PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<神の王国>グリーンフローズンシャングリラ

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●豊穣 鳥羽野村跡地へ
 あなたは道を急いでいた。帳が下りたと聞いた。ならばこれを打ち砕かねばならない。帳は、各地の情報やエネルギーを吸い上げ、神の国へ送る装置だ。その内側は神を名乗る冠位傲慢ルスト・シファーにより、滅びの運命で上書きされる。イレギュラーズの戦いを、努力を、足跡を、すべてなかったことにする。その暴虐を、その傲慢を、許してはならない。はびこらせてはならない。

●すこしまえ
「……EMA、EMAちゃん」
 女はうっすらと目を開けた。痛い。胸が痛い、気が狂いそうなほどの苦痛。呼吸ができない。喉の奥から熱いものがこみあげてきて、女は嘔吐した。真っ赤な血が口から溢れ出して、自分は死ぬのだと思った。……死にたくない。死にたくはない。それだけは嫌だ。女は紫の髪で、姿はエマ(p3p000257)にそっくりで、EMAと呼ばれている。EMAは致命者だ。冠位傲慢、ルスト・シファーと盟約を交わしたのが遂行者で、EMAはそのひとり、『銀の瞳の遂行者』アーノルドの配下だ。女は目の前の、泣き出しそうな銀の瞳を見上げた。マスターと呼んだつもりだったが、ひゅうひゅうと胸に空いた穴から音が漏れただけだった。自分の胸に空いた穴へ、アーノルドは手を置いている。あたたかな波動が響いて、癒やされているのだと気づいた。けれど穴の空いた袋へ水を入れるみたいに、癒やしはEMAの体をすり抜けていく。そして、アーノルドはEMAの隣りで横になっている褐色の肌の男の子へも、癒やしを施しているようだった。ふたり同時に、それも瀕死の状態を癒やしきるには、その道の達人でも難しい。アーノルドの行為は、ただいたずらに、死の瞬間を遅らせているに過ぎない。EMAは再び意識を失った。

●第二理想郷にて
「はっ!」
 EMAは跳ね起きた。胸に空いていたはずの穴がふさがっている。隣を見れば、天使みたいな褐色の肌の男の子が、不機嫌そうに髪をいじくり回していた。名前は、たしか、ユリックと言ったはずだ。EMAはおおげさに安堵の息をこぼした。
「助かったんです?」
「そんな感じ」
 声のしたほうを向くと、そこには彼女たちのマスター、アーノルドが疲れた顔で腰を下ろしていた。
 白い、空間だ。上下も左右も、ただただ白い。どこまでも広く、閉じていてひどく狭い。どこへでもいけそうで、そうではないのだと感じさせる。そんな所だった。
「なんで僕が来るまで待てなかったの。君らは、『選ばれし人』じゃなかったんだ。なのに、勝手に理想郷の力を使ったから、歪なことになった」
 あのまま死ぬところだったんだよ? と、アーノルドは続けた。EMAとユリックを助けるために、豊穣の鳥羽野村跡地へ急遽帳を落とし、そこから得たエネルギーで第二理想郷を作成、そこへふたりを「選ばれし人」として登録した。
「君らは失った心肺を理想郷システムで補填してる。代償として君らは、この理想郷で過ごすことになる」
「え」
 EMAはぽかんと口を開け、周りを見て、それからもう一度アーノルドを見た。
「このなんにもない空間で?」
「そうなるね」
「永遠に?」
「……そう、なるね」
「やだ!」
 先に叫んだのは、ユリックの方だった。
「嫌だよ! 嫌だ、絶対ヤダ! 兄さんがいないのに、生きてたって意味がない! 外へ行きたい! 本物の兄さんに会いたい!」
「わ、私だってやですよお! 永遠の退屈だなんて地獄のほうがマシじゃないですか! こんなところに閉じ込められるなんて、まっぴらごめんですよ!」
「兄さんを探させてよ! お願いマスター、なんでもするから!」
「外へ出れるならどんな犠牲払ってもいいですよ! やり直し! やり直しさせてください!」
「……君らさっきまで死にたくない助けてとしか言わなかったくせに、元気になったとたんわがまま放題かよ」
「それはそれ、これはこれ! しょーがないじゃないですか! あれもこれもってなるんですよ、生きてるなら!」
 虚を突かれたように、アーノルドが目を見開いた。
「いまなんて? EMAちゃん」
「え? それはそれ、これはこれって、えっと、えひ、えひひっ、すいません言い過ぎました」
「その後」
「いや、その、えひひっ、生きてるなら、その、生きてるから、えひひっ、あれもこれもってなるんじゃないかな~なんて」
 アーノルドは静かにまぶたを閉じ、何事か考えているようだった。
「そうだね……」
 膝を叩いて、彼は立ち上がった。なにか吹っ切ったようだった。
「方法がないわけじゃない。『選ばれし人』が外へ出るやり口。君らに僕の権能を分け与える。平気かな? ニンゲンやめることになってもダイジョブ?」
 ユリックが唇を突き出した。そうすると年相応の顔になる。
「そもそも僕たち人間じゃないし、兄さんに会いにいけるなら、化け物になろうと平気」
「そ、そうですよ、いまさら、何が来ようと怖くなんかないですからっ」
「選んだら、もう後戻りはできないよ?」
「べつにいい」
「かまいませんです」
 ユリックとEMAの顔をじゅんぐりに見回したアーノルドは、ま、いいか、とつぶやいて右手を掲げた。やがて白の果てから、分厚い書物が一冊落ちてきた。
「それは?」
 ユリックがめをしばたかせる。アーノルドは書を開いた。中はごっそり切り抜かれており、赤い、命だけが持つ光がのぞいた。
「僕のとっておき。『神霊の淵(ダイモーン・テホーム)』。魂の保管庫。不死身の証。これが神の国に隠されている限り、僕に負けはないけど……」
 遂行者は小さく笑った。
「ま、いいや」

●用意するもの
 ハツ
 もやし
 ごま油
 塩
 胡椒
 にんにく
 鶏ガラスープ

●もやしでかさまし満腹レシピ

 血抜きをしたハツを細切りにします。食べやすく火の通りが良くなるよう、なるべく均等に切ります。

「お鍋空いてますね。私、スープ作ります」
「どうしたのEMAちゃん?」
「パン、焼いてもいい?」
「ユリックまで」
「だってマスターのパンはいつも生焼けって感じで、僕はもっとカリカリのほうがいい」
「手際が悪くてイライラするんですよ、べつに助けてもらったお礼じゃないです」
「うん、まあいいさ、すきにしな」

 もやしは事前によく洗い、水気をしっかり切っておきます。

「そういえば、マスターは、なんで遂行者になったんですか?」
「そうだねえ、ひとり殺すか、三人死なせるかって状況になったら、EMAちゃんならどうする?」
「は? トロッコ問題ですか? いやですよ、私責任取りたくないから他の人に放り投げて全力で逃げます」
「ユリックは?」
「兄さんがいない方にする」
「ぶれないね、君」

 ハツの細切れに塩胡椒をします。好みでニンニクを入れてください。

「むかし。雪崩に巻き込まれて首をやっちゃってさあ、体が動かなくなったんだ」
「そこを助けてもらったんですか?」
「そう。代わりに村が潰れた」
「くわしく」
「うーん、あんまり思い出したくないけど。寝たきりだった頃はいつも悩んでたよ。俺が舌噛みちぎれば、父さんも母さんも弟も助かるのにって。でも家族がそれだけはしてくれるなって泣いて頼むから、しかたなく生きてた」
「弟がいたの?」
「そうだよユリック。俺には年の離れた弟がいた。頭が良くて自慢の弟。首都の大学に行く予定だったんだ。けどさあ、ある晩こう言われたんだ。『兄貴、俺大学諦めるよ、父さんも母さんももう若くないし、これからは俺が兄貴の面倒見るから』って」

 フライパンにごま油を引き、中火でハツへ火を通します。焼きめがついたら、いったん火からおろします。

「そのとき初めて魂の底から祈ったね。俺をまた歩けるようにしてくれって。祈って祈って祈って祈って、祈り続けていたら、使徒を名乗る男が来た。ふと気がつくと俺は二本の足で雪を踏みしめてた。村は潰れていた。比喩じゃなくて、文字通り。人も、家も、並木も、井戸も、なにもかもぺちゃんこで、ぐちゃぐちゃのへどろになってた」

 フライパンへもやしを入れ、強火で炒めます。水気が出てきたら鶏ガラスープを加えます。

「そいつはわらったんだ。歴史を正してやったと。奇跡には代償がいると。信じよ。死した人々は返ってくると。我々にはその力があると」
「で、信じたんです?」
「信じるしかないだろ? だって俺が祈ったのは……」

 最後にハツを入れて味をなじませたら、お皿に盛って、できあがり。

「悪魔だったんだから」

●豊穣 鳥羽野村跡地にて
 あなたが鳥羽野村跡地につくと、そこは既に帳の支配下だった。ひび割れた大地、乾ききった不毛は雑草すら寄せ付けない。空は暗く、どろりと濁っており、星も月もなかった。寒風があなたへ吹きつける。粉雪が舞っていた。
 あなたの瞳がその青年を見つけた。隣に立つのは致命者、EMAとユリック。どちらも、神こと冠位傲慢の尖兵だ。青年について、あなたは聞いたことがある。
 罪のない人々を異言語化しゼノグロシアンとして使役し、練達においては病院を襲撃し、ここ鳥羽野村を焼き払うよう言い、天義の修道女を狂わせて甚大な被害を出し、豊穣では魔種ですら支配下に置いた、唾棄すべき存在、『銀の瞳の遂行者』アーノルドだと。
「EMAちゃん、ユリック」
 アーノルドが長剣をかまえた。冷気がさらに激しくなり、あなたへまとわりつく。
「逃げな、イレギュラーズだ」
 あなたは敵の逃走を警戒し、必要があれば分かれて走り出すべく仲間とアイコンタクトを取った。ひときわ強い風が吹く。粉雪がさらさらと大地の上を滑っていく。だがEMAもユリックも動かなかった。
「……なんで逃げないのさ」
「えひっ、えひひっ、どう考えてもそのほうがいいって、頭じゃ理解してるんですけどぉ……」
 EMAが白い短剣を鞘から引き抜いた。
「わかったんですよ。あの女ぶっ殺さないと、世界のどこへ行っても、きっと私は、幸せになれないって」
 EMAの瞳が、エマ(p3p000257)を見据えた。
 志屍 瑠璃(p3p000416)はユリックと静かに視線を合わせた。
「お久しぶりですね。今日の物語は、うるわしい主従愛とでもいったところでしょうか?」
「ちがう」
 ユリックと呼ばれる天使のような男の子は、影の天使を呼び出しながら答えた。
「一人より三人のほうが、生き残る確率が上がる。そう考えた」
 そういうことにして。ユリックは吐き捨てた。

GMコメント

みどりです。アーノルドくんに引導を渡しましょう。

やること
1)敵戦力の全滅

●エネミー
『銀の瞳の遂行者』アーノルド
 今までやってきたツケは払おうね、アーノルドくん。死んでもらいましょう。
物神攻撃力・命中・EXAが高いファイター。権能をEMAとユリックへ分けてしまったので、不死身ではなくなりました。EMAとユリックへ命令をだすことができるようです。
はいがんばって 神遠単 HP回復・BS回復 【治癒】【命中+】【回避+】【付与】
させないよ 物近域 【ブレイク】【必殺】【識別】
しかたないなあ 神超貫 【万能】【識別】
静かにしてくれる? 物特レ 任意のレンジのPC全員へ【疫病】【封印】【識別】
 BS無効(EMAまたはユリック撃破時に解除)
 すべての攻撃に【氷像】が付与(EMAおよびユリック撃破時に解除)
非戦
 広域エネミースキャン(広域俯瞰+エネミースキャン)
 統率
 銭ゲバ

※【氷像】 特殊BS BS無効を無視 3T行動不可 BS回復で解除可能 殴るのはおすすめしません

EMA
 エマさんそっくりの致命者。やっぱり死んでもらいましょう。
反応極封殺型 アーノルドの命令を怒りよりも優先します。
封殺 物至単 封殺・反応大・自カ至・自カ近【瞬付】【自付】
痛いの嫌いです 神至単 物神無効【付与】
これだけは負けるもんか 反応特大【自付】【副】
非戦
 連鎖行動
 生存執着

『ユリック』
 どこかの少年そっくりな天使みたいな男の子。さくっと死んでもらいましょう。
神秘攻撃力に優れており、回避が高いです。アーノルドの命令を怒りよりも優先します。
兄さんならこうする 神遠単 AP回復・BS回復【治癒】
どいて 神遠域 【飛】【滂沱】【無常】【識別】
消えて 神中域 【飛】【ブレイク】【致命】【識別】
来て 影の天使3体召喚【副】
非戦
 飛行

影の天使 初期数10体
物or神至単
かばう

●戦場
 鳥羽野村跡地
 かつてはうつくしい村がありましたが、焼け落ちてもはや何もありません。
戦場効果1
アーノルドの冷気
 回避命中へ-15、反応に-40のペナルティを受ける。このペナルティは敵側は受けない。
戦場効果2
 ユリック生存時、ターン開始時に5体影の天使追加。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はAです。
 想定外の事態は絶対に起こりません。

  • <神の王国>グリーンフローズンシャングリラ完了
  • GM名赤白みどり
  • 種別EX
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2023年12月20日 22時07分
  • 参加人数10/10人
  • 相談6日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

(サポートPC5人)参加者一覧(10人)

エマ(p3p000257)
こそどろ
志屍 志(p3p000416)
密偵頭兼誓願伝達業
ロジャーズ=L=ナイア(p3p000569)
不遜の魔王
ベルナルド=ヴァレンティーノ(p3p002941)
アネモネの花束
一条 夢心地(p3p008344)
殿
鏡禍・A・水月(p3p008354)
鏡花の盾
シューヴェルト・シェヴァリエ(p3p008387)
天下無双の貴族騎士
ルーキス・ファウン(p3p008870)
蒼光双閃
マリカ・ハウ(p3p009233)
冥府への導き手
紅花 牡丹(p3p010983)
ガイアネモネ

リプレイ


『夜鏡』水月・鏡禍(p3p008354)は銀の瞳の青年をまじまじとながめた。
「うっわー、あのスケスケアオザイを着た遂行者じゃないですか、ちょっと仲間意識が……げほげほ」
 鏡禍もまた、漣へアルバイトへ行ったのだ。いやまさかまさか自分と奥さんが揃いの衣装になるなんて思わなかったけれど。なんだかんだいって、あの件は鏡禍のなか、大事な思い出となって残っている。
「こんな大真面目な時に言う話じゃないですね。何があったか走らないんですけど、ツケを払うっていうのなら払わせてやれるようにするべきでしょうかね」
 鏡禍は身の回りへ守護の力を張り巡らせた。
「縁の下の力持ちは得意分野ですよ。任せてください。皆さんのやりたいことを、やり抜いてくださいね」
 そのために僕はここへ来たのだから。
 笑みすら浮かべて、鏡禍はそう宣言した。それにしても、と鏡禍は持ち前の観察眼で戦場を見渡した。
(殺気が薄い……変だな。追い詰められているならもっとこう……何を考えている? アーノルド)
「鏡禍さんのいうとおり、同じお店で働いた仲ではありますが」
『遺言代行業』志屍 瑠璃(p3p000416)がコツコツと靴音を立てて進み出る。メガネを丸めた拳で拭うように持ち上げて直し、アーノルドへ視線をやる。
「それで過去の殺戮を許容できるはずもなく、仕事の対象を見逃すこともできません」
 人殺しを野放しにはできませんので。瑠璃はポケットの中から武器を取り出した。何度も対象を殺めてきた、それは瑠璃とて同じだ。だが瑠璃の場合は大義名分があり、彼女の中でその整理は済んでいる。
「事情も、理由も、思うところも、お互いにあるのでしょうが、たとえ幸福を奪われた側だったとしても、同時に、間違いなく奪う側でもあったのですから。私も、彼らも。」
 瑠璃の歩みがとまる。軸足を中心に半身になり、戦闘態勢。
「それでは、ケリをつけましょう。最後に立っているものが勝者。シンプルでしょう?」
 瑠璃の瞳が、眼鏡の奥で輝く。
 ひそやかに覚悟を決めるもの、ここにもうひとり。『活人剣』ルーキス・ファウン(p3p008870)。
(先日のコーダ村での出来事。そしてオルド村長の話を聞いて、アーノルドが遂行者となった理由と目的はおおよそ把握できたが……)
 コーダ村を襲った突然の悲劇。もう一度歩きたいと悪魔に願った青年。誰が悪いわけでもなく、おそらくは運が悪かったのだ。だとしてもその後のアーノルドの行動は目に余る。ルーキスは平常心を保った。戸惑いがないと言えば嘘になる。だが、ここで刃を鈍らせる訳にはいかないのだ。なぜ、どうして、どうすれば、などとは、戦いが終わった後に考えればいい。
 ルーキスは二刀をすらりと引き抜いた。相棒たちは今日も自分へ、頼もしい輝きを見せてくれている。日々の鍛錬の成果を、ここに。ルーキスは葛藤する心を押し込める。迷いを断ち切る。
「不愉快だ」
『同一奇譚』ロジャーズ=L=ナイア(p3p000569)は、彼女にしては珍しく言葉少なに言い切った。
「不快で、不可解で、じつに不機嫌だ私は。理解っているな、アーノルド。貴様の所為だ。万物の霊長じみた顔をしおって、貴様が只のくぐつなら、かいらいなら、私とて愉悦したままだった。よくもまあ……」
 三日月がぐしゃりと潰れる。
「私を、此処まで不快にさせたものだ」
 怒気を漂わせて、ロジャーズは痩身をそりかえらせた。濁った空には星辰などなく、ただただ暗雲が蛆虫のようにうごめいている。
『死霊術師』マリカ・ハウ(p3p009233)が小さな足で進み行き、ロジャーズの背後へ位置どった。
「黒いの、支援してあげる……ありがたくおもうことね」
「好きにしろ。私の狙いは奴だけだ」
「そう、奇遇ね。私もよ」
 マリカは一見粗末な、それでいて莫大な魔力が込められたフードを被り、顔を隠す。彼女の手には命を刈り取る大鎌がある。彼女を支えるのは、真に彼女と心通じ合わせた霊魂たちのみだ。それゆえにマリカは玉座を追放されたといえどいまだ女王であり、絢爛を身にまとう資格があった。玉座は、それ自体はただの椅子でしかない。崇める者がいてはじめて、女王になれる。いま彼女の周囲には、彼女を気遣う魂だけがある。なにがあろうとも、彼女の味方で居ることを選択した魂たちが。
『アネモネの花束』ベルナルド=ヴァレンティーノ(p3p002941)の手の中には、絵の具のチューブがあった。彼の師が調合した、特別製の絵の具だ。ベルナルドはふっと笑った。彼の頭が、回想を始める。
 冬も本格的になったからか、師匠の家の暖炉では薪が燃えていた。紅茶には多めの砂糖。それをふるまわれたベルナルドは、やわらかなソファに腰を落ち着け、師匠小昏泰助の顔を見上げた。
 ――しけたつらしてんなよ。
 師匠はそう言って自分もソファへぼすんと座った。あの一件以来、ベルナルドは師匠と親密に連絡を取っている。師匠の描いた絵は今回も大好評で、個展は成功をおさめたと聞いていた。
 ――悩み相談なんて珍しいじゃないか。
 そういう泰助へ、ベルナルドはとうとうと話した。
 ――そうか、アードルドだっけ? 水臭いな、俺というパトロンに黙って決死の戦いなんて。現場で直接ストレスを浴びたいところだが、流石に死ぬのは勘弁だ。
 そう言って泰助はこの絵の具をくれた。
「ああ、ままならねぇな」
 回想を終え、ベルナルドはつぶやいた。
「アーノルドにも、戦う理由があったんだ。どんな言葉をつのらせても、俺はアイツの辛さを、癒やしてやることはできない……」
 だが、とベルナルドは絵の具を握る。
「俺は画家だ。失われるものの生きた証を描いて遺すことができる……!」
「なーはっはっは。熱いのう。よきかなよきかな。その調子で、敵を蹴散らしてくれい」
『殿』一条 夢心地(p3p008344)が、師の名を冠した太刀を抜き放つ。二の太刀へも手を置き、じりと距離を詰める。
「覚悟を決めた相手は厄介よの。じゃがしかし『悪党ども』が息絶えるには絶好のロケーションよ。『らしい』散り方を連中に提供するのもまた、殿的存在の役割じゃからな」
 のうおぬしら。夢心地は鋭い目つきのまま口の端を引き上げた。
「死ぬつもりじゃろ? 誇りのために、矜持のために、恩のために、自分のために。精一杯を見せつけるつもりじゃろう?」
 EMAは黙っている。ユリックもだ。
「最初から勝ち目のない戦いを仕掛けるというのも、悲劇っぽくてらしいではないか。なにせ麿は殿であるから、百戦錬磨で常勝不敗じゃ。麿を敵に回した以上、明日の朝日は拝めぬと思え」
『先導者たらん』シューヴェルト・シェヴァリエ(p3p008387)は、黒衣のマントを手で払った。ばさりとマントがなびき、不穏な空気をかき乱す。
「遂行者も致命者も天使も、まとめてこの貴族騎士が引導を渡してやろう。その首を並べ、その心臓を穿ち、その戦う意志をくじこう」
 シューヴェルトが赤い刃を振り抜いた。眼を見張るような刀身には、長きにわたる怨恨が織り込まれている。
「君たちが何を考えていようと、この貴族騎士にとっては取るに足りないこと。恨むなら裏目、祟るなら祟れ、僕はそれを力に変えて、さらに上を目指して見せる!」
 シェヴァリエ家は、呪われた家系だ。ゆえにこそ、シューヴェルトはそういったものへの恐怖心が薄い。負の力を自らの支配下に置くのは、彼の基本戦法となりつつある。
「EMA……」
『こそどろ』エマ(p3p000257)は、同じ顔の女を前にして冷ややかな眼差しを送った。EMAが恨みがましげな顔になる。
「来ましたね、私のオリジナル」
「ええ、来てあげましたよ。私の偽物」
 エマは大きく息を吐いた。脱力した体の芯で、戦意を燃やす。
「私か、あなたかです。ここに立つのはどちらか一人……。もはや交わす言葉はありません」
「そうですね」
 緊張したおももちのEMAを見て、今日は笑わないのだなと、ぼんやりエマは思った。今日は笑えないのだなとも、ぼんやりと思った。相手は本気だ。この戦場で、勝ちに来ている。ならばたたきのめしてやるだけだ。わからせてやるだけだ。
『ガイアネモネ』紅花 牡丹(p3p010983)が、吹雪を真正面から受け止める。
「オレが速いか、EMAが速いか、賭けだ」
 吹雪いている。冷気が容赦なく牡丹を襲う。だが、勝算はあった。牡丹が考えに考え抜いた勝算が。
「負けること考えてちゃ勝てねえよ! そうだろ!? 先手はオレが、オレたちがとる! 安心しな、オレは守護神、オレこそが勝利の女神、でけぇ口たたいてなんぼよ、威勢よくいこうぜ!」
 牡丹が手を挙げる。それで十分だった。EMAが目を丸くする。自分を上回る速度で牡丹が来るなど、思いもよらなかったのだろう。牡丹は高らかに叫んだ。
「さあ、ついてこい、てめえら! でっぱつだあああああああああああ!」


 牡丹は味方を鼓舞すると、背を向けて逆方向へ走り出した。簡単に言うと、逃亡した。アーノルドはおもしろそうに牡丹を見ている。
「ああん? 文句あんのかあ!? はっ! アーノルド、自分の行い思い出してみろ! 半分くらいギャグだっただろ! てめえとの決着にはお似合いだぜ!」
 初手の速さに特化した彼女の動きは、もはや誰も追いつけないほどの高みにあった。ゆえに彼女の後退を阻止するものは何もなく、彼女は流れ星のように長い尾をひいて帳の中を走っていった。
(よしっ! 追撃なし! 初手だけでなく次の手番もオレたちのもんだ!)
 作戦はうまく行った。牡丹はそう思った。実際、そのとおりで、牡丹の連鎖行動はEMAをはるかに上回っていた。あとは自分が無事であれば良い。乾いた大地を踏みしめ、牡丹は駆ける。
「……お願い、来て」
 マリカは大鎌をだらりと手から垂らした。鎌の先端が土へ触れ、小さな穴があく。そこから吹き出した骨、骨、骨。バラバラの骨が空中で組み合わさり、錆びついた鎧を着たデュラハンへ変わる。亡霊の馬がいななく。空虚で、恐ろしげなこだまが空間を揺らす。
「……痛みをあげる。アーノルド。首なし騎士の突撃は、さすがのあなたでもかわしきれないでしょう?」
 大鎌で行き先を指し示したマリカは、召喚したゆえんを小さくささやく。主の声を受けたデュラハンが、鬼火とともにアーノルドへ向かっていく。アーノルドはそれをかわすことなく受けた。もとより、デュラハンの大剣から逃れるすべはないのだが。切り裂かれ、真っ赤な血が溢れ出すも、アーノルドは小さく頭を振っただけにすぎなかった。
 ぬっと、ロジャーズが闇の中より現れる。神聖であるべき後光が、その暴虐的な姿を照らし出す。にくにくしい黒と、血を思わせる赤が混じり合う姿を。
「――折角の機会だ、釘付けになれ。貴様の所業を、私は忘れてなどいない。よって貴様がこのような仕打ちを受けるのも、妥当と謂うものだ」
 どろり溶けた解けた、黒い肌。いびつな翼が現れ、言葉にすることもおぞましい姿へと変貌していく。三つ目が爛々と輝き、はらわたのような下肢からしたたる、血のようなリンパのようなへどのような粘液。
「私を『視る』のだ、貴様」
 それまで黙っていたアーノルドが、かすかに笑みを見せた。悲しげな、寂しげな。
 ベルナルドはその笑みを見て一瞬、手を止めた。だがすぐに空というキャンバスへ呪いの絵を描きあげていく。グレイをメインに、膨れ上がった奇妙な怪物を、鮮烈な赤や青を、ありえない位置への反射光に使う。殴りつけるように手を動かせば、怪物はさらに巨大になる。
「エンディングを飾ってやる。俺の手で、思いを込めて。たとえ生まれ落ちたそれだけがすでに罪だったとしても、俺は祝福する。ありとあらゆるいのちを。俺のキャンバスに、とどめおいてやる」
 描きあげると同時に怪物は崩壊し、数多の弾幕となって影の天使を泥に沈める。えぐるような筆さばきは、ベルナルドなりの優しさだ。せめて苦しまぬようにと。描いた術式へ祈りを込める。
(妙だな)
 かすかな違和感を、シューヴェルトは抱いていた。こちらが優勢、そのはずだ。盤面は計算通りに動いている。なのに不安だ。うまくいえないが、どこかで間違っている気がする。
「だが走り出した以上は、止まれない。天使を騙るものよ、地に堕ちろ!」
 銀閃、ひらめきて宙を舞う。シューヴェルトの動きは演舞のようにかろやかでいて、強烈だった。影の天使へ厄刀を突き立てた時、彼は違和感の源に気づいた。
(固い……想定以上だ)
 シューヴェルトの逡巡をよそに、ルーキスが躍り出る。どんなときも、師より受け継いだ基本は忘れてはいない。大きく両腕を開いたルーキスの全身が稲妻をまとう。青い火花が生じては爆ぜていく。一見すると無防備な姿は、戦いの波動を感じ取るためのもの。いついかなるときも彼に油断の二文字は存在しない。二刀をかまえ、踏み出しながら宙を切り裂く。発せられた衝撃波が閃光に変わって影の天使へ降り注ぐ。
「押し通るのみ! まずは雑魚から!」
 二刀を切り返し、さらなる追撃を放つ。黒い翼が破れ、引き裂かれていく。だがまだ影の天使は倒れない。
(……? どういうことですか?)
 さすがに瑠璃も気になってきた。天使に手をかけさせられてばかりで、肝心のユリックへ攻撃が通らない。冷めた瞳のまま、左右非対称な翼持つ子どもはこちらをみている。大きなからくりの中に、自分がいる。瑠璃はそう感じた。それは不穏な音を立ててきしみ動き出した。瑠璃は忍者刀から輝きを放つと、防御態勢を取った。
(くる……反撃が……!)
「ええい、めんどうですね!」
 鏡禍が両手を天へあげた。
「倒せないなら引き付けるまで! 熱き心は伝わりゆく! くすんだ燃えカスといえど、僕の叫びからは逃れられない!」
 赤く染まった鏡が鏡禍の頭上へ顕現した。それは割れ砕けて周囲へ撒き散らされる。かけらをくらった影の天使が、鏡禍のもとへ群がった。ユリックへと至る道があく。鏡禍はそれを見てにっと笑った。
「鏡禍さん、ありあとござますっ!」
「エマさん、お気をつけて! こいつらは僕にまかせてください!」
「ええ、頼りにしてますよ!」
 走るエマの影へ梅の花びらが飛び散る。ユリックとすれ違いざまに、エマはメッサーを振り抜いた。避けた男の子の腕を剣がかする。赤がにじむ傷跡を見て、エマは我が意を得たりと笑みをみせた。
「敵を蹴散らすのは、殿様の役目ですよ」
「いかにも」
 夢心地の背景へ梅の枝が広がり伸びていく。つぼみがふくらみ、ひそやかな花が咲いた時、満を持して夢心地はユリックの首を狙った。ざっくりと開いた傷跡、けれど、男の子は、変わらず冷めた目をしている。血の噴き出る首の付根を抑え、青い瞳が遂行者をうつす。
「マスター、命令を」
 夢心地が眉を跳ね上げた。短い息を吐く。
「ほう、なんと、麿の一撃を、耐えしのいだとな?」
 夢心地がすっと目を細めた。猫科の猛獣のように。ユリックはそしらぬ顔で、遂行者を呼び続けた。
「マスター」
 アーノルドが小さくうなずいた。
「ユリック、君は僕を回復して不調を取り除いて、影の天使へは自分を守らせる。EMAちゃんもユリックをかばう。以降、そう動いてね」
「了解」
「わかりました」
 ユリックからの支援で怒りを解かれ、アーノルドはゆうゆうと銀の長剣をかまえた。
「……そうか。そういうことか」
 シューヴェルトがうなっている。
「え、え? どういうことなんです?」
 エマの問いかけに、シューヴェルトは舌打ちしながら答える。
「違ったんだ。やつらは最初から、戦力を分散させることを目的としていたんだ」
 エマが面食らうなか、シューヴェルトは続けた。
「EMAもユリックも、アーノルドから権能を分け与えられた。ニンゲンをやめるほどに、選んだらもう戻れないほどに。その分強化されている。僕たちが狙うべきだったのは、有象無象の影の天使なんかじゃない。それを操る、ユリック自身だったんだ」
 銀の瞳が愉快そうに歪む。
「ばれちゃった」
 まあ、普通に考えればそう動くのもせんかたないよね、とアーノルドがつぶやく。
「君らが先に動くってことは、僕らは、防御もなにもできないってことだよ? 初手で明暗を分けるつもりなら、雑魚なんかほっといて集中攻撃すればよかったんだ。そうしたらユリックは落とせたし、君らの思い描いた通りの戦況になった」
 けど。アーノルドがユリックを癒やし、長剣をかまえる。
「もう遅い。戦力は分散した。君らは初撃にすべてを賭けすぎた。守りは固まったし、僕は動ける」
 アーノルドが銀の長剣を振り抜いた。猛吹雪が起こる。視界がホワイトアウトする。次から次へと、味方は氷像となっていった。まず氷像を回復できるベルナルドが狙われた。そして強い火力を持つ仲間から狙い撃ちにされていき、吹雪が止んだ時、残ったのは半数以下だった。
「で、さ」
 アーノルドは長剣を肩へ担いだ。
「誰から叩き割ろうか?」


「そういうからくりだったのですね」
 氷像ばかりが立ち並ぶ戦場へ、歌うような声が紡がれた。
「けれど英雄たちの歩みをここで止めるわけにはいきません。冠位傲慢との戦いは、この戦場だけではないのですから」
『奏でる言の葉』柊木 涼花(p3p010038)が光をまとって立っていた。
「心地よき音色は晴天の賜物、いかに天が遠けれども、わたしはくじけない。思いがきらめいて祈りは空へとつながる、歌よ、響け――!」
 氷像が解けていく。息が楽になる。
「縁はあんまりないけど、頑張ってはった人らがおるのは知ってるから。ここでおしまい、ざーんねん、ってのは、わりと腹立つな」
『晶竜封殺』火野・彩陽(p3p010663)もまた、号令をかけていく。
「せやからその背を押しに来た。強い敵に集中しなはれ、頑張ってな!」
「『ユリック』!」
『鋼の咆哮』ヴァトー・スコルツェニー(p3p004924)が宣言する。
「俺たちは居場所を奪い合う関係。どちらかが淘汰されるまで戦うしかない。それでも……」
 ユリックへおどりかかったヴァトーが、拳で殴りつける。心臓の位置を、以前狙った位置を。
「君に想いが通じてうれしかった。必ず君を兄の元へ送ろう。この戦場で!」
 顔をしかめるユリック。この程度で彼は倒れない。ヴァトーは理解していた。それでも、思いの丈は伝えたかった。
「アーノルド!」
『『心臓』の親とは』冬越 弾正(p3p007105)はがなりたてる。
「貴様と楽しい思い出があったことは事実。……しかし、出会った時にこうも言ったはずだ!」
 ぼろぼろの天使を狙い撃ちにする彼の音波は、確実にとどめをさしていく。
「誰かの一生を奪う責任を、軽んじてはならないと。俺は貴様の命を奪い、背負う覚悟を決めたぞ。今こそイーゼラー様の御下に送ってやろう!」
「やあ、アーノルドさん」
 号令をかけ終え、戦況をたてなおした『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)は、ほんのりと笑った。
「おしまいだし、会いに来たよ。最後の花火みたいな人生は楽しかったか? 悪くない人生の一頁に俺たちの存在があったなら、嬉しく思うよ」
 参ったな。誤算だ。アーノルドは渋面を作った。
「甘く見ていたよ、絆の力ってやつを、君らが絶対無敵な理由をさ!」
 

 降り注ぐ。影の天使のキャパシティを超えた攻撃が。こんどこそ天使たちは散っていく。それはユリックを守る盾がなくなるということであり、イレギュラーズの攻撃が通るということだ。
「もう一度だ」
 牡丹は瞳に決意を燃やした。
「もう一度やってやろうぜ! オレらの本気を、叩きつけてやろうぜ!」
「くっ!」
 ユリックが羽を撒き散らした。影の天使が追加される。だがもはやデコイでしかないそれにひっかかるイレギュラーズではない。まっすぐに、まっしぐらに、ユリックを狙い撃つ。
「進んでください! 影の天使がかばいに入っても、僕がそれを足止めしてみせます!」
 仁王立ちした鏡禍が熱い息吹を戦場へ流し込んだ。ちらばっていた影の天使が、鏡禍のもとへと集まる。次々とくりだされる攻撃を、鏡禍ははたき落とし、かちあげ、突き飛ばす。
「僕に夢中になってくださるのはうれしいですね、となりのあなたも、焔を味わってみませんか?」
 ごうと熱風が吹く。戦場において、この穏やかであるはずの怪異は王者となる。戦況をコントロールし、身を挺して仲間を守る。王の中の王だ。愛くるしさすら感じる横顔が、今は砦のごとく頼もしい。
「ユリック、君にかける言葉を、俺はもたない。だがそれは、君へ敬意を払わないということにはならない」
 至近距離へ殴り込んだルーキスが、ぐるんとターンした。遠心力を乗せた一撃がユリックの体へ刻まれる。刃は、無体に扱えば簡単に折れる。だがルーキスに限ってそれはない。砕の技を熟知したルーキスだからこそ、力の乗せ方をよく心得ている。二刀が刻んだ傷跡を踏み台に、ルーキスは空へ駆け上がった。ユリックの体を踏みつけて宙へ飛んだルーキスは回転して踵落としを決める。
「さらばだ、君は強敵だった!」
「どうかこれが最後でありますように」
 瑠璃が近づく。闇の帳をまとい、影を縫って。足音は欺瞞の証。彼女の力量ならば、物音を操作することくらい造作もない。たしかにそこへいたはずと、不意を討たれたユリックが息を呑む。
「もはや、どうしようもないことばかりで。思いを巡らせど無駄になる一方で。それでも、ええ、あなたという物語があったことは、覚えておきましょうか」
 明日には忘れているかもしれないけれど。
 瑠璃の忍者刀が、ユリックの背を切り裂く。真っ赤なしぶきがひろがっていく。
「けはっ」
 血反吐を吐いたユリックに向けて、夢心地が音もなく近寄っていく。
「逃げの一手を打たれたほうが面倒極まりなかった。じゃがそうしなかった決意と矜持は見事。その意気に免じて、この一条夢心地の手で屠ってやろう童よ」
 夢心地が得物をひらめかせる。血しぶきが花開いていく。
「地獄で自慢話にするがよいぞ」
 もはや浮遊することすらかなわず、ユリックは地へ落ちた。
「にいさ、ダリューンにいさん……に、さん」
 それがユリックの最後の言葉だった。


 動かなくなったユリックをながめ、アーノルドは痛みをこらえるかのように口を引き結んだ。
「守りの要がいなくなりました、マスター、命令を!」
「EMAちゃん……」
 次の手は、と口を開きかけたところで、突然視界が広がった。憂鬱な暗色でいろどられてばかりだった鳥羽野村が姿を変える。黄金の稲穂でいろどられた田、涼やかな水音を立てる小川。笑いあいながら帰路に就く村人たち。かつてあった鳥羽野村そのものだった。
 一瞬目を奪われるアーノルド、それで十分だった。命令はくだされず、EMAの動きに隙ができた。
「残念だが君には地をはいつくばってもらう。蒼脚・堕天!」
 シューヴェルトがEMAの脳天を狙った。厄刀をすんでのところで回避し、EMAが姿勢を崩す。
「マスター!? マスター、なにやってんですかー!? マスター!?」
「応戦して」
「わかってますよ!」
 避けきれなかった厄刀が、EMAを傷つける。
「いったあ! やめてくださいよ、私なんか相手にしてもいいことないですよ!」
「そうはいかない。君はアーノルドの権能の一部を担っている。よって君には倒れてもらう」
 シューヴェルトが厄刀を振り上げる。すさまじい削りあいになった。EMAにはカウンター封殺があり、アーノルドからは回復支援を受けている。EMAへ攻撃を集中してもアーノルドが回復してしまう。だが、その連携にも陰りが出始めた。治しきれない傷跡が、EMAのからだへいくつもついていく。
 満身創痍になったEMAの前に、エマが立つ。
「ほんと、ろくなことしないですよね、あなた」
 下から睨みつけられても、エマは一顧だにしない。
「でも逃げなかったことだけは認めてあげます。あなたに逃げられていたら、アーノルドの力を削ることもできなかったし、こうして面と向かって勝負することもなかった」
 幸せになりたい。結局、EMAの願望はそれだけだったのだろう。怯えず、怖れず、憂いなく、日々を過ごしていたい。きっとそれだけだったのだ。だがそれを手にすることの、なんと難しいことか。エマだってほんとはそのくらいの幸せはほしい。けれど、彼女は戦いへ身を投じる。友達ができたから。ひとりではけして手に入らないぬくもりを知ったから。それは小さくて大きな、決定的な偽物と本物の違いだった。
「では偽物さん、私の顔、返してくださいね」
 EMAの額へ、メッサーが突き刺さった。血泡を吐きながらもんどりうったEMAは、倒れ伏して小さく痙攣した。
「ここ、まで、かあ……もうちょっといけると、おもったんだけど、なあ……」
 かすかな断末魔をこぼして、EMAは目を閉じた。
 

「ユリック、EMAちゃん」
 アーノルドがマントを外した。白い外套を上からかけられ、ふたりの屍が見えなくなる。雪に覆われたように。
「よく働いてくれたね。おやすみ、いい夢を」
 寝かしつけるように死体の胸をポンポンたたき、アーノルドは立ち上がった。
「アーノルド! よくもこんなややこしい状況に私を巻き込んでくれましたね……地味に恨みますよ!」
 勢いづいたエマがメッサーをアーノルドへ向ける。アーノルドのほうは、だるそうに銀の長剣をかまえた。
「部下は死亡、君にはもはや何の権能もない。あとは君の首を取るだけ。さらばだ」
 貴族騎士シューヴェルトは呪われた刀を正眼に持っていく。緊張した空気がはりつめていく。
「おふたりとも全力でどうぞ。僕が必ず守ってのけます」
 鏡禍もまた勇気を奮い起こした。
「誰一人倒させません、役目を果たすまでは」
 そしてすぐに味方をかばえるよう位置取る。彼こそは守りの楔であり、彼あってこそ、この戦場における重傷は避けられたといえよう。
 瑠璃が走り出した。陰へ隠れ、ひそやかに。アーノルドへ一撃を加え、走り去る。ぱっと血潮が躍った。
 腰を落とし、迎撃態勢のままにじりよっていたルーキスが、動きを止めた。
「不死身を手放し、権能を手放し、アーノルド、おまえ、もしや……」
「武器を下ろしてよいぞ」
 夢心地が自分の刀を振って血糊を落とすと、愛刀を鞘へ納めた。
「もはやそのものに戦う意思はないゆえな」
「ばれちゃったか」
 遂行者は小さく笑った。長い長剣を鞘へ戻し、受けた傷からあふれる血をそのままにしてイレギュラーズの前に立つ。白の制服が、血で汚れていく。
「なあ、おい」
 戦線へ復帰した牡丹は問いかけるように声を荒げた。
「てめえらみんな、ずいぶん必死だったじゃねえか。何のためだ? 誰のためだ? 欲しいとか取り返したいとか思ってたものとは違う、今のてめえだからこそ護りたいものがあるんじゃねえのか?」
「なくなったよ、たったいま」
 アーノルドの視線が、EMAとユリックの屍の上を走る。
「……ノーカンになると思ってたんだよ。ぜんぶ。死なせたのも、殺したのも、なにもかも。理想郷へたどり着けば、すべてなかったことになるって、信じていたんだ」
 けど、とアーノルドがため息をこぼした。
「結局理想郷なんて、死体が歌い踊るまやかしでしかなくて。都合のいい夢を見るための装置でしかなかった」
 死なせたことも、殺したことも、ノーカンにはならなかったね。
「だったらせめて僕は報いを受けるべきだ。そうだろ?」
「アーノルド、アンタに見せてやりたいものがある」
 ベルナルドが前へ出た。
「さっき見せた在りし日の鳥羽野村の絵は、俺の師匠が調合した絵の具を使ったんだ。個展に間に合わせてくれたお礼に、最高のタイミングで目を奪って、寂しい心を彩って……」
 ひとつでも。嗚咽をかみ殺したベルナルドは、涙のにじむ目元を乱雑に拭いた。
「一つでも多くきれいなものを見せてやりたい。生まれてきて、出会ってよかったと、おまえにも思ってほしいから」
「あのね」
 あきれたように、アーノルドはベルナルドを見た。
「僕は私利私欲のために村の人々を犠牲にして、遂行者になってからもたくさん殺してきたんだよ? そんな僕が、思ってはいけないだろ、考えてはいけないだろ?」
 明日が来るのが楽しみだなんて。
「ああ、たしかに、バンヤロンはおいしかったし、あのへんなストレスフェチのお師匠とやらだって、いうほど嫌いじゃなかったよ。でも僕は遂行者で、君らの敵なんだ」
「……アーノルド」
 ベルナルドのうしろから、か細い声が響いた。しずかに、おごそかに、マリカが歩み寄ってくる。
「あなたをドゥアト(冥府)へ送る。アアル(楽園)にはいけないだろうけど、あなたのイブ(心臓)が少しでもマアトの羽根の軽さに近づくよう、祈るわ。証言台に立つのは……あなたのお父さんよ」
 マリカの輪郭がにじみ、白い靄があふれて壮年の男を形作る。銀の瞳に悲しみをたたえた男だった。
「私から贈る、冥途の土産。彼はきっとあなたの味方をしてくれる。この手を取りなさい、アーノルド。私があなたをドゥアトへ送る、かならず送るから」
 さしだされた白魚のようなマリカの手、けれど、アーノルドは首を振った。
「……気持ちはうれしいよ。だけど、僕は救われるわけにはいかない。今までしてきたことを思えば、僕は冥府へ行くことすら許されない」
 アーノルドからは、血が滴り続けている。それは彼の命の終わりが近いことを示していた。
「神が駄々をこねて僕の声を消した。でもたしかに俺は君を呼んだんだ、ロジャーズ=ラヴクラフト=ナイア」
 ずるずると、ぐちゃぐちゃと、はらわたをひきずり、その無貌は姿を現した。アーノルドはひざまずく、貴人へするように。悪臭をただよわせ、にくにくしい異形のまま、ロジャーズはアーノルドへ近づき、その頭をわしづかみにした。
「握りつぶせ、君にはその権利がある」
 風が吹いた。冷気をかきまぜ、粉雪をおどらせて、風が吹き抜けていく。
「……何で在れ、血肉は人間だったのだ」
 陰鬱な声が三日月から漏れる。
「確かに、神の類だと悪鬼の類だと、様々に綴られては異たが、私は私ほどに人間らしい人間を見た事がない」
 ゆっくりと、巨大に広がるばかりだった輪郭が収束していく。月の光を浴びたアンテナが錆びるように、細く細くなっていく。
「この際だ。自称しておく。脳髄も目玉も舌も、歯も無かった。貴様の所為で全てが生じたのだ、アーノルド!」
 そこに存在したのは、言葉に詰まる異形ではなく、長い銀髪を引きずる、素足の少女だった。ひどく不機嫌そうに顔をゆがめたまま、少女は口を開いた。
「貴様……ひどく無茶苦茶にしてくれた。ひどく支離滅裂にしてくれた! 混沌とし、渾沌としていた私を、よくも人間にしてくれたな、貴様!」
 アーノルドへ平手打ちをいれると、少女は襟首をつかみ、至近距離からにらみつけた。
「キャンディを寄越せ。其れで手打ちにしてやる。手を打ってやる。叩いて囃し立ててやる。もう一度私を、甘く眩ませてみろ、其れすら出来ないと謂うのならば、貴様は糞ほどの価値も無い」
 アーノルドは微笑んで、自分の胸をおさえた。少女がそこへ拳を叩きつける。えぐりとった赤いものを天へと掲げる。どうと倒れたアーノルドはすでに息をしていなかった。
「待って」
 少女の喉元へ、大鎌が突きつけられる。
「アーノルドのバー(魂)は、ドゥアトへ連れていくわ。黒いの、おまえにはやらない」
 少女は振り返ると、血まみれのそれを口へ放り込んだ。
「知ったことか。私は私の遣りたい様に遣る。其れに、キャンディは、食らうものだろう?」


 ぼりぼりと嚙み砕くうちに、帳が晴れていく。けれども冷気は去らず、少女を守るように集まっていく。氷雪を従え、少女は、ロジャーズと呼ばれていた何者かは、喉を鳴らしてそれを飲み込んだ。

成否

成功

MVP

シューヴェルト・シェヴァリエ(p3p008387)
天下無双の貴族騎士

状態異常

なし

あとがき

おつかれさまでしたー!

3人とも撃破、成功です。

またのご利用をお待ちしております。

PAGETOPPAGEBOTTOM