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シナリオ詳細

<神の王国>雪跡に花は咲くか

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 広い草原に、穏やかな風が吹いていた。
 春の陽気にも似た優しいその風は、草葉を揺らし、遠くの森へも吹き抜けていくのだろう。
(ずっと此処に居たい)
 そう思うのは此処が『自身の理想郷』であるからだ。皆にもこの素晴らしさを知ってほしいと思うし、此処で暮らしたいという人がもし居たら、ハーミルは諸手をあげて歓迎するだろう。
 此処には飢えがないから、きっと誰もが幸せに暮らせることだろう。
(でも喧嘩をする人は駄目。『みんな』が怯えちゃう)
 草の上に転がっていた身を起こすと、眼前を兎が駆けていった。その向こうには狼も豹も居るが、彼等は他の生き物を襲うことはない。そう『神によって作られた』からだ。
 ――生命の創造。ハーミルが信じる神・ルストはそれが行える。この大地を作り、命を吹き込み、選ばれた人々を住まわせてくれる。何て優しい方なのだろう。敬愛すべき方だ。
 神はこの幸せな世界を全世界に広げようとしてくれている。全ての人々の不幸は幸福へと塗り替えられ、幸せを感じ、不幸を忘れて生きていく。
 それはとても幸せなことだとハーミルは信じている。
(誰も飢えない世界に)
 瞳を閉ざしたハーミルの脳裏に雪が吹雪いた。一面の銀世界と、血の赤。
 命が失われていく震えと、食べねば死ぬという恐怖。
 食べなさいと父が言った。
 生きなさいと母が言った。
 嫌がるハーミルの口に詰め込み、咀嚼させ、飲み込ませた。それしかもう食べるものがないのだから仕方がなかった。――それでいいと両親が言った。生きるため、他の命を奪っても良いのだと。それが許される存在なのだと傲慢であれ、と。
 瞳を開けば、雪の幻影は消える。長い雪害で飲食物は失われ、暖を求めるために家々をも木材とした鉄帝の寒村の姿はそこにはない。広がるのはただ長閑な草原だ。
「あのね、コーラス」
 呼びかければ伏せていた黒豹――コーラスがすり寄る。
 その頭を撫で、ハーミルは呟いた。
「本当は僕はもう……誰かの命を『食べたく』ないんだ」
 だから――……。


 ――『とある遂行者』からタレコミがあった。
 当然名は記されてはいないが、その筆跡は『グドルフ・ボイデル』の物として間違い無いだろう。
 そう口にした劉・雨泽(p3n000218)が記されていた内容の説明を続けていく。「まず、僕等がやらなくてはいけないことは二点」と右手と左手の人差し指を一度立ててから、下げた。
「ひとつ、『理想郷』を破壊して権能を挫く」
 神の国――否、神の王国にある理想郷。これはルスト・シファーの権能の大部分を占めている。神の御業と言えば『天地創造』・『生命の息』・『知恵と言』を与える事。理想郷の中に様々な生命を創造し、生かし、死を与えない――それはまさしく神の御業であると理想郷に住まう者、そして『知恵と言』(聖痕)を与えられた選ばれし者(遂行者)たちは信じている。
 理想郷はルストの権能で作られている。だが、手広く何かを行おうとすれば、全てに目が届かなくなる。傲慢故にそれくらい大したことではないと思っているのだろう。――それを狙って破壊し、綻びをより大きくしよう。
 詳しく説明を終えた雨泽は右手の人差し指を上げた。
「ひとつ、各地に降ろされんとする帳を『制圧』する」
 ルストは世界全て――幻想と終焉以外に帳を降ろそうとしている。世界を全て塗り潰し、神の王国にするためだ。
 勿論、各国もイレギュラーズたちもこれに抵抗せねばならない。
 左手の人差し指も上げ、二本の指をクロスする。
「『神の国』と『混沌各地』からの二面作戦。神の国に引きこもっているルストを引っ張り出そう」
 ルスト本人が表舞台に出し、全面対決を行なう。そのための段取りとしての作戦である。

『僕は豊穣へ向かうから』
 ついていけなくてごめんねと零した雨泽が心配そうに眉を下げていたのを思い出し、ニル(p3p009185)はぎゅうと杖を握った。
(大丈夫、です。ニルも、ちゃんと帰ります)
 大切な人が居なくなってしまうというのは、とても大きな穴が生じるということだ。寂しくて、悲しくて、不安で、怖くて――そう感じたことを、きっとニルの大切な人もニルに対して思ってくれる。その気持ちを知っているからこそ、ニルはちゃんとやり遂げて、帰らねばならない。
 ――それが、ハーミルを殺すことになろうとも。
「居る、だろうか」
「……きっと、お会いします」
 普段よりも破棄の欠けた声でポツリと零したマッチョ ☆ プリン(p3p008503)の言葉をグリーフ・ロス(p3p008615)が肯定した。
 ハーミルとは縁が出来てしまったから、きっとハーミルの場所へとたどり着く。辿り着いたら、その時は――あのお茶会の別れ際に交わした言葉の通り、『迷わず戦う』。戦えば、何方かが死ぬのだろう。それを覚悟の上で、そう決めて別れたのだ。
 生きている以上、何かの命を奪っている。直接じゃなくても、自分が行った何かの行動は巡り巡って誰かや何かを殺すのだ。それを知らずに生きるということは何と傲慢なことだろうと知ってしまった。だから。命に対して真っ直ぐに向き合い、責任を取るべきだ。
 創造の座より繋がっていた不可思議な階層へと踏み込む。そこは幾つもの『理想郷』があって――。
「きっと、これ、ですね」
 ニルは緑豊かな景色が見えたそれが『そう』なのだと感じた。
 大きな街があるわけではない、ただの大自然。
 けれども数多の命の輝きに満ち溢れた場所。
「ああ、きっとそれだ」
「行きましょう、ハーミルさんの理想郷を破壊しに」
 マッチョもグリーフも同意を示し、顎を引く。
 きっとこれは誰かが必ずやらねばならないことなのだ。
 誰か――ならば、それは自分たちが行おう。
 出会って会話をして、お互いを知ってしまったからこそ――。

「いらっしゃい。少しでもゆっくりしていってくれたら嬉しいな」
 ハーミルはやってきたイレギュラーズたちへ、お茶会の時と変わらぬ笑みを向けたのだった。

GMコメント

 ごきげんよう、壱花です。
 ハーミルと決着をつけましょう。

●成功条件
 理想郷の破壊

●シナリオについて
 ハーミルの理想郷へようこそ! こちらは理想郷での戦闘となります。
 ルストが全世界へ帳を下ろそうとしている間に、権能内部から力を削いでいくことを目的としています。理想郷を破壊してルストの力を削ぎ、ルスト本人が表舞台に出てこざるを得ないようにしてやりましょう!

●フィールド『理想郷』飢えのない世界
 だだっ広い長閑な草原と遠くには森があります。草原にもポツポツと木が生えており、木にはキラキラと輝く宝石めいた果実が実っています。
 気候も穏やかで、まるで春のような心地良さ。沢山の花が咲き、沢山の動物たちが幸せそうに暮らしています。肉食獣や草食獣が居ますが、彼等は互いを食べないようです。何故なら彼等は飢えを感じないよう作られており、死の概念もない此処に食べ物は必要ありません。けれども来訪者用に、願えば食べ物が出現するようにもなっています。此処では空腹を感じず、飢えること無く、穏やかな気候の中で伸び伸びと暮らせるのです。
 ――神様は言いました。
 汝のくだす裁きで汝も裁かれ、汝の量る尺で汝もまた量られるだろう。

 この理想郷では遂行者も獣たちも死にません。死んでもその内どこかで再生(リポップ)します。どうしてと問われれば「ルスト様の力で作られているからね」とハーミルは言うでしょう。
 ――ですが、現在『ルストはリソースを自らに向けている』ようです。獣たちの命が失われた場合、遂行者もイレギュラーズも初めて気がつくことでしょう。リポップがない……つまりはここに『死が存在する』と。

 この理想郷は、ハーミルを撃破することにより崩壊します。
 自分が瀕死となり理想郷崩壊が始まるとハーミルは――。

●『原罪の呼び声』
 大神殿内では絶えず傲慢の魔種による呼び声が響いています。
 この理想郷内の呼び声は『不快感を感じる』程度です。同時に理想郷の効果で多幸感も感じます。

●『遂行者』ハーミル・ロット
 黒豹型のワールドイーターを連れた少年遂行者。魔種です。
 明るく友好的な性格をしており、言動も見た目相応のものです。
 ルストという神の存在を信じています。幼い頃に信じていた神様は救ってはくれませんでしたが、ルスト様は氷聖という使徒を送って助けてくれました。
 皆さんのことを知ってしまいました。ハーミルはまだまだ子供で、頑張っているけれど全て割り切れる訳がないのです。皆さんには生きて欲しい。けれどコーラスにも生きて欲しい。コーラスとの生活を続けるためにもハーミルは皆さんと戦わねばなりません。……という気持ちを頑張って隠し、気丈に戦います。
 ハーミルは遂行者です。ルストの権能で生きており、救うことは非常に難しいです。それでも遂行者を救おうとするということは代わりに何人ものイレギュラーズたちが死ぬことになるでしょう。それほどまでに対価を必要とする行為です。

 戦闘スタイルは基本的にはアタッカー。身長よりも大きな鎌を持っています。コーラスよりも反応は低いですが、一撃一撃が必殺の一撃です。BS解除やブレイク、広範囲回復も可能です。また鎌の攻撃でHP回復も可能なようです。
 コーラスの回避がある程度下げられるとかばうようになります。自分よりもコーラスが大切です。

・『ワールドイーター』コーラス
 黒豹型のワールドイーター。主食は秘宝種のコアで、いっぱい食べてきているため1体でかなり強い終焉獣で、滅びのアークから作り出された滅びの塊です。
 ハーミル曰く『コーラスは優しい』です。常にハーミルの側にあり、寄り添い支えようとしているように見えます。
 反応・回避・EXAがとても高いです。ハーミルの行動を引き上げ、連携攻撃もできます。

●EXプレイング
 開放してあります。文字数が欲しい時等に活用ください。
 本シナリオで関係者の採用はありません。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

 それではイレギュラーズの皆さん、どうぞご武運を。

  • <神の王国>雪跡に花は咲くか完了
  • GM名壱花
  • 種別通常
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2023年12月18日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談6日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ジルーシャ・グレイ(p3p002246)
ベルディグリの傍ら
仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)
陰陽式
ルチア・アフラニア・水月(p3p006865)
鏡花の癒し
マッチョ ☆ プリン(p3p008503)
目的第一
グリーフ・ロス(p3p008615)
紅矢の守護者
ヤツェク・ブルーフラワー(p3p009093)
人間賛歌
ニル(p3p009185)
願い紡ぎ
物部 支佐手(p3p009422)
黒蛇

リプレイ

●理想と現実と
 穏やかな風が吹く美しい草原で、聖歌隊めいた装いの少年が明るい笑みを見せている。傍らには黒い豹――ワールドイーターが付き従っていて、金色の瞳をイレギュラーズたちへと向けていた。
「ここがハーミル様の理想郷」
「綺麗な所……なのね」
 チチチチと鳴いた鳥が空から降りてきて、『おいしいで満たされて』ニル(p3p009185)の肩や『ベルディグリの傍ら』ジルーシャ・グレイ(p3p002246)の肩をてんてんてんと歩き、また飛び去っていく。向かう先は、大きな口で欠伸をしながら寝そべっている狼の元。狼は鳥が背や頭に乗ろうとも気にせず、また寝ようとしている。白い猫はお腹を上に向けて寝ていて、その廻りを兎やリスが駆け回ったって起きようとしない。どの動物たちも――コーラスもハーミルも、きっとここでは幸せに穏やかに暮らせる。そんな理想郷。
「ここは……優しい場所だな」
 ポツリと『特異運命座標』マッチョ ☆ プリン(p3p008503)が呟けば、肩に乗ってきたリスの顎を撫でたハーミルが「そうでしょ!」と笑った。
「ここにはね、飢えが無いんだよ。だから皆ケンカしないんだ」
 殺して命を奪い、己の糧とする必要がない――。
 そういう世界なのだと理解して、『黒蛇』物部 支佐手(p3p009422)は告げた。
「ハーミル殿、おんしの理想は正しい」
 国が荒れた時、飢饉が起きた時、まず起こるのは食料の奪い合いだ。己が生き残る為に誰かを排す。それをしないで済むということは、一般的な倫理のある者であれば幸福と感じられることだろう。
 けれど。
「すまんな、ハーミル。おれたちはアンタの理想郷を壊さにゃならん」
「ここが幸せな世界だと理解したうえで、私は貴方がたの世界を壊すわ」
 魔種とは言え子供を殺さねばならないことに困ったように眉の形を変えた『最強のダチ』ヤツェク・ブルーフラワー(p3p009093)と、真っ直ぐにハーミルを見つめる燃えるような赤持つ『高貴な責務』ルチア・アフラニア(p3p006865)。ふたりの言葉に、ハーミルは少しだけ困った顔で笑むだけだ。
(全てではないでしょうが、言葉は重ねました)
 静かに言葉を聞いていた『愛を知った者よ』グリーフ・ロス(p3p008615)は一度瞳を閉ざしてコアへと手を翳す。
 仲間たちの言葉も、ハーミルの言葉も、みんな大切で。
 仲間たちの思いも、ハーミルの思いも、互いに譲れないものがあって。
 言葉を交わした、知ってしまった。だからこそ蔑ろにはせず互いを尊重するからこそ、戦わねばならない時がある。天秤の両皿に互いの命を掛けてでも――。
「――生きたくば戦え。生かしたくば戦え。それが、生命の本来あるべき姿なのだから……私達はそうする。だから、御主等もそうしろ」
 ゆっくりしていく余裕がなくて済まないな。
 勝ち気に唇で弧を描いた『陰陽式』仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)が告げて。
「お前達の後ろに守る物があっても……加減はしないぞ。ハーミル、コーラス」
「おんしの信ずるものと、わしらの信ずるもの。どちらが生き残るか、此処で決めましょう」
「ふふーん! 僕の信心の方が勝っちゃうもんねー!」
 支佐手の言葉に、ハーミルがそうだねと大きな鎌を振るって持ち上げる。
 ポケットの中の小瓶を指先で迷うように触れて言葉に耳を傾けていたニルも、ぎゅうと杖を握った。
(……力を貸して。ニルが、がんばれるように)

「コーラスはすごいな!」
「でしょ!」
 自身よりも早く動けるコーラスへとマッチョが素直な称賛を送れば、にっこりとした笑みとともにハーミルが笑って鎌を大きく振るう。周囲に居たイレギュラーズたちを遠くへと飛ばされ、抜け目なく位置を確認しながらハーミルはコーラスと自身に掛かっているBSを解除した。
 ハーミルを抑えておきたい支佐手とマッチョはその都度吹き飛ばされるが、ハーミルをブロックせんと毎回移動を要する必要があった。
「戦闘もおんしの『先生』が教えてくれたんでしょうか」
「そうだよ。僕は先生に救われるまで普通の子供だったもん」
 戦ったことがない。だから旅人であった信者だったり、氷聖だったり、色んな人に教わったのだとハーミルが笑う。明るく、楽しげに。こうして鎌を振るって全力でイレギュラーズと戦うことも遊びのように。
「コーラス。その豹はここに住まう動物とは違うのであったか」
 少し離れた距離から《マグナス・オーケストリオン》を展開させた汰磨羈はハーミルとコーラスには初めて会う。問えば素直にハーミルはそうだよと答えた。
「先生が作ってくれた僕の家族」
 鎌を使ってダメージを最小限に抑えるハーミルの後方からコーラスが飛び出して汰磨羈へ噛みつき、ぴょんぴょんと跳ねるように複数人へと痛手を負わせていく。
『……コーラスさんは範囲攻撃が苦手、もしくは出来ないのかもしれませんね』
 手数は多く、どうやら自身でのBS回復も出来るよう。けれども一撃一撃の威力が高い噛みつき攻撃を主としていると、仲間たちへと癒やしの陽光と暖かなる風光、慈愛の息吹を齎しながらグリーフは冷静に判断していく。グリーフよりもマッチョの方がダメージが出ているようだから、与えているBSは【体勢不利】【滂沱】【停滞】だろうか。
(今回は、より厚く)
 前回の経験からも回復手が足りるようにと、グリーフもルチアもヤツェクも回復に専念している。ルチアが前衛への回復がよく回るように立ち位置に気を使っているためか、【光輝】も【賦活】もよく作用していた。膝をついたジルーシャにも、すぐさま回復のヤツェクの力強く心を奮い立たせる歌《『勇気もて友よ』》が届けられ、ありがとと微笑んでジルーシャが立ち上がる。
「ああ、もう……ブレイクと連続攻撃って本当に相性が悪いわ……」
 それでも膝をついてしまう者が出るのは、ひとえにコーラスのEXAが高いせいだ。けれども汰磨羈もヤツェクもEXAに自信はあるし、イレギュラーズのほうが頭数も多いため、最終的な手数の多さで言えばイレギュラーズたちが勝るだろう。
(ハーミル様はコーラス様が大事)
 ニルにだって大切な人がたくさんいる。その人が傷つけられることを思えば胸が『かなしい』と『いたい』を感じてしまう。けれどニルは先に進むと決めているから、ハーミルが悲しんだってコーラスを攻撃する。
 ごめんなさいは言わない。
 それはお互い様だから。
 ニルも、マッチョも、皆も、真っ直ぐにハーミルと向き合い、そして己が信念と力をぶつかり合わせた。

●理想郷崩壊
「……どうして?」
 運悪くイレギュラーズたちの攻撃に動物たちが巻き込まれても、ハーミルは反応しなかった。だってここに死はなく、飢えはない。今はハーミルとイレギュラーズたちが戦ってはいるが、それさえなければ平和そのもののはずなのだ。動物たちが死んでも――倒れても、リポップされる。
 それなのに。
 そうなっていないことに、この理想郷の主であるハーミルが気がついた。
「ルスト様の権能が……?」
 ハーミルがイレギュラーズたちへと視線を向けるが、イレギュラーズたちは何も返さない。いくつかの作戦が同時に動き、冠位魔種を落とさんと汰磨羈等は動いている。
「命とは、生死を以って巡るものだ。そこから逸脱したモノは、理想ではあっても自然では無い」
 ――それに言ったであろう。ゆっくりしている余裕などない、と。
 失われた命は巡る。世界の軛の中をぐるぐると循環する。そう『神』が、摂理が、そうした。けれどここは『理想郷』。ここの神であるルストの権能でルールが敷かれた神の国。命は輪廻に返らず、ただ死が無かったものとなり同個体が現れる。
 けれども巡らないと言う事は――
「そっか」
 自分もちゃんと死ぬのだと、ハーミルが理解した。
 途端に彼から覇気が無くなったことにグリーフは気がついたが、彼を知ろうとジッと視線を凝らした。
 ハーミルの行動が切り替わる。コーラスの命を守るべく、イレギュラーズたちへの攻撃よりもコーラスを守ることに専念し、自身の怪我よりもコーラスを癒さんと立ち回り始めた。
 それは、イレギュラーズたちからすれば好機でしかない。
(本来でありゃ斯様な真似はしたくありませんが……わしらも守りたいもんを背負っとる身。利用できるもんは、利用させて頂きます)
 ハーミルさえ倒せば、この理想郷は終焉を迎えるのだから。
(ああ、厭なもんだな。ガキを殺さにゃならんというのは)
 ――汝のくだす裁きで汝も裁かれ、汝の量る尺で汝もまた量られるだろう。
 それは誰かの理想を否定することで自身の価値観とも向き合うことになるだろうという、神の言葉。
 それでも、イレギュラーズたちは踏み込む。
 己の信念と正義に従って。

 コーラスを庇ってハーミルの怪我が増えていくと、理想郷の景色が崩れ始めた。
 周囲に居た動物たちはリポップせず、爽やかな風は生ぬるくなったと思っていたら雲を呼び、周囲には雪が降り出した。どうやら怪我が増すたびに雪の量は増えていき、最後はきっと雪に閉ざされてしまうのだろう。――それが、ハーミルの理想とは真逆の絶望――彼の『終焉の景色』だから。
「……え。あれ?」
 ハーミルが『何かに気がついた』。
 慌てた様子で周囲を――離れた位置にいるニルよりも遠くへと視線を向けるが、広い視野やファミリアーで周囲を視界に居れているイレギュラーズには何も観測出来ていない。
「……そう、なんだ……」
「どうしたの?」
 ジルーシャの問いへ、何でも無いとハーミルが頭を振った。
(先程からずっと、ハーミルさんは迷っていますね)
 そう気付いていても、グリーフは仲間たちへは伝えない。これは場合によっては仲間たちの手を鈍らせることになるかもしれないから。グリーフはチラリとコーラスへと視線を向け、回復を重ねた。動き回るコーラスは依然として厄介な存在のままだ。
「……迷っているのか?」
 ハーミルからの敵意がないことに気がついたマッチョの言葉に、ハーミルが驚いた顔となった。すぐに視線が逸らされるのは、それが隠したい気持ちで、そして自身は隠し事が得意ではないという現れだ。
「何もかもが願った通りに、誰もが幸せになる事何てないんだ!」
「僕は……」
 ……知っている。嫌なくらいに。
「戦う以外に道はないんだ、ハーミルッ!!」
 連続で攻撃をしながら、マッチョが吼えた。
 目を逸らさず、戦えと。
 己の心がままに、拳を振るえと。
「ああ、もう……――コーラス、ごめんね」
 マッチョが焚き付けてくるのだから仕方がない。ハーミルはコーラスを守るのをやめ、鎌をギュッと握った。コーラスはガウと鳴いた。優しい彼は、いつだってハーミルの背を押してくれる。
「ハーミルよ。生きる為に喰らう事は、決して悪などでは無い。それは自然の中に在るべき必然だ。喰らう事には、命を繋ぐという意味があるのだから」
 鎌を握り直した彼等へと《殲光砲魔神》を放たんとしながら、汰磨羈が告げた。
「真に悪とすべきは、命を無下にする事だ。全ての命を無意味に墜とす、冠位魔種の所業こそが悪だ」
「……ルスト様は無下にしていないよ。永遠をくれている。確かに僕等は君たちから悪と思われているかもしれない。けれど、これは『正しい』ことで……いずれ世界が全てそうなったら、君たちもきっと解ってくれる」
「解らぬよ。解り得ぬ。止めねばならぬのだ、絶対に」
 ――御主等を倒してでも!
 汰磨羈が放つ魔神が如き一撃は火力が強い。その一撃とニルの《フルルーンブラスター》がコーラスに向けられた時だけは庇うように立ち回り、ハーミルもイレギュラーズたちを切りつけた。
「こないだ言ったこと、覚えてる?」
「うん。でも、ダメだよ」
「ええ。アタシはアンタたちに死んでほしくない。……でも――アンタたちの命を終わらせるのは、アタシたちがいい」
「僕より傲慢」
「そうね、アンタは優しすぎるもの」
「そうですね、貴方は優しい」
 ジルーシャの言葉に、グリーフも顎を引きながらもルチアとともに回復に専念している。
(きっと――)
 この少年は頑張って傲慢たらんとしてきたのだろう。
 そしてその度にたくさん傷ついてきたのだろう。
「もう、いいんですよ」
「……解った風に言わないで」
 それはきっと、魔種ではない者たちが『解ってはいけない』ことだから。
『此方側』へ踏み入れてはいけないことだから。
「傲慢すぎるよ」
「そうですね」
 ハーミルが笑う。血を零しながらも、明るく。
 増していく白の中に、イレギュラーズたちとハーミルの赤が散って。
 確かにそこに命の迸りがあったのだと、描かれていった。

 どれほどそうしていただろうか。持てる力を惜しみなく奮って、互いに生きた証を刻みあった。
 ハーミルはもう立ち上がれそうにない。足元に作られる血溜まりが雪を溶かしており、そこに膝をついてしまっていた。
 ぜえぜえと零す息は荒く、早く止めをさしてあげることが慈悲であろう。
(さようなら、ハーミル様)
 近寄ったニルは杖にありったけの力を籠めようとした。
「……ニル、待って」
 けれど、ハーミルが呼び止める。
「……はい」
「あっち、行って。出口、作ったから」
 地に手をついたハーミルが顔を上げ、指をさした。瞳には強い意思が宿っている。
 雪に埋もれた草原にはいつのまにか不似合いな『扉』が出来ていて、イレギュラーズたちは油断なくハーミルと扉とを交互に視界へ映した。
「崩壊に……巻き込まれちゃう、から」
 その言葉で、ただひとり『最悪』を想定していたヤツェクが小さく息を飲んだ。
 どうして崩壊に巻き込まれないと思っていたのだろう。みな、『帰る手段』を考えてはいなかった。その可能性とてあったのに、崩壊すれば必ず無事に外に放り出されると信じていたのか。神の国で崩壊までに外に出る、という場面に遭遇した者も居ると言うのに。
 理想郷の主たるハーミルが出入りを禁止すれば、イレギュラーズたちもそのまま一緒に崩壊へ巻き込まれ、ともに潰えることだろう。全ての理想郷がそうではないかもしれない。だが、きっと此処は『ハーミルのために』氷聖が手を加えている。先刻、ハーミルはそのことに気がついたのだ。
「キラリも、グリーフも……間に合わなくなる、よ」
 だから早く。最後まで言い切れず、ハーミルが血を吐いた。
 コーラスがハーミルの頬を舐め、傍らで丸くなる。放置していてもハーミルはもう助からないことは誰の目に見ても明らかで、コーラスもまた完全に戦意が消失しているのは明らかだ。
「……早く」
 行って。
 崩壊はもう止められない。その場に長くイレギュラーズたちが居れば居るほど、留めねばならないハーミルには辛いことだ。
「……行くぞ」
「ええ。……いつか、ステュクスの向こう岸で、逢いましょう」
 汰磨羈が背を向け、ルチアが続いた。ジルーシャは最後に香り袋をくれて、これくらいはと支佐手が雪を掘り起こして花を手向けてくれた。時間があれば子守唄を供えてやりたかったヤツェクは、ただ優しい眠りが訪れるよう願った。
(殺した分だけ、おれたちは生き延びなきゃならん。おれはアンタたちのことをずっと覚え続けているだろう)
「ニルは、ハーミル様のことも、コーラス様のことも、わすれません」
「私も忘れません。貴方の色も、感情も。優しい貴方の理想郷のことも」
「お前はもうオレの友達だ。オレ、お前たちが生まれ変わるまで……長生きする。だから――」
 また、会おう!
 マッチョが明るく笑い、ニルが小さな瓶に入ったキャラメルをハーミルの前へと置いた。ニルはドリームシアターで元の理想郷の姿を見せたかったけれど、それはニルが居なくなった時点で消えてしまうから……やめた。グリーフがマッチョの言葉に同意を示し、三人の秘宝種たちもまたハーミルが作った扉へと駆けていく。

 イレギュラーズたち――みんなが駆けていく。
 僕はもう維持するだけでいっぱいで、何も返せなかった。
(忘れてくれていいんだよ)
 傷みの思い出が澱のようにたまったら、いつか人は動けなくなるだろうから。
 忘れていい。僕が父さんと母さんの顔をもう思い出せないように。故郷の形も思い出せないように。口にした命の姿を思い出せないように――忘れていい。
 もう瞼が重くて、自然と落ちていく。
 赤と黒ばかりの脳裏に、ひとつの像が浮かんだ。
『ひとりきりは嫌でしょう?』
 先生――僕の『かみさま』はそう言っていた。
 そうだね、嫌だね。ひとりで命を終えるのが寂しいことだって『あの時』に僕はもう知っているから。
 でもね、『かみさま』。僕、ひとりじゃないよ。
 コーラスはずっといっしょに居てくれるんだ。
 コーラスを作ってくれてありがとう、先生。
 コーラスを殺さないでくれてありがとう――みんな。
 ……だからこれは、お返しなんだ。

 そうしてハーミルの世界は白に鎖された。

●雪跡に花は咲かぬが、軌跡は残す
 不安定に揺らいだ扉を潜ると、イレギュラーズたちは元の階層へと戻っていた。
「……ハーミル様」
 イレギュラーズたちを外へと出すと同時にハーミルの命は潰え、理想郷もまた崩壊したのだろう。
「ニル殿」
 ぎゅっと杖を握りしめたままのニルの肩を支佐手が軽く叩いて促した。
 彼等にはまだ行く場所があるのだ。ここで足を止める訳にはいかない。
 作戦はまだ第一段階。行こうと鼓舞しあい、イレギュラーズたちは次なる戦いの場へと駆けていく。

成否

成功

MVP

ニル(p3p009185)
願い紡ぎ

状態異常

ジルーシャ・グレイ(p3p002246)[重傷]
ベルディグリの傍ら
マッチョ ☆ プリン(p3p008503)[重傷]
目的第一
物部 支佐手(p3p009422)[重傷]
黒蛇

あとがき

崩壊が始まるとハーミルは――の続きは、『あなたたちの命を救おうとするでしょう。』です。

お疲れ様でした、イレギュラーズ。
前へ進みましょう。

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