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シナリオ詳細

<尺には尺を>ヘンデルという無機物

完了

参加者 : 8 人

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オープニング


 その男の姿は、無様というほかなかった。姿かたちを見れば『遂行者』であることは明らかだが、さりとて表情の険しさ、余裕の乏しい呼吸などはいかにも追い詰められた者のそれである。男の名はヘンデル。幾度かローレット・イレギュラーズの前に姿を表し、悪辣な思索と行為を隠すことなく行い続けてきた者である。
「私が……、神のご意思に沿うことなく、おめおめと逃げ回り、這いずることしか出来ないなど……あって、たまるか……受け入れて、たまるか……!」
 そんなヘンデルが今、己の身を抑えて苦悶を隠さず呻いている。荒い吐息から余裕が幾許もないことが窺えるが、さりとてその所作すらも演技染みていることは、彼を知る者なら察すことが出来ようか。
 この状況で異様な点があるとすれば、彼の周囲に常に浮遊する鉄球がないということ。三色の光を宿すそれは彼の余裕の象徴とも言え、今までイレギュラーズがヘンデルを容易に倒し得なかったことの裏付けのひとつでもある。とはいえ、イレギュラーズ側の強烈な実力者の存在で千日手となりうる状況だったのもあろうが。
「それもこれも、役立たず共が……理解できぬ愚図共が……何しろ悪い……!」
 彼の言葉に応じるように、鉛が落ちたような曇り空が辺り一帯を覆う。楽しそうに会話していた恋人たちや家族は、満面の笑顔をそのままに手元のカトラリーを掴み、ティーカップを叩き割った破片を持ち、互いに襲いかかった。
 楽しそうに、殺し合う。何も理解できぬ病魔だとか、家族を何とも思わぬ犯罪者に殺されるくらいならもういっそ愛する者の手にかかりたい、手にかけたい……そんな歪んだ幸福像がそこにはあった。
 殺し合いの影で、ヘンデルの肉体、そのシルエットにおもむろに突起が生まれ、肉体から吐き出されるように三つ、影が落ちた。
「これ以上、神の御前で無様を晒すくらいなら……私自信が惨めを晒すくらい、なにほどの苦でもない……!」
 ――ヘンデルには取り立てて重い背景や悲しい過去などという概念はない。
 聖女ルルのような本質や、薬師リーベのような非業の末の思考の変遷のようなものを経ていない。なぜなら『自分』がないからだ。
 コレはそういう悪意を持った者が生み出したモノでしかなく、絆が深いほど、積み重ねが長いほどにそれらを一瞬でぶち壊しにすることを男女の交わり以上の快楽だと刻み込まれた存在なのだ。
 先程までの感情的な姿が嘘だったかのように呼吸を整え、立ち上がった彼の口元には笑みが刻まれている。
 ここで、イレギュラーズを一人でも多く足止めする。もしくは命を奪う。対話? 馬鹿馬鹿しい。殺すだけの相手に、何の話があるというのだ。


「なるほど、これが奴の『理想郷』というわけか。陳腐な物語を見せられた気分だ」
「悪趣味な奴らしい悪辣な情景だ。調べるまでもなくろくでなしだと分かって有り難い限りだがな!」
 ロジャーズ=L=ナイア(p3p000569)は人々が傷つけ合う庭園の情景に、退屈そうに口元を揺らした。笑いながら殺し合うなど、今ひとつ面白みに欠ける空間だ。記憶に残す価値もないと思えた。結月 沙耶(p3p009126)はその情景を生み出した者の正体を即座に悟り、唾棄すべき悪趣味に嘆息した。分かり易いことこの上ない。
 イレギュラーズたちの不快げな声を聞き咎めたのか、幸せそうに殺し合っていた人々の視線が一斉に一同に突き刺さる。相手の出方を慎重に探ろうと視線を巡らせるマリエッタ・エーレイン(p3p010534)とは別に、もう一人の『標的』は堂々と歩み出、叫んだ。
「この状況を嘲笑って隠れているつもりですか、ヘンデル! もう逃げ場などありませんよ!」
「どこの羽虫が音を立てているのかと耳を傾けてみれば、先日顔を潰してやった灰色の君ですか。しぶとくて仕様がない」
 トール=アシェンプテル(p3p010816)の声に応じるように姿を見せた遂行者は、余裕たっぷりな表情をそのままに、しかし激しい敵意がその身に渦巻いていた。周囲に浮く鉄球から発せられる光の色は先日の戦闘に比べ色濃くなっており、籠められた力がより強まっているのを感じる……そこでマリエッタは違和感を覚えた。
「飽くまで感覚の話ですが……あの鉄球とヘンデルに『同じもの』を感じる……ような……?」
 半信半疑といった趣の彼女の言葉は、しかし飛来した魔術の一閃により断ち切られた。
 数体の白騎士、そして多数の影の天使。天使達は、その姿を見るに攻撃特化型の趣が強いか。
「あまり、あなた達とお喋りをしていられるほど余裕もありませんので。ここで死んでいただければ助かります」
 ヘンデルは飽くまで無機的に、告げた。

GMコメント

 底が浅くバックボーンとかいうやつが薄い(と思われる)ヘンデルの色々を回収する時間となりましたが、こいつが仲良くするわけないじゃん?

●成功条件
1.『選ばれし人』『遂行者ヘンデル』を除く総戦力の八割の無力化
2.1を達成以後、『選ばれし人』の稼働数が半数以下に追い込む
3.(努力目標)ヘンデルを複数回『倒し』、その本来の姿をさらけ出す(達成を目指さなくても既にHARD相当です)

●失敗条件
・1達成段階で2が達成されておらず、半数が戦闘不能
・他条件未達時に3を満たした場合、3~5ターン後に自動失敗

●遂行者ヘンデル
 腰までの銀髪を束ねた鴉羽根のスカイウェザー(らしき見た目)。男性。
 周囲に『グレイ・ソーン』と呼ばれる術式の刻まれた鉄球が浮遊しており、それぞれ『強力な物理耐性』(赤)『強力な神秘耐性』(青)『高い機動・回避能力』(黒)を有し、それらを常時(毎ターン繰り返し)付与という形でヘンデルを護衛しています。鉄球自体にも個々の特性が付加されているため、闇雲に範囲攻撃を叩き込んでも打開は難しいでしょう。
(特性について『極めて強い誤解』が散見されます。「基礎能力の高いヘンデルに鉄球が付与を行う」のであって、「鉄球そのものへの付与は成されていない」です。今回は白騎士がいますのでその限りではありませんが)
 一定のダメージを受けると数ターン鉄球が動作停止を起こし、ブレイク後の再付与が滞ります。破壊可否については不明。
 本人の行動は低威力・広範囲系の【スプラッシュ(大)】【必殺】の攻撃による回避の減衰狙い、または治癒系統を広く扱えます。
 また、過去の戦闘で以下2つが判明しています。
・プループラ・インテリトゥス(物近単【ブレイク】【ダメージ大】等、赤、青の効果1ターン消失)
・『三惨呪仇』(トリ・カー・ナーン)(神至単:【Mアタック(大)】【スプラッシュ(大)】【呪殺】【無策】、1~2ターン、全ての鉄球効果消失)
 また、鉄球の特性消失中はヘンデルが鉄球を得物に用いることで高威力の攻撃が飛んできます。
 ……が、『鉄球の(本人によらない)行動停止』はぶっちゃけシナリオ内ではともかく長期的には効いている節があります。
 『理想郷』の効果により倒されても数ターンで復活しますが、流石に何度も倒れた場合は『真の姿(不可逆)』へと変化することとなるでしょう。

●『選ばれし人』✕15
 『理想郷』に棲まう人々。ですが、ヘンデルの理想郷にいるだけあって歪んだ性質を持つ人々ばかりです。主に愛する人を殺したいと思うような。
 彼等は一般人よりはそこそこ強度が高く、簡単に一掃することは難しいでしょう。
 更に、倒したとしても3ターン程度でリポップします。なので、常に殲滅を狙うのは効率が良くないと言えるでしょう。

●白騎士✕3
 預言の騎士の中でもバッファー特化タイプであり、「影の天使>ヘンデルの鉄球>選ばれし人」ぐらいの優先順位でバフをかけてきます。
 本人達の実力も高めにチューンされていますが、積極的に攻撃を行うことは少ないようです。
 なお、その鎧は神秘攻撃減衰の効果を持つ為特に注意が必要です。

●影の天使✕10
 攻撃特化(物神特化が半々ずつ)に絞った天使達。
 低空飛行により飛び回り、遠近併用で襲いかかってきます。
 相互に視界を共有しており、『選ばれし人』に妨害された個人への集中攻撃や攻めの分散、ヘンデルへの張り付きを【飛】で妨害するなど、
 いやらしい戦法は一揃いやってくるとみなして行動してください。耐久も低くはない部類なので、ナメてかかると確実に遅れを取ります。

●戦場
 『理想郷』内部。常に薄っすらと呼び声を受けているような不快感が漂っており、更に「互いに傷つけあった選ばれし人」を見ることで精神的に不安定な状態になりがちです。
 2~3ターンに一度、【混乱系列】の付与判定が入ります。また、戦場効果によりヘンデルと選ばれし人は擬似的に不死となっています。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

  • <尺には尺を>ヘンデルという無機物Lv:40以上完了
  • GM名ふみの
  • 種別通常
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2023年12月01日 23時20分
  • 参加人数8/8人
  • 相談5日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ロジャーズ=L=ナイア(p3p000569)
不遜の魔王
スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)
天義の聖女
結月 沙耶(p3p009126)
少女融解
マリカ・ハウ(p3p009233)
冥府への導き手
イズマ・トーティス(p3p009471)
青き鋼の音色
マリエッタ・エーレイン(p3p010534)
死血の魔女
火野・彩陽(p3p010663)
晶竜封殺
トール=アシェンプテル(p3p010816)
ココロズ・プリンス

リプレイ


「貴様、申し訳ないが、陳腐な物語と表現する他にない。何よりも貴様、私は別の『遂行者』を読破したいのだ、貴様の存在は一頁ほどにも期待出来ないのだよ」
「酷い謂われようだが、そうだな……そうか。私は陳腐に見えるか。なら、君にとって、そして私にとって、互いは無価値だ。なに、私は諸君と仲睦まじくお茶会をする気で呼んだ訳じゃない。帰ってもらっても構わないのだよ。但し、無言でだが」
 『同一奇譚』ロジャーズ=L=ナイア(p3p000569)はヘンデルという遂行者には興味を持たなかった。持てなかった、という言い方も出来るだろうか。それでも彼から何かを読み取ろうとする視線を向けるのは、その身が『そういう』性質だからか。だが、ヘンデルはその扱いにやや感情を揺さぶられたのか、不機嫌そうに敵意を向けた。今までになく露骨な反応だといえる。
「話し合いをして理解しようとする人や力で叩き潰そうとする人……遂行者にもいろんな人がいるけど、ヘンデルさんはそうじゃない方みたいだね」
「……お前に理想とか、あったんだ。憎悪と悪意で壊すだけで、まさか理想を作れるとは思わなかったよ」
「……? …………ああ! 大鐘楼の件で矢鱈と騒々しかった、あの時の! そしてそちらのお嬢さんは何かと噂に聞く……成程、なるほど。『リーベ如きのお気に入り』が何を囀りに来たかと思えば!」
「『如き』?」
 『聖女頌歌』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)と『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)は、ヘンデルの精神性の底のような空間を見て、彼と分かりあえぬと理解した。元より分かりあえようもない遂行者ではあったが、こうも露骨に悪意を振りまく姿は見ていて不愉快さを覚える。ヘンデルはどうやら両者を覚えているが、ことイズマに対しては嘲りが交じる視線を向けていた。反駁したイズマの表情に、思わず笑みが深く刻まれる。
「ええ。終わってしまった想いに縋りついて切り捨てることを忘れ、後生大事に過去と癒着した哀れな女! あれほど哀れな女を私は知りませんね!」
「ヘンデル貴様! 愛し合う者が殺し合う世界を理想郷と嘯きながら、その罵倒が許されると思っているのか!?」
「ええ。『いいでしょう、これ』」
「~~~~くそッ、頭がどうにかなってしまいそうだ! 貴様を生かしておけぬほどに!」
 『リーベ』という遂行者を引き合いに出され、声を失ったイズマに笑みを向けたヘンデル。その様子に堪りかねて叫び声をあげた『奪うは人心までも』結月 沙耶(p3p009126)であったが、返ってきた怪しげな笑みと吐き出された雑言を前に、頭をかきむしらんばかりのストレスが叩き込まれる。正常な判断を、ともすれば奪われそうな怒りがその胸に宿った……とすれば、ヘンデルの思い通りだ。
「こんな世界が理想郷なんて反吐が出る。今までの世界の中でもトップクラスに嫌な世界。そんな世界を現実に下ろしたくはないわな!」
「相容れぬ遂行者を、否、まさかでもなく、我々の神にお手つきをするために来たのでしょう? 薄っぺらい矜持を握りしめて、これまた薄っぺらい遂行者を相手に『正義は我にあり』と叫ぶのですねえ、優男の話すことはわかりません、尽く薄っぺらいものですから!」
 『晶竜封殺』火野・彩陽(p3p010663)の嫌悪感に溢れた言葉に、ヘンデルはこの日最高の笑みを浮かべてみせた。何かを見出したり興味本位で近付かれたりするよりは、ストレートに不快感をあらわにしてくれたほうが、いいに決まってる。とてもいいに、決まっているのだ。そういう意味では因縁やしがらみに囚われず、過去に倒して来た犯罪者や致命者を束ねていたヘンデルに不快感しかない彩陽のような男は如何にも『お誂え向き』だった。相性最悪というわけだ。
「……からっぽね、あなた。何もないから何かで満たされてる人間を憎むのね。何もないから神様とやらに必死で縋り付くのね」
「訳知り顔で知ったふうな口を利く。貴女に何が――」
「私も同じだもの」
 だが、『ネクロマンサー』マリカ・ハウ(p3p009233)との相性はその実、最悪に近いものだと言わざるを得ない。以前、ヘンデルは彼女を鉄球で打ち据え、距離を取った。底抜けに明るく振る舞う不気味な少女を、忘れていたわけではない……その印象が余りに違いすぎたので、気付かなかっただけなのだ。そんな彼女が吐き出した言葉に眉根を寄せたヘンデルを、しかし打ち据える声がある。
「灰色の君ですか……そうですね。しかし長かった灰かぶりの時間は終わりました。いま私の背にあるのは、二度と色褪せることのない極光の輝きだけです!」
 『女装バレは死活問題』トール=アシェンプテル(p3p010816)はヘンデルの憎まれ口を反芻し、しかし些かの焦りや苛立ち、恨みといった感情を表に出すことはなかった。以前の自分の戦いぶり、そしてヘンデルによる仕打ちに対し、完膚なきまでに退けられたのは紛れもない事実であったがゆえに。されど、あの戦いには意味があった。ヘンデルの纏う鉄球の能力の程を理解し、今この状況で活かすことを考えている。遂行者という強敵に対し、恨むでなく怯むでなく勝ち筋を見出そうとしている姿は、率直に言って強者になり得る振る舞いだった。
「私も大概に傲慢である自覚はあるが、あなたはそれ以上、それよりずっと傲慢のようだ。その身の程知らずをここで思い知るがいいでしょう……さあ、皆さんの理想を打ち崩す外的がここに現れました。何をすべきか、おわかりですね?」
 トールの声に籠められた自信と矜持を受け止めたヘンデルはしかし、満足気に頷くと心から嫌う者を見る目で蔑みをあらわにし、同時に居並ぶ人々を焚き付けてその猛進を後押しした。
「ヘンデル、貴方のその癇癪。まるで思う通りに事が進まなくて駄々をこねている子供のよう」
「我らが神の創り給う世界を拒否し続けるあなた方こそ、癇癪を持った子供のようだ。――あなたが私に何を見出したのかは知る由もないが、私は容赦なく地獄へ送る」
 『死血の魔女』マリエッタ・エーレイン(p3p010534)の決然とした視線を憎悪の瞳で斬って捨てたヘンデルは、一歩踏み出し……鉄球に手を添え、その光を増幅させた。明確な死の気配が弥増したのを、全員が認識する。


「――貴様は遂行者ではなく反芻者らしい!」
「私に何を見出したのかは最早聞きますまい。あなたが此方に『見よ』と強いていることも、分かりましょう。ですが……『此方を見ていない相手を見る価値がどこにある』?」
 ロジャーズはヘンデルを引き付け、以て彼の妨害を阻止する役割を担っていた。担おうとしていた、というのが正しい。少なくとも、『普通なら』彼女を見過ごせる者はいないはずだ。だが、彼女はあまりにもヘンデルを路傍の石として扱いすぎた。彼に対して、それを露わにし過ぎた。果たして、己を見ぬ敵の何を、どこを強敵として見いだせようか? ヘンデルと似て非なる仕留め難さを有する姿は凶悪極まりないが、憎悪に振り切った今のヘンデルの前では彼女もまた、路傍の石に等しい。
「やっぱり、からっぽ。あなたは今、この女性(ひと)の中を透かし見たことで求められも与えられもしないことが口惜しくて仕方ないんでしょう?」
「もとより『私』は求められてはいないのですよ、お嬢さん。私が入っていない箱を眺めても、空虚なだけだ」
「求められたら応じるの?」
「それこそ、まさか。……あなただって、その質問に意味がないことは承知の上でしょう?」
 代わりに、とは言うまいが、ヘンデルの嫌悪に割って入ったのはマリカの淡々とした言葉だった。なにもかもを見透かすような言葉とともに事実上の鉄球の無力化を『先置き』した初手にヘンデルは舌打ちひとつ返したが、翻った手から放たれたのは物理的な衝撃を伴う突風。相応の威力を持つがそれ以上に引き剥がしたい、遠ざけたいという意志が籠もった一撃の意味を理解せぬマリカではなかった。……やはり似ている、と。
「あなた達は何度倒しても立ち上がってくるんだよね? なら、私が引き付けておかなくちゃ」
 スティアは拙い隊列を組んでイレギュラーズを押しつぶそうとする選ばれし人達の間合いに踏み込むと、ネフシュタンを揺らし静かな旋律を奏でていく。聖なる音であるが故に、邪なる者の心を逆撫でするそれは『邪なる聖』を戴く彼らにとって覿面に効いたことは言うまでもない。抵抗しようとした者も見え隠れするが、結果が変わることはない。彼女の善性の前では何れにせよ同じことだ。
「スティアは無理は……言わなくてもしないだろうが、無理はするなよ! トール、イズマもだ! 性急に前に出るなよ!」
(沙耶さんもだいぶ無理してるような振る舞いだけど、指摘するのは……)
「お互い様だな。アレを返り討ちにするまで、俺も沙耶さんも死んじゃいられないだろう」
 スティアの動きを待たず前に出た沙耶は、選ばれし人達の壁に遮られる格好となり舌打ちひとつ。とっさに術式を向けたトールと、次いで対象とするイズマへも声をかけるが、先の苛立ち混じりの言葉をおもえば彼女も無理をしているのは見えている。トールは気付きつつ言葉にしなかったが、返す言葉で指摘しているイズマの方をぎょっとした様子で見てしまう……言っちゃうのか、言っていいのかと。
「ただでさえ囲まれてるんだ! 冗談を言っている場合じゃないんだからな?!」
「こっちは賑やかでええわぁ……その代わり、そっちには黙っといて貰うけど」
 味方陣営で繰り広げられる喧々囂々のやり取りを背に受け、彩陽は弾むような足取りで剔地夕星を引き絞る。狙うとしたら白騎士、可能な限り纏めて。だが敵もさるもの、軽々に一網打尽にされぬ位置取りで控え、被害を最小限に抑えている。知ったことか、と放たれた矢は過たず騎士一体の手元を撃ち抜き、その動きを明確に鈍らせた。痛撃と呼ぶには浅いが、倒すことが目的ではない以上は構うまい。
(やはり、あの態度はどこか自分を見られていないことへの癇癪というか、そういった雰囲気を感じる……ような)
マリエッタは迫りくる影の天使のハルバードを皮一枚で受けるが如き間合いで逸らし、返す刀で血の魔術を見舞う。一網打尽とはいかぬまでも、二体の天使を巻き込んだそれは戦局を優位に傾けるには悪くないもの。
 続けざまに別方向から迫る個体に一撃を見舞うと、次なる魔術を施すべく油断なく構え直した。直後、痛めつけられた天使を照らすように現れたひとつの光輪が、直下にいた個体の傷を大きく癒やす……白騎士の放った治癒術か。
「影の天使に光輪を授けるなんて、どれだけ……どれだけ、相手を見ていないんだ、お前達は!」
『我らが神に従うものに有象無象の別はなく、与えた福音の音へ異を唱える愚は能わず。傷を癒やし不利を覆してこそ、天使の名を授かるに相応しい』
「そうか。なら覆した不利に今一度足を取られる天使の姿を指を咥えて見ているんだな」
 沙耶は白騎士の与えた光輪が、それでも天使そのものから影を剥ぎ取ることはない事実に怒りを露わにする。あれは光輪を象りながらも、治癒を施しながらも、あまりに利己的なものなのだと。
 こともなげに真理を悟ったような騎士の言葉は、しかしイズマの押し殺した怒声と、同時に現れた混沌の泥の前に塵芥と帰した。
 癒やされ反撃の狼煙をあげようとした個体は前へつんのめり、次々と足元を掬われる者達に地上と空の区別など付きはすまい。沙耶の一撃は、その哀れな天使の頭部を打った。
「天使を哀れんだりしている暇があるなら、ご自身の身を心配すべきでは? そんなだから、負けるんですよ」
 白騎士の光輪が無為に終わったのを、他の騎士は見逃さなかった。が、彼らが次の行動に動くよりもトールの剣が感情を揺さぶる方が速い。その一撃には神秘が籠り、神秘に抵抗を持つ白騎士の守りを存分に貫く威力は無かった。然しながら、その一撃は威力ではなく惹きつける一点にのみチューンされたもの。これで三体の天使、その全ては無為のうちに行動を阻害されるに至ったのだ。
(とはいえ、引き付けた以上は倒さなければならない。ヘンデルからの横槍を許せば、勝てる戦いも厳しくなりますが……)
 そうでなくとも、スティアの尽力によって選ばれし人の波濤が止まっているのだ。僅かに崩れつつある均衡、騎士たちの治癒力、そしてヘンデルが二人の壁役を抜ける可能性……すべてに置いて時間はなかった。トールのうなじをじわりと冷や汗が流れ落ちる。


「貴様自身には興味はないが、貴様の成り立ちには興味がある。……もしや貴様、」
「当てずっぽうの三文推論で私の在り方にふれる気なら、私は今度こそ、あなたの歪な肉を刳り、以て其の胴の穴越しにお仲間を討たねばならない」
 ロジャーズの言葉は、ヘンデル自身の深淵に触れかけた。その攻勢は、その精神を撫ぜようとした。だが、ヘンデルの目はそれらすべてを強烈な怒気で跳ね除けた。此岸の向こうから無遠慮に三途の川に波を立てて遊ぶ者を、渡し主が快く見ることはないように。
「何もないから壊してはしゃいで満たされようとした。何もないから必死で何も知らない振りをした」
「改めて感じたものですが……随分と大胆に宗旨変えをしたものだ」
「似た者同士、見ないふりはもうできないのよヘンデル。あなたが罵った『灰色』は、あんなに華麗に戦っていることも」
 マリカはそんなヘンデルをなだめるように、彼を通してかつての自分を見返すように言葉を紡いだ。鉄球の術式という付与を剥がしてなお、地金の厚さは変わらない。憎たらしいほどに『遂行者』とは強的なのだと気付かされる。だが、其の精神性の幼稚さめいたものに感じた親近感は、二度と見たく無いほどに鮮明に自分自身だとマリカに感じさせた。
 だからこそ、攻勢を強めたヘンデルを前に何としても通すまいと目を細めた。
「呪いは呪(まじな)い。良い事も悪い事も。全部全部綯い交ぜになる。――堕ちよ」
「天使の名前を冠しておきながら、自らも癒せぬのは滑稽きわまる! 貴様らは道を開けるしか選択肢はないと気付け!」
「ヘンデルには見るべき『何か』がありますが、貴方達はもう見飽きましたね。大人しく、影に戻ればいいのですよ」
 彩陽の矢が、沙耶の技巧が、そしてマリエッタの術式がついに天使と、騎士達を相手にじわりと天秤を傾け始めた。ヘンデルの攻勢が増したのは傍目に明らかで、防御術式と体力をして耐えようとするマリカとロジャーズすらも押しのけようとしているのが目に見えている。
 つまり、ヘンデルは彼女らの肩越しに此方を見ている。
 イズマとトールは、その事実にどちらともなく気付き各々に不敵な笑みを浮かべた。此方を見ながら、しかし何もできぬまま配下を蹴散らされる気分はどうだろうと。
「天使と騎士は十分に倒れたから、このまま一気に選ばれし人達を倒そう! 私達ならできる、私達は負けない!」
「……だそうですよ、ヘンデル」
 スティアは選ばれし人を引き付けた。だが、それは彼女の実力と権能の全てではない。それすらも片手間に、天使と白騎士とへ攻勢を仕掛けていたのだ。
 だからもう、選ばれし人は数打ちの雑兵に過ぎず。騎士の剣は哀れに地面へ転がり落ちた。
 挑発するようにささやいたトールの視界に、赫怒を通り越し無表情になったヘンデルの目が映った。
 瞬間、首を両断するように添えられた大鋏の幻影を彼は見た。
 その噴出した殺気を前に、しかしマリカは微動だにせず攻勢を受け止め、皮一枚で耐えきった。

「必ず殺す」
 彼はその言葉を残し、理想郷から姿を消した。
 より純度の高い死へと足を踏み入れるために。

成否

成功

MVP

マリカ・ハウ(p3p009233)
冥府への導き手

状態異常

なし

あとがき

 視線が交わされない限りは、あなたを見ることはないでしょう。
 二度と見向きされることはないでしょう。
 そういうものだと思います。

 余談ですが、古里兎GMと遂行者について話した際に『こいつら絶対お互いが嫌いだよね』という結論に至りました。
 なのでリーベをバチクソに罵るしあちらもそうだと思います(多分彼女はそういう罵倒を口にしないのですが)。

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