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シナリオ詳細

<ラケシスの紡ぎ糸>宵に吼える

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


「状況は――?」
 問い掛けられてから少女は「以前、変わりなく」と返した。
 終焉の監視者『クォ・ヴァディス』の一員として、そしてラサ傭兵商会連合に所属する情報屋として。
 イヴ・ファルベは外套で煽られ被さった砂を払い除けてからそろそろと顔を上げる。
 南部砂漠コンシレラ。覇竜領域への交易路が存在し、南方には『覇竜観測所』が存在するこの場所はある種の生命線である。
(……あんまりのんびりもしていられないのかな……)
 イヴは深く息を吐出した。西方のクォ・ヴァディスに南方の覇竜観測所。その何方もが脅威を相手取り、相互に情報を通達する為にはこの領域を制圧しておくべきなのだ。
 だが、相手もそれをよく理解しているのだろう。
 全剣王の軍勢はこの地の重要性を理解しているからか今だ襲撃を続けて居るのだ。
(分からないなあ)
 イヴは独り言ちた。
 明日、世界が滅亡しますだとか。そんな言葉が起点となって運命が決まっている。
 元々は地に存在する精霊であったイヴにとって『世界の命運』は流れる水そのもの。なすがままだった。
 イヴは空から降る雨水を貯水するつもりもなければ、それらが流れ落ちていっても眺めるだけで過ごしてきた。
 そんな彼女がイレギュラーズになって、護りたい人が出来て、仲間が出来て――
(……できれば、生きていきたいよね。みんなと、まだやりたいことあるし。
 ファレンにマフラー編むって約束したし、フィオナの腹巻き作らなきゃ。編み物、覚えたし)
 イヴは指折り数えてからそろそろと顔を上げた。
「救援の要請をしたい」
 ファミリアーの鷹を飛ばしてから身を潜めた。近付く『不毀の軍勢』に此処からお取引頂かねばならない。


「こんな何もない場所の何が良いのか。何れは全て飲み込まれるでしょうに」
 ぶつぶつと呟く白い仮面の青年は前傾姿勢だ。体に機械的要素が多いのかだらりと長い腕を伸ばしている。
 がりがりと頭を掻いてから嘆息する。眼鏡の位置を正すような仕草は仮面にぶつかってかつかつと音を鳴らした。
「いや、そもそも此処を起点にすればいいのか? ああ、それもありなのかもしれないな。
 何にせよ、全剣王の『領地』を広げるには余りに貧しすぎる場所だが……いや、得がたいものもあるか」
 ぶつぶつと呟いている。イヴはその様子を眺めて居た。
 前傾姿勢の青年は影の領域側を見遣ってから「全てを手にすればあの方は喜ぶだろうか」と呟いた。
 さて、それが彼個人の思想である事は確かなのだろうが『全剣王』と名乗る男は妙な輩に好かれやすいのだろうか。
 イヴは悩ましげにその様子を見守って居た。
(……領地にされてもこまるし……。あの、奇妙な獣っぽいのも、恐いな……)
 一度出会った『透明な獣』は直ぐに成長していた。その果てがあの姿なのだろうか。
「アン、ドゥ」と数字で呼び掛ける男に「はい」「どうしましたか」と流暢な言葉を返している。
 悍ましい程の成長速度だ。まるで世界の情報でも食っているかのようである。
(……あれを、斃した方が良い)
 あまり野放しにも出来ない。白い仮面の青年の撤退と獣達の撃破は必須事項だとイヴは考えて居た。

 ――クォ・ヴァディスと呼ばれる者達の一員として任務を熟しているイヴはラサのためというのが一番だった。
 ファルベライズ遺跡の守護者であった大精霊の欠片。それが希われて精霊種としてその命を得た存在がイヴだ。
 彼女自身は寄る辺ない存在だが、ファレンやフィオナと言ったラサの者達が家族として振る舞ってくれたのだ。
 ハウザーやイルナスもイヴにとっては仲間であり家族だ。この様な状況下だと彼等もネフェルストでの対策に追われるだろう。滅びがじわじわと迫り来るのだから。
(……コンシレラで全部押し止められるかな……)
 イヴは息を吐出した。臆病者も、悪くはないらしい。特に情報屋は逃げることだって大切だと聞いた。
 けれど、ここで退いてはいけない気がしたから。
「うん、戦おう」
 イヴは立ち上がって剣を握った。
「斃さなくちゃ、……皆がいるし、安心だ」
 息を吐いてからイヴは『仲間』を見た――屹度、そう呼んでもイレギュラーズは許してくれるだろうと、期待を込めて。

GMコメント

●成功条件
・『不毀の軍勢』の撤退
・『変容する獣』『透明な獣』の撃破

●フィールド
 南部砂漠コンシレラ。クォ・ヴァディスや覇竜交易路にも程近い場所です。
 覇竜観測所等の主要施設が近郊に存在して居るため『ラサにとってはこの地は確保為ておきたい』場所です。
 また、周辺状況の偵察を含めた情報収集がイヴの役割のようです。
 お天気は晴れていますが空気は重く、疲弊しやすいようです。

●エネミー
 ・『不毀の軍勢』エトムート
 エトムートと名乗る白い仮面のエネミーです。青年……にも見えますが機械染みたフォルムをしています。
 全剣王に仕えており、南部砂漠コンシレラの偵察を行って居るようですが――?
 獣達が撃破された時点で撤退します。戦闘方法は後方からの支援や指揮が得意なようです。詳細は不明です。
 偵察していたイヴ曰く「なんかファレンにちょっと似てて考えるの得意そうだけど話し方、腹立つ」だそうです。

 ・『変容する獣』 2体
 真っ白な姿をしている人間です。人間の情報をサルベージして成長しているようです。
 二足歩行をしており、学習能力に長けています。エトムートの傍で『アン』と『ドゥ』と呼ばれています。
 戦闘方法は不明ですが、基本は近接攻撃。ただし、学習します。特に接近したイレギュラーズの戦い方を覚える可能性が強いです。

 ・『透明な獣』 5体
 体の中身が透き通った黒い獣です。四足歩行ですが、二足歩行……しそうです。
 R.O.Oで見られた『でっかくん』と呼ばれていた存在にも外見的に似通っていますが共通点は不明です。
 変容する獣の前段階です。知性は今段階ではありませんが……。

●同行NPC『イヴ・ファルベ』
 宝石(色宝)が埋め込められた長剣を持った精霊剣士。
 イレギュラーズの皆さんは彼女にとって英雄です。共に戦えることを楽しみにしています。
 ラサの情報屋兼クォ・ヴァディスの偵察員です。皆さんの指導の下めきめき成長中です。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • <ラケシスの紡ぎ糸>宵に吼える完了
  • GM名夏あかね
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2023年11月23日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談6日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ラダ・ジグリ(p3p000271)
灼けつく太陽
サンディ・カルタ(p3p000438)
金庫破り
新道 風牙(p3p005012)
よをつむぐもの
リック・ウィッド(p3p007033)
ウォーシャーク
エルス・ティーネ(p3p007325)
祝福(グリュック)
小金井・正純(p3p008000)
ただの女
ルナ・ファ・ディール(p3p009526)
ヴァルハラより帰還す
オリアンヌ・ジェルヴェーズ(p3p011326)
特異運命座標

サポートNPC一覧(1人)

イヴ・ファルベ(p3n000206)
光彩の精霊

リプレイ


「全剣王って奴はもう鉄帝の方まで行ってしまったんじゃなかったか?
 ラサは通り道にされただけだと思っていたよ。残る軍勢は進軍から脱落した奴等かとな」
『灼けつく太陽』ラダ・ジグリ(p3p000271)をまじまじと見詰めてから『光彩の精霊』イヴ・ファルベ(p3n000206)は「利用価値があるのって良いのか悪いのか、って悩むよね」と返した。
「まあな。それにしたって『情報』が確かなら酷い言い分だな」
「オアシスの利用権利渡したくないよね」
 憤慨するイヴはラサに対する愛国精神があるのだろう。そう思えば彼女も随分と人間らしくなったとラダも微笑ましく思うものだ。
「南部砂漠コンシレラ……ラサにとって確保しておきたい場所……ならばラサの民としては見過ごす事なんて出来ない、わよね?」
 この地がこれからは交易の拠点や、様々な関係各所との中継点になるというならば安全確保に努めたいというのがラサを拠点とする『祝福(グリュック)』エルス・ティーネ(p3p007325)の考えだ。
 だからこそイヴはこの地の定点観察をしていたのだろうと問えば、イヴは何処か自慢げだ。
「おぅおぅ、早速突貫せずに助け求められて偉いじゃねぇか」
 頭をぽんぽんと撫でた『駆ける黒影』ルナ・ファ・ディール(p3p009526)に「私も考える頭があった」とイヴは胸を張る。
「それに、私が一人で突撃して、皆を危険に晒すのは避けた――あ、皆が弱いわけじゃないよ。ただ、何があるか分からないから」
 イヴに「分かってるさ」とルナは頷いて見せた。どこか自信に溢れ、自分自身の行ないに対して責任を持とうとする姿勢は好ましい。
『ウォーシャーク』リック・ウィッド(p3p007033)は「イヴは今クォ・ヴァディスをやってんのか」とまじまじと彼女を見遣った。
「大変そうだけど、危なかったらイレギュラーズに任せてくれよな!」
 快活な笑みを浮かべるリックは『最近出て来た悪い奴の親玉』と全剣王を称した。イヴは「色々な派閥はありそうだよ」とまたも自慢げでアル。
「うん、イヴ。よく出来てる」
 イヴの頬を指先で突いてから『よをつむぐもの』新道 風牙(p3p005012)は揶揄うように笑った。人間未満。そう称することが似合ってしまいそうな精霊種の娘だった。徐々に人間らしさを帯びてイレギュラーズに向けてくれるのが信頼になったのは何よりも喜ばしいことだ。
「『仲間』からの救援要請とあれば、来ないわけにはいかないよなあ? 任せろイヴ、共に戦うぜ! 護りたいものを護るためにな!」
「ありがとう、風牙。護ろう。私はシャイネンナハトはファレンと約束したんだ。鶏の丸焼き」
 やけに俗物的にやる気を見せたイヴにくすりと笑ってから『ただの女』小金井・正純(p3p008000)は穏やかに声を掛ける。
「ふふ、随分と見違えましたねイヴさん。仲間として、友人として、あなたと共に戦いましょう」
「正純に仲間と言われると、うれしいね」
 憧れた人だった。星に祈るばかりだったイヴに、立ち向かう事が出来ると教えてくれたのは風牙や正純だったからだ。
「さて、終焉の地からやってくる学習能力の高い奇妙な怪物に、それを指揮してみせる謎の青年。
 イヴさんのおっしゃる通り野放しには出来ませんね。この場を制し、追い払いましょう」
「そうだな。嫌な予感はやっぱり的中か。あの化け物ども、気持ち悪いほどに成長してやがる。
 これ以上成長させたら本当に世界を塗り替えちまうかもな……仕留めねえと」
 こくんと頷いたイヴに『金庫破り』サンディ・カルタ(p3p000438)がぱちりとウィンクを一つ。
「せっかく『助け』として呼ばれたんだ、ここをきっちりやり遂げて、先輩のすごさを見せてやるぜ! イブちゃん、俺に惚れるなよ?」
 惚れるという言葉にぱちりと瞬いてからイヴは「そういうの、したことない」とメモ帳を取り出した。
「イヴ、メモをとるのは情緒がねぇな」
 揶揄うルナに「イヴさんにはまだ早いかも知れませんね」と耳に手をやった正純。不思議そうな顔をした彼女にサンディは可笑しくなって快活に笑った。
「――って言っても、イヴちゃんが前衛。それで今回の俺は前衛で派手に暴れず支援仕事をする係だ。ま、後方の仕事をきっちりこなすのも、アニキってもんさ!!」
 笑う青年は軍勢の中に動きが見えたことに気付いた。白い仮面の青年が此方の気配を察知したように顔を動かしたからだ。
「行こう」
 囁いてから――ラダの弾丸は挑発の意味を込めて飛び込んだ。


 喧噪を眺めてからサングラスの位置を只して「どひゃあ」と声を上げたのは『特異運命座標』オリアンヌ・ジェルヴェーズ(p3p011326)だった。
「中々だね。うんうん、ちょーっと前から面倒な敵が出てきたとは聞いてたけど、もうこんなに成長してたんだ。もっと面倒になる前にサクーっと倒しちゃおっか!」
 臓腑までもが澄んだ色をしている。空間を固めたかのようにも見えた獣の姿を眺めていたオリアンヌにイヴは「あれ、知ってた?」と問うた。
「ん? うーん、イヴちゃんってクォ・ヴァディスにいるんだ~。私の後輩ってことになるかな? 先輩って呼んで良いよ! ドヤァ」
 胸を張ったオリアンヌにイヴは「オリアンヌ先輩」と唇の中で幾度か繰返してから「聞いた事、ある」と頷いた。一年程前にふらりと姿を見せた貴族令嬢は『らしくない』程に闊達で容赦が無かったらしい。
「じゃ、行こっか。後輩ちゃん!」
 オリアンヌが地を蹴った。学習能力があるとは耳にしている。それはイレギュラーズとの戦いを模倣し、そして理解するという意味合いを持つ。
 よく手入れされた短剣を握り締める。その太刀筋、戦い方も自己流だ。『癇癪持ち』は予備動作もなく突如として襲い来る暴風のようなもの。
「学習された場合もめんどくせぇな。アイツらを此処で逃がさないようにするぜ。ラダ、任せたぞ」
「……ああ」
 白い仮面の男へ向けて叩き込んだ弾丸。顔を上げたエトムートが「一体なんですか」と不服そうに言うその双眸――つるりとした仮面には目と呼ぶ位置も判断しかねるが人体構造的に目が其処にあればラダは視界に入っている――にラダが映り込んだだろう。
(ラダの腕は信頼しているが、タフなタイプじゃねぇ。……戦況を見極めなくちゃな)
 惚れた腫れたはさて置いて砂漠の仲間として彼女を支える事もルナにとっては必須である。変化の兆候があるならば、潰す段取りも組めるだろう。
 オリアンヌが狙う先を漆黒の気配を放った正純は「イヴさん」と呼び掛ける。先輩の背を追掛けるように走ってくるイヴの姿は随分と頼もしい。
「こちらの優先度はお伝えしたとおり。孤立にだけは注意を。無理をするな――とはもう言いません。頼りにしていますよ」
「その信に応えられるように。私はあなたがくれた信頼を誇りに思う、正純」
 イヴが手にした長剣がひらりと煌めいた。地を踏み締めて身を揺らす獣の姿を見詰めてから「変化は姿だけではないのね、仕草も」と呟いた。
「……なるほど、頭を使う敵もいるのね。私は頭を使うのが苦手なのだけれど……そうも言ってられない」
「エルスは、走って行くタイプだってディルクが言ってた」
「もう――!」
 あの人はと叫びそうになりながらもエルスは手にした鎌に鮮やかな光を宿した。それは封印の簡易術式を描き獣達の元へと飛び込んでいく。
「さて、良く分かりませんが……困った者だ」
 狙われてなるものかと言わんばかりにエトムートが守りを固めようとするが――その行動を見切っていたと言わんばかりに風牙が高く跳ね上がり大地へ向け大地を振り下ろす。その一振りに込められた気が無数に広がり周囲を焦がした。
「行け! 今だみんな! 真っ先に倒すべきはあの白い人間モドキ! オレたちの戦い方を学ばれる前に、速攻で倒す!」
「人間モドキだそうですよ。嫌な言い方ですね」
 風牙を見たエトムートはだらんと降ろしていた長い腕でおとがいを撫でてやれやれと頭を掻いた。まるで猿のような奇怪な仕草だ。後方でサポート役を担うリックとサンディは「アイツは何だ」と顔を見合わせた。
「人間……なのか? 分からないけどさ、化物の飼い主って事は確かだよな。指揮されちゃ統率が一番に危険だ」
「学習して強くなっていくとか、頭は良いけどずるい戦い方だな。あ、指示を理解して行動も統率されていくって事か!?」
 リックが気付いたようにサンディを見た。あのような不毀の軍勢を名乗る男が獣を連れている理由とは、己の適性によく合っているからか。ああやって成長した個体を増やし、それらを統率することで守備を固める。
「……益々、学ばせられねぇな」
「そうだな。エトムートは指揮や支援系ってことだしちょっとライバル心だぜ。
 あっちに学習されるだけじゃねえ、こっちも向こうを学習してやるぜ!」
 盗られるばかりではないと胸を張ったリックにエトムートは「ふむ?」と大袈裟な程に首を傾げた。
「成程。物盗りの線も考えましたが、此方のことをよく理解している。全剣王の……陛下の邪魔をして居る者ですね。
 このような貧しい土地を護りたがるとは物好きばかり。お疲れ様です、どうも、どうも」
「……お前は何と云っていたのだったか。領地だの貧しい土地だの好き勝手言ってくれたそうじゃないか。
 たとえその通りだとしても改めて言われると腹が立つ。そうともこの通り砂しかないような国さ」
 それでも此の土地に生きて、そして此の土地を愛してきたラダは砂の海の中で生き抜く強かさを知っている。
 恵が少なくとも交易を行なうことで栄えたオアシスの美しさをこの男は知らないのだろう。教えてやるつもりもないのだが。
 エトムートへと銃口を向ける。外野にとやかく言われれば腹が立つのだ。この砂の都の美しさを知らぬとは――
「だからお前達は物資を略奪しようと商人を襲ったのか?
 何にせよ商売相手にはならない、通行料も払わないってのなら御引取り願おうか!」


 獣達を見据えながら、仲間達の支援に徹していたリックは「アイツら、動きが少し早くなった気がするな!」と傍らを見遣る。
「ああ。早くなった。オリアンヌとイヴの剣を見切ろうとしてるんだろうな。けど――」
 サンディはそれよりも早く撃破できると踏んでいた。全力を全員が出さなければ力負けする可能性もあるが、エルスやオリアンヌは自らの実力を隠す事は無く相対していた。正純とルナは二人を狙う獣の隙を付く作戦なのだ。
(そう。単純な攻撃だけだと読み切られるわ。けど、私の攻撃を『学習』して居る間に――)
 エルスは鎌を握る手を敢て逆手にした。襲い来る獣を弾く、そして其の儘一歩後方へと下がった。
 その場所へと正純の矢が降り注ぐ。それは魔力の糸を作りだし獣達の動きを阻む。
「しかし、本当に『学習している』のですね。……厄介な相手です」
 撃破してもそれを『見ていた』ならば更なる学習を行なうか。それらが蓄積して戦士を作り上げるというならばなんと厄介なことか。
「ああ。学習による進化、そのための情報を持ち帰り、時間を与えることは避けたいが、いかんせん未知数だ。
 ……せめてこっちが切ったカードの分の情報は観察して持ち帰りてぇ所だな」
 例えば――何が目的か、と。ルナはそう呟きながらも奇襲を仕掛けた。獣の体が大地にごろんと転がった。
 はたと顔を上げたエルスは「イヴさん!」と呼び掛けた。イヴが獣の首に剣を突き立てる。
「イヴさんもだいぶ動けるようになって……本当に凄いわ。これからはもっと頼りにさせて貰おうかしら? なんてね?」
「勿論」
 胸を張るイヴにエルスは頷いた。エトムートはふむと小さく呟く。
「難しい顔してるとはらしくないじゃないか鉄帝人。
 それともお前は全剣王とやらは違って鉄帝人を自称しないのか」
 エトムートと相対しながら、ラダは余裕を含ませたように微笑んだ。銃身の僅かなブレが相手に隙を見せることとなる。
 出来る限り男を孤立させながら戦わねばならぬのだ。あの肉体は鉄か何かか。叩き込んだ弾丸の反響音は酷く歪。
「いえいえ、鉄帝人ですが最強は全剣王陛下そのもの。ならばその頭脳が必要ですからね」
 エトムートはその様な事を並べ立ててごちゃごちゃと言葉を繰返す。頭をこつん、こつんと指先で叩いたかと思いきや、大袈裟な程に首を傾げた。
「知恵は力ですよ」
「知恵を使っているようには見えないがな?」
 ラダは眉を顰めた。放たれる弾丸。冷静に指揮などさせず、後方で護られている指揮官を引き摺り出すなら狙いやすい相手だと認識させなくてはならない。
「鉄帝人を自称するなら、自前で戦うべきだ。そっちの方が得意であるだろうよ!」
「奥の手なんですけどね」
 長い腕で地を叩いて、魔力が走る気配がした。おやとエトムートが大地を見下ろす。その隙に「アイツ何してる」とサンディはぽつりと呟く。
「いやはや」
 エトムートの前に走り込んできた獣に風牙は「ああ、くそ」と呟いた。
「こっちの決め技、あんまり見られたくないからな。さて……!」
 肉体の制限など此処には必要ない。そうだ『曝け出すならば見た者全てを排除すれば良い』のだから。
「学んだことごと、ことごとく、粉々に砕けて消えろ!」
 遠慮無く、余すことなく。無数の戦法を駆使して風牙は戦った。
 一匹たりとも成長の余地は与えやしない風牙の猛攻にエトムートは「鉄帝人なのでは?」と呟いた。


「そちらの貴方、全剣王の軍勢であるとお見受けしますが目的はなんなのでしょう?
 この地をどうこうさるのはあまりよろしくありませんが。出来ればそのまま回れ右をして、もう来ないで頂きたい。
 ――目的を洗いざらいお話して頂けるなら少しくらい付き合いますが。どうします?」
 正純をまじまじと見詰めていたのだろう。エトムートは「うーん」や「ええと」と何度も繰返してから前傾姿勢であったその体を起こした。
「先程、そちらのお嬢さんが『何もない』土地だと仰って居ましたが、いいや、あった、ありましたね。南部砂漠コンシレラ!」
「どういうこと……?」
 エルスは眉を顰め警戒を解かない。獣達を撃破したと言えど目の前の相手は侮って良い相手では無いからだ。
 エトムートは嬉しそうに両腕をばしんばしんと叩き付ける。壊れた玩具を思わす仕草に思わずサンディが「うわ」とたじろいだ。
「何か目当てのものがあったってことか?」
「精霊さん、その通りですよ。いやあ、あったなあ。全剣王もお喜びになられる。と言うことで、この土地頂けませんか?」
「はいって言うと思ったのかよ」
 噛み付く勢いで風牙が言えばエトムートは「でっすよねえ~」と間延びした声を出してからがりがりと頭を掻いた。
「じゃあ、また貰いに来ますからね」
「……もう来ないで頂きたかったのですが」
 正純は苛立ちを滲ませて告げる。エトムートはそんな苛立ちにも我関せずといった様子で其の儘姿を眩ませた。
「……何かあるのかな」
 イヴがぽつりと呟いてから「先輩はどう思う?」とオリアンヌに問う。一年長くクォ・ヴァディスに居たならば『イレギュラー』な光景は知っているとの信頼だ。
「あの人、下を見てたよ」
「うん。もしかしたら、地中に何か――だから、私は……ファルベリヒトはあれだけの力を手にしてたとか……」
 イヴは小さく息を吐いた。ラサに何かが眠っている可能性がある。幾度となく『人災』が引き起された此の土地には何らかの理由が眠っているのか。
「調査するね」とイヴはイレギュラーズを見遣ってから息を吐いた。
「お疲れ様、正純、風牙」
「お疲れ様です、イヴさん」
 微笑む正純にイヴは褒めて欲しいと言いたげに視線の送った。「お疲れ」とうりうりと頬に触れてもみくちゃにする風牙は「頑張ったな」と笑う。
「あ、イヴちゃん。クォ・ヴァディスの皆にオリアンヌはローレットにいるって伝えといてもらえるかな?」
 オリアンヌは肩を竦めた。特異運命座標は空中庭園に召喚される。オリアンヌも例外ではなく、突如とした召喚に巻込まれた存在だ。
「うん。お別れとかなく突然居なくなったって。終焉獣『を』食べてないか心配してた」
「そっち!? 終焉獣に食べられたって思われてそうだなって思ったけど。
 連絡すれば良かったんだけど遠いから面倒くさ……じゃなくて連絡手段が難しくてね!」
 今、面倒くさいって言ったとイヴはまじまじとオリアンヌを見た。何にせよ、戦力が増えることはローレットにとっても嬉しい事だろう。
「分かった。先輩は終焉獣『を』食べてないって伝えておくね。あと、また今度一緒に帰ろう」
「了解」とオリアンヌは微笑んだ。不毀の軍勢達の立ち去った場所でラダは「しかし、まだまだ何かあるだろうな」と呟いた。
 領地という発言や、商人達をおそう行為を見るに相手は基盤を確立させようとしているのか。全剣王とやらの威光を広げようとしているとすれば――
(人間の居住区域が他国と比べれば密集し、開けた場所が多く、覇竜に深緑、そして『影の領域』に隣接したラサは狙い目か)
 渋い表情を見せたラダに「ラダ?」とルナは声を掛ける。振り向けば同じ事に思い当たったのであろうエルスと目があった。
「ラサは渡しやしないわ。何れだけの脅威が傍に居たって――」
 必ず守りきると、その決意を胸にして。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 お疲れ様でした。
 地面……おまえ、一体……!

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