シナリオ詳細
<神の王国>虚構の響・儚き幻影
オープニング
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ここは遥かなる楽園。
優美な峡湾に囲まれ、氷河の光り輝く山々が空高くそびえ、その頂上には蒼い光を灯した宮殿がそびえ立つ。
宮殿の門をくぐり抜けると、目に飛び込むのは輝く森と広がる花畑。木立は古く、その一本一本が歴史を語りかけるかのように思える。太古の時代から受け継がれてきた知識が、樹木の根に宿り、芸術のインスピレーションとなって広がっている。
青く澄んだ湖面には蓮の花が浮かび、その水面に映る空は幻想的な色彩を放つ。湖畔に佇む小さなアトリエでは、芸術家たちが様々な表現を生み出している。色とりどりの絵の具やキャンバスが積み重ねられ、美しい作品が並ぶ。
四季折々の風景が調和し、昼と夜が織りなす美しい光景は、芸術家たちの心を豊かにし、創造性を引き出している。昼には輝く太陽の下で陽気な音楽が花々を芽吹かせ、夜には空に踊るようなオーロラが舞い、美しい調べが星々を揺らす。
美の追求と共感の心が溢れるアルヴァエルの理想郷では、芸術家たちは創造の喜びを分かち合い、互いに刺激し合いながら永遠の美を紡いでいた。
●
致命者イズマが扉を開くと、宮殿中のそこかしこで奏でられている甘美な調べが流れ込んできた。
「まだそうだと決まったわけじゃないですよ。これも神の演出、全てが終わってみれば我らの大勝利だったという可能性も残っているじゃないですか。そんなに簡単に諦めないで頂きたいですね」
心を泳がせかけている遂行者アルヴァエルにしっかり顔を向けた。
沈黙。
しばしの間、選ばれし仲間たちの演奏に耳を傾ける。
やがて遂行者アルヴァエルが口を開く。
「それもそうだな。つまらぬことを言った。我らが勝ち残り、みごと神の御国を顕現させることが出来たなら、祝祭の宴でさきほどの話と私の弱気を笑っておくれ」
遂行者アルヴァエルは、影の従者が恭しく差し出した大剣を手に取る。
赴く先は海洋。
これが最後、命がけの奉仕となるだろう。
遂行者アルヴァエルは少し躊躇ったあと、先の戦いで拾った野ウサギの名を呼んだ。
「連れて行かれるのですか?」
「ああ。お前は……、戦わずに逃げてもよいのだぞ」
扉を背にた致命者イズマは、無感動に、わずかに判る程度の薄い微笑みを浮かべてみせた。
「どこに? もしも滅びる定めならば、ボクはここでみんなと一緒に朽ちたい。もしも、ですけど」
「そうか。では、留守を頼む」
「行ってらっしゃいませ」
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とっさにイズマと名乗ってしまったが、まるっきり嘘ではない。元はもっと長い名前だった。長い長い時を経て、短く……愛称のようなものに変じただけのことだ。
あの一族にいたのは一時のことで、死の間際に姓をはく奪されているけれど、実際に半分はあの一族の血が流れていたのだし、ご先祖さまを匂わせても問題はないはずだ。
青い髪、赤い目、音楽の圧倒的な才能。
全てを持っていながら、愛人の子というだけで迫害され、あまつさえ殺された。
嫉妬に狂った異母兄弟たちに、死んでも歌えないように喉を潰され、楽器を弾けないように指を切り落とされ、曲が作れないように目を抉られ、耳を焼かれた。
恨みにどっぷり浸かり、絶望に消されかかった魂を拾ってくれたワールドイーターはもういない。
誰に倒されてしまったが、抜け殻同然だったボクにはどうでもいい事だった。
そんなボクに再び音と光を与え、この楽園に連れて来てくれたのはアルヴァエル様だ。
ボクはここで理想を同じくする仲間たちと出会い、たくさんの曲を作り、何度も演奏してきた。
偽りか、あるいは本物か。
それを決めるのは一体なんなのだろう?
答えは主観的であり、人それぞれの価値観や信念に依存する。
要するに、理想郷の真偽を決めるのは個々の主観的な判断であり、その判断にはさまざまな要因が絡んでいるといえよう。
だから――。
「偽物だって? 何を言っているのか、ちょっとわからないね。よく見てごらん、どこを見ても理想的、ここはこの世の楽園そのものじゃないか。キミたちはそれを壊そうというのかい、ここにいる愛するべき人たちも全て殺して?」
お前たちこそ悪魔だと断じてやろう。
理想郷を守り切り、ボクたちこそ正義であると証明してみせよう。
「やれるもんならやってみろ!」
- <神の王国>虚構の響・儚き幻影完了
- GM名そうすけ
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2023年12月20日 22時06分
- 参加人数8/8人
- 相談6日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
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致命者が切った啖呵に『晶竜封殺』火野・彩陽(p3p010663)はへらりと笑って見せた。
「やれるもんならやってみろ。な。ほなやってやったろやないの」
手に弓を携え、細い縞の着物を粋に着流した男が絵心を刺激するのか、絵筆を握る男たちがポジションを細かく変えながらしきりに彩陽をガン見する。
「偽りを真にするならば。その真を偽りにさせない為に自分らがおる。せやからかかってきいや。八つ当たりは全部受け止めたるさかいに」
憎まれ口を叩きながら広域俯瞰を発動し、強化した視力を使ってまずは戦場全体の掌握に務める。
指揮者が体の前で銀のタクトを構えた。
「来いよ。どちらに正義があるか教えてやる」
捨て台詞を吐いて一心不乱にタクトを振りだと、音楽家たちが一斉に動いた。
弦楽器が岩に砕ける冬の波のような低音で荒々しいリズムを刻み、フルートが高音域で静かな旋律を奏でて冷たい冬の風を吹かせる。
『陰陽式』仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)の青き瞳が獰猛な輝きを帯びた。
一瞬にして白い髪が長く伸びる。
「悪魔だの正義だの、そんな言葉の皮はどうでもいい。御主が何であろうと、私達が何であろうと。"世界を滅ぼす災厄は、この手で全て断つ"」
白髪をなびかせ、和服の袖を舞いあげて、これと目をつけた音楽家の前へ――。
カン、という微小ながらも高いピッチの音が立て続けに2度発生し、音楽家たちが奏でる曲の調和を乱した。
『決別せし過去』彼者誰(p3p004449) が彩陽と汰磨羈を狙って投げられたノミを防衛武装で弾いた音だ。
演奏の邪魔をされたとばかりに、指揮者が彼者誰を睨む。
睨まれた当の本人は、どこ吹く風といった風情で、味方に音楽家たちが奏でる曲の効果を伝えた。
「いまの曲は攻撃力をアップさせるようです。これは……指揮者の能力かな。なるほど、なかなかの攻撃でした」
彼者誰はうっすらと笑って、鎧に走るヒビに指を這わせた。
一転、整った顔に冷酷な色を掃く。
「それではあらためて参りましょうか。深き叡知殿、偽りの音楽祭ならびに芸術家の終わりを、ここに」
「そうしようか、バトラー」
『闇之雲』武器商人(p3p001107)声が冷たく響く。まるで深淵から湧き上がってくるかのようだ。
「ヒヒヒ……仲間と群れ、人を悪魔と呼んでいる余裕があるうちはまだまだ。芸術とはある種、極まった孤独がもたらす狂気。値をつけるまでもない。キミ達の作る作品は無価値だ」
武器商人の言葉にもっとも反応したのは画家たちだった。
「お前に芸術の何が分かる!」
「笑止」
優れた武器は圧倒的暴力と芸術的美を併せ持つ。自分を含めて……。
武器商人は彩陽と汰磨羈に頷きかけると、指揮者から距離を取るべく駆けだした。
オーロラの光を纏う『少女融解』結月 沙耶(p3p009126)は彫刻家たちの前に進み出る。
「AURORAの力を手に入れし者、怪盗リンネ見参! 自分勝手な美を追い求めるその心こそが、自分を追い詰める最上級の罠となることを知らない愚者たちよ。星々の真の輝きが、君たちの心に巣くう偽りを砕く時が来たのだ!」
口上一発、彫刻家たちにあおりを入れて自分に引きつける。
彫刻家たちはノミとツチを強く握りしめ、 沙耶を追いかける。
「こっちだ、ノロマ。怪盗の逃げ足に追いつけるものなら追いついてみろ」
音楽家たちの曲が届かない、あるいは曲の効果がかからない場所へ引っ張ってく。
広域俯瞰で予め目星をつけていた場所には、『彷徨う駿馬』奥州 一悟(p3p000194)が待ち構えていた。
全速力で一悟の脇を通り抜ける。
「きれいなところだな。たけど……。悪いがお前たちを倒して、ここは消させてもらう」
一悟は落ち着いて狙いを定めると、先頭切って向かってくる彫刻家に光の柱を放った。
まばゆい閃光が照らす中、先頭を走ってきた彫刻家はまるで光によって押しつぶされ、引き裂かれるかのように倒れ込んだ。
それを見た後続たちが慌てて立ち止まる。
だが攻撃を恐れたわけではなく、光の柱の巻き添えを恐れたようだ。小さな範囲で散開する。
(「え? この技、貫通とか巻き込みとかないんだけど?」)
きっと初めてみた技なのだろう。知らぬのも無理はない。
「かえって好都合ではないか! いくぞ一悟君!」
折り返してきた沙耶の手には若緑に輝く大剣が握られていた。
「震えろ、悪を削りだす彫刻家よ!」
宣言すると同時に、若緑の大剣が宙を舞いながら美しい弧を描いて振り下ろされた。剣が空気を裂き、斬撃がオーロラの光となって彫刻家を打つ。
あっさりと仲間を2人倒されて呆然とする彫刻家たちの真ん中に、一悟は果敢に飛び込んだ。
「そのノミで削りだすのは憎しみじゃなく、美ってやつだろ? それを人に向けた時点でお前たちは偽の芸術家だぜ」
回転しながら赤く燃え上がった右手のトンファーを振り抜く。
空に描かれた赤い円軌道が爆裂し、業炎が彫刻たちを呑み込んだ。
●
花々と草に覆われた地がゆるやかに下った先で、火球がはじけた。
押し寄せてきた熱風がズボンの裾をはためかせる。
指揮者は聞こえてくる悲鳴に下唇をかんだ。
赤の背景に踊るこげ茶色の人影を、神秘的に輝く緑の刃が次々と刈っていく。
「セレナーデ、『使徒と熾天使の会話』!」
今さら手遅れと知りつつ、タクトをあげた。
手遅れだろうと何だろうと、傷ついた友を救わねばならぬ。
腕を振り下ろす刹那、指揮者の耳を夜空を思わせる深い青色の旋律が襲った。
続く一間で光り輝く星々のような細剣が、斜め上から迫る。
「くっ」
自分を執拗にマークしてくるあの男、『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)からは用心深く距離を取っていたつもりだった。
油断した。
いつの間にか空にあがり、高みから攻撃のチャンスを狙っていたようだ。
一筋の閃光が左肩にヒットした瞬間、鋼の剣の軌跡を追いかけた星々の砕ける激しい音が広がる。
イズマは小さな花を踏まないように避けながら、大地に降り立った。
「ここがアルヴァエルの理想郷……いや、彼女と貴方たちの楽園か。豊かで良い場所だな。壊さねばならないのが惜しいよ」
「やあ、イズマ坊や。あえて坊やと呼ばせてもらうよ。ここが失われることを確定事項であるかようにさらりと言わないでほしいな」
指揮者は怒りと闘志を宿した眼差しでイズマを見つめた。
イズマが穏やかに応じる。
「確定事項さ。アルヴァエルはもう逝ったよ。残るのは貴方とここにいる人たちだけだ。さぁ、互いに持てる全てを賭けて、勝負しよう」
指揮者が突如として銀のタクトを高らかに振り上げる。
「悪魔め、失せろ!」
音楽家たちが奏でる音楽のリズムと共鳴しながら、指揮者はまるでフェンシングの達人のように、銀のタクトを巧妙に操る。
突如として放たれた音の一突きは、まるで銀のタクトが宇宙に突き立てられたかのような迫力を持っていた。
イズマは腕をとっさに腹の前に回してガードしたが、体がくの字になって吹き飛んだ。
『医術士』ココロ=Bliss=Solitude(p3p000323)がすかさず命の炎を召喚し、地に臥せるイズマを包み込む。
ウルバニの剣で敵に向けて牽制しつつ、駆け寄って無事を確かめた。
身を起こすイズマのかたわらに立ち、指揮者を睨む。
「わたしたちが正義に反する悪魔ですって?」
「ちがうっていうのかい、お嬢ちゃん?」
問い返されて、ココロはうーんと唸った。
「絶対的な正義はどこかにきっとあります。でも、わたしが今望むのは大切な友人たち、好きな人たちと共にいきることだけ。それが大事なんだと思っています」
「同感だね。僕たちも同じだ」
指揮者が一歩、また一歩と距離を詰めてくる。
ウルバニの剣の先が小刻みに揺れ出す。
「……失う日が来るからこそ、友情は大切にしなければならない。と教えられました。大切な何かの為に努力したい。それはわたしのわがまま。善悪とか正邪とかじゃなくて、わたしはわがままを通していきたいだけなの!」
「だったら僕も、僕たちも我儘を通す!」
銀のタクトが繰り出される。
唯一所持する攻撃魔法、リュミエール・ステレールを放つには距離が詰まりすぎている。間にあわない。
イズマもまだ体を起こしたところだ。
ココロは祈った。自身の体に宿る小さな奇跡が起こることを。
「ステッラエ・ペルヴァーデレ!」
星の貫きと名付けられた突きが、ココロに迫る。
次の瞬間。
甲高い音をたてて星々が砕け、飛び散る。閃光が走り、闇が一瞬あたりを覆う。
「彼者誰さん!」
指揮者とココロの間に割り込んで、自らを盾となって窮地を救ったのは彼者誰だった。
武器商人たちと一緒に画家たちを相手どっていたが、ココロとイズマのピンチを知り、牝馬Lilithを走らせて戦場の端から駆けつけてきたのだ。
音楽家たちが駆けつけてきて、眠りを誘う穏やかな曲を弾き始めた。
「ココロ殿、彼らに負けぬ美しい調べを一曲お願いします」
「はい」
ココロは立ち上がると、胸を張った。喉を開き、透き通った歌声を発する。
「陽光の輝きよ、風にのる温もり。慈愛の歌が響き渡り、全てを抱擁し、我らに癒しをもたらさん」
歌声は眠りを誘う調べを打ち消して、イズマと彼者誰が受けた傷を塞いでいった。
彼者誰は牝馬Lilithをさがらせた。
余裕の笑みを口元に浮かべ、指揮者と正面から睨みあう。
「恐らく遠い血縁とかなのでしょうが、私達が友情を込めて呼びたい『イズマ』は、あらゆる楽器と音楽を愛する心美しい彼だけですよ。ねえ?」
指揮者はただ冷たく光る目を細めるのみ。
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武器商人の指先から生まれる気糸が、まるで無数の光の糸で絡みついているかのように美しく輝き、画家たちに迫る。
力強い波動が気糸を斬撃へと変え、一瞬にして蜘蛛の巣状に広がっていく。
画家たちは毒の絵具をつけた絵筆を振るう暇もなく自由を奪われ、舞い飛ぶ異次元の刃に切り刻まれた。
幸運にも災難を逃れた画家たちが、武器商人を囲み、絵筆を振るった。
「ヒヒヒヒヒ! 健気なことだねぇ。痛みを感じない、死なないから怖くないって顔だ。断言しよう、キミ達は仮にこの先に続いてもすぐ行き詰まる。生命として、クリエイターとしてね。そうなったら生きてるのも死んでるのも変わりやしないとも、特にキミ達の様な人種はさ!」
汰磨羈が手を空中で踊らせる。
花びらのような無数の炎片が、天の高いところから武器商人を包囲する一角に降りそそいだ。
その様子はあたかも桜の花が風に揺れ、空中で優雅な舞を披露しているかのようだ。炎片の一つひとつが、淡いピンクや赤、橙の色合いを帯び、美しく輝く光を放ちながら、画家の1人を焼く。
汰磨羈の技のひとつ、『桜花破天』だ。
武器商人が開いた輪の中から飛び出る。
「面倒な敵はひとまとめで倒すのが一番だ。彩陽、あとは任せたぞ! 武器商人、行こう」
「まかしとき。で、汰磨羈たちはどこへ行くんや」
「沙耶と一悟が向かっているが、私たちも音楽家を片づけにいく」
「了解」
汰磨羈たちがここを離れれば、遠慮なく大技を繰り出せる。
彩陽の眼に決意と祈りが宿り、辺りに死者の霊たちの気配が漂い出した。
「我冀う。その力を奇跡と成す事を」
声が静かに響き渡ると、死者の霊がそっと寄り添って力を分け与えてくれた。
弓につがえた矢に全てを込める。
「奇跡を起こせ」
弓も矢も、まるで宇宙の神秘に呼応するかのように美しく輝いていた。
「その奇跡は敵を止め打ち砕く為の奇跡」
彩陽の弓を引き絞り、ギリギリまで敵の一軍を引きつけておいてから矢を放った。
弓弦の振動が静かな音となり、弓から放たれた一矢が力強い星の軌跡を切り開いていく。
「巡り巡って自身に戻る奇跡。溺れる事なかれ」
矢が空で散開し、画家たちに降り注いだ。星々の輝きが矢を包み込み、彩陽の祈りが力強い一撃へと変わる。
「絵に描かれるのは悪くない。けど、体に絵具を塗りたくられるのは好きやない。……生まれ変わってめぐりあうことがあれば、その時はモデルになったってもええよ」
画家たちが総崩れになったころ、少し離れたところでは沙耶と一悟、あとから加わった汰磨羈と武器商人が指揮者をバックアップしていた音楽家たちを引き離し、倒していた。
沙耶が吼える。
「やれるもんならやってみろと言うならああ、その通りやってみせようじゃないか! それを為してこそのこの大規模な攻め、それを為してこその特異運命座標なのだから!」
「指揮者にどんな事情があるか知らないが、オレたちにも譲れないもんがある」と、遠くから光の柱を放つのは一悟だ。
汰磨羈が一足跳びに距離を詰めてトランぺッターの胸に血の曼珠沙華を開かせれば、武器商人はちょこまかと逃げるヴァイオリン弾きを霊力の不可視の糸で切り刻む。
彼者誰は指揮者と組んだ。
持前の格闘センスをフルに発揮して襟を取り、半身を返して投げ飛ばす。
「イズマ殿! 俺は音楽家たちを片づけに行く」
ココロは仲間たちを回復しながら、イズマにエールを送った。
「頑張ってください。イズマさん、ここはあなたの戦いですよ」
「ありがとう」
イズマはオルフェウス・ギャンビットを自身にかけ直した。
舐めたつもりはない。前の戦いで指揮者のパワーと体力の高さは解っていた。だが、こちらがよけきれぬほどのスピードとパワーがのった攻撃を繰りだしてくるとは想定外だったのだ。
もう同じ轍は踏まない。
イズマはゆっくりと起き上がった指揮者に近づいた。
「音楽に呪われた家系、の意味をずっと考えてた。音楽に生きる宿命、無慈悲な才能の差、それ故の逃れ得ぬ嫉妬。……解ってるつもりだったが、甘かったんだな」
指揮者の口が嘲るように歪む。
「もし違う形で貴方と出会えたなら一緒に音楽をしたかったな。……いや、今からでもやろうか?
あのセレナーデが良い曲だったから他の作品も知りたくてさ。あるなら楽譜も欲しい」
「楽譜か。あるけどキミたちが勝てば何一つ残らないよ。全ては幻。イタズラに時を止められ朽ち損ねた何か。アルヴァエルさまの最後を見届けたなら、解るだろ?」
無用の心配だけど、と指揮者は笑う。
「キミたちをここで止める」
「そうか。残らないか。だったら俺が今、演奏して覚える。全部教えてくれ」
イズマが先手を取った。
鋼の細剣をタクトに見立てて振ると同時に、フォルテッシモ・メタルからノスタルジーを誘うピアノの静かな旋律が流れ出す。
音は夢と現実の境界を曖昧にし、指揮者を幻想の世界へ誘った。
指揮者の背後から次第に浮かび上がる影が、不確かなまま広がり、戦場を広く侵食し始める。
「いい曲だね。だけどここ以上に僕の心を動かす場所はない!」
指揮者が振る銀のタクトに、まだ残っている数少ない音楽家たちが応えた。
「交響曲第7番『英雄の誓い 』!」
メインの旋律は弦楽器によって奏でられ、緊迫感と同時に勇者たちの意志の強さを表現していた。そこへトランペットとトロンボーンが加わり、戦いに挑む覚悟を象徴する音が広がる。
指揮者が大きく踏み込んで、銀のタクトで突いてきた。
イズマは横へステップして紙一重で突きを交わす。
演奏は中間部に差し掛かり、木管楽器が優雅に旋律を奏で、勇者たちが絶望に立ち向かう中での内面の葛藤や希望を表現する。終わりで弦楽器が盛り上がり、不屈の意志が再確認されると同時に、指揮者の内に新たな力強さをもたらした。
イズマも負けじと魔力を振り絞り、鋼の細剣に神滅の魔を宿す。
「奏でて解ったがやはり呪いは違うな。トーティスは音楽に愛された家系さ。俺はそう信じてる。俺も貴方も音楽を愛してるのだから、そうに決まってるだろう?」
突然――。
ぱた、ぱたと音が一つずつ途絶え、曲が途切れた。
音楽家が倒れ、残るは指揮者のみ。
「ふっ、僕は……。イズマ、キミは音楽を愛し、愛されつづけてくれ」
指揮者が振るった斬撃が、駆け寄ってきたイレギュラーズたちに甘いささやきとなって襲い掛かる。
彩陽は言霊を発して味方全体を立て直す。
「睡眠も致命者の魅了もさっさとなおそ。味方は万全に。敵は万全にさせない」
だが、ほぼ同時に指揮者の突きをうけて倒れてしまう。
指揮者はくるりと体を回して死角を消した。燃える花びらを降らせた汰磨羈に突進する。
彼者誰がブロックに入るも、2人まとめて突き飛ばされた。
次の狙いは――。
「沙耶さん、目覚めの時間ですよ!」
沙耶はクラリネット演奏者と相打ちしたときに眠らされていた。
ココロが耳元で挑戦的な言葉をささやいて、沙耶の身体をゆすりながら起こす。
「怪盗でも心は盗めないですよね。やれるもんならやってみなさい?」
「ふぁ!? 怪盗リンネに盗めないものはないっ」、と叫びながら跳ね起きた沙耶に指揮者が襲いかかる。
一悟は光の柱を放って指揮者の動きを止め、ココロたちが逃げる時間を稼ぐ。
その間に武器商人が怪物の力技で星を流して指揮者を打ち据える。
恍惚状態で立ち尽くす指揮者にとどめを刺すのは、やはりイズマだ。
「そろそろ終わろう。さようなら、イズマスティヌ」
イズマはメロディア・コンダクターを振るい、偽りを強いられた世界の怒りや混沌を音楽に変えて指揮者を切った。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
主はついに帰らず、イレギュラーズたちの偽りの理想郷は瓦解しました。
崩れ落ちる音は悲しくも、どことなく安堵の色合いが感じられるものでした。
理想郷に住んでいた人々を縛っていたのは呪いで、彼らもそのことを心のどこかで理解していたのでしょう。
きっと、呪縛から解き放ってくれたイレギュラーズに感謝していると思います。
MVPは大きく広がった戦場を駆けまわり、自分を盾にして仲間を庇った方に。
ご参加ありがとうございました。
GMコメント
●勝利条件
・『致命者』イズマの撃破
・『選ばれし人』たちの撃破
●場所。
・アルヴァエルの理想郷。
宮殿の門をくぐり抜けたところにある『輝く森と広がる花畑』で戦闘です。
アルヴァエルの願望を具現化した理想郷は、『テュリム大神殿』に存在する創造の座より繋がっていた、不可思議な階層にあります。
ここでは誰もが幸せそうにしています。
●敵1
・『致命者』イズマ
アルヴァエルお抱え楽団の作曲家で、指揮者。
20代後半の青髪の青年。死んだのはずいぶん昔のことのようです。
銀のタクトを振るい、近づく者を魅了、惑わせます。
体力があり防御力に優れています。
理想郷を守るために全力で戦ってきます。
●敵2
・『選ばれし人』たち、複数。
彼等は異言を喋りますが、ある程度のチューニングが可能のため意思疎通は可能です。
ただし、イレギュラーズの説得で気持ちが揺らぐことはありません。
戦闘で痛みを感じないため、イレギュラーズをまったく恐れるとこなく襲いかかってきます。
音楽家は歌ったり、楽器を演奏することでBS攻撃(睡眠)してきます。
画家は筆(物理)と毒の絵具を使って、彫刻家はノミと木槌(物理)で攻撃してきます。
攻撃力は高くありませんが、数がいます。
※今回は、ルストが自分にリソースを向けているため、攻撃すれば『選ばれし人』も死にます。
●その他
こちらは『<神の王国>虚構の響き・ 滅びゆく定めと知りながら』より時間が後のシナリオになります。
両方のシナリオに参加している必要はありません。それぞれ独立したシナリオになっています。
よろしければご参加ください。
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