シナリオ詳細
詭弁裁判(仮)。或いは、イレギュラーズ、法廷に立つ…。
オープニング
●詭弁裁判
再現性東京のどこか。
ごくごく小さな留置所に、2人の男が訪れた。
1人はスーツ姿に、ごく平凡な顔立ちをした“あまりにも普通”な男性である。背丈から、立ち姿、指の長さ、目の大きさ、鼻の位置、唇の厚さの何もかもが普通であった。
普通過ぎて不自然な彼の名はシャーラッシュ=ホー (p3p009832)。彼のボディチェックを行った警備員でさえ、数分後にはホーの顔をすっかり忘れているだろう。
そして、もう1人は少年である。赤羽・大地 (p3p004151)は留置所内を興味深そうに眺めまわしてから、じっとりとした視線をホーの方へと向ける。
「何か?」
視線に気が付いたのだろう。ホーは薄い笑みを貼り付けた表情のまま、大地へ問う。
瞬きをしないホーの顔を見ていると、得体の知れぬ怖気を感じる。
「何かじゃないだろ。殺人事件の弁護なんて妙な依頼、何だって受けちまったんだよ?」
「あぁ」
そのことですか、歩きながらホーは顎に手を触れる。その仕草さえもが普通であった。人間とは、このように手を動かして顎に触れるのだと、そんな風な動作である。
「なぜ受けたのかと言うと……まぁ、なりゆきで」
「なりゆき、ねぇ」
面倒なことにならなきゃいいけど、と。
そんなことを呟いて、大地は受付へ目を向ける。
谷崎 信一郎。
ホーを雇った張本人だ。
短く刈り込んだ頭髪に、緊張感漲る厳めしい顔立ち。分厚いアクリルガラスの向こうで、苛立たし気に腕を組んでいる。
「俺はやってないんだ。確かに、五島の奴には恨みがあったよ。あったけどな、それは仕事上仕方のないことで、殺してやろうと思ったことなんて無いんだよ」
聞けば、容疑者・谷崎と被害者・五島は共に作家業を生業としているらしい。お互いの作風は真逆であり、谷崎が五島の作品を、五島は谷崎の作品を批判することもあったらしい。
それゆえ、2人は仲が悪い。
そのことは、業界では有名な話だった。
「仲は悪いさ。あの日、俺が五島の家に泊まっていたのも事実だよ。あの日だって、俺と五島は深夜遅くまで口論してた。やれ、お前の作品のここが駄目だ、貴様は読者に媚び過ぎだ、文章がかっこつけすぎだ……そんなガキみたいな口論だ」
その翌朝、五島は遺体となって発見された。
寝ている間に心臓をひと突き。即死であった。
そして、犯行に使われたであろう包丁は谷崎の泊まっていた部屋で発見されたらしい。
見つかったのは包丁だけだ。谷崎の姿は部屋に無かった。
「朝起きて、そのまま帰っちまったんだ。仕事があったからな。寝てると思って、起こすのもアレだったしさ……まさか、死んでるなんて思いもしなかった」
ホーと大地は、黙って谷崎の話を聞いていた。
谷崎の瞳には涙が溜まっている。
彼は五島殺しの容疑者であるが、その涙に嘘はないように思えた。
「だけどさ……そこまで恨んでいる相手の家に泊まるか? 泊まらないだろ? 俺はあいつの作風を認められないし、あいつもそれは同じだろうさ。だけどな、お互いを認め合ってはいるんだよ。喧嘩するほど仲がいいなんて言わないけどさ、何て言うか……生涯に1人か2人、出逢えるかどうかの好敵手って感じでさ」
話を終えると、谷崎は目を両手で覆って肩を震わす。
泣いているのだ。
声を漏らさず、泣いているのだ。
●決戦は地方裁判所
「それで、俺たちの仕事は弁護士として法廷に立ち、被告人を裁判で無罪にすること……で、間違いないよな?」
ところは“山田弁護士事務所”。
今回の仕事のためにホーが借りた事務所である。
「えぇ、それで間違いありません」
うん、と1つ頷いてホーは筆を手に取った。
用意していた和紙に、筆で幾つかの文字を描く。
『情報』
『証拠品』
『証言』
裁判で谷崎の無罪を証明するために必要な条件がそれだ。
「情報が取れそうなのは3人か」
大地が数枚の写真をテーブルに放り投げた。
1人は五島の家政婦である、鏡子という女性。彼女が遺体の第一発見者だ。
2人目は泉と言う名の作家仲間。前日遅くに帰宅したが、その前までは五島の家で飲んでいたらしい。
3人目は雪と呼ばれる近所の少女。彼女は日課の猫の餌やりをしている途中で、五島の部屋に人影を見たらしい。
「雪の飼ってる猫も、何か見てるかもしれないガ……まぁ、猫の証言は証拠にならんよナ」
「ですね。警察からも何か話が聞ければいいですが」
あくまで証拠の裏付け程度にしかならないだろう。
なお、その猫の名は“細”と言うらしい。
「証拠品は、今のところ凶器の包丁ぐらいですね」
五島邸を隅から隅まで捜索すれば、何か手掛かりが見つかるかもしれない。
最後に証言者であるが……。
「適当にでっち上げますか。何人か仲間を呼びましょう」
そう呟いて、ホーはaphoneを手に取った。
「できるのか? イレギュラーズに弁護士なんて」
「推理が得意じゃなくても大丈夫で、なんかそれっぽいことを言っていればオッケーなんですよ。それに、今回の法廷では事実より弁護士っぽいロールが求められているのです」
「……? なんだ、それ?」
大地はこてんと首を傾げる。
ホーが何を言っているのか、まったく理解できないのである。
「まぁ、いざとなれば力業でなんとかしてしまえばいいんです」
なんて。
不穏なことを言っているけれど。
とにもかくにも、決戦の地は法廷で。
そういうことになった。
- 詭弁裁判(仮)。或いは、イレギュラーズ、法廷に立つ…。完了
- GM名病み月
- 種別リクエスト
- 難易度-
- 冒険終了日時2023年10月24日 22時05分
- 参加人数7/7人
- 相談8日
- 参加費150RC
参加者 : 7 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(7人)
リプレイ
●襟を正して
再現性東京のとある地方裁判所。
その門を潜る『納骨堂の神』シャーラッシュ=ホー(p3p009832)の襟元には、弁護士バッヂ(的なもの)が輝いていた。
10月某日。今日は「五島 実紀夫氏殺人事件」の公判が行われる日。
容疑者である谷崎 信一郎氏の弁護を任されたのが何を隠そうホーである。
「皆さん、準備はよろしいですね」
抑揚に欠ける声。
聞く者の印象に残らない、まるで機械アナウンスのようなホーの声。
「おぉ。弁護する側として法廷に立つ事になるとはな、世の中ってのは分からんもんだぜ」「そうですね。いっそ被害者を殺したのは私だ、と名乗り出てもいいのですが」
『侠骨の拳』亘理 義弘(p3p000398)、『遺言代行業』志屍 瑠璃(p3p000416)は共にスーツを着込んでいる。義弘の方はヤの付く業界の人であることが隠せていないし、瑠璃は葬儀場から迷い込んで来たみたいに見えた。
2人ともスーツがよく似合っているのだ。
似合っているせいで、場にそぐわないということもあるのだ。
「瑠璃が冤罪を背負い込むのカ? この事件にも真犯人ってのがいるんだかラ、そいつを炙り出ス……ってのも解の一つだよなァ?」
『彼岸と此岸の魔術師』赤羽・大地(p3p004151)はそう言って、手元の資料へ視線を落とした。資料には今回の事件の重要参考人たちの情報も記載されている。
死んだ五島の身内や友人……その中に真犯人がいるかもしれない。
「だ、だ、大丈夫なんでしょうか?」
「平気だって。ま、そう気負いなさんなよ」
緊張している『特異運命座標』安藤 優(p3p011313)の肩を、『最強のダチ』ヤツェク・ブルーフラワー(p3p009093)が荒い手つきで数度、叩いた。
「余裕そうですね」
「まぁな。伊達におっさんやってるわけじゃない。弁護士には何度も世話になっているし、弁護人やら容疑やらで裁判に立つ羽目になったこともある」
おっさんとはつまり、積み重ねた経験と年月によって与えられる称号なのだ。
そう言った意味では、ヤツェクはこの世に星の数ほどいる“おっさん”の中でも、飛び抜けて高度な経験を積んだエリートであると言えよう。
高度な経験を積んだエリート“おっさん”は稀有な存在だ。
積んだ経験が高度で、過酷なものであればあるほど、人は“おっさん”の称号を得るより速くにこの世を去るものだからである。
「私の父も言っていました。枕を濡らし、加齢臭にびっくりして跳び起きた数の分だけ“おっさん”は強くなるのだと! って、あれ! 扉に服が挟まって……あ、待っておいていかないで!」
『消費期限10秒系女子高生』出オチちゃん(p3p010131)は、法廷の入り口で1度、リタイアである。そのうち復帰してくるだろう。
かくして以上の7人(1人減ったが)は、これより戦場……法廷へ向かう。
●天秤の前で
粛々と、そして厳かな空気の中で法廷の幕があがる。
裁判官を務めるのは、平田 圭士。名前から心根、そして前髪に至るまできっりち公平であると知られた男である。
訥々と語られる事件の概要。
状況証拠と、殺人動機。
誰の目に見ても、五島殺しの犯人が谷崎であることは明白であった。傍聴席に座る者たちも、亡き五島の家族や友人も、谷崎の知人たちも……もはや、裁判の結果は決まったとそう感じたことだろう。
誰よりも公平な男、平田裁判官もそう断じた。
「では、判決を言い渡す。被告、谷崎 信一郎を有罪とし……」
「待った」
ホーの声が、平田の判決を遮った。
優のスキルにより強化されたホーの声は、不思議と大きく会場に響き渡ったのである。
傍聴席で話を聞いていた出オチちゃん……もとい、フリーライターデマチちゃんは、ギザギザがびっしり生えた吹き出しを幻視した。
決して強い声ではない。
だが、ホーの声は誰しもの心を震わせた。
たった一言によりもたらされた静寂。静寂を作ったのがホーなら、静寂を終わらせたのもホーだった。
「まず、大前提として……」
数日前。
話し合いの結果、谷崎の無実を証明するにはやはり証拠が必要であるということになった。そもそも、話し合う必要さえなかったのだ。谷崎は状況証拠により五島殺人の容疑を着せられているのだから、それを覆そうと思えば、覆せるだけの証拠が無ければ話にならない。
証拠集めの人員として選ばれたのは優と大地だ。2人は五島邸への再調査へと赴くことになる。
ただし、その前に少しの問題と、ごく些細な悶着が生じる。
「ぼ、ぼくが調査!? む、無理無理! ぼくコミュ障ですよ!?」
優が常人離れしたコミュ障であることが判明したのである。
大地も疑問に思っていたのだ。この安藤 優という男、バケツヘルムを被った男のことをここ最近まで知らなかったのである。最近に召喚された者かと思ったがそれも違う。
ずっと、長い間、優はどこかの“図書館”に引き籠っていた。
「そ、そうだ……こういう時こそスキルです! インスタントキャリア発動! ぼくは警官、ぼくは警官……」
バケツヘルムを両手で抱え、ブツブツと呟いている。
「何してるんダ?」
「しっ。邪魔してやるな」
大地は少しの困惑と心配、そして好奇心を混ぜこぜにしたような気持ちで優を見ていた。
「……よし。行きましょう皆さん(キリッ)」
次に顔を上げた時、さっきまでのコミュ障な優はいなかった。
そこに居たのは、長年第一線で活躍して来たやり手の警察官だった。
優が事件現場の再調査を行っている間、大地は部屋の隅っこで虚空に向かって話しかけていた。大地の様子がおかしくなったわけではない。部屋に残っている五島の霊に、直接、話を聞いているのだ。
「何があったのか、思い出せる範囲で結構ですので……どうか我々に教えてはくれませんか?」
『思い出せる範囲と言ってもな……眠っている間に刺されたのだから、何かを思い出せるはずなど無いだろう。なぁ?』
呆れるべきか、感心すべきか。
五島の霊は、死後も文机の前にいた。その手は無意識のうちにペンを手に取ろうとしていたが、悲しいかな霊体ではそれも叶わない。
『生き返れればいいのだが、それは無理か?』
「残念ながらアンタ自身を蘇らせる事ハ、色んな理由で不可能ダ。……だガ、俺達がアンタの無念を『代弁』してやれル」
せめて何か証拠となる情報を思い出してくれるのなら、書きかけの原稿を完成させる手伝いぐらいはしてやれる。だから何かを思い出せ。
そんな想いを込めての提案である。
この日から三日、大地は延々と虚実入り混じる大ミステリーの構想を、寝る間も惜しんで聞かされ続けることになる。
時間は今へ。
「『血塗れの包丁』『〝業界では被害者と被告は確執があった〟という客観的情報』のみで被告の犯行だと断定するにはあまりにも短絡的すぎではないでしょうか」
ホーの言葉だ。
被告・谷崎の宿泊していた部屋から血塗れの包丁が見つかった。その前日、夜遅くまで谷崎と五島は、互いの作品について激しく論を交わしていた。元より2人は不仲であることが、業界では広く知られていた。
以上を“証拠”として、谷崎は有罪判決を受けそうになっていたのだ。
「被告の衣服や靴から被害者の血液は検出されたのでしょうか?」
ホーの追求は続く。
その視線は検察官へと向いている。だが、検察官からの返答は無い。そもそも血液反応など調べてはいないのである。
沈黙を回答と捉え、瑠璃がさらに言葉を重ねる。
「まずは凶器の包丁ですが、身一つで来る方が持っていればすぐ気が付きますし。持ってきたものを部屋に置いていく理由は皆無です。真犯人のミスリードでしょう」
最初の違和感がこれだ。
凶器の包丁は、谷崎の宿泊していた部屋から発見された。谷崎が五島殺しの犯人だったとしたら、わざわざ包丁を現場に残しておくはずがない。
「計画性のある犯行なら隠すべき凶器を来客の部屋に配置したという事は、来客に罪を着せるためのとっさに思いついた行動だという事。よって家にあった包丁を使った衝動的な犯行だと考えられます」
真犯人が別にいて、そいつが谷崎に罪を擦り付けようとしている。
瑠璃はそう言っている。
「凶器の指紋に気を遣う犯人は多いですが、その保管場所、台所の包丁置き場はどうでしょうか。扉の取っ手に不審な指紋が残っていませんか?」
もう1度、現場を調べ直せ。裁判がしたいのなら、1から100まで、何もかもをすっかり調べてからにしろ。そんな意図を込めた視線を、瑠璃はまっすぐ検察官へと向けている。
数日前。
再現性東京都内某所。
「人間というのは、まったくもって欲深な生き物さね。金のためになら、家族や友人さえも簡単に売ってしまうんだもの」
家政婦、鏡子の邸宅を訪れたヤツェクはそこで偶然……或いは、必然に泉と出逢った。泉は勝手に鏡子の家に押し入って、本棚や押し入れ、文箱を勝手に開けて回っていたのであった。ヤツェクに気付いた泉は、作業の手を止めないままに訥々と言葉を紡ぐ。
「だがね、作家というのはそうじゃないのさ。作家は既に己の魂を、物語の悪魔に売ってしまった人種だからね。欲になんて目が眩まないのさ」
泉の着物は薄汚れていて、黒い髪はぼさぼさだった。目の下には濃い隈が出来ている。きっと、数日もの間、寝る間も惜しんであちこちを駆け回っていたのだろう。
「私は人間を信用しないが、作家だけは信用できる。例えどれほどに憎かろうが、お互いに罵り合っていようがね、作家であれば20年か30年ほど連れ添った親友以上に信用できる」
何のために? 決まっている。亡き好敵手の無念を、無実の罪で捕まった好敵手の冤罪をすっかり晴らすためである。
「あんた詩人かい? それとも音楽家? まぁ、どっちでもいいさね。鏡子さんを捜しに来たんなら手遅れだ。もうどっかに逃げちまったよ」
肩を竦めて、泉はヤツェクの手に何かを手渡した。それはどうやら、鏡子の残した手紙の下書きのようだ。それもどうやら、検察の誰かへ向けて綴られたものらしい。
「ふぅ……おれが作家なら、たとえば泉とできていて、上手いこと邪魔な谷崎、五島を排除するために動いていた……と大衆好みの展開を書くところだが」
「あんな偏屈どもと恋愛なんてしたかないね。私とあいつらは、単なる好敵手同士さ」
ヤツェクが何者なのか、その目的が何なのか。泉は訊こうとしなかった。興味がないのか、言葉にせずとも分かっていたのか。
ヤツェクをその場に残して、泉はさっさと立ち去った。
「悲しいなぁ。悲しい。悲しいよ。悲しいのなら、きれいな悲しさの方がいいのにさぁ。なんだってこんな、汚れちまった悲しみをさぁ……」
廊下から聞こえた、震える声を聞いてしまったヤツェクは帽子を降ろして目元を覆う。
「“芸術家ってものは好敵手をそう簡単には殺せない”。つくづくそう思うね」
家政婦を見た。
細という名の1匹の猫だけが、事件の全てを知っていた。
事件の調査を行う中で、義弘が目を付けたのが五島邸の向いに住む雪という名の少女であった。少女は毎朝、庭で飼っている猫の細に餌をやるのを日課にしている。
そんな雪が、事件当日、五島の部屋で障子越しに人影を見たと証言しているのだ。
「お嬢ちゃん。覚えていることがあるなら何でも話しちゃくれねぇか? これは一人の人生がかかっている。縁もゆかりもない男だが、無実というならば見過ごせない」
最初は義弘の厳つい顔に恐怖していた雪だったが、すぐに彼の目が真剣であることに気付き、どうにか当日の記憶を思い出そうと頭を悩ませ始めた。
だが、雪からは有力な情報は得られない。
そんな時に、1匹の猫が割って入った。
「なんだ、この猫?」
『吾輩が細である。あの男を殺した奴にゃら、俺が見たにゃぁ』
細という猫、その名に似合わず図体がでかい。顔には幾つもの傷があり、聞けば元は付近一帯を締める野良猫のボスだったらしい。
「何、そりゃ本当か? お前さんが知ってる事、何でもいい。俺に教えちゃあくれねえか」
思わず猫に言葉を返した義弘を、雪はきらきらと目を輝かせて見つめている。
「すごい! おじさん、細とお話できるの?」
「ん? あぁ……おじさんはな、猫と話せるのさ」
「すごい!」
事実とはいえ、この日、義弘は猫と話せるメルヘン・ヤクザとなったのだ。
閑話休題。
『タダでとは言うまいにゃぁ? お前さんも任侠なら、スジの通し方ってもんを知ってるはずだろうにゃぁ?』
前脚で顔を洗いながら、低く唸るように細は言う。
名前に反して肝が太いし、態度もでかい。だが、義弘にとってはこの程度の条件、最初から予想の範疇である。飴と鞭の使い方も心得たものだ。
「これでどうだ?」
袖の下に隠したブツをちらりと見せる。瞬間、細の目付きが変わった。
「猫が夢中になるおやつ。山吹色した……スティック状の例のブツだ。どうだ?」
『……よかろうにゃ。あの日見たこと、あの男を刺した奴について、全部話すにゃ』
前脚で義弘の革靴を引っ掻きながら、細は言う。
●裁判の終結
裁判の途中。
廊下の端で、1人の検察官がどこかへ電話していた。
その背後に、ゆっくりと出オチちゃんが近づいていく。
「状況、良くないっすよ。このままじゃ、アンタにも追手がかかっちまう。とにかく急いで、遠くに飛んだ方がいい」
電話の相手は、おそらく事件の真犯人。
奇妙なほどに検察官の揃えた証拠が足りないのは、検察官と真犯人が裏で手を組んでいたからだ。
「なるほど、そういうことですか」
「っ!? な、なんだ……記者か」
「記者ですが、ちょっと特技がありまして。リーディングって言うんですけど」
リーディング。
視認している相手の思考を読み取る技能である。
出オチちゃんの話を聞くにつれ、次第に検察官の顔色が青ざめていく。
「あ、プライパシーには最大限配慮し事件と関係のある情報についても出所はぼかしますよ! 誓約書お書きしましょうか?」
「っ……」
出オチちゃんの話は嘘じゃない。
そのことに本能的に気づいた検察官は、ポケットの中のナイフを手にした。
「墓穴を掘りましたね共犯者!」
瞬間、出オチちゃんがポケットからコンパクトを取り出した。
刹那、溢れ出す閃光。
きらきらとした輝きが、出オチちゃんの全身を覆う。変身である。
「このCT100絶対行動の私が返り討ちにしてぎゃああああ!!」
一瞬のうちに装備の全てを身に纏い、出オチちゃんは即死した。
何が起きているのか検察官には分からない。
書いている私にも分からない。どういうビルドだろう、これ。なんぼ何でも名が体を表し過ぎではないか?
「……死ん、だ? いや、遺体は後で始末するとして、そろそろ戻らなきゃ不味い」
検察官は、出オチちゃんの遺体をロッカーに詰め込むと、急いで裁判所へと戻る。
出オチちゃんが【パンドラ】を消費し、蘇生したことに結局彼は気づかなかった。
『協力者は検察官』
出オチちゃんより送られた手紙を覗き込み、瑠璃と大地は顔を見合わせて嗤う。着実に事件は解決に向かっている。裁判の流れは変わっている。
「なるほど。後は分かるな……ホーくん?」
大地にそう問いかけられて、ホーは大きく首肯した。
ホーが口を開こうとした、その瞬間。
検察官の声が響いた。
「全部、憶測ばかりじゃないか! 谷崎氏が犯人に決まりだろう! 裁判長、彼らの話をこれ以上、聞いてやる必要なんて……!」
「異議あり」
検察官の言葉を、ホーの声が遮った。
会場に再び静寂が戻る。裁判長、検察官、谷崎、傍聴席の観衆たち。1人ひとりを順に見まわし、ホーは薄い笑みを浮かべた。
「失礼。ですが、まだ証拠の提出は終わっていません。裁判長、これを」
ホーが取り出したのは皺だらけの手紙である。
事前に優が偽装しておいた証拠品だ。手紙の内容には、五島から谷崎へのSOSが記されている。
内容はこうだ。
『俺は家政婦の鏡子に命を狙われている。俺の箪笥預金を狙ってのことだ。このままでは俺は殺されるかもしれない。俺は他人のことなぞ一切、信用に値しない、性根の腐った者どもであると思っているが、谷崎のことなら信用できる。散々にけなし合った俺のことを、きっと好敵手であると思ってくれていると信用できる。だから、お前に頼みがある。もしも、俺の身に何かあった際には……』
書きかけの手紙だ。
五島は自身の死を予想し、最後の晩、谷崎に遺言書を託そうとした。だが、彼はそうしなかった。遺言書を託してしまえば、自分と谷崎は対等な好敵手ではいられなくなると思ったからだ。五島はそれを厭ったのだ。最後まで谷崎の好敵手であり続けることを選んだのだ。
まったく、作家というのはどうにも不器用な生き物である。器用に文をこねくり回すことに長けている割に、器用には生きれぬ者たちなのである。
「裁判長。これはもう、お話になりません」
ホーの用意した6人の協力者。
彼らが込めた6発の証拠の弾丸が、此度の事件をまったくの白紙へと変えた。
「有罪判決は見送りだな。被告人・谷崎を無罪とし、同時に参考人・鏡子への事情聴取を求める。以上、閉廷!!」
木槌が高く打ち鳴らされた。
かくして、ホーは無事に被告の無罪判決を勝ち取ったのだ。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
お疲れ様です。
見事、谷崎氏の無罪を勝ち取りました。
正義は勝ちます。
この度はシナリオのリクエストおよびご参加、ありがとうございました。
縁があれば、また別の依頼でお会いしましょう。
GMコメント
●ミッション
圧倒的こじつけ力で被告人・谷崎の無実を証明しろ!
●容疑者
・谷崎 信一郎
五島殺しの容疑者として現在拘留中。
五島とは作家仲間であり、前日は夜遅くまで五島邸で口論していた。
業界では五島と谷崎の確執は広く知られており、谷崎には五島殺害の理由があると見做された。
●被害者
・五島 実紀夫
故人。被害者。
谷崎と飲んでいた翌朝、遺体となって発見された。
死因は心臓を包丁でひと突きにされたこと。
谷崎とは作家仲間。よく互いの作品のことで喧嘩しており、2人の仲が悪いことは有名だった。
谷崎曰く、生涯に1人か2人しか出会えない宿敵であり、好敵手であるとのこと。
●証言者
・鏡子
五島家家政婦。遺体の第一発見者。
谷崎の帰宅後、五島家へ出勤。そこで遺体となった五島を発見、警察へ通報する。
・泉
五島、谷崎の作家仲間。
2人が口論しているところを見るのが好きで、前日も一緒に飲んでいた。
深夜遅くに2人を残して帰宅。
・雪
五島家の向いに住む少女。
猫に餌をやるために朝早くに起床したところ、五島の部屋で人影を見たらしい。
・細
雪の愛猫。
猫は全てを見ていたかもしれないし、見ていなかったかもしれない。
猫の証言は、法廷において何の証拠にもならないが、とてもかわいい。
●証拠品
・凶器の包丁
五島邸で発見された血塗れの包丁。
谷崎の宿泊していた部屋で発見された。
●証言者
・皆さんです。
皆さんは、証言者として新たな情報を提供することも可能ですし、事前に五島邸を調査し、新たな証拠品を捏造することも可能です。
可能ですが、それらの情報・証拠品を提示するためには「なんかそれっぽい理由や根拠」が必要です。
●フィールド
再現性東京の地方裁判所。
事件は現場で起きていたんですが、まぁ、今回の舞台は裁判所です。
裁判長や、傍聴者たちがいます。
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
……が、しかし、証拠をでっちあげればあげるほど、不測の事態は起きにくくなります。
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