから。
 そちらの『めぇめぇ』娘は、それでも手を伸ばそうとしているようですが」
 ふん、と、クローリスは笑う。
「無益です。ああ、まったく。
 狂った(はんてんした)娘を助け出せるわけがないでしょう?」
「貴方は」
 フローラが言う。
「彼女とは違うのですね。
 きっと……己の欲望のままに、魔に手を伸ばした」
「くだらないお涙頂戴は嫌いですから」
 クローリスが笑う。
「どうせ壊れるのでしたら、もっとより良きことに使ったほうがいい。
 まぁ? わたくしは特に壊れていませんけれど?」
「もとより腐った幻想貴族だ」
 『死神の足音』ブランシュ=エルフレーム=リアルト(p3p010222)が言った。
「最初から腐りきっていたのだろうよ。
 不思議ではないな。
 もとからイカれているのを誇る必要はないだろう?」
「持たざるハエの羽音として見逃しましょう?」
 クローリスが言う。
「其れとも……それも、あの失敗して死に失せた、オリオスとかいうご姉妹の思想で?」
「俺とオリオスは違う」
 ブランシュが言った。
「だが……奴の気持ちもわかるつもりだ。
 といっても、こんなことを言っても貴様にはわからないだろうさ」
「ええ、まあ。
 言ったでしょう、お涙頂戴は好きではありませんし。
 そう言ったウェットな感情も好みではありませんから」
「つくづく、自分本位な人なんだな」
 『【星空の友達】/不完全な願望器』ヨゾラ・エアツェール・ヴァッペン(p3p000916)がそういった。
「気に入らない。ただそれだけだ」
「別にあなたに好かれたいとは思っていませんけれど」
 毛先を指でもてあそびながら、クローリスは言う。
「心地よい正義の弾劾の時間は終わりましたか?
 存分に、お前は悪だ、おかしいのだ、と吠え終わりましたか?
 結構。
 そのようなこと、幻想に住んでいれば、しょうもない負け犬から嫌というほど聞いていましたから。
 今更その程度のことで、わたくし、心揺れませんもの」
 愉快気に笑った。
「あなた方は、大体にいつも、同じようなことを申し上げますのね?
 倫理? 正義? 普遍的なもの? 人間らしさ?
 それが誰かを救ったことがあるのですか?
 それがわたくしの欲望を満足させました?
 このいかれた小娘のカレシを蘇らせました?
 あなた方はいつもそう。ぴーちくぱーちく綺麗ごとをわめいて、誰かに踏みにじられて騙されて苦汁を飲まされたとしてもへらへらと笑っている」
「ウラグラスさん……貴方のお父上のことですね」
 フローラが言う。
「とても善良な方だったと伺っています。それを――」
「そう。ずいぶんと人の善い間抜けでした」
 鬱陶しそうに、クローリスは言った。
「綺麗であれ。正しくあれ。
 それが幻想という国で通用するとでも?
 いいですか? 正しさだのなんだというものは。
 踏みつける側が、奴隷に精々の自尊心と自己肯定感を与えるための方便に過ぎませんの。
 あなた方と同じ。
 負け犬がぺろぺろと傷をなめあうための、言い訳に過ぎません」
「もういいぞ」
 『特異運命座標』マッチョ ☆ プリン(p3p008503)が、怒りの感情を隠そうともせずに声を上げた。
「もう、いい。
 多くは知らない……聞いてる事だけ知ってる。だから、言わせて貰うぞ。
 仲間を守るんだ。退いて貰う。
 それだけでいい」
 構えた。ゆっくりと。
「わしらの目的は」
 『黒蛇』物部 支佐手(p3p009422)が、言った。
「時間稼ぎですから。
 少しばかりのご協力(おはなし)を感謝。
 とはいえ、ここからは、実力で時間を稼がせてもらいます。
 正直、『耳が痛い』のですよ。
 きぃきぃと、甲高い悪罵を。
 比喩のような言葉ではありませんよ。
 つんざくような声が不愉快です」
 火明の剣を、しゃん、と抜き放った。鈴が鳴るような剣戟の音を鳴らし、ゆっくりと構える。
「これ以上、おんしが弱い言い訳を、きぃきぃと聞いてやる必要はありません。
 準備はよいですか、皆様がた」
「ええ、ええ、もちろんよ」
 『未完成であるほうが魅力的』メリーノ・アリテンシア(p3p010217)が言った。
「悪党のつまらない言い訳を聞くのはもう十分。
 始めましょう? ここはコンサートホールなのだから。
 踊るもよし。歌うもよし。
 公演時間のいっぱいまで、シャル・ウィと行きましょう」
 構える。
 おそらく――。
 このエリアでの戦いが終わるまで、そう、そう、長い時間はかからないだろう。
 はた目から見れば、ほんの一瞬。
 あっけないほどに、短い『時間稼ぎ』なのかもしれない。
 だとしても――。
 この場にいる、我らの稼ぐべき時間は膨大。そして貴重。
 友のために稼ぐ時間は値千金。
 そのために、命を懸けるのならば――!
 綺麗ごとではない。これは決意だ。
「正義がどうのこうのというのが気に入らないならば、これはオレたちの意地だ」
 マッチョ ☆ プリンが言う。
「友達を、護る。助ける。一緒に帰る。
 そのための、戦いだ!
 覚悟しろ、焔の魔種ども!
 この場所は、オレたちが制圧する!」
 その叫びとともに――。
 両者は踏み出した。
 黄金劇場。その、ロビーにて。
 公演ではない、しかし苛烈にして重要な戦いが――。
 始まる!

●青は絶望の色
 この時、真っ先に動いたのは、『サリア』である――。
「はやい、な」
 さしものブランシュも舌を巻く。ただでさえ高い身体能力は、ルクレツィアの権能によりより『増幅』されていた。今この場に、サリアを差し置いて動けるものなどはいないだろう。だが――。
「貴様は独りだ。どこまで行っても」
 たとえ、真っ先に動いたサリアが、苛烈な剣戟にて青の焔を振りまいたとしても。
 その炎が、仲間たちの体を傷つけたとしても。
「俺たちは、そうじゃない」
 ブランシュの背中には、多くの仲間が載っている。
 友が、ブランシュが駆けだすのを待っている! ともに走り出そうと!
「貴様との違いは、それだ。それだけだ」
 それだけ――だと、しても。
「大きな違いだ。
 魔に落ちた、貴様と、俺たちとの」
 違いだ。大きな!
 たとえ、その絶望の声をに力を与えられ、傀儡の青き炎を生み出したとしても!
 そこが、決定的な違いなのだ!
 ブランシュが、駆ける――その背に、その手に、友を乗せて。
 駆ける! 先導の翼!
「相手は、魔種だ」
 ヨゾラが言った。
「でも、ここで倒す必要はない」
「あら、始める前からあきらめを?」
 あざけるようにクローリスが言うのへ、かぶりを振ったのは、フローラだ。
「私は……私たちは、間違えません。
 いま、やるべきことを……!」
「それで虫の息になったのが、あのクロリスとかいう羽虫でしょう」
「クロリスは! 私が慌てふためくのを望みはしません!
 彼女は、私に託してくれたのだから……!」
 思いを。続きを。ゆえに。
「ここで、貴方を打ち倒すことはしない。
 道筋は、見つけた。いつでも、貴方に迫れるのならば。
 今ここで私がなすべきは、仲間の無事なのですからッ!」
「負け惜しみでしょう!?」
「そう、思いますか……!?」
 メイメイが叫ぶ。支佐手が続くように叫んだ。
「メイメイ殿、機を見て手はず通りに。頼りにさせて頂きます!」
「まかせて、ください……!」
 二人が、一気に駆けだした。
 眼前に迫るのは、青き炎だ。
 青き、怒り。
 焔の憤怒。
 サリア。
 絶望と悲嘆の、魔。
「『彼』……ですか。哀れなもんです。わしらにその余裕がありゃ、ここで引導を渡してやるんが、せめてもの情なんでしょうが」
 支佐手が言う。
「すみませんが、この先へ通すわけにゃいきません。かつてのおんしと同じ様に、わしにも守るもんがありますんで」
「私と」
 サリアが口を開いた。
「私には、もう、ないのですから。
 あなたにも、失ってもらいます」
 怒りが。絶望が。世界よ、かくあるべしという妄念が。
 青き炎となって、支佐手の前へと立ちはだかる。
「わたしは。
 貴女の復讐に、お付き合いします……!
 さあ、ぶつけて下さい……受け止めて、あげます」
 メイメイが、決意とともにその手を握り締めた。
 受け止める。あの、怒りを。そばに立つだけで燃え尽きてしまうような、強烈な炎を。
 怖い、と思う気持ちがないわけではない。
 それでも、と心奮わせる気持ちがないはずがない。
 ここに立つ。いろいろな思いを抱いて。
「うぬぼれないでください」
 サリアが言った。
「貴方ごときに。
 私の悲しみは受け止められない。
 受け止めさせない。
 私の怒りは、世界を焼く猛毒なのですから」
 ふるう――炎。支佐手が、巫剣によって受け止める。
「焼いてごらんなさい。怒りてごらんなさい。
 止めます。メイメイ殿も。わしも」
「オレも、だ」
 マッチョ ☆ プリンが、言った。
「サリア……。仲間のために、怒ったヤツ、か。
 それは、怒るよな。大事なヤツが死んだら、悲しいさ、嫌さ、絶望するさ、怒るさ。
 オレも、無くして、そうなった。……けど、そこからが違ったんだな。
 オレが何よりも許せなかったのは……自分だ。バカで、弱くて、そんな事を思いもしなかった自分自身だ。
 オレ達はきっと、怒ったものが違うだけの……」
 すこしだけ、胸に熱いものを、眼がしらに熱いものを感じながら。マッチョ ☆ プリンは、続ける。
「……でも。もう一度、言わせて貰うぞ。
 どけ。オレは仲間を守るんだ。
 その他の事を……考えてる暇はない!」
「その仲間、ここで焼きます」
 サリアが言った。
「その仲間、ここで破滅の引き金とします。
 世界を呪う猛毒とします。世界を焼く破滅とします。
 私は許さない。私は世界を呪い、世界を焼く。
 私は許さない。私は許さない。けっして、けっして、この世界を」
「受け止めます」
 メイメイが、言った。
「勝負です。あなたの、心と。わたしの、心」
 どちらが、先に、焼け落ちるのか。

 『絶望の声』たちは、単純に言えば『ダウンサイジングされたサリア』というような性能をしていた。サリア本人には比べるべくもないが、もちろんただの『雑魚』というわけではない。それ単体でも、充分な脅威であるのだ。
「ブランシュちゃん、あなたが落ちたら、こっちのまけよ」
 メリーノが言う。攻撃の起点は、ブランシュであるといえた。
「全力で守るわ。全力で支えるわ。
 こういうとなんだけど、わたしが傷ついて倒れても、代わりはいるもの」
「――」
 否定も肯定もできない。否定できるほど、敵は弱くない。肯定できるほど、絆は脆くはない。
「カイト、雲雀――奔れ」
 ブランシュの言葉に、カイトと雲雀は駆ける。
「カイト、俺は――」
 雲雀が言うのへ、カイトはうなづいた。
「今は、ここを制圧することだけを考えてくれ」
 そういうのへ、雲雀はわずかに息をのんでから、うなづく。
 あれほどまでに、怒りを、嫌悪を、あらわにするカイトを見たのは、もしかしたら初めてかもしれない。
「ここで止める――!」
 カイトがその腕を振るう。『降る』白雨。『昇る』黒雨。二つの雨が、絶望の声を濡らす。叩く。穿つ。降り、昇る。雨。バチバチと音を立てて、絶望の青き炎がその炎をわずかに散らす。
「どれだけの理由があろうと! どれだけの苦しみがあろうと!
 アンタたちのやったことは! 肯定されるものじゃない!
 されて、たまるものか!」
 叫びが、血を吐くような叫びが、響いた。絶望たちが、その叫びに応じるように、青き炎の刃をふるう。カイトの体に、青い炎の刃が食い込んだ。激痛。だが、すぐにその傷を、アルムが癒した。
「痛みを完全に癒すことはできないけど……!」
「充分だ」
 カイトが言った。
「充分だ……!」
 気迫が、さらなる雨を降らせる。昇らせる。雨が、絶望たちの力をそいでいくのがわかる。苛烈な、抵抗。
「サリア、前に言ったね?
 「世界が自分たちを傷つけたのだから今度は自分たちが傷つける番だ」と!」
 雲雀が、叫んだ。
「……子供みたいなことを言うものだ。
 なら、俺たちはそちらに仲間を攫われ傷つけられたからお前を傷つけていいし、
 お前に殺された人々の身内もそうしていいワケだ。
 自分たちだけの権利だなんて言わせないよ?
 確かに被害者かもしれないけど、被害者面で相殺可能な線はとっくに越えてるもの」
 その言葉は、理論的といえるだろう。被害者は、増えていく。連鎖させていけば。
「世界は呪わせない。
 その喉も腕も縛り付けてやる。
 ――お前の怒りなんて生温いぐらいこっちも怒ってるんだよ」
 雲雀の描く『紅芒』が、ホールの空間を割いた。駆ける紅が、青の焔を切り裂く。ばぢん、と音を立てて、青の焔が飛び散った。
「生ぬるい」
 サリアが静かにつぶやく。
「あなたに、私の、何が」
「分からない……としても!
 俺の気持ちも、お前にはわからないだろうに!
 だから……!」
「だとしても……! この怒りは……!」
 サリアの炎が、体から零れ落ちる。青の炎が、倒した分より少ないとしても、さらなる絶望の声を響き渡せる。刃が、絶望の炎が、雲雀の体を貫いた。さながら、怒りが、絶望が、雲雀の体を焼くようだった。
「雲雀殿!」
 支佐手が叫んだ。敵の攻撃は、あまりに苛烈だった。些か、『絶望の声』たちのせん滅速度が遅かったかもしれない……!
「おんしの仇はここに居る! 首を取るんなら今ぞ!」
 叫ぶ。とっさのそれは、常ならば特段の効果を齎さなかったかもしれない。されど、今は、サリアは、激高とともに壊れていた。
「お前が――ッ!」
 この時、絶望と怒りが、一斉に支佐手を貫いていたような感覚を覚えた。
 感情が、抱いただけで、人を殺せるものか。だが、確かに――その恐ろしき怒りは、この時、支佐手を貫いたような錯覚を覚えさせた。
「支佐手さま……!」
 メイメイが叫ぶ。マッチョ☆プリンのカバーも間に合わない。サリアの恐るべき炎の斬撃が、支佐手の腹を貫いた。サリアの胸にかけられたネックレス、その先に、指輪が踊るのが、支佐手には見えた。
「それが、おんしの……」
「いったん下がれ!」
 マッチョ☆プリンの叫びに、メイメイが飛び込む。サリアを引きはがす。
「お相手は、わたしが……!」
 メイメイが、その地さな体を挺して、サリアに向き合った。体の大きさは、似たようなものかもしれない。しかし、その身の内からほとばしり憎悪と怒りは、メイメイの体を圧倒せんばかりに感じられた……!
「アルム! 戦線復帰は無理でも、せめて命だけは!」
「まかせて!」
 アルムが叫んだ。支佐手が意識を飛ばしそうな激痛を堪えながら、
「最低限で大丈夫じゃ、命がつながれば」
 死にはしない、戦線を維持しろ、と叫ぶ。アルムはその意志を組んで、最低限の治療を行った後に戦線へと舞い戻る。
 誰もがいのちを懸けて戦っている。そこに例外はない。

「なんとも。泥臭いものですわね」
 と、クローリスは嘲るように言う。敵は『必死』だ。クローリス自身もちょっかいをかけているが、彼女自身が『乗り気』であったかといえば疑わしい。イレギュラーズたちの戦法にもよったが、クローリス自身の撃破の優先度はかなり低い。当然ながら、クローリスを撃破して留飲を下げたところで、この場を維持できなければ敗北なのである。であれば、クローリス自身などは、最低限おしとどめておけばいい、というのは当然の帰結だろう。
 クローリスは、その『自分の立場』をわきまえていたから、そのようにふるまっていた。わざわざ自分から前に出て暴れまわるというのも、彼女の性にも戦法にもあっていない。そこのところを見極めていたのは、イレギュラーズたちの戦術眼の確かさとも言えただろうか。
「クライアントにも、予想外というものを想定しておいてほしいですが。
 しかし、そこに現れたのがこの程度では」
 嘲る。決死に、友のために戦うイレギュラーズたちを、ウランガラスの女は愚かと嘲る。
「予想外、か」
 カイトが言う。
「想定外ってのは『起きる』物なのは、そっちも分かってることだろ?
 だから、『起こし』に来たんだ。身を張るには十分な理由だと思わないか?
 お前は分かっちゃくれないかもしれないけどな」
「その結果が、このざまでは」
 クローリスが、挑発するように言った。
「無駄でしたね」
「僕たちは、諦めない」
 ヨゾラが言った。
「たとえ、奇跡を願ったとしても」
 それは決意であり、覚悟であった。もしこの場を維持できないのであれば、この命を捨てても惜しくはないと思っていた。
「それで、正しきもののうちに奇跡が起こり、ハッピーエンドですか」
 クローリスが、不快気に眉をひそめた。
「ただしい、ただしい、ただしい。
 うんざりです。
 そうやって、くだらない言葉遊びに耽溺なさっていては?
 結局――それはいいわけなのです。先ほども言いましたが。
 何もできない。何も成せない。
 力なき、愚図な人間の、自己正当化ですよ」
「だとしても」
 フローラが、言った。
「私は、そんな人間の方がすきです。
 お父様も、お母様も、クロリスも」
「だから死んだんでしょうが、貴方のバカな家族は」
 クローリスが嘲る。
「貴方も送って差し上げましょうか。
 せいぜい『天国』とやらで、仲良く傷でも舐めあっていなさい」
 強烈な炎のウェーブが、フローラをなぶった。「ああっ……!」と、その激痛に、たまらず悲鳴を上げた。
「私はあの世とかそう言うのを信じておりませんので。現世利益が一番ですの。
 あの世の利益は上げます。だからさっさと死んでしまいなさい」
 焔が、身を焼く。蛍石の、少女の。
「……どうしました。私は、まだ、死んでいません」
 立ち上がる。フローラが、凄絶な笑みを浮かべて。
「あなたの前に居るのはかつて殺し損ねた娘。
 取るに足らないと軽んじた負け犬。
 だけどクロリスや皆のおかげで私は此処に至った。
 私はまだ死んでいません。貴方の前に立っています。
 貴方の炎がどれだけ私を焼こうとも、貴方の炎が私の血肉を沸騰させようとも。
 私はまだ死んでいません。
 それが、父と、母と、クロリスの、想いを継ぐという事。
 貴方が持ち合わせていないもの」
「くだらない負け惜しみを……」
「だというのならば、速く私を焼き払ってみなさい!」
 叫んだ。
「特異運命座標として、
 フローライト家のフローラとして!
 貴族らしい振る舞いで、
 堂々たる矜持で、
 皆を支え抜いてみせる!
 私は人のまま、他者を薪に焚べるあなたの炎なんかよりも明るく輝いてやる!
 私は、フローライト。蛍石の女。
 その輝きは、貴方のように他者を焼くウランの光じゃない!
 導き、癒し――仲間を、家族を照らすための光だ!」
 立ち上がる。もう一度、もう一度、と。
 それは、奇跡ではない。
 志だ。
 だって、そうじゃなければ。
 きっと、クロリスは、目覚めてくれない。
 そうじゃなければ。
 クロリスに、怒られてしまうから。
「私は燃え尽きない! 永遠に光り輝いて見せる――フローライトのように!」
 吐き出すように唱えた祝詞が、仲間たちを癒す光となった。
 立ち上がる。踏みとどまる。ギリギリまで。限界まで。
 自分の欲望のためじゃない。
 隣にいる友のために。
 先に戦う友のために。
 家族のために。
 ――ええ、ええ、そうですお嬢様。
 声が聞こえた気がした。
 ――輝いてくださいませ、私の、お嬢様。
「うん。立てる。たてるよ、クロリス」

 可能性が削れて消える音がする。
 体が悲鳴を上げている。
 でも、今は、貴女の声しか聞こえない。

●終幕
 サリアの炎は、世界を呪い、すべてを焼き尽くす、憤怒の炎だ。
 青きその焔は、世界を焼き払い、『私たちを呪った世界』を呪う。
 怨念返しと、呪詛の炎。
 私の愛しいあなたを奪った炎。
 それなのに。
 それなのに。
「まだ……立つ……!」
 サリアが強烈な刃を振るった。マッチョ☆プリンの体が吹き飛ばされ、その意識を断つ寸前に叩き込む。
「悪い……メイメイ……!」
 託す。友に。
「はい……!」
 託される。友から。
 あれからどれだけの時間がったか?
 どれほどの時間もたっていないかもしれない。
 仲間たちはいずれも傷つき。
 されど、今この瞬間まで、ただ、ただ、耐え続けた。
「……」
 のどがかれる様な、血を吐くような感覚もする。アルムが、何度、ここで祝詞を唱えた。仲間よ、立ち上がれ、と叫んだ?
「しんどいわねぇ」
 メリーノが、苦笑した。
「ふふ、久しぶりにたくさん歌っちゃった。明日は声がガラガラね。
 でも、でも、もうすぐよ。
 きっと、もうすぐなの」
 そう、言った。それは祈りであり希望であり、事実であった。
「耐えられたよ、僕たちは」
 ヨゾラが言う。
「お前たちには、負けない。
 そう言ったよね」
 そう、言った。
 何故――、と、サリアは思う。
 何故、焼かれない。
 何故、消えない。
 何故――何故――!
「サリア……お前は哀れなものだ。
 神に見捨てられたと嘆き、魔に落ち……そして怒り狂う。
 俺がオリオスの代わりにお前に教えてやろう」
 淡々と、ブランシュが言った。
「神が見捨てたのではない。お前が見捨てたのだ。
 力が無かったから。どうしようもない事態にやり場のない怒りを神の責任だと擦り付けて、暴れたのだ。

 魔に落ちて気は晴れたか?
 何も解決しないだろうに。お前は自分の弱さを認めたくなかっただけだ。
 お前が呪うべきは、自分だった」
 挑発である。
 サリアが、
「あ、ああああ」
 吐き出すように、
「あああああっ!」
 吠えた。
 世界を焼きつくような青の斬撃が、ブランシュを切り裂いた。もう痛みも感じないほどに、それは瞬間的にブランシュの意識をダウンさせた。
 ――だが、それでいい。
 ブランシュは思う。
 ――もう攻撃の手はいらない。あとは一秒でも、誰かがここで立っていればいい。
 ――そうだろう? メリーノ、アルム、フローラ。誰かを、立たせ続けろ。血を吐いてでも。
 そう、願って。
 ダウンする。
 地に、ブランシュが落下した。
 メイメイが、血を流しながら、サリアに迫る。フローラが、その身を焼きながら、クローリスを押さえる。
 鐘がなった気がした。終演の、ベルのようだった。
 誰もが、はっ、となった。おそらく、そんなものはなっていなかったのだ。ただ、誰もが本能定期に理解した。
 終わった、と。
 何かが。終わった、と。
「……ふん」
 クローリスが、鼻を鳴らした。
「帰りますわよ、小娘」
 そう、言うのへ、サリアはぎり、と奥歯を噛みしめて、刃を納める。同時に、青き絶望の声達が、一斉に消えた。
「にげる、のか」
 カイトが最後まで挑発する世に言うのへ、クローリスは鼻で笑う。
「ぎりぎりで勝ちを拾ったのはそちらでしょう。みっともない」
「だが、負けたのはお前たちだ」
 カイトが笑った。
「負けたのは、お前たちだ。
 次も、負けるだろう。
 俺達が、お前を、負かす」
 ぎり、とクローリスが不快気に顔をゆがめ、闇の中に姿を消した。
「サリア、さま」
 メイメイが、息も絶え絶えにいう。
「サリアさま、きっと貴女とはまた別の場所、で。
 ……それまでその怒り、他の人にぶつけてはいけません、よ」
 約束だった。
 サリアが、僅かに、目を大きくした。それに気づいたのは、きっとメイメイだけだっただろう。
「次は」
 そう、とだけ言って、サリアが闇に消えた。あれほど濃かった魔の気配が、どこかに消えてしまったようだった。
「勝ったけど」
 ヨゾラが言った。
「きついもんだね……」
 誰もが、傷つき、倒れている。だが、ここで意識を手放すことはできないだろう。
「まだ、やることがある。きっと、仲間たちが脱出してくるのだから」
 雲雀が言うのへ、皆はうなづく。
 やるべきことは、もう少しだけ続く。
 ただ……。
 なすべきことを、あなた達は、為したのだ。
 それだけは、確実なことだった。

成否

成功

MVP

物部 支佐手(p3p009422)
黒蛇

状態異常

マッチョ ☆ プリン(p3p008503)[重傷]
彼女(ほし)を掴めば
物部 支佐手(p3p009422)[重傷]
黒蛇
フローラ・フローライト(p3p009875)[重傷]
輝いてくださいませ、私のお嬢様

あとがき

 お疲れ様でした。
 作戦完了です。

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