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シナリオ詳細

<伝承の旅路>魔法使いジュゼッペと人形ウーヌス

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●ジュゼッペのアトリエ
 プーレルジールに多く存在するしもべ人形。そのうちの一体である『魔法使い』ジュゼッペ製のミーリアには近頃悩みがあった。
 ――悩みがある、というのは正しくないのかもしれない。ミーリアはゼロ・クール(心無し)だ。人のように悩みを持つなど、おかしな話だ。故にただ、ほんの少し、『目にすると気にしてしまう』ことである。
(ジュゼッペ様とウーヌス……動きが何だかおかしいです)
 ウーヌスが帰ってきて、ウーヌスが突然出ていったことを詫びるよりも早くジュゼッペが衝動的に彼を抱きしめて――それから数日経過した。
 ミーリアの居ないところで『喧嘩』をした様子はない。けれどもウーヌスもジュゼッペも、何だかおかしい。それを目にする度、ミーリアは気になってしまう。
(関節にちゃんと油をさしていないような……そんな感じがします)
 ジュゼッペ製のゼロ・クールは、人と人形を一目で区別できるように多くの場合が球体関節だ。依頼人によってはそこに人工皮膚カバーをつけることもあるが、それでも動きが鈍るようなら油をさす。
(ジュゼッペ様とウーヌスにも、ミーリアは油をさせるのでしょうか?)
 ちょうどその時だった。ジュゼッペのアトリエの扉が開いて、客が訪れた。
「こんにちは、ヤツェク様」
「よぉ、調子はどうだ?」
 時折顔を見せるようになったヤツェク・ブルーフラワー(p3p009093)は色んな人の『ダチ』を自称している。ジュゼッペに対してもそう自称しているが……ジュゼッペからの反応は特にない。彼は基本的に喧騒を嫌うため、口数の多い人間を歓迎してはいないのだ。
 大人しく椅子に座っていたウーヌスはヤツェクへとペコリと頭を下げたが、作業に没頭しているジュゼッペは顔を上げない。これは普段通りなので、特に無視をしているとかではない。
「どうした、ミーリア。少し浮かない顔をしているな?」
「そう、ですか?」
 ミーリアはぺたりと自身の頬へ触れてみた。ジュゼッペの職人としての腕が出ている滑らかな肌はいつもと変わらない。でもどうしてヤツェクはそんな事を言うのだろう? 頬をムニムニと摘んでから、ミーリアは彼を見上げた。
「ヤツェク様……人と人との間の油は、どうやってさすのでしょう?」
「ん?」
 ミーリアがジュゼッペへと視線を移す。それを追いかけたヤツェクは「ああ」と独り言ちて。そうしてから、本日の手土産のスコーンを持ち上げた。
 会話を滑らかにするのは、美味い菓子とお茶だろう。

●ジュゼッペと初めてのゼロ・クール
 あれは、まだ私が自身のことを『僕』と称していた幼い時のことだった。
 職人である父から技術を学び、日々新しいことに挑戦して研鑽を積んでいたある日。何度も試行錯誤して、初めてのゼロ・クールを生み出した。
 コアに魔法を籠める時、酷く緊張したことを覚えている。
 瞼が開く瞬間の、睫毛が微かに揺れただけで息を飲んだことを覚えている。
 名前はどうしようかとずっと考えて、ゼロを意味する『ニル』を与えようと思っていたけれど、寸前で考えを変えた。この子は、一番。一番最初の、僕のゼロ・クール。だから名前は『ウーヌス』とした。
『起きて、ウーヌス』
 僕の声で、君が目覚める。ゆっくりと開いた瞳が僕を見て、僕は思わず『動いた!』と喜んでしまった。
『はじめまして、マスター・ジュゼッペ。これより私はウーヌスです。命令をどうぞ』
『初めまして、ウーヌス。今日から僕が君のマスターで、そして兄。僕たちはきょうだいだ』
『きょうだい。命令を受け取りました。そう振る舞えばよろしいのですね』
『……違うけど、そう。振る舞うのではなく、いつか君がそれを自然に思えるよう僕も努力をするよ』
 ウーヌスは何も理解していなくて、けれどもただ「はい」と頷いた。

 あれからどれだけの年月が過ぎたことだろう。僕は私となり、私は千体ものゼロ・クールを作成した立派な『魔法使い』となっていた。
「ジュゼッペ様、私のことを廃棄してください」
「お断りだ」
「どうしてですか、ジュゼッペ様」
 これまで過ごした年月の中で、何度もウーヌスには「君が大切だから」と「君は家族だ」と告げてきた。けれども最近のウーヌスは廃棄を願い『どうして』を繰り返してしまう。君が初めて稼働したあの日の言葉も、既に覚えていないのだろう。
 私のウーヌスが欠けていくのが辛くて、何度も繰り返される廃棄を願う言葉が辛くて。感情の波立ちを感じた私は怒鳴りつけてしまう前に会話を切り上げ、彼の前から立ち去った。
 まさかその後、居なくなるだなんて――。
 ――それが、あの日のあらましだ。

GMコメント

 ごきげんよう、壱花です。
 ふたりのために何かしたいと望まれた方が多かったので、お茶会をします。

●シナリオについて
 ジュゼッペの悩みを聞いてあげたり、お茶会をしたりできます。
 ジュゼッペのアトリエは大人数は入れないので(多くても一度に5名くらい)、最終的に皆でお茶をします。ミーリアはお茶会は楽しいものであることを望んでいますし、ジュゼッペもお茶の席で嫌な話はしたくありません。嫌な気持ちになった際は退席するでしょう。(直前までの会話のせいで来なくなる場合もあります。)

 お茶会の席では、ジュゼッペにはこの世界のことを少し尋ねることも出来ます。勿論、彼が知っている範囲の事になりますが。

●フィールド:ギャルリ・ド・プリエ
 プーレルジールの中心。地下へと繋がっていくダンジョンに出来た美しい回廊です。アトリエが数多く並んでおり、魔法使い達の拠点となって居ます。イレギュラーズの拠点となる『アトリエ・コンフィー』が存在して居ます。(回廊内はTOP画像みたいな雰囲気です)
 今回はその中にある『ジュゼッペのアトリエ』とユグムの主人が貸してくれた『厨房』での行動となります。
(※ユグムと厨房のことは『香ばしビスキュイ』を参照ください)

●『魔法使い』ジュゼッペ・フォンタナ
 青銀髪の青年。秘宝種の元となるゼロ・クールを作る職人です。人形に疑似生命を吹き込むことが出来ます。
 主に球体関節人形を作ることが多いが、人形に対しての好奇心が強く、様々な人形を作り上げています。「この人に作られたかも?」と思う秘宝種さんがいても大丈夫です。
 基本的に興味が人形と甘味(作業しながら片手で摘めるものに限る)に傾いています。静かに作業できる環境が好きです。家事全般が苦手なので、ウーヌスが努めてきました。最近はミーリアがウーヌスのお手伝いをしています。
 ウーヌスを作ったのは、彼がまだ少年と称して良い年頃の頃。ずっとずっと大切にしており、時には兄のように、時には親のように、接してきました。大切であることもずっと告げてきています。けれどもそれをウーヌスが忘れてしまうことがとても辛いです。廃棄を願われることも、辛いです。
 いつか来る離別の時、看取りたいと思っています。

●『ゼロ・クール』ウーヌス
 魔法使いと呼ばれている職人達の手で作られたしもべ人形です。
 ジュゼッペの一号機。型落ちも型落ち。やれることは少なく、ポンコツと呼んでいい人形です。
 ジュゼッペに作られてからずっと、彼の身の回りの世話をしています。ですが、コアは段々とくすんで煌めきを失い、ぼんやりとしている時間も多いです。廃棄を何度も願い出ていますが、何故かジュゼッペからの許可が降りません。
 元々ジュゼッペからも色々なことを言われてきました。が、彼の記憶領域から色んな記憶が抜け落ちていきます。第三者であるイレギュラーズたちに「ジュゼッペにとって大切だから」と告げられたので、その言葉を信じています。けれどそれも、いつかまた抜け落ちることでしょう。
 きっとそのうちコアの『寿命』が来ます。

●『ゼロ・クール』ミーリア
 魔法使いと呼ばれている職人達の手で作られたしもべ人形です。
 ジュゼッペ製の最新個体。多くの場合戦士として利用されることが多いのですが、ジュゼッペは『人に寄り添うもの』を好みます。人々の生活を助けるお手伝い人形となるべく、調整中。魔法(プログラミング)された知識はあるものの、まだまだです。
 ジュゼッペのことはマスターとして尊敬しており、ウーヌスのことは頼りになる先輩だと感じています。

●EXプレイング
 開放してあります。文字数が欲しい時に活用ください。
 此度、関係者の採用はいたしません。

 以下、選択肢です。


行動
 以下の選択肢の中からメインとする行動を選択して下さい。
 時系列的には【1~3】が先に行われます。【1~3】を選択していてもお茶会へ参加できます。
 ただ、NPCがあなたの行動で反応する度に文字数が消費されるので、行動や言動は絞ったほうが良いでしょう。

【1】ジュゼッペと話す
 ジュゼッペのアトリエにいます。
 お茶会をしようと誘われましたが、正直あまり気乗りしていない様子です。何事も無ければミーリアが楽しそうにしているのでお茶会に参加します。

【2】ウーヌスと話す
 厨房にいます。
 動きはゆっくりだったり転びやすかったり力仕事ができなかったりしますが、チョコチップのクッキーを焼こうとしています。工程を少し忘れているかもしれません。
 一度、チョコチップクッキーのことも忘れてしまいました。が、ミーリアが「ジュゼッペ様はチョコチップクッキーがお好き」と最近言ったことを覚えています。

【3】ミーリアと話す
 厨房にいます。場合によっては買い出しにいきます。
 皆でお茶をすればジュゼッペもニッコニコ! になると信じています。
 以前皆さんと焼いたクッキーを作ったり、食べやすい甘味は無いかとレシピを眺めたりしています。ふたりのために頑張りたいと思っています。

【4】お茶会を全力で楽しむ!
 お茶会が楽しい場になることに全力を尽くす!
 なぁんも解らんけどお菓子もお茶も美味しい!

  • <伝承の旅路>魔法使いジュゼッペと人形ウーヌス完了
  • GM名壱花
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2023年10月31日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ジルーシャ・グレイ(p3p002246)
ベルディグリの傍ら
アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)
蒼穹の魔女
天目 錬(p3p008364)
陰陽鍛冶師
ヤツェク・ブルーフラワー(p3p009093)
人間賛歌
ニル(p3p009185)
願い紡ぎ
祝音・猫乃見・来探(p3p009413)
優しい白子猫
物部 支佐手(p3p009422)
黒蛇
アリカ(p3p011038)
お菓子の魔法使い

リプレイ


「……ジュゼッペ様、来てくれるでしょうか」
 ミーリアの視線が手元のクッキー生地へと落ち、止まる。心配そうなその横顔は、不安なのだろう。寂しげに見えた『おいしいで満たされて』ニル(p3p009185)は「大丈夫ですよ」と声を掛ける。
 ジュゼッペにはジュゼッペの話を聞いてあげようとしている人もいるし、ウーヌスにも『蒼穹の魔女』アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)と『お菓子の魔法使い』アリカ(p3p011038)がついてくれている。
 それにミーリアが何とかしたいと思ったのだ。ニルにはそれが嬉しいし、きっと何とかなるし、何とかなるよう楽しいお茶会にしようと思っている。
「ジュゼッペたちにも……もちろん、アタシたちにとっても、今日が幸せな思い出のひとつになるように。とびっきり素敵なお茶会にしましょ♪」
「はい、ジルーシャ様」
 だからほらほら、手を動かして。『ベルディグリの傍ら』ジルーシャ・グレイ(p3p002246)が微笑めば、ミーリアはせっせと生地作りを再開する。
「チョコチップはこれくらい、ですよね!」
「はい。もっと多くてもいいとも仰られてました」
「甘党ですの」
「甘党ねえ」
 前回と同じチョコチップクッキー用のチョコチップをニルが入れれば、もっとリサーチしましたとミーリアはキリリ。結構な量を投入しても大丈夫だなんてと『黒蛇』物部 支佐手(p3p009422)もジルーシャも小さく笑った。
「サクサクとしっとりならどちらが好きなのかしら?」
「ええっと……多分汚れないものが」
 手に粉砂糖がついたり、クズが溢れるようでは作業のともとはならない。なるほどねと頷いたジルーシャはマフィンを焼くように決めたようだ。
「ウーヌス様は何が好きか知っていますか?」
「……ミーリアもウーヌスも、食の好みはありません」
 長く稼働していても『おいしい』を知れていないということだろう。ニルは少しだけ眉を下げ、そうなのですねと口にした。けれどきっと彼等はニルと同じなのだ。彼等の側にいるジュゼッペが鏡で、彼が美味しいと笑顔になることが『おいしい』になるだろう。
(ジュゼッペ殿は、ウーヌス殿が大事。ウーヌス殿は、ジュゼッペ殿のお役に立つことが大事)
 戦力としては低いが計りを用意したり皿を出したりと手伝いながら、支佐手は思う。主に仕える立場である支佐手には、ウーヌスの考えも解ってしまう。役に立たないのなら、主を悲しませるだけなら、いっそのこと――。
 だが、ジュゼッペにはウーヌスは『家族』で、そちらの気持ちもわかるから難しい。
「ミーリア殿、どんだけ効果があるかは分かりませんが、ジュゼッペ殿がウーヌス殿を大切な家族で、ずっと一緒に居て欲しいと言っとったことを、折に触れて繰り返し伝えてみては如何でしょうか」
「ニルもそれが良いとおもいます」
「……ミーリアでもできますか?」
「当たり前よ」
「ニルも、思い出せないことたくさんあって、忘れていることも、わからなくて……思い出したときには、遅かったりもして」
 ニルにはウーヌスが感じる歯がゆさが、少し、解ってします。
 これを忘れたねと突きつけられることはつらいことだからと、ジュゼッペがウーヌスの忘れた内容を指摘しない理由も。
「でも、ニルは、だいすきです! もっともっといっしょにいたいです! ってニルは大切なひとにつたえます」
 ずっと一緒に居たいのなら、ちゃんと言葉にすることは大切だ。
「これまでよりも頻繁に皆で食卓を囲んで、その気持ちを実感してもらうんもええと思います」
 普段の食事はどうしているのかと問えば、食事の必要がないミーリアとウーヌスは基本的に一緒にすることはないとミーリアが答えた。
「それならばジュゼッペ殿に進言してみるとええでしょう」
 一日一回でもいい。今日みたいにお茶の時間を作るのだ。
 忘れてしまうのなら、もっともっと上書きをすればいい。三人でいる時間を増やして、今日の出来事を話し合って、笑い合う。そういうものがきっと『家族』だろう。

「はじめまして。アリカといいます。ゼロ・クールとちょっと似たレガシーゼロっていう生き物です。つまり人形ですね!」
 そう自身を紹介したアリカへそうなのですかと返すウーヌスは知らないが、多くのレガシーゼロの元となっているのがゼロ・クールである。故に、本来は食べ物を必要としないこと等、同じ点がいくつもある。
「お手伝い、しますね」
「はい、よろしくお願いします。アリカ様」
「混ぜる所は私がしようか」
 ちょっと力が居るからね。なんてアレクシアも混ざり、三人でチョコチップクッキーを作る。工程は簡単。分量をきっちり計って、混ぜて伸ばして、一口サイズにして、焼くだけ。
 昔のウーヌスは、それが流れるように自然に出来た。
 けれど今のウーヌスには、それが難しい。
 確かに記憶が抜け落ちていることがアレクシアにも解って――我が身にも起きていることだから痛い程に解って、アレクシアは瞳を僅かに細めた。
 大切な相手の手を煩わせ続けるのは辛い。
 記憶を失ったと知るのも――それを知った相手の表情も、辛い。
「私ね、最初はみんなに隠してたんだ」
 生地をこねながら切り出せば、ウーヌスが僅かに動きを止めた。記憶が消えてしまうことも覚えていられないウーヌスはイレギュラーズたちに告げられた時、大層ショックを受けてしまっていた。それでもクッキーを焼こうとここに立っている。
 ギギ……と少し軋むような緩慢な動きでアレクシアを見たから、アレクシアも「私もなんだ」と笑った。
「でもね、みんなこう言うんだ『じゃあ、もっとたくさんの想い出を作りましょう』って」
 内緒にしていたことを怒られ、悲しまれ、けれど最終的に皆そういってアレクシアの手を握る。とてもありがたいことだ。
「……人間も、年月が過ぎたら今のウーヌスさんみたいになってしまうんですって」
「はい、存じております。ですがウーヌスは『人』ではありません」
 人のために作られ使役される、しもべ人形だ。
「家族はそのひとを『廃棄』したりしません」
「それは『人』だからです。ウーヌスは人形で、役に立つことが存在意義です」
「でもウーヌス君、家族の話はこないだしたよね?」
 覚えているかと問われれば「……はい」と小さな声が返ってくる。
「ウーヌスさん、どうか、どうか、せめてジュゼッペさんのことを忘れるまでは、生きていてあげてください」
「ウーヌス君は、ジュゼッペさんと一緒にいたくないわけじゃないよね?」
「……はい」
 ウーヌスが俯いてしまう。人だったら、きっと涙がこぼれていたことだろう。
「でもウーヌスはもう役に立てなくて……ジュゼッペ様に傷ついた顔をさせてしまっていて……」
 ジュゼッペはウーヌス自身に忘れたことへの追求をしない。忘れてしまったウーヌスはその時何故ジュゼッペが辛そうな表情をするのか理由が解らないけれど、原因が自身にあることは解っている。役に立てない上に傷つけている自身の存在価値を考えれば、廃棄がジュゼッペのためにも一番良いのだと帰結する。
「大丈夫、ウーヌス君はジュゼッペさんの心を守っているよ」
「……お役に立てておりますか?」
「ウーヌスさんは居てくれるだけでいいんです」
 いい天気だねと言われたら、そうですねって言うだけでいい。
 ウーヌスがそこに居てくれるだけでジュゼッペの心は救われる。
「何度も何度も、ジュゼッペ様を悲しませてしまいます」
 ウーヌスが言葉を震わせる。本来ならそんな機能、ありはしないのに。
 けれどもいいんだよとふたりはウーヌスを慰め、クッキーを作った。
「あたし、また来ます! ウーヌスさんが忘れてしまっても、あたしは覚えてますから!」
「うん、また一緒にクッキーを焼こう。……あ、そうだ。日記をつけておくのもオススメだよ」

 お茶会の時間まで作業をしようと思っていたジュゼッペは、チラ、と見ては視線を戻す。そうしてまた、チラ、と見る。作業をしたいのにアトリエに部外者が居るのだから仕方がない。
 目が合えば、『最強のダチ』ヤツェク・ブルーフラワー(p3p009093)と『陰陽鍛冶師』天目 錬(p3p008364)はヨッと気軽に片手を上げるし、『祈光のシュネー』祝音・猫乃見・来探(p3p009413)はぺこりと頭を下げた。
 こういった少し重めの会話をする場合、切り出し方が肝要だろう。勿論ジュゼッペが自ら話し始めることなんて無いわけだから、来客者が切り出さないといけないわけで……ただ話を聞きに来た祝音は大人しく見守る姿勢だ。
 どうしたもんかと考えた錬は、ずばり、突っ込んでみることにした。
「『ウーヌス作製当時の自分の腕がもっと良ければ』『記録を修復する技術があれば』『……コアの寿命なんて取り払えたら』ってところか?」
 ため息を吐いて手元に集中しようとしていたジュゼッペが顔をあげる。そのどれもが正解な訳では無いが、最初のひとつは確実に当てはまる。
 経年劣化がどうしようもないことは、同じ職人として錬にはよくわかっている。ひとの魂とて摩耗するし、ひととて年を取れば記憶は欠落する。何にでも始まりがあれば終りがあるのだ。
 そしてこれは技術云々でどうにかなる問題でもない。だからこそジュゼッペは悩み続けていた。
「ジュゼッペ。アンタの中にいろんな感情があるのは分かる。それを一個ずつ形にしていこうか」
 一人で苦い感情を抱え込んでいたって仕方がない。そうヤツェクが言った。
「苦しいんだろう? ならばその記憶も全てアンタが覚えておけ」
「言われなくとも」
 掛けられる言葉はどれも、ジュゼッペはもう何度も自問を繰り返してきた言葉たちだ。どうすれば正しい別れを迎えられるのか、どうすればウーヌスが苦しまないで済むのか。廃棄を自ら願うなど、苦しんでいる証拠ではないか、と。けれどもそれ以上の答えが出ない。ジュゼッペはずっと覚えているし、ウーヌスの最期まで側にいるつもりだ。
 けれどもどうしたって、感情に押しつぶされてしまいそうになる。
 だからだろう、ミーリアを作ってから作業を進めているのに、遅々として進んでいないのは。
 ヤツェクも錬も祝音も、ジュゼッペが苦しみを零し始めると静かに聞いた。ただ聞いてやることが、何よりの薬だろう。
「上手いさよならは難しいよな」
 それが家族であれ恋人であれ好敵手であれ……別れは寂しく辛いものであった。けれど別れを経験したからこそ、ひとは優しくなれるのだとヤツェクは信じている。
(アンタが苦しい時――ウーヌスとの別れが来た時、その時は側にいてやるよ)
 言葉には出さずに、ひとりで約する。ヤツェクはジュゼッペをダチと思っているから。
「とりあえず今日は楽しいパーティにしようじゃないか」
 そう言って、ヤツェクは勝手に腰掛けていた来客用ソファから立ち上がった。帽子へと手を伸ばし、被り、帽子に手を添えたままジュゼッペを振り返る。
「美味しいクッキーを称えるソネットだって作ってきたんだ。出てこないと、すねるぞ、おれは」
 ニイと笑ってやれば、ジュゼッペは気の抜けたような嘆息を零した。
「ならば、行かねばならないな」

 ――――
 ――

「お、来たな、ジュゼッペ」
「ジュゼッペ様!」
 あからさまに安堵の表情を向けられ、ジュゼッペは思わず眉を顰めた。随分と信頼がないようだ、なんて胸中で呟くに留めると「アンタはこっちだ」とウーヌスの隣の席へとて招くヤツェクに従った。
 既に茶会の席は整えられている。華やかな花はジルーシャが買ってきて飾り、食器はミーリアと相談しながら支佐手が選んでくれた。
「今からちょうどお茶をいれるところだ。俺の式神の仕事っぷりも見て行ってくれよ」
 錬の絡繰仕掛けの式神は人間よりも劣る。けれども家事能力はジュゼッペよりは高く、動けなくなったウーヌスよりも高く、プロフェッショナル候補生のミーリアよりも少し劣る、くらいだろう。
「良い出来だね」
「だろう?」
 まあ、ジュゼッペは家事能力がないから詳しくは分からないのだけれど。
「ジュゼッペさん、クッキーおいしいよ。みゃー」
「ありがとう。君のおすすめは?」
「えーっとね……」
 ちょっぴり悩んだけれど、祝音は自分が作った猫さん型クッキーをすすめた。
「食べるのが勿体ないね」
「みゃー」
 ゆっくりと話してみれば、ジュゼッペは穏やかな人物だ。イレギュラーズたちに勧められれば口にして、感想を求められれば素直に答え、そうして時折、その視線はウーヌスが零していないか動かなくなっていないかと見守っている。
 その優しい瞳に、祝音は家族のことを思い出した。
(僕も……元の世界で、大怪我をしたお姉ちゃんを看取った事がある……)
 胸が張り裂けそうなくらい悲しみでいっぱいになって、泣くしかできなかったこと。
 けれども混沌世界ではないからか、姉たちと祝音は再び会うことが叶った。
(この世界にも生まれ変わりがあると良いのに……)
 別れなんて、なくなればいいのに。家族はずっと一緒に居て欲しい。
 死でしか精算できない関係だってあるけれど、ともにと願う相手から奪わない世界であって欲しい。
「ねえウーヌス、祈らせてくれない?」
「祈り、ですか?」
「僕も、いいかな?」
 椅子に座ったウーヌスの前に、ジルーシャと祝音とが膝をつく。その手には『死せる星のエイドス』が握られていて、ふたりはウーヌスのために祈った。
(どうか、アンタのコアにもう一度煌めきを)
(ウーヌスさんのコアを癒せますように)
 コアが治せたら……と思うが、コアは壊れた訳では無い。ただ、寿命なのだ。人にそれぞれの命の長さがあるように、ウーヌスの命の長さを長らえることなど神様でも叶えられない。
 だからふたりは願った。
 ――ウーヌスの記憶を。
 零れ落ちないようにすることもまた、不可能だ。終わりへと向かえば自然と零れ落ちていく。
 けれども、それを僅かに遅らせることならばきっと可能だ。
 ふたりの願いは小さな奇跡。本人も周囲の人も気付かないような、それくらい小さな奇跡。
 けれども叶えたというようにチカと死せる星のエイドスは小さく煌めき――消えたのだった。
「消えちゃった……」
「叶えてくれたのかしら」
「どうだろう」
「あの、私のためにお祈りをしてくださってありがとうございます」
 ふたりが膝をついているの気になってしまうウーヌスが立ってくださいと促す。
 するとすぐにジュゼッペが「ウーヌスを困らせないでほしい」と眉を寄せた。
 ……ジュゼッペは過保護だ。
 それが解ったイレギュラーズたちは顔を見合わせ合い笑みを零し、ウーヌスとミーリア、そしてジュゼッペの三人だけが不思議そうにしていた。
(少しでも長く、こんな時間を続けられるとええですの)
 笑い声のある、穏やかな時がいつまでも。
 いつか終わりを迎えるとしても――迎えるからこそ、ひとときひとときを大切に。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

ジュゼッペにこの世界の事を尋ねる人は居なかったので、問答は特にありません。
ウーヌスの記憶は依然として抜け落ちていきますが、それでも少しだけ緩やかになることでしょう。
そしてその間に何度も、ミーリアとジュゼッペはウーヌスが大切なのだという姿を見せることでしょう。

お疲れ様でした、アトリエ・コンフィーのお手伝いさんたち。

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