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シナリオ詳細

<尺には尺を>破天曲折の道程:規則

完了

参加者 : 7 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●天上なる歴史を歩むために:遊戯
 正義と理想を公に掲げ、その行動理念とさえしてきた天義。
 そこで巻き起こった『神の国』にまつわる事件は誰の記憶にも新しい。
 突如テセラ=バニスを包んだ闇の帳は、街を神の国へと作り替え。
 住人らを信徒として迎え入れる。
 だが神の国が生まれる一方で――いや、神の国が生まれるからこそ。
 かの地とかの歴史を神聖なるものと崇める遂行者達には、
 そぐわないモノを排除することも求められるのであった。

 テセラ=バニスにほど近い村で運営されていたとある孤児院。
 そこは親という存在を失った子供達が集められ、優しい村人達と協力しながら第二の人生を歩む場所。
 未来への希望に胸を膨らませながら。
 だがとあるイレギュラーズ達の活躍により、それは表の顔に過ぎなかった事が明かされた。
 もう一つの意義――子供達を人とも思わない、”素材”として利用してきた裏の顔があったのだ。
 かけがえのない命を使って制作されていたのは、誰のものとも知れない集合体の一部分。
 素材はやがてとある創造者によって歪に継ぎ接ぎされ、ひとつのイノチに変わる。
 かの神を天上の存在と信奉し、忠実を持って意思を為す創造者。
 そんな創造者によって作られた、天の意思を実行するためだけの使い――天使へと。

 惨状を前に、イレギュラーズ達は思う。

 随分と悪趣味な事をするのだと。
 この犠牲は本当に必要だったのだろうかと。
 この行いを許す事はできないと。

 原因に関係すると思われる存在に、イレギュラーズ達は語る。

 人は自分自身の在り方を選べるはずだと。
 新しい明日を歩む権利があったはずだと。
 自分達の手が届くなら救ってみせると。

 『遂行者ダラス』は己に向けられた思いと言葉を反芻し思案する。

 自身の嗜好が他者と相容れない事はなかったのかと。
 自身の行動が惨劇の遠因となる可能性は考えないのかと。
 誰のどんな行いならば全ての者が許せるのかと。

 この場に居ない幻影へなおも問いかける。

 己の掲げる理想のために命を奪い、命を利用する選択を選んだ事はないのかと。
 その存在すら知らぬ者の明日は、既知の者の明日に勝るのかと。
 その手を伸ばし誰もを救うのなら、どうして手が伸ばされぬ者がいるのかと。

 世界は混沌に満ちている。
 理想も正義も夢も現実も。
 同じはずのソレは、掴む手が異なるだけでこうも簡単に表返り裏返る。
 まるで投げる度に目が違う賽ではないか。
 なんて不条理で、なんて頼りない信念。
 けれど誰もがそんな自分勝手を無秩序に転がして生きている。
 心情や経験、偶然や周囲の影響。
 生きているだけで自己と他者の賽は簡単にぶつかりあって、一つの結果に違う意味。
 ――絶対的矛盾を内包した"目"だけを残して時が進む。

 この世界にある絶対の規則は、誰にも彼にも御し難い。
 この世界にある正義や理想は、強き者の傲慢が跋扈するに過ぎない。
 「この世界」という縛りの中に「妥協無き理想」などない。

 そんな世界を生きるのは、狂おしいほど汚らわしいではないか。
 そんな世界を再生したって、結局は誰かの傲慢な規則が支配するではないか。

 なら、何が救いになるのだろう。
 既に何度も繰り返してきた自問自答。故に答えはとうの昔に決まっていた。

「……規則無キ遊戯に正義無シ」
「待たせたわね」
 その時、ダラスの待ち人が姿を現した。
「私のお願いがどうなったか、聞かせてもらおうかしら?」
 『遂行者テレサ=レジア・ローザリア』の視線は、彼を捕らえて離さなかった。

~~~

「分かったわ。ま、あれが盗られたのは綜結教会側には多少痛手かもしれないけれど、
 男の処分という最低限の依頼は達成しているのだから、咎められる謂われはないわね」
 ダラスからの報告にテレサは淡々と認識を述べる。
「結果はどうあれ、お願いを聞いてくれた事に礼は言わせてもらうわ。
 協力関係にあるとはいえ、自分じゃ何にもできない人間達の小間使いで出かけて、
 オマケにイレギュラーズ達になじられるなんて、私には耐えられないもの」
 くすくす。ああ、勿論あなたを小馬鹿にしているわけではないわよ?
 本当に感謝しているんだから。
 そう言葉をつむぐ彼女は、いつも通りの笑みを湛える。
「……それにしても、私達にとっても教会にとっても、いよいよイレギュラーズ達は邪魔でしかないわね」
 先日の一件で手痛い目に遭わされたのが効いているのだろうか。
 一瞬消え失せた笑みに苛立ちが感じられたようにも思えた。
「……そうだ。ダラス、私面白いことを思いついたの」
 何かを思いついたテレサは一枚の用紙を渡す。
「これハ?」
「教会施設の見取り図。『杜(もり)』に気づかれる前に引き払うつもりらしいのだけれど、まだ準備中みたい。
 もしこの話をイレギュラーズ達が聞いたらどうするでしょうね」
 テレサはわざとらしく自分自身の肩を抱いてみせる。
「きっと大きな戦闘になって、誰も彼もが傷ついて。ああ。
 試してみたいけれどそこにいる自分を想像するだけで震えてしまうわ」
 彼女は思いつきを述べているに過ぎない。
 だが、この行いの意味がそれだけではない事は分かりきっていた。
「必要な話は教会側へ通してあげる。だからまたお願いを聞いてもらえない?」
「……了解しやシタァ」
 返事を聞いた彼女には、再び笑みが戻っていた。


●「駒」
 天義北西部。ある山の岩肌沿いを進んで行くと、大きな裂け目状の穴があった。
 穴の中は入り組んだ洞窟上になっており、さらには侵入者を警戒する天使達の姿もあちこちに見受けられる。
 けれどもし、監視をかいくぐり正しい道順を通る事が出来たならば――それができるのは一部の信徒のみであるが。
 目の前に巨大な施設が現れる。
 そこは天義の元司祭『ラバトーリ』が興した宗派『法理綜結(ジンテジスト)派』を教義とする団体、
 『綜結教会』の支部であった。
 中にはホール状の大聖堂や、教義について研鑽する集会所等があり、"熱心"な信者達が日々宗教活動に勤しんでいる。
 そんな施設の奥の奥。
 たった二人しか立ち入る事の許されない部屋に、修道服に身を包んだ女性達がいた。
「これは……ふふっ」
「どうかされました? ワタシのエンゼ様?」
「いえ。嬉しいお誘いがあっただけですわ、『シスター・デビル』」
 不思議そうに覗き込む顔に『シスター・エンゼ』は柔和な笑みを浮かべ答える。
「魔種テレサ様からイレギュラーズの皆様を駆逐するためのご提案を頂きましたの」
「そのように頬を緩められるとは、余程ウレシイことなのですわね」
「それはもう。私達は全ての存在を一つに統一された世界を目指しているのですよ? 
 こうして魔種様から直接協力を願い出て頂けるなんて。人魔が手を取る理想の一端であり、
 私達がお『社(やしろ)』様のお役に立つ事を証明するまたとない好機。
 しかも遂行者のお一人をこちらへ派遣して下さるとか。
 丁度ここには良い駒が揃っておりますし、そこに魔種が加わるなんて心強いですわね」
「駒!? ではエンゼ様?!」
「ええ。貴女の大好きなお仕事の時間ですわ」
「フヒヒ……! なら早く引き裂いて差し上げませんと?!」
「お待ちになって。貴女の出番はこちらへ来られる遂行者様が邪魔者に救済をお与えになられてから。
 それまではいつも通り私を守ってもらえますか。私の可愛いデビル?」
 エンゼは優しくデビルを抱きしめると、隠し持っていた薬を少量注射する。
「あぁぁ……はい。ワタシのエンゼ様……」
 恍惚の表情を浮かべる悪魔と呼ばれた修道女。
 エンゼはそんな彼女を神の慈悲を与えるかのような優しい手つきで撫でてやるのであった。


●ダレカのタメに
 ある日、ローレットに一通の手紙が届く。
 差出人は不明だが、綜結教会の施設に閉じ込められているから助けてほしいという内容であった。
 手紙には他にも、施設の見取り図や人員状況、注意事項等が詳細に記されている。
 ――罠じゃないか?
 誰かが言った。
 だが完全な偽情報と言えない限り、依頼は依頼。
 手紙に付着したインクと異なる赤いシミの香りもまた、判断を迷わせる。
 神の国関連の問題が更に混迷を深める今、天義に生じる怪しい出来事を、無視すべきか否か……。

ーーーーー
 ローレットノ皆様ヘ

 助ケテ下さい。
 私は、私の行いガ誰か救うと信ジテ活動に従事して来マシた。
 でも、それハ間違いデシた。
 私ガ何をシヨウとも、この世界ハ救ワレない。
 人が他人(ひと)ヲ助ケルだなんて。
 目の前ノ小さな変化を無駄に満足シテルだけ。
 傲慢な思い上がりデシた。
 私がアナタになれナイ限り、同じ幸せナンテ分けあえナイ無いのに。

 助ケテ下さい。
 私は、ここに囚ワレテいます。
 私ダケじゃない、みんながヤツらに囚ワレテいます。
 みんなを助ケテ下さい。
 アナタは私を知らないデショう。
 みんなもアナタを知ラナイでしょう。
 でも、アナタは助けてクレルのでしょう?

 助ケテ下さい。
 辛クテ、狂シクて、動ケない。
 だから私もみんなも逃げれナイ。
 ワタシは私じゃないワタシ。
 私はみんな。ミンナはワタシ。
 でも、アナタが私にナッテくれるなら。
 命の対価はイノチだけ。
 同じルールはおんなじ証。
 きっとみんなが救ワレる。

 私はアナタを信じます。
 こんな世界を終わラセテくれるって。
 いつか約束シタお遊戯ニ向けて。
 幸福も不幸もダレカのルール。
 ミンナで決める、ゲームの決まり。
ーーーーー

 長い議論の末、ローレットは協力関係にある杜(もり)へこの事を共有。
 調査に赴く事を決定した杜陣営に、イレギュラーズの同行を提案するのであった。



※関係者用語解説(OP登場順、本シナリオ上必要部分のみ解説)
【綜結教会】
 簡潔に表現するならカルト結社です。
 現在の教理は『神託の破滅の向こうに、真の理想郷となる世界がある』となっており、
 真の理想郷を『全ての存在が一つに統一された世界』と定義しています。
 元々この思想を布教していた司祭ラバートリがとある存在に出会った際、その存在を神と崇め始め、
 今では司祭も信者も、神のためと言いながら色々暗い行いをする団体になってしまっています。
 教義の中には不可能とされている魔種との共存なども挙げられており、
 また理想の達成においてイレギュラーズが邪魔になるという共通点から、
 天義で活動する冠位傲慢陣営の魔種と手を組んでいます。

【杜(もり)】
 綜結教会やその上位に位置する組織の活動に対抗すべく作られた組織です。
 長月・イナリさんが所属しており、ローレットとは協力関係にあります。
 ローレットに届いた手紙の情報を分析した結果、
 該当施設が綜結教会の大きな支部ではないか。という推測に至り、
 調査と有事の際に行う壊滅作戦を決定しました。
 ※ローレットとの協議の結果、施設内部の実体調査は戦闘能力に優れたイレギュラーズ達が行い、
  イレギュラーズ達の調査状況に応じて、イレギュラーズの救助や脱出後の敵対勢力一掃に向けた波状攻撃など、
  様々な状況に備えて準備をしてくれる事になっています。
  メタ的に言えばリプレイで扱う施設内出来事以外の事、
  ほぼ描写されないがお話の都合上あるであろう物事を受け持ってくれています。
 ※イナリさんが参加されない場合でも、杜は援護に来てくれています。

【社(やしろ)】
 綜結教会の上位に当たる組織で、教会が信じる神が創り上げた組織です。
 つぎはぎだらけの邪悪でいびつな生物=天使と呼ばれる存在は、
 この組織に属するとある存在によって作られています。
 ※前回のシナリオにてPCの調査とダラスの発言でも確認されましたが、
  天使の素材には人間が使われております。
  そのため綜結教会の者から見れば、天使はある種の「存在統一という理想の具現」です。
  天上たる神が理想達成に向けて使わしてくれた戦う力であり、
  理想の具現たるその姿は、彼らにとって正しく天使なのでしょう。

【上記組織達の現状】
 「杜withローレットVS社with綜結教会」はローレットの記録(依頼)に
 記されているものも無いものも含め、これまで何度も戦いを繰り広げていますが、
 支部を運営するような幹部を抑える事が出来ないでいました。
 ですが手紙に書かれた情報が正しければ、この依頼はまたとない機会と言えるでしょう。

GMコメント

●概要
 先日天義で起きた神の門とも称される大規模な戦いを経て、
 皆様は神の国を攻略すべく更なる一歩を踏みださん、としている状況です。
 そんな中、神の国に直接は関係ないものの、ローレットへ怪しげな手紙が届きました。
 危険を承知で調査へ赴く仲間組織の行動に、協力してあげて下さい。

※上記で明示している「ある戦い」に関わるシナリオは下記となっております。
 本作はそれの流れを汲んだ物語です。
ーーー
該当シナリオ:<神の門>破天曲折の道程:遊戯
 https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/10278
※オープニングと下記コメントをご覧頂ければ、上記シナリオを読まなくとも問題無く本シナリオに参加できます。

※本シナリオには長月・イナリ(p3p008096)さんの関係者が登場するため、
 イナリさんに優先参加権を付与しております。
ーーー

●目標
・「手紙」の真偽調査
※個別に特定存在の救助や打倒を目的としても構いませんが、真偽不明な以上個別目標の達成程度は問いません。


●NPC詳細
【テレサ】
※本シナリオのリプレイに彼女は登場しません。
 世界の再生『裏創世(ネガジェネシス)』への信仰を持つ遂行者です。
 そのため現世界の終焉を目的とする綜結教会と手を組んでいます。
 とはいえ彼女の理想が「世界やり直し」であるのに対し、教会は「世界(の物理的な)統合」です。
 この微妙で大きな違いは相容れることがないでしょうが、現状邪魔となる杜やイレギュラーズを廃すため、
 協力関係が続いています。
ーーPL情報ーー
 今回の依頼は彼女のお願いによりダラスが実行しています。
 ですが当の本人はイレギュラーズの戦力消耗以外は特段関心がありません。
 そのため施設での出来事は主にダラスの意図が働くでしょう。

【ダラス】
 やせ細った体と気怠そうな雰囲気、猫背と白いコートが特徴的な遂行者です。
 イレギュラーズを観察したい気持ちと、汚らわしいと思う気持ちが混在しているようで、
 自身の信じる歴史の障害となるものを「ゴミ兼おもちゃ」とし、
 さんざん遊びつくしてから念入りに処分するような性格の持ち主です。

 現状テレサに協力する形で活動していますが、内心彼女とも教会とも違う信念を持っているようで……。
ーーPC&PL情報ーー
 彼と対峙したイレギュラーズ達の報告から以下の事実が判明しています。
・首元の布裏に天秤型の光を放つ物を所持している(恐らく聖遺物だと思われる)
・彼が用意した舞台において対峙した際、話をするダラスに対して攻撃を仕掛けようとした所、
 上記天秤の光が輝き動きが制限された。その際「お話中くらいは仲良くスルのがルールでショ?」と述べた。

【シスター・エンゼ】
 長月・イナリさんの関係者で綜結教会のシスター。副司祭とも呼べる様な立場の人間です。
 優しく柔和な外見に似合わぬ策士としての一面があり、
 彼女の手腕によって杜は綜結教会の支部機能を抑える事が中々できないでいました。
 今回もいち早く支部機能を移転しようとしていましたがテレサの提案により、
 敢えてこの支部で戦力消耗作戦を行う事に同意しました。
 魔種との協力関係を円満にするため、基本的にダラスの作戦に従います。
 ですが、作戦の失敗を感じればすぐに自身の考えで行動します。
 戦闘能力はありませんが策略家のため、機会を逃せば逃げ切られてしまうでしょう。

【シスター・デビル】
 エンゼに異常な程忠実に付き従う修道女です。
 元々ならず者傭兵部隊の一員でしたが、「駒」を求めるエンゼによって組織に勧誘されました。
 組織の投薬や肉体改造によりいわゆる「戦闘向け」の調整がなされており、
 戦闘になれば巨大ハンマーを軽々しく振り回した機動力のある物理攻撃を行い、
 痛みに止まることなく対象を抹殺するまで攻撃します。エンゼの指令には命をかけて従います。


●エリア詳細
 オープニング記載箇所にある綜結教会施設。
 受ける印象としてはとても大きい教会系施設といったところです。
 大聖堂やシスターの部屋、拷問部屋や怪しげな実験室等、宗教の聖域と組織の暗部が混在した場所です。
 通常暗部にあたる各種部屋へのアクセスは隠されていますが、
 手紙に同封されていた地図により、そうした隠し通路は全て把握できています。
 施設の内容が分かっているため迷うことはないでしょうが、
 広いので出入り口以外での全員行動や合流は骨が折れるでしょう。
 全域通してダラスにより特殊な原罪の呼び声が響いているため、
 仮に生存者がいるとしても、各種生存者を察知する能力は相当に該当者へ近づくか、
 生存者を察知するための要素を具体的に知るまで、効果を発揮させるのは難しいです。

【大聖堂】
 ホール状の広い空間ですが、長椅子や柱などがあるので陸上導線は若干狭め。
 光源や足場そのものには困りません。天使量産型と僧兵が多くいます。
 聖堂の最奥に、巨大柱に磔られた存在が何体かいます。
 柱の下には無数の棘があり、落ちれば体中に穴が開くでしょう。
 飛行で迫るか、棘が引っ込む手段が見つかれば何とかなりそうです。
 手紙にはこの場所に関して、以下のように記されています。
 「私ハ一人、ミンナは多い」
 「私ハ辛イ。けれどコノ命ヲ削る音コソ終わりを退ケル」
ーーPL情報ーー
 敵となる天使の内、特殊BS「致死毒」を付与する鎌を装備した個体が一体だけいます。
 部屋に入った存在に対して、最初にこの個体だけが接近してきますので、
 その攻撃を受けるかどうか、攻撃を受けた場合その後どうしたかで、他の敵性存在の行動が変化します。
 この部屋の状況に応じて、エンゼまたはデビル、または二人が同時に現れます。

【拷問室】
 その名の通りです。部屋自体は広くないですが、あちこち置かれた器具にぬめりがある足場で、迅速な突入は難しいです。
 入口にはガスの噴射口があります。手紙にはこの場所に関して、以下のように記されています。
 「私ハ一人、私達ハ三人、ワタシは二人。執行官が見テいる」
 「私ハ動ケない。動ケバずっと動ケない」
ーーPL情報ーー
 ガスを吸えば特殊BS「封印」が付与されます。
 ガスは一度しか噴射されませんので、最初に扉を開いた際、入口に居た者だけが付与可能性があります。

【実験室】
 その名の通りです。
 部屋は特殊な魔力の暗闇に包まれており、多量の光源や暗視系スキルを用いても視覚的にはほぼ情報が得られません。
 視覚以外であれば動かない存在の場所のみ把握できますが、
 存在に接近するには複数の何かが蠢く暗闇の中に突入する形となります。
 条件を満たすか天使カスタムが動き出すと闇と蠢く何かは消えます。
 手紙にはこの場所に関して、以下のように記されています。
 「私はワタシ? ワタシは私? 私じゃワタシは分からない」
 「天使ノ楽園、私達は供えモノ。アナタがアナタを供えし時、光満る」
ーーPL情報ーー
 部屋内には特殊な薬品を注入してくる極小天使が1体おり、刺されると特殊BS「混乱」が付与されます。
 特殊BSが付与された味方に対しては、イレギュラーズは攻撃を加えることができます。


●敵詳細
【天使(量産型)】
 つぎはぎだらけの邪悪でいびつな生物。持っている鎌できりつけてきます。
 施設内中に存在しますが、大聖堂のみ特殊BS付与の鎌を持つ個体がいます。
 ※PCが目視で判別可能。
 通常シスターの指示に従いますが、特定条件下においてはダラスの指示に従います。

【天使カスタム】
 様々能力を持つ怪物達です。
 大きな武器や体を振るう、目や口のような部分から神秘属性の攻撃を放つ等、
 ステータスが高く倒すには複数人の協力が推奨されます。
 各所で施設の警備に当たっているようですが、示された経路にその姿はありません。
 実験室内巨大試験管には詰められた個体が複数おり、管が壊れれば動き出し障害の排除を行います。

【執行官(僧兵)】
 見た目は人間ですが思考は天使同様、肉体改造済で敵を発見次第武器で攻撃してきます。
 指定路以外を警備しています。
 大聖堂の個体に対する指示系統は量産型天使と同様です。
 拷問室には執行官という耐性の高い強力な個体がおり、奥で拘束した三人と共に巨大な斧を持って待機しています。
 特殊BS封印が付与された存在を積極的に襲いますが、BS解除が確認されれば勝手に消滅します。
 斧は普通に振るう他、遠投し対象を切り裂くこともできます。

【極小天使】
 非常に小さいですが量産型天使と同様に開発された存在です。
 通常は首筋に寄生し体内に侵入。やがて宿主の思考を支配し身体能力を向上させます。
 寄生された人間は、見た目は普通の気絶した人間ですが、
 近くまで接近すれば攻撃行動を開始、その際初めて敵だと感知できます。
 (威力はそこまで高くないですが、感知直後の回避は困難です)
 寄生済人間の存在が推測される他、実験室にはぼんやり光る個体が一体だけおり、
 この個体は最も近い一人へゆったり近づき薬品注入後、寄生せずに消滅します。
 ※光で存在が分かるので斬り捨てても良いです。


●特殊判定
 本シナリオでは、以下の特殊BSが付与される可能性があります。
 BS付与タイミングに備えることで回避ができますが、敢えて付与される事も可能です。
 特殊BSは各PC一度しか付与されない代わりに、パンドラ復活でのみ解除できます。
 (無効がある場合ステータス上無害で体調不良のみ。軽減は一段階まで。
  但しPC達を観察できるような存在には無効化や軽減が働いている事が感知されます)

致死毒
意識が朦朧とします。毒による蝕まれが心臓の鼓動のような音としてよく聞こえるようになります。

封印
身体が重くAS使用以外にも著しく行動が制限されます。
無効化があればASは使えますが、発生は遅く、身体に激痛が走ります。

混乱
味方が天使等の恐怖対象に、天使が安堵対象に見え、意思疎通が困難になります。
闇の向こうを見通せるようになり、見た内容は解除後に共有できます。


●PC状況
 基本的に「手紙の情報を元に施設に侵入した瞬間」からスタートします。
 施設構造は手紙付属の地図により分かっているため、
 目的エリアまでの道中においてルートを確認する必要はなさそうです。
 また、手紙情報から分かる必要最低限の行動を取る分には、
 部屋以外の施設内敵性存在に悟られることもなさそうです。
 但し、手紙に言及された場所における過度な行動、
 調査後手紙指定路を使った脱出以外の行動を行う場合、
 情報がないため行動するまで安全か危険か分かりません。
 ※施設到着までの道のりは手紙指示に従います。
  その道中、指示通り動いたことで天使カスタムの群れを回避できたことは確認されています。

 
●PL向け情報
【手紙の意図】
 PC目線でこの手紙をどう判断し、どの程度手紙に応えた行動を取るかで施設内でPC達に降りかかる出来事が変化します。
 目標はそれぞれであり、残りパンドラもそれぞれです。
 無理して仲間が倒れてしまっては本末転倒ですし、無理するからこそ得られるものもあるでしょう。
 どこまでを犠牲にしどこまでを助けるのか。決めておくのが良いでしょう。

【捜索分担】
 3か所全てを探索する場合分担しなければ時間が足りません。
 (手紙には撤退路が機能する時間制限も記されています)
 手紙に従うなら大聖堂組と拷問&実験室組に分かれ、組内連携が取れれば充分です。

【誰かの視線?】
 手紙をどう判断するにせよ、試されるような感覚は受けると思います。
 「救い」に対する自分の信念、「絶望」に対する心構えや対処方針は固めておくと良いでしょう。
 魔種にとって最大効率はPCの皆様の反転か狂気堕ちです。

【シスターズ】
 エンゼは非常に用心深いですが、関係性の都合上ダラス作戦の詳細は知らぬままでいます。
 彼女が油断するような状況において、不測の出来事が起きれば一瞬の隙が生じるでしょう。
 デビルは動きが速く戦闘センスも良いので厄介な相手ですが、
 エンゼを失えば殊更に暴走し攻撃に僅かな理性も無くなります。


●その他
・情報確度Cー
 手紙の何をどう信じるか信じないか、アナタ次第です。

・目標達成の難易度はN相当ですが、行動や状況次第ではパンドラ復活や重傷も充分あり得ます。

  • <尺には尺を>破天曲折の道程:規則完了
  • GM名pnkjynp
  • 種別EX
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2023年11月29日 22時10分
  • 参加人数7/9人
  • 相談6日
  • 参加費150RC

参加者 : 7 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(7人)

天津・狗子(p3p007074)
文屋
長月・イナリ(p3p008096)
狐です
フラーゴラ・トラモント(p3p008825)
星月を掬うひと
オラン・ジェット(p3p009057)
復興青空教室
ウルズ・ウィムフォクシー(p3p009291)
母になった狼
イズマ・トーティス(p3p009471)
青き鋼の音色
芳野 桜(p3p011041)
屍喰らい

リプレイ

●G0:施設入口
 謎の手紙に記載された箇所が、対抗組織のアジトであると睨んだ『杜(もり)』は、その真偽を調査するため動き出す。
 最初に手紙が届けられ、かつ杜とは協力関係にあるローレットも、この調査に協力するイレギュラーズ達を派遣した。
「というわけで。皆、今回は調査に協力してくれてありがとう。
 改めてになるけど、仲間を待つ間ここで作戦を確認させてもらうわね」
 目的地である施設が近づいてきたところで、杜とローレット、双方に所属する『狐です』長月・イナリ(p3p008096)が立ち止まる。
「手紙に書かれた内容的に罠の可能性が濃厚ー……なんだけど。
 杜が掴んでいる情報と照らし合わせても、この先の施設が綜結(ジンテジスト)教会の支部であることは間違いないわ。
 教会は私達が敵対する『社(やしろ)』の下部組織でもあるの。
 だから敵の狙いが何であれ、杜はこの施設を破壊するつもりで攻撃する。
 だけどその前に、本当に救助を求める人がいるかどうか、調査する時間が与えられたわ」
 イナリによれば、杜の戦力は見張りである天使達に見つからぬようゆっくりと、この地域に囲い込みをかけているのだという。
「とはいえ逃がす訳にはいかない。準備ができ次第、攻撃が開始される算段よ。
 色々鑑みて、救出にかけられるのは手紙に記載された撤退路が機能する間だけ。そう長くはないわね」
「だとしても、助かる可能性がある人達が取り残されてるっていうなら全員助け出してやるっすよ!」
『持ち帰る狼』ウルズ・ウィムフォクシー(p3p009291)は、小声ながら極めて明るさが出るよう努めて言う。
「ウルズさん気合い入ってるね! ワタシも先輩として一生懸命頑張るからね!」
 友人である『星月を掬うひと』フラーゴラ・トラモント(p3p008825)が胸の前で両の拳を握れば。
「ゴラちゃん先輩、サンキューっす!」
 ウルズが嬉しそうにそれを覆うようにして掴む。
 仲睦まじい様子に『覇竜相撲闘士』オラン・ジェット(p3p009057)も笑顔を浮かべた。
「おうおう、お嬢サン方は元気でいいな! 時間がねぇってんなら好都合だ。
 俺も全力で手伝うからよ、さっさと終わらせて皆で帰ろうぜ!」
 仲間達が盛り上がりを見せつつ打ち合わせを進める中、
 『屍喰らい』芳野 桜(p3p011041)は、簡単な体操で体の準備を進めていた。
(ふぅ。たまには本来の姿で動いておかないとね。それに……事と次第によってはきっとこの方が役に立つし)
 一方『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)は、その聴覚を活かして周囲を警戒していた。
(……敵の音はしない、か。先程は手紙の道に従う事で天使カスタムの群れを避けられた。
 最低限気を払っているとはいえ、これだけ本拠地近くに来て騒いでも見張りの一人すら出てこない。
 これらの点から考えれば、手紙の記述に俺達の害となるような嘘はない。だが……)
 彼は極めて冷静に事実捉えながら推測を重ね、けれど余計な想像となってしまわぬよう心の準備する。
 その時、遠くの茂みから草を掻き分ける音が近づいてくるのを捉えた。
「誰だ」
 身構えるイズマに習い瞬時に身構える一行。
 だが、そこにやってきたのは『文屋』天津・狗子(p3p007074)と、彼女の手を引く狐の少女であった。
「げっ、文屋」
「へへへ。手紙の話を聞きつけてここまで来たは良いんですが迷ってしまいまして。
 そしたらたまたま会ったこの子が連れてきてくれたんです」
「人手が多いに越した事はないけど……あんた、邪魔はしないでよね」
「勿論! 面白そうな情報がたくさんですから。筆がなります♪」
「そこは腕じゃないのか? それより、彼女が貴方が言っていた仲間か?」
 イズマの問いかけにイナリは大きく首を振った。
「文屋はその、ただ厄介な腐れ縁よ。待ってたのはこの子の方」
 イナリは狐の少女の肩に手を置く。
「彼女は狐兵の木呂・コロン。杜の仲間よ。救助者がいた場合人手が足りないと思って呼んだの。
 無口だけど、コマンドとしての訓練は受けてるから、実力は心配しなくて良いわ」
 彼女からの紹介に、狐は小さく頷いた。
「じゃあメンツも揃ったところで侵入経路と分担は打ち合わせ通りに。コロンはこちらについて貰うから」
 こうして集合した一行は巨大な施設へと辿り着いた。
 洞窟の奥とは思えない程の空間に鎮座する巨大建造物は、至る所に煌びやかな装飾があしらわれ、ある種の荘厳さを醸し出されている。
「何だか泥棒になったみたいですね♪」
 妙にテンションが高い狗子が指定されていた巨大ガラス戸に手をかけると、そこだけ鍵が外されていたようで、難なく侵入する事が出来た。
 周辺の安全を確認した後は、拷問室と実験室を調査する組と大聖堂を調査する組に分かれそれぞれの目的地へ向かっていく。


●G1:拷問室
 教会の暗部とも言える部屋の調査を担当する事となったイナリ、フラーゴラ、桜、コロン(と狗子)。
 進入口からほど近い場所にあった絵画を回し現れた隠し階段を下ると、先程とは打って変わった
光景が目に入る。
 薄暗くどこかじめっとした雰囲気の空間。
 僅かな足音も反響させる通路。道に慣れた者で無ければ方向感覚を簡単に失いそうな没個性の扉配置。
 そして万が一の侵入者を逃さす始末するといわんばかりの厳重な警備が巡回している。
 そんな陰鬱で敵意溢れる場所において、一行を先導するのはすんすんと鼻を動かす子犬であった。
  犬はイナリによって躾けられており、通路にある不自然なひび割れなど、気になる箇所があるたび立ち止まり、安全を確認しては尻尾を振って合図する。
「う~ん。やはり幼い飼育動物にはそこからしか得られない癒しオーラがありますね。今度の特集、猫じゃなくて犬にしましょうか」
 敵の拠点、しかもその中枢ともいえる場所に潜入しているとは思えない気楽な言葉に、イナリは眉をしかめた。
「ちょっと文屋。あなたがいい性格なのは知ってるつもりだけど、気を抜いていると痛い目に合うわよ」
「ご忠告ありがとうございます♪ でも今の所は平穏無事なわけですし、いつ何時とも記事のネタを探すのが文屋根性ってもんです」
「狗子君の楽天家振りは横に置くとして。少なくとも手紙に書かれた道のりなら安全ではありそうね」
 目を閉じたまま桜が呟く。
 彼女も鼠を召喚し一行よりも先行させることで後のルートを確認していたが、五感を共有しても危険を感じることは無かった。
「でも何か変だよ。この通路……ワタシ達が通る予定の道だけ変な臭いが付けられてる。それにほら」
 フラーゴラは足元のひび割れに盾の先を器用に突き立て破片を剥がし取った。
 すると、破片の下に壊れたスイッチのようなものが姿を現す。
「これって?」
「多分感圧版。これを踏むと……」
 桜の問いかけに、彼女は天井を指し示す。
 頭上によく目を凝らせば、先程と同じくひび割れの隙間から何かの噴出口が見えた。
「もしかして手紙にあったガス罠の残骸? ……怪しんでくれって、言ってるようなもんじゃない」
 イナリがそう思うのも当然といえよう。
 手紙にはガスの罠がある事が記されており、今まさにその罠が仕掛けられているという拷問室へ向かう道中。
 そしてわざわざ見せつけるようにして罠の解除方法が示されているのだ。
 『分かった上でどうするのか』、誰かに試されている気がしてならなかった。  
「いよいよ面白くなってきましたね。特集を組むならさしずめ、太古の天義人が遺した巨大遺跡を守る罠! その先に待ち受ける歴史から消された神が伝えたかった真実とは!? って感じでしょうか」
「何言ってるのよ。ここは教会の施設だし、待ち受けるのは神の真実なんて大層なものでもない、手紙の真偽でしょ。しかも恐らくはあんまり後味が良くないやつ」
「ちっちっちっ、甘いですよイナリ君。私達の様なマスコミに大切なのは視聴率や購読数を稼ぐ為のネタになるか、です。遂行者やカルト教団の恐ろしい実体! なんて絶望真っ盛りな内容でも皆様の感情を揺さぶれるかもですが、ここは天義ですからね。
 国内で起きた揉め事の経緯を考えても、少しばかりの誇張や解釈違いを加えるだけで、案外救われるが心があったりするんですよ?」
 まくし立てるように話終えニヤリと笑顔を浮かべた狗子は、振り返るとフラーゴラに話しかける。
「あ、そういえば先程の罠発見の手際、見事でした! 良かったらあなたにはダンジョン探索の極意十選! みたいなコラムの執筆を後でお願いしたいんですけど~」
「ええっ!? いや、ワタシはただ、前に経験があったから分かるだけで……」
 狗子とそれに振り回される二人を尻目に、どんどんと進んでいく桜と子犬は、目的地である拷問室に辿り着いた。
「クゥ~ン」
「ありがとう子犬ちゃん。危ないから少し下がっててね」
 桜にそっと撫でられると、犬は気持ちよさそうに尻尾を振って応え、入口から離れた場所で伏せをする。
「ほら皆、夢見る時間はそろそろ終わりにしてもらえる? 開けるわよ」
「あっ、桜さん。足元に――」
「大丈夫。聞こえてたわ。でも調査する以上、試してみないといけないでしょう?」
 フラーゴラの制止を聞いた上で、桜は敢えて何もせずに扉を開け踏み出した。
 頭上から吹き出されるガスが彼女の身体を包み込み、まるで意思を持つように身体へ入りこむ。
(……『動ケない』だったわよね。なるほど、確かに普通の人間がこれを浴びたら大変そう)
 元いた世界で夢魔たる存在だった故か。
 身体に宿る魔を防ぐ力で守られたものの、巨大な岩に押し潰されるかのような感覚に思わず膝をついた。
「……」
 部屋の奥では、甲冑に身を包んだ巨漢の兵士が、捕虜達の首元に斧を突きつけつつ桜の様子を観察する。
 暫くしても彼女が動かないと見ると、兵士は巨大なそれを振り上げ一気に駆けだした。
「桜さん!」
 そこに桜の頭上を飛び越えるようにして盾を構えたフラーゴラが割って入り、振り下ろされる一撃を盾で受け止める。
「ほらいくわよ! 合わせて!」
 イナリは自身の持つ可能性を疑似的に解き放つと、膠着状態となっている兵士へ接近。
 急所と思われる部分を狙い連続して斬りつける。
「あやや、久しぶりの実践ですけどやることはやりますよー♪」
 イナリの攻撃で怯んだところを見計らい狗子が放つ炎は、兵士の足元で爆ぜた。
「――!」
 突然の急襲に体制を崩す兵士。だが彼は役割を全うすべく一行に背を向ける。
「ダメっ?!」
 それを本能的に感じ取ったフラーゴラは、敵を誘導する魔力を込めて体当たりを仕掛けた。
「――!?」
 僅かに狂う手元。
 兵士が渾身の力を込めて放り投げた斧は、並べられた捕虜の内右端の首を切断する。
「やらせない!」
 生じた隙を逃さず、イナリもまた兵士に飛びかかると動かなくなるまで何度も剣を突き立てた。
「……もう大丈夫そうよ」
 その言葉にイナリは手を止める。
 呟いた桜の目には、動かなくなった兵士から漏れ出した魂が映っていた。
 彼女の経験上、その者の心根によって魂は様々な色を取る場合がある。
 だがこの魂には元々の色を食い尽くすかのように黒色が根を張っているではないか。
(もしこんな風に魂にまで教会の汚染が至っていたなら……)
 仮に本人の意思が残っていたならば、きっと苦しんでいた事だろう。
 きっとそれは、殺されるよりも辛い自我を壊されていく痛み。
「本当ならこの力は役立ってほしく無かったけれど。せめて連れて帰ってあげる」
 桜は兵士の魂を、救いの念を込めながら掬い上げ、口に含む。
 ゆっくりと、口の中で溶かして、飲み込む。
「……さぁ、あの人達も助けましょう」
 動きが鈍る桜はコロンが背負い、一行は部屋の奥へと進む。
 拘束器に繋がれた内、中央には恐怖に怯えすすり泣く女。左端には気を失ったまま動かない男がいた。
「ワタシ、止めきれなくて……」
 俯くフラーゴラであったが、桜はそんな事はないと励ます。
「魂が穢されてしまったなら、この世界に治す手段はないわ。それなら無理に生きるより逝かせた方がきっと救いになる。
 それに手紙にあったでしょう? 『私ハ一人、ワタシは二人』って。
 何のことだかサッパリだったけれど、首が飛んだ身体からあの兵士と同じ穢された魂が出ているから――」
「なるほど! 『ワタシ』が危ない存在なら『私』に当たる魂のお綺麗な方がいるかもですね!」
 狗子は手早く紙人形に術式を刻むと、式神として気絶した男の方へと近づけさせてみる。
 式神が触れた瞬間、男は人間で言えば喉元へ当たる部分へと噛みついた。
「ビンゴ!」
「じゃないわよ!」
 男は隣の女性にも危害を加えようとしたが、素早く反応したイナリがトドメを刺し事なきを得る。
 立て続く恐怖に壊れそうになる女性を、フラーゴラは駆け寄ると優しく抱きしめた。
「もう大丈夫、怖いヤツは全部居なくなったから!」
 助けられたという安堵と友との約束を守れたという喜びから、その顔には笑みが湛えられている。
 少ししてフラーゴラによって落ち着きを取り戻せた女性は、狐兵のコロンに背負わせ先に脱出させる事に。
「手紙を全部解読できた訳じゃないし、怪しい部分もあるけどこの部屋の情報には嘘が無かった。
 なら脱出路が正常に機能する可能性が高いうちに救出してしまいましょう」
「あれ? その場合桜君は誰が運ぶんです?」
 狗子の言葉にイナリは指指しで答えた。
「え、私ですか!?」
「当然でしょ。私は前衛だし、フラーゴラの盾の技術は一級品よ。どっちの腕も封じる手は無いわ」
「狗子さん、お願いします! その分、アナタの背中はワタシが守ります!」
「本当はメモが取れなくなるので肉体労働は遠慮したい所ですけど……ま、背に腹は~ってやつですかね」
「迷惑をかけてごめんなさい。その代わりもしも貴方が死体になってしまったら、私が中に入って連れて帰るから安心して」
「分かりましたよ~……って。え?」
 何はともあれ、拷問室での救助を終えた一行は、更に下層に存在する実験室へと歩を進めるのであった。


●G2:大聖堂1
 大聖堂を調査するため移動するオラン、ウルズ、イズマの三名。
 進入口から続く廊下を進んで行くが、明るく煌びやかな印象はそのままに。
 教会の教えを表現していると思われる絵や石像といった様々な美術品が展示されていた。
 それらの横を通り過ぎる度、描かれた天使の姿をイズマは怪訝な表情で見つめている。
(理想郷や神の国も大概だが、ここもある意味では変わらないな。全てを内包して淡々と続くこの世界には、苦痛に悩む人々がいる。
 そんな人達に幸福を与えられるなら素晴しいだろうが、これが本当に人の心に光を与えるような創造と言えるのか?)
 音楽の美しさを知り、その多様性と個性の大切さを慮る彼だからこそ。
 音に宿る己や相手の心をも沸き立たせるような楽しさを生み出す力を信じているからこそ。
 教会が唱える『全ての存在が一つに統一された世界』は、個を排除し心を消すような行為に思えてならなかった。
「ここみたいっすね。開けるっすよ」
 そうこうする内に目的であった大聖堂へと辿り着き、イズマも思考を切り替えた。
 ウルズはオランと共に赤く大きな二枚の扉を引き開ける。
 目の前に広がったのは、光に溢れた広いホール。
 部屋の最奥にある石像は教会が崇める偶像であろうか。
 女性的な膨らみと狐の獣種を思わせる耳や複数の尻尾が特徴的に感じられるそれは、遠くから見れば後光が差す人神のように見えたかも知れない。
「何だ何だ? 目に痛ぇほどキラキラさせてる場所の割に、お祈りしてんのは辛気臭ェ奴らばっかりだな!」
 だがオランはそんなものを気にも留めていなかった。
 宙に浮遊し、椅子に座り、壁や柱の影に佇んで。
 会場中を埋め尽くように待機していた量産型天使と僧兵達が一斉にこちらを振り返った。
 そのことの方が彼の興味を惹いたのだから。
 しかし彼らは敵であるイレギュラーズを見つけたにも関わらず一向に動こうとしない。
 唯一動く天使は、浮遊する仲間の合間を縫って、鎌が放つ毒々しい緑色の光をゆっくりと近づけてくる。
「これが例の天使っすね。手紙に適当な事を書いて、こんな数の脅しも背負えば、あたし達がビビって毒を受けると思ったっすか?」
 ウルズは、手紙の内容から自分達を試そうとする『誰か』におおよその検討がついていた。
 だからこそここに居て、だからこそこの選択を選ぶ。
「こんな見え見えの罠に釣られはしない。おちょくりたいのか心を折りたいのか知らないっすけど、思惑通りになんてさせねぇっすよ!」
 彼女は勢いよく飛び出すと、その慣性を伸ばした足に効果的に伝えることで空気の刃と為し、天使を蹴り裂いた。
「教えてやる、アンタは喧嘩を売る相手を間違えたって!」
 それが開戦の合図となった。
 一斉に武器を構え襲いかかる敵達に、オランやイズマも応戦する。
「オランさん、ウルズさん、援護は任せろ!」
「っしゃ、頼んだぜイズマ! さてと、難しいことはわかんねぇけどよ?
 働いて食って飲んで寝て。そんな日々を邪魔しようってんなら天使だろうが僧兵だろうが逃がさねぇ! ぶちのめす!」
 正面から突撃したオランは、多少の傷は己の修復力に任せ、敵と対面しては手当たり次第に死棘を突き刺していく。
「オラオラオラァ! 時間がねぇらしいんでな! ルール無用の喧嘩殺法でいかせてもらうぜ!」
 そういうと、戦いの中で邪魔に感じた長椅子を自慢の筋肉で持ち上げ、なんと武器のように投げつけたではないか。
 当然予想もしていなかったであろう僧兵達は避けきれず、なぎ倒しとなる。
「今だ、まとめて蹴散らすぞ!」
 オランによって意図せずも敵が密集する形となったところへ、イズマは魔力で呼び出した水を流し込み、津波のようにして前線を押し上げていく。
(もし救助者がいるならあの像付近だろうか。俺達でどうにかするかにしても早く近づいて確かめないと!)
 男性陣が敵と正面からやり合うのとは対象的に、ウルズは自慢の機動力を活かして聖堂内を動き回ることで己へ狙いを絞らせない。
(天使の動きは直線的っす。だから上手くまとめてやれば)
 そうして敵が密集したタイミングが来れば反転。
 連続攻撃を叩き込んで数を減らしては、再び距離を取る。
(こうして戦っていれば、アイツが痺れを切らして姿を現すはず。その時は……!)
 ウルズは強く拳を握りしめると、再び天使の群れへと殴りかかる。


●G3:実験室
 桜の使い魔である鼠によりルートの安全を確保していた一行は、足早に進むことができ既に実験室へとたどり着いていた。
 しかしながら部屋の中は暗闇に包まれており、動物に嫌悪感を抱かせる作用でもあるのだろう。
 桜の鼠は姿を消し、一行に同行していたイズマのファミリアーもたまらず逃げ出してしまう。
「やっぱりこの部屋も普通じゃないみたいだね」
 フラーゴラは暗闇に目を凝らし、敵の気配を察知せんと嗅覚や聴覚等、全ての感覚を研ぎ澄ます。
 しかしこの部屋の中に満ちた特殊な魔力のせいか、部屋の奥に四名ほど倒れていることしか探知できない。
「能力的な探知は効かないのに、この闇の中に蠢く何がいるのは感覚で分かる。死中に活を求める、って言葉はあるけれど……」
 拷問室で一人を救出する代償として半減した戦力を前に、進むべきかを悩むイナリ。
 そんな彼女を試すかのように、部屋の奥にぼうと光が灯った。
 それは人魂か巨大なホタルか。形容しがたい淡く暗い光は、波に揺られるクラゲのように揺れながら迫ってくる。
「おやおや、あんなところにあからさまな怪光が! 桜君はちょっとここでお待ち下さいね~♪」
 それを見た狗子は何事にも興味を持つ迷惑ガールっぷりを遺憾なく発揮。
 桜を床に降ろすと、面白そうという欲望に促されるまま、光へ近づいていく。
「待って文屋!」
「そうです、危険ですよ!」
「待ちません! 事件は目の前で起きてるんです!」
 イナリやフラーゴラの説得も及ばず。狗子が光に触れてしまう。
「あや?」
 光の中には、手の平どころか指と指で簡単に挟めてしまうような小さな生物がいた。
 どこかの図鑑か旅人の話だったかで聞いた、微生物によく似ている。
 彼女がそんな思考を巡らす僅かな時間で、光の中の生物――極小天使は、触手を絡めると先端から何かしらのエキスを注入する。
「おおおっ!!!」
 狗子の歓喜とも取れる叫び。
 頭の中を書き換えてしまうかのように、膨大な情報の渦が駆け巡る。
 それと同時に暗闇に思えた部屋が眩しすぎる程明るく見え、部屋の彼方此方に光を纏い幸せそうな笑顔を浮かべた人々の姿が見えた。
(よく分かんないけど、なんじゃこりゃー! ですねぇぇぇ♪)
 朦朧とする意識の中で、甘美で蠱惑的な世界が広がっていく。
 そんな景色において、あまりに醜悪で歪な黒い存在が幾つか見えた。
「あ~……そういえば私、あれ倒さなきゃ何でしたっけ。面倒ですけど~……イナリ君に怒られたくないしなぁー」
 吹き飛ばさなきゃ。
 微睡みつつも、それだけはしなければと思い剣を掲げ――。
「いい加減にしなさいっ!」
 切り捨てられた。邪道の極みで。
 完全再現不可能と言われた確殺自負の殺人剣。
 今だけはその真髄を味わう事が出来たように思えた。しかも二回。
「――って痛っー!? 死ぬー?!」
 狗子が正気に戻ると、怒りに震えたイナリの顔が見えた。
「邪魔するなって最初に念押ししたでしょうが! しかも怒られたくないって言いながら一番怒られる事するんじゃないわよ!」
「まぁまぁイナリさん、狗子さんも悪気があったんじゃないと思うし……多分」
「そうよ。苦しむ私を見かねて早く身体を明け渡そうとしてくれただけだわ。ま、残念ながら復活しちゃったようだけれど」
 どうにも調子が狂うとご立腹のイナリ。
 何とか場を取り持とうとするフラーゴラ。
 可憐な笑みの奥で何を考えているか少し怖い桜。
 狗子には光の中に見える仲間達の顔が何だか懐かしく思えた。
「……ってあれ? そういえば明るくなってます?」
「そうですね。イナリさんが冷凍肉を解体するみたいに狗子さんを切り刻んだら急に明るくなりました!」
 肉屋らしくありのままの光景を説明してくれたフラーゴアな点はさておいて。
 彼女の言うように魔力の闇はすっかり消え去り部屋には明かりが灯されていた。
 狗子が周囲を見渡しても輝く人々もまた消えてしまっている。
 倒れ込んでいる人と自分達以外を覗けば、巨大な試験管で液体に浸されている天使カスタム達。
 そして気怠げな雰囲気の男が一人、パチパチと手を叩いているだけだ。
(いつの間に?!)
 突如知覚できた男の存在に、イナリとフラーゴラは咄嗟に連携して桜と狗子を庇うように配置づく。
「いヤ~素晴しいショーでしタ! 敵とナレば容赦なく斬り裂くその勇マシサ。アッシは感動シテしまいマシたよ!」
「その白マント、あなたテレサの仲間ね?」
 イナリの問いに男は遂行者『ダラス』と名乗る。
「自己紹介も済ンダところデ、武器を降ろシテ頂けマセン? ショーのお礼をシタいのに、このままだとこれを使わナイとイケないデスから」
 彼は手にした装置のスイッチを一つ押すと、部屋にあった全ての試験管上部にオレンジの光が点灯する。
「イナリさん、もう一度あれを押されたら多分……」
「そうね。様子を見ましょう」
 此処で敵の軍勢と戦うメリットはないと判断し、二人は構えを解く。 
「あリガとうゴザいマス。では、こちらをドウぞ」
 ダラスが壁に手を差し出すと映像が映し出された。
 それは大聖堂での戦闘の光景であり、仲間達が圧倒的な数の敵に押されているのが見て取れた。
「ウルズさん!」 
 傷つく友人を前にして、フラーゴラは声を上げる。
 その様子にダラスは歪に顔を綻ばせると語り始めた。
 手紙は教会の異常性に気づき抜け出そうとして捕らえられていた一般市民の声を元に、彼が脚色して書いたこと。
 部屋の罠や敵の情報は、全て自分がそうなるように仕組んでおり、教会側はこれを知らないこと。
 天使はあくまで教会とその上位組織社行動の産物であり、神の国に似つかわしい存在ではないと彼が考えていること。
 教会が望む統一世界は自身や『テレサ』の望みとは直結しないことを。
「それで? 姿を見せてネタばらし。ということはここから何かあるのでは!?」
 ここに来ても記者魂が燃え尽きる事がない狗子と。
「例えここで戦いになっても、皆も、あそこに倒れてる人達も、ワタシが守ってみせるよ!」
 フラーゴラの言葉に、ダラスは心底どうでも良いと言わんばかりの声を出した。
「アー。本当は救える命を殺シテしまッタ!? なんて絶望してほしカッタんデスけど。
 そこの夢魔に人の枠カラはみ出シタ存在はバレちゃいマスからね。
 あと頭新聞紙の女にはどれが人間カ分かっテルはず。間違えるリスクもナク、答えが分かってタラ絶望なんてしないデショ?」
 そう言うと魔力で作った鞭を瞬時に振り回し、折り重なった中から一人だけを取り上げ狗子の側へ放り、残り三人の首をはねた。
「ホラ、どうぞ?」
「……私のこと、何か誤解していないかしら?」
 桜は重い身体を引きずる様にして死体に近づくと、漏れ出た魂達を喰らう。
 だがそれは快楽や生存だけを考えたものではない。
 彼女自身長い生の中で選んだ、死に瀕した者の願いを叶え、その対価を血肉とし共に生きていくという道。
 そんな彼女を死神と揶揄した人々もいたが、これはあくまで誰かを想い救うための、彼女にしかできない方法なのだ。
「誤解? マァ、アッシには関係無さそうでデスけど。そうそう、目的デシたっケ?」
 ダラスは咳払いを一つ挟むと、少しだけ落ち着いた口調で続けた。
「今回のゲーム。アッシはオマエ達イレギュラーズが何を選択スルか見たカッタ。
 手が届くナラ、明日を歩む権利がアル者全てニ、自分自身ヲ賭けて救いを差し伸べるノカを」
 そこまで告げると、ダラスは小さくため息をつく。
「しかし結果は何トモ言えず。オマエ達は一応イノチを賭けて命を救ウ道を選んダ。ダガ、夢魔はイカサマをシ、記者はおフザケが導いた偶然にも思エル」
 だからこそ問う。とダラスはイナリとフラーゴラを見据える。
「オマエ達にとって救いトハ? 絶望トハ?」
「自己満足よ」
 イナリに迷いはない。間髪を入れず述べていく。
「救いも絶望も、自分が納得出来るか、出来ないか、ただそれだけ。
 同じ行為の結果でも自己の心が満たされたなら救いと言えるだろうし、駄目だと思ったなららそれは絶望と表現するでしょうね。
 まぁ、私は救いもしなければ絶望もしない。ただ、事実を観測し記録し続けるだけよ」
「フゥン。狂神が振りマイタ災いだとシテも、あくまで観測者でアルト。狼サンは?」
「少し違うかもしれないけど、お日様みたいな存在の人に出会えるとね。
 救われてるなーって感じがするんだ」
 フラーゴラの脳裏には、ある人との思い出が次々と浮かぶ。
「強烈で刺激的なことじゃなくてもいいの。日常のほんのささやかなこと」
 ギルドで依頼書を確認し地図を片手にダンジョンへ潜り、舞台を見て、誕生日に背伸びしたレストランに行って。
 そうした大きな出来事にも幸せはある。
「一緒に道端で見た花が綺麗だったとか。ワタシのお弁当を食べて美味いって言ってくれたりとか。
 そんな些細な事でもね。その人が側に居てくれるだけでぽかぽかあったかくて。どんな時にも前を向ける」
 素っ気ない彼が浮かべる、小さくも優しい笑み。
 それがあるだけで、どんな曇り空でも晴れ渡るような喜びが生まれた。
 自身の身体が朽ちようとも、仲間達のために歩み出す決意を秘めた輝く瞳。
 それに寄り添えるだけで、地獄のような迷宮にあっても心に迷いが生じることなんてなかった。
「だからワタシは絶望なんてしないよ。好きな人がいてくれるから。
 もし死んだとしても、思い出は色褪せない。ずっとワタシの中で輝いているから!」
 あの人にとってもそうであったらいいな。という言葉は秘め、純真で真っ直ぐな覚悟をぶつける。
「ハァ、よーく分かりマシタ。やはりオマエ達を絶望さセルのは効率が悪イようダ」
 ダラスはどこか得心がいった様子を見せると、首元の布裏に隠した天秤型の何かを取り出した。
「聖遺物?」
 桜の言葉にそうだと返すと、続けざまにこう切り出した。
「取引しまショ。アッシの目的はもう一つ、絶望を集めるコト。だから大聖堂に行キたくテ」
 パンドラの力を残した狗子以外の面々がイノチを差し出せば、自身のワープに一行も加えると言うのだ。
「罠を仕掛けた本人です、と胸をはる相手を信じられると思う?」
「そうです! この詐欺師!」
「フゥム。なら、アッシの武装を解除しまショウ」
 狗子は無視し、桜に条件を提示する。
 同様に、瀕死になるまでの体力消費を嫌ったイナリとフラーゴラにも大胆案を出す。
「デハ、今あるイノチの半分を下サイ。そしてアッシも同じく半分を捧ゲル。
 もし約束を破りイノチを瀕死まで吸い込モウとシタならば、償イの制裁を課スト」
 ダラスは自身の持つナイフやカードといった武装を遠くへ投げ捨てた。
「いいわ、やって頂戴。但しこちらも相応の準備をさせてもらうわよ?」
 イナリの言葉にフラーゴラも頷くと、二人は自身の力を解放しいつでも全力で戦える状態を整えた。
 ボロボロの狗子であったが、桜と生存者を前後に抱きかかえ転移に備える。
「オー怖い怖イ」
 言葉が伴わない様子を見せつつ、ダラスは聖遺物に魔力を込めていく。
「アッシの半分とソッチの三人だけじゃ残り二人の釣り合いが足りマセんネ。距離もありマスし……仕方ナイ」
 彼が空いていた手で球体状の何かを握りつぶすと、天秤に強い光が宿った。
「公平の審判スケースに誓願す。我が血とこの地に留まる可能性から選ばれた血をもって転移の扉を開らき賜え。
 スケースに誓約す。対価は選ばれし者の共なる命の半。不測は我が魔力にて補い、対価を穢す不義は地獄の業火に身を捧げ償うと」
 ダラスが儀式の言葉を口にすると、狗子以外の身体から赤い魔力のような光が抜けていく。
 それは体力が削られているのだと身体が実感し、ダラスからも同じ光が抜け、天秤に吸い込まれていくのが見えた。
 四人から光を吸い取った天秤は、壁に光を放つ。
 するとそこには大きな魔力の穴が開いていた。
「……フゥ。サァ? イキマショ?」
 万が一に備えフラーゴラと狗子達が先に入り、剣を突きつけるイナリはダラスと並んで穴の中を進んで行くのであった。


●G4:大聖堂2
「たっくしつけぇな! そんなに迫ってばっかりじゃ客に嫌わちまうぜ!」
 悪態をつくオランは、僧兵の顎付近を狙い、張り手の要領で思いきり突き上げる。
 吹き飛び倒れた僧兵はそのまま動かなくなるが、既に一度奇跡の力を使い復活したオランの体力も限界に近づいていた。
「待ってろオランさん、今回復する!」
 イズマも近くの敵を払い動きを止めては癒やしの魔力を注いでいくが、度重なる連戦に枯渇を感じていた。
(ファミリアーが払われてあちらの状況は不明。オランさんも正直厳しいだろうし……ウルズさんも回復しないと!)
 彼が視線を巡らせれば、ウルズは今もなお聖堂内を攪乱するように動き続けていた。
 だが流石に体力の消耗が激しいのであろう。戦闘開始直後に比べれば動きが鈍り、身体のあちこちには傷が出来ている。
 その分イズマも回復の狙いはつけやすかった。
 度重なる癒しを支えに、彼女は最後まで足を止めない。
「はぁはぁ……次っすよ!」
「ふふっ。あまり見苦しくもがいては、折角の綺麗なお顔が台無しですわよ?」
 ここまで限界状態を迎えた一行を見て、遂に勝利を確信したのであろう。
 聖堂の奥から姿を現したのは柔和な笑みを浮かべたシスターで、彼女の合図に敵は攻撃を中断する。
 その隣には、不敵に笑う黒衣のシスターの姿も見えた。
「初めましてイレギュラーズ。私は『シスター・エンゼ』と申します。こちらは『シスター・デビル』。以後お見知りおきを」
 まぁ、そんな時はもうこないと思いますけれど。
 と手を添えて笑う仕草は、まるで遠くから喜劇を観劇する観客のように思えた。
「シスターだと? なら聞くが、これは一体どういうことだ? この人達は教会が救うべき大切な信徒じゃないのか!」
 本当に感じる怒りを込めて、イズマは声を荒げる。
 だがその心には、オランとウルズが自己回復するための時間稼ぎという冷静な目的も混在していた。
「ええ、そうですとも。ですからここで殉教なされた皆様は丁重に回収し、お社様にお届けするのです。
 そうすれば新たな天使へと生まれ変わることができる。そして多くの命と交わることで命は高みへと至っていくのです。
 これを救いと言わず何と言いましょう?」
「この化け物になることが救いだぁ? これじゃあ美味い飯も食えねぇじゃねぇか!」
「ご飯? そんな非効率的な栄養摂取も、私達の世界では必要が無くなるのですよ。
 我が神の導きに従えば、明日の食事の心配も、病気の心配も、住む場所の心配も、全てが不要なのです。
 明日、未来への不安がない世界。
 能力差に他人を羨み、妬むことのない世界。
 思想の対立すら消える幸福の世界が待っているのですから」
 内心はオランに対し侮蔑を感じつつも、エンゼはそれをおくびにも出さない。
 あくまで司祭として、信者を諭すような優しい声色で語り続けた。
「そんな世界、本当に幸福か?」
 イズマはなおも問いかける。
「目の前にいる誰かの何気ない行動が、その人の運命が変わる大きな変化になるのかも知れない。
 人と人が時にぶつかり、支え合うことで生じる小さな変化を尊んで何が悪い?
 その中で生まれる苦悩や喜びの中で、幸福を拾い上げていくことにこそ、生きる価値があるとは考えないのか!」
 エンゼはゆっくりと、しかし断固とした意思をもって首を振った。
「苦しみや悲しみなんて無駄な感情ですわ。心が乱れれば、思考や行動にも影響が生じます。
 それに、これは私の独断や偏見などではありませんのよ?
 私達の理想に賛同する者は世界各地にいらっしゃるのです。多くの寄付や協力者の派遣がその証拠。
 貴方達が涙ぐましい努力を繰り返そうとも、貴方達が守るとなさる信徒そのものが、苦しみを拒むのですから」
「それ、本当に信徒の意思っすか?」
 ウルズは普段から装う後輩口調は崩さない。
 だか言葉の端々には、凍りつき鋭く尖った棘を感じさせる圧があった。
「洗脳は別にして、中にはアンタらの話を聞いてうっかり信じちゃうような輩がいるかも知れないっすよ?
 でも、この天使達の中には、自分の思想も、やりたいことすらも見つけられないまま死んだ子供がいるんじゃないっすか?」
「そうかも知れませんね。気の毒に。ですが、理想の世界へ繋がる礎となれるのです。
 きっと天使となった姿の中で、喜びに打ち震えていることでしょう」
 我慢の限界が近づいてきたウルズが飛びだそうとしたその時、一行とシスター達の間を遮るようにして、空中に魔力の穴が開く。
 すると中からフラーゴラ達が落ちてきた。
「ゴラ先輩? なんて!?」
「説明は後だよ! それより、間に合って良かった~!」
 フラーゴラは急いでウルズに回復を施し、これを機会にと距離があったオランとイズマも合流し、密集隊形を築く。
「あぁ魔種様。どうやら作戦が成功為されたのですね」
 弱りきった狗子や封印の後遺症が出ている桜を見て、エンゼは満足そうに微笑んだ。
「勿論。サァ、ここカラは絶望を集める時間デス。飛びキリ素敵な物をお願いシますネ?」
「はい、分かっておりますとも」
 エンゼが手をかざせば、デビルが勢いよく飛び出し、天使達もイレギュラーズを包囲する。
「さぁ、新しき世界に選ばれし皆様。哀れな者に祝福の死を与えて下さいな」
「ヒヒッ! 待ってましタァ!!!」
 デビルは大きく飛び上がり棘を超えると、瞬時に接近し巨大なハンマーでウルズを叩き付けようとするが、フラーゴラがそれを庇う。
「ウルズさん! これはワタシが食い止めるから、今のうちに他を!」
「了解っす!」
 襲い来るであろう天使達を警戒するウルズ達。
 だが、デビル以外は誰も攻撃を加えてこなかった。
(まさかアイツが何か?)
 一行が急ぎ視線を奥へ向ければ、ダラスは魔力で尖らせた爪で、何かを突き刺すように掴み持ち上げていた。
「な、なん……で……」
「哀レナ者に祝福の死ヲ。でしたヨネ?」
 それがエンゼの頭であることを理解し、納得するまでには、幾ばくかの時間を要す。
「あんた、仲間じゃないの?」
 イナリの問いかけに、ダラスは心底不思議そうな表情を浮かべた。
「言ったデショ? 絶望を集めるト。オマエ達はどうにも効率が悪いデスから。手っ取り早く嘆いてクレそうなこちらを選んだマデ」
 そしてダラスは、ゴミを投げ捨てるようにエンゼの身体を棘の上へ投げ捨てた。
「え、エンゼ様!?ワタシのエンゼ様ぁぁぁ!?」
 半狂乱となったデビルは、持っていたスイッチで棘を引っ込ませると、彼女の遺体の元へ向かい泣きすがる。
「ダラスっ!!!」
 同時にウルズも飛び出していた。
 ありったけの闘気を拳に込め、纏った炎を叩き付ける。
「子供達の命だけじゃ飽き足らず、まだ弄ぶっすか! このクズが!」
 彼女の拳をダラスは敢えて最低限の防御で受け止める。
「おおっ、あの時ノ。マァ、天使の中身が死ンダ子供と知っても躊躇なく殺すオマエと同じクズかも知れませんケド?」
「確かにあたしもクズっすよ! けどあたしにだってそれなりに善行を為そうという気持ちくらいあるっす!」
 止まらない拳は、ダラスの命を確実に削っていく。
「でも、アンタはそんなあたし達の気持ちを面白いと一蹴した!
 子供を救いたいと、まだ見ぬ未来に馳せる想いを否定した!
 そんなアンタと一緒にするなぁ!!!」
 だが、彼女の拳が彼の顔を大きく抉った所で、突然炎に包まれた。
「なっ!?」
「アーア。対価は命の半。それを穢シタ罰ダ」
「ウルズさん!」
 その様子を見ていたフラーゴラは、盾を構えダラスを押し込むようにして彼女から引き離す。
「おい、縛られてた姉ちゃん、助け出したぜ!」
「もう時間もない、ここは撤退だ!」
 また、オランとイズマは棘が引いた隙に救助へと向かっていた。
 イズマは魔力の水でウルズの身体を冷やし、救助した女性を抱きかかえるオランを先導しながら出口へ向かう。
「皆こっちよ、急いで!」
 遠くで手を振るイナリは、狗子や桜と共に先んじて退路を確保していた。
「逃げるよ、ウルズさん!」
 友人に手を引かれるウルズは、その眼光でダラスを激しくにらみつける。
「オマエが絶望に抗うナラ、アッシはその邪魔をスルとしヨウ」
 口の動きでそれを把握した彼女は、その瞳に確かな殺意を宿しながら、今は背を向ける。
 一行はダラスの笑い声とエンゼの嘆きに後ろ髪を引かれながらも、辛くも撤退することができた。


●G0:馬車
 一行は何とか施設を脱出。杜が手配した馬車に揺られながら、ローレットへの帰路を急いでいた。
「苦い結果にはなった。だが手紙の内容から言えば俺達は救えるはずの命を全て救ったはずだ」
 イズマの言葉に、オランも続く。
「そうだ。まずはそれを喜ぼうぜ! なんならこの後俺の世話になってるホストクラブで皆で一杯やってくか?
 未成年はジュースになるが、サービスするぜ!」
「嬉しいけど私はパス。ローレットや杜にこの件を報告したり、救助者達のケアも進めないと」
「私も! 今日の出来事を記事にしないとですから!」
「私は寄らせて貰おうかしら。まだ身体の調子が悪いし、ちょっと口の後味が悪いから。美味しいものが食べたいわ」
 イナリや狗子の言葉に寂しそうな様子のオランであったが、桜が寄ると分かると笑顔を浮かべた。
「ウルズさん、大丈夫?」
「咄嗟の判断で水の魔法をかけてしまってすまなかった。火傷はないか?」
「……あ、ああ、大丈夫っすよ。おかげで助かったっす! ありがとうっすよ!」
 フラーゴラやイズマの気遣いに、ウルズは精一杯の笑顔を浮かべた。
(アイツはあたしじゃない誰かを絶望に追い込む気だ。それなら、今度はそれも守って絶対に終わらせる)
 だが、行き場をなくした彼女の拳は、未だ放てぬ込められた力が燻るのであった。

 遂行者ダラス。
 その薄暗い深層はまだ底が深い。
 だがイレギュラーズ達の確かな活躍によって、三つの命が救われ、図らずも教会の要たるシスターの一人がこの世を去った。
 その結果は誇るべきものであると、ローレットは記録した。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

冒険お疲れ様でした!

今回はダラスが仕掛けたゲームを皆様に体験して頂きました。
彼の性根はねじ曲がっていることこの上無いですが、恐らくそれには理由があります。
聖遺物の使い方も含め、狂った美学があることでしょう。
それは決して皆様が納得する必要はありません。教会の教えも然りです。
(納得し受け入れたら世界は滅びます)

ただ、彼が彼なりにイレギュラーズの救いと絶望を研究したがったように。
彼の歪さを知った上でそれを乗り越えてこそ、仄暗い野望を完膚なきまでに打ち砕けるのかも知れませんね。


決戦の時は間もなくです。
皆様の正義と理想がひとつでも多くを救って下さると、私を始めGM一同信じていると思います。

それでは、またどこかでお会いできることを願いまして。
ご参加ありがとうございました!

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