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シナリオ詳細

<神の王国>天義よ、天義たれ

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●理想郷
 冬にしてはずいぶんと穏やかな陽気で、日なたにいればぽかぽかと体が暖まるような、そんな日であった。
 否、今日もそのような日であった。この『空間』はいつだって居心地が良い。そうなるように願い、作られた空間なのだから。
 ゆっくりと歩を進めれば天義らしい建物が立ち並び、建物の前は信徒たちの清い心のように木の葉ひとつだって落ちていない。朝から民たちがせっせと掃除をしているおかげだろう。
「おはようございます」
「おはようございます!」
 行きかう人々が挨拶を交わしてくれるから、自身もまた挨拶を返す。彼らの表情に不安の色は一切ない。あるわけがない。だってここは『理想郷』なのだから。

 遂行者ジゼル=フォン=ノーザンブルグの理想郷。かつて天義貴族であった彼女は、精鋭の女騎士としても活動しており、また敬虔な聖職者でもあった。そう在り続けた。――在り続けたかった。
 しかしその清廉さはあまりにも眩しくて、天義に潜む闇にとっては非常に疎ましいものだった。そして天義は正義に満ちているのだと信じてやまない傲慢さが、彼女を闇の掌で躍らせたのだ。

 けれど、この理想郷においては正しく――少なくともジゼルにとっては間違いなく、正しい――正義に満ちた世界が広がっている。天義らしい天義であり、以前の天義から悪の払しょくされた空間。幸せであるように作られた場所だ。
「壊されないように頑張らないとねえ、ジゼルちゃん」
 不意に声をかけられ、ジゼルは立ち止まって視線を横へ向けた。路地の壁にもたれかかった彼は煙管をくわえて、ふぅと煙を吐く。
「……ドゥイーム様」
「仕方ないって言ったじゃないか」
「煙管くらいは我慢なさいませ」
 ちぇっ、と肩を竦めたドゥイームが煙管をしまうが、煙は絶えず彼の周囲を漂っている。煙管から放たれているわけではなく、彼自身から漂うものなのだから、そればかりは本当に仕方がない。
「それにしても『あの人』の権能は素晴らしいね。早く世界が置き換わってしまえばいいのに」
「貴方も遂行者になれば早まったかもしれませんのに」
「僕が遂行者になっても、ならなくても。結末は変わらないよ」
 それは傲慢が故の言葉だっただろう。ドゥイームはにこりと笑って、それからと付け加えた。
「ジゼルちゃんのような真面目な子と違って、僕は『神霊の淵』の契りを交わすよりも自由に、色んなものをひっかきまわしたかったからね!」
「……ドゥイーム様を見ていると、最後の言葉はわかるような気がしますわ」
「嫌だなあ、思っているほど不真面目じゃないよ」
 のらりくらりとしたこの男は、魔種である以上敵ではないのだが、いかんせん何かに縛られるような性格ではない。ジゼルや他の魔種のように、心臓半分を――命の核を捧げる姿は思い浮かべられなかった。
「でもだからこそ、気を付けてね。ジゼルちゃん」

 ――今の理想郷で、遂行者に二度目の人生は存在しえないのだから。

 理想郷は冠位魔種ルストの権能による空間だ。この空間にいる限り、作り出された『選ばれし者』と『神の意志を遂行する遂行者』に死は訪れ得なかった。しかしルストがリソースを自身へ向けている以上、理想郷で迎える死は現実の死と同義である。
「……わかっておりますとも」
「本当にぃ? 僕だって一応心はあるんだから、見知った顔の死ぬとこなんて見たくないよ?」
 それこそ本当に? と聞き返したくなるような言葉を吐いて、ドゥイームが悲しそうな顔を作る。
「ま、最悪『神霊の淵』のリミッターを外せばどうにかなるだろうけどね!」
 次の瞬間にはぱっと明るい顔をするものだから、余計に先ほどの悲しそうな顔は『作っていたのだろう』と思わせるけれど。ジゼルは追及することなくそうですねと返した。
「ドゥイーム様はまだここにいるのですか?」
「え、僕にいてほしいって?」
「そんなことは一言も口にしておりませんが」
 冷たいよお、と嘆くドゥイームを冷めた目で見やれば、それに気づいた彼が咳ばらいを一つ。
「まあ、別にどこか遊びに行く用事もないし? イレギュラーズたちも来るんでしょ」
 まるで友人の家に遊びに来たかのような物言いであるが、これからこの場で始まるのは戦いである。戦いを望んでいると言えば語弊はあるが、彼はイレギュラーズに興味を抱いているようだから、会えるのならばそのまま戦いにもつれ込んでも構わないのだろう。
 それを指摘すれば、ドゥイームは嬉しそうに笑った。
「ふふ、お気に入りがいるんだ。絶対にまた来てくれるよ。楽しみだなあ」
 確信めいた言葉。それは外れないのだろう。以前の戦いでも彼に並々ならぬ感情を抱くイレギュラーズがいるようだったから、おそらくあの子に違いない。
 首からかけたロザリオへ無意識に手を当てる。血濡れた教会から発見した聖遺物は娘へ渡したロザリオの代わりに、ジゼルをこれまで助けてきた。この先もどうか助けてくれと願うばかりで。
(……娘も、きっと)
 そしてイレギュラーズに混じっていた自身の娘もまた、来るだろう。彼女はイレギュラーズであるから、魔種の、それも冠位魔種が絡む事件を見逃せはしまい。
 ジゼルの命はルストのものだ。冠位魔種ともども生きるか死ぬか、もう後には引けない。それは娘を前にしたとしても――。


●ローレット
「――ああ、貴殿か」
 近づいた貴方に振り返った『焔の因子』フレイムタン(p3n000086)は何枚かの羊皮紙を手にしていた。それらへ視線を向ければ、過去にイレギュラーズたちが対応した依頼の結果報告資料であるとわかる。それも天義関連、さらに言えば遂行者に関連するものばかりだ。
「これか? 天義の騒動が佳境なのでな」
 情報屋たちも忙しくしている。近いうちに事が動くかもしれないと、過去の資料を読み返していたのだそうだ。
「神の国……理想郷、だったか」
 非常に危険な代物だとフレイムタンは眉間にしわを寄せる。
 神の国、その入り口にあるテュリム大神殿を攻略した先には何重にも『施錠』された階層が存在していたという。そこはまさに理想郷と言うべき夢心地の世界で、『選ばれし人々』が幸せそうに暮らしていたそうだ。
 理想郷に棲まう修道女は言った。この地では、失われる命など何も無く、真なる主が選び掬った命は全てが全て永遠なのだと。
 理想郷に棲まう少年は言った。この地では、薄汚い溝鼠と誹られることもなければ黴びたパンを食べる必要も無い。全てが望むが儘に平等なのだと。
 何の憂いもないその姿は、ヒトとして奇妙なものを感じずにはいられないと同時、人によっては不安の欠片もない姿に羨ましさを感じたかもしれない。
「生憎とこれを読んでも、羨ましいとは思えなかったが」
 そう苦笑するフレイムタンは、情報屋たちがより慌ただしく動き始めたことに気づいて其方へ視線を向けた。漏れ聞こえる話にフレイムタンは――否、フレイムタンだけでなく貴方も表情を引き締める。
 天義の一件が動き始める。チェックメイトを宣言するための一手へ向けて、イレギュラーズの猛攻が開始されようとしていた。

 僅かな綻びを付いてルストの権能を挫き、各地に降ろされんとする帳を『制圧』する。そこから滅びに立ち向かえるだけの『可能性(パンドラ)』を流入することで『神の国』の崩壊が近付く。
「これは騎士団とローレットへ通達されています」
「どこからの情報だ?」
 フレイムタンの問いにブラウ(p3n000090)はへなんと困った表情を浮かべた。
「一応、匿名の遂行者……なんですけれど。筆跡などから信頼に値する情報だと精査されています」
 遂行者と言えば本来は敵であるが、送り主と縁のある人物が信ずるに足るべきだと進言したのである。
 この情報を信ずるならば、為すべき作戦は難しいものではない。
 『神の国』、そして『混沌各地』の両方から攻撃を仕掛け、ルストの権能を打ち破ること。神の国内部であれば『死ぬ事の無い』という制約を課しているからこそ、外には姿を見せない男を引き摺り出すことが目的だ。
 神は『盟約』により『神の国』では決してその命を落とすことはなく、自らの受けたダメージを他の何者かに与える事ができると言われている。それも何処まで真実か定かでないが、神の国に綻びを作り、本人が出てこざるを得ない状況を作り出すことで全面対決が叶うだろう。
「僕が調査した範囲では、以前姿を見せたという煙を纏った魔種も確認されています。テュリム大神殿に存在する創造の座より先、理想郷と呼ばれる場所に行ったそうです」
「ドゥイームが……」
 ぼそりと呟いたチェレンチィ(p3p008318)。ロレイン(p3p006293)が母もそこにいるだろうかと問えば、ブラウは恐らくと頷いた。
「ロレインさんの仰る遂行者は、混沌側で見られていないようなので……きっと、理想郷のどこかにいるのではないかと」
「あの2人、また一緒にいるんじゃないかしら。何の繋がりなのかはわからないけれど」
 ジルーシャ・グレイ(p3p002246)は頤に指をあてて考える。特段仲が良いというわけではなさそうだったし、そもそもドゥイームは遂行者でもなさそうだった。結構ドライな関係なのかもしれない。
 彼らの関係はさておいて、冠位魔種を止めるためにはその権能を打ち破らねばならない。遂行者であろうとただの魔種であろうと、退けて進むほかないだろう。

GMコメント

 愁です。決着をつけましょう。
 どうぞよろしくお願いいたします。

●成功条件
・ジゼル=フォン=ノーザンブルグの撃破
・ドゥイームの撃退、あるいは撃破

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

●フィールド
 魔種であり遂行者であるジゼルの理想郷です。天義の街並みを模しており、人々は幸せそうに、神と呼ぶべき世界の意思、高位存在、聖なるかなを非常に尊びながら暮らしています。以前の天義に酷似しています。
 しかしこの理想郷における『神と呼ぶべき世界の意志』等は皆さんの認知しているそれではありません。
 理想郷に入ると多幸感を感じますが、イレギュラーズには原罪の呼び声『傲慢』による不快感をも感じさせます。これにより一定確率でBS【呪縛】にかかる場合があります。

 街並みの中にはロレインさんが見覚えのある孤児院があります。もしかしたら見知った顔もいるかもしれません。孤児院の者たちも真面目に、清らかに、正しく生きています。

●エネミー
・ジゼル=フォン=ノーザンブルグ
 傲慢の魔種であり、遂行者のひとり。過去は天義貴族であり精鋭の女騎士、そして敬虔な聖職者であったと彼女を知る人は言うでしょう。
 天義が正しく天義であること。そのために遂行者として歴史を正そうとしています。その意思がこの理想郷を作り出しており、彼女はこの理想郷においてひと目おかれる存在です。つまり、理想郷のすべてが彼女の味方です。
 なぜ理想郷にロレインさんの見覚えがある孤児院があるのかについては、問えば答えてくれるでしょう。現実で蔓延っていた悪も、それに対して自身が下した『断罪』さえも、全て。
 理想郷を破らんとする『悪』は、たとえ身内であっても容赦しません。
 個としての戦闘能力は物理・神秘とも非常に高く、逆境に立たされるほど勢いを増す強敵です。

 また、今回の彼女には『今回限り』の切り札があるようです。発動されれば非常に危険ですが、彼女にとって諸刃の剣にもなる手段です。

・ドゥイーム
 傲慢の魔種。元は精霊種であったようです。遂行者ではありません。
 チェレンチィさんやジルーシャさんをはじめ、イレギュラーズ自体に興味を持ちはじめたようです。彼にとってはこの戦いも遊びに近く、少なくとも戦闘開始時点では本気ではなさそうです。
 煙を操って戦ってきます。彼の煙からはどうにも不穏な気配を感じます。注意が必要そうです。
 攻守両方に長けていますが、直接的な手段より回りくどい方法をとるように見受けられます。

・選ばれし人×15人
 理想郷に住まう人々。幸せそうに暮らしています。『異言』を話すものですが、意志の疎通が可能です。とはいえ、理想郷を絶対とする者たちのため、悪を運んできた異分子には全面的に対抗します。
 つまり皆さまがジゼルを倒そうとした場合、彼らも武器を取って対抗してきます。
 個々が突出して強いわけではありませんが、一般人よりは余程強いです。

・煙人形×5体
 ドゥイームの煙により作られた人形。実体を持ち、イレギュラーズへ襲い掛かります。
 以前よりもずっと性能が上がっており、煙らしからぬパワーで殴りつけてきます。また、煙人形の煙を浴びると動きが鈍くなるようです。

●友軍
・フレイムタン
 精霊種の男性です。炎の力を纏って戦います。近接アタッカーで、プレイングで言及されなければ皆さんの動きを見て何となく合わせてくれます。

●魔種
 純種が反転、変化した存在です。
 終焉(ラスト・ラスト)という勢力を構成するのは混沌における徒花でもあります。
 大いなる狂気を抱いており、関わる相手にその狂気を伝播させる事が出来ます。強力な魔種程、その能力が強く、魔種から及ぼされるその影響は『原罪の呼び声(クリミナル・オファー)』と定義されており、堕落への誘惑として忌避されています。
 通常の純種を大きく凌駕する能力を持っており、通常の純種が『呼び声』なる切っ掛けを肯定した時、変化するものとされています。
 またイレギュラーズと似た能力を持ち、自身の行動によって『滅びのアーク』に可能性を蓄積してしまうのです。(『滅びのアーク』は『空繰パンドラ』と逆の効果を発生させる神器です)

●Danger!
 当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
 また、原罪の呼び声が発生する可能性が有り得ます。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

  • <神の王国>天義よ、天義たれLv:50以上完了
  • GM名
  • 種別EX
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2023年12月20日 22時05分
  • 参加人数10/10人
  • 相談6日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

オデット・ソレーユ・クリスタリア(p3p000282)
鏡花の矛
日向 葵(p3p000366)
紅眼のエースストライカー
ジルーシャ・グレイ(p3p002246)
ベルディグリの傍ら
ロレイン(p3p006293)
ルチア・アフラニア・水月(p3p006865)
鏡花の癒し
カイト(p3p007128)
雨夜の映し身
ゼファー(p3p007625)
祝福の風
チェレンチィ(p3p008318)
暗殺流儀
ニル(p3p009185)
願い紡ぎ
柊木 涼花(p3p010038)
絆音、戦場揺らす

サポートNPC一覧(1人)

フレイムタン(p3n000086)
焔の因子

リプレイ


「こりゃまた随分と不快感溢れる場所なこった」
 そう呟いた『紅眼のエースストライカー』日向 葵(p3p000366)は、言葉通りに表情をゆがめる。ああ、と頷く『焔の因子』フレイムタン(p3n000068)も顔をしかめていた。
 見た目『だけ』はどこまでも天義の街並みだ。もしも只の人がこの理想郷を訪れようものなら、あっという間に吞まれてしまうかもしれない。
 それほどまでに平和で、平穏で、人々は幸せそうで――原罪の呼び声が響いている。
「理想郷だなんて……聞こえはいいのだけれどね」
 ため息交じりの『祝福の風』ゼファー(p3p007625)はあたりを見回しながら何とも言えない表情を浮かべる。
 綺麗すぎるのだ。聞こえも見てくれも良く、だからこそ好きになれない。きれいな水に魚が棲まないのと同じだ。
「ニルは……神の国がいやです」
 理想郷で暮らす人々の姿に、『おいしいで満たされて』ニル(p3p009185)は表情を曇らせる。穏やかな表情で、幸せそうにも見えるけれど、それは虚像でしかない。
 ニルが欲しいものは理想郷にないことを知っている。この理想郷を良しとしてしまっては、ニルの好きな今の世界が壊れてしまうことも知っている。
(この理想郷が遂行者の人……ジゼル様の理想の形であったとしても)
 この世界は、壊さないといけないのだ。ジゼルにとってニルたちが『悪』であったとしても、だからと言って辞められるものではない。
 ニルは握っていた杖を、知らず知らずのうちにぎゅうと力いっぱい握りしめていた。手が白くなるほどに、強く。
「……けれど、この理想郷は悍ましいものではないのですね……」
 『奏でる言の葉』柊木 涼花(p3p010038)は街の外観を眺めながらぽつりと漏らす。
 以前訪れた別の理想郷は、それは悍ましいものだった。あれが少数派で、本来はこういった平和な風景が並ぶ場所なのかもしれない。
 けれどどんな形であろうと、理想郷は全て紛い物で作り物であることに変わりはない。
(まるで、自分を見ているようで――)
 その先の言葉は心の中でも続けずに、ぐっと飲み込んだ。
「……果たしてこれが、本当に『理想』と言えるのだろうか?」
 ぽつりと『雨夜の映し身』カイト(p3p007128)は呟いて、進もうと仲間たちへ視線を向ける。
 立ち止まっている場合ではない。決着をつけなければ。
 先へと進むイレギュラーズたちを取り囲む街は――不気味すぎるほどに、真っ白で。何色にも染まれる色でありながら、何色にも染まりたくないと拒絶しているようにも、見えた。



 その女は1人だけ、この街において異質さを感じさせていた。周りの者は特に気にした様子でもないが、イレギュラーズにそう見えたのは――理想郷がどのようなものか知っているためか。あるいは、女が魔種であると知っているためか。
「――母よ、元気にしてた……?」
 静かなロレイン(p3p006293)の問いかけに、ゆっくりとジゼル=フォン=ノーザンブルグが振り返った。ロレインと、それからその後ろにいるイレギュラーズたちを認めて目を細める。
「……ええ」
「母よ、教えてくれる? その先の孤児院は……私が召喚される前の、事件が起きた場所ね? 何があり、何を思ってここにそんなものがあるの……?」
 ロレインの視線を追う様に、ジゼルの視線もまた道の先にある建物へと向いた。
 かつて、ロレインが居た場所だ。そして召喚直前、残虐な事件があった。広がる血だまりと、むせかえるような鉄の香りが満ちていた。
「みんなを殺した場所なのに、何故……理想郷であるここに存在しているの?」
「……わたくしは、天義が清き国であると、信じていたのです」
 それは愚直なまでに、疑うことすらなく。実際の天義など何もわかっていなかったと知らしめた場所こそが、まさにあの建物だった。
 ロレインは母の言葉を「やはり」とどこか心の中で思いながら聞いていた。あの孤児院もまた、過去の天義の膿だったのだ。そしてそれはきっと、当時の自分も母も覆しようのない権力を持っていたに違いない。
「わたくしの願う天義は……理想郷は、あの孤児院が清廉潔白な場所であることから、始まるのです」
 かつて、全てを自らの手で血の海に沈めた場所。自らが断罪を行った場所。罪の吹き溜まりだった場所が清く正しくあってこそ、ジゼルの願いはかなうのだと。
「だから、わたくしは……貴女がたを通すわけにはいきません」
「母よ、どうしても剣を置けないの……? 共に歩めなくても、ここで戦わなければならないの?」
 ええ、とジゼルは頷いた。ロレインは瞑目し、すぐさま目を開く。彼女を――母を倒すと瞳に決意を宿して、ロレインは十字架を握った。
 『高貴な責務』ルチア・アフラニア(p3p006865)は早々に味方へ最大限の支援ができる場所へと立ち位置を変えながら、自身へとメイデンハートを付与する。
 強大な敵との戦いだ、少しだって気は抜けない。
「アンタはアタシが相手よ。香の匂いは好きかしら?」
「いいえ」
「アラ残念」
 小さく肩を竦めた『ベルディグリの傍ら』ジルーシャ・グレイ(p3p002246)。彼の放った温かな香りが光を呼び込み、周囲の選ばれし者も巻き込んでジゼルを刺激する。
(未熟なのは知っている、それでも……味方は誰も落とさせない!)
 叶わないかもしれない。けれどそれくらいの覚悟と目標を掲げなくては、この場は乗り越えられない。
 ジルーシャやニルたち、と遠くならないように、できるだけ味方の中心へと位置取り、涼花は音楽を奏でる。味方の士気を上げ、力を湧かせるための音。
「申し訳ないけど、できるだけ早く退場してもらいましょ」
 『優しき水竜を想う』オデット・ソレーユ・クリスタリア(p3p000282)の放つ光が選ばれし人々を痛めつける。
(助けられるなら助けたいけど……できるのかしら?)
 小さくうなるが直感は何も働いてくれない。というより迫り来る敵にそれどころではない。
「倒した者から安全な場所まで連れて行こう」
 頼まれたしな、というフレイムタンに頷いて、オデットはひとまず彼らを戦闘不能にすることとした。幸い、今日は大暴れしても親友がいるおかげでガス欠の心配はない。
 相手を追い詰めるための『舞台』を整えて、カイトは凍るような雨をジゼルとその周囲へ降らせる。あまりの寒さに凍え、動くこともままならなくなるような――停滞を生む雨。
「不安も何もない理想郷……それはその雨と同じ、停滞すると同意義かもしれないな」
 何に煩わされることもない、過ぎた安寧。それに囚われてしまえば怠惰がもたらされ、最終的には滅びへと向かっていくだろう。
「天義が天義らしくあるのが理想って言うけど、そんなことを望むのか?」
「いいえ。憂うことが何もないからこそ、先に進むことができるのです」
 そう告げるジゼルの剣筋に迷いはない。この理想郷は停滞していないのだと、これからも停滞するわけがないのだと本気で思っているのだろう。
「母よ……せめて娘の力が、貴女を超えたことだけ示して、私は先に行くわ」
「先にはいかせません。わたくしの理想郷で……貴女たちには力尽きていただきます」
 かつては母のものであった得物で、立ち向かう。全ては滅びを回避させるため。傲慢の七罪へ刃を届かせるため。
「選ばれし人、でしたっけ? 大層なことねぇ」
 ジゼルへ刃を向けるイレギュラーズたちにざわついた人々へ、ゼファーが一瞥をくれる。一寸は骨がありそうだし、酔っ払いと喧嘩するよりは楽しめそうだ。
「そう云うのには反発したいお年頃なのよね。ほら、纏めて面倒見てやるからかかってきなさい!」
 口々になにやら言葉をぶつけられれば、それが意思疎通可能だろうと聞き取りにくくはなるのだが。言葉の端々を拾えば、理想郷を壊しに来たとでも思われていそうか。まあなんだっていいのだ、自分を狙ってくれさえすれば。
 自己強化を施した葵は、1体の煙人形へ向かって氷を射出する。相手の反撃など待ってやらない――戦いにフェアプレーなど存在しないのだと、すぐさまサッカーボールを蹴りつければ仲間がそれに追随した。
「おっと。最初から歓迎してくれるねぇ」
「貴方も、貴方の煙もそのままにしておくことはできませんから」
 ドゥイームの前に立ちはだかった『暗殺流儀』チェレンチィ(p3p008318)は自身の心を落ち着かせる。心を乱せば彼はそこに付け込んでくるだろう。
(何故、奴が天義で動いていて、遂行者……ジゼルさんと行動を共にしているのかは、相変わらず分からないですが)
 その動機がなんであろうと、立ちふさがるのなら退けるまで。ジゼルを倒すため、その邪魔はさせられない。
 チェレンチィの翼が力強く開き、その羽ばたきが周囲に溜まった煙を押しのける。
「ドゥイーム。ボクを前にして、他の人を好き勝手できると思わないでください」
 カワセミの翼が日の光にきらりと光り、ドゥイームが楽し気ににやりと笑った。
「あなたは遂行者では……ない、のですか?」
「僕? うん、そうだよ」
 ケイオスタイドで煙人形たちを攻め立てながら、問いを投げかけたニルにドゥイームが頷く。ではどうしてここにいるのだろう。
 首を傾げたニル。その心の問いに答えるように、ドゥイームは楽し気に笑った。
「君たちに遊んでほしいのさ。チェレちゃんにもね」
 その言葉にチェレンチィが嫌な顔をした――それすらも、ドゥイームはそうなるとわかっていて言っているのだろうと思うと腹が立つ。
「少しは耐えてくれて嬉しいわ。今回は余り殺すなって言われてるの」
 舞うような槍の大薙ぎが敵を蹂躙する。すぐさま倒せるなら、それはそれで仲間の助力に行けるから良いのかもしれないが。少なくとも可能な限り生かして殺すと決めている以上、やりすぎないよう気を付けなくては。
(ま、この間に因縁浅からぬ子達も話ができるでしょうしね)
 話したい事も聞きたい事もあるはずだ。少しの時間でも水入らずで話させてあげたくもなる。
(さすがに、これだけ入り混じっていると完全に引きはがすのは難しそうっスね)
 敵陣を一瞥する葵。大半の選ばれし者はゼファーが拾ってくれた。煙人形をまとめて蹂躙したいところだが、今のままでは選ばれし人々も巻き込んでしまう。仕方ないが、1体ずつ確実に仕留めていくか。
「皆、狂気に呑まれるなよ!」
 カイトの号令が皆の正気を取り戻させる再び呪縛に囚われてしまう可能性は十分にあり得るが、だからと言って放置していればここ一番のタイミングで動くこともままならないだろう。
 そんなカイトへと煙人形の一体が肉薄していく。
「させません……!」
 仲間へ迫る煙人形へ向け、ニルが肉薄してフルルーンブラスターをたたきこんだ。瞬間、煙がぶわっと広がったが、咄嗟にニルは吸わないように呼吸を止める。
(ジゼルが指揮官として統制している……? いえ、煙人形についてはドゥイームの管轄かしら)
 チェレンチィを回復しながらもルチアは戦況を見定めようとしていた。しかし――統制している、だろうか?
 選ばれし者たちがジゼルへ歯向かう者に対し拳を突き上げているという様にも見える。特に統率の取れた行動をとっているわけでもなく、しかして目的は一致しているといったところか。
「負けられない……混沌を、天義を、滅ぼさせるわけにはいかないの」
 どれだけ一緒にいたいと思っても、ロレインはイレギュラーズだから。天義の者だから。桜の花弁のような炎片とともに剣戟の音が散る。
(それにしたって、あの魔種……ドゥイームは、どうしてジゼルと一緒にいるのかしら)
 ジルーシャはジゼルの前へと立ちはだかり、その動きを邪魔しながらもちらりとチェレンチィ達の方を見る。今も、それから前回も。その様子を見た限りでは、協力し合っているようには見えない。どちらかと言えば、ドゥイームが構ってジゼルにウザがられているような……。
「魔種を前に考え事ですか?」
「フフ、アンタに贈る香を考えていたのよ。こんなのはどうかしら?」
 ジゼルの刃がジルーシャを捉える。一瞬苦痛に顔をゆがめながらも、ジルーシャは追憶のミオソティスをジゼルへ放った。この香術で与える香りはその名の通り、追憶の中へと対象者を引きずり込む。
(今のうちにシールドを張りなおさないと)
 先ほどの攻撃でブレイクされた。やはり魔種はそう簡単にいかないか。
「聖なるかな、万軍の主よ。我らを救ってください、って? こんなのどう繕っても欺瞞にしかならないわよ」
 そうあれかし、と地上の存在に創られた世界は須らくそうだろう。彼らの言う『神様』だって本物の神様ではないのだから。
 ルチアはクェーサーアナライズで周囲の気力を回復させながら、ジルーシャを癒しにかかる。ジゼルがブレイク技を持っているのであれば、油断すれば一気に持っていかれるだろう。
「気を付けて」
「ええ」
 短い言葉を交わし、ジルーシャが再びジゼルの動きを止めにかかる。仲間たちが増援に来るまでの辛抱だ。
「さあ、少し眠って頂戴ね?」
 百花を咲かせて散らす。狂い咲くその先には暫しの眠りが待っている。
 広域俯瞰にて視線を巡らせる葵。煙人形は今退治している1体だけか。
「あとは任せて、他のフォローに回ってくれ!」
 葵は煙人形へサッカーボールを蹴りだしながら仲間へと叫ぶ。後衛職ではあるが、あと1体程度なら葵がどうにかできるだろう。それよりも魔種たちと戦い続けている他の仲間が心配だ。
「チェレンチィ様、大丈夫ですか」
「ええ……ありがとうございます」
 気は抜けない。ニルはチェレンチィを回復しながらも、ドゥイームとの様子を伺う。
 ジゼルも、ドゥイームも、ニルは初対面でどんな人であるのか、これまでどんな縁を持っているのか知らない。だから縁を持つ者も行動を止めようとは思わない。
(でも、かなしいことには、したくない)
 魔種に呼ばれて反転したひとを知っている。
 遂行者に攫われて、敵対しかけたひとを知っている。
 敵と縁があるが故に呼ばれて、遠くに行ってしまう。そんな悲しいことはもう嫌なのだ。
 チェレンチィのこともいざとなったら庇うつもりでいながら、ニルはミニペリオンの群れを召喚する。
(奴はイレギュラーズ自体に興味を持ってしまった。それなら猶更、皆さんに手出しをさせるわけにはいかない)
 ドゥイームと煙人形の何体かを引き寄せながら、チェレンチィは雷を纏った神速の一撃を放つ。できるだけ自分が動いて、その視線が仲間たちへ向かないようにしなければ。
 チェレンチィが仲間たちを気にするのは、ジゼルを倒さなければならないというオーダー以上に、ドゥイームとの因縁が強い。ドゥイームが興味を持った者がどうなったか、どんな末路をたどったか、チェレンチィは知っているのだ。

 力強い涼花の音が聖なる力を宿し、選ばれし人々を攻撃する。苦しそうなうめき声はあまりにも人間らしい。
(ごめんなさい)
 彼らはこの世界に順応してしまっただけ。けれどこのニセモノの世界は在るべきではない。この世界を、この世界に在ることを肯定することはできない。
「頼んだわよ、親友」
「ええ、任せなさい!」
 ルチアの援護を受け、後衛から飛び出してきたオデットが小さな光の玉を作る。それは彼女の魔力や周囲の光を吸収し、熱を帯びた。
「邪魔する私たちが悪ってことならそれはそれで構わないわよ。否定なんてできないわ。私は私の正しさで戦うってだけよ!」
 集められた陽光は、ジゼルには熱く感じられる。跳び退ったジゼルはすぐさまオデットへと刃を振るった。
「『黒』が映える――そう思うだろ? 白一色ってのは案外不気味なもんだ」
 黒い雨を降らせてカイトがジゼルへ視線を向ければ、彼女は不快そうに顔をゆがめる。
「天義に蔓延る悪の色ではありませんか」
「人もまた、白一色ではいられないってことさ」
 同じような人間ばかりいたらそれこそ不気味だ。この理想郷と同じ――過去の天義と同じ。天義も表面上ばかりでその実、白一色ではなかったが。
 だからこそ、彼女は白一色の天義を望むのだろう。
「悪いが、この街を現実にするわけにはいかないんでな」
 カイトの結界が周囲も巻き込んで閉じ込める。ドゥイームも「おっと、」と目を丸くして此方を見た。結界が小さく、中にいる者を押しつぶすように圧縮されていく。
「――いやあ、怖いことするじゃないか」
 パリン。澄んだ音とともに結界が割れて、ドゥイームたちが飛び出した。怖い怖いと口にしておきながら、軽薄な笑みはちっとも崩れていない。
「ええ、本当に……実力を見誤っていたでしょうか」
 ドゥイームとともに結界から脱出したジゼルもまた、懐から何かを取り出す。嫌な予感がして、ロレインは咄嗟に剣を構えた。
「させないわ!」
 それよりも先にオデットが的確にジゼルへと攻撃を放つ。切り札を使わせない、あるいは不完全な状態に――!
 しかしジゼルの一閃がオデットの攻撃を叩き落とす。そして取り出したもの――箱のようだ――の蓋が地面にカランと乾いた音を立てて落ちた。
 ルチアの呼び出した禍々しき爪がどこからか現れ、ジゼルへ爪痕を残す――が。蓋の開いた事実はなかったことにはならない。
 いけない、とロレインの頭の中で警鐘が鳴る。あれはあぶないものだ。
「たとえ相打ちになろうとも――母を止めるのが天義の娘よ!」
 身内の不始末は身内が片付けるのだと。ロレインは奇跡を願いながら刃を向ける。
 ジゼルが手にしていたのは掌大の箱だった。奇跡を願われる間にも開いたそれの中には――。
「……臓器……いや、心臓?」
 誰かが呟いた。箱に入っていたのはまさに『心臓』であった。最も、そこに入っているのは半分ほどか。
 一体誰の。思わず立ち止まったロレインは、血の気が下がる音を聞いた気がした。
「それは……母よ、まさか!」
「神霊の淵(ダイモーン・テホーム)に必要だったもの。かつて大切なものが入っていたもの……今入っているのは、わたくしの心臓ですけれど」
 弱点をさらしてこそ、これまで以上の力を出すことができる。ジゼルはこれまでと段違いのスピードでロレインへ肉薄し、力強く剣を振り下ろした。
「くっ……!」
 ロレインは咄嗟に剣で受け止めたが、いなしきれずに吹っ飛ばされる。
(ロザリオが怪しいかと思っていましたけれど……まさか心臓の入った箱とはね)
 槍を構え、ジゼルへ肉薄しながらゼファーは彼女の身に着けるロザリオへ視線を向けていた。ロレインのそれのように、そのロザリオも何か仕掛けがあるのかと思っていたが、ジゼルの『切り札』は別の場所にしまってあったというわけだ。
「母娘水入らずだったところ悪いけれど、そろそろ私も混ぜてくださいな。相容れない一人なりに、刃を交えるのも一興ですもの」
「ええ、構いません。早々に決着をつけてしまいたいですもの」
 ゼファーはその言葉の意味を考える。早々に決着をつける必要がある、ということは長い間神霊の淵(ダイモーン・テホーム)を出していることはできないということか。あるいはそれを破壊されたらまずいから出していたくない、という可能性もある。
「悪いけど、アタシたちは『神様』を引き摺り下ろすためにここに来たの。切り札を出されようが、引くわけにはいかないのよ!」
 清めの水がジルーシャに力を与える。ジゼルへと突っ込んでいった彼は、渾身の力を込めて極撃をジゼルに叩き込んだ。
 しかしカウンターを食らったジルーシャは吹っ飛ばされ、建物に叩きつけられる。涼花がすかさず駆け寄った。
「ジルーシャさん!」
 涼花の放った単音がジルーシャの傷を優しく癒す。まだ他にも大きく傷を負った仲間がいる以上、誰かの回復を施し終わったからと気は抜けない。
「天義らしい天義なんて夢見ても、現実は変わらねえんだ。そろそろ気づく時間っスよ」
「いいえ。この理想はやがて現実になるのです」
 ジゼルの言葉に葵がふんと鼻を鳴らす。どこまでいっても理想というまやかしを追うつもりらしい。
 ボールを蹴る葵の頭を呼び声の不快感が揺らす。全く、呼び声の息がかかっていなければまだ良かっただろうに。
「不安があるから人間はどうにかしようと思う。不安を何ともないと思える人間も居るから立ち向かえる。
 お前の理想は――それを奪っているんじゃないのか?」
「奪うのはいつだって悪人ですわ……それを正しているだけ。ここは正された世界というだけ」
 そうかい、とカイトは呟いた。もともと自分のようなひねくれ者の言葉など耳を貸す気もないかもしれないが、彼女がその意思を変えないというのならば、ここまでだ。あとは倒し、決着をつけるだけ。
 一方、ドゥイームと対峙する2人はひたすらに煙をよけ、持久戦に持ち込みながら応戦していた。
「ニルさん、その煙に触れないよう気を付けて!」
「はい……!」
 横合いから迫る煙に注意を促し、ニルが退くと同時にチェレンチィの起こした風が煙をよそへと追いやっていく。
 煙人形の煙は動きを鈍くするようだが、ドゥイームから放たれる煙はまた別の嫌な感じがする。自分はまだいいが、他の仲間には絶対に触れさせるものか。
「そんなに嫌がらなくてもいいじゃないか」
「嫌です」
「悲しいなあ」
 軽薄な笑みを浮かべるドゥイームに鼻で笑えば、彼の操る煙がチェレンチィとニルを取り囲む。
「そんなこと言わずに、話をしようじゃないか。折角の再開だよ」
「……それなら、何故ジゼルさんと行動を共にしているのか教えてください」
「ヤキモチ焼いたの?」
「やいてません!」
 段々疲れてくる。目じりを釣り上げたチェレンチィに、ドゥイームは仕方ないなあとさも自分は悪くないような様子を見せ、少しばかり考えた。
「……なんとなく?」
「は?」
「誰だって良かったのさ、君と会えるならね。ああ、引きこもりみたいな遂行者は勘弁してほしいけど!」
 嘘か真かわからないが、ドゥイームはそれ以上を語るつもりはなさそうであった。

「親友、まだまだ行くわよ!」
「任せて頂戴」
 ルチアへと声を掛けながら、オデットが魔空間へジゼルを引きずり込まんと力を操る。この先奇跡には頼れない。ならば多少威力が下がったとしても戦い続けられる戦い方を。火力がなくなるよりはマシだ。
(少しでも早く決着をつけたいところね。ドゥイームにも退場してもらいたいし)
 あちらはまだ戦っているようだ、とオデットはチェレンチィたちの様子を横目に見る。こちらが長引けば長引くほど、あちらもまた苦戦を強いられるはずだ。
「ジゼルさん。私は、ホンモノの輝きを知っています。信じています。だからどれだけ優しいニセモノなのだとしても、この世界を否定します」
 叶わなかったことがあっても、取りこぼしたことがあっても、いつだって一番最高なのは、そこにあるホンモノなのだと、涼花は信じている。
「わたくしにとっては、貴女の言う本物がニセモノなのですよ」
「ええ。きっと、相容れることはないのでしょうね」
 相容れられたなら、ここで刃を交えずには澄んだだろうから。
「そろそろ目覚めの時間っスよ」
 葵の声が、言葉が仲間の背を押す。まやかしの世界を壊すために――ジゼルとの決着を、つけるために。
 仲間の支援を背に、ゼファーの槍がジゼルの体力を削いでいく。いいや、もうジゼルの限界が近づいているのだろう。その動きが鈍くなっているからこそ、よりその刃が届く。
「言ったでしょ……どっちが正義でどっちが悪だとか、そんなことはどうだっていいの」
 ジルーシャの香が広がる。まだやれる。いいや、やるしかない。ここでつかみ取る決着は『勝利』の一択だ。
 どちらも自身らが正義だと思っている。ならば答えの出る問題ではない。戦って勝った者が正義になるのだ。
「アンタもアタシたちも、大切なものを守るためにここにいる。……負けられるわけないのよね」
「……ええ……わたくしは、ここで倒れるわけにはいかないのです……!」
 ジゼルの刃がきらめいた。香術にひるむことなく突っ込んでいくジゼルに、ジルーシャは懐かしさを感じさせる香りを纏わせていく。
 その香りに一瞬ひるんだ隙に、ロレインが真正面から飛び込んでくる。時間がない。娘とは言え容赦などできない。それらの思いからか、ジゼルは剣を振り下ろし――手ごたえを感じた。
 しかし剣が動かない。ロレインは流れる血をものともせず、片手でその刃を握りしめていた。
「言ったでしょう、相打ちになろうとも、と……!」
 小さく笑って、ロレインはジゼルの剣を握ったまま、片手に握りしめていた剣を渾身の力で振るう。
 パキ、と小さい音がした。ジゼルが視線をそちらへ移す。
 ジゼルの持っていた、神霊の淵(ダイモーン・テホーム)の箱が。ロレインの剣によってひび割れていた。

 自分で傷を回復させたチェレンチィは、息をつきながらドゥイームを見据える。
 煙が時として鋭い刃のように変わり、時として堅牢な城壁のような盾と化す。見た目通りではないその実態に翻弄される。
(今も昔のように、遊ばれているのかもしれませんね)
 自分が楽しければそれで良い、他人をおもちゃのようにしか見ない奴だ。ドゥイームの余力は計り知れないが、少なくともチェレンチィやニルよりはずっと戦う力を残しているだろう。
(ジゼルさんのことだって、誰でも良かったと言っていましたが……どこまで真実なのやら)
 他の理由があったかもしれないし、実は彼女自身もそれをわかっているのかもしれない。ゆえに遂行者でもないドゥイームを追い払わないのではないか――。
 四象の力をドゥイームへ解き放ったニルは、彼がふいに放った「ここまでかな」という言葉に目を瞬かせた。
「ジゼルちゃんの方が決着ついたみたいだからね」
 ふぅ、と煙管をくわえた唇から煙が漏れる。ここで退いてもらえるなら、イレギュラーズの余力を鑑みれば助かる、が。
「ああそうだ」
 不意にドゥイームがチェレンチィを振り返った。思わずニルがチェレンチィをかばうように前に出るが、ドゥイームは「何もしないよ」と言って笑う。
「チェレちゃん、最近体調どう?」
「心配される筋合いはありません」
「あるある。だってこの前のチェレちゃん、うっかり死にそうだったんだから」
 その言葉にニルはぎょっとしたが、チェレンチィはさらにぎょっとした顔をしてドゥイームを見つめた。
 他のイレギュラーズに心当たりはないだろう。何の話なのかと思うだろう。だがチェレンチィには心当たりが、ある。まさかドゥイームが絡んでいるだなんて、微塵も思っていなかったのだけれど。
「体は大切にしないと。次は助けられるんじゃなくて、僕から奪ってみせてね」
「待っ、」
 どういうことだと、声を荒げる前に。ドゥイームの体が煙に包まれて霧散する。何もなくなったそこをしばらく見つめて、チェレンチィは思わず額を押さえた。
 ジゼルたちと戦っていた仲間の状況も確認が必要だが――自身のことについても、考えなくてはならないようだ。



「母よ」
 横たわったジゼルの横にロレインが膝をつく。
「……本当は、一緒にいたかった」
 ジゼルの頬に手を添えて、瞼を閉ざした彼女を見つめる。瞼が開くことはない。私たちが、決着をつけたから。
「理想は、私たちが引き継ぐから……安心して、眠って」
 いつか、遠い未来の話かもしれないけれど。母が見たら、もう安心できると安堵してもらえるような、正しい天義を作れるように。
「――強く、なりましたね……」
「っ!」
 ロレインの頬に手が触れた。薄目を開けたジゼルが、ロレインへ微笑みかける。
「貴女は……貴女の、理想へ進むのです。貴女が……正しいと、思う方へ……」
 ジゼルの手から力が失われていく。落ちそうになった手をロレインは咄嗟に握った。
「お母さん、」
「愛しています……わたくしの、可愛い娘……」
 名を呼ぶ声が、吐息に消える。今度こそ瞼を閉ざしたジゼルの体は、跡形もなく光へ散って――空気の中に溶けていった。

成否

成功

MVP

ロレイン(p3p006293)

状態異常

ジルーシャ・グレイ(p3p002246)[重傷]
ベルディグリの傍ら
ロレイン(p3p006293)[重傷]
チェレンチィ(p3p008318)[重傷]
暗殺流儀

あとがき

 お疲れさまでした、イレギュラーズ。
 ドゥイームとの話はまた、いずれ。

 ご参加、ありがとうございました。

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