シナリオ詳細
<尺には尺を>生命と糧と
オープニング
●
それは唐突に現れた。
「――っ、」
眼前に現れた、『ソレ』。目鼻立ちがすっと通った黒い豹。その姿に、ニル(p3p009185)は思わず身構え――ようとして、杖を庇うように背中へと隠した。
何故ならソレは――コーラスは、秘宝種のコアを食す存在で、ニルの杖に嵌った宝石を『美味しそう』と思っていることをニルは知っているからだ。
「…………」
いつ飛びかかってくるのかと、ドキドキと魔力が乱れた。
けれどもどれだけ経ってもコーラスは飛びかかってくることはなく、ニルは首を傾げる。
(……そういえば、ハーミル様が居ない?)
ハーミルとコーラスはいつもセットだ。……ゲームセンターではコーラスはいなかったけれど、大抵は一緒に居るものだ。首を傾げたニルは、警戒を解かず、距離は詰めず、「ハーミル様は」と問うてみた。
その言葉を待っていたのだろう。コーラスは耳をぴっと立てると、何かを地面に落とす。そうしてふいと顎そむけてくるりと身を翻し、姿を消した。
何も起きなかったことに呆気に取られながらも、ニルは暫くコーラスの立ち去った方角へ意識を向ける。ファミリアーを飛ばして周囲の警戒をし、ハーミルもコーラスも姿が無いことを確認してから、コーラスが落としていった物へと近寄った。
「……」
伸ばした手が少し止まったのは、最近もこうして残されて落ちていた物を拾った記憶があるからだ。今もその『落とし物』を大事に持ってはいるけれど、『落とし主』には返せずにいた。
苦い気持ちはおいしいとは真逆。ぐっと一度眉を寄せてから新たな落とし物へと手を伸ばせば、それは手紙だった。
「これは……」
宛名はニル。差出人は――コーラスが落としていったのだから当然、ハーミル。
豹の顔らしき封蝋が捺されたそれを開封して、ニルは小さく息を飲んだ。
――こんにちは、ニル。
手紙を送るのは初めてだね!
長く文章を考えるの苦手だから、要件だけでごめんね。
あのね、お話したいなって思ったんだ。
君だって僕に言いたいことがあるでしょう?
だからね、『お茶会』をしよう。
テュリム大神殿へ来て。道を開けてあげる。
友達も連れてきてくれて大丈夫だよ。
あ、勿論、お茶会にそぐわない行為はダメだよ。
つまみだしちゃうからね!
最期に『ハーミル・ロット』と記されているそれは、ハーミルからの招待状だった。
●
『解り合えない。ということは悲しいことですね』
悲しげに眉を下げた『先生』がそう言った。
『けれど解り合うことへの努力を惜しんではいけません。君が思い悩むのなら……そうですね。対話をしてみては如何でしょうか?』
相手のことを知ること、自分のことを知ってもらうこと。その結果歩み寄れなくて戦いになったとしても、やれることをやらないでいるよりずっといい。
どちらかが一方的に悪で、とちらかが一方的に善であることは少ないのだと先生は言った。立場が変われば見え方が違い、立場にあった正義があるのだ、と。
『…………愚かにも自分たちの正義だけを信じて拳を振り上げてきますからね、彼等』
先生の小さな呟きは僕には届かなかったけれど、先生はきっとローレットってところに所属している人たちのことが嫌いなんだろうなぁ。
ふんふんふん、ふふふん♪
薔薇咲く庭園に明るい鼻歌を響かせ、ミルクティー色の髪がぴょこぴょこと跳ねていた。
ハーミルは機嫌良く長いテーブルに食器と茶器を並べ、ついさっきハサミでちょきんとやったばかりの花を花瓶へ飾る。自身が座る椅子に用意したクッションを見てから、他の席にもふかふかのクッションを用意した。ニルには身長をあわせるためのクッションが必要だろうから。使わなければ背の間に挟めば良い。
「お菓子は何が好きかなぁ。うーん、お茶会の主催って大変!」
茶葉の好みも良くわからない。色んな茶缶をあけてはくんくんと匂いを嗅ぎ、僕はバニラのが好きだけどなぁと呟いて蓋を閉じた。
「……お土産歓迎ですって書いておけば良かったかも」
そうしたらきっと好きなお菓子を持ってきてくれたに違いない。
うーんっと右に頭を傾げ、ううーんっと左に頭を傾げる。
「マカロンとー、ケーキとー、スノーボールとー、マフィンとー、フィナンシェとー、カヌレとー……あっ、甘いのが苦手な人用のもいるんだっけ」
確か先生に聞いたらそう言っていたはず!
「サンドイッチとー、ミニバーガーとー、フライドチキン。あ、ポテトもいいなぁ」
それから、ローストビーフも。
ハーミルは楽しげにお茶会の準備をして――そうしてふと思うのだ。
(コーラスも食べれたら良いのに)
食べることは、可能だ。だがコーラスの栄養にならないから、コーラスは好んで食べようとはしない。ハーミルの糧となるのが魔力ではなく眼前に並ぶ料理であるように、コーラスの糧となるのは秘宝種のコアのみ。
(魔力だけで生きていけるのに他の命を奪う人たちに、コーラスのことを否定する権利があるの?)
秘宝種が魔力を糧とするように、吸血鬼が血を糧とするように、コーラスには秘宝種のコアしかない。それを食べるなと『獲物』に言われたところで、疑問しか浮かばない。肉食動物の爪に掛かる前の草食動物は、総じて鳴くものだ。
「……コーラス」
暗い気持ちになりかけたハーミルの足にコーラスが身を寄せる。絡みつく尾が案じてくれているのだと解り、ハーミルはコーラスを抱きしめた。
「僕は大丈夫だよ、コーラス。僕が守ってあげるからね」
コーラスはハーミルの大切な家族だ。
コーラスが居る限り、ハーミルはひとりにはならない。
雪に閉ざされた山奥でひとり飢えに苦しみ、『同胞だったもの』が散乱する中、自身の肉を食もうとすることだって――
「あ!」
パッとハーミルは顔を上げた。招待したイレギュラーズたちの訪いに気付いたのだ。
明るくにっこりとコーラスへと笑いかけてからハーミルはぴょんぴょん跳ねるように出迎えに行く。
「いらっしゃーい! ようこそ、僕のお茶会へ!」
- <尺には尺を>生命と糧と完了
- 遂行者ハーミルとお茶会をしましょう。
- GM名壱花
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2023年11月19日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談6日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
●
「いらっしゃーい! ようこそ、僕のお茶会へ!」
「はじめまして、だ。ハーミル、コーラス。エクスマリア=カリブルヌス、と云う」
「うん、初めまして。ニルのお友達? 楽しんでいってね」
直々にハーミルが招待したのはニルだけで、その他のメンバーはニルが声を掛けたか、話を小耳に挟んで自ら行くと選択した者たちだ。『薔薇冠のしるし』エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)の髪を綺麗だねと褒め、ハーミルは茶会の主らしくあらねばと次々にイレギュラーズに挨拶をしていく。
「招待ありがとう」
感情を封印した『【星空の友達】/不完全な願望器』ヨゾラ・エアツェール・ヴァッペン(p3p000916)はハーミルたちに対して悪感情を抱かない。だが、好感も喜びも覚えないため、浮かべる笑みは作り物である。
「ご招待いただき、ありがとうございます」
「お招きありがとうございます、ハーミル様」
礼儀正しく挨拶をした『愛を知った者よ』グリーフ・ロス(p3p008615)と『おいしいで満たされて』ニル(p3p009185)へうんと頷いたハーミルは、座って座って~と席を進めた。
横長のテーブルには所狭しと料理や花が並んでいて、ニルが瞳を瞬かせる。
「これはみんな、ハーミル様の『おいしい』ですか?」
「うん! 僕、何でも好き!」
「ハァイ、こんにちは。今日は素敵なご招待をアリガト♪」
明るく挨拶をした『ベルディグリの傍ら』ジルーシャ・グレイ(p3p002246)は、何やら手荷物がいっぱいで、お土産よと中身を見せてくれる。
「マカロンとマロンプリンと……それから蜂蜜」
「蜂蜜! やったー! 紅茶が甘くなるね!」
「ニルからもお土産です」
黒豹は見つけられなかったから、黒猫のクッキー。受け取ったハーミルはコーラスへ見て見て~と振った。
「あ、これお土産のプリンだ。オレが、一番好きな食べ物!」
「土産の菓子は此処に置いときますけえ、後で召し上がって下さい」
「わぁ、ありがとう! お土産すっごく嬉しいよ!」
プリンは今食べる? と『特異運命座標』マッチョ ☆ プリン(p3p008503)へ尋ねたり、『黒蛇』物部 支佐手(p3p009422)は「後で」と言っていたから先生と分けて良いのかな? と頭を悩ませたり、ハーミルは一気に忙しくなった。
「あっ、お茶をいれないと! 座って待っていてね。えっと、お茶っ葉をいれて……」
「僕は持参しているからいらないよ。僕、結構拘りが強くてね。ごめんね?」
ハーミルが座るであろう席から遠い席を選んで座ったヨゾラに「はーい」と返す。食べることへの強制はナイトプールでだってしておらず、当人の自由意思に任せてある。
「手伝うわ。このポットと茶葉でいいのよね?」
「ニルも、お手伝いします」
「私もお手伝いしますね」
「淹れて頂いた茶は、わしが配りましょう」
「わ~、助かる~!」
ハーミルはお茶を普段からあまり淹れないようで、その殆どをジルーシャとニルとグリーフがやり、支佐手と一緒に配膳へと回ることになった。
「あっ、お土産のプリンも出すね」
ティートロリーに乗せてある予備用の小皿たちから可愛い花柄のものを選び、要る人~と尋ねながらマッチョが持参したプリンを配っていく。
「コーラスも嫌いじゃなかったら、どうだ?」
味は保証するとマッチョは言うが、ハーミルは首を振った。
「ごめんね、コーラスは優しいんだ」
戦闘等を除き、必要とする命以外は極力奪わないのだ、とハーミルが告げた。
顎を前足に置いて伏せているコーラスを見て「そうか」とマッチョは零す。
「今、凄く迷ってて、な。食を断つと決めたんだが――」
「食べないの?」
「ああ。だが、食べなかったら失礼、でも食べたら立てた誓いを破る事になる……しかし自分の誓いの為にせっかく用意してくれた物食べませんなんてわがままで失礼になる……? いや、でもでも……食を断つって決めたのにそれは……」
マッチョは本気で悩んでいるらしい。ハーミルはパチパチと目を瞬かせ、コーラスへと視線を向けて何かを考えている。
「他の者が食べれば良い。じゃろ?」
ミシミシと関節を鳴かせながらカップを上品に摘もうとしながら口にしたのは、『メカモスカ』ビスコッティ=CON=MOS(p3p010556)。頑張って礼儀作法を覚えてきたため、上品さを心がけているようだ……が、ミシミシ音が気になってか周囲からの視線を集めてしまっていた。
「用意に感謝を」
本来は不必要であるグリーフは食べることに決めたようだ。眼前に料理という形で出ている以上、口にしなくては勿体ない。イレギュラーズたちはどうだかわからないが、飢餓を知っているハーミルは「うん」と頷いた。どの選択も正しくて、どの選択も理解できる。選択をする自由がグリーフにもビスコッティにもニルにもマッチョにもある。……コーラスには、ない。だからこそコーラスだけ否定されることに「何故」と思えてしまうのだ。
「ハーミル様は、氷聖様ともこうやってお茶会をするのですか?」
ちゃんといただきますをしてからマカロンへと手を伸ばしたニルが尋ねれば、ハーミルは首を傾げる。
「先生は忙しいからあまりしないかな。でも僕はおじさんたちとするよ!」
「おじさん、ですか」
「うん。こないだ居た……あっ、今のなし! 忘れて……!」
(…………)
ハーミルの感情の色に少しだけ悲しむような色が現れたことに気付いたのはきっと、グリーフだけだろう。その人はもう居ない。――イレギュラーズたちが殺した。
「茶葉は氷聖が選んだの?」
場の空気を変えるようにジルーシャが言葉を向ければ、「先生は緑のお茶ばかり飲んでるよ」と返ってきた。何かアドバイスしたとしてもきっと『そこら辺の良い香りので良いのでは』くらいだろう。
紅茶はバニラのような甘い香りとレモンのような香りの二種類が用意されていた。
誰もハーミルの過去については踏み込まなかったから、お茶会は和やかにお菓子やお茶の話のみで進んでいく。
けれどもやはりハーミルには尋ねたいことがあるから、何度かもじもじと指を交差させてからイレギュラーズたちへと尋ねてみたのだ。
「そもそもの話して良い? ハーミル。もしコーラスを食わなきゃ死ぬ獣がいて、その獣が意識がまだあるコーラスを食べようとする。コーラスが悲鳴を上げたり恐怖したり苦痛を伴い食われたら死ぬと仮定して。君の心情としてそれ、怒らずにいられる? つらくない? コーラスを食べないで殺さないでって思うんじゃない?」
ヨゾラの言葉に、ハーミルは言葉を選ぼうとして首を傾げる。
「わしとて身に覚えが無いわけではありませんし、それが間違っとったとも思っとりません。ハーミル殿は正しい。間違いなく」
その間に、家族の腹を満たさんと行動するハーミルへと同意を示してから、支佐手が口を開いた。ハーミルがコーラスへ向ける視線は優しくて、大事に思っている事が解る。守るべきもののために戦うのは『正しい』ことだ。
「『わしらが生きるために、おんしの先生と家族を差し出せ』と言われたら、おんしはどうしますかの?」
「うーんっと、まずだけど。そこのメガネのお兄さんの『そもそもの話』が違うかな?」
そもそもの話とヨゾラは言ったが、ハーミルは一度だって『その人』でなければダメだとは言っていない。秘宝種という種のコアでありさえすれば良く『個』ではなく『種』の話をしているのだ。狩られる『獲物』の気持ちは理解していて、それに対する抵抗も理解している。けれど『自分たちは他の命を奪っているという前提があるのに、どうしてコーラスだけを否とするのか』を知りたいのだから答えになり得ない。
「それでえっと、『個』ではなく『種』の話だから、例えに上げるべきは『終焉獣でなければいけない獣が居たとして』でなければおかしいんじゃない?」
前提を変えないで話さなくては、とハーミルは紅茶を口に含んだ。
そして、ハーミルは魔種なのだ。ハーミルで例えてしまうとイレギュラーズたちの思う『普通』とは異なってきてしまう。
「で、その前提があるから、終焉獣を求めるのなら、僕が他の終焉獣を作るよ。代わりなんていくらでもある」
自分の大事なものをあげられないなら、代わりを差し出す。傲慢にもそれが可能だと思うし、実際可能だ。
「でもその場にコーラスしかいなくて今すぐ! なら、相手を殺すしかないよね? 僕もコーラスも誰かの命を奪う時は、自分たちの命を片側の天秤に乗せているよ? 皆だってそうだから抗うでしょ?」
覚悟もなしに鎌なんて振るってはいない。そこまで理解して、豊穣の民として身に覚えのある支佐手は瞳を伏した。因みにだが、先生かコーラスのどちらかを差し出せと言われたらハーミルは迷わず氷聖を差し出す。「先生なら大丈夫だもん」と。
それに先日、イレギュラーズたちはハーミルの大切な『家族』をひとり殺している。ハーミルはそのことについて触れはしないが、それを忘れた上で問うて来ているのならば――イレギュラーズたちは随分と傲慢だ。
「……はっきりと、言おう。それは理屈でなく、感情の問題、だ」
エクスマリアの声に、ハーミルが顔を向けた。
「例えば、コーラスの糧となるものが終焉獣の心臓であったなら、それをダメだという者は、まず居ない、だろう。それは、何故もなにも、ない。秘宝種の命が奪われることが、ただ単純に『嫌』だから、だ。だから決して頷けないし、断じて認められない」
パッとハーミルの表情が明るくなったのは、わかりやすい答えを得たからだろう。
「ハーミルがコーラスを大切に思うように、マリア達は同胞が餌とされることを、受け入れられない。そこには、正しいも間違いもなく、ただ、互いに譲れない感情があるだけ、だ」
「……イレギュラーズは、仲間だ。だから、何かあったら助けに行くし、襲おうとしてるヤツは止めるし、敵なら倒す。でも、じゃあ、仲間じゃないやつだったら……? オレの知らないヤツが襲われてたら……うん。やっぱり、オレは助けに入ると思う。きっと……体が勝手に動くと思う」
エクスマリアの言葉にマッチョが続けば、うんとハーミルが頷いた。
「……結局は感情、かぁ」
「オレはコーラスよりも仲間たちの方が大事で、ハーミルはコーラスの方が大事だ」
ただ、それだけ。
「立場が違えば思いも、大切も違うもの。コーラスさんも、生きるために他の命を摂取することは、誰でもしていること。互いの大切や生きる場所が違って……どうしても譲り合うことが難しいこともあります」
人には感情がある。この世界では『人』である秘宝種にも。
グリーフも愛を知り、大切が生まれた。愛した人が守った人や世界をグリーフも愛し、抗い、守りたいと思っている。
「コーラスさんだけに否を唱えません。私たちは私たちを、仲間を守るために動きます」
「……うん、コーラスだけじゃないならいいんだ」
選択の自由を得ているということに、グリーフもマッチョも気付いている。知ってくれた。
相互理解が及ぶ問題ではないからそれでいいとハーミルは頷き、注意深く観察していたジルーシャは彼のカップに紅茶を継ぎ足してやった。
「ハーミル様は研究……も、していましたよね」
「うん、そうなんだ! 僕だってお話できる相手から……っていうのは抵抗があるから試したよ。……でも上手にできなかった」
神の国でハーミルが何かをしていたのを、ニルは知っている。ニルの大切な人が巻き込まれてしまったと知った時はコアが痛かったけれど、その人も無事に帰ってきていて……何をしていたのだろうとたくさん考えた。
コアを宿した胎児めいたもの。結果的には上手くはいかなかったが、それが成果だ。
「足掻き、調べてはおるのか」
ふむ、とビスコッティは顎を撫でた。問おうとしていたことは、既にハーミルは行動している。
「学ぶことは良いことだって、知恵は力だって、先生が言っていたよ」
「……意外と『先生』をしておるようですの」
「そうみたいね」
支佐手の小さな呟きにジルーシャが同意を示した。
「ふむ、そうじゃの……。レガシーコアは機能停止したものであれば闇市にも流れておる、それは食わせられんのか?」
「……闇市?」
「闇市を知らんのか?」
「言葉だけなら……えっと、非合法の市場だよね? 治安が悪くて足元を見られる悪いところ……危険なので行ってはダメですよって先生が言って……えっ、異端者の人たちは悪いところを利用してるの? 神様に怒られない!?」
目を丸くしたハーミルに対し、何とも言えない表情でイレギュラーズたちが顔を見合わせる。
「……悔しいけど、氷聖の教えが全うだわ」
「ですの……」
「ええっと、闇市のことはちょっと置いとくとして……機能停止したもののお話、だよね。それは大丈夫だよ。というか、他の人から聞いていない?」
元よりハーミルは……というよりもコーラスは、生きている秘宝種よりもニルの杖に嵌っているコアを欲していた。最初からコアのみの状態でわざわざ殺さずに済む場合はそちらを選ぶことの方が多い。美味しそうに見えるかどうかも重要だが。
「君たちは今まで『秘宝種を食べるのはダメ』とか『眠りを妨げるな』とか言っていたけれど、闇市というところに出回っているのは容認していて、見逃してもいるの? それっておかしくない? コーラスよりそっちの方が問題じゃない?」
イレギュラーズたちは顔を見合わす。この場にいるイレギュラーズたちでさえ、それに対する思いは半分に分かれることだろう。
(もしコーラスが、名前も顔も知らない秘宝種のコアを食べたって……アタシは多分、悲しまない)
闇市でコアを得られて、それでコーラスの腹が満たされるのならジルーシャは良いと思う。確かに胸は痛むだろう。けれどそれがニルやグリーフやマッチョ、ジルーシャの知人や大切な人たちでないことに安堵を覚えるはずだ。
多くの人は、きっとそうだ。
良かった、犠牲になったのが『知っている誰か』じゃなくて良かった――と。
「今日はお話できてよかった」
ハーミルが笑った。
「僕は結構、ニルが好きだよ。秘宝種だって……好きだよ。……君たちを食べてしまうコーラスが居るのに、お話しにきてくれてありがとう」
「ハーミルさん、こちらを」
「……これ」
グリーフはハーミルへと持参していた花束を手渡し、先日亡くなられた僧兵の方へと告げた。
「ありがとう。……おじさん、お花好きだったよ」
互いにそれ以上の言葉は交わさない。命のやり取りをしているのだ、その覚悟は互いにあり、ぎゅっと花束を抱きしめていい匂いだねとハーミルは笑った。
「僕は眼の前に『コーラスのご飯』があればそれを狩るだけ。でも君たちのはもういいかな……言葉を交わすとご飯に見えなくなっちゃうから困っちゃうね」
そこで一度言葉を切ったハーミルへ、支佐手が彼の言いたい言葉を繋ぐ。
「次に会う時はまた敵味方ですかの」
「うん。僕はコアを狙わなくたって、そうなんだよ」
遂行者とイレギュラーズだから。
信奉する神が違い、信じる正義が違うから。
それ以前に、ハーミルは魔種だから――戦わずにすむならそれが一番いいのにとニルは願っているけれど、魔種は存在しているだけで世界に害が及ぶ。イレギュラーズたちにとっては討たねばならない存在だ。
「迷わず戦うし、倒す」
「うん」
「オレが負けて、食われても……恨んだりはしないよ。……次は絶対負けないけどな!」
「勿体ないから、そうするよ! まあ僕とコーラスが勝つけどね!」
キラリのことも好きだけどとハーミルが笑った。
「魔種とそうでない者は相容れぬ。それは構造上の欠陥と言うやつじゃな。我のようなメシも寝ることも必要のないモノからすると、それ以外はすべて欠陥があるようにさえ見える」
「これで終わりだね。それじゃ」
次にあったら敵。
ちゃんと線引をして、イレギュラーズたちは帰っていく。
「……大きな声じゃ言えないけれど」
バイバーイと手を振り見送るハーミルへジルーシャが振り返った。
「アタシはアタシの感情で命に明確に優劣をつけているわ。だから……本当に、アンタたちが幸せに暮らせる場所を作れるなら、手伝いたいわ」
例え敵でも、彼らの事情を知ってしまったから――。
ハーミルは瞳を丸くしてから、微笑んだ。
「……お兄さんが幸せになれなくなっちゃうよ」
魔の道は、魔。今日はこの空間にあるべき『呼び声』を抑えているけれど、そんなことを言ってはダメだよとハーミルが無邪気な顔のまま告げた。ハーミルはいつも先に忠告をしてくれる分優しく、子供らしく甘い。薄氷の上を渡る生き方をしているのに――その優しさを知っているニルは、ああと思った。……思って、しまった。
(――氷聖様が救う前に、ニルたちがハーミル様を救えていたら)
そうしたらきっと、友達になれていただろうか。
――――
――
「生きているって、すごく傲慢」
それに皆気付いていないのかなぁと、ハーミルはイレギュラーズたちが去り用途を終えた食器たちのみが残るテーブルを見つめて呟いた。
生きるということの多くは、何かや誰かの命を自分の糧としていると言うことだ。そして糧として良いと無意識に、無自覚に、思っている。ああなんて傲慢なことなのだろう。
ハーミルは生きるため、差し出された父の足を食べた。母の腕も食べた。全部全部、『生きるために食べなさい』に従い、糧として良いのだと傲慢にも思って生き抜いた。そして先生も「それでいい」と言ってくれた。
――だからこそハーミルは傲慢の魔種なのだ。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
グリーフさんからの花束はちゃんと弔いのために使われ、ハーミルは心から嬉しく思っています。
マスコメにもあるとおり聞き出そうとしなければ話はしないので、飢餓や理想の話は出ませんでした。
ハーミルは秘宝種の皆さんに対して好意的に思っており、言葉を交わしてしまったからもう「コーラスのご飯のために」とは思えなくなってしまいました。
きっと素直に「闇市を見に行ってみよう!」と思うのでしょう。
今度は戦場でお会いしましょうね、イレギュラーズ。
GMコメント
ごきげんよう、壱花です。
ハーミルとお茶会をしましょう。
●シナリオについて
ハーミルからお茶会へ招待されました。
皆さんが来るとハーミルは座って座ってと席を勧め、自分はお茶を淹れようとします。人数が多いので手伝ってあげると喜びます。
ハーミルは楽しいお茶会と、それから少しの会話を望んでいます。
中々話したい内容を切り出せずにいるかもしれませんが、ハーミルは「生きるために他の命を得るのは当たり前なのに、何故みんなはコーラスだけに否を説くのか」を知りたいようです。自分たちの棚上げをしていないのなら否定されるのは解るけれど、というところです。その際、コーラスの事情についても話すことでしょう。
ハーミルが理想郷を作るとしたら、そこに飢えはありません。欲しい糧は自然と現れ、誰かから何かを奪うこと無く、皆幸せに暮らせる世界です。
――神様は言いました。
汝のくだす裁きで汝も裁かれ、汝の量る尺で汝もまた量られるだろう。
●お茶会について
喧嘩(戦闘)となったり誰かが声を荒らげたり等、お茶会にそぐわない行為をするとその場から退場させられます。勿論、飲食物に悪いものは入っていません。不安なら持参した物だけ口にしたり、お茶を自分で淹れる等してもハーミルは気分を害したりはしません。
薔薇園にお茶会の準備がされています。遠く離れたところには白騎士が2体控えています。「先生が『一応』ねって」と言うわけで、護衛用バッファーです。
基本的にイレギュラーズたちが荒立てたりしないかぎり普通にお茶会をしてお開きになります。
細長いテーブルで、お誕生日席にハーミルが座ります。
一番遠いお誕生日席に座るも、その他席順は皆さんでご自由に。
●ハーミル・ロット
黒豹型のワールドイーターを連れた少年遂行者。魔種です。
明るく友好的な性格をしており、言動も見た目相応のものです。
コーラスのために秘宝種のコアを常に欲しています。以前神の国で『秘宝種のコアを養殖できないか』実験したことがあります。どうやら上手くいかなかったようです。
過去に『飢餓』を経験したことがあります。コーラスを飢えて死なせることだけは絶対にしたくありません。過去に何があったか知りたければ聞いてみてください。対価となるような話があれば話すでしょう。聞いて気分がよくなるものでもありませんし、軽い気持ちで踏み込んで良いものでもありませんが。
「……僕が秘宝種だったら、僕のコアをコーラスにあげられたのに」
・『ワールドイーター』コーラス
黒豹型のワールドイーター。ハーミルの側で伏せの姿勢でいます。
主食は秘宝種のコア。それ以外は栄養にならず、コアを食べないとそのうち死に至ります。
●EXプレイング
開放してあります。文字数が欲しい時等に活用ください。
それでは皆様、楽しいお茶会を。
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