シナリオ詳細
<神の王国>夢の跡に遺るものがあるのなら
オープニング
●
神殿の果てには理想郷が広がっていた。
誰かにとっての理想の町は、全てがまがい物の作り物だ。
「……汝のくだす裁きで汝も裁かれ、汝の量る尺で汝もまた量られるだろう……ね」
窓辺の向こう側に見える晴れ渡る空と庭園はよく整備されていた。
着飾ったウェディングドレス風の衣装を纏い、ふと息を吐いた。
「――生きてみたいと願うのは罪よね。それもとびっきりの」
それは叶えるべきではない願いだった。
顧みれば、テーブルの上には聖遺物容器が一つ。
『神霊の淵(ダイモーン・テホーム)』――冠位傲慢の聖痕が刻まれたそれは、遂行者たちの命の形。
冠位傲慢ルストとの『盟約』の縛りそのものであり、神の国の内部では『神霊の淵』を有する遂行者が死ぬことはない。
外でも通常の魔種よりも強力な力を有し、聖遺物を使用出来る状態になるのだという。
その代償は『ルストの言葉には従わねばならない』という盟約が付くこと。
「これが私の命その物」
ちっぽけな容器の中に入った命は、これから降ろす帳の核となる。
「……護れば生き残るのだから、努力しろ、ね」
あの方の命令は絶対だ。
だから、彼の言う通りに帳を降ろさねばならない。
(けれど……どうしてかしら)
目を伏せて、自分に問いかけてみた。
(――護りたいと、それほど思っていない気がするわ)
冠位傲慢の使徒。滅びの為に突き進む存在。
その目的の為だけに存在している――というのに、負けてもいいやと思っている自分がいた。
「失敗すれば、私は死ぬのでしょう……なのに、意外と悪い気分はしないわ」
そうだ、負けても生き返られるからではない。負けて死んでも、それでいいような気がしていた。
輝かしいばかりの光を見た。
その結果、マルティーヌは夢を見た。
それは人としてはどこまでもありきたりな、ちっぽけな夢だった。
叶うべくもない夢。
叶えたいけれども、どこかで叶ってほしくはないと思っている夢。
「恋も愛も、結局よく分からなかったわ」
それを理解するには、時間は余りにも少なかった。
紛い物の私ではなく、かつてを生きた『私』でさえも、きっとそうだったのだと思う。
「……それなら、やるべきことは決まってるわ。良いわね」
視線を巡らせた先には、半身ともいうべき聖遺物が鎮座する。
それはかつての聖女への確認であり、自分が覚悟を決めるための問いかけだった。
●
イレギュラーズが『テュリム大神殿』を抜け、その先に至った場所は『理想郷』とでもいうべき場所だった。
誰も彼もが平等に、幸せそうに暮らす輝かんばかりの理想郷は紛い物に違いない。
そしてこの理想郷こそが冠位傲慢の権能が大部分を占めていよう。
神を自認する大いなる傲慢。その権能はいっそ清々しいほど分かりやすい『神の御業』である。
すなわち、『天地創造』・『生命の息』――そして『知恵と言』
ルストは『神の国(王国)』を作り上げ、理想郷の中に様々な声明を創造した。
各地に悪あがきとばかりに降り注いだ帳の1つ。
イレギュラーズはそこへ――最期の披露宴へ招待されていた。
どこぞにありそうな教会の中、冬とは思えぬ朗らかな陽気が包み込んでいた。
帳へと入ったイレギュラーズは、ウェディングドレス風の衣装に身を包んだ灼髪の娘を見た。
司祭の立つべき宣誓台には何かが乗せられている。
「初めましての子も、ようこそ。私の名はマルティーヌ。この地の中心そのものよ」
緩やかに、少女はどこか諦観を抱いた笑みをこぼす。
「この地の中心、か。それは君の隣にある物と関係してているのだろうか」
恋屍・愛無(p3p007296)の視線はマルティーヌから台に乗る『何か』に移る。
「これはね『神霊の淵』……簡単に言えば聖遺物の入った容器よ。
ここはこれを中心に形作られた神の国ってことね」
「ふむ……先の発言を踏まえると入っているのは『聖女マルティーヌの肋骨』辺りでしょうか」
リースリット・エウリア・ファーレル(p3p001984)は先程の事を踏まえてそう問いかけた。
目の前の遂行者はかつての天義にいた聖女マルティーヌの肋骨から作り上げられた滅びのアークの塊だ。
「えぇ、そうなるわ」
「ならそれは命より大切な物……いや、命その物と言い換えてもいいものよね」
煉・朱華(p3p010458)は思わずそう言った。
「そうね。貴女達の奮闘のおかげで、ルスト様は私達の命を使って帳を降ろす選択を取ったみたい」
肩をすくめるように、なんてこともなさそうにマルティーヌは言った。
「……そんな、それは後悔しない、ですか?」
ニル(p3p009185)が声を震わせる。
「――そうね、特には、ないわ」
そう答えるマルティーヌの声がほんの少しばかり躊躇したように聞こえたのは嘘ではあるまい。
「……うそ、ついてるよね」
リュコス・L08・ウェルロフ(p3p008529)はぽつりとつぶやいた。
たとえちっぽけな夢でも、その夢を叶えてあげることは出来なくても。
マルティーヌの表情はいつもと同じようにどこか諦観めいている。
それと反比例するように、明るく会場を照らす紅蓮の炎が剣の形を為していた。
「恋をしてみたかった、誰かを愛してみたかった。
私には彼女の願いを叶える事なんてできないけれど、きっとその夢を遺すことができるように。
少しでも長く、私は戦い続けるわ」
そう告げたマルティーヌの聖遺物容器が開く。
内側に存在するのは肋骨の他に『錆び付いた剣の欠片』だろうか。
「後戻りはできないわ。だから始めましょう。私が死ぬまで、どうか私を見ていてね?
そのために、遂行者の服を脱いで貴女達と戦うのだから」
マルティーヌは笑った。
その笑顔はどこか諦めさえも吹っ切ったように、これまで見ていた中でも一番に輝いて見えた。
「……もちろん、何度だって、マルティーヌさんの前に立ちふさがるよ」
フラン・ヴィラネル(p3p006816)はマルティーヌへと、真っすぐに視線を向けた。
- <神の王国>夢の跡に遺るものがあるのなら完了
- GM名春野紅葉
- 種別通常
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2023年12月20日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談6日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●
「初めまして、マルティーヌ。ヨゾラって言います。
僕は君と会うのは初めてだけど……会う最後にもなる、んだね。
……僕も僕なりに、戦わせてもらうよ。後悔のないように」
礼を示す『【星空の友達】/不完全な願望器』ヨゾラ・エアツェール・ヴァッペン(p3p000916)はそう挨拶の言葉を示す。
「えぇ、初めまして。残る時間は少ないけれど、後悔はしないようにしましょう」
そうマルティーヌの方も頷いて緩やかに笑う。
(恋に愛……聖女の心残り。
そう、確かにマルティーヌには、それを代わりにであっても叶える事は出来ないのでしょうね。
例えこの戦いに勝利し長らえたとしても、それらはルストの生み出す『理想郷』では叶う事のないもの。
そこには彼ら遂行者以外、生きた人の営みなんて存在しないのだから……)
マルティーヌの語ったことを思い起こしながら『紅炎の勇者』リースリット・エウリア・ファーレル(p3p001984)は胸の内に思う。
剣に魔力を籠め、上げた視線の先でマルティーヌは笑っている。
「そういう事なら遂行者ではなく一人の人間、マルティーヌとして相手をさせて貰うよ」
聖刀を抜き、『聖奠聖騎士』サクラ(p3p005004)は真っすぐにマルティーヌを見る。
「――ありがとう」
緩やか笑みで笑った少女にサクラは真っすぐに宣誓を告げる。
「天義の剣士、サクラ。推して参る!」
「――それなら私も、応じましょう。炎剣の乙女マルティーヌ、押し通るわ」
真剣な瞳でサクラを見たマルティーヌの名乗りと共に、ごうと炎剣が出力を増した。
「マルティーヌさん、すっごいいい笑顔だね」
杖を握りしめて『ノームの愛娘』フラン・ヴィラネル(p3p006816)はマルティーヌの表情を見る。
「それにやっぱり、同じ白でも遂行者の服より今のドレスの方がずっとずっと綺麗だって思う」
「ふふ、そう言ってもらえるなら、これを着る意味があるわ」
「……きっとこれが、マルティーヌさんとの最後の戦いだ。
だから、絶対に負けないし、全部伝えて、ぶつけ合おうね!」
真っすぐな視線で交えた相手は受けて立つとばかりに微笑んでいた。
(君が先にお茶会を抜けて戦いに向かった時「どうか倒されないで」と思った。だから、あえて今言うよ)
一歩目を踏むマルティーヌへ、『薔薇冠のしるし』リュコス・L08・ウェルロフ(p3p008529)は視線を交える。
「また会えてよかった。気にしてくれてたんだよね?
友だちから聞いたよ。うれしい、かも」
「――それは私もよ。また会えて嬉しいわ」
微笑むまま、ピリピリとした殺気を感じる。
「思えば君と本気でぶつかりあった記憶がない気がする。
やる気がなかったり他に気にかけるべきことがあったから。
でも今は……全力で、やろう」
受け止める殺気は、彼女の本気を確かに感じさせてくれた。
「マルティーヌ様……どうしても、こうするしかないのです、ね」
「えぇ、こればっかりは最初から変えられないわ」
最後に、改めてそう問うた『おいしいで満たされて』ニル(p3p009185)に、マルティーヌは静かに応じて言う。
「かなしいけど……かなしいと、思うのは、マルティーヌ様に対して失礼なのかもしれません。
マルティーヌ様は覚悟をきめて、ありったけをニルたちにぶつけてくる。
だったらニルは……全力で。ニルのありったけをこめて」
深呼吸をして、ニルはぎゅっと杖を握りしめた。
「……そうね、でもそう思ってくれるのならそれはきっと幸福なことでしょう」
その声はどこか優しかった。
「マルティーヌさん……貴方はどうにも、不可思議な人ですけれど……生き永らえようとするのは罪というのはその通りでしょうね。
私自身が、それそのものを目指しているのだから……おっと、いけません」
こほんと咳払いをして『死血の魔女』マリエッタ・エーレイン(p3p010534)は血の形を変えて行く。
「貴方はもう決めているのでしょう。
自身の結末を……けれど、私があなたに言える言葉があります」
振りぬいた血はいつもの鎌とは違う。
騎士の剣の形をとったそれを握り、マリエッタは真っすぐに視線を向ける。
「私は死血の魔女。『聖女』マルティーヌ、貴方の血をその想いと共に奪い取り……未来へと連れて行くと」
「……死血の魔女――ええ、名前は聞いてるわ。貴女のことだったのね」
そう応じたマルティーヌがちらりとマリエッタの剣を見た。
「いつもなら血鎌ですが、貴方相手ならこちらの方が良いでしょう?」
「そう。そういうことなら、それでいいわ」
「戦うと決めた時から感傷なんてウェイトは、とうの昔に捨てている。
オーダーは出ている。そして目の前に敵がいる。
ならば殲滅あるのみ。恐らく君も、そう望んでいるだろう」
その姿を女性体から改めながら『縒り糸』恋屍・愛無(p3p007296)は静かにマルティーヌを見る。
「さぁ、おっ始めるか。決着は派手な方が面白いからな」
「――えぇ、その通りね」
五つの炎剣の一本を握るまま、マルティーヌが笑った。
「戦うならば。勝たねばなるまいよ。そうでなければ報われない」
ゆらり、尾を揺らして愛無は視線を巡らせた。
●
剣撃がぶつかり合う。
圧倒的な速度で紅が躍る。
氷華の軌跡を描く居合抜き、誰よりも速く、誰よりも高く。
美しき氷華の斬撃に炎の剣が火花を散らす。
「初めて会ったけど、貴女の事嫌いじゃないよ。
こんな出会い方じゃなければ、きっととても気が合ったと思う」
サクラはマルティーヌと視線を交えながら言葉を紡ぐ。
「そうね、そうかも」
真剣な面持ちのまま、2人は薄っすらと笑いあった。
「剣や恋の話をして、美味しいものを食べに行ったり、ちょっと背伸びした服を買いに行ったり。
そんな何の変哲もない普通の友達としてたくさんの幸せを共有出来たと思う」
「……ほんとだ、サクラさんとマルティーヌさんって髪型も似てるし仲良くなれそう!」
フランはそんな2人が交わす言葉を聞きながら笑みを零す。
その言葉に起因するように思い浮かべるマルティーヌと普通に出会えていればというもしも。
(……そんな世界があればいいのに――でも、これがあたし達の生きる世界だ)
深呼吸をして、フランは杖を構えた。
床に突き立てるように構えて捧げた祈りは天上の優しい光を振り下ろす。
「そうね、それが出来たら――きっととても素敵なことだったでしょうね」
弾き飛ばした剣が宙に浮かび、変わって別の一本をマルティーヌが握る。
「ここからが本番だよ。竜さえ斬り裂いた私の剣技、見せるよ!」
その刹那を、サクラは懐に飛び込んでいた。
「――竜墜閃!」
打ち上げるようにその居合太刀は奔る。
(聖遺物は不意打ちで壊したくはないです。
しっかりマルティーヌ様と向き合って、燃え尽きるまで戦って……
きっと、そのあとじゃなきゃ、ニルたちも、マルティーヌ様も、終われない、と思うのです)
ニルは肉薄すると同時にありったけを籠めて杖を叩きつける。
溢れる炎の斬撃を、怪我を、気に留めてなんて、いられなかった。
彼女の覚悟を受け止めて、打ち払うと決めたのだから。
「ぼくにとって戦いは痛くて、つらくて、怖いものだった。
でも今は……マルティーヌ、君と戦うの、とっても楽しいよ。
なんでかわからないけどすごく楽しいんだ。
これが最期だって認めたくないくらいに」
リュコスは降りぬかれる剣の打ち込みを盾で打ち払い、火花散る中でマルティーヌを見た。
「それは嬉しいわ。私もそう思うから」
撃ち込んだ斬撃はCode Red。
悪意で生成される必中の斬撃に、マルティーヌがおうじてくる。
「君もそう思う?」
リュコスは笑みを刻むマルティーヌに疑問をぶつけながら、ふと思う。
(……そうだ。ぼくは前からこの感覚を知っていた。
あれは闘技場でやる模擬戦が……ああ)
押し寄せる斬撃、刻まれる打ち込み。
それはここにはいない、彼女との思い出。
「君は生きることを望んでない。
ぼくがそれを嫌がって奇跡を起こしてどうにかしても、その後に君の願いを叶える保証ができない。
ぼくでは君の必要になれないから……ごめん、だから、決着をつけるしかない」
「ふふ、いいのよ、リュコス。それはもうわかってたわ」
微笑むマルティーヌの斬撃を受けながら、リュコスは思う。
(これって『振った』とかそういうことになる……?)
もしもそうなのだとして、マルティーヌは振られたことさえも振り切って笑っているように見えた。
「行きましょう」
マリエッタは血の騎士剣を手にそれに続く。
その剣宣は直接的な魔術よりも、技術と速度を持って紡ぐ高速の剣撃。
極限まで高められた技術は死と与える血の魔術。
(『恋をしてみたかった、誰かを愛してみたかった』
『きっとその夢を遺すことができるように』……か)
ヨゾラは術式を展開しながらマルティーヌの言っていた言葉を反芻する。
前者を叶える事はできず、後者もマルティーヌを倒すから叶えられない。
残るヨゾラにできることは、ただひとつ。
「僕ができる事は、ただ一つ……『少しでも長く戦い続ける』君に全力で戦う事だけだよ」
一撃一撃の全てを籠めてヨゾラは星の輝きをその手に抱く。
煌めく星空の願望器は少女の炎剣にも負けず鮮やかな輝きを引いて星の破撃を叩きつける。
「この教会……マルティーヌ、聖女に何か縁のある場所でしたか?」
剣を振るうリースリットはその合間に問うた。
小さな教会に、初夏のような気温と陽射し。
帳を降ろす場所の選定に何らかの条件があるのかは分からない。
それでもマルティーヌが帳を下ろす事になったこの場所が、聖女マルティーヌに一切何の所縁もない場所とは思い難かった。
「そうね、聖女との関係は……直接はないわね」
マルティーヌは背後の祭壇を見やり柔らかな笑みを浮かべる。
(……一切の縁がないという割には、そのような表情を浮かべるのですね)
「聖女と直接関係なく、けれど無関係というわけでもない……もしかして」
マリエッタはふと声を漏らす。
聖女マルティーヌは天義へ亡命した幻想貴族が現地で生んだ娘だ。
結婚して、子供を産んで、その末裔が生存しているのなら、してないと考えるのが難しい行事がある。
「ここはご両親の結婚式場ですか?」
聖女とは関係なくても、彼女が抱いた夢も合わせれば、自ずと答えは出た。
この陽射しは、気温は、教会という場所は――ジューンブライドを思わせる環境だ。
「えぇ、そうよ」
そう応じる姿を見れば、先程の表情の意味も分かるという物だ。
「戦うならば。勝たねばなるまいよ。そうでなければ報われない」
愛無はその様子を見ながら尻尾を薙ぎ払うようにマルティーヌめがけて叩き込んでいく。
「君が残そうとするモノが本物ならば勝ちたまえ。望み、欲し、蹂躙したまえ。
そうでなければ、君の残そうとするモノが可愛そうだ。
敗北の果てに残る物などありはしない。
勝者は敗者の事など、どうせ、みんな忘れてしまうのだから」
「そうね――それはその通りだと思うわ」
短く笑ったマルティーヌの斬撃が払われる。
その炎剣を喰らうべく、愛無は剣撃を払う。
●
「とっておきの攻撃があるんでしょ? 私にもあるんだ。だから、勝負を申し込むよ」
サクラは聖刀を鞘に戻すと真っすぐにマルティーヌを見る。
「……いいわ。受けて立ちましょう」
応じるままにマルティーヌが微笑み、その手に握る剣へ宙を舞う炎剣が重なり束ねられていく。
マルティーヌが剣を掲げた。
いっそ単純なまでの振りかぶりから描かれる軌跡は予測しやすい。
(あぁ、やはりそうか。普通に薙ぎ払うよな)
愛無はその姿を見据え思う。
単純に、けれど人の御業には思えぬ剣はそれで十分に効率的にこちらを薙ぎ払うだろう。
「――禍斬抜剣!」
それが振り下ろされる刹那、サクラは爆発的な速度で踏み込んだ。
炎の束が振り下ろされるのに合わせ、サクラは天を衝くように聖刀を振り払う。
無数に打ち出す斬撃が降りてくる剣の勢いを殺していく。
それが落ち切る刹那をマリエッタは待っていた。
飛び込んだ身体が焼ける。
勢いを大幅に殺しなおその剣がマリエッタの体力を削り落とす。
「――絶対に負けさせはしませんから」
バアルの契約が紡がれたのはその時だった。
最悪、それだけで劣勢に叩きされかねない一撃は、イレギュラーズを立て直す最大の機会へと成り代わる。
「さすがに強いね……でも、誰も倒れさせないよ……!」
振るわれた斬撃はマルティーヌの渾身だけあり、壮絶な威力を抱いていた。
ヨゾラは立て直しに掛けて魔術紋を輝かせる。
これより訪れるはフイユモールの刻。
鮮やかに輝く星の光は仲間たちの身体を癒すために熾天の宝冠を降ろしていく。
鮮やかに、穏やかに、美しく。その光が祝福を紡ぐ。
「――今の技の事、忘れないよ。
その技は元になった聖女様のものじゃなくて、貴女だけのものだろうから。
貴女の記憶と共に永遠に私の心に留めておくよ」
どう見たって人の御業ではないその太刀筋に、サクラはそう言って収束した剣の向こう側を見た。
「……ふふ、たしかにそうね。そういえば、これは私だけの技だわ」
束ねられたままの炎剣の出力は一本分に見える。
「恋は屍。愛も無く。言葉ではなく刃を。
手向けには毒を。それが僕が君にくれてやる全てだ。
さようなら、紅いれでぃ。縁があったら、あの世で、また会おう。
天国か地獄かまでは知らんがね」
愛無は消えゆくマルティーヌへと最後の追撃となる尻尾を振り払った。
「そうね、縁が会ったらあの世で会いましょう」
バランスを崩して膝を着いたマルティーヌは、それでももう一度立ち上がろうと身を動かす。
「戦う相手の事を深く知り過ぎるのは良くない、という考えもありますが……
マルティーヌ。貴女と話が出来た事は、本当に良かったと思います。」
静かにリースリットは膝を着いたマルティーヌへと声をかける。
「貴女と話が出来なければ、かつて聖女マルティーヌが遺した心残りも
そこから生まれた貴女という存在が何を思って生きたのかも、知る事はできなかったでしょうから」
リースリットの方を見たマルティーヌは散り散りに消えていく身体を抑えるのに手いっぱいに見えた。
「その上で、貴女の想いを越えて行きます。
人が人に恋をして、愛する事の出来る世界を護る為に。
貴女の……貴女達の事は決して忘れません」
そう続ければ、安堵したようにマルティーヌは笑った。
「マルティーヌさん、貴女の事も、遺した夢も全部全部忘れない。
元の彼女じゃない、目の前の貴女は確かに此処に居た!」
「……そう、それなら、この歩みも悪くはなかったわ」
フランの言葉にマルティーヌが立ち上がり――そのまま倒れ込む。
「あたしの故郷では、草花も、生き物も、命は巡るものって信じてて。
――だから、いつかマルティーヌさんが次にこの世界に生まれたら、絶対見つけるから友達になろ」
フランはその身体をそっと抱きしめ、支えて言うのだ。
「私でも、その命の巡りにいるのなら……それもいいわね」
そうやって聞こえてくる声はどこか優しかった。
「……大丈夫だよ、あたしは長生きだから、きっと会えるよ」
幻想種たる自身は寿命面で言えば不死にも近い長命種だ。
「はっ、もしかして生まれ変わりが男の子だったら、あたしと恋しちゃう!?」
「ふふ、それも……とっても楽しそうね。
あぁ……その時がもし来るのなら、きっと、大人びた貴女が見れるのかしら」
零すように、マルティーヌが微笑んだ気がする。
「……うん、きっと。だから――おやすみなさい、マルティーヌさん」
箱が壊される寸前まで、フランは彼女の身体を抱きしめていた。
「二度と……こんな、マルティーヌ様が望まない形で、誰かに使われることがないように。
もしもう一度会えるとしたら、その時は自由なマルティーヌ様であるように……ニルは、願うのです」
ニルの言葉にマルティーヌが笑みをこぼす。
「……ありがとう、ニル」
(恋も愛もニルはわかりません。
いつか、わかるようになるでしょうか。
マルティーヌ様のほしかったもの)
微笑み、そっと手を伸ばすマルティーヌに、近づいた。
優しい手が、ニルの頭を撫でる。
「ぼく達2人で君のせいいぶつを壊すよ」
リュコスはマルティーヌへと宣言する。
「……そう」
「でも……その前に、最期に何かない?
ルストに対して言いたい事とか、思う所とか……例えば一発殴りたいとか」
「……そうね。あぁ、どっちがいいかしら。
貴方達に出会えたのは、遂行者になって唯一の良かったことよ。
だから、なんだろう……少しだけ、あの方を恨んでない自分がいるの」
そう、マルティーヌが言う。
「あぁ、でも。私はあの方のことを何とも思ってない、けど。
乙女の気持ちを蔑ろにするのは、やっぱり駄目だと思うから……ぶん殴ってくれれば、いいわ」
そう、零すようにマルティーヌは笑みをこぼした。
「……分かった」
恋を、愛をしてみたかった。
そんな少女の欠片の言葉としては――きっと充分だ。
「……最期に、1ついいかな」
リュコスは、やりたかったことがあった。
「えぇ……」
「願わくば『食べる』という形で彼女を作っていた物を壊したいんだ」
「……ふふ、良いわ、好きにして。
でも、滅びのアークに汚された聖遺物なんて美味しくないと思うわよ?」
「ニルはずっと……マルティーヌ様のことわすれないです
焔みたいに熱くて、あたたかくて。
きれいな花嫁姿の……剣みたいにまっすぐなひと。
遂行者でも聖女でもない……ニルと出会ってくれた、マルティーヌ様のこと」
ニルは、深呼吸と共に愛杖に魔力を籠める。
振り下ろした杖の先端が容器の中にあった錆び付いた剣を打ち砕く。
(過去から蘇った聖女でなくマルティーヌという女の子がいたことは、ぼくの身に刻まれて絶対に忘れないと、誓うよ)
口を開き、深呼吸と共にリュコスは容器の中に入った小さな聖遺物を噛み食らう。
「ねぇ、マルティーヌ。君は……君の願いは、叶ったかな」
ヨゾラは消えゆくその寸前で、マルティーヌの姿を見つめていた。
覚えておかないといけないと、そう思うがゆえに。
「……さようなら」
崩れ落ちていく、消えていく。
その姿を見ながら、ヨゾラが言う。
「……またね」
そう、炎の乙女の声が最期にそう残っていた。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れさまでしたイレギュラーズ。
MVPは聖女由来ではない物をマルティーヌに気付かせた貴女へ。
その言葉をもって、マルティーヌは自分が生きたことを確信したことでしょう。
GMコメント
そんなわけでこんばんは、春野紅葉です。
●オーダー
【1】『剣の聖女』マルティーヌの撃破
●フィールドデータ
天義の一角に存在する小さな教会に降りた帳です。
中は晴れやかな陽射しに包まれています。
気温からも6月ぐらいの良く晴れた初夏の雰囲気があります。
●エネミーデータ
・『剣の聖女』マルティーヌ
灼髪を1つに結んだ灼眼の少女、遂行者の1人です。
スペック自体は魔種並みですが正確には魔種ではなく
『聖遺物となった本物のマルティーヌの肋骨』に滅びのアークが蓄積して生じた滅びのアークの塊です。
帳を破壊する以上、マルティーヌは死ぬ以外の道はありません。
当シナリオがマルティーヌとの最期の戦いです。思いのたけの全てを叩きこみましょう。
神秘型のトータルファイター、高い身体能力を持ちます。
炎へと変質した5つの長剣を自在に操り、近接戦闘を主体とします。
とはいえ、宙に浮かぶ炎の長剣は射出や投擲による遠距離攻撃も可能と思われます。
その他、それらの剣を一つに束ねた超高火力の斬撃を持ちます。
【火炎】系列、【乱れ】系列、【足止め】系列、【呪い】のBSを付与して攻撃してきます。
●『神霊の淵(ダイモーン・テホーム)』
ルストによる『盟約』の縛りそのものです。
神の国内部で『神霊の淵』を有する遂行者は死なず、外でも通常の魔種よりも強力な力を有すという代物です。
デメリットはルストの言葉には従わねばならないという『盟約』が付くことです。
ただし、この聖遺物容器が壊されると命そのものを失ってしまうため、それ自体が致命的ということになります。
ルスト曰く、『護れば生き残るのだから、努力しろ』とのこと。
ですが、マルティーヌは命を懸けてまでも護りたいとは思ってないようです。
今回の帳の核にあたる聖遺物です。
中身は『列聖された聖女マルティーヌの肋骨と錆びついた剣の欠片』です。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
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