PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<尺には尺を>破天曲折の道程:誘引

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●天上なる歴史を歩むために:選別
 正義と理想を公に掲げ、その行動理念とさえしてきた天義。
 そこで巻き起こった『神の国』にまつわる事件は誰の記憶にも新しい。
 突如テセラ=バニスを包んだ闇の帳は、街を神の国へと作り替え。
 住人らを信徒として迎え入れる。
 だがその信徒化は完全とは言えず、一部は選別を受けた。
 審判の門を通り、巨大な回廊を抜け、テュリム大神殿に辿り着く長き道のりの試練。
 試練の途中には、発狂し殉教する者もいたのは事実だ。
 だがそれは致し方ない事だ。
 と、『遂行者チェイス』は考える。
 彼は正しき歴史に降りかかる障害を打ち砕き、守護する事を信条にする者。
 そして彼の信じる正しさは、正しいからこそ試練が課せられるべきであり。
 その試練を乗り越えなければ、正しさの生み出す理想を享受する価値がないと考えているのだから。
 試練という以上、当然それを乗り越えられない者の存在も容認しているのだ。
 だが同時にそれは、試練となる者や試練に苦しむ者を見捨ててしまうのではない事を示している。
 選別を受ける中で、聖なる儀式から連れ去られた者の存在を彼は知っていた。
 彼は迷える者を導くだけでなく、反逆する者の改心を強く望む。
 なれば、攫われし者も攫いし者も、彼なりの救いを授けるべき存在であった。


●追い込まれる者、迎え入れる者
「よくぞ参った。獣種の信徒よ」
 チェイスに呼びかけられた青年、『フィアベル』は黙りこくっていた。
 いや、言葉が出ないと言うのが正しいだろう。
 それは目の前の屈強な男に対する警戒か。
 つい先日死にかけた回廊にまた足を踏み入れようとする恐怖からか。
 それとも、もう一つの理由からか。
 彼に習うような形で、フィアベルからの依頼としてこの場に同行してきたイレギュラーズ達も口を噤む。
「我が招いた覚えのない者共の姿もあるようだが……まぁよい。
 試練となるならば排すべき障害であるが、我ら遂行者の課す試練を受け改心したのであれば。
 それに越したことはないのだからな」
 チェイスの先導に続き、一行はレテの回廊を進む。
 先日の事件でフィアベルが襲われた影の天使や幻影竜がその様子を注視しているが、今回は襲ってくる気配がない。
「かの物共はこの回廊の守護者であり選別者。聖痕を持たぬ者を排除するが、我が招客故試練を課す事はない。安心するがいい」
 長い回廊を抜けると、そこには神の国の入口たるテュリム大神殿とそれに連なる要所が広がっている。
「美しいであろう? ここは神の国。季節を問わず花が咲き、被造物は洗練された意匠を持ち、我ら信徒の喜びが一つとなりて俗世では得がたい奇跡の中に身を置く事ができるのだ」
 悦に入ったような語り口に耳を貸さないようにしつつも、フィアベルは確かに美しい光景だと思った。
「ここまでは先日選ばれし者共が訪れ、貴様らにもその時の様子が伝聞されているであろう。だが、これはあくまで序の段階に過ぎぬ」
 一行はチェイスに連れられ、神殿の更に先、目を開けられぬほどの光の中を進んで行く。
「見るがよい。これぞあるべき歴史が創り出す、幸福の結実……『理想郷』である」
 光の先、ようやく眩んだ目が映し出し始めた景色は。
 誰もが笑い、何も傷ついていない、けれど至る所で勝負が繰り広げられている街の風景であった。
「これが、ルディの見ていた世界……?」
 理想郷の具現化たるこの世界を前に、イレギュラーズ達は息をのむ。
 それはこの光景に圧倒されたからなのか。
 それはこの耳にまとわりつく歪な罪の声に耳を傾けたからか。

GMコメント

●概要
 先日天義で起きた神の門とも称される大規模な戦いによって、
 遂行者達が創り上げた『神の国』の内部、審判の門やレテの回廊、テュリム大神殿の調査が進み、
 イレギュラーズ達は神の国を攻略すべく更なる一歩を踏みださん、としている状況です。
 そんな中、前回の戦いで起きたある事件において、イレギュラーズ達によって救われたフィアベルという青年から連絡がありました。
 彼は元々自分とある大切な友人しか信頼できなかった男でしたが、
 命がけで助けに来てくれたイレギュラーズ達に対し心を開き、
 一人で行動する前に連絡をくれたようです。
 選択を迫られる彼を、良かったら支えてあげて下さい。

※上記で明示しているある事件に関わるシナリオは下記となっております。
 本作はそれの流れを汲んだ物語です。
ーーー
該当シナリオ:<神の門>破天曲折の道程:選別
 https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/10274
※オープニングと下記コメントをご覧頂ければ、上記シナリオを読まなくとも問題無く本シナリオに参加できます。
ーーー

●目標
・神の国の内部『理想郷』の調査と対応
・PC達並びにフィアベルの理想郷からの脱出


●NPC詳細
【フィアベル】
 獣種のイレギュラーズです。
 幼少期から一人で生きており、同じ境遇であったルディと出会ってからは二人でずっと暮らしていました。
 フィアベルがイレギュラーズとして召喚されてからは、
 彼はローレットからの依頼を受けるため幻想付近で暮らし、
 ルディはテセラ=バニスで暮らす離ればなれ状態となっていました。
 そんな折、神の国に関連する事件が発生。
 ルディの姿が家にない事に気づいたフィアベルは、彼女を探し、
 単身神の国へと乗り込もうとしましたが、深手を負う結果に。
 そこに命がけで助けに来たイレギュラーズ達の活躍によって、
 彼とルディは救出されました。
 その際、命の大切さや頼ることの重要性を教わった彼は、
 今回のチェイスからの誘いに対し、皆様に相談する事を決めました。
 フィアベル曰く、後述するルディの身体を乗っ取る形で、チェイスから彼に連絡がありました。
 「この女は苦しんでいる。彼女に救いをもたらせる場へ案内する。確かめたくば神の門へ来い」
 その結果、オープニング二章の冒頭に至ります。
 彼自身遂行者の行いは許していませんが、
 ルディを助けられるのであれば出来る限りの事をしたいと考えています。
 ですが、同行してくれた皆様の事を信用しているため、
 皆様が方針を示せば、彼の事は気にせずとも大丈夫でしょう。 

【ルディ】
 人間種の女性です。
 神の国事件が勃発した際、ゼノグロシアン(異言を話すもの)となってしまい、
 先日の事件当時は、レテの回廊を抜け神の国へ辿り着く試練を課せられてしまっていました。
 イレギュラーズ達によって何とか救出はされましたが、多くの異言
が溢れる儀式の空間に長らく居たため、
 未だ狂気の状態から抜け切れておらず、今は天義の安全な宿舎で治療を受けています。
 現状治療の結果は遅々とした回復に留まっており、画期的な打つ手がない状況です。

【チェイス】
 正しい歴史を為す事を目的とする遂行者の一人です。
  筋骨隆々な体格と輝くスキンヘッドがトレードマークで、
 先日の事件では、イレギュラーズ達の前に自分自身を試練と称して立ち塞がりました。
 今回はフィアベルの改心が主な目的のようですが、他の皆さんにも
 改心してもらうべく、ここに案内してくれました。
 現状では戦闘の意思はなく、仮に話をすれば強く改心を持ちかけてくるでしょう。しかしこちらが手を出せば戦いになるかも知れません。
 戦いになった場合、自慢の筋肉を活かした肉弾戦が中心ですが、
 ステータスは全快の皆様が全員で集中して戦っても苦戦を強いられる程度には強いです。
 (とはいえ上記はチェイスが全力で戦った場合の話です)
 組んだ腕の中には何かを隠し持っているようで、底が見えない相手です。
ーーPC&PL情報ーー
 前回の事件で彼と戦闘になったイレギュラーズ達の報告から、彼に関して以下の事実が判明しています。
・腕に黄金に輝く手甲を嵌めている(恐らく聖遺物だと思われる)
・その上で、拳は堅く握られており、何かを持っている可能性がある
・イレギュラーズの強い一撃を防いだ際、手甲は僅かに赤みを帯びたがすぐに元の色に戻った
・チェイスの肉体に対し不調が生じるような攻撃を防いだ際、手甲に黒ずみが生じたが、
 暫くすると黒ずみが消えると同時に黄金の輝きを放ち、
 その光が身体に宿ることで、肉体の不調が回復するだけではなく、
 通常以上の能力で攻撃を繰り出してきた
・黄金の輝きを纏った攻撃を使用した後、再びその攻撃が使用できるようになるまで一定の間があった

●エリア詳細
 神の国内部『理想郷』と呼ばれる場所が舞台となります。
 受ける印象としてはとにかく平和な天義の一都市、といった感じです。
 (但し、イレギュラーズの皆様には
  『原罪の呼び声』のような音が聞こえています。
  長く滞在していると身体に不調が出てきます)
 どうやら各遂行者が理想郷を管理しているようで、
 ここはチェイスの管理区域のようです。
 街に争いの痕跡はなく、人々は楽しそうに談笑しています。
 ただ、談笑中に揉め事が起きたりすると、どちらが正しいか、
 様々な勝負を通して決めているようです。
 その割に勝負の勝ち負けには拘りは無いようで、
 住民達は勝てば正しくて良かった、負ければ試練になれて光栄だ、と喜びます。


●敵詳細
【選ばれし人】
 チェイスの理想郷に棲まう人々です。
 どうやら異言を話しているようですが、
 チェイスによりイレギュラーズにも普通の言葉として認識できます。
 基本的には誰も彼もが幸せそうで、楽しそうに過ごしていますが、
 話しかけても幸せだ~とか、分からないなら改心せよ~とか、
 2~3種類の同じ事を返すばかりで要領を得ません。
 どうやらフィアベルによると、ずっと前に死んだはずの老人や、
 先日の事件でゼノグロシアンとして姿が確認された後、
 遺体となって発見された人の姿などもあるようで……。
 仮に人の気持ちを感知するような能力を使った場合や、
 生気を確認するような能力を使った場合でも、
 何も感じられないようです。
 もし戦闘になった場合、一人一人は弱いですが、
 異常に数が多く、「改心せよ」と連呼されるので具合が悪くなりそうです。


【チェイス】
 詳細はNPC詳細欄にてご確認下さい。


●PC状況
 基本的に、
 「フィアベルに呼ばれて一緒に理想郷へ到達した状況」
 からスタートします。
 理想郷については何も分かっていないため、
 この場所がどんな場所であり、それを知ったならば、
 自分がどんな事をするのかを決める事になるでしょう。


●PL向け情報
【理想郷は何か】
 この場所が何なのか、PC目線で結論づける必要があるでしょう。
 見える範囲において、誰も彼もが幸せそうに見えますが、
 とても自然な笑顔にはPC目線では思えません。
 また、前回の事件ではゼノグロシアンとなっていた普通の住民は
 見ただけで直感的に分かるようになっていましたが、
 今回はそのように感じられる人はいません。
 ※判別できないのではなく、少し調べればPCが直感的に分かります。

【理想郷をどうするか】
 チェイスはフィアベルやPC達を改心させようとしています。
(改心=遂行者の正しい歴史を受け入れる事=滅びの未来を受け入れる事です)
 勿論、そのつもりがない状態で皆様はここへ訪れているはずですが、
 あまり耳を傾けていると変な気が起きてくるかも知れません。
 そもそもここは敵の中枢とも言える場所です。
 黙っていては相手のペースに飲まれてしまいがちです。

【わたしの理想?】
 通常、ここにいる「選ばれし人」は同じような会話を繰り返しますが、
 PCの皆様の心に強く想うような人や物事があった場合、
 ここにそれに関連した存在がいるかもしれません。
 その場合彼らは他の者達とは異なり、
 実に想い人らしい言葉や言い回しで、
 貴方に理想郷での幸せを説いてくるでしょう。
 その声を聞くかどうかはPC次第ですが、
 場合によっては行動出来なくなってしまうかも知れません。
 不安な方は何を言われたらどうするのか、心構えをオススメ致します。

【フィアベルの判断、ルディの回復】
 チェイスはルディの「救い」を餌にフィアベルをここに呼び出しました。
 ですがフィアベルは以前の経験から、
 PCの皆様の言葉に対してかなり心を傾けて聞いてくれますので、
 皆様の言葉や態度があれば、それに応じた選択をしてくれるでしょう。


●その他
・情報確度B
 ここに明記されている情報は間違いなく正しいですが、
 明記されていない情報を推測したり対策を講じることが推奨されます。
 ※前作「選別」もBと表記しましたが、
  あちらより明記されていない情報=不測要素はかなり少ないです。
  ご安心頂ければと思います。

・目標達成の難易度はN相当ですが、行動や状況次第ではパンドラ復活や重傷も充分あり得ます。

  • <尺には尺を>破天曲折の道程:誘引完了
  • GM名pnkjynp
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2023年11月19日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談4日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

イーリン・ジョーンズ(p3p000854)
流星の少女
アルテミア・フィルティス(p3p001981)
銀青の戦乙女
ルーキス・グリムゲルデ(p3p002535)
月夜の蒼
彼者誰(p3p004449)
決別せし過去
リュコス・L08・ウェルロフ(p3p008529)
神殺し
アーマデル・アル・アマル(p3p008599)
灰想繰切
イズマ・トーティス(p3p009471)
青き鋼の音色
マリエッタ・エーレイン(p3p010534)
死血の魔女

リプレイ

●理想を享受する者
「理想郷、ね。飢えず、争わず、止まらず……それが為せるなら正しく楽園でしょうけれど」
 『天才になれなかった女』イーリン・ジョーンズ(p3p000854)の言葉に『チェイス』は視線を向ける。
「改心に値するか、確かめさせてもらうわよ?」
「己の眼で真理に至れるというなら好きにするが良い」
 なら遠慮なく。と手を振りながら歩き出すイーリンに、『決別せし過去』彼者誰(p3p004449)、『灰想繰切』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)、『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)、『フィアベル』が続いた。
「お主らは何とする?」
 『銀焔の乙女』アルテミア・フィルティス(p3p001981)が銀髪をかきあげ靡かせれば、先端に帯びた虹彩が煌めいた。
「どうせなら案内してもらえる? ここの最も深い場所を」
「敢えて深淵を覗くと欲すか……いいだろう」
 こうしてチェイスに連れられる形で、アルテミア、『月夜の蒼』ルーキス・グリムゲルデ(p3p002535)、『うそつき』リュコス・L08・ウェルロフ(p3p008529)、『死血の魔女』マリエッタ・エーレイン(p3p010534)もまた、理想郷の奥地へと歩を進める。

~~~

 独自に理想郷内部へ踏み込んだ一行は、イズマの飼う亜竜『チャド』が引く荷車を連れ市街地に到着した。
 美しい町並みを行き交う住人達は食事をし、温かな日差しに船を漕ぎと、穏やかに過ごしているように思えたが。
 暫く探索していると、公園の特設舞台で不思議な光景が目に入った。
「酒合戦も大詰めの二十杯目! 両者一歩も譲らない!」
「優勝するのは俺だ~」
「いいや~オレだ」
 酩酊状態の男二人はそれぞれ大きなジョッキを一気に煽るも、一方が後方へ頭から倒れ込んだ。
「俺の勝ち、ひっく」
「役に立てて……良かった、よ」
 勝負を見届けると、集まっていた人々や司会者は去り。
 勝った男もふらふらと人波に飲まれ、倒れていた男は光の粒子になって消えてしまった。
「これがチェイスの理想……? 平和と言えば平和だが、随分クセが強いというか……」
 戸惑うイズマ。彼者誰も悩みつつ意見を述べる。
「競っている、にしては負けた側に違和感がありますね。何の役に立ったか釈然とせず、姿も消えた。
 そもそも医学的にあれは致死量を優に超えています。普通の生存者ではないように思いますが」
 生存者ではないという言葉に、揺蕩う霊の声を探していたアーマデルは顎に手を添えた。
「だが一帯に霊魂は感じられなかった。フィアベル殿、先程死者の姿が見えたと言っていたが、彼らか?」
「いえ。酒合戦はテセラ=バニスに居た頃聞いた事がありますけど、あの人達は誰だか……あ、あの老人!」
 彼が指さす舞台の向こう側には、貧しさを感じる格好の子供達にパンを手渡す男の姿が見えた。
 アーマデルは再び霊魂を探すも成果はない。
「迷える魂の声が聞こえない……。亡くなったのは間違いないか?」
 フィアベルが『ルディ』から聞いた話では施しと偽り洗脳を行ったとして、交流の深い子供達やその家族諸共断罪されたらしい。
「……本当に。神の国もあの国も、知れば知るほど俺の欲しかったものから遠ざかる」
 彼者誰が僅かに目を伏せる。アーマデルも小さく眉をしかめた。
「悔いを残さぬよう生き、未練を残して逝くのがヒトの生……それは何処でも同じだろう」
 だがきっと、未練には早すぎる悔いがあった。
「世話になったのは一度だけでしたけど、反抗的な僕にも笑いかけてくれたのが印象に残っています」
「そうか。なら老人は霊魂のない死者だとして。先程の彼らも含め、皆が混沌の法則を無視した屍人の類い。
 或いは俺の英霊残響のような生前自我の複製体、という可能性も出てくるか」
「それならここは死人の街ってことか? チェイスは作り物の理想を装って何がしたい?」
 イズマを制するように、イーリンが一歩進み出た。
「折角だもの、死者の声を聞いてみましょう」
 彼女は小柄な身体を活かして人波を素早く縫うと、老人の前へたどりつく。
「ごぎげんよう小父様。貴方は改心した人間? それとも遂行者に作られた存在?」
 するとそれまで子供達と楽しく談笑していた老人は一瞬生気のない表情を浮かべたが、すぐに笑顔を取り戻し言葉を返す。
「いいからこれをお食べ。気にせんでよい。儂はお嬢ちゃんが笑ってくれれば幸せなんじゃ」
 差し出されたパンを受け取ろうと触れた瞬間、先程の男同様粒子となり消えてしまう。
「ふむん。貴方の好きな勝負は何? 自分の最期、覚えてる?」
「……そりゃあ辛かったのう。ほれ、これを食べて元気を出すのじゃ」
「……こほん。おじいちゃん! あたしもパン食べたーい!」
「……ほっほっほっ。元気になって良かったわい。今度は妹さんも連れておいで」
 イーリンはその後も思いつく様々なパターンを試した。
 だが老人の言葉に変化はなく、これ以上は無駄と判断し踵を返す。
「……はぁ、疲れた」
「司書殿、どうでしたか」
「どう話しかけ冗談を言おうとも、特定のフレーズで返されて会話にならないわ。でも住人同士なら別。
 お腹を空かせ蹲る子供、泣きながら話す子供、彼にお礼をしに来た子供。
 私にした返答が当てはまる相手と、楽しくお喋りしてるわ」
 彼者誰の冗談? という呟きには、淑女と少女の違いを見極められるか確かめたのよ、と添えてやる。
「そうですか。ともかく先程の勝負に老人の施し。一見繋がりが無く思えます。
 ですが彼らには『選ばれた理由』があるはず。
 互いを高め合うとか、気持ちの良い行為が出来る人間であるとか。
 試練や勝負、行いの動機となる何かが……」
 その後も議論が交わされるが、徐々に『声』は強さを増していく。
 特に音楽家として繊細な耳を持つイズマには耳障りに感じられた。
 先程から不自然にいらつく気持ちも、恐らく影響が出始めている証であろう。
「……ここは居心地が悪い。不明点は残るが長居するのも危険だと思う。
 なぁフィアベルさん、率直に聞く。ルディさんが勝負や行動を強制されるような事を貴方は望むのか?
 ルディさんはこんな形での救いを望むのか?」
 イズマの言葉に獣の青年は小さく首を振る。
「ならどうにか俺達の力で彼女を救う手を考えよう。でないときっと後悔する」
(勝負や行動の強制……)
 彼の言葉が届いたのは、フィアベルだけではなかった。
 集められたピースを前に、イーリンの思考は加速する。

 この空間における『理想』とは何なのか。
 不自然な住人はなぜ選ばれ、勝負や行いをさせられているのか。
 遂行者は何故、イレギュラーズに救いを授けるのではなく改心を望むのか。

(行いや勝負の動機。住人か否かで大きく異なる対応。死人が過ごす街。
 混沌の法則。悔いと未練。フィアベルの既知と未知。
 勝負は彼らが前に進むための試練? 試練が救いなら、救うは遂行者……。
 改心した者が与える?)

 『神がそれを望む』故か。
 与えられた才能が、通常では辿り着き得ない隠された真理への鍵を生み出す。

「ああ、なるほど。ここは『零れ落ちた者達の楽園』なんだわ。
 ここは死者の世界で、楽園と思う理由……彼らが欲する理想がある。
 だから私達とは相容れない。恐らく私達――改心した生者は救う者を選ぶ側だから。
 あの子にかけられた呪いが死者と生者を選別する試練だとしたら――」
「カアァ!」
 その時、連絡用に着いていたルーキスの眷属たるワタリガラス『ソラス』の声が響く。


●理想を授ける者
 チェイスと共に進む一行は市街地を抜けた先、人気が消えた森の中を歩いていた。
「……理想郷ねぇ。御大層に語るけど、あの町は見てくれだけの徒花じゃないのかい?」
 ルーキスは敢えて全体に聞こえるように呟く。
 それはチェイスに対しての問いかけでもあり、他の面々への呼びかけとも言えた。
「続けるがいい」
 一行の間に走った緊張の糸は会話の意思を確かめられたことに緩み、リュコスが口を開く。
「平和で争いがなくて、だれもご飯にこまることがなくて、みんな幸せにすごしていける。
 ここがそんな場所なら、いいところ……だと思うよ? 見た目はすごくきれいだし」
 でもあの人達は、と話したところで言葉に詰まる。
 言い淀んだのはリュコスが道中すれ違う人達に感覚を研ぎ澄ませたが、誰からも生気を感じられなかったから。
 心臓の鼓動は聞こえず、匂いすらない。ただ話し笑い、勝負を行うだけの人型達。
 リュコスの戸惑いをルーキスが継ぐ。
「死人を見て感傷に浸れってかい? でも役者の演技に心がないね。二流映画より響かないかな」
 彼女争いに至らずも反論したくなるであろうギリギリを強気に攻める。
 だが彼の反応は意外であった。
「かの者共が理想的な存在であるかと問われれば、否であろうな」
 遂行者とは思えぬ答えに、アルテミアは失笑する。
 彼女はルーキスの意図も汲み敢えて煽るように続けた。
「理想郷とは言うけれど、一体誰にとっての理想なのかしらね?
 わざわざ勝負なんかさせて、誰かさんの傲慢な支配欲にしか思えないわ。
 そもそも、理想とは叶わぬと知りながら抱く夢想を指す言葉じゃないかしら?」
 今度はチェイスの顔が歪に綻ぶ。
「叶わぬ夢想か。可能性の蒐集家にしては冷めたものだ」
「現実主義と言って欲しいね」
 ルーキスとチェイスの間に緊迫した静寂が訪れるが、木々の道を抜けた事によりそれは緩和された。
 開けた空間。広場を思わせるそこには台座があり、小さな水晶らしき物体が設置されている。
 恐らくこれが発生源。最大まで高まる声にアルテミアとマリエッタは顔をしかめた。
(この音……反転しないはずのぼくでも、すごくいやだ……)
 思わず宿した能力で耳を隠すリュコスであったが、音は消えない。
 それどころか、形容しがたき声の中には。
 ――できなかったじゃない。
(うっ!?)
 大きく震えたリュコスの肩をルーキスが右手で支える。
「個人差はあれ、雑音の中身は同じようなものだろう。平静を忘れないようにね」
「う、うん……!」
 仲間の支えと着込んだ黒衣に込めた決意を胸に立ち直る。
「救いの求めが聞こえたか。ならば然るべき刻まで信念を説こう」
 暫くすると水晶が放つ光は神々しさを増し、人らしき存在を排出すると元に戻る。
「見た通りお主らが住人と呼ぶ存在は水晶から出でし魔力体だ。
 だがただの傀儡ではない。謀殺、殉教、事故死……
 かつて選別の機会すら与えられず逝き、生の渇望を残す魂が、ルスト様によって再誕された者なのだ」
「ならゼノグラシアンにされた人々はどこに……!」
 アルテミアは激しい頭痛に悩まされる。
「試練を超えし者や改心せし者は他の地にて死と決別した理想を享受している」
「ここのほかにも住人がいるの?」
「そうだ幼狼。個の仔細に応じ適切な遂行者の下へ送られている。
 この地は再誕者が理想へ至る者かを選別する場故、それ以外は記憶のみを貰い受けている」
「生きる事……。ここはそれを望みながらも失った者達の願いが、貴方の正義によって叶う場所なのですね」
 マリエッタの言葉にチェイスは頷く。
「但し再誕には帳を下した地の死者が持つ渇望と生者の持つ記憶が必須。
 願いや記憶が不足すれば、悔いを晴らす生き人形から始まり。
 充足すれど再誕のみでは元となる記憶域に縛られる。
 かの呪縛を解く為、我は充足した再誕者同士が勝負へ至るよう試練を課した。
 願いを持ち、試練に臨み、互いに刻を共有すれば。積み重ねはやがて生者の記憶を上回るだろう」
「はぁはぁ……!」
 雑音に荒れ狂う心を必死に抑えるアルテミアを神の僕は見下ろす。
「お主……いや、貴様らは理想を叶わぬ夢想と断じた。なれば問おう! 正義はいずこか!」
 語気が強まる。
「神託を覆し得ると根拠なく盲信し、徒に滅びゆく世界へ争いと死をまくか!
 神託を受け入れようと、命すら再生し得るこの地で再誕者が生者となる道を守るか!」
 ――わたしとあなた ずっと、ずっと 一緒
「――ツッ!」
 刹那、アルテミアは剣を抜き放ち飛びかかった。
「あの子の想いを踏みにじるなッ!!!」 


●生の定義
 淡い青の細剣が黄金の手甲に突き立つと同時、『声』が消える。
 チェイスは攻撃を受け止めた右手を強く握りしめると、何かが砕け割れるような音がした。
「声を通じ記憶を垣間見た。銀の乙女よ……。その色褪せぬ記憶なれば、理想の再誕も為せように」
「黙れ! 私はこの理想を認めないッ!」
 アルテミアは二つの剣に蒼と紅の炎を宿す。
 だが炎が手甲を染めるよりも早く、彼の右手から溢れる光が手甲を眩い黄金に輝かせた。
「誤った正義に曇る眼は、やはり俗世に絶望せねば晴れぬか。
 ならば授けよう。――改心へと至る一撃を!」
 零距離からの攻撃に彼女の体が咄嗟に反応した。それは内なる想いが動かしたのか。
 何とか最悪の事態を回避するも、アルテミアは直撃を受け吹き飛ばされてしまった。
「アルテミア!」
 リュコスは重傷を負った彼女を庇うように位置取り、残った二人も反撃に転じる。
「死者が生まれ変わる為の理想郷を作る。きっと遂行者としても、そうなる前にも、
 貴方なりの理由を持って為したことがあるのですよね。
 誰がそれを否定できましょう。誰がおかしいなどと言えましょう」
 急速に魔力を巡らせることで、彼女の髪や瞳は魔女のそれへと変貌する。
「だからこそきっと……貴方の正義や理想は、敗れるだけで潰えるものではないのでしょう?」
 優し気な言葉とは裏腹に、死血を求める血の魔術が無数の針となってチェイスに降り注ぐ。
「結局最後は力で良し悪しを決めるか。随分と都合がいいねぇ。
 まあぐだぐだ説いたところで聞く気なんてないだろうけどさ。
 勝敗だけで全て綺麗に片付くなら、誰も苦労しないと思わないかい?」
 ルーキスもまた魔力を高めると両の指先に魔方陣を生成する。
「死人の運命を捻じ曲げるのが正しいと信じるなら……深淵の彼方から呼ぶ声に向き合ってごらんよ」
 放たれた力はチェイスの足元に纏わりつき雷撃を放つ。
 二つの魔術は重なりあって、確かな傷を彼に負わせるが。
「無駄な事を。先程我が解き放つは不朽たる恩寵の加護。
 蝕む魔を払い、喰われた空へ苦難の分だけ活を授けし護り籠手たるこの聖遺物の力を極限まで高め!」
 魔力の枷は黄金の光に消され、魔女となったマリエッタを上回る速度で行動し殴り飛ばす。
「ルスト様から選ばれし我には、理想郷の加護がある!」
 チェイスの背後で水晶が輝くと彼の出血が止まり、返す拳でルーキスも弾き飛ばした。
「残すは幼狼。貴様だけだ。それとも我と共に理想を為し、課せられた嘘の烙印を晴らすか?」
「ぼ、ぼくは……! あの世界に生きる子どもたちに、氷に眠るあの子に……良くなる世界を見せる!」
「ならばその心砕いてくれよう!」
 大きく、力を籠めるために引かれた腕。
 その時、森の合間から大きな音を立て荷車が現れる。
 振り返れば、その勢いを利用して彼者誰が飛び出してきた。
(リュコス殿、伏せて!)
 テレパスで聞こえた指示に、アルテミアへ覆いかぶさるよう従う。
 その頭すれすれを掠るようにして二人の正面に飛び出した彼者誰は、迫りくる拳を受け止める。
(ぐっ……! 重い、けど……)
「イケるでしょ、俺ならっ!!」
 決死の覚悟を持った盾は、内蔵を突き破り、守る者を砕かんとする衝撃をパンドラの力を合わせることで受けきった。
 四度にもわたる力の放出に、消えていく黄金の輝き。
 それを見逃さず、アーマデルは英霊の怨嗟を叩き込む。
「俺の故郷では魂の流転が信奉される故、理想郷という概念は正確に理解できていないかもしれない。
 だが司書殿の推察が正しいならば。この世界には命を賭して誰かが成し遂げたことがある。
 それを否定する世界なんて、俺には納得できない」
 呼応するように、リュコスとマリエッタもそれぞれ攻撃を叩き込んだ。
「ぐっ、霊魂使いや幼狼はまだしも、その体で奇跡も使わず立つか……魔女!」
 チェイスの言葉に、血を流しながら美しく微笑む。
「貴方が理想の正義を抱くからこそ、私は私の守りたいものと夢のために。
 貴方の想いを打ち砕くという悪意を以って叩き潰します。
 何よりこれが。貴方が理想とする正義を守る試練になるでしょうから」
 三人の足止めの隙に、彼者誰がアルテミアを。イズマがルーキスを助け荷車に避難させる。
 それを確認した他の面々も、一斉に退却し乗り込んだ。
「さぁチャド、俺も響奏撃で援護する。お前の力を見せてくれ!」
 亜竜の戦車は、主の命に咆哮を一つ上げると、全力で道を進んでゆく。
 跳ねのけるは、先ほどまで笑顔であった住民達。
「改心せよ。改心せよ……」
「……やれやれまったく、うるさくておちおち寝てられないね」
 イズマと相棒のチャドをルーキスが援護した。
「ルーキスさん、大丈夫か?」
「何とかね。間に合ってくれて助かったよ」
「最初のやり取りから呼んでくれたおかげだな。俺のファミリア―が声で近づけなくなるまでに、かなり距離を詰められた」
 そこに動けるリュコスやアーマデルも援護に加わる。
 一方荷車内では重傷のアルテミアから順に、イーリンの治療を受けていく。
「無事でよかったわアルテミア。ところで、貴方は本物?」
「……あなたも無事でよかったけど。どう返すのが正解かしら?」
 彼女の見つめ返す瞳が確かな二色であることを確認し、イーリンは安心したように表情を和らげた。
「いえ、貴方も私も。同じ世界で何かを背負って生きている。と分かればそれでいいのよ」
 そういった司書は冗談めかしてウィンクを残し、治療へ集中した。


●生と死の狭間に憂う
 理想郷を出て以降、何故か攻撃されず脱出出来た一行は消耗を癒す為各々帰路に着いた。
 記した事。感じた事。断じた事。
 それら全てを重ね合わせ、見定めた世界に思いを馳せる。
「ルディ。僕は……」
 苦しむ彼女を前に苦悩するしかない彼はどうか。
 ――このままではいずれ衰弱して。
 医者の言葉が過ぎる。確かにあの世界が理想とは言えないけれど。
 こんなにも傍にいながら。僕はこの世界でまた大切な人を喪うのだろうか。
 握りしめられた拳は、どんなに赤黒く染まろうとも開かれることは無かった。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

※先んじてお詫びを。
 この度はこちらのスケジュールの都合で短い相談日数となっており、
 皆様を慌ただしくさせてしまい、申し訳ございませんでした……!
 重傷判定との兼ね合い等もあるでしょうし、今後は相談5日以下の場合
 どこかに注意書きを添えさせて頂きます……!
 また、オープニングで一箇所誤解を生じさせてしまうような表現になっている部分がありました。
 こちらも私の不手際です(ミスリードを狙ったものではありません)。
 その点も重ねてお詫び申し上げます。


冒険お疲れ様でした!

今回はチェイスの理想郷を皆様に探検して頂きました。
ほとんど情報のない中で何かを探るにおいては、主観が大きく影響すると思います。
今回のリプレイが仲間同士、そして戦う相手が持つ「それぞれの理想や正義」について、
一端を垣間見て頂く機会となったならば幸いです。

本題の理想郷について。
理想郷は遂行者の数だけあるので「選ばれし人」がどんな人物かはそれぞれですが、チェイスはコレでした。
蓋を開けてみて思われた事は色々あるかと思いますが、
この空間に混沌では感じえないほどの様々な力があります。
選ばれし人達がその生活を謳歌しています。
遂行者は掲げる理想に向かって全力を尽くしています。
それだけは間違いようのない事実です。
ですが皆様がこの混沌の世界(や自身の出身世界)において清濁併せ吞み握り続けたその拳。
その拳が掴んだもの、届かなかったもの全てが、否定されて良いわけありません。
※握りしめた拳が掴もうとしたものが幻で、悔しい思いをしたことはあるかも知れません。
 チェイスが信じるルストの再誕も、条件であるはずの魂が見当たりませんでしたね。

決戦の時は間もなくです。
皆様の正義と理想がひとつでも多くを救って下さると、私を始めGM一同信じていると思います。

それでは、またどこかでお会いできることを願いまして。
ご参加ありがとうございました!

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