シナリオ詳細
<くれなゐに咲く>恋華の雫
オープニング
●
何処の国とて、夜に花咲く場所がある。
日が沈み出した頃に蠱惑的な明かりをぼうと灯し、甘い香りの蜜で客を誘い、一夜限りの逢い引きを楽しむ場所。
香と紫煙に満ち満ちたそへに響くは、女の甘やか笑い声と衣擦れの音。
しゃらりしゃらりと白い女の手を彩るパンジャの音。
酒を飲み紫煙を燻らす男たちの笑い声。
「ああ……」
そんな音や声が漏れ聞こえる暗い路地裏で、女は嘆いていた。
「ああ、あああ……」
両の手で顔を覆い、涙を零す。
ずっとずっと我慢していたのに。
駄目だと強く言いつけられていたのに。
ああ、『やってしまった』。
我慢が利かなくなってしまった。
腹が空いていたのだ。仕方がない。
――けれどそれを、女の『主』は許してはくれない。
そうだ、逃げなくては。女は慌てて立ち上がる。見つかっては、あの人は絶対に許さないだろう。粛清される前に立ち去って、そうして新天地で自由に暮せば良い。あの人の居ないところで、我慢を強いられず自由に――
「何方へ参られるのでしょう?」
突如響いた声に、女はヒッと息を飲んだ。
「妾に教えられないところ? よくしてあげましたのに、まあつれない」
「お嬢、様……お許しください! お許しください! 仕方がなかったのです!」
女の命乞いに、お嬢様と呼ばれた『主』が柔らかに微笑む。慈悲を与えるような美しい笑みに安堵してか、女の瞳からは『水晶の涙』が零れ落ちた。
「――あなた、妾が言い付けを守らぬ者を赦すとお思い?」
言い付けを守れないということは――此度の行いは、同胞を危機に晒すことだ。女の主は同胞を危険に晒すことを良しとしない。
女の首が赤い軌跡を描いて飛び、てん、てんと手毬のように跳ねて転がった。
「……もう、潮時なのでしょうか」
転がった頭を掴み上げて物憂げに嘆息すると、ポンと配下の者へと投げよこし、女が殺した男と女の体を運ばせる。
溢れた血は仕方がないが、体に残る血は無駄にはできないのだ。
●
「最近、『謎の血溜まり事件』があるんだって」
事件は必ず夜の内に起こる上、乾燥した血の跡はあるというのにその被害者は見つからない、という話をしたサマーァ・アル・アラク(p3n000320)に「まあ怖い」とアラーイス・アル・ニール(p3n000321)が頬に手を当てた。寒くなってきたからと紅茶に林檎を浮かばせ、少女たちは温かな飲み物を片手にお喋りを楽しんでいる最中だ。
「うちに出入りする商人の間でも結構噂になっていてね、何軒も起きてるみたい」
アラーイスの耳にも入っているでしょうとサマーァが視線を向ければ、カップをソーサーへ戻してからアラーイスが頷いた。
「目撃者を名乗る方もいるようですが、報奨金目当ての方ばかりなのでしょう?」
「そうなんだよね。血だって人じゃなくて獣のものかもしれないし、悪戯とか――そっちに視線を向けさせてもっと悪いことをしようとしてる人がいるのかもしれないし」
「ええ、そうですわね。でしたら……やめておきます?」
「えっ、やだやだ。行くよ。今日は『ノヴァームベル・バザール』に行こうって集まったんだもん!」
「でも、危なくはないでしょうか?」
「大丈夫だよ、皆いるし!」
ね! とサマーァが視線を向ければ、視線の先に居たイレギュラーズたちが顎を引いた。
「おう、荒事に遭遇したら任せとけ!」
「そうよ、アラーイスちゃんには指一本触れさせないわ」
頼もしく新道 風牙(p3p005012)が拳を握りしめ、ジルーシャ・グレイ(p3p002246)が微笑みかけてくれる。
「めえ。わたしも、アラーイスさまへ怖い思いはさせません」
成長したメイメイ・ルー(p3p004460)もにっこりと微笑み、「心強いです」とアラーイスが笑みを返した。
「アラーイスさん、時間はそろそろ?」
「あ、そうですわね。皆様、そろそろ向かいましょう」
白い三角耳を揺らして首を傾げたフラーゴラ・トラモント(p3p008825)の言葉に頷いて、アラーイスが席を立つ。今日向かうノヴァームベル・バザールは夕方からの市だから、少しの間皆で時間を潰していたのだ。
「おいしいもの、あるでしょうか?」
「見つけたらニルに教えてあげるね!」
お肉系? お菓子系? ニル(p3p009185)は何が好きかと尋ねながらサマーァが歩きだすと、そのすぐ後ろについたハンナ・シャロン(p3p007137)がくすりと笑った。サマーァが今日も元気で微笑ましく、一緒に居ると楽しみな気持ちが膨れ上がっていく。
「綺麗なものもあると良いですね」
「冬支度にぴったりなものから、何でもありますわ」
チェレンチィ(p3p008318)へと微笑み掛けたアラーイスは「うちの商会も店を出していて……」と早速香りのするキャンドルや冬の乾燥にぴったりなバスミルクの話をし始めて。
みな楽しげに、ノヴァームベル・バザールへと爪先を向ける。通りへと出れば、目的が同じなのだろう。楽しげな表情で同じ方角へと向かう人々の姿が視界に入り、「何を買おうか」「今年はアレはあるかな」なんて会話が聞こえてきた。
(……少し、気にはなるが)
拙者の杞憂であれば良いが。
如月=紅牙=咲耶(p3p006128)は先刻サマーァがしていた話を気にしつつ、仲間たちの後へと続いた。
歩む道にポツポツと明かりが灯り始めれば、ノヴァームベル・バザールの時間。
そこに咲くのは笑顔ばかりで、薄暗いことなど何もないはずなのだから。
- <くれなゐに咲く>恋華の雫完了
- 冬支度の買い物(イベシナ)か吸血鬼に関する事件の調査が行なえます。前後編の前編です。
- GM名壱花
- 種別長編
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2023年11月30日 22時25分
- 参加人数15/15人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 15 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(15人)
サポートNPC一覧(2人)
リプレイ
●あなたと冬支度
夏の盛りが過ぎて秋へなれば、夕日が地平に消える時間も早くなる。外で遊ぶ時間が短くて嫌だと駄々を捏ねる子どもたちと、暗くなる前にお帰りと注意する親たちが日常的に見える通りも、今日だけは別の顔を見せることだろう。
賑やかな人々の姿を見て、ふと口元だけ和らげた『優穏の聲』ゲオルグ=レオンハート(p3p001983)は片手を肩口へと上げた。肩に乗せた『ジーク』のもこもこの毛に隠された顎を擽ってやるためだ。片手には既にホットココアを持ち、ランタンの灯りと人々の波を游いでいく。
夕日が沈み切る前からぽつりぽつりと灯される明かりたちは、道標のように人々を『ノヴァームベル・バザール』へと導いてくれた。イレギュラーズたちが辿り着いた頃には既に人で溢れており、『風のテルメンディル』ハンナ・シャロン(p3p007137)は「サマーァ様、逸れないように手を繋ぎましょう!」と早々にサマーァ・アル・アラク(p3n000320)の片手をゲットした。帰ったら兄に自慢してやるのだ。
「っと、サマーァ、あまりキョロキョロしてるとぶつかるぞ」
「わ、ありがと、風牙! 気をつけるね」
会場の入り口周辺なんて、最も人が多い。ゲオルグが口にしているホットココアにしようかそれともチャイにしようかなんて悩んでいたサマーァをさり気なくかばった『よをつむぐもの』新道 風牙(p3p005012)はワシワシとサマーァの頭を撫でた。気をつけるなら、それでいい。
「風牙は何を買う予定?」
「オレは砂漠用の上着を新調しちまうかなー」
「砂漠の夜は寒いですしね」
「ハンナは?」
「私は家族へのお土産を……ラサの紋様が素敵なストールとかあったらいいですね」
「ん。アタシも探してみる! ゲオルグは?」
「ジーク用の防寒具を探すつもりだ」
「ジークって自前の毛があたたかそうなのに?」
それともジークにも冬毛や夏毛があるのだろうか。羊のことを良く知らないサマーァが首を傾げれば、ふ、とゲオルグが笑んだ。みなまでは言わないが、可愛い服を着たジークが見たいだけである。小さなサンタ帽とか謎のボンボンがついた服とか、絶対に可愛い。
「……編んでも良いのだが」
「それでしたら、わたくしが良い糸屋をご案内できますわ」
「アラーイスさんって糸のお店ともお知り合いなの?」
にっこりと微笑んだアラーイス・アル・ニール(p3n000321)へと『星月を掬うひと』フラーゴラ・トラモント(p3p008825)が問えば、「ええ、付き合っておいて損はありませんもの」と商売人らしい答えが返ってくる。
「ワタシは手袋を買おうと思っているのだけれど……」
「糸屋にあるかと思います」
染めた糸や毛糸を扱うその店は、自らの店の糸を用いた服飾品も扱っている。
「アラーイス様、よければアラーイス様のお店が出している屋台にも寄りたいです」
「さんせー!」
「では、糸屋に向かう前に寄りましょう」
香りの良いキャンドルとバスミルクがあるのだと道中話すアラーイスとともに皆で歩いていく。
「ばすみるく? お風呂の入浴剤、です?」
「ええ、保湿効果があるのです」
しっとりと肌を潤し、良い香りが眠りへの手助けもしてくれる。その言葉を聞いて、『おいしいで満たされて』ニル(p3p009185)は瞳を輝かせた。
「ともだちへのおみやげにしたいです」
ニルも一緒に入りますと告げれば、アラーイスが仲がよろしいのですねと微笑ましげに笑み――ちらりと視線が食べ物の屋台にばかりへと顔を向けがちな『ちいさな決意』メイメイ・ルー(p3p004460)へと流れた。
「メイメイ様はお慕いする方と入浴はともにしないのですか?」
そそそと近寄り、こっそりと声を落として。
「ぴぇ……」
メイメイの両耳が一瞬ふわりと浮かび上がり、垂れた。
「ああああアラーイスさま……!」
「冬こそ保湿は大切ですわ、メイメイ様」
自分磨きを確りとして、意中の相手もゲットですわ!
……とまでは言わないが言ってそうな顔でグッと拳を握ると、アラーイスは皆の案内に離れていった。
「サマーァさん、一緒に買い物に付き合ってくれるかしら?」
「勿論、いいよ!」
付き合ってと言われれば、サマーァは即答だ。皆にまた後でね~と手を振ってから、『祝福(グリュック)』エルス・ティーネ(p3p007325)の後へ続いていく。
「エルスは何を買う予定?」
「私は領地に必要なものを色々と買い付けておこうかと」
エルスの領地は農業にはあまり適さない土地だから、冬のための食の貯蓄。
「エルスってすごいんだね。領主様なんだ」
「しっかりとやれているかは解らないけれど」
それでもやれることを精一杯、手を尽くしている。そんなエルスのことをサマーァは素直にすごいと思った。穀物を扱っている店を覗いては値段交渉をしながら買い付けて、領民が飢えないようにと気遣う領主の顔。盗賊団と家族の商会のことしか知らないサマーァにとって、とても新鮮に映った。
「シャイネン・ナハトか……」
エルスの小さな呟きに、髭の生えたおじさんの指人形を見ていたサマーァがエルスへと視線を移した。
「皆準備を楽しそうにしてるね。エルスも楽しみ?」
「私も……私を気にかけてくれる人はいるから……ええ、今から楽しみね」
エルスにとって、五度目のシャイネンナハト。
特別な日になればいいと言う気持ちと、このままの関係が続くのも悪くないと思ってしまう乙女心。今の状態で満足してしまえば先には進めず、けれど変わることへも勇気が必要だ。
そんな悩みを小さくポツリと溢せば、「アタシはね」と声が返った。
「今できること、精一杯やりたいなって思ってるよ。エルスもね、今だ! って思ったら行動しちゃえばいいよ」
「私、からかわれてばかりなのだけれど……反撃できるかしら?」
「出来るよ。小さな反撃になったって、えいえいって頑張って爪を立てちゃおっ」
えいっと動かすサマーァの手は引っ掻く猫の手だ。
それが可愛らしく思えて、エルスもふふっと笑いながらえいっと真似をした。
「上手に反撃できたか……出来なくっても、聞かせてね!」
「報告のためにも頑張らなくちゃ、ね?」
くすくす笑いあい、約束、と小指を絡めた。
「良い食器はありましたか、メイメイ様」
「ええ。ふふ、見てください」
糸屋へフラーゴラたちを送って離れたアラーイスが近づいてきたから、メイメイはジャーンと購入したばかりの大きなケーキ皿を見せた。これにシャイネンナハトの特別なケーキを乗せるのだと笑うメイメイに、あらとアラーイスが微笑んだ。
「アラーイスさまにも作ってあげます、ね」
「あら、わたくしも?」
意中の相手にだけでなくて良いのかと首を傾げるアラーイスの顔色はあまりよくない。
「アラーイスさまもわたしの大切な人です。それに……お元気で居てほしいです」
手が触れる前にアラーイスが「粉がついてしまいますわ」とさり気なく一歩身を引いた。
「……わたくし、元気がなさそうにしておりました?」
「お顔の色が、少し……」
「最近少し忙しくて……ですからお買い物です!」
ストレス解消には買い物が一番!
勿論付き合ってくださいますわよねとメイメイの手を引いたアラーイスが、その後メイメイの着せ替え人形となることはアラーイスもその時は予想だにしなかったことだろう。
「……マフラーって、自分でも編めるのです、か?」
毛糸を買い込んだゲオルグにニルが問うと、低い声が肯定する。
「編みたいのならば教えよう」
「良いのですか? ニルはがんばりたいです」
「あ、ワタシも教わっても良い?」
セーターや靴下、チェックのブランケット等色々と買い込んだフラーゴラだけれど、ちょっとかっこいい柄の編み方とか教えてもらいたいなと手を上げた。
みんなは今、食べ物の屋台が多く並んでいる区画を歩いている。それぞれの手には今日の戦利品があり、大事に抱えながら温かな食べ物で腹を満たさんとしているところであった。
「お。サマーァ、これ美味いな」
「えへへ、アタシそれ好きなの!」
大きなブラックペッパーが目立つ鶏肉を頬張った風牙はかっこいいマントを装着している。動く度にヒラヒラとして、その度にサマーァがかっこいいと褒めるからつい買ってしまった。まあ貯金はしているから、こういう時こそ散財だ!
「あ、揚げ芋も美味いな」
ほら、とホクホクのお芋をサマーァにも食べさせて、はふはふもぐもぐ美味しいねと笑い合う。買い食いはいつだって楽しく、仲の良い者同士ならなおさらだ。
「サマーァ様、こちらも美味しいですよ。はい、あーん」
「はふ、あむ、おいひー。あふぃあとー、はんにゃー」
ハンナもハンナで、あれこれ買ってはサマーァの口へと放り込む。ハンナほどサマーァが食べられないことは既に知っているから、沢山の味を楽しんでほしいので一口分ずつだけ。サマーァもハンナに与えられることへ慣れてしまっていて、あーんと言われれば素直に口をあけて受け入れてしまっていた。幸せそうにもぐもぐするサマーァの顔にハンナはニコニコになれ、ふたりにとってはwin-winである。……因みにこれも兄は自慢される。
「ニルは何が好き?」
もぐもぐごっくんと飲み込んでからサマーァが尋ねれば、ニルはにっこりと笑ってこう答えた。
「ニルのおいしいは、サマーァ様です」
今、なんと?
過保護な視線がギュンッとニルへと向いた気がするが、言った相手がニルだったためオッケーが出た……ようだ。指が温まりますよとハンナはふたりにホットココアを渡し、フラーゴラとチャイのスパイスの話をしながら豆がたっぷりのスープを買いに行った。
「ニルは、サマーァ様がおいしいのが、おいしいです!」
「アタシはね、あのお肉好き。あ、でも、ちょっとスパイシーかも。ニルはピリリは平気?」
言い直したニルへ先程風牙に勧めた肉を勧め、食べれなければ食べてやるよと言う風牙を同伴して買いに行く。
ゲオルグはジークのために焼菓子も購入したようだ。レモン風味のアイシングを垂らしたドライフルーツたっぷりのパウンドケーキを食べるジークを愛おしげに眺めていたからハンナはその屋台も尋ね、フラーゴラとチョコレートの香りの茶葉も買い求めた。
皆で落ち着けるようにと空いていた広いテーブルを陣取ってそれぞれ買ってきて食べ物を並べれば、豪華な食卓が出来上がる。焼きたてのチキンや揚げたてのポテト、ボレッキやレヴァニ、ココアにグリューワイン。この丸いお菓子はもちもちして美味しいよとサマーァが指さして、早速風牙が口に放り込んで美味いと笑った。
「ラサって香辛料すごくいっぱいあるよね」
チャイの店のすぐ側にあったスパイス屋で買い込んだらしいフラーゴラの鞄には、シナモン、ナツメグ、カルダモン、クローブ……と言ったスパイスが入っている。
「ラサの民にはチャイは切り離せない飲み物ですもの」
「アラーイスさんもよく飲むの?」
「ええ」
「アラーイスさまが淹れてくださるチャイは、とても美味しいです、よ」
メイメイの声に「えー、ワタシも飲みたい」とフラーゴラが声を上げれば、「では今度遊びに来てくださったら」とアラーイスが笑う。
美味しいものがあれば皆楽しそうで幸せそう。
「ニルはポカポカします」
そうっとコアを抑えてそう口にしたニルにサマーァが笑う。寒さも吹き飛んじゃうよね、と。
冬の寒さへ立ち向かうための笑顔のためにも、きっとこの祭りはあるのだろう。
●明るさから遠ざかり
夕刻にアラーイスとサマーァの会話を聞き、そっと離れたイレギュラーズたちが居る。彼等は祭りに足を向けるのをやめ、その噂の調査をしようと動き始めた者たちだ。
(みんな、楽しんでいるといいな……)
そっと明るい光が見える方向へと視線を向けた『祈光のシュネー』祝音・猫乃見・来探(p3p009413)は、暗がりを行く。向かう先は夜の街、娼館の多い通りだ。
祝音が歩を進めていけば、あれ? と言いたげな顔で人々が振り返る。ノヴァームベル・バザールへ向かうのならば解るが、反対方向へ何故子供が? と思われて当然の行動を取っているからだ。けれどそんな視線に気付かない振りをして祝音は進んでいった。
「まずは聞き込みから、だろうか」
「そうだな……と言っても祭りで人が出てる。俺は酒場にでも行くわ」
多くの店の者たちはノヴァームベル・バザールへの出店に忙しく、住民たちもまたバザールへ行ってしまっている。ひらりと手を振った『駆ける黒影』ルナ・ファ・ディール(p3p009526)へ「私は娼館を」と声を掛け、『灼けつく太陽』ラダ・ジグリ(p3p000271)はルナと別れた。
「血なまぐさい話を聞いたからね」
唐突に夜分に呼び出された『譲れぬ宝を胸に秘め』オセロット(p3p011327)へ、『闇之雲』武器商人(p3p001107)はそう伝えた。
各地で手広く商売を行っている武器商人にとっても治安維持は大事なことだ。人々が恐れて出歩かないようになっては飲食店の売上は下がるし、娯楽関連の売上も下がってしまう。故に彼の店とて無関係と言ってはいられない。
「『支部長』としての経験を積むためにも頑張らせてもらいますよっと」
武器商人の意図を組み、オセロットは武器商人と行動をともにした。
「やあ、どの子も綺麗だね」
娼館に明かりが灯るようになれば、店々に女や男たちが顔を出す。暗視を用いた広域俯瞰で外へと顔を覗かせた者たちの姿を見れば、皆華やかに着飾っていた。身に付けているものはどれも流行りの装飾なのだろう。アレは流行していてうちでも取り扱っている商品だと、つい目が行ってしまうのも仕方がない。
「血痕を見に行こうか」
「了解、マスター」
まずは現場から。そこを見ずには進まないだろう。
「どうしたの、僕。親御さんは? こんなところに来ては駄目だよ」
「みゃー……」
何の変装もしていない祝音が娼館の多い通りに足を踏み入れれば、当然そう大人たちが声を掛けてくる。送って行ってあげるよと声を掛けてくれる良心的な大人たちもいれば、誰かが声を掛けてるなら大丈夫だろうとそのまま気に入りの店へと足を運ぶものもいる。
「ああ、俺が連れてくよ。通報ありがとう」
警邏の人間が増えているため、通報を聞いてすぐに駆けつけてきた男が祝音を連れて行く。男娼の娼館もあるから、危険だよ、と。
(言い訳とか、考えておけばよかった……。ちょっと待って、この人が犯人ではない、よね?)
警邏になりすました犯人という線も、忘れてはいけないことだ。明るい大通りまで連れていかれるまで、祝音は気を抜かずに過ごしたが――何も起きなかった。警邏の人たちがちゃんと職務に忠実であることが解った。
「もー! アンタ本当にお金あるの!?」
「あるある、あるって! まかせとけよ!」
俺のキャラバンはすごい儲けてるんだって。親父がすごいかせいでてさ~なんて女性たちの肩に手をおいてチャラ男っぽい歩き方を意識した『金庫破り』サンディ・カルタ(p3p000438)が酒場から出てきた。
お買い物とか可愛いことはレディの仕事。そして物騒で血生臭そうな仕事ことがサンディの仕事だ。
「え~、でも一杯しか奢ってもらってないし~?」
「じゃあお姉さんたちの働いている店に行こうぜ?」
勿論演技である。
「ああでも遅くならない方がいいか? 最近物騒だから気をつけろよって親父が言ってたんだよな」
「うーん、確かにそうかも? でもつい先日……昨日だっけ? 起きたから当分ないんじゃない?」
「うん、昨日くらいだったかも~」
「え、なに。周期とかあんの?」
「周期っていうか~、暫く起きないんだよね」
「そうそ、まるでお腹が膨れたから暫く食べなくてもいいって感じの~」
「アタシたちも吸血鬼の仕業なんじゃないかって噂してて~」
「そうそ、こわぁい、キャー助けてーって言うと皆喜んでくれるもん」
ねーっとサンディの両隣で女たちが笑いあった。面白おかしく尾びれがついてるだけで実際そんなことないでしょ、と。
そう彼女たちが思っているのなら、そうなるようにするのがサンディの仕事だ。
「これは難解そうだ」
血溜まりがあった地点へと向かった武器商人が顎を撫でた。
血痕は既に水とブラシで殆ど痕を消されていて、ましてやこの暗さでは中々気付け無い。今は警邏のためか明かりが少し増やされているようだが……と街灯のある場所の確認をする。あの位置では夜間に通り掛かった者には血溜まりもただの水溜りとなり、踏んでしまった人たちの足跡が方方へ続いてしまっている。どうやらそれも捜査を難しくしている要因らしい。
「結構な人が踏んだっぽいっすね」
鼻をひくつかせたオセロットが遠くの明かりへと顔を向けた。匂いが辺りに散らばりすぎていて、これは追えそうにない。
「事件が起きてくれれば手っ取り早いのだけどねぇ」
「まぁこれだけ警邏が居れば難しいでしょうねぇ」
他の血溜まりがあった場所を見に行っても、やはりそこを中心に警邏が多い。娼館へと顔を覗かせて尋ねてみたが――客じゃないならと良い顔をされなかった。
(――なぜ死体がないか)
考えるべきはそこだろう。血溜まりがあったと言われている場所で、『暗殺流儀』チェレンチィ(p3p008318)はふむと考えた。
通りがかった警邏の男へ『娼館近くという理由以外にも男性だと思われる理由はあるか』と尋ねたところ、チェレンチィが思った通り『血液量』の情報が得られた。
導き出されるのは二点。男性の遺体を運べる力がある者が犯人。これは特殊な能力があれば可能だから女性でも可能だが、明らかに非力そうな人は犯人から外れる。……複数犯の可能性は捨てられない。
そして。
(その男性だから狙ったのか、はたまた無差別なのか)
表から聞き込みをすれば嫌な顔をされるであろうから、暇そうにしている男娼や娼婦から最近来ていない客を聞いてみることにした。
深夜となるよりは少し前、ルナとラダは合流した。
得てきた情報は……と互いに話すが、お互いにこれと言った大きな手がかりはなかった。けれどもとある男が気にしていた娼館があったため、その近くへと行ってみよう……という話となり、ルナは囮として、ラダは気配遮断と忍び足で隠密行動を取ることとなった。
(警邏も多いし騒ぎもあった。流石に来ねぇか)
酒瓶片手にぶらついてはみたが、何もない。
早い店は店前の灯りを消し始めている頃まで練り歩き、そろそろラダと合流しようかと思ったその矢先。
駆けてくるような軽い足音がして、ドンと何かが当たった。
「おっ、……とすまねぇ」
その拍子に酒瓶が割れた。ぶつかった相手は線の細い女だった。女はしきりに謝り、大したことはないとルナは割れたガラスへと指を伸ばし――指先が切れ、赤が覗いた。
「あ……」
思わずと言った様子で女の手がルナの指へと伸び、口に含もうとし――体を大きく震わせて止まった。
「あっ、あ……ごめ、ごめんなさい……あたし……」
少女と呼んでいいくらいの幼い見た目の妓女が涙を浮かべていた。
「ごめ、ごめんなさい、誰にも言わないで、誰にも……」
慌てて身を翻した女へルナが手を伸ばそうとし、暗がりから姿を表したラダがそれを止める。首を振り、顎で示す。意味は『後を追おう』だろう。
女は駆けていく。良く見れば素足だ。先程の行為も衝動的で、正気とは思えない。
娼館の灯りや人で賑わう道とは違う裏通りを駆けた女は不安げに周囲へと視線を巡らせ――そうして一軒の店舗の裏口へと姿を消した。その姿を見届けたラダは手で合図をしてルナを呼び、ふたりは揃って店の表へと回り込む。
――気に入りの店が最近やってないことが多くてよ。
そんな話をルナは酒場で聞いていた。その娼館の名は――。
――――
――
――とっぷりと夜も更け、日付も変わった。
子供はとっくに寝ている時間で、イレギュラーズたちも帰路へとついたのだった。
●日が昇るのにはまだ早く
明け方が近づいてきて。水平線の端にはもしかしたら太陽が覗き始めているのかもしれない。そんな時間。仲間たちはみなとうに帰っていることを知りながら、最後にアラーイスの店廻りの警戒だけでも行っておこうと『ベルディグリの傍ら』ジルーシャ・グレイ(p3p002246)は爪先を向けた。アラーイスと仲が良いジルーシャは彼女のことを案じているが、彼の足取りは慣れたもの。何度も通っているから、アラーイスの店周辺の路地は全て覚えてしまった。
(こっちを通ると近道なのよね。道は狭いけど隠れ広場みたいなのもあったりし――)
キン、と何かが聞こえた。
次いで、甘い香りが香る。
(この香りは)
ジルーシャは知っている。その香りを誰が好んでいるのかを。
すぐ近くに顔を寄せ合って、新商品の開発だってした。
……悪い予感がした。
駆ける、駆ける、月も微笑まぬ暗がりを。
知っている道でよかった。そうでなければ駆けられない。
小さく人の話し声がした。アラーイスの声であったから気付けたような小さな声だ。
(ああ、アラーイスちゃん。よかった杞憂だったのかしら)
「アラーイスちゃん? こんなところで何を……」
小さな広場が道の先に見えた。ジルーシャが声を掛けながら進めば、アラーイスが驚いた表情でジルーシャを見た。
紫の瞳と『赤い瞳』が合わさって――その一瞬がいけなかった。
アラーイスの体に赤い花が咲いた。鼻孔を擽っていた甘い香りが鉄さびじみた香りに上書きされていく。
少女と呼べる小さな体はゴム毬みたいに石畳を跳ねた。
「――――ッ」
言葉とは言えない声を上げ、ジルーシャは彼女へと向かって駆ける。彼女しかもう、見えなかった。ジルーシャの眼前でアラーイスの体は壁にぶつかって転がるのをやめた。溢れた血が夕刻には着ていなかった――きっと今日買ったばかりの外套を赤に染め、石畳にはどろりとした赤が広がっていく。生命の色だ。早く止めなければと思うのに、ジルーシャには回復手段が――なかった。
慌てて周囲を見渡す。当然のことながら下手人らしき姿は既にない。
悔しさに唇を噛みしめる。だが、あの状況ではジルーシャの目も心もアラーイスに釘付けだった。仕方がないことだ。
誰か――。
人を呼ぼうとし、やめた。人が集まって騒ぎになっては、アラーイスが助からないかも知れない。幸いにもアラーイスの店が近い。ジルーシャは自身の外套で傷を縛ると彼女を抱き上げた。
「……ジルーシャさん?」
「きゃ」
すうと夜闇からチェレンチィが出てきたから驚いた。
リストアップしてみた所共通点がないことだけが解った。調べるだけでもかなりの時間を要し常ならば明日にしようと思っても良さそうな時間だが、けれどもと最後に周囲を歩いてからと闇の帳を纏って歩き回り、そうしてジルーシャの声を聞きつけたのだ。
「……アラーイスさん……」
「彼女の店へ連れて行くわ。先行して知らせて頂戴」
頷きひとつ。素早く身を翻したチェレンチィの姿がまた闇に消えたのだった。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
冬支度は温かく、調査は生温かく、そして明け方は一層冷え込みます。
ひとつひとつ可能性を潰していくことも大事なことです。
アラーイスはマスコメにあるとおり【2】の時間帯にはおりません。枠外パートです。
何名かに個別あとがきが出ております。選択によって後編OPが変わります。
お疲れ様でした、イレギュラーズ。
GMコメント
ごきげんよう、壱花です。
シャイネンナハトの鈴の音が近付いてきましたね。
という訳で、冬支度のお買い物、もしくは事件の調査が行なえます。
●シナリオについて
<くれなゐに咲く>は前後編となり、今回は前編になります。
シナリオの性質上『血』の描写がありますので、苦手な方はご注意ください。
●行動選択
どちらの行動をするか選択してください。
NPCに誘われてのご参加だったとしても【2】を選んで頂いて大丈夫です。
【1】冬に向けて
時間帯は夕方~夜。
ランタンに温かな明かりが灯ったら『ノヴァームベル・バザール』の始まり。
冬の準備をするためのバザールです。クリスマスマーケットのラサ版みたいな雰囲気で、シャイネンナハト用の小物だったり温かな防寒具、ホットココアやグリューワインといった温かな飲食物もあります。
ふんわりと焼きたてのチキンの香りであったり揚げたてのポテトの香ばしい香りもして、サマーァはそちらに気持ちが向かいがちのようです。
【2】調査をする
時間帯は夜~深夜。
細かな時間の指定をすると外した時が大変なので、しないことをおすすめします。
ラサの夜の街――娼館が多い地帯で事件の調査をします。
薄暗い路地と、明るい光を放つのは娼館。
死体は見つかってはいませんが被害者は娼館帰りの男性と思われるため、ラサの警邏の者等が巡回をしています。
●同行NPC
お声がけがあれば反応いたします。
ふたりとも【1】のみにいます。
・アラーイス・アル・ニール(p3n000321)
狼の獣種の少女。アルニール商会の主。
いつも柔らかな笑顔を浮かべています。親しい仲だと、顔色の悪さをメイクで隠している? と思うかもしれません。
可愛い外套や冬らしい食器やアクセサリーを中心に見て回ります。
・サマーァ・アル・アラク(p3n000320)
新米イレギュラーズ。ラサのことなら任せて!
おっかいものーおっかいものー。買い物をすることで頭がいっぱい。
あー、でも甘くて温かいものも食べたいなぁ。
買い過ぎちゃうと買い食い出来ないかなぁ。うーん、悩んじゃう~!
●サポート
行動場所【1】のみに、イベシナとしてご参加頂けます。
同行者さんがいる場合は、お互いに【お相手の名前+ID】or【グループ名】を記載ください。一方通行の場合は描写されません。
シナリオ趣旨・公序良俗等に違反する内容は描写されません。
●EXプレイング
開放してあります。
文字数が欲しい、関係者さんと過ごしたい、等ありましたらどうぞ。
可能な範囲でお応えいたします。
●ご注意
公序良俗に反する事、他の人への迷惑&妨害行為、未成年の飲酒は厳禁です。
年齢不明の方は自己申告でお願いします。
以下、選択肢になります。
《S1:行動選択》
select 1
どちらの行動をするか選択してください。
サポート参加は【1】のみです。
【1】冬に向けて
【2】調査をする
《S2:交流》
select 2
誰かと・ひとりっきりの描写等も可能です。
【4:NPC】は、行動選択が【1】の場合のみになります。
【1】ソロ
ひとりでゆっくりと楽しみたいorひとりで調査したい。
【2】ペアorグループ
ふたりっきりやお友達、関係者と。
【名前+ID】or【グループ名】をプレイング頭に。
一方通行の場合は適用されません。お忘れずに。
【3】マルチ
特定の同行者(関係者含む)がおらず、全ての選択肢が一緒で絡めそうな場合、参加者さんと交流。(ソロ仕様なひとり完結型プレイングはソロとなる場合が多いです。)
【4】NPCと交流
おすすめはしませんが、同行NPCとすごく交流したい方向け。
なるべくふたりきりの描写を心がけますが、他の方の選択によってはふたりきりが難しい場合もあります。
交流したいNPCは【Nア】等頭文字で指定してください。
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