シナリオ詳細
<神の王国>長き旅路の終わり
オープニング
●
どうしても、娘だけを『作り上げることができなかった』。
グウェナエル・クーベルタン。
遂行者が一人だった。
「悩んでいるのかね、グウェナエル」
そう、セレスタン=サマエルが言う。
「サマエル様」
と、グウェナエルが言った。
「何故でしょう。
わたしは……私は、理想のためにここまで歩んできたのです。
正しき、世界のために。
娘と、共に生きることのできた、やり直しのために。
今、ルスト様のご命令とはいえ、こうして、再び元の場所に帳を降ろし、理想郷を作り上げた。
ですが……!
いえ、あの時も、そうなのです!
娘を。マルセルを! 作り出すことができなかった……!」
懊悩するように叫ぶグウェナエルに、セレスタン=サマエルは憐れむような、しかし労うような表情で、声をかけた。
「それは、君が娘を心から愛していたからだろう。だからこそ、やり残したことがある限り、彼女を再び、再誕させることができないのだ」
「やり残したこと……?」
「我が友、グウェナエルよ。おそらく……それは怖れだ。
魔女が、生きている。
故に、また、奪われるかもしれない。
それは当然の怖れだよ。魔女は……未だ、我々の敵なのだからね」
そう、言った。
「怖れを、克服するのだ。真の聖女とともに。
魔女を、討伐するのだよ。ここに帳を降ろした以上、奴らは来るだろう。
これは、モラトリアムの終わりだ。君の。魔女を殺し、真の理想を手に入れたまえ」
セレスタン=サマエルが言う。グウェナエルは、頷いた。
「ええ、ええ……その通りです。
私は……私は……」
そういったグウェナエルの脳裏には、何故だろうか、ユーフォニー(p3p010323)という少女の顔が浮かんでいた。
あの、娘と同じ、綺麗な瞳をした、少女よ。
●
「なんだか、さみしいところねぇ」
と、メリーノ・アリテンシア(p3p010217)は言った。
遂行者陣営の一斉行動が始まった。世界各地に帳を降ろし、世界をかきかける。
その危機的状況は、しかしイレギュラーズたちにとっても反撃の一手なのだ。
各地に降ろされた帳を取り払い、神の国への攻撃となす。
防衛と攻撃の同時を行う作戦は、今各地で行われている。
「また、ここに戻ってくるとは」
マリエッタ・エーレイン(p3p010534)が、そうつぶやいた。ここは、遂行者グウェナエルの過ごした村だった。マリエッタという魔女が、かつてこの地で一人の少女の血を奪い、それをきっかけとして村は壊れ、瓦解し、誰も住むこともなくなった。
「……グウェナエルさんは」
ユーフォニーが言う。
「助けることはできないのでしょうね」
「遂行者の存在は、そのままルストの力になっているそうだ」
ムエン・∞・ゲペラー(p3p010372)が言う。
「助けることは、できないだろう。今回ばかりは」
遂行者が生存するという事は、すなわちルストとの戦いに影響を及ぼすことでもある。もとより、遂行者とは、ルストあっての存在なのだ。殺すしかない。倒すしかない。だが……。
「……」
しかし、言葉が出てこなかった……ユーフォニーには。
「エーレインもそうだけど」
セレナ・夜月(p3p010688)が言う。
「その願いを、かなえてあげたいと思うの」
セレナは、聖女エーレインの言葉を思い出す。
空にかえして、と言った、その言葉を。
そして、その本当の想いを……。
「来たか、魔女」
そう、声が上がった。
ちいさな、素朴な家の前に、二つの影がある。
遂行者、グウェナエル。
生ける聖遺物、エーレイン。
「……かえして」
エーレインが、そうつぶやいた。
「……グウェナエル」
マリエッタ・エーレインが、声上げる。
「言葉はいらない。私の理想のために、やはり魔女は存在してはならない」
「グウェナエルさん……!」
ユーフォニーが、声を上げた。グウェナエルは、頭を振った。
「あなたの言葉はうれしく思う。それでも……」
「いいわ。まずは、暴れましょうか」
メリーノが言った。
「何があったとしても……わたしたちは、あなた達を見逃してあげることはできないの。
だって、世界の危機だものね。
あなたたちにとってもそうなのでしょうけれど、わたしたちにとってもそう。
まずは」
そう言って、武器を構える。
仲間たちも。そしてグウェナエルも。
「ああ。
私は、私の理想を取り戻す」
そして――。
戦いの幕が、あがる。
- <神の王国>長き旅路の終わり完了
- GM名洗井落雲
- 種別通常
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2023年12月20日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談6日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●
理想郷を作った。
あるべき世界を。
本当に、そうあるべきだった世界を。
隣人が戻り、理想郷は活気あふれる場所となった。
それが、神の権能によって生み出されたものだったとしても――。
よかったのだ。
本当は知っている。この世界がいつわりであることを。それでも、そのいつわりを本当にできるのならば、構わないと思っていた。
出発点がいつわりであったとしても、到達点が現実になるのならば、それでいい。いいはずだ。
だから、理想郷を生み出して。
そこに、あるべき人たちを生み出して。
そうしたはずなのに。
君だけが戻らない。
愛する娘よ。君だけが戻らない。
恐れる者がいるからだろう、と彼は言った。
献身を代償に、己を遂行者へと召し上げた男はそういった。
再び奪われることを恐れるから、大切なものを表に出せないのだろう。
殺したまえ、魔女を。
そう、彼は言った。
本当だろうか。そうなのだろうか。
魔種となって狂った頭の中に、ほんのわずかな理性が残る。
違う、という。
なぜならば――。
●
「グウェナエル」
と、声がした。
『死血の魔女』マリエッタ・エーレイン(p3p010534)の声だった。
魔女、と呼ばれた女の声だった。
グウェナエルが、ゆっくりと顔を上げた。
積雪の村の中に、彼らはいる。
理想郷。帳の降りた、今はもう存在しない村の中。
「来たか、魔女」
小さな、素朴な家の前で、グウェナエルは声を上げた。
居る。
因縁の相手が。
それは、グウェナエルにとっても。
マリエッタ・エーレインにとっても。
因縁の相手だった。
「……かえして」
隣にたたずむ、エーレインがそういった。聖女が。生ける聖遺物と化してしまった聖女が。
「エーレイン」
そう言ったのは、もう一人の魔女だった。
『死血の傍ら』セレナ・夜月(p3p010688)。もう一人の、魔女。魔女の傍らに立つ、魔女。
その存在に、エーレインが少し、安堵したような表情を浮かべたのは気のせいだろうか? 真実のところはわからない。ただ、セレナにとってみれば、エーレインがそう思ったような気がした。約束を果たしに来た。そのために、今ここにいるのだから、エーレインもまた、そのように思ってくれているに違いないと、なにか、つながりのようなものがそう感じさせていた。
「グウェナエルさん」
『相賀の弟子』ユーフォニー(p3p010323)が、そう、声を上げた。その瞳で、グウェナエルを見つめる。その眼が、色彩が、グウェナエルに娘を思い起こさせた。マルセル。ああ、未だ蘇らせられぬ、愛しき娘よ。
「君か」
グウェナエルは、いささか力が抜けたように声を上げた。
「……なぜ、君は現れるのだろうな……」
「ご不快でしたか?」
ユーフォニーが小首をかしげる。グウェナエルはかぶりを振った。
「いいや、私のせいなんだ……君は悪くない。
君のその瞳に、罪はない」
「娘さんと、同じ瞳だと」
『宇宙の保安官』ムサシ・セルブライト(p3p010126)が、わずかにユーフォニーをかばう様に言った。
「そう、なのですね」
「察したのかい? それとも魔女の入れ知恵かな?」
「半々です。
マリエッタからも聞きました。
そして、以前、私の瞳をのぞき込んで、マルセル、と」
ユーフォニーが言った。
「グウェルナル。
……お前の気持ちは、ほんの少しだけ分かる気がする。
マルセルさんのことは自分は会ったことがないけれど、ユーフォニーと似た色彩と優しさを持つなら、とても素敵な人だったんだろう。
それに……いちばん大切な人を奪われたら、奪った相手を許せない気持ちも、分かってしまう。
でも。
『お前が奪おうとしてる人にも大切な人がいる』。
……わかって、いるんだろう」
「だとしても――手を伸ばさずには、いられなかった」
「これは、綺麗ごとなのかもしれないけれど」
『昴星』アルム・カンフローレル(p3p007874)が、迷う様に言った。
「何度も生き返らせるとか、やり直すとか。その人の生への冒涜だ。
冠位傲慢たちのやり方が、俺は気に入らない。
人は……」
「わかっている」
グウェナエルが、かぶりを振った。
「『分かっている』んだ……本当は……」
「だから、マルセルさんを生み出すことができなかったんだろう?」
アルムが言う。
「だから……」
「だとしても」
グウェナエルが、声を上げる。
「だとしても。私はもう止まれない」
「ああ。この戦場には、いろいろな人たちの想いが集まっている」
『約束の瓊剣』ヴェルグリーズ(p3p008566)が、皆の想いを感じるように、瞳を閉じてそういった。
「事情を知らない俺が口を挟むのは不誠実だけれど……お互い、もはや問答は不要かな。
冠位傲慢の野望を打ち砕くために、その為にもこの場で決着を。覚悟してくれグウェナエル殿」
そして、ゆっくりと瞼を開いて、その瞳でグウェナエルを見据えた。グウェナエルも、ゆっくりと見据える。
「そうしてほしい。
もはや、引き下がることはできないんだ」
「魔女への憎しみは」
『焔王祈』ムエン・∞・ゲペラー(p3p010372)が言う。
「マリエッタへの憎しみは、未だ」
「ああ。どうしても、魔女を許すつもりはない」
グウェナエルは、しかしどこか諦観したように言う。
「それだけは……私の芯を燃やす最期の燃料だ。
消えることはない炎だ」
「いいのよ、それで」
『狙われた想い』メリーノ・アリテンシア(p3p010217)が、少しだけ優しく笑った。
「でもね、わたしたちも、まだ、負ける訳にはいかないの。
グウェナエル、エーレイン、それじゃあ、はじめましょうか。
マリエッタちゃん、覚悟はいい?」
そういうのへ、マリエッタはうなづく。
「ええ。ここを、旅路の終わりにしましょう。
長い長い、旅路の」
誰の、とは言わない。
誰かの、でもあり、誰もの、でもあったかもしれないから。
いずれにしても、旅は終わる。誰かの。
ここで。
この場所で。
今――。
最後の一歩を、お互いが、踏み出す!
●聖女
「私たちが負ければ貴様は生き残り、冠位傲慢もまた生き残ることで世界が滅ぶのだろう。
だから……これは生存競争だ。滅びに向かって突き進みながらも、今の幸福を守ろうとする生き物と、滅びに抗うために過酷な世界に身を投じる生き物のな。
グウェナエル、同情はするが死んでもらう。生存競争である以上お前にかける言葉はない。その方がお互い楽だろう。……さて、始めようか」
ムエンが静かにつぶやいた。その言葉は、戦端を切り開く合図となる。
この時。真っ先に事態に反応できたのはムサシ。警棒にレーザーをまとわせ、さながらレーザーブレードのように展開。一気に踏み込む。
「グウェナエル……!
……自分は、彼女達の選択を最後まで見届けてないといけない。
……だからまだお前に、奪わせるわけにはいかないんだ……!」
ムサシは踏み込んだ。
奇妙なシンパシィがあった。
それはたぶん、人は違えど、同じ温かさを持つ人間を愛した者同士だから。
グウェナエルが刃を引き抜いた。白銀の、汚れなきかのような刃。偽りの神の刃。
ムサシが踏み込む。レーザーブレードが炎をまとい。強烈な斬撃がグウェナエルを襲う。刃で、それを受け止めた。そのまま、押し込む。エーレインから話すように。
「俺は、彼女の願いを届けたい」
踏み込む――同時に、ユーフォニーが駆けた。
「私が」
息を吐く様に、そういった。
「相手です――グウェナエルさん。
約束、通りに」
たたずむ。色彩の、乙女。ああ、娘と同じ、優しい瞳をした、乙女よ。
「私を、見ないでほしい」
「だめです。私、結構わがままなんですよ」
笑う――ゆっくりと、その手を、掲げる。愛するもの願いを、想いを、届けさせるために。ムサシも、ゆっくりと身構えた。
一方、この戦場において、先に倒すべきはエーレインといえるだろう。というのも、グウェナエルは、『神霊の淵(ダイモーン・テホーム)』という、捨て身の切り札を持っている。中途半端にグウェナエルを追い込み、切り札を発動させてエーレインと連携を取られれば厄介だ。となれば、まずは速やかにエーレインを無力化することが望ましい。その様にイレギュラーズたちは判断した。
「……かえして」
そう、うわごとのようにつぶやくエーレイン。彼女の真意を知っているのは、セレナだ。
「空に還す……! あなたの、その体を、残滓を……!」
それが、エーレインの願いだった。今や魂も摩耗し、ただ生ける屍と化した彼女の切なる願いを、何故だろう、セレナは託されたのだ。
それはきっと、自分がマリエッタの隣にいたからだろう、と思う。エーレインという聖女は、マリエッタという魔女に『悪感情は抱いていなかった』ように思える。だが、それがマリエッタの罪であることに変わりはない。
とはいえ、それがエーレインの願いであったとしても、すでに魔に操られる彼女の肉体には関係ないのだろう。聖なるものと、魔なるもの。二つの合わさった強烈な術式は、まるで苛烈な津波のように、イレギュラーズたちを打ち据えた。
「……っ! さすがに強烈だね……!」
アルムがうめきつつ、すぐにその手で術式を描いた。
「エーレインとの長期戦は不利だよ! 一気に叩く!」
言霊と化した号令が、術式をまとった仲間たちの体勢を立て直す。
「彼女の聖なる気配、おそらくは強力な耐性か、抵抗力を持っているんだろうね」
ヴェルグリーズが言う。
「ならば、単純に力と手数で圧していく……少々乱暴だけど、手を選んでいられる余裕はないからね」
ヴェルグリーズが、両刃の刀を振るい、一気に踏み込んだ。強烈な連続斬撃は、しかし聖魔の防壁に受け止められる。ノーダメージではないだろう。だが、致命打には遠い。
「もちろん、俺一人で何とかするつもりはないさ……!」
流麗に、しかし力強く、ヴェルグリーズが切りつける。ぱぁん、と乾いた音をたてて、障壁と刃が交差する。
「その壁、取り払ってあげる!」
メリーノが、たんっ、と踏み込んだ。手にした妖刀。滅ぼしの大太刀が、まるで一閃のごとく振るわれる。それが、ヴェルグリーズの一撃と合わさって、障壁を切り裂いた。がくり、と、エーレインが片膝をつく。メリーノの放った致命の邪が、この時、エーレインの体を蝕み始めた。
「ねぇ、決めるのでしょう?」
メリーノが言った。
「優しくしてあげて。それだけ」
その言葉に、マリエッタがうなづいた。
「エーレイン。セレナのおかげで私は"私"の心が理解できた。
貴方の気持ちも……ずっと自分が貴方だと思って生きてきて、違うと気づくことができた」
そう、穏やかに言う。
エーレインが、その唇を閉ざした。うわごとのような願いが、口をついで出ることはなかった。きっと、それはもうすぐ、かなうと知っていたからかもしれない。
「だからこそ……貴方を空へ還してあげないといけませんね。
でも少しだけ……私に、私達に貴方の血の力を貸してくれませんか。エーレイン」
「まりえ、った」
そう、エーレインが言った。虚ろなその唇が、わずかに笑んだような気がした。
「セレナ、あなたも力を貸して」
「もちろん!」
セレナがうなづく。その指先を、マリエッタとともに掲げた。指先が、陣を描く。血と、夜の、魔女の、魔。
血と、夜の術式が、交互に放たれた。鮮血の刃が、しかしこの時は、敵を貫くのではなく、エーレインを拘束するだけにとどまった。続いた夜の魔法が、断絶の結界が、しかしこの時は、なにかをとどめるかのように、エーレインを包み込んだ。
『もしかしたら、聖女は魔女と友達になりたかったのかも知れない。
きっと魔女は寂しがりだった、って言ってたから。
結果的に殺されてしまったけど、愚かだなんて思わない。
だって、わたしも同じだもの』
心の中に、なにか光景が広がった。目の前にはエーレインが居て、そこがかつて彼女が過ごした屋敷なのだと気づいたときに、目の前の聖女は笑った。
『わかります。だって、私もそうでしたもの』
ふふ、と笑う。
『似てるんです。私たち。私も、魔女と友達になろうなんて』
『そうね。変わり者かも』
微笑む。
『だから、きっとあなたなら、私の願いをかなえてくれるって』
そう、エーレインは笑った。
『あの魔女は、きっと寂しがりだった。だってきっと、『美しくないとみんなに嫌われてしまう』って思ってたんだわ。
ほんとかどうかは知らないけれど、私はそう思ったんです。
だから、そうじゃないと、言ってあげたかった。
あなたの心は、とっても、輝いていたから』
『わかる。わたしも、そう思った』
今度はセレナがうなづく番だった。
『あの子の心は、きっと輝いている』
『だったら、やることは一緒ですよ』
そういって、エーレインが笑う。
『私たち、出会えていたら、友達になれたでしょうか?』
『きっと』
セレナはうなづいた。
白昼夢はそこで終わった。夜の結界が、エーレインの体を、その結界の内に閉じ込めた。世界と、それを、断絶させる。そのまま、ぱらぱらと、光の粒になって、エーレインの体が消滅していく。
「お疲れ様、エーレイン。わたしは……」
心の中に残った、なにかあたたかいものを感じる。セレナが、それを抱きとめた。
●
「聖女は逝ったようだね……」
ゆっくりと、グウェナエルがうなづいた。そのまま、懐から、小さな小箱を取り出した。
「私も……ここで旅路を終わらせるときか」
「『神霊の淵(ダイモーン・テホーム)』か」
ムエンが言った。
「どうしてもやるのか?」
「我々遂行者は、結局は木偶のようなものだからね。神の命令には逆らえない」
悲しげに笑う。
「そうか。そうなのだろうな」
ムエンが、ゆっくりと構えた。
「私は……ただの村娘だったはずが特異運命座標に……そして知らない自分が侵した罪と、血に濡れた自分のルーツを知って、自分の在り方に悩みながらも進んでゆくマリエッタを見ていたい。
それについていくセレナも、マリエッタを嗜めながらも共に歩むユーフォニーも見ていたい。
これが、私の我儘だ。あなたの我儘に、負けないくらいの、私の我儘だ」
少しだけ、笑った。
「叶えさせてもらう。この身に変えても」
「ああ、そうするといい」
「ムサシ。力を。ユーフォニーを守るぞ」
そう、言った。
「ああ、もちろん」
ムサシがうなづく。
「言われなくとも!」
ムエンが、ムサシが、一気に踏み込んだ。同時に、グウェナエルの力が爆発的に上昇するのを感じた。強烈なけがれた力が、その身の内からほとばしるのを感じた。
だが――。
「縫いつけるッ!」
ムエンが、魔剣をふるった。
「彼女の想いのためにッ!」
ムサシが、その炎のブレードをふるった。
斬・撃。両社の刃を、しかしグウェナエルは手にした剣を横なぎにふるうことで受け止めた。
「つ」
「よい」
二人が、こぼすように吐き出す。が、その程度のことは織り込み済みだ!
「アルムちゃん、正念場よ!」
メリーノが叫ぶ。
「あなたが倒れたら、ここまでのすべてが意味がなくなっちゃうんだから!
ヴェルグリーズちゃんも、ちょっとしんどいかもだけど、頑張るのよ!」
「まかせて」
アルムが笑った。
「誰も死なせない。ハッピーエンドで終わらせて見せる!」
「ここが誰かの想いの場であるのならば」
ヴェルグリーズがうなづく。
「それをつなげるのが、今回の俺の役割だ」
そのまま、踏み出す! アルムの術式が、その背を押した。ヴェルグリーズが力を込めて、グウェナエルへと切りかかる。強烈な一撃を、しかしグウェナエルは受け止めた。
「そんなに悲しい顔をしないでほしいな」
ヴェルグリーズが言った。
「もとからこの顔だよ」
悲し気に、グウェナエルは笑った。ぐ、とヴェルグリーズが、力を籠める。グウェナエルが、その足を止める。
「ユーフォニー!」
セレナが叫ぶ。
「わたしは、伝えた!」
「はい!」
ユーフォニーがうなづく。視線を移す――それだけで完結する。水晶が、そのかけらが、世界を包み込んだ。グウェナエルを、包み込んだ。その輝く水晶の世界で、ユーフォニーはつぶやく。
「私、マルセルさんに似てますか?
この前私を見て名前を呟いたから」
彼女に似た瞳で、ユーフォニーは見つめる。
「もし私がマルセルさんの立場……私が殺されてムサシがあなたみたいになったなら、
きっと絶対、幽霊になって金縛りにしてでも、ムサシが誰かを傷つけたり復讐するのを止めます。
大切なひとにこそ復讐心のまま過ごしてほしくない。
その手を汚してほしくない。
復讐を終えた後にもう一度出会えても全然嬉しくない。
一緒に生きた本当の私を覚えてて欲しい。
マルセルさんならそう考えると解っているから。
だから彼女がいないのかなって」
「それは――」
グウェナエルが、吐き出すように言った。
解っている。
そんなことは解っている。
あの娘が――。
人を傷つけることを望むわけが、ないじゃないか……。
「だとしても……残された、私は……」
吐き出すように、言った。
「私は! 耐えられなかった……!
長い年月を、ただ後悔と無念で過ごした……!
耐えられない、のだ。人は、喪失には……!」
「でも、あなたは本当は、復讐ができる人じゃなかったんだと思います」
ゆっくりと、その手を握った。
「できるなら……私を、ここで殺してください」
その手に、ナイフを握らせた。
「何を……!」
「……言ったじゃないですか。
あなたの心に寄り添いたいって。
もし復讐を望むなら、あなたと同じ……マリエッタから大切なものを奪って、同じ気持ちを味わわせるべきです。
あなたが、望むのならば。いいですよ。私を、さしてください。
約束は守ります。命を、懸けて」
そう、言った。
ああ、きっと、そうなのだろう。
娘もまた、きっとそんな風に。
あまりにも、似ていたから――。
「愚かだ、君は……」
そう、グウェナエルが、
「私は、魔種だ。そして、神に操られる身でもある。
だから……もう、ダメなんだ」
悲し気に、微笑んだ。
「いいんだ……きっと本当は、解っていたんだ……。
それでも、私はこの場所を維持することをやめられない。そういうものだからだ。
……魔女よ」
そう、グウェナエルが、視線を移した。
マリエッタが、そこにいた。
「ねぇ、グウェナエル。
ユーフォニーの言葉は凄いでしょう? 彼女の言葉に私も泣かされるぐらい揺らされた。
けれど、それでも自分の心の内にあるものは貫く。そういうものでしょう?
だから貴方の復讐は私が受け止める」
「ああ」
グウェナエルが、ゆっくりと、立ち上がった。
「始めよう――」
その刃を、振りはらった。
強烈な斬撃が、イレギュラーズたちを襲った。特に、至近距離にいたユーフォニーには。
だが……それも、覚悟の上だった。傷ついて……深い傷を負ったとしても。
「私、助けられましたか……?」
それが、望みだったから。
ユーフォニーが吹き飛ばされて倒れた瞬間に、入れ替わるように一行は駆けだしていた。
イレギュラーズたちの攻撃が、グウェナエルに突き刺さる。
決死。どちらも。
ここからは、世界を守るものと、奪うものの、戦いだった。
そうなれば――。
「俺たちは、負けない……!」
アルムが、その手を掲げた。
輝く光が、仲間たちを包み込む。
癒しの、光が、仲間たちの心を鼓舞した。体を、鼓舞した。
「グウェナエル!」
マリエッタが叫んだ。
「傲慢かもしれない。
残酷かもしれない。
でも……。
私は、エーレインと、マルセルと……あなたの心を連れて、未来に進む。
それが……。
それが、マリエッタ・エーレインである、『私』の進むべき道ならば……!」
マリエッタの、血の剣が、グウェナエルを貫いた。
手にしてた小箱が、零れ落ちる。
中の心臓が、砕けて壊れた。
小箱が、転げ落ちた。その小箱から、魔の気配が消える。同時に、帳が、すっかりと打ち払われて、あとには廃村だけが残っていた。
「……マルセル。これで、良かったんだろう……」
グウェナエルが、言った。その体が、ぼろぼろと、光に崩れていった。
「ずいぶんと……遠回りをしてしまった……。
ようやく……私は、君の死に……向き合えて……」
崩れる。
消える。
消えていく。
「エーレイン、グウェナエル、もう十分傷ついて、その罪は償ったでしょ。
眠るときくらいは、幸せであっていいの わたしはそう思う」
メリーノが、静かに祈った。
「おやすみなさい、よいゆめを」
光が、世界に優しく降り注いだ。
それは、祈りだった。無責任で、確証のない、祈りだった。
でも、きっとそれでよかった。
それでよかったのだ。
祈りが、何もかもを救う。
それはきっと、今日起きた小さな奇跡の、祈りであったのだから。
帳がすっかり溶けて、復讐に臨んだ男と、さまよえる聖女は消えた。
後に残るのは、未来に歩みだそうとする者たちのみ。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
ご参加ありがとうございました。
彼らの旅路は終わり、
皆さんの旅はまだ続きます。
GMコメント
お世話になっております。洗井落雲です。
理想と、想い。
●成功条件
すべての敵の完全撃破。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
●状況
遂行者たちが、世界各地の帳を降ろし始めました。これは、敵の攻撃の最終段階です。
しかし、この帳を打ち払うことで、イレギュラーズたちは神の国への反撃にうつることができます。
帳を払わなければなりません。なんとしてでも。そして世界を救うのです。
皆さんの相手は、マリエッタ・エーレインさんとも因縁のある、遂行者グウェナエル、および聖女エーレインです。
多くは語りません。彼らの理想をうち砕き、救ってあげてください。
戦闘ペナルティなどは発生しません。ご武運を。
●エネミーデータ
『抜け殻の聖女』エーレイン ×1
「かえして」と何事かを呟き続ける女性。アンデッドのようなもので、生命の灯りは感じられません……。
体そのものが聖遺物といえる特殊な存在で、聖女と呼ばれた人物でした。
そのため、元々の聖術に加え、『偽・不朽たる恩寵(インコラプティブル・セブンス・ホール)』で強化された遂行者陣営の魔術も行使します。
非常に強力な後衛ユニットといったイメージで、特に『Mアタック』や『窒息』系列を使い、こちらのAPを減じてきたりします。
多少の近接攻撃も行えますが、それでも得手は遠距離攻撃です。近寄って攻撃するのがいいでしょう。
遂行者、グウェナエル・クーベルタン ×1
遂行者の男性。魔種ですので、単純に強いです。
剣を持った前衛攻撃タイプ。積極的に前に出て、『渾身』を持つ強力な攻撃をお見舞いしてくるでしょう。
また、その鋭い刃による『出血』系列の付与にも注意してください。
強力な前衛ユニットとして、エーレインの盾役としてふるまいます。『怒り』などでターゲットをコントロールされないようにご注意を。
また、今回は、『エーレインがたおされる』or『自身が追い詰められた』のいずれかの条件を満たした場合、『『神霊の淵(ダイモーン・テホーム)』』の解放による強力な自己バフを行います。
ここからが、グウェナエル討伐の本番となるでしょう。パラメータ傾向は同一ながらも、全般的にバフにより上昇しています。
ちなみに、グウェナエルの神霊の淵は、『娘からもらった小さな小箱』であり、彼の心臓の半分がささげられています。
以上となります。
それでは、皆様のご参加とプレイングを、お待ちしております。
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