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シナリオ詳細

<神の王国>水底のような愛

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 マリグナントにとって――。
 世界の行く末などはどうでもよい。
 遂行者のようにふるまっているが、協力者であって厳密には遂行者ではないのだ。
 『神霊の淵(ダイモーン・テホーム)』に己をささげてもいないし、ルストの権能の世話になったわけでもない。
 これは、ルストに『見逃されていた』とか『許されていた』わけではなく、単に『どうでもよかった』だけである。まぁ、ルストにとってみれば、おそらく遂行者たちすらも『使えないコマ』位の認識であるだろうから、サマエルが個人的に利用しようとした狂気の旅人、等は歯牙にもかけないどころか、視界に入ってすらいなくても当然だろう。
 とはいえ。サマエルにとっては、己の私兵と、各種の混乱を満たすための有能な手ごまを得るための『取引先』であることは事実であり、実際に『影の天使』、翻って『影の艦隊』を生み出すことのできる聖遺物の一つ『天使のたまご』と呼ばれる宝石のような石を手渡していたのは事実だ。
 彼女は『影の艦隊』の供給源である。そのため、たおしておかねばならない人類の敵であることは間違いなかった。
 そのような、多種の陣営の思惑などはさておき、とにかくマリグナントは、そんなものなどはどうでもよかった。今は、ただ一つの食べ残し、『雪風(p3p010891)』をどのように食らうか、という事だけが唯一の関心事だった。
「それは、愛のようだね」
 と、サマエルだったかセレスタンだったかになった男から言われた。
「愛」
「愛だとも。どうしても、手に入れたい。それが、愛でないのならば、何だという?」
 こいつが何を言っているのかは一ミリも理解できなかったが、しかしそもそも、マリグナントは人間性というものを理解していなかった。だから、「なるほど、そう言うものなのだな」という感慨しか浮かばなかった。
 マリグナントは、独りだ。どれだけの生命を、生き物を、その内に取り込み増殖したとしても、結局はマリグナントはそれを理解することはできなかったし、友誼を結ぶこともできなかった。
 マリグナントは独りだ。それは、そのせいに課せられた架のようにも考えらえれるかもしれない。

「愛とは何だと思いますか?」
 と、マリグナントは神通に聞いた。神通は、ただ静かに椅子に腰かけ『させられていた』。
「しるか」
 と、神通は答えた。神通は、マリグナントが生み出した『影の艦隊』である。元の世界に存在するAIの性格と容姿を完璧に再現した、限りなく本人に近いコピーであり、精神性などは本人そのものといってもよかったが、しかしその体のコントロールは、マリグナントに握られている。
「言ったところで理解できねぇだろうさ」
 無意識に、首元を、神通は撫でた。
「私たちが、雪風に抱く感情は、愛だと思いますか?」
「殺すぞ」
 吐き気を覚えるような気持で、神通は答えた。
「殺してやる……オレの家族たちに、ふざけたことを言ってみろ。
 絶対に、殺してやる」
「質問をしただけですが」
 マリグナントは不思議だった。何故、こうも、神通は拒絶するのだろうか……愛とは、それほどまでに重いものか?
「今の私たちの優先度は、雪風に集約しています。最も、重いといっても過言ではないのでは。
 では、それは愛なのでは?」
 理解しがたいものを見るような表情で、神通がマリグナントを見た。
「理解できねぇだろう。オマエには」
 そういった。
「憐れみじゃねぇ。これは嘲笑だ。
 下らねぇことを言ってねぇで、舌噛んで死んでくれ」
「いえ。それはやめておきます」
 そういった。
 サマエルからの情報によれば、遂行者たちの最終行動が、まもなく始まるはずだった。
 ならば、それに付き従う形で――。
「雪風に、会いに行きましょうか」
 と。マリグナントはそういった。


 遂行者たちの一斉活動が始まった。
 世界の彼方此方に、帳が下りる。
 その帳は、しかしこちらの反撃につながる一手でもあった。
 この帳を完全に破壊し、神の国に存在するルストへの打撃を与える――。
 そのために。
 『あなた』をはじめとするイレギュラーズたちは、この場にやってきたのだ。
 この……海洋王国は、シレンツィオ近海の海の上に。
「大丈夫か? 雪風」
 と、大和型戦艦 二番艦 武蔵(p3p010829)が言う。
「つらいなら……」
 そう、慮る。
 かつての友を模した敵。それを撃った、引き金。
 重いものを、雪風の心に残したマリグナントという敵は――。
「大丈夫です」
 おそらく、決戦を望んでいるのだろうから。
「わたしは、逃げません」
「……」
 島風型駆逐艦 一番艦 島風(p3p010746)は、言葉を紡ぐことができない。仲間を、討つ。どれほどの苦しみであろうか。それがコピーであったのだとしても。だとするならば、マリグナントのいう、『雪風の調理』は、おそらくもうじき完成するのであろう。痛めつけて、味をつけて、食らう。最悪の料理だ。
 と、一行がこの海域に到達した瞬間、世界に帳が下りた。瞬く間に世界は神の国に被象され、上書きされる。
 その、海の真ん中に、二つの影があった。
「来ちまったか……」
 そのうちの一つ、神通が、声をあげる。
「神通様……」
 水天宮 妙見子(p3p010644)が、つぶやいた。あの、雪風の尊敬すべき隊長を模したそれは、その気高き精神はオリジナルと同等のままに、雪風を痛めつけるという悲劇を演じさせられている。
「調理も終盤です」
 と、マリグナントが言った。
「雪風。あなたへの愛を以て、この場であなたを戴きます」
「愛!?」
 雪風が、流石に目を丸くした。
「ふざけているのか……!?」
 結月 沙耶(p3p009126)が、たまらず叫んだ。
「人を傷つけ、身勝手にも愛を騙るなんて……!」
「構いません。もとより、あれは人を理解できません」
 雪風が、冷たく言った。
「あなたの、そのごっこ遊び。
 いい加減、不愉快です。
 ここで、決着をつけましょう」
 そう言って、雪風が構える。
 仲間たちも、一斉に構えた。
 海上の決戦が、始まろうとしている。

GMコメント

 お世話になっております。洗井落雲です。
 身勝手な愛。

●成功条件
 すべての敵の完全撃破。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

●状況
 遂行者陣営の攻撃により、再び世界に帳がおり始めました。
 しかし、この帳を打ち払うことで、神の国攻略、ひいては冠位魔種ルスト・シファー攻略への手助けとなることも事実です。
 皆さんは、そんな帳を打ち払うために、シレンツィオ近海の海上へとやってきました。
 そこへ現れたのは、遂行者に協力する狂気の旅人、マリグナント。そして、彼女が生み出した「神通」と名乗る影の艦隊です。
 此処でマリグナントを倒せれば、今後影の艦隊が新しく生み出されることはなくなるでしょう。
 此処で確実に、両者を撃破してください。
 作戦結構エリアは、『海上』となっています。
 が、特にスキルなどなくても、地上と同様に動くことができます。が、海上、水中での行動に関するスキルがあれば、より有利に動くことができます。

●エネミーデータ
 マリグナント
  狂気の旅人。雪風さんの関係者。
  遂行者サマエルに協力し、『影の天使』を『影の艦隊』へとグレードアップさせた元凶です。
  厳密には遂行者ではないのですが、それでも十分強力なユニットです。
  戦闘面では、高いHPと防御性能を誇る『耐えるタイプ』となっています。今回は、盾役的な動きで、神通のサポートをするでしょう。
  また、聖遺物である『天使のたまご』という石を持っており、それを使うことで戦闘中、一時的に大幅なバフを自身に付与します。
  使われる前に天使のたまごを破壊することも可能ですが、少々命中率が低下するなどして難易度は上がります。

 神通
  影の艦隊の内、より性能面や精神面を向上させて生まれたハイグレードタイプ。
  刀を装備した荒々しくも勇敢な突撃タイプのユニットです。
  強力な斬撃は、ちょっとやそっとの防御では耐えきれないでしょう。何度も耐えられるものではありません。
  非常に強力なアタッカーですが、研ぎ澄まされた刃は少々脆くなっています。
  また、首が弱点になっていますが、それを狙うには命中率の低下などと引き換えになります。

 以上となります。
 それでは、皆様のご参加とプレイングを、お待ちしております。

  • <神の王国>水底のような愛完了
  • GM名洗井落雲
  • 種別通常
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2023年12月20日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談6日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

藤野 蛍(p3p003861)
比翼連理・護
桜咲 珠緒(p3p004426)
比翼連理・攻
結月 沙耶(p3p009126)
怪盗乱麻
ムサシ・セルブライト(p3p010126)
宇宙の保安官
水天宮 妙見子(p3p010644)
ともに最期まで
島風型駆逐艦 一番艦 島風(p3p010746)
島風の伝令
大和型戦艦 二番艦 武蔵(p3p010829)
雪風(p3p010891)
幸運艦

リプレイ

●決着の時
 『比翼連理・護』藤野 蛍(p3p003861)、そして『比翼連理・攻』桜咲 珠緒(p3p004426)もまた、かつてマリグナントと遭遇したことがある。
「事情の把握は大雑把ですが、まるでわからなくもありません。
 珠緒も、自身の複製を討ったり看取ったりしたことがありまして。
 あの狂人を野放しにはできない、そこは断言できます」
 過去のことを思い出しながら、珠緒はそういう。あの時、マリグナントと遭遇したあの時。すでにいろいろなものは始まっていたのかもしれない。
「あなたは覚えてないかもしれないけど、ヴェイパーさんの時はどうも!」
 珠緒をかばいながら蛍がそういうのへ、マリグナントはうなづいた。
「ええ、覚えていますとも。皆さんも、雪風を愛するのに、良く力を貸してくれました」
 こともなげにそういうマリグナントへ、珠緒はわずかに、深い気にまゆをひそめた。
「お手伝いした記憶はありませんが。
 なるほど、なるほど。本当にまったく――狂っている」
「言葉は通じるけど、意思の疎通ができないタイプなのね。
 ……委員長の自信がなくなっちゃいそう」
 目の前の強大な敵に怖気づかないように、軽いジョークを兼ねて見せた。敵は二人。ハイ・モデルともいえる強力な影の艦隊の一人。そして、狂気に陥った旅人であるマリグナント。
「……あの白い石」
 『宇宙の保安官』ムサシ・セルブライト(p3p010126)が声を上げる。その視線は、マリグナントが持つ、白い石に注がれていた。
「おそらく、聖遺物……強いな力を感じます。
 『神霊の淵(ダイモーン・テホーム)』……ではなさそうですが。
 放置していていいものではないでしょう」
「ああ、それは『天使のたまご』。汚染された聖遺物だ」
 影の艦隊のハイ・モデルである、神通と名乗る女性が言った。
「マリグナントは、それで俺たち影の艦隊を生み出した。サマエルとかいう気障野郎から渡されたアイテムだよ。
 気をつけな。多分力を開放すれば、マリグナントの性能が向上するんだろうぜ」
「神通」
 この時初めて、マリグナントはわずかに表情をゆがめた。神通が楽しげにわらう。
「口を塞いどかなかったのオマエが悪いんだぜ。
 これくらいさせてもらってもばちは当たらねぇだろ」
「神通様」
 『心よ、友に届いているか』水天宮 妙見子(p3p010644)が、痛ましげな表情を浮かべる。
「よう。腹の傷はもういいのか。すまなかったな」
「いいえ、あれは私の落ち度。全力でぶつかりました。全力で返されました。
 戦いの常とはそういうものです」
「悪いな、本当に。一緒に酒でも飲んでみたかった。
 俺はもともとAIモデルだからな。本当に肉体を持つことになるなんて思わなかった。
 ほんとの酒ってのものな。飲んだことがない。アンタと一緒に飲めたら、楽しかったんだろうぜ」
 そうはできないのだ、ということを、神通は理解している。
 殺すしかないのだ。なぜなら彼女は、あくまでコピーされたバケモノに過ぎない。その精神性がいかに気高くあろうとも、あえて雑にくくってしまえば、『魔物』でしかないのだ。
 殺さねばならないということを、妙見子もまた理解していた。
「――」
 『島風の伝令』島風型駆逐艦 一番艦 島風(p3p010746)が、言葉を紡ごうとする。心の中がぐちゃぐちゃとする。マリグナントへの、怒り。神通、そして先にコピーされ、殺さざるを得なかった、黒潮、初風。彼女らへの、異邦とは言え同じ名を持つ彼女らへの、憐憫。
「ありがとな。オマエが優しい奴なんてのはわかってるさ。俺たちの世界の島風もそうだったから。
 ……変なもんだな。全然知らねぇ場所で、初めてあったやつと話してるはずなのに、気持ちはそうじゃねぇ」
「神通」
 大和型戦艦 二番艦 武蔵(p3p010829)が、声を上げた。
「武蔵、殺せよ」
 神通は、静かに言った。
「一片残らず、だ。この意味は分かるな?
 奴は狂ったんじゃない。もともと相互理解もできないものだった。
 俺は奴と相対したからわかる。
 奴には決定的にかけてるものがある。
 だから、『俺たち』とは分かり合えない。
 パンドラとか、滅びのアークとかは、俺は正直わかんないんだけどさ。
 それでも、あいつを残して置いたら、何をしでかすかわからない。
 オマエがどんなことを考えるかはわかる。でも、あきらめてくれ、今は」
「武蔵さん」
 と、『幸運艦』雪風(p3p010891)が言った。
「ありがとうございます。でも、わたしは、大丈夫ですから」
「雪風」
 武蔵が言った。
「無力だな……私は……」
「いいえ。ここで……隣に立ってくれているだけで、それだけで」
「そうさ。それでいいのさ」
 雪風の言葉に、神通は笑った。
「伝言があります」
 と、ムサシは言った。
「自分にも……あなたたちと同じような、船の名前を持つ友がいます。
 長門。それが、彼女の名前です。
 ……会いたかった、と。
 力になりたかった、と」
「お前の世界でも、長門は律儀だな」
 ふ、と神通が笑う。
「気持ちは受け取っておく、ありがとうな。
 そう伝えてくれ」
「こうやって、長々と会話させてくれるのは」
 『少女融解』結月 沙耶(p3p009126)が声を上げた。
「相変わらず、料理だかっていうやつのつもりかい?」
「ええ。それと、愛ゆえに」
 マリグナントが薄く笑った。
「最高の状態で、私たちは雪風を『愛し(たべ)』ます」
「つくづく、吐き気を催すくらいに、嫌な奴だ」
 沙耶が、ぐ、と奥歯をかみしめた。
「愛だか調理だか知らないが……それはそのように悪意を持って言っていい言葉ではない!
 人を傷つけたうえで身勝手にも愛を騙るなんて……それはもはや愛でも何でもない、ただの『傲慢』だ!」
「……ええ、そうですとも」
 雪風が言った。
「あの傲慢なる狂人を撃ちます。
 この世界のために。
 ちからを、貸してください」
 雪風がそういうのへ、珠緒と蛍は同時にうなづいた。
「ええ。少しばかり、因縁っていうのもあるもの。
 やっつけるわ!」
「ああいう手合いは速やかにご退場願うに限ります。
 全力で行きましょう」
「始めよう、みんな」
 武蔵が言った。その手に、不退転の旗を掲げて。
「行くぞ――全艦、ここが決戦の時だ!」
 友のために、世界のために。
 ここに、戦端は切り開かれる。

●神通
 この時、敵の数は2。神通。そしてマリグナント。
 かつての戦い方から見れば、神通が前に出て、マリグナントが後方から攻撃を仕掛ける。その様な戦法で戦うのだろう。
 加えて、マリグナントには『天使のたまご』なる聖遺物がある。もしこれを使われれば、大幅な強化は避けられまい。使用条件は不明だが、この場合の最悪手は、神通もマリグナントも健在の状態で、天使のたまごによる強化を使われてしまうことだろうか――。
「ならば、神通さんを真っ先に討伐するべきですね。
 その間のマリグナントの相手を、蛍さんに一任してしまう形になりますが――」
「ふふ、大丈夫。頼って、珠緒さん」
 そう言って、蛍は微笑んだ。
「あの悪意に。本当の親愛って奴を教えてあげなくちゃ」
「そうですね」
 珠緒も、優しく微笑んだ。
「皆様、一気に加速します。どうぞ、ついてきてください」
 この時、珠緒の反応速度についてこれるものはいなかった。神通、そしてマリグナントさえも。そして、その反応速度に導かれるように、仲間たちは加速する!
「蛍さん――!」
「任せて!」
 蛍が一気に飛び込んだ。前面に立つ、マリグナント。
「雪風を愛した後に」
 マリグナントは言う。
「あなたたちも、愛してあげましょう」
「間に合ってるの! おあいにく様ね!」
 純白の手甲を用いて、マリグナントを押さえる。こうなれば、もう後は振り返らない。背中は、仲間たちに任せているのだから!
「神通さん、お見受けする限り、不本意なお立場……解放は叶いませんが、せめて介錯仕ります」
 珠緒がそういうのへ、神通は刃を引き抜いた。
「静々と腹でも切りたいところだが、それができなくてな! 悪いが、少し手間とらせるぜ!」
「こちらです、神通様!」
 妙見子が叫んだ。
「今度こそ、沈んでいただきます。
 そして私たちが勝ちます。

 ……雪風様を前に進ませるために!

 暗雲の、その先へ!」
「妙見子!」
 沙耶が、その手を掲げた。
「全力でサポートさせてもらうよ!
 神通! 私を覚えているかな?
 あの時撤退した後に続きこうなるなんて苦しいけど……!」
「今度こそ頼むぜ、お嬢さん!」
 沙耶の指先がキラキラとした線を描く。放たれたナノマシンが妙見子の体を包み、その体中の力を賦活させた。抜き放つ。鉄扇。相対。そして、相克、衝突。刃と扇が、再び、この時に打ち合う。
「容赦はなしですね……!」
 押し込まれる刃に、妙見子が言う。
「つくづく、厄介な体でな……!」
 神通が申し訳なさそういうのへ、
「責めているわけではありませんが!」
 扇を振り払い、妙見子が跳躍。間髪入れず、ムサシが飛び込んだ。
「氷漬けにするッ!」
 ふるわれたレーザーブレードは、まるで氷のごとく青い。絶冷の斬撃を、神通が刃で受け止めた。ばぢばぢと音を立てて、冷気が神通の体を侵食する。
「こっちのムサシか! いい刃の冴えだ!」
「教官殿と訓練をしているときを思い出します……あなたも、良い教官だったのですね……!」
 悔し気に、ムサシが刃をふるった。がちり、と、神通の体が凍り付いたように動きが鈍る。足を止め、動きを鈍らせる。一気に攻撃を仕掛け、息つかせる暇もなく、追い打つ!
「武蔵さん!」
「応!」
 武蔵が間髪入れず、九四式四六糎三連装砲改を構えた。
「そちらの長門の想いも借りる……!
 神通! 悪いが、そっ首狙わせてもらうぞ!」
 打ち放たれる徹甲弾が、神通の首元を狙う。神通が、刃を振り払って、ようやくでそれを受け止める。
「……! なんだろうな、そっちの神通もそうなのか!? 奇妙な縁だな……!」
「ああ、奇妙だ。悲しいくらいに。
 こうして会えるのが静かな海の上であったならば、どれほど、どれほど……!」
 姿を消した妹のことを思い出す。彼女とも、また静かな海で会えたならば、どれほどに。
「奇跡を願わずにはいられない。それでも、奇跡がかなわぬことも痛いほど解る……それゆえに……!」
「神通姉」
 飛び込む、島風が――その刃を手にして。
「残念 本当に」
 静かに――。ふるった。刃を。首元に狙いて。
「異邦類族 義姉達 別形出会(違う形で、会いたかった)」
 その刃は――首に、触れた。だが、黒い影が、最後の最後で、それを押しとどめた。体の抵抗が、神通の死すら許さない。刃が、食いこまない。
「当方(私は)――」
 とどめを刺せなかった。そのことが、あまりにも悲しく。
「オマエは悪くないさ」
 神通が笑った。
「そうだろう? 雪風」
 飛び込んだ。雪風が、その刃を、後押しした。

『あぁ、お前らが新しい部下か』
 初めて顔を合わせた時のことを思い出す。接続されたネットワーク上で、神通と、黒潮と、初風と、わたし。
『ぱ、ぱわはら上司なん……?』
『いや、怖いだけでいい人って聞いてるけど』
『怖いっての否定しろよ。いや、まぁ、厳しくいくけどよ。うちの艦長もそういうタイプだからさ、オマエらの艦長も苦労するだろうぜ。
 雪風、オマエは生まれたばかりだろ? まぁ、緊張すんな……ってのは難しいかもしれないが、気楽にな。
 サポートはするからさ』
 そう言って、みんなが笑っていたことを覚えている。

「狡い手を……」
 雪風がつぶやいた。神通が笑う。
「敵の弱いところを狙え、といっただろう。いいんだ。それより」
 神通が、悲し気に目を細めた。
「すまなかったな。一人にしちまって。俺たちは……。
 でもさ、この世界で、オマエの隣にいてくれる奴らは、きっと」
「はい」
 雪風がうなづいた。
「きっと、わたしは……ここで生きていくんですね。
 さようなら、神通隊長。
 あなたはずっと、ずっと……私の憧れでした」

 ず、と、刃が滑った。
 首が飛ぶ。間髪入れず、その姿が影に、黒い何かになった。多分それが、神通の最後の抵抗だったのだろう。雪風の前で、無残な屍をさらさないようにという、本当に最後の、優しさだったのだろう。
「神通姉――」
 島風が、たまらず声を上げた。でも、そのあとの言葉は飲み込んだ。
 まだ、敵はいる。
 敵は、いるのだ。
 今は、思い出の内に。
 死者が生者に残せるものは、それだけなのだ。

●悪性の消滅
 神通が消滅したのを確認した瞬間、マリグナントの胸中に浮かんだものは何か。
 焦りか。怒りか。あるいは、歓喜か。
 もしかしたら、何も浮かばなかったのかもしれない。淡々と。ただ、そういうものだったのかもしれない。
 ただ、『状況が変じたことを理解できぬほど、それは間抜けではなかった』。
 間髪入れず、手に握る。天使のたまご。聖遺物。
「使うつもり!」
 目の前の、蛍が叫んだ。
「気を付けて!」
 と。
 マリグナントが考えてみれば――。
 目の前のこの人間も。
 まるで不滅のごとく立つ。
 これは何なのだろう。
 なぜ、立ち続ける。なぜ、食われない。
 おそらく――言葉にするならば。
 それが、マリグナントが初めて抱いた、恐怖という感情の片りんであった。
 だから、聖遺物を使った。使う。否――。
 ばぢり、と。
 手が爆ぜた。
 その手の中の聖遺物が、転げ落ちる。
「させるかよ」
 ムサシが、その手のレーザーガンを構えて、そう言った。ムサシが放ったそれが、マリグナントの手を打ち抜いたのだ。
「『調理』は終わりだ、マリグナント。
 ……『愛』を免罪符代わりにして人の心を弄ぶ行い……断じて、許さんっ!」
「一気に踏み込みます!」
 珠緒が叫んだ。
「もはや外道の踊る場はありません。
 ここで! 確実に!」
 導く――友を! 決戦の場に!
 じわじわとマリグナントの心を侵食する恐怖が、この時、わずかにマリグナントの身を引かせた。しかし、それを阻むのは、純白の手甲の持ち主。
「逃がさない、ボクが!」
 殴りつけるように、蛍が押さえつける。それにより、わずかにマリグナントの動きが遅れた。飛び込んだのは、
「星を喰らい、滅ぼし。
 それでも満腹にならない哀れな獣。

 ……マリグナント様。

 それは愛ではなく執着です。
 そんなものに囚われている時点で貴女に明日はやってこない」
 妙見子だ! 手にした鉄扇で、マリグナントをたたきつける! マリグナントが、その片手を持ち上げた。受け止める。ぐしゃり、とひしゃげるようにゆがむ。
「――」
 呼吸をするような動きをすれば、すぐにその両手が元の形に戻った。元より不定形。形を維持する、だけならたやすい。
「私は、お前を絶対に許さない!」
 沙耶が叫んだ。
「その傲慢、償ってもらうッ!」
 叫ぶ。放つ光が、マリグナントを切り裂いた。
 血液は出ない。その代わりに、なにかが解放されるような気がした。
「ああ、ああ!」
 マリグナントが叫ぶ。
「これまで、食べてきたものが! わたしたちが!」
「貴様 否」
 島風が声を上げた。
「貴様 構成物質 全 他生命
 一片たりとも、貴様に残すものか
 万死相当(ぜったい) 撃滅必倒 (ころす)」
 その眼を絶対の殺意と敵意に燃やし、
 島風がその刃をたたきつける! 斬撃が、マリグナントの右腕を切り裂いた! べちゃり、と堕ちて、海に溶ける。ああ、返っていく。食われていたものが。
「その姿――初霜のもの、らしいな」
 武蔵が、その刃を握った。
「返してもらうぞ――友のもとに!」
 爆風が、マリグナントを襲った。
 イレギュラーズたちの猛攻に、すでにマリグナントはその形を維持できなくなっていた。
 すり減っていく、一撃ごとに。解放されていく。一撃ごとに。
 食べたもの、が。奪ったもの、が。拘束していたもの、が。
 消えていく。小さくなっていく。
「――!?」
 やがて、爆風の中より現れたのは、なにか、ぶよぶよとした塊だった。それが、おそらく、芯にのこった。マリグナントという生き物の根本なのだろう。
「ああ、あなたはそんなにも」
 雪風が、小さくつぶやいた。
「なにものでもなかったのですね。
 だから、くらい尽くしても、なにかになりたかった。
 無論、赦す気も、憐れむ気もありません。
 ここで、決着をつける。
 幾千光年の彼方から、今わたしたちが生きる、ここで。
 人の形を得て生きるわたしが! ここで、みんなと生きるために――!」
 光子魚雷を放つ。あの時とは違う。あの時は、命を懸けて、敵を滅ぼすために。
 今は、仲間たちとともに、生きるために。
 穿つ――!
 ぱあん、と、魚雷が爆砕した。マリグナントが、爆散する。
「ま、だ」
 それは、千々に刻まれながらも、そう声を上げた。
「まだ、たべる、まだ、まだ」
「いいえ、いいえ。これで終わりです」
 珠緒がそういった。
「意思の疎通がされぬなら、異種間の生存競争。容赦は、いたしませぬ。
 この世界に、貴方の居場所はない」
 藤桜剣・一ノ太刀。
 赤き刃、悪性を断つ。
 その一閃が、戦いの終わり。
 ばちん、と、音を立てて、それがはじけた。同時に、マリグナントに力を与えていた、聖遺物が砕けて散る。
 終わった。
 終わったのだ。
 戦いは、ここに――長い長い、戦いは、ここに。
「蛍さん、大丈夫ですか?」
 珠緒が訪ねるのへ、蛍はうなづく。
「うん! あんな奴に、ボクは負けないもの」
 そう言った後に、少し心配げな顔をした。
「雪風さんのほうが、心配かな……」
「うん、そうだね」
 沙耶がうなづく。
「何度もこんな苦しい思いをさせてごめんね……でもきっともう大丈夫……だよね?」
 そういう沙耶に、雪風はうなづく。
「はい。もう、マリグナントの気配は消えました。この帳も、時期に晴れるでしょう」
「完全 勝利」
 島風がそういう。
「禍根 根絶
 ……新しい、未来。見よう」
 そう言って、笑った。
「恋が何だかは知らぬ。
 愛が何だかは分からぬ。
 だが、あの日奇跡を見た。あのヒトの暖かさを、武蔵は知っている。
 そして、武蔵を護りたいと言ってくれる者がいた。待っている者がいる事を、武蔵は分かっている。
 今までの全てが私の宝で、雪風も大切な友人だ。
 雪風も、そうあってほしい」
「わたしにとって、幸運は呪いで」
 雪風が言う。
「残されて、しまうような気がして。
 でも、きっと……誰かが、わたしに、なにかを託してくれたから、生き残ってこれたのだと――」
「ええ、きっと、そうですよ」
 妙見子が、微笑んだ。
「行きなさい、雪風。
 ただ一隻の艦として、友と、静かな海へ」
「はい」
 雪風が、わらう。
「帰ったら、長門さんともお話ししたいです」
「ええ、もちろん」
 そう言って、ムサシが笑い、
「……あ、でも、ご飯とかには誘わないでください。
 それこそ、マリグナントか、ってくらいに食べるので……自分の財布が……今度は死んでしまう……」
 そういうのへ、雪風は目を丸くしてから、笑った。
 いつしか、その笑いは伝播して、みんなが楽しげに笑う。
 ここには笑顔がある。
 水底ではなく、海の上で。
 仲間たちの、笑顔が。

成否

成功

MVP

藤野 蛍(p3p003861)
比翼連理・護

状態異常

なし

あとがき

ご参加ありがとうございました。
悪性は消滅し、帳も晴れました――。

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