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シナリオ詳細

<尺には尺を>それは誰のための剣なのか

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●罪を祈らば
 ――神よ、我々は罪深いことをした。
 私には、彼の異端審問に逆らう術など無かったのだとしても、濡れ衣どころではない蛮行だった。
 聖女は炎の中に消え、魔女は十字架と共に這い出た。

 私は、罪であることを知っていた。
 それでも――彼女がもう一度の生を歩めるのなら、それもいいのではないかと。
 そう思ってしまった。
 私は、罪びとだ。あの女がただ1人の妹と共に世界へと足を踏み出すことを、私は止められなかったのだから。

 故に神よ。どうか、我らの冠位なりし神よ。
 この仮初の幸福を彼女が嫌うなら、せめて私が代わりにこの地を求めることを許したまえ。

●誰かのための剣
 神の国から、一時的に撤退したフラヴィアの胸には小さなしこりがあった。
 どれほど焦がれても、手を伸ばしても、手には入らないものがある。
 それはとても悔しいことだった。どうして選ばれないのか、ではない。
 選ばれてさえいれば、あの人たちに迷惑を掛けなくて済んだかもしれないから。
 嫉妬したわけじゃない。どうしてと羨んでいるわけでもない。
 自分が、力不足であることが、悔しかった。

 ――誰かのために剣を振るいなさい。
 ――誰かを傷つけるためにはそれを決して振ってはいけない。

 そう言い聞かせられ、自ら望んで目指している『聖騎士』の形には、及ぶべくもないことが悔しい。
 きっと、ローレットの人は、私を助けてくれるって信じていた。
 それでも友人や助けてくれる人達の手を借りるのと、最初からその手に縋りつくのはきっと違くて。
 それなのにその手を借りてばかりな自分が悔しかった。
「……強く、なりたい」
 せめて、あの人たちの手を煩わせないように。誰かのために剣を振るうことができるくらいに。
 握りしめた剣を振りぬいた。訓練用の木偶に黒剣が触れ、袈裟に斬り分けた。
「動いてない人形をいくら斬っても意味ないよね……」
 ぼんやりと、胸の内に燻るどうしようもなさが別の言葉になって吐き出された。
 剣を収めて、ぱちんと頬を張った。

●星無き夜に手を伸ばして
「……私のことを鍛えてもらえませんか」
 聖都フォン・ルーベルグに存在する聖騎士の屯所の一角。
 秋晴れに彩られた中庭で動物たちに囲まれるフラヴィア・ペレグリーノ(p3n000318)が暫くの歓談の後にそう呟いた。
 少女の足元にはオデット・ソレーユ・クリスタリア(p3p000282)の友人たるオディールやセシル・アーネット(p3p010940)の友達である動物たちがいる。
「……フラヴィアちゃん。無理は駄目だよ」
 セシルはフラヴィアの手を取って心配そうに視線を向ける。
 フラヴィアがその手を取って、小さく微笑んだ。
「あのね、セシル君……私、オルタンシアの傍でお母さんと一緒にいたの。
 セシル君がプレゼントしてくれたこのブレスレットのおかげで、怖くはなかったんだ。
 ……でも、それでもね。分かったことがあるの」
 視線を落としたフラヴィアの手首にあるブレスレット。
 ちりんと鈴の音の鳴る雪の結晶を閉じ込めた石がついたそれはセシルからの送り物だ。
「私は、まだ力不足です。この剣だって、とても扱えていません」
 フラヴィアは腰に佩いた剣に触れる。
 夜のように青みがかった黒い剣は美しい――けれどただそれだけだ。
 それは『巡礼の聖女』と呼ばれた人物が振るった魔剣。
 聖女の末裔でもあるフラヴィアのペレグリーノ家に伝わり、『魔力を持つ剣』程度にしか認識されなかった剣である。
 その剣は『イレギュラーズの持つ可能性があって初めて真価を発揮する』とオデットは天啓を得た。
「巡礼の聖女にとってのパンドラ収集器。これがあれば、一時的にでも魔剣にパンドラを譲渡は出来るわ」
 オデットはその手に握り込めるほどの小さな黒い宝石を握りしめた。
「……でも、その、皆さんのお手を煩わして、私が『外す』なんてことになったら最悪です。
 そうならないために、私はもっと強くならないといけないんです」
「……言いたいことは分かるであります」
 そう頷くのはムサシ・セルブライト(p3p010126)である。
「自分たちも先だって、漸くオルタンシアへまともに一撃を与えられたようなもの……気持ちは分かります」
 オルタンシアの守りは堅い。大神殿での戦闘でその守りの多くは剥ぎ取ることができた。
 だがそれは反転して以降、30年の間ずっと彼女が貯め込み続けてきたリソース分だ。
 バックアップは壊した。あとは本体が残っている。
「自分が教えられることがあるのなら、協力しましょう」
「……私が皆さんと一緒にオルタンシアの場所に立つのなら、必要なのは持久力と耐久力です。
 だから、そういうことを教えてほしいんです」
「それならば、問題内でありますよ」
 それはヒーローの在り方そのものだ。
「正面から戦うだけならいまだに厳しい……でも、オルタンシアさんは『私達のことは脅威と見ても、フラヴィアさんを脅威と認識』していない。
 たしかに上手く使えば隙を作ることができる……かもしれません」
 ユーフォニー(p3p010323)は短くそう呟いた。
 今のままのフラヴィアでは到底扱いきれない代物だとしたら、それを使えるようにすれば予定外の一撃になる。
「そうだとしても問題が……方法がわからないですよね」
 肝心の問題は残っていると、ユーフォニーは首を傾げるもので。
「それについては……トールさんはあの日、ワールドイーターの『巡礼の聖女』が撃った技を受けてるんですよね」
 視線をあげたフラヴィアにトール=アシェンプテル(p3p010816)は目を瞬かせた。
「ええ、凄まじい技でした」
 そう頷いたトールはふと、そのワールドイーターことを思い出す。星雲を抱く魔剣による一閃。
「そうか、あのワールドイーターが『聖女の再現』なら、あの技は『聖女による本来の魔剣の技』ということ……」
『――よく、目に焼き付けておくことです……いえ、焼き付けさせてあげますよ、嫌でも』
 星雲を抱く斬撃――あれはもしかして『こう使うのだ』と教えてきたのだろうか。
「やれるだけ、やってみましょう」
 あの魔剣の使い方は輝剣の出力の上げ方と似ていた気もする。
 AURORAによる戦闘補助も加われば、やってやれないこともないだろう。
「…訓練、付き合うよ…でも、それ以外にも……僕はフラヴィアのこと、もっと知りたい」
 レイン・レイン(p3p010586)はそうぽつりぽつりと言葉にする。
「はい、もちろんです。私も、知りたいことがたくさんあるんです」
 目を瞠ったフラヴィアが、そう言って頷いた。
「私は傭兵として旅をしましたけど、まだまだ言ったことが無い場所はたくさんあって……皆さんのお話も知りたいから」
 そう言って、少女がはにかむように笑った。

●『理想郷』オルタンス
 『テュリム大神殿』に存在する創造の座を越えた先。
 フラヴィアの特訓を実戦にすべく脚を踏み入れたそこは、美しき紫陽花が咲き誇る小さな町だった。
「この地では、失われる命など何も無く、真なる主が選び掬った命は全てが全て永遠なのですよ」
 そう修道女は笑い。
「この地では、薄汚い溝鼠と誹られることもなければ黴びたパンを食べる必要も無い。全てが望むが儘に平等なのだ」
 黒髪を揺らした騎士は静かに答えた。
 真なる主――『冠位傲慢』ルストの権能、すなわちここは『選ばれし人』と『神の意志を遂行する遂行者』達による理想郷。
「ようこそ、侵略者たち」
 静かに、その騎士は自らをヴァレールと名乗った。
「私は天義聖騎士であった大罪人である。
 殺されるべきではない紫陽花の聖女を殺し、殺すべき紫陽花の魔女を殺せなかった愚か者。
 この地を彼女に代わって護る者だ」
 すらりと剣を抜いて、男がそう静かにイレギュラーズへと告げた。
 それに合わせるように、背後にいた修道女が祈るようなしぐさを見せる。

GMコメント

そんなわけでこんばんは、春野紅葉です。

●オーダー
【1】フラヴィアと特訓・交流する

●リプレイ状況
 当シナリオは前半と後半に別れます。

【A】前半
 天義の屯所にてフラヴィアと一緒に交流します。
 フラヴィアと交流し、絆を強固なものとしましょう。
 ここでの判定結果に応じて、フラヴィアの『原罪の呼び声』に対する抵抗力が変化します。
 なお、『魔剣の使い方』を研究する場合、念のためにこちらでやっておいた方が良いでしょう。

【B】後半
 神の国に乗り込み、何者かの理想郷で預言の騎士と戦いましょう。
 預言の騎士曰く、『熾燎の聖女オルタンシアの理想』として作られた物です……が。
 彼女自身が『なんていうか、こういうのじゃないのよね』と半ば放棄されています。

 それでも時折は姿を見せるのでしょうが、当シナリオ中に遂行者が戻ってくることはありません。
 とはいえ、話によれば『理想郷内のエネミーは殺してもリポップする』仕様とのこと。
 エネミー相手に魔剣の力を用いるのはオルタンシアに『魔剣が使えるようになった』と気取られる可能性もあります。

●フィールドデータ
【A】天義屯所
 フォン・ルーベング近郊にある聖騎士団の屯所です。
 中庭に東屋が存在しています。お茶会をしましょう。

【B】『理想郷』オルタンス
 美しい紫陽花の咲き誇る小さな町です。
 理想郷の住人達と、それらを守る防衛隊の如く預言の騎士が存在します。

 町の中央に刻まれた碑には『2人のオルタンシアと呼ばれた聖女』のことが記されています。
『オルタンシアが火刑に処された後も故郷が続いたら』というIFのようです。

●エネミーデータ
<共通項>
 全エネミー共に【B】でのみ登場します。
 彼等は死亡したとしても時間が経過すればリポップします。
 決戦のためにもここで数を減らしましょう。

・『選ばれし騎士』ヴァレール
『理想郷』オルタンスに棲まい、オルタンシアに代わりこの地の維持を行っている存在です。
 心臓辺りに十字架の聖痕を刻んだ、黒髪と仄暗い金色の瞳が特徴的な男性です。
 その過去を問えば『殺してはならぬ者を殺し、生まれてしまった殺さねばならぬ者を見逃した大罪人。あるいはその罪に耐えきれなかった愚者』と名乗ります。

 理想郷では殺せませんが、強迫観念的にこの地を守ることを優先しています。
 いつかはリポップするでしょうが、ここで撃破しない理由にはなりません。

 その剣技は力強く、優れた武人です。
 これまでフラヴィアやベルナデッタと戦ってきた皆さんは『どこか彼女たちと流派が近しい』感覚を覚えるかもしれません。

・理想郷守護騎士 ×2
 理想郷に住まう人々で構成された騎士たち。
 重装備の大剣と大盾を装備した堅実的な兵士です。

・理想郷の修道女×2
 理想郷に住まう人々で構成された修道女です。
 ヒーラー枠。後方から騎士たちの回復を行います。

・選ばれし人 ×40
 異言を語る理想郷に住まう人々です。町の中の各地に存在しています。
 戦闘開始後、徐々にその喧噪に釣られて迫ってくるでしょう。

 意思疎通が可能ですが、揺らぐことはありません。
 皆さんを侵略者と考えて攻撃してきます。

 戦闘時には痛みなど感じませんし恐れる事はありません。

●友軍データ
・『夜闇の聖騎士』フラヴィア・ペレグリーノ
 夜のような闇色の瞳と髪をした女の子です。
 元はアドラステイアで『オンネリネンの子供達』の部隊長を務めていた少女。
 紆余曲折を経て遠縁の親戚に預けられ、聖騎士見習いとなりました。
 皆様と長らく一緒に冒険を過ごしたからか、原罪の呼び声に対して強い抵抗力を持つようになっています。

 2つ前のシナリオの結果によりオルタンシアに連れ去られましたが、前段シナリオの結果により帰還しました。
 連れ去られた後、前段シナリオまでの間、母親の姿をした致命者から半ば無理やりに剣の稽古を付けられ、少しだけ成長しました。
 それでも魔剣の力を振るうにはまだ力不足です。
 直に来るであろうオルタンシアとの決戦に至るまでに稽古を付けてあげましょう。

●参考データ
・『巡礼の聖女』
 ペレグリーノ家の家祖であり、フラヴィアから見て遠い先祖にあたる人物、故人。
 海を隔てて天義にも接する海洋王国領のある小島の生まれ。
 故郷の海を凍土に変えていた魔物を撃破・封印し、村の人々に恐れられ国を出奔。
 隣国・天義へと亡命し、後に列聖されるに至る『巡礼の旅』を行ないました。
 遂行者オルタンシアの仕掛けた『巡礼の旅路』の最終局面、彼女の旅路の伝承から再現されたワールドイーターが出現しました。

・ペレグリーノの魔剣
 ペレグリーノ家の家宝。巡礼の聖女の愛剣だった夜空を思わす青がかった黒く美しい長剣。
 現在の持ち主は『夜闇の聖騎士』フラヴィアです。

 巡礼の聖女による巡礼の旅ではその力により多数の魔物を封印しました。
 その真価は所有者の『可能性を力に変える』ものであり、言い換えるなら『生命力を力に変える』というものです。
 今のフラヴィアではイレギュラーズでないことに加え、鍛錬不足のため力を発揮出来ません。

 フラヴィアを鍛えた上でイレギュラーズの皆さんの補助が無ければ真価を発揮することはありません。
 フラヴィアの命を代償にすればあるいは……といったぐらいでしょうか。

 オルタンシアからも『フラヴィアでは魔剣は扱えない』と思われていることでしょう。
 フラヴィアが扱えるようになればオルタンシアへの不意の奇襲となります。
 予定外の一撃はきっと皆さんの役に立つことでしょう。

・巡礼の聖女のパンドラ収集器
 巡礼の聖女が『夜が零れ落ちた欠片』と表現したと伝わる彼女のパンドラ収集器です。
 小さくて綺麗な黒色の宝石です。形状からペンダントとして加工された物と推察されています。
 血の繋がりがあるフラヴィアが保持する限り、皆さんのパンドラをペレグリーノの魔剣に力として注ぐことができます。

・『熾燎の聖女』オルタンシア
 遂行者の1人。傲慢の魔種。かつて聖女を演じ、魔女として火刑に処された女性。
 火刑に処された後の現在は『聖女オルタンシアは死んだ』のだからと『やりたいように生きる』ことを信条としています。
 最愛の妹が自身と重ね見たというフラヴィアを魔種なりに教導しているとも言います。

『個人の思いからくる感情』を向けられることにはかなり好意的な雰囲気があります。
 火刑に処された時の『他人に扇動された中身のない憎悪や怒り』からくる反動でしょうか。
 当シナリオでは登場しません。

・エリーズ
『夜闇の聖騎士』フラヴィアがアドラステイアにいた頃の所謂『ティーチャー』であった女性。故人。
 30年前、オルタンシアが火刑に処された際に故郷を捨てて生き延び、名をエリーズと変えて過ごしました。
 アドラステイア崩壊以前に(恐らくは)病死により亡くなっています。
 オルタンシアはエリーズの事を『私を最期まで信じた最愛の妹』と評したことから実妹であることが判明しています。

 フラヴィアが傭兵部隊『オンネリネンの子供達』であったのも彼女の尽力によるものです。
 フラヴィアから見ても真っ当な教育者であったとのこと。
 アドラステイアに流れたのは前述のオルタンシアが火刑に処されたことに起因するものでしょう。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • <尺には尺を>それは誰のための剣なのか完了
  • GM名春野紅葉
  • 種別EX
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2023年11月29日 22時10分
  • 参加人数10/10人
  • 相談6日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

オデット・ソレーユ・クリスタリア(p3p000282)
鏡花の矛
ツリー・ロド(p3p000319)
ロストプライド
ムサシ・セルブライト(p3p010126)
宇宙の保安官
ユーフォニー(p3p010323)
竜域の娘
マリエッタ・エーレイン(p3p010534)
死血の魔女
レイン・レイン(p3p010586)
玉響
セレナ・夜月(p3p010688)
夜守の魔女
トール=アシェンプテル(p3p010816)
ココロズ・プリンス
若宮 芽衣子(p3p010879)
定めし運命の守り手
セシル・アーネット(p3p010940)
雪花の星剣

サポートNPC一覧(1人)

フラヴィア・ペレグリーノ(p3n000318)
夜闇の聖騎士

リプレイ

●至らぬ剣
 晴れやかな秋の空には透き通るような青があった。
 朝方には冷たさで目が覚めるような澄んだ空気は心地よい。
 聖都フォン・ルーベング近郊にあるとある聖騎士の駐屯所、そこには中庭と東屋が用意されていた。
「こんにちは」
 フラヴィア・ペレグリーノ(p3n000318)が微笑みながら声をかけてくる。
 黒衣にさらりと黒髪が流れている。
「『意思生命体』──とは私たちの事。存在を形取る意思の為に在り、意思の為に殉ずるモノ……つまりどういうことか、って?」
 自らの定義からと、『定めし運命の守り手』若宮 芽衣子(p3p010879)はフラヴィアへと声をかける。
「やりたいことをやればいい。あなたにはあなたの行きたい物語がある、そうでしょう?」
 きょとんと首を傾げているフラヴィアへとそう続ければ、少女は小さく頷いた。
『若宮芽衣子』とは『自己継続』。ただ在り続けるモノ。後を知り、先へ行くだけの存在(モノ)だ。
「……これは生を知らないヒトデナシの意見だけど」
 そう続ければ、フラヴィアは少しだけ背筋を正したように見える。
「何に影響されたっていい。何度躓いたっていい。
 何回泣いたって構わない。だけどさ。『意思』だけは折れてはいけないの」
「意思……ですか?」
「そう……命は儚くて、弱くて、簡単に失われるものだけど。
 想いは、何よりも強いから」
 静かに続ければ、少女はいよいよもって黙って芽衣子の話韋を聞いているようだ。
「数多の世界、何人もの、何代もの人々に伝播し、広がり、育まれていく、そんな素敵で無敵なもの。
 人と呼ばれる生き物の最大の武器、それが想いの力。人の何よりの武器……大切にね」
「……はい」
 少しばかりの沈黙の後、フラヴィアが小さく頷いた。
「……なんて説教臭い事してみたけど……ガラじゃないね、なんとも」
 その様子に芽衣子は思わずそう呟くものだ。
「いえ……でも、ありがとうございます……想いの力……ですよね。考えてみます」
 少しばかりぎこちなく、けどそう言って少女が表情を綻ばすのを見た。
「ねぇ、フラヴィア。貴女の求めてることは私が教えられる分野じゃない。
 それでも、貴女の導く助けになれたらいいって思ってるわ」
 少女の近くに歩み寄り、『優しき水竜を想う』オデット・ソレーユ・クリスタリア(p3p000282)はそう声をかけた。
「ありがとうございます。そう言ってもらえて、私も嬉しいです」
「でも、気負わないで欲しいとも思うの」
 そう続ければ、少しだけフラヴィアが目を瞠る。
「別に魔剣の継承者だから助けてるってわけじゃないし、魔剣が上手く扱えないから用がないなんてこともないわ。
 一緒にここまで戦ってきた仲間だから、助けてるのよ。だから、あんまり無理はしないでね」
「――っ。ありがとう」
 息を呑んだフラヴィアが今までよりも少しだけ柔らかな微笑みを示す。
 それは年頃の少女相応のもののように見えた。
(可能性を力を変換して出力する魔剣……なにそれ羨ましい機能。
 俺にも欲しいかった機能だ……妖精郷の時にそんな機能があれば最悪の夜の時に動けたのかな……)
 事前に聞いていた魔剣の本当の能力を改めて反芻すれば、『カースド妖精鎌』サイズ(p3p000319)はそう思う。
(でもパンドラ収集器とは別パーツ何だな……じゃあパンドラ収集器に俺達イレギュラーズ標準装備のパンドラ消費しての強制復活機能とかあるのかな?)
 そう首を傾げる。それはパンドラの加護だ。
 イレギュラーズではないフラヴィアにはないだろう。
(いや、なんであれしっかり調べねば)
 ふるふると頭を振って、サイズは思い直す。
 オデットに――妖精に頼まれたのだ。手を抜く道理など元より存在しない。
「魔剣を貸してくれないか? それがどういう代物なのか分かっておいた方がいいはずだ」
「そうね。魔剣の使い方を探る前に、少しだけ剣とあの宝石を調べていいかしら」
 サイズが言えば、続けてオデットも言う。
「はい、大丈夫です。何か気になる事がありますか?」
「そうね、少し気になる事があるのよ」
 オデットの気になっているのは魔剣本体とは別だった。
 夜の零れ落ちた欠片――そうかつて聖女フラヴィアが表現したという小さな丸い宝石。
 イレギュラーズであったという聖女フラヴィアにとってのパンドラ収集器。
(あの時、淡くだけど輝いていた。
 多分、あのときに私のパンドラが譲渡されたのだと思うけれど……)
 直感的にそう考えていた。
 もしそうだとしたら、魔剣の力を使うためには必要なパンドラの量と威力の関係を確かめられるはずだ。
(可能ならあらかじめ溜めておくのが一番ね……)
 小さな宝石をフラヴィアと共に触れる。
 願いを紡ぐように、祈りを捧ぐ――淡い光がオデットの内側から温かな何かとなって溢れ出す。
「さて……呪物として見抜けないなんて恥ずかしい真似はしたくない。全力でやってやる!」
 鞘ごと手渡された黒い長剣は妖精体のサイズにとっては些か大きく感じられる。
 すらりと抜き放たれた黒剣は秋晴れの下に光を呑んで青くとも黒くとも輝いていた。
 意識を集中して、剣身に触れる。
 魔剣の性能、出力、制御方法に至るまで、自らの持つ知識をフル動員する。
 多数の魔物への封印術式に力を割いていた魔剣は力を取り戻している。
(あとは……許容範囲とかキャパシティ、どれだけの間パンドラを保持出来るとか)
「どうかしら?」
「そうですね……パンドラの保持は出来るできるはずです。
 何人かで分担できれば、それほど多くのパンドラを注ぐ必要もない……と思います」
 話しかけられた事にそう答えながら、サイズはそっと剣から手を放す。
「あとは……メンテナンスが必要かもしれません」
 そうサイズは結論付けた。
「今の魔剣は聖女フラヴィア用に調整されているように感じます。
 ……今のフラヴィアが使うには、フラヴィアのためのチューニングが必要になるでしょう。
 元々、剣としての手入れはされているようですから、時間はそれほどかからないと思います。
 制御方法は……いえ、方法と呼べるようなものは元々ないのかもしれません」
 パンドラは可能性の力、奇跡を起こす加護であり意志。
 イレギュラーズがPPPを使うのに最も必要なのは為したい意志を込めることだ。
 それ自体は変わらないのだろう。
「……つまり、命を燃やしてでも叶えたい物をフラヴィアが持っているかどうかです」
 ちらりと視線を上げる。そこにいる少女はごくりと固唾をのんだ。
「巡礼の聖女は恐らく己のパンドラを使って命がけで魔剣を扱った。
 でもそれは守りたいものがあったからだと思うの。貴女も同じなら、きっと魔剣は応えてくれるわ」
 オデットはフラヴィアから離れてそう声をかけた。
「私が守りたいもの……私は、誰かの未来を守りたいのです。
 傭兵のころ、沢山の子供達を死なせました。守りたかった子供達を。
 手の届く限りでもいい。誰かの……自分の手で掴むことができない人たちの未来を守りたいです」
「素敵だと思うわ」
 オデットは微笑みかければ、フラヴィアも同じように笑っていた。
「あぁ、そうだわ。忘れないように、1つだけお願いがあるの。
 パンドラ収集器、その小さな黒い宝石を戦闘中は見せないようにしてほしいの」
「これ、ですか?」
「えぇ、直感だけどオルタンシアにそれを持ってることを知られない方がいいと思ったわ、だからこれからの戦いもそう。
 攻撃を決めるときまでそれを持ってるって知られない方がいいって思うの」
「分かりました……でも、そうだとしたら持っているのも難しいでしょうか……」
「そうね……それなら」
 少し考えて、オデットは光を紡いでチェーンの代わりにネックレスの形へと戻しておく。
「これならいいんじゃない? つけてあげる……うん、似合ってるわ」
「ありがとうございます!」
「良いのよ。見えないように服の下に隠しておきなさい」
「はい、ありがとうございます」
 襟を開けて、そっと少女が服の下に宝石をしまい込む。
(そうだ。……自分達は、あの時全力を出し切って……届かなかった。彼女と同じなんだ)
 フラヴィアが表情を綻ばせたのを見て、『宇宙の保安官』ムサシ・セルブライト(p3p010126)はオルタンシアの余裕ありげな笑みを思い出す。
「改めて、全力でお手伝いさせてください、フラヴィアさん。……共に、乗り越えましょう」
「――はい、ありがとうございます。一緒に、乗り越えましょう」
 ムサシが握手を求めればフラヴィアが頷きながらそう答えていた。
「剣の方は自分ではなく他の方が教えてくださるはず……なら、自分は『耐え抜く』方で少しでも力になれればと」
 倒れないことはヒーローとしてのムサシの信条に他ならない。
「倒れられない、倒れたくないなら……その理由を胸に強く刻みつけること、であります」
「……胸に強く刻み付けること、ですか」
「竜や遂行者と対峙したら、怖くて逃げ出したい時もありました。
 ……痛いのや怖いのは勿論、力が届かないで敵わない時の不安だってあった」
 脳裏に浮かべる幾つもの死闘と冒険。
 目の前の少女も思うところあるのか、真っすぐにこちらを見ている。
「それでも……胸に抱いた倒れられない理由があるから、自分は戦えた。
 ちょっと古臭い理論かも、でありますけど……『理由』が力をくれる。自分はそう思ってるであります」
「理由、ですか」
「だから苦しいときこそ、貴方の戦う理由を思い出すこと、でありますよ」
「私、ようやくそれが見えてきた気がします――」
 背を伸ばすようにしてそう結べば、フラヴィアが短く頷いて。
「――ムサシさんにとっては、その『理由』ってなんですか?」」
「自分の場合は――誰かの笑顔を守るためと……彼女のためですね」
 ムサシはそう『相賀の弟子』ユーフォニー(p3p010323)の方に視線を送る。
 命を懸けるときは一緒に。けれどできるだけ長く一緒にいたいそんな人へ。
「フラヴィアさん、ごめんなさい。
 この前は戦場で……ちゃんとは、謝れなかったから。
 動けているみたいで安心しました」
 視線を向けられたユーフォニーは少し気恥ずかしさを覚えながら、気持ちを入れ替えて。
「そんな、いいんです。それを言うのなら、あの日の私が気を失ったのが悪いんです。
 皆さんは助けに来てくれました。だから、謝っていただく理由なんてないんです」
「それでも……」
 謝らなくては、ユーフォニーは自分が納得できなかった。
「それに……たしかにしんどかったですけど、本人じゃなかったけど、短い時間でしたが、母と剣を交えました。
 あぁやってお母さんと剣の稽古をするのって、子供の……幼い頃の思い出だったんです。
 もちろん母の方がもっと優しい目で私を見てましたけど……結果的に、もうできないと思ってたことができたのだから、きっと良かったんです」
 フラヴィアは何かを想うように微笑んだ。
 だからどうか、気にしないでほしいと。そう言葉にせずとも伝えられて、ユーフォニーはそれ以上言えなかった。
「そう、ですか……それなら、一緒に頑張りましょう! それ、装備してくれてありがとうございます」
「そうです! これ、ありがとうございました!」
 はっと思い出して、フラヴィアが取り出したのは、ユーフォニーが贈ったものだ。
「少しでもお役に立てそうであれば良かったです。
 それで、後で私にもあの魔剣を見せてもらってもいいですか?」
「はい、大丈夫です。何かするんですか?」
「ええ、少し。魔剣さんに聞いてみようと思って」
 ユーフォニーは頷くと、首を傾げるフラヴィアに微笑みかけた。
「私は戦い方の方ではあんまり力になれなさそうですし……セレナさんも手伝ってくれるみたいですから」
 何せユーフォニーの武器といえば今井さんか万華鏡の魔術である。
 前衛で剣を振るうフラヴィアとは似ても似つかない。
「任せて」
 頷きながら『夜守の魔女』セレナ・夜月(p3p010688)は術式を展開する準備をしていた。
 補助術式は魔剣へと問いかけるユーフォニーの意識をより深く、丁寧に魔剣と交えるための道を作り出す。
「前からあなたのことが気になってたのよね」
 ユーフォニーの邪魔にならないように少しだけ離れて、セレナはそっとフラヴィアへ声をかける。
「わたしはセレナ。夜を守る魔女……だからって訳じゃないけど、夜闇の聖騎士って呼ばれてるあなたの事、気になってたのよ」
「夜を守る魔女さん、ですか?」
 不思議そうに首を傾げるフラヴィアに頷けば自己紹介がてらにフラヴィアの隣に座って声をかける。
「力になってあげたいなって思ったの。一緒に頑張りましょうね!」
「えへへ……ありがとうございます」
 少しだけ照れ笑いのようなものを浮かべてからフラヴィアはそう頭を下げる。
「魔剣の試運転も必要よね……その時はわたしが手伝ってあげる。
 わたしの結界は堅い守りを誇る鎧にして盾。
 それを容易く斬り裂けたなら、防御を無視する力がある筈。
 かと言って、一太刀で砕ける程やわでも無いわ、遠慮はいらないわ?」
「……分かりました」
 少しだけ驚いた様子を見せたフラヴィアはやがてこくりと頷いた。
「ねえフラヴィア、ちょっと手を出してみて」
 少しだけ緊張をしたように見えたフラヴィアへそう言えば、不思議そうにしながらもこちらに手を向ける。
 セレナは静かに少女の手を取って、小さく目を閉じた。
『夜を守る魔女よりあなたへ。その剣が重荷とならぬように。あなた自身を傷付けず、熾燎の炎を振り払う力となりますように』
 それはささやかな祝福、炎を払う祈り。
「これは、おまじない。あなたが持つ剣は、決して軽いものじゃないって思う。
 でも、わたし達が居る。信頼してるお友達も、居るでしょう?
 どうか気負わずに。あなたらしさを見失わないように。
『可能性』は、きっとそういう人にこそ、力を貸してくれるものだって思うから」
「――ありがとうございます。そうですね、皆さんがいてくれます。私、やってみます」
 じんわりとした温もりを包み込むようにして、少女が微笑むのを見た。
「フラヴィアちゃん怪我の調子はどうかな? もう大丈夫? 無理はしないでね」
 心配そうにフラヴィアの隣に座り、『氷雪剣舞』セシル・アーネット(p3p010940)は声をかける。
「うん、大丈夫、怪我ももう癒えたよ。でも……無理はしないと。
 少しは無理をしないと、私はあの人に一太刀も入れられないから」
「フラヴィアちゃんはオルタンシアさんの所で特訓してたんだよね。
 大変だったよね、どんな風に特訓したの? 特訓の方法に魔剣の使い方が隠されているかもしれないし」
「どうだろう。特訓はずっとお母さんとの剣の特訓だったから……でも、うん。お母さんの剣だったと思う」
 フラヴィアは思い起こすように首を傾げ、そのあと自身の手を見下ろした。
「……あのね、フラヴィアちゃん」
 セシルはずっと考えていた。
 今言うべきなのか、今日の特訓が全部終わった後にするべきなのか。
「僕もフラヴィアちゃんがさらわれて弱い自分を見つめ直したんだ。
 フラヴィアちゃんと一緒に戦った場所を巡ってさ、それでね気付いたんだ。
 僕の力はちっぽけで、まだまだ全然足りないんだって。
 フラヴィアちゃんを守るなんて口先だけで実力も無いんだって……すごく悔しかったよ。自分が腹立たしかった」
 ぎゅっと少女の手を取った。
 溢れ出す言葉を、フラヴィアは黙って聞いている。
 追いつけない悔しさと焦燥感で雁字搦めになって、剣を振るっても上手く出来なくて、歯痒さばかりが募っていく。
 そんな気持ちは、フラヴィアと一緒なのだろうかと、そう思った。
「……絶対に守るなんて口では幾らでも言える。
 守れなかった僕がそれを口に出すのもおかしいと思う……でも」
 いつの間にか、フラヴィアの手を取る自身の手は少女の手を握りしめていた。
「それでも僕はフラヴィアちゃんと一緒に居たい。
 フラヴィアちゃんと手を取り合って一緒に成長していきたい」
 初めて顔を上げた。
 初めて、フラヴィアの綺麗な黒の瞳を真っすぐに交えた。
 少しだけ驚いたように目を瞠っているその目さえも綺麗だった。
(ずっと家族に愛されてきた、守られてきた僕が、初めて自分の手で守りたいと思った。
 絶対に失いたくない大切な人なんだ。だから、絶対に守ってみせると誓うよ)
「セシル君……?」
 フラヴィアが名前を呼んでいた。
「今度こそ絶対に、君を守るから。沢山のお花にかこまれるように。
 美味しい物を食べられるように、君が心から笑顔になれるように」
 黙っているセシルを心配そうに見ていたフラヴィアが今度は驚いたように目を瞠っていた。
「僕、セシル・アーネットはこの剣に誓うよ。
 全身全霊をもって君を、フラヴィア・ペレグリーノを守ると」
 自覚はなかった。それは今までの話だ。
(大好きだよ、フラヴィアちゃん)
 まだ口に出すのは少しだけ気恥ずかしい気もして、セシルは胸の内にそう想いを告げる。
「……そっか、うん。ありがとう、セシル君。それなら、私も誓うよ」
 気付けば、反対に手を包まれていた。
「あのね、セシル君……多分ね、きっと沢山の人の中でちょっぴりだけ特別な一人がいることは良いことだと思う。
 だから……セシル君が私のために全身全霊を懸けるのなら、私はセシル君を守るから。
 一緒に成長するんだから、セシル君だけが誓うのは不公平だよね?
 だから、セシル君が私を守ってくれるみたいに、私は君を守るよ」
 そう言って、フラヴィアは優しく笑っていた。
「……う、うん。そうだね……お互いに、成長するんだもん」
「セシル君?」
 セシルをどきりとさせる優しい笑顔が一変して、不思議そうに首を傾げる。
「互いに遂行者の手から帰還したわけですね、フラヴィアさん。
 にしてもフラヴィアさんもそんな選択をしなくても良いのに……」
 そう声をかけたのは『死血の魔女』マリエッタ・エーレイン(p3p010534)だ。
 生命を代償にする魔剣。
 何かを犠牲にして立つ奇跡など奇跡ではない。
 生命を代償にする奇跡の欠片など、そんな代物は、マリエッタ・エーレインの望む形とは全くの反対だ。
 それを口になどしないが、思わずにはいられない。
「そうかもしれません。でも……私がしたいんです」
「そうですか……貴女が選んだのならば少しばかりは手助けできるかと。力になってくれると助かります。
 私もオルタンシアとは決着はつけたいですから……ええ、この手で彼女を殺してあげる事で」
「そうですね……それは、そうだと思います」
 少しだけ考えた様子で、フラヴィアがマリエッタを肯定する。
 何か微妙な違和感のようなものを覚えてマリエッタは首を傾げる。
「多分、あの人は殺してくれる人を探してるんですよ。
 誰のものでもない、自分自身の意志で自分を倒そうとしてくれる人に……
 少しの間あの人と一緒にて、そんな気がしたんです」
「……そうですか」
 マリエッタは少しだけ考えてから頷いた。
「さて、求めているのは持久力と耐久力でしたね。
 とはいえ、ある程度戦い方が決まっているなら急にそれを崩すのも悩ましい。
 ならば、付与術式と消耗を抑えるのに能率を学ぶのは如何でしょう?
 私の戦い方も参考になるかもしれませんね」
「付与と能率……」
 不思議そうにフラヴィアが首を傾げる。
「ど、どーして私まで呼ばれてるんですかーっ!?」
 芽衣子はそう叫ぶしろみその言葉を半ばスルーしていた。
 元より『心持たぬ愛の機構』は傍らに存在するモノだ。
「……話進まないので勘弁してあげますよーだ。
 とはいえ、私の出来ることって限られてるんですよねーっ……私にはデータがありませんからねーっ!」
 しろみそは何ができるでもなく。何かをするわけでもなく、ただヒトのマネをするだけのモノだ。
 誰かのように喜んで、怒って、哀しんで、楽しんで。そしていつか本当の心を得てヒトになれるよう演じ学び続ける、そういう存在である。
「なーのーでー、私は鍛錬で疲れたフラヴィアさんと息抜きになる軽い談笑でもしよーとおもいまーすっ」
「……それでいいと思うよ」
 芽衣子が言えば、すたすたと歩いて戦いの中心から離れていく。


●星に願った娘の記憶
 ユーフォニーは魔剣との会話を始めていた。
(お久しぶりです、魔剣さん。初めまして、収集器さん)
 目を伏せ、意識を魔剣へと集中させる。
(どうか答えて――)
 それは取り込める可能性の最大量であり、注ぐ量が指定できるのかであり、そのあとの保存の期間であった。
 あるいは、注いだ量によって威力が変わるのか、注いだ部分を数撃に分けられるのかなどなど。
 脳裏に過ぎ去っていくのは数多の情景だった。
 最初の景色は、ある日の晩に空に祈る少女の姿だった。
 ――どうか、あの魔物を殺す力を下さい。私の命を費やしてもいいから、村の人々を生かすための力を下さい。
 小さなパンドラの奇跡が魔剣へと注ぎ込まれていく。
 思いの強さの限り、パンドラを注ぎ続けることができるのだろう。

 その生涯を追想していく。
 それは命を削りながら剣を振るう少女の物語だった。
 夜ごと、娘は星に願いを捧げていた。
 自分よりも遥かに強い魔物を倒して、苦しむ人々を救う力を下さいと。
 その姿を見れば、保存の期間については言うまでもない。
 注いだ量によって威力が変わるというわけではなさそうだった。
 数を撃つこともできるのだろう。実際、その少女は一度の戦いで何度も剣を振るっていた。
 魔剣の視点から見る夢は、今を生きるフラヴィアと聖女のそれとの違いはよく分からないが。
(……聖女フラヴィアさんが魔剣さんに捧げた願いの数々、確かに受け取りました)
 ユーフォニーはそっと瞳を開く――充分に、見るべきものは見た。

●星雲の一撃
「フラヴィアが強くなって…なんでも1人で出来るようになったら…頼もしいね…
 でも…僕達が手伝えることがなくなったら…少し悲しいかも…?」
「そんなことないですよ!」
「冗談だよ…」
 驚いた様子で言うフラヴィアに『玉響』レイン・レイン(p3p010586)は短く答えて。
「少しだけ、アドバイス…ここぞの時に…フルパワーを出せるのが…主人公…他の国の本で見たよ…」
「ここぞの時……ですか?」
「うん…だから…今度本物のオルタンシアと直接対決の時、ギリギリまで引き付けて…びっくりさせて倒そうね…
 もどかしいかもしれないけど、それも、戦術…」
「……そうですね。私の力が皆さんのお力になれるのなら、がんばります」
「そうそう……これ…訓練の合間に食べる…サンドイッチ…
 フラヴィア…疲れるだろうから…体力回復は必要…」
 持ってきたバケットの上にかぶせた布を退けて、姿を見せたいくつかのサンドウィッチ。
「美味しそうですね……!」
 フラヴィアが目を輝かせるのを見て、レインは頷くと、そのまま水筒を取り出した。
「飲み物…アイスレモンティーもあるよ…」
 数度の交流を経て、レインはフラヴィアの事を根詰めるタイプだと思っていた。
 同時に芯の強さもあるのだろう。こういったタイプはどうにも張り詰めすぎるのだということを、理解しつつある。
「体が緊張すると動きが固くなるから…剣扱うの難しくなると思う…無駄な消耗を抑える意味もあるよ…」
「そうですね……でもやっぱり、皆さんのお邪魔にならないようにと思ってると緊張もしちゃいますね」
「…それなら雑談しよう…フラヴィアは…本は…好き…? おすすめがあれば、読んでみたい…」
「本ですか? どうでしょう……でも、冒険譚は好きですよ。
 最近読んだと……幻想種の方が弟子を取って旅をしていく……みたいな話でした」
 少し考えて、フラヴィアはそう言って微笑する。
「あのー、私もいいでしょうかー」
 そこへと姿を見せたのは芽衣子に連れられてきたしろみそだ。
「はい、もちろんです」
 不思議そうに首を傾げた後、フラヴィアが隣を開けるようにして、座るように促した。
「実は、とても聞きたい事があるんですよねー」
「聞きたい事、ですか?」
「はい。フラヴィアさんは件のオルタンシアを『倒した先』はどうありたいんですかー?」
「倒した先……ですか? どうといわれても……」
 少しばかり、少女は首を傾げる。
「……倒しても、私のするべきことは変わらないと思います。
 手の届く範囲でもいい。誰かを守るために、戦い続けたいです」
 静かに、少女はそう答えた。

「すいません、少し遅れました」
 そこへと声をかけたのは『女装バレは死活問題』トール=アシェンプテル(p3p010816)だ。
 その傍にいるのは、トールとよく似た銀髪の女性である。
「ルーナ=フローラルナだ。トールのAURORA-Eosの調整のために来た。キミ達の邪魔にはならないようにしよう」
 トールの隣に立つ女性はそう言ってちらりと周囲を見る。
「始める前に……フラヴィアさん、少し良いですか?」
「はい、なんでしょう」
 トールの呼びかけに、フラヴィアが首を傾げる。
「あの魔剣が力を発揮できるのがAURORAと同じようなものだと仮定します。
 そうなると、どれだけ感情や熱量を技に乗せられるかが重要です。
 フラヴィアさんにとって誰の為に振るう剣なのか考えてみるといいと思います」
「……そう、ですね。でも、それならもう、決まってるんです」
 くすくすと、小さく、少女が笑う。
「……それならいいんですが」
 どこか穏やかな言葉に、トールは少しばかり首を傾げた。
 

「……終わりました」
 魔剣に触れていたユーフォニーが声をあげる。
 脳裏に浮かぶ光景は記憶として刻まれている。
 ユーフォニーは見た情報を纏め直すと、フラヴィアに預かったネックレスと魔剣を返す。
「一緒に目を閉じてもらえますか? 私の分をお渡しします」
 いつでも自分の出来ることに全力でありたかった。
 突然始まった『ユーフォニー』は、終わりも突然かもしれないから。
 果てしなく、きっと人の全てさえも呑みこみかねないそれに手を添える。
「ユーフォニー」
 けれどそれを制止する声は当然のように存在していて。
「命を掛ける時は一緒に、だろう?」
 静かに、ムサシの手がユーフォニーの手に重なっていた。
「……ごめん」
 その言葉だけで止まる理由には充分だった。
 ユーフォニーは緩やかに、ほんの少しばかりの可能性を注いでいく。
(誰かの強さに憧れる、か。
 昔の自分を見てる気になるな……頑張れよ)
 ユーフォニーの傍に寄り添ってもしもに備えていたムサシは、静かにフラヴィアへとエールを送る。
 彼女が注いだのときっと同じぐらいだろう。可能性を望んで注ぎ込む。
 パンドラを提供する予定だった面々は次々に少女の握るネックレスへと手を重ねていく。
 淡い光を帯びたネックレスがやがてそれを呑み込むように光を収めていく。
「なんだか、温かい気がします。多分、大丈夫です……よろしくお願いします」
 お辞儀をするフラヴィアに頷いてから、トールは剣を構えた。
「まずは腰を落として少しだけ身を引くように剣を構え、輝剣の出力を上げていく……」
 AURORAの思考補助と戦術フィードバックが思い起こさせる聖女の動き。
 鮮やかに輝く極光の剣が渦を巻きながら輝きを強めていく。
「セレナさん、――行きます!」
 鮮やかに輝くオーロラの海がセレナの身体めがけて打ち出される。
 セレナの結界を削りながら剣は燐光と尾を引きながら消えていく。
「……出来そうですか?」
「……やってみます」
 残心するトールにフラヴィアが頷いて、前に出た。
 ゆっくりと腰を落とした少女が呼吸を整えた。
(……私が、誰の為に振るう剣なのか)
 トールの言っていた言葉を、少女は思い出す。
「誰かを守るための剣を、大切な人を守るための剣を……私は、守りたい。
 せめて、私が守れなかった人たちの分まで、もうこれ以上の苦しみがないようにしたい」
 緩やかに、少しずつフラヴィアの剣が淡い光を纏い始めた。
 それはまるで、暗夜に星々が瞬くように。
 星々の光はやがて層を増し、星雲となって夜の包み込む。
「少なくとも、私を助けてくれる人たちを、見守ってくれる人たちを、守れるようになりたい」
 瞬く星のような輝きをもって、少女が剣を振るった。
「――これは」
 出力を高めたセレナの結界が砕け散り星雲の剣は一撃を叩きこむ。
「……防無と、多分なんだけど、加護砕き(ブレイク)もないかしらこれ」
「……かもしれません。他にありそうなのは……必殺あたりでしょうか」
 セレナにトールも頷けば、ちらりと隣を見る。
 極めて効率的に、確実に一撃で敵を殺すための剣。それがこの魔剣の真価なのか。
「はぁ、はぁ、はぁ――」
 そこには瞠目している少女がいた。
「フラヴィアちゃん!? 大丈夫!?」
 思わずといった様子のセシルが飛び込んできた。
 フラヴィアの様子を見るに、その代償はAP消費とパンドラ以外にも重いだろう。
「う、うん。大丈夫だよ……でも、聖女様はこんな剣を普段から振るってたの?」
「少し休憩しましょうか……せっかくですから、休憩がてら名前を付けてみるのはどうですか?
 フラヴィアさんの想いをオルタンシアにぶつけるつもりで」
 魔剣を握っていた手が震えているのが見えて、トールが提案すれば驚いた様子のフラヴィアが頷いた。
「……必殺技の名前……難しいですね」
「必殺技の名前? うーん……星雲極光剣! とかどう?」
 セレナは何となくの名前を言ってみる。
「星雲極光剣……素敵ですね。でも、問題は極光という感じでもないですし……」
 むむ、と悩んだ様子でフラヴィアが首を傾げる。
「連発もできるみたいですが……そもそも連発を想定した技じゃないんですね」
 ユーフォニーが魔剣から教わった限り、連発自体は出来る。
 元より命を懸けていた聖女は『要は鎮めればいいのだから』と、連発の代償を、燃費という概念そのものを無視していたに過ぎないのだろう。
「そうなりますと、せめて能率は必要ですね」
 ユーフォニーの言葉を受けたマリエッタの言葉もさもあろう。
 ただの一撃で良いとはいえ、リソースの点を考えれば能率なしでは使いにくいだろうか。
 トールは隣に寄り添うセシルを見てからそっと離れ、ルーナの隣に赴いた。
「ルーナ様、どう思います?」
「……そうだな」
 腕を組んで何か考えている様子のルーナはセシルとフラヴィアを視線で追ったように見える。
「単純に短時間でパワーアップさせるだけなら彼女にAURORAを施す事も考えられるが……適合するか分からない上に魔剣との干渉が怖いな」
「そうですか……何か彼女の補助になる力とかないでしょうか?」
「……丁度いい機会だ、外付けの簡易AURORAを作ってみるか?
 性能は絞るが一時的に地力を底上げするだけなら干渉するリスクも少ない。
 それに彼女にとっても多少なり特別な感情を向ける相手がいるのも都合が良い」
 ちらりとその視線がセシルの方を向いたのをトールは確かに見た。
「じゃあ…僕もここからは参加しようかな…」
 フラヴィアが呼吸を整えて次の準備を始めたのを見て、レインはそっと立ち上がる。
「僕がパンドラを使う時…倒れても…倒れたくない…って、強く思うんだ…
 その時に…剣に触ってみてもいい…?
 フラヴィア以外の人の力が、剣の力の補助になれるかを…試してみよう…」
「それは……えっと……どういう……」
「成功したら…僕も皆も…フラヴィアの力になれるし…
 …君の背中を頑張って、って更に押せるからね…助けて貰うだけ、とは…違う意味…だよ…」
 まだ何が言いたいのかわかっていないのか、フラヴィアは間合いを開けるレインに向けてきょとん顔のままだ。
「……もしかして、私がレインさんを倒すってこと、ですか?」
「うん…今回で失敗しても、周りの人が操られたりして敵になった時…君が冷静に対処出来るようになるよ…」
「……分かりました」
 少しの沈黙の後、フラヴィアは腰を落としてまた先程の剣の構えを取る。
 そのあとも、フラヴィアの身体に剣が馴染むまで、特訓は繰り返された。

●遥か潰えた紫陽花の楽園
 フラヴィアの実戦の場として訪れたその場所は、紫陽花咲き誇る小さな町だった。
 自らを大罪人と評した騎士はヴァレールと名乗った。
 この地が神の国の奥地、『冠位傲慢』ルストの権能、『選ばれし人』と『神の意志を遂行する遂行者』達による理想郷であると彼は言った。
「自分に憧れてくれる人がいたのなら、その憧れに恥じないような戦いをするまでだ……!
 ディフェンダー・ファンネルッ!」
 ムサシの砲撃は戦場を席巻し、圧巻のレーザー放射は恐怖の楽団を描く。
 優れた反応速度から放たれた砲撃は敵の動きを大いに妨げるだろう。
「ムサシ……」
 ユーフォニーの視線はその背中を見据え、その遥か先にある敵を見る。
「フラヴィアさん! 誰かの手を借りていいんです。
 私たちも8人とか10人で依頼に行って、お互いの得意なことでカバーし合って、みんなで刃を届かせているんです。
 だから……一緒に戦いましょう!」
 ユーフォニーやムサシよりも前、剣を手にヴァレールの牽制を受け流す少女へそう声をかけ。
 世界を彩る彩波揺籃の万華鏡はヴァレールの後方、祈りを捧げんとする修道女たちを叩き潰す。
(調整し終えた魔剣がどれぐらいかも気になるけど……)
 サイズはちらりと横目に剣を振るうフラヴィアを見てから、魔砲ユニットを装填する。
 けたたましいエラー音は普段の事だ。
 もはや注意して考えるまでもなく、魔力砲撃の乱打が戦場を駆け抜ける。
「……理想郷ね」
 オデットは穏やかな街の様子を見据え、ぽつりとつぶやくものである。
「その割には、オルタンシアもいないのにね」
 彼女は理想郷にはいない。それは直感だった。
 どういった理想郷なのかは知らないが、過去を望む類ではないことは理解できる。
 こんなところで止まっている理想郷など、きっと彼女は望むまい。
 振り下ろした術式は容赦なく戦場を焼く太陽の熱を帯びていた。
「……来るわよ」
 広域を俯瞰するオデットは点々と人影を確認する。
 喧騒は新たな敵を呼び寄せつつあった。
「うん…見えてるよ…修道女は任せて…」
 レインはそう頷いた刹那、術式を展開する。
 虹色に輝くクラゲが星のきらめきを残して修道女へと絡みつき、そのままレインの方へと引きずってくる。
 驚き混乱を見せる修道女がレインを把握すれば、敵意を向けてくる。
「騎士は抑えるわ!」
 そこへ飛び込むのはセレナである。
 箒へと跨ったセレナは術式を展開すると同時、修道女をかばおうとする騎士めがけて突っ込んでいく。
 夜空に輝く一条の彗星は人を魅了する輝きを秘めている。
「余所見なんてさせないから!」
 そのまま思いっきり突っ込んでやれば、騎士は盾を構えて防がんと試みる。
 けれどその視線がセレナに警戒を乗せているのは明らかだ。
「前略──幻遠の週末までの管理者とはこの私若宮芽衣子」
 芽衣子は空に向けて手を掲げた。
 名乗り向上の向かう先は、喧噪に気付いた複数の人々の想い。
 それらを一緒くたに束ね、芽衣子へと誘導していく。
「こっちは任せてフラヴィアちゃん!」
「うん、ありがとうセシル君――」
 セシルはフラヴィアへとそう声をかけながら、既に剣を振るっていた。
「僕よりもトールさんやユーフォニーさんたちの方が戦闘経験が多いから参考になる。
 だからフラヴィアちゃんは他の人達の動きをよく見て! 大丈夫、僕が絶対に守るから、君は負けないよ!」
 魔力を籠めて振るった氷刃は遥かな後方、ヴァレールよりもはるか後方を斬り裂いた。
「うん――任せて」
「あまり暴れられても困るな」
 剣を構えるフラヴィアを見て、ヴァレールが小さく言った。
 ヴァレールが動き出すよりも前に、トールは動く。
「任されたからには、無様な戦い方は出来ませんね。フラヴィアさん、見ていてください」
 鮮やかに輝くオーロラの剣が空を衝き、そのままヴァレールめがけて束ねられた極光が落ちる。
「ふっ」
 短く息を吐いた刹那ヴァレールの剣がいっそ清々しく真っすぐに跳ねて迫る。
「大丈夫、フラヴィアさんなら落ち着いて対処すれば問題ないはずです」
 そう告げたトールの言う通り、フラヴィアがその剣を落ち着いて打ち返す。
「こんにちわ、大罪人の騎士ヴァレール。私は貴方に用があるのです」
 その隙を縫うようにして、マリエッタの声が響く。
「……何の用だ侵略の魔女よ」
 警戒を露わにするヴァレールへと、マリエッタの動きは既に決まっている。
「えぇ、その技術を十全に見せてもらう事もですが……私自身、貴方に興味があるのです。
 私の事は知っているかもですが、死血の魔女。そう呼ばれた大罪人。聖女の血を奪った魔女です」
「……あぁ、聞いたことはある。私がまだ聖騎士であった頃には、既にお前の話は逸話となって聞こえていた。
 罪から逃れて死んだという話であったはずだが」
「ふふ、残念ながら。私は貴方のオルタンシアに対する想いを知りたいのです。
 彼女にどうしてほしいのか。何を思っているのか……伝えることぐらいはできるでしょう。
 貴方の心残りごと、この理想郷ごと魔女が奪って……送ってあげます」
「……どうだろうな。私の願いなど、オルタンシアが聴くとは思わん。あの娘は、私の事などどうでもいいのだろう」
「それでもですよ」
「……そうか。ならば答えよう」
 静かにマリエッタへと視線を向けたヴァレールの瞳は何があるのだろう。
「私はオルタンシアは聖女の名を騙り、町の人々を誑かす魔女だと、そう糾弾するためにここに来た。
 だが蓋を開ければ、ただ人々の悩みを聞き、怪我を癒し、少しでも穏やかに暮らせるように導くだけの娘だった。
 処刑の寸前……最中までも我々を含む全てを憐れみ、慈しみながら彼女を殺すしかなかった」
「なるほど……罪悪感ですか。貴方は彼女に赦してほしいのですね?」
 図星とばかりに表情を歪めた男。
「……そうかもしれないな。だが、それだけではない。
 その日の夜、私は自らの妹を連れて町を出ようとする魔女を止められなかった。
 分かっていた。彼女が確かに炎にくべられ、魔性と化したがゆえに生き延びたのだと。
 それでも彼女を殺すことも止めることもできず、ただ町の外へ逃れるのを止めなかった」
 聖女オルタンシアはその日死んだ。これは彼女自身の口からきいた言葉だ。
 そして、そこで死んだゆえに、目の前にいるのに一生、赦しを乞うことさえも許されない。
「……私が言うの何ですが、オルタンシアも残酷なことをしますね」
 それはきっと、清廉な者であればあるほどに耐え難い楔だろう。

 それからの戦いは、ほとんど一方的だった。
 ヴァレールの剣をフラヴィアに学ばせながら、着実に叩き潰していく。
「……これがオルタンシアさんの碑」
 ユーフォニーは戦いの後、理想郷の中心にある碑を見に来ていた。
 そこには2人の『オルタンシアと呼ばれた聖女』についての碑が記されている。
 1人目の聖女は些細な失敗から一部の大人たちに魔女と揶揄されて死んでいった。
 1人目の方はその後、彼女の世話を受けた世代の子供達が大人になってから名誉が復興されたようだ。
「……オルタンシアさん」
 ユーフォニーの知るオルタンシアの方は、最期まで人々を憐れみ、慈しみ、人々の営みが続くことを祈りながら死んだことになっているようだ。
「貴女はこの理想郷が気に喰わなかったんですね……それはどうしてなんでしょう」
 少し気になったけれど、それはきっと、彼女自身に聞けばわかる事なのだろう。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

大変お待たせしました、イレギュラーズ。

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