PandoraPartyProject

シナリオ詳細

乾く廃墟の沈黙者

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●忍び寄る影の者

「クソッ……!」
 逃げる、逃げる。
 青年は脇目も振らずに己の脚に鞭を打つ。
 それもこれも、突如として急襲して来たあの『影』が原因だと、青年は心の中で悪態を吐いた。
 事は一刻ほど前。
 青年、イザは隊商と共に南部砂漠コンシレラを渡っていた。
 目的地はそう遠くない。アルパカとラクダを合わせたような生き物、通称パカダクラに乗れば一日二日程度の距離。
 かの大規模市、サンド・バザールから、彼の家が在る町へと帰る途中であった。
 勿論、ただの往復ではない。
 家には病気でまともに外にも出られないイザの妹が待っている。
 医者によると症状は不明。慢性だか一過性だかよく解らない言葉を呟いていたが、結局のところ病名らしい病名も判明していない。
 日に日に弱っていく妹の看病を続けながら、イザはとある万病薬の噂を耳にした。
 昼夜を問わず淡い薄緑の光を纏わせる不思議な薬。そんな物が実在するのか、嘘か真かも定かではない。
 それがこの国最大の市場、サンド・バザールに出品されていると聞き、焦燥感と疑心に苛まれながらも妹を一人残し、家を離れる事にしたのだ。
 妹とは二人暮らし。家族は他に居ない。妹を無理に動かす事は出来ないが、そんな珍しい薬ならいつ買い手がつくか判らない。
 断腸の思いではあった。
 道中、幾度となく妹の顔が頭に過ぎりながらサンド・バザールに到着した彼は、ひっそりとした市の一角で目的の品を見つけ出す事が出来た。途中、何度か明らかな偽物を掴まされそうになったが、それはまた別の話だ。
 かつてはこの薬草を求めて一個小隊が行方不明になっただとかいう、都市伝説じみたものを商人は得意気に語っていたが、イザはそんな事に興味は無かった。
 光幻薬(こうげんやく)。
 大仰にも思える名前が付けられていたその薬は、不思議とイザを引き寄せる何かが有った。それが見た目なのか、焦りによってそう思い込んだだけなのか、それとも商人の口車が上手かっただけなのか、それは定かでは無い。
 粉末状で小綺麗な瓶に入った、淡い薄緑の光を纏わせる物。実在するかはさておいて、情報通りではある。
 かくして目的の品を手に入れたイザは、妹の待つ家に帰る。
 だけで、ある筈だった。
「兄さん、切羽詰まったような顔してんな。腹でも痛いのか?」
 帰路の途中、行商の天幕の張られた荷車の中で乗り合わせた男が問うてくる。
「いや……妹が一人家で待ってる。俺が居ない間に何か遭ってないか……」
 男は、イザの手元で大事そうに布切れに包まれている瓶に視線を落とすと、声のトーンを一つ落として再び顔を上げた。
「それ、光幻薬だろ? 市場でも噂になってる……妹さん、病気かい?」
「あぁ、まぁ……」
 ずけずけと訊いてくる奴だな、とイザは訝しんだ。知り合いでも何でもない人間にあまり詮索されたいとは思わず、口をつぐむのも必然というものである。
「……そんなに珍しい薬なのか?」
 と、当たり障りの無い質問で返すと、男は真面目な顔をして腕を組んで頷いた。
「珍しい。というよりアレだな。効能の方が話題になってる。効く効かない、原料をそのまま使う方が有効、不治の病だった婆さんが回復した……なんてな。まぁ、大体こういうモンは……ちょっと待て、何か外が騒がしいな」
 男が、日除けも兼ねて垂らされた荷車の布を手ですくい上げた。
 と、同時であった。
「……逃げろッ!!」
 外の状況を見るや否や、男が叫んで荷車を飛び出す。
 訳も解らず呆然とするイザだったが、後から思えば男の危機回避能力は本物だったのだろう。
 最初に見えたのは、足元の砂に浮かぶ黒い影だった。
 次いで、乾いた空気に飛び散る血飛沫。
 何が起きているか、脳が処理する前に、イザの身体が動いていた。
 彼は傍らに置いていた光幻薬の瓶を引っ掴むと、男が飛び出した後に続いて荷車から飛び降りる。
 そのイザの足元に、一枚の黒い羽が落ちた。
「……鳥……?」
 暑苦しい太陽の逆光を受けながら見上げる空。その光を遮るようにして、空中に巨大なシルエットが浮かび上がっている。
 そこから先はどうだろうか。覚えていない、いや、考えを巡らせる前に走り出したと言った方が正しい。
 隊商の状態はよく見ていない。先に逃げた男とはいつの間にか逸れてしまった。
 運搬ルートからは大きく外れてしまったのだろう。ここが何処だか判らないが、目の前にポツンと打ち捨てられた三つの廃墟が目に入り、イザは悩む暇も無くそこに駆け込んで行った。
 幸いだったのは、最後に飛び込んだ廃墟に、充分に休息の取れる備品が有った事だ。土埃にはまみれていたが。
 空気の抜けきったベッド、ひび割れたランプのような物。
 それが乗っているローテーブルに背中を預け、イザは大きく息を吐いた。
 何時までも身を隠している訳にもいかない。上空ではまだあの鳥が旋回しているだろうが、このままでは先に消耗し、力尽きる。
 だから、イザはそこからも飛び出してひらすらに逃げた。
 一体どれくらい走ったのか。何故あの鳥に狙われたのか。
 走りながらイザは考え、そして自分の身が軽くなっている事に気付いてしまった。
「……薬!」
 己の馬鹿さ加減に頭が真っ白になる。あの廃墟達に隠れながら移動した時、どれかに置いて来てしまったのか。
 立ち止まって思い悩む。
 妹の命か。
 自分の命か。
 光幻薬が回復を保証してくれるとは限らないぞ、とイザはギュッと目を瞑り。
「……クソォッ!」
 廃墟に向かって駆け出した。

●大事な物は光り物?

「ふふ、ご機嫌よう、アガットのように輝く人達。早速だけど本題よ。ラサの砂漠、コンシレラで行商が襲われたわ」
 艶やかな喋り口で『色彩の魔女』プルー・ビビットカラー(p3n000004)はイレギュラーズに告げた。
「護衛してた傭兵部隊は全滅……荷物もその場に置き去りになってる。襲撃のせいで進行ルートから外れて、砂漠の傍らで横転してしまったみたいね」
 どうやら、情報は命からがら逃げ帰った一人の男によってもたらされたらしい。
 プルーは一呼吸置いて、更に話を続ける。
「男の人が見た情報と合わせると、襲撃したのはランプブラックのように黒い鳥……カラスかしら。体長は成人男性よりも大きいわ。普通のカラスじゃない事は明らかよ」
 空を滑空する黒の翼。それも一体や二体ではない。
 足場の悪い砂地の上で急襲されれば、対応を考える間も無かったというところだろうか。
「それと、隊から逃げ出せた男の人がもう一人居るみたいね。近くに廃墟が在るから、もしかしたらそこに潜んでいるのかもしれないわ。ただ……」
 プルーはそう言いながら、丸印の書きこまれた机上の地図に目を落とした。
「廃墟は三つ在るし、どれに居るのか私にも判らない。周辺に隠れられそうな場所は無いから、居るとしたらここなんでしょうけれど」
 ひとしきり悩んだ後に、プルーは顔を上げた。
 机の前で悩んでいたって仕方が無い。なら、現地で確かめるしかない。
「廃墟の情報は追って伝えるわね。現状、注意すべきはカラスよ。今は廃墟の周辺を飛び回ってる。飛んでいるのもそうだけれど、カラスは風を使って攻撃してくるようね。荷車が横転した理由もそれ。出現するのは昼間の内だから、隠れてる人も夜に移動すればって思ったけど」
 プルーは、自分の脳内で納得して頷く。
「……えぇ、ダメね。カラスが彼を狙ってるなら、結局移動してる間に襲われて終わりだわ」
 ただのカラスと侮らないように、と付け加えた上で、プルーは視線を床に向ける。
「……何が目的で襲ったのかしら。まぁ、モンスターの思考なんて量れないけれど。隠れてる人を狙ってるなら人間? それとも……」
 また、一呼吸。
 プルーはポツリと呟く。
「……積荷自体? ううん……憶測ね。ごめんなさい、混乱させるような事言って」
 最後に、彼女はイレギュラーズを見渡しながら改まった。
「相手は空を飛んでるけれど、何も相手の得意分野……空中戦を挑む必要は無いと思うの。それこそ、積荷が狙われたっていうのは推測だけれど、カラスの特性は誘導には使えるかもしれないわね。ほら、良く言うでしょ? カラスに光り物」
 ん、とプルーは何かに気付いた様子で口に手を当てた。
「もし、カラスが狙っているのがもっと概念的な……大きく捉えるなら、『その人が大切にしている物に釣られる』かしら」
 くれぐれも気を付けて。
 そう言って、プルーはセルリアンブルーの空の下にイレギュラーズを見送った。

GMコメント

●目標
・ジュエリークロウ、大カラス、計八体の討伐
・イザの救出

●敵情報

・ジュエリークロウ×1
 鉱物を主食とする砂漠の大烏。
 周囲の大カラス達より一際大きく、飛行しながら人間を襲います。
 攻撃方法は
 【物】【至】【単】による嘴での刺突
 【神】【遠】【列】による風切りの突風
 突風の攻撃は【足止め】のBSが予想されます。

イレギュラーズの接触が無ければ、1ターンの経過の後にAの廃墟から破壊しに掛かります。

・大カラス×7
 ジュエリークロウの周囲を飛び回り、獲物を見つけるとジュエリークロウの鳴き声で一斉に襲い掛かる。
 攻撃方法は
 【物】【至】【単】による嘴での刺突
 【物】【中】【単】の勢いを付けての低飛行突進

イレギュラーズの接触が無ければ、1ターン経過の後にAの廃墟から破壊しに掛かります。

 また、カラス達は飛行状態にありますが、【至】の攻撃時は必ず地上に近付きます。
 
●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

●ロケーション
 戦闘予測時刻は昼です。
 場所は南部砂漠コンシレラ。戦闘地点に三つの廃墟が見えます。
 付近を飛ぶカラス達はイレギュラーズに対して警戒するでしょうが、攻撃を仕掛けるなら戦闘に入ります。

●廃墟について
 オープニングにも出て来た三つの廃墟。
 このどれかにイザが身を潜めていますが、到着時点ではどれに潜んでいるかは見えません。
 廃墟はそれぞれ三角形の位置に在り、三つそれぞれ特徴が有ります。
 A、B、Cとし、以下に廃墟の特徴を記します。

Aの廃墟
 今にも風化してしまいそうな、青天井となってしまった廃墟。
 到底身を隠せるとは思えないが、少しの物資が残されている。

Bの廃墟
 誰かが住んでいた頃そのままの形を保っている。
 身を隠すなら絶好。ただし、それに反して物資はほぼ無い。
 誰かが持ち去ってしまったのだろうか。

Cの廃墟
 ボロボロではあるが天井は保たれている。
 一応、雨風を凌いでモンスターから直視される事は避けられるだろう。

以上です。
先に廃墟を探索するか、カラス達を一掃するか、それとも同時に行うか。
それはイレギュラーズ、貴方達次第です。
あまり放っておくと廃墟ごとイザが襲われる可能性が有ります。ご注意下さい。

●イザについて
このシナリオのNPCです。
シナリオ出発時(現地到着時)、恐らく衰弱している状態だと思われます。
具体的には【泥沼】相当のBSが付与されています。

  • 乾く廃墟の沈黙者完了
  • GM名夜影 鈴
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2023年10月30日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

キドー・ルンペルシュティルツ(p3p000244)
社長!
ラダ・ジグリ(p3p000271)
灼けつく太陽
日向 葵(p3p000366)
紅眼のエースストライカー
志屍 志(p3p000416)
密偵頭兼誓願伝達業
ウェール=ナイトボート(p3p000561)
永炎勇狼
チヨ・ケンコーランド(p3p009158)
元気なBBA
イズマ・トーティス(p3p009471)
青き鋼の音色
オセロット(p3p011327)
譲れぬ宝を胸に秘め

リプレイ

●熱砂に広がる黒の音
 砂漠に八つの影が揺らめく。
 皆より僅かに長い影は、砂地に足を取られないよう『永炎勇狼』ウェール=ナイトボート(p3p000561)が低空で浮遊飛行しているものであろう。
「来てみれば……」
 『紅眼のエースストライカー』日向 葵(p3p000366)は状況を確認すると、誰にともなく呟いた。
「随分とギリギリな状況っスね、どの廃墟もガッタガタじゃねぇか」
 目の前に点在する三つの建物。
 一つは既に原型を留めておらず。
 一つは辛うじて人が過ごせる形を保ち。
 一つは最も希望的に見えるが、逆に言えばそのせいで中の様子が不透明。
 依頼目標を考えれば悠長にしている時間も無く、揺らめく影達は廃墟を知覚するなり迅速に行動を開始したと言って良いだろう。
「私は左手側を」
 『灼けつく太陽』ラダ・ジグリ(p3p000271)は自身の卓越した五感でイザの痕跡を探りながらも、飛行する傍らの銀色の獣人に問い掛けた。
 それに対して、ウェールは二匹の鳩を上空へ飛ばして答える。
「了解した。俺は右手側だな」
 一匹は戦場全体を、もう一匹は廃墟の中へ視覚を向ける為だ。
 二人に沈黙する時間が与えられたのは、視覚による情報が得られなかったのも有るかもしれない。恐らく、廃墟の陰となっている部分に隠れてしまっているのだろう。
 とは言えども、全くの収穫が無かった事もない。
 崩壊寸前の廃墟には子供一人の形も見当たらず、それは第二の視点から状態を俯瞰していた日向の視点でも、青空天井となった中に人の姿が見えないのは明らかであった。
『こちらウェール、対象の姿が見えない。そちらはどうだ?』
 頭の中に仲間の声が響き、葵は俯瞰をしたままで彼に念を返す。
『ボロボロの所には居ねぇみたいッス!』
 つまり選択肢は残り二つに絞られる。これだけでも大きな情報に違いない。
 それにしてもデカいカラスだと、葵は呆れにも似た感情を抱いた。
 出発前には聞いていたものの、俯瞰の情報からもこれに襲われれば長く持たないのは目に見えている。
 一方では視覚から得られないのならば他の器官を、とラダの耳と鼻が研ぎ澄まされた。
 血の臭い……は恐らくカラスからのものだろう。物音……これもカラスの羽ばたきが邪魔をしている。
 整然な顔をした、ラダの眉間が微かに寄る。
 どうやら意図をせずして、奴らは探索の妨害に精を尽くしている様子だ。
 イザの救出、カラスの討伐、彼らが優先したのは……。
「ほれセロ坊! 周囲の安全を確保せい!!」
「解ってるよ婆さん!」
 両方だ。
 『元気なBBA』チヨ・ケンコーランド(p3p009158)、に急かされ、オセロット(p3p011327)は『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)と視線を交わす。
「散開するぜ! 全体を囲う!」
 オセロットの合図で二人が左右に別れ、それぞれ廃墟を包む様に結界を展開する。
 これで探し物が戦闘に巻き込まれる可能性は限りなく低くなっただろう。ただ、カラス共が壊すつもりで廃墟を攻撃した場合、建物の安否は未だ保障出来ない。
 万が一、廃墟が崩れた場合は最悪イザも……いや、そんな事はさせない。
 薬も届けられず、妹に顔も見せられないままここで力尽きるなど、イズマには見捨てられる筈が無いのだ。
 イザも光幻薬も両方見つけ出す。
 そう決意したイズマの意思は固い。
「さて、皆行っちまった訳だが……」
 品定めをするように顎下を撫でながら不敵に笑う『社長!』キドー・ルンペルシュティルツ(p3p000244)もその一人だ。
「……強欲なカラスか。悪くない」
 その一人だと思いたい。
 根が盗賊気質なキドーからすれば、このカラス達に情も湧いてしまうのだろうか。
 いいや、きっとそれは有り得ない。このカラス達がイレギュラーズに敵意を向けている限り、相対すればイレギュラーズの持ち物も狙われる事は明白であり、キドーの強欲は更にその上をいくだろう。
 自分の所有物に手を出す不届き者。そんな奴らに仲間意識が芽生える事が有るだろうか。
 目標は二つ。その内、人探しは仲間の方で上手くやれるだろう。ならば自分はそちらの主とならなくても良い。
「よう、最近どう? この頃カラス共が五月蝿くて困っちゃいないかい? 捜し物を手伝ってくれたら、俺達が追い払ってやってもいいんだぜ」
 周囲の空気に語り掛けるキドーに、イズマが問う。
「随分と気の置けない疎通だな……収穫は?」
「あぁ、あぁ。まぁ、そう慌てんなって……何ぃ? 『あの建物に誰か居る』? そりゃあ解ってる……オイ、まさかもうやられてるってオチはねぇだろうな?」
 一瞬、緊張が走る。
「いえ、それは無いです」
 それを黒髪赤目の女性、『遺言代行業』志屍 瑠璃(p3p000416)の冷静な声がピシャリと覆した。
 ウェール、ラダや葵とは別に、彼女も感情による探知を試みている。今までに瑠璃の声が聞こえなかったのは、彼の感情がどれに当て嵌まるのか掴めずにいたからだ。
「恐怖……苛立ち……違う。これは……罪悪感……?」
「だけど、確かに助けを求めてる」
 イズマは、瑠璃と同じ方向を見て言葉を発した。イズマのセンサーも同じ位置を感知したのだ。
「助けに来たぞ、イザさん! 貴方には大事な人がいるんだろう、生きて帰るぞ!」
 彼の心情を察するより早く、ウェールの念話が流れ込む。
『死角に居るみたいだ。透視による捜索を試みる』
『であれば中央の廃墟を、ウェールさん。そこから彼の感情が聞こえます』
『承知した。カラスの警戒は引き続……』
 突如、念話が途切れた。
 ついに奴らが動き出したのだ。
 己の獲物を横取りされるとでも思ったのか。手始めのように群れの中でも一つ大きなカラスが飛翔すると、一面に笛に似た甲高い鳴き声が響き渡る。
 その笛の音を合図として、周囲の大カラスが一斉に羽を広げ既に崩壊寸前の廃墟へと飛び掛かった。
「全く、好き放題しおって」
 その黒い群れの中に飛び込んで行く姿が一つ。
 先程も言ったが、この作戦は救出と討伐を同時に行っている。
 間に合わなかったのか? とんでもない。ここに至るまでただ待っていた筈も無い。
 即ち、オセロットとイズマが結界を張り出した頃から。ラダや瑠璃達がイザを捜索してくれている辺りから。
「そう易々といくと思うたら大間違いじゃ!」
 動き出している。
 拳撃の名は瞬刻。通常の相手を想定すれば構えて終えるまで六秒。
 無論、それが大きいだけの鳥に劣る筈もなく、チヨの乱撃は廃墟へ集まった大カラスへと無常に浴びせられる。
 チヨの拳に力が籠っているのは、彼女がこの地点の商人ギルドに所属しているというのも有るだろうか。
 襲われたのはラサに属した行商。それに関わらずとも無関心で見過ごす訳にはいかない。
 カラス達が一斉にチヨに注意を向ける。
 本来であれば。
 種族としての本能と言うべきか。それともそういう生態として生み出された性なのか。
 それよりも目立つ存在が、すぐ後ろで数多の楽器を掲げこれでもかと光り輝いている。自身の機械化された右腕と両足も相まって、この場に置いてイズマの存在はこの上ない注目を浴びていた。
 もし、彼に釣られて近寄ろうものなら。
「飛んで火に入る……ってな!」
 待っているのは近接武装による、オセロットの鈍重な一撃。併せて、葵は自身の反応速度を高める。
「へっへっへ……おっ始まったじゃねぇの」
 キドーが限界突破の為のコードを自身に掛け、鋭い牙を見せた。
「じゃ、こっちもサッサと終わらせちまうとするかね!」

●宝は誰に転がるか
 誰が問うたか。
 この状況に置いて、光幻薬が紛失している可能性。
 その声が聞こえれば、カラスの嘴を捌きながらキドーはこう答えるだろう。
「いや、有る」
 返しで狩猟団による猛攻を展開する彼に、その前方でイズマは青いワイバーン、リオンへと騎乗した。
「見つけたのか?」
「そうじゃねぇ。だが、カラス共がここいらに留まり続けてるってコトは、まだ廃墟か地面に目当てのブツが転がってるってコト」
「なるほど……ね!」
 中距離から突っ込んで来た大カラスに対してイズマは飛んで避ける。
 ほぼ同時にキドーも横へ跳んだのを確認すると、イズマは空中にてカラス達に目を向けた。
「墜とされたい奴から来い!」
 一応言って置かなければならないのは、これは飽くまで予測だという部分だ。
 それを知り得るのは……。
「見つけた。一番無事な廃墟の中だ!」
 ウェール、ラダの救助組だろう。
 鳩と透視の視点から見つけた彼の姿。廃墟の壁に背中をもたれて座り込んでいる。
 ラダの前足が高らかに唸る。
「ウェール、ハイテレパスへの反応はどうだ?」
 二人が同時に目的の廃墟に飛び出しながら、ラダは問う。
「うむ……芳しくなさそうだ」
「反応が無いのか?」
「全く無い訳じゃない。が、微弱だ。念話に戸惑っているか……もしくは」
「念話を送り返せない程、衰弱している……か」
 改めて彼の状況を思い返し、両名は動きを速める。
 最中、ウェールは再度いざに対する念話を試みた。
『こちらローレット。鴉達の討伐と貴方の救助に来た』
 返答が無い。
 ラダにその事をアイコンタクトで送り、ウェールは続ける。
『本来ならばすぐ安全な所へ運ぶが、大事なもんを無くしてないか?』
 瑠璃の感じた『罪悪感』。それはもしかすると。
『……大……事な……』
 流れ込んで来た、僅かな起伏。
『薬が……無くなった……アイツの……薬……が』
『安心しろ。すぐに行く。薬も見つける』
 短く念話を切ったウェールは、機動力に任せて先を急ぐ。
「先行する!」
「頼む」
 途中、イズマの挑発から外れたカラスが狙いをこちらに定めて来たが、構っている暇はないとラダの音響弾が正面で妨害したカラスを爆撃した。
 出発前にも聞いたのは自分の命を顧みずに妹の薬を取りに行った事。
 傍から見れば蛮勇だと、ウェールは思う。
 同時に、何も出来ないのは見送る方も見送られる方はとても辛いとも感じる。
 頭に過ぎったのは誰の顔だったろうか。
 ウェールは頭にちらつく苦しさを振り払うように扉を開き。
「ア……ンタ、は……」
「対象を発見……生きていて何よりだ」
 そこに、光を差し込んだ。
「良く耐えた。もう、問題は無い」
 開け放たれた扉に凛とした声が入り込み、そこでようやくラダの姿を認識したイザは胸のつかえを取るように息を吐く。
 あれからどれだけ経ったのだろう。
 薬が見つからずに体力だけが奪われていく。見つからなければ帰る意味もイザには無く、後に残るのは妹に対する罪悪感だけであった。
 ウェールがランプのような優しい光をイザに当てているのと同時に、ラダは彼の口元が動いている事に気付いた。
「く……くす……」
「……薬……光幻薬か」
 力なく、イザは頷く。
「事情は聞いている。私達も薬は探すから今は堪えて欲しい……ウェール」
 ラダの呼び掛けに、ウェールは納得すると窓際へと近付いた。
 戦闘場所が近いのは幸いだ。ここからなら全員を視認出来る。
 ラダは彼の状態を見ると、一つ息を吐いて少し姿勢を落とす。
「……怪我してあんたが医者に運ばれてる暇はないのだろう?」
 彼女の言っている事は正しい。勢いに任せるものでもなく、優しく諭されたのもイザに染みた様子だ。
『イザさんを保護した』
 戦闘中の皆の脳内に、ウェールの念話が流れ込んだ。
『無事……とは言えないが、生きている』
「……という事は」
 瑠璃が改めて構え直す。
 攻撃に適した後衛に位置していた葵も、続くように灰色のサッカーボールを一度足に留めた。
「後は、こいつらだけって事ッスね!」
 足元のボールを宙に浮かす。
 そのまま蹴り出されたボールが弾丸の如くカラスの群れに飛来し、合わせてキドーの狩猟団が複数のそれに続き、オセロットを狙い攻撃を仕掛けたカラス達に血飛沫をもたらす。
 先程、カラス達に挑発を仕掛けたイズマだが、行先は地上だ。
 釣られたカラスは一斉にイズマの元へと向かったのだ。
 猛撃の渦巻くイレギュラーズの元へと。
 容赦の無いチヨの乱撃、瑠璃の掃射に羽ばたきの音が一つ、また一つと消えていく。
「生きる為には必要だったのかもしれませんが……」
 舞い上がる粉塵の向こうに見えた瑠璃の赤い瞳は、冷徹そのものであった。
 人を襲ってしまった獣ならば、打ち倒すのみ。
「……徹底的に」
 離れた位置からも、ウェールとラダの掃射がカラス達を襲う。
 粉塵を吹き飛ばすように、場に激しい突風が吹き荒んだ。
 ジュエリークロウの標的は依然としてイズマだ。彼も特にそれを注視している。
 その翼は辺りを巻き込んで斬り裂くが、肝心のイズマが強靭である。
 残る大カラスは三匹。まだいけるぞとジュエリークロウが鳴き声を上げる。
 キドーにより夥しい出血を受けようとも、機動力が削られようとも。
 オセロットの渾身の一撃が叩き込まれようとも。
 一斉に集中攻撃をすれば誰かは取れる筈。
 ただ。
「闇市十一回分と思うと勿体なく思えますが……」
 そうさせなかったのは、瑠璃が捜索と同時に自在絡繰・黒貂に預けていた宝石。そして生存を上回ったカラスの本能。
 イズマと、瑠璃の宝石。二つの煌めく獲物が目の前を飛び交えば、混乱したように互いの進行方向を遮り、ぶつかり合ったのだ。
 そこへ一閃。
 廃墟から放たれたウェールの閃光が、ジュエリークロウの翼を撃ち抜いた。
 地に堕ちたカラスへ確実なトドメを指すのはラダの殺人剣。
 葵の氷の杭がカラスに突き刺さり、キドーの放った礫が石の巨人となってカラス達を押し潰す。
 チヨの刃からオセロットの痛打へ。それを耐えきろうとも未来は無い。
「終わりだ!」
 渾身の魔力を込めた、イズマの魔剣から生き残る術など無かったのだから。

●取り返した希望
「無事、かの? イザ坊」
 ウェールの背に運ばれて来たイザを見てチヨは語り掛ける。
「……あぁ、助かった」
 イザの声に覇気は無い。だが、喋れる程度には回復した様だ。
 その顔は暗い。原因は、やはり未だ行方不明の薬だ。
 対してイレギュラーズに不安の色は無い。他人事という訳では決して無い。見つけられる自信が有るからだ。
「要は、薬の匂いを探せば良いんじゃないか?」
 ラダは言うや否やで再び嗅覚を廃墟へ向ける。
 暗所に関してはウェールが、捜索に関してはオセロットも担当出来る。
 早速取り掛かってみれば、そう時間も経たない内に瑠璃の黒貂が何かを持って来た。
「何だぁ? そりゃ」
 キドーが訝し気にそれを見る。
 瑠璃は黒貂からそれを受け取り、繁々と眺めた。
「紙……包み紙……の欠片、ですかね?」
「うん? その紙……」
 ウェールが鼻を動かす。
「薬品の匂いがするな」
 この砂漠で薬品の匂い。どうやらそれに間違いないだろう。
「おい、これじゃねぇか」
 遠くからオセロットの声が響く。
 その手には淡い薄緑の光を放つ小瓶。
「砂の中でやけに目立ってやがったんでよ」
 オセロットが軽く瓶を振ると、中でサラサラと砂のように薬が揺れた。
 これが、イザの『宝』。
 命あっての物種とはよく言うが、これがイザにとっての譲れない『宝』なのだろう。命を懸ける程の。
「あぁ……これだ……!」
 オセロットから光幻薬を受け取るイザを見て、光輪での回復、水の補給と手当てを引き継いでいたイズマはその薬を自身の知識と照らし合わせてみた。
 隣ではチヨも同じく、光幻薬の実物を見ては考える。
 万能薬とはそうそう簡単に製法出来る物ではない。しかもイザは妹と二人暮らしの身。そんな人間に手の届く料金だったというのが、妙に引っ掛かったのだ。
(ふむ、商人坊に報告する必要があるかもしれんの)
 念の為にと、チヨはイザに向き直った。
「イザ坊、それで本当に治りそうなのかい?」
「判らない……妹の身体は、日に日に固まっているようで……」
 固まっている。
 それを聞いて、チヨはイズマに視線を向けた。
「聞いた事は?」
「似たような事例は有ると思うが……聞いただけじゃな」
「ふむ、では地元のダチコーにでも看て貰おうかのぅ」
「ま、待ってくれ……そこまでして貰う訳には」
「これも縁、じゃ。病気の人間を抱えた若者をそのまま放り出したら罰が当たるからのぉ。ほっほっほ」
「……おや、それは?」
 瑠璃は、何処からか戻って来た葵の手元に視線を向けた。
 彼の手には一枚の紙切れが握られている。
「……廃墟で見つけたッス。光幻薬の情報じゃねぇけど」
 指先から垂れた紙切れを見て、瑠璃はふむ、と口に手を当てた。
「儀式的な内容ですね……この廃墟にまつわるものでしょうか」
「わかんねぇッス。ま、気になるもんはこれくらいだったッスけど」
 さて、この紙は何を意味しているのか。
 戻って調べてみなければ判断は難しいかもしれない。
 今はそれよりも、だ。
「済まない……有難う……これで……!」
「礼なら今度行商の奴に会った時に言ってやりな。そいつからの情報があったからこそなのだから」
「よけりゃ乗っていくか? ウォーワイバーンなら障害物が無い分速く運んでやれると思うぜ」
 ラダとオセロットに呼び掛けられれば、イザの顔にもぎこちない笑みが浮かぶ。
 今はそれよりも、取り戻した希望の種に期待を抱く事にしよう。
 彼を家まで送り届ける、その時まででも。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

依頼完了です、皆さまお疲れ様でした!
やや不穏ではありますが、この依頼は紛れもない成功で御座います。
カラスとの戦闘はまだ長引く想定でしたが、どのターンでも鉛の雨が止みませんでした。流石です。
イザの周辺事情はあまり語られませんでしたが、彼には一先ずの安息が訪れたようです。
有難う御座いました!
また何処かでお会い致しましょう。

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