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シナリオ詳細

<神の王国>大鋏のヘンデル

完了

参加者 : 8 人

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オープニング

●『施しの君の裁ち鋏』
 天義という国は、決して平板な統治で以て今日この日まで存続されてきた訳ではない。
 無論、二度に及ぶ『世界の危機』クラスの混乱を差し引いてなお、この国には混乱や悪意、疑心暗鬼が積み重なった歴史はある。
 そんな混乱の余波で貧困に喘ぐ者をみて、果たして聖職者の素養を持つ『天義らしい』領主や貴族がいればどうするか。
 その答えを、聖者として名を残す『施しの君』が顕著に教えてくれるだろう……悲惨な末路とともに。

 彼女は、往時は美を追求し華やかな姿で以て社交界に名を残した女性として知られ、しかし浮名を流さず、許嫁一人に情を向けていたという。
 そんな彼女の転機は、その統治下においた所領が政治的混乱の余波により困窮を迎えた際の出来事にあった。
 人々は飢え、渇き、数日の食料も用意できぬ、寒さを凌ぐ住処も得られぬ状況を迎え、そして流行り病で死んでいった。悲惨そのもの、華やかさとはまるきり逆を行くその惨状。己の統べる領地にあるまじき状況に彼女は憂い、一つの決断を下した。
 捨てたのだ、己の華やかさの象徴を。
 裁ち鋏を手にし、華やかな布、きらびやかな装飾、その他贅を尽くしたであろう衣類を切り分け、人々に施し、あるいはそれらを手を加えぬままに売払い、所領の困窮を跳ね除けようとした。彼女は美の人であったが善政の人でもあったため、一時しのぎとは思いつつもそれを実行せずにはいられなかったのだ。
 果たして、彼女はその心の美しさとは裏腹に見窄らしくなり、かつての華やかさなど見る影もなくなった。
 領民はそれをよしとしたが、許嫁だけはそうではなかった。
 逃げたのだ、彼女の元から。
 果たして、許嫁に逃げられるという醜聞は彼女の心を千々に砕き、やがて哀れな末路を迎えさせるに至る。
 彼女の施しと清貧の象徴となった裁ち鋏は、今では聖遺物の名を冠し残されている。
 残されて『いた』。

●その、現在と原罪
「女に過ちがあったとするならその傲慢さでしょう。領主ひとりが着飾る服を何らかの形で質に出すなり分け与えるなりして哀れな姿を見せるよりは、その美貌で以て他の領地との連携をとり、現実的な対応を進めればよかった。許嫁を失ったことで彼女の社会的地位は落ち、領地の相対的な価値も低下したことで人々は仲良くあの世へと突き進んでいったのです。分かりますか? 領主としての役目を果たすことよりも先に、彼女は自分の善性をひけらかす『傲慢』によってその身と領地を滅ぼしたのです。聖者なんて薄っぺらい称号と引き換えにね」
「貴様の薄っぺらさもそれが起源か、ヘンデル。虫唾が走る」
「……確かに、正しいか間違っているかで言えば決して正しくはありませんが、その解釈は『切り刻んだ記憶』が歪めたものではないのですか」
 嘗ての自分、嘗ての聖人の末路。彼女の不始末を指折り数え話し終えたヘンデルの姿に、結月 沙耶(p3p009126)は顔を歪め、マリエッタ・エーレイン(p3p010534)は不思議そうな、そしてどこか哀れみを込めた視線を向けていた。
 胸元に現れたハサミの片割れ、『神霊の淵』と呼ばれる自らと『冠位傲慢』との制約として不死性とより激しい力を得たその姿は、力に溺れている、というよりは力を得たことでより哀れな感情が増しているようにも思えた。
 見れば、嘗てその身に侍らせていた鉄球を見に宿す形となり(あるいはそれが本来の姿なのか)、湧き上がる力の流れがよりはっきりとしているようにも感じられる。
 殺し合い求めあう人々のディテイルはより曖昧になりながら、一人だけはっきりとした造形の者もいる。白騎士と新たな終焉獣を加えた勢力は、成程、ヘンデルを最悪無視してでもなんとかなった前回を踏まえて凶悪感が増したようだ。
「どっちでも構いませんよ、ヘンデル。あなたはもうここで死ぬ以外の選択肢なんてないんですから」
 吐き捨てたトール=アシェンプテル(p3p010816)の姿に、ヘンデルはそれを待っていたと言わんばかりの笑みを浮かべた。
「では、あなた方諸共にここで裁ち切り、以て数多の縁と宿業を奪いましょう。私にはそれしか残されてないのですから」

GMコメント

●成功条件
・敵性勢力の8割超の撃破(ヘンデル・終焉獣の撃破は必須)

●失敗条件
 取り立てて「一発失敗」につながる要素はありませんが、激しい作戦間の齟齬や戦闘に於いて不十分な部分があればゴリゴリに突いてきて決壊させてくる可能性があるので、十分な準備と意見のすり合わせを推奨します。

●遂行者ヘンデル(異形体)
 ヘンデルの肉体に、過去に周囲に浮いていた鉄球が埋め込まれた状態になった存在です。両掌及び腹部にそれが確認できます。
 また、心臓にあたる部位には『神霊の淵』が収まっており、聖遺物『施しの君の裁ち鋏』の左半分が収まっています。
 基本戦闘は両掌の鉄球を直接叩きつけたり、鉄球を『体に戻した』ことによりフルスペック+αの性能を遺憾なく発揮できる状態になったようです。
 過去シナリオのような大仰な技こそなくなりましたが、【ブレイク】や各種BS、【虚無(大)】などの強烈な性能を持つスキルを低リスクで乱発できるようになっています。
 当たり前ですが、素の攻撃力と特殊能力とはトレードオフなので、これら性能を有する攻撃は性能盛りだくさんであるほど基礎威力は下がっていきます。
 ……それでも、遂行者かつ『神霊の淵』を露出した状態ですから、並の魔種よりは強力です。
 ピンチと感じれば聖遺物の右半分を手にし、それを巨大化させ剣のように扱い襲ってきます。彼にとってのリスクは大幅に上がりますが性能も急激に上がるので、最後まで油断できません。

●選ばれし人×20
 理想郷に住まい、ヘンデルの歪んだ理想を体現し『愛有る者同士で傷つけ合うこと』を至上の喜びとして刷り込まれた人々。
 なお、ほぼ全員が判で押したようなモブ顔というか、明らかに造形が適当な顔立ちをしています……が、一人だけ明らかに悪意増しの造形をした優男が見つかるでしょう。見つかるだけでなんらキーキャラクターでもありませんが、事情を知っていると3割増しほどでヘイトが溜まる顔をしています。
 ヘンデルの理想郷にいるのだから彼らにとって最上の幸せとして刷り込まれています。殺すことも、殺されることも。
 ヘンデル撃破時まで倒しても復活する厄介な敵となります。当然ながら復活にはタイムラグがありますが。耐久力がちょっとある以外は並の性能です。

●終焉獣『命手繰るもの』×5
 手に糸巻きを持ち、糸巻きについたハンドルを手繰ることで周囲から命を奪い巻き取ることができる終焉獣。
 『糸巻き(神超単・【万能】【Mアタック(大)】、最終計算ダメージの数割分、最大HPから戦闘中のみ永続差し引き)』のみを連発してきます。
 また、選ばれし人を盾にしたり移動を駆使して距離を取ったりヒットアンドアウェイに徹したり、可能な限り安全裏に皆さんの命を削りにかかります。
 生かしておく時間が長いほど、HPや防技に自信があろうとなかろうとジリ貧になっていくこと請け合いです。頑張ってさっさと殺したいですね。

●白騎士×3
 バッファータイプの預言の騎士。ヒーラーも兼ねる。
 こいつらはマジでバフとヒールしかしないですが、それらの性能が高いので優先度は低いとはいえ無視しておくのも……な嫌らしさがあります。
 反撃はしてこないですが、腐っても預言の騎士。機動力と耐久は甘く見ないほうがいいでしょう。

●戦場
 殺し合う理想郷。
 どこか和やかな雰囲気を醸し出しつつ、根底にあるのは「許容しがたき自分以外の相手をひたすら殺し合うキリングフィールド」です。
 およそまともな人間が理解できる場所ではないので精神的に不安定になりがち。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

●Danger!
 当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

  • <神の王国>大鋏のヘンデルLv:40以上完了
  • GM名ふみの
  • 種別通常
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2023年12月20日 22時25分
  • 参加人数8/8人
  • 相談6日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ロジャーズ=L=ナイア(p3p000569)
不遜の魔王
スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)
天義の聖女
ルチア・アフラニア・水月(p3p006865)
鏡花の癒し
結月 沙耶(p3p009126)
少女融解
イズマ・トーティス(p3p009471)
青き鋼の音色
マリエッタ・エーレイン(p3p010534)
死血の魔女
火野・彩陽(p3p010663)
晶竜封殺
トール=アシェンプテル(p3p010816)
ココロズ・プリンス

リプレイ


「確かにその女もまた傲慢だろう、貴様に言わせればな。だが、貴様の方がよっぽど傲慢だ、ヘンデル!」
「それを身勝手な傲慢と断ずるのは、あまりにも人の心からはかけ離れている。結末だけを見れば悲惨だったとはいえ、その姿に感じ入った人もいたからこそ、聖者と崇敬されてきたのでしょうに。好きにはなれない考えよ、それは」
 『施しの君』と呼ばれた聖者がいる。
 真実を現実的観点に即して評価すれば、たしかにヘンデルの言葉にも一定の理があるのだろう。だが、『少女融解』結月 沙耶(p3p009126)はヘンデルの持ち主だった女の所業を一口に断じる物言いが我慢ならない。今まで築き上げてきたその憎まれ口含め、だ。『高貴な責務』ルチア・アフラニア(p3p006865)はヘンデルという遂行者と縁はないが、結果論でしかものを見ない即物的な価値観は相容れないと即座に理解し、それを無価値なものを見る目で睨めつけた。この場に居並ぶイレギュラーズがいずれも殺気立っているように感じるだけのヘイトを、この遂行者は買っている。
「……ヘンデル。やっぱお前嫌い」
「奇遇ですね。私もあなた達が嫌いですよ」
 『晶竜封殺』火野・彩陽(p3p010663)のいっそ清々しいまでの嫌悪を真正面から受け止め、ヘンデルの目には喜悦ともとれる色が浮かぶ。この男は敵意を受け入れている。敵意という昏い輝きでこそ己の美が磨かれるとでも思っているようにすら思える。わかっていても嫌わずにはいられない。それが、ヘンデルという敵だ。
「裁ち鋏だったのか、お前。……人間関係を裁ち切るってわけか。お陰でお前に感じていた薄っぺらさが腑に落ちた」
「貴方のその何もなさ、どこかある空虚さ。貴方も後悔の心があったからこそ、こうまで堕ちるまで苦しみ続けたのですね」
「其々、思い上がりが見え透いていますよ。ああ忌々しい。私の底を見たつもりになって、自分の心根が深いものと錯覚している。そういうタイプはいずれ現実に押しつぶされるでしょうよ」
「お前を葬り去ることで終わらせる。俺達はそういう縁だ」
「……勝って当然という態度こそが、底が浅いというのですよ」
 『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)と『死血の魔女』マリエッタ・エーレイン(p3p010534)は、ヘンデルとの交戦が少なからずある方だ。翻って、その精神性のようなものを理解しうる立場にあるといえる。だが、否、だからこそ、『分かった気になった』物言いが神経に障る。両者に濃く染み付いた、己では無き者の匂い。それは正確には匂いというよりも気配に近いが、そんなものを侍らせて「さあお前を理解してやったぞ」という物言いでもって自らが上に立っているという錯覚、自信とでもいうべきそれは即ち『縁持つ者』という証明。気に入るわけがない。だがそれは同時に、『縁』という餌をでかでかとぶら下げた挑発である、ともいえた。
「申し訳ない。如何やら私の方が傲慢だったな。貴様を路傍の石として扱ったのは悪かったとは思う。だが――如何にも、貴様には親近感を覚えて仕方がない」
「この期に及んで『親近感』! つくづく、神経の逆撫でがお上手でおられるようだ! ……いっそ粉々にその自尊心を打ち崩して引き裂いて、それで僅かばかりに気が晴れる程度には不愉快ですよ、あなた」
「――私の、この頁には、分厚い物語には。おそらく同族嫌悪の類が実っているのだ、貴様」
 『同一奇譚』ロジャーズ=L=ナイア(p3p000569)の言葉はいかにも演技じみているが、さりとて自分のなかにある芯を違えるつもりがないことは伝わってくる。それは傲慢さの顕れでもあるが、飽くなき好奇心が生み出した感情、その動きなのかもしれない。ヘンデルの言葉に棘が感じられるのは、翻って棘がある程度には相手を認識している、と考えれば多少は悪い兆候ではないのだろう。アプローチがなかなかに悪辣だが。
「ヘンデル、貴方は私にとって最高の悪役です。強敵である貴方を知り、追いかけ続けたおかげで私は強くなれた」
「あなた程にしつこい相手は『あの女』の時代でも見たことがありませんよ。それほどの情熱が……否、執念があれば……」
 『至高のシンデレラ』トール=アシェンプテル(p3p010816)の射抜くような視線は、間違いなく『ヘンデルを』見ていた。おそらくはトールにもまた背負うべき因縁や討つべき敵はいるのだろう。だが、今相対しているのはヘンデルだ。ヘンデルという敵を見ている。その態度を前にして、ヘンデルの口から漏れた言葉に僅かながらの自己憐憫が垣間見えたのは誤解ではあるまい。
「罰してほしいと言うのならお望み通り、悪役としての貴方の生に終止符を打つ!」
「分かり合えないなら、こんな世界にさせない為にもヘンデルさんを倒すしかないよね」
「――遂行者と分かり合う、分かり合えるというのは幻想ですよお嬢さん。仮にそう振る舞った者がいたなら、とんだ腑抜けだったのでしょう。……私は悪役(わたし)らしく、皆さんを地獄に落としてからあとを追いましょう。あの方が死なない限りは、私も死ぬ気はありませんがね」
 それはもしかしたら、自らに課した死亡宣告だったのかもしれない。
 もしくは生き残るための自己暗示だったのだろうか。
 肉体に埋め込まれた鉄球から其々の発光が放たれ、ヘンデルの身を包む。それが嘗ての『耐性』であるのなら、容易ならざる実力であることは理解に難くなく。それだけの力を手にしてなお、その立ち姿には哀れみを覚えるのはなんら誤解ではないと、一同は理解した。


 白騎士は広く陣形を広げつつ、付与術式を展開する。終焉獣達の薄気味悪さは言うまでもなく、ずらりと居並ぶ選ばれし人らの、顔もおぼろな不気味さは形のない影を殴りつけるような感覚を覚える。
 むしろそれは、きっとロジャーズの性質に近いものだというのに。
「邪魔させてもらうで。アンタらに何もさせんのが俺の仕事」
「何もさせないで、誰も欠けずに勝つ。息切れなんて怖くありません。無縁な言葉ですから」
 彩陽は白騎士の一体へ狙いを定め、攻勢を仕掛ける。可能なら全ての白騎士を一網打尽にしたいところだが、彼らはそう単純でもない。
 マリエッタの放った術式も同様、終焉獣を2体までは巻き込めたが、選ばれし人はいざしらず、ヘンデルや他の連中は巧みにその攻撃から逃れていた。
 それでも攻撃を受けた個体は確実に行動を鈍らせ、己の術すら満足に扱えなくなっている……滑り出しとしては順調だといえる。
「人の心は合理性で語れるものじゃない。だからこそ、感情で動かされた人々はこうも脆い。貴方は合理性のみでものを考えるからこの状況も好かないのでしょうね」
「愚かな領民を何人、何十人と釣り上げて懐に収める行為。それはそちらのお嬢さんが見せてくれましたか。雑魚を引き寄せるなら、それはそれは合理的なのでしょう……おっと? 嫌った合理性に引っ張られているようですが?」
 ルチアめがけて攻撃を加える選ばれし人達は、その攻撃が微塵も通じていないことに気付かず攻勢を強めている。物事を結果論と数字でしか見ないヘンデルの行いはルチアにとって許しがたいものだが、感情を糧にして戦力を操る、という意味では彼女も合理性の徒であることは変わりない。その目的と結果が大いに異なることは明らかで、ヘンデルの言葉が詭弁だと語るまでもないが、挑発という意味ではこの上ないそれだ。
「貴様この前リーベをボロクソに言っていたな。リーベは騎士と共に、自分が魔種であるのも意識しつつもあの人なりに苦しんで、それでも自分に関わってくれる者と共に生きてきた。切り捨てずに過去をしっかり反芻する、その姿勢は高く評価できるものではないのか?」
「殺し合いを楽しむような奴には、分からない道理だろうがな」
 沙耶とイズマは、ロジャーズとともにヘンデルの間合いに強引に割り込み、ありったけの攻撃を叩き込む。後先を無視した総火力は、並の魔種や能力でとどまる遂行者なら或いは厳しいものだったろう。
 だが、両者の視線はどこを見ているのだろうか? ヘンデルはそも、言葉を重ねる二人を見ていない。
「私は人の精神に、心に、土足で這入るのが趣味なのだ。いや、度々申し訳ない。如何やら貴様が私と同じく『もの』だと解った事だけが、素敵な収穫だったのだろう」
「あなたは誰かを指向しながら、その実――なるほど。同族嫌悪と」
 ロジャーズは間違いなくヘンデル目掛けて『吾を見よ』と訴えかけた。神経に刷り込むように。
 ヘンデルはその傲慢さに辟易しながら、解呪の一撃を叩き込んだ。割れたあとから浮き上がる魔力の流れは、何十回と見たそれだ。
 両者の攻撃は通じない。そもそも似たような能力なのだから当然か。それすらも楽しんでいるから、彼らは異常なのだ。

 手繰られた糸の束が太くなっていくのを見て、終焉獣は目を細めた。
 だが、相当に太くなってなお焦りや怯え、そして負の感情の一切が見えてこないロジャーズの姿は確実に、終焉獣にすらも動揺らしきものを与えていた――一般のイレギュラーズなら危険域であろうに、なお余裕すらある表情なのだから当然か。
「Nyahahahahahaha! 随分と頑張って手繰っているようだが、そろそろ糸巻きの方が追いつかないのではないか? そんなもので私に危機感を与えようなんて考えが浅はかだぞ、貴様ら!」
「あれだけ動きに制限を与えてもまだ的確に狙ってくることが脅威、なんですが……ロジャーズさんを前にするとそれも冗談じみてきますね」
「どっちを見ても悪い夢みたいやねぇ……こんなんが相手とか、ご愁傷様」
 高らかに笑いながら己の戦いに邁進するその姿は傍目に見てもやはり異常ではあるらしく、マリエッタと彩陽の表情は頼もしいものを見る目に混じって明らかな困惑が浮いていた。白騎士による補助があるうちならまだしも、それを失っても数十秒に亘りロジャーズを、そして一同を苦しめるその能力を前に怖気づくどころか勢いを増す仲間というのもなかなかどうして、度が過ぎると脅威に見えるものだ。誤解なきよう添えるなら、並のイレギュラーズであればすでに治癒を受けようと受けまいと命の危機を覚える領域まで領域に達している。彩陽らの戦術を早い段階で学習し、そもそも攻撃を受けぬよう立ち回りを徹底した老獪さ、ロジャーズや類似する戦術をヘンデルが『見すぎた』きらいは確かにあり、同一戦術が通用し続ける、と考えた奢りは間違いなくイレギュラーズ側にあった。
「結構、魔力の消費が激しい……かな……? 前に戦った時より、この人たちが強いのかも……」
「思った以上に押し込まれてるのは気の所為じゃない、のよね? それでも異常だけど」
 サポートや治癒を主軸としたスティアとルチアが選ばれ人を引き付け、治癒魔術を施し続けてなお小さい焦りが去来する程度には、賭けているものが明らかに強大なことが見て取れた。
 それでも危険域に足を突っ込む仲間がほぼゼロだったのは、それだけ彼女らの術式が優れていた証左になろうか。
 それでも――
「このような人が互いに殺し合うような世界が貴様の理想郷になったのも。貴様がいきなりその女の話を持ち出したのも。本当は貴様は状況を心配していたからではないのか? だったら私は反駁しよう、貴様はそれに対して忠告をすればよかった!」
「お前だけは倒さねば気が済まない。お前が切り刻んできた人々の繋がりがどれだけの重みを持つか、その身をもって知れ!」
「――そのような! この姿で相対したことで初めて出来るような事を『するべきだった』などと! 私に傷の一つも与えられないで徒に力を消耗するような、学習せず『正義は勝つ』と言い切れるその傲慢が! 私の写し鏡でなくなんだというのだ! この姿の私が『退化してくれる』などと、精神論を振りかざした時点で、あなた方に勝ちの目はない! なれば、最後に立つのは私だというのに!」
 埋め込まれた鉄球が、歪な三色の光を増す。当たれば勝てる、殴り続ければ消耗する。それは、付与術式を十分に解体しうる仲間がいて成立する論理だ。沙耶もイズマも、学習していたのではなかったのか? 決戦という状況に浮足だって、大事なものを見すぎた余り、ヘンデルから目をそらしてはいなかったか……? ならば彼らに、万一の勝利は存在し得ない。
(毛嫌いして見ようとしなかったことに後悔したんじゃないのか、私は? 一体こいつの何を見ようとしていた?)
(魔力が尽きる……?! ふざけるな、こいつの吠え面を拝む前にか? あの女性を虚仮にしたこの男を?)
 沙耶とイズマの脳裏には、かつてヘンデルが鼻で笑った女の悲しそうな表情がちらついた。彼女に従う騎士たちの顔も鮮明に思い出せた。その去来こそが、ヘンデルの最も許しがたい思考、『自分の肩越しに誰かを見る』ことだ。
 だから彼らは最初から、ヘンデルと戦う土俵に立てなかった。
 残念ながら、彼女らの雪辱は――
「その余裕たっぷりな表情、最初に遭った時そのままですね。成長なんて全くしていない、傲慢な貴方らしい」
「ならば」
「ええ、そのにやけ面を砕きにきました」
 トールとヘンデルの視線が遠間において工作する。ひび割れる音がする。
 今ここに、敗北の運命は反転する。


「この光は僕だけのものじゃない。お前も宿せたかもしれない光だ! その輝きを宿して消えろ! ヘンデルッ!!」
「私が切り捨てたものを、さも尊いかのように語るなッ!」
 トールの一撃が砕いた術式の隙間から、イズマや沙耶の猛攻が到達する。「この戦いで初めて」、到達した。その威力は一度ですべてを終わらせはしないが、さりとて無視はできなかった。
 状況をひっくり返された焦りだろうか? ヘンデルは裁ち鋏を手にAURORAの光を弾き、切り裂きにかかった。悲鳴にもにた甲高い金属音が響く。
「あいつ……! 最後の最後まで『あんなもの』を!」
 彩陽は次々と再生する選ばれし人を照準しつつ、トールの行動を確認して愕然とした。彼がもう少し早く、ヘンデルに指向していればきっと状況はもっと早く変わっていたのに、その役割を担えたのに。怒りのあまりに柔軟性を欠いた己に歯噛みする。だが今は、トールが見破った綻びを広げるのが役目だ。
 然るに彩陽の矢は、赤黒く光る鉄球に突き立った。弾かれつつも状況を穿つ一手に、明らかにヘンデルの表情が変わる。
「ねぇ、ヘンデル。一つだけ私は貴方を叱らないといけません」
「叱る? 叱るだと!?」
 マリエッタの、どこまでも穏やかな声はヘンデルの苛立ちを加速させた。追い詰めたはずの相手がしかし、表情一つ変えずに話しかけてくる。それは確かに不気味ですらあり、慈雨の如きぬくもりがあった。
「貴方はその傲慢を薄っぺらいと評しましたね…けれど、それでもあなたの行為に救われた人たちがいる。間違ったとしても、それだけは誇りなさい。貴方の心は確かに誰かを救う光であったのですから」
「そんな、ものに……救われるような者達があってたまるか! そんなものは最初からなかったのだ!」
「貴方がそう思いたいだけですよ、ヘンデル。悪役でいなければ、持ち主だった女性が無駄だと嘲らなければ、耐えられなかっただけです、貴方は」
 マリエッタの言葉に動揺を示したヘンデルに、トールの言葉が続けざまに突き刺さる。イレギュラーズの猛攻は勢いを増し、彼の反撃もまた然り……であるというのに、彼は追い詰められている。
 震える手がそれを証明している。ここにきて、消耗を度外視して攻撃を続けてきた二人のイレギュラーズの攻勢が実を結んだのだ。
 ヘンデルの膝から力が抜ける。倒れる。敗北の足音が、ゆっくりと迫る。トールが頭部に手をかけた。
「ヘンデル、お前に個人的な恨みはない。だけど――僕も"男"だ!やられたらやり返す!」
「…………馬鹿な」
 顔面に突き刺さる拳よりもなによりも、その事実がヘンデルの思考を打ち砕いた。
 触媒をもってしても代償は重かったのか、トールの拳から運命へと罅が入っていく。それでも死は未だ遠く、そしてこの歪んだ理想郷を打ち砕くには十分。
 トールは今、己を苛む運命を殴り飛ばしたのだ。

成否

成功

MVP

トール=アシェンプテル(p3p010816)
ココロズ・プリンス

状態異常

結月 沙耶(p3p009126)[重傷]
少女融解
イズマ・トーティス(p3p009471)[重傷]
青き鋼の音色
トール=アシェンプテル(p3p010816)[重傷]
ココロズ・プリンス

あとがき

 MVPがMVPである理由は唯一つ、「あなたがいなければ勝負になったかすら怪しい」からです。
 千日手になるか消耗戦になるか、その上で時間稼ぎをされて物凄い屈辱が待っているか……という感じで、委細リプレイでかなり書いたので省きますが、「ヘンデル以外に対しては完璧なメタだった」と思います。
 それを「ヘンデルに対するメタ」に押し上げたのは貴方です。誇ってください。この戦いを決めた最たる要素となりました。
 おめでとう。

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