シナリオ詳細
<神の門>破天曲折の道程:遊戯
オープニング
●「神」の地へ
『神の国』。
それはこの世界を『地の国』と呼び、イレギュラーズ達によって歪められた運命を『予言書』に示された『正しい歴史』へと導くため暗躍する『遂行者』達に課された大いなる目的の1つ。彼らがこの世界へ顕現させんと望む聖領域。
『聖遺物』。
それは神の国の礎。
遂行者たちによって世界各地へ密かに拡散され、彼らの主たる存在、『傲慢』を司る魔種『ルスト・シファー』の権能を呼び起こす触媒となる。
そして先日、地の国ともいえる一カ国聖教国ネメシス、通称天義の巨大都市『テセラ・バニス』は、唐突にその姿を『リンバス・シティ』へと変えた。
まるで白いキャンバスに黒いインクを垂らしたかのように。
黒き帳のような何かは、街を包み込むと一瞬で人々を染め上げた。
人々の思いを紡いできた人語は、祝福されし異言となって。
空から迫る闇の恐怖と終焉獣の雄叫びは、祝福の白きベールと福音の調べを思わせる。
そんな、言語も認識すらも様変わりしゆく街に不思議な声が響き渡った。
「我はサマエル。遂行者・サマエルなり。……」
「――天義。その白亜の都に巣くう偽善的な正義はすべて偽り……」
「偽りの正義に覆われたこの国を、本来のあるべき姿へと変える……」
「絶対正義と汚れなき『白』の都――『絶対正義圏(オリジナル・ジャスティス)』をここに顕現させるものなり!」
声は響き続ける。
予言、託宣、信託、福音。
テセラ・バニスの人間ならばそうは思わなかったであろう、聖なる言葉として。
リンバス・シティの人間ならばそうとしか思えない金言として。
●天の意志を為さんとする者達
変貌し、今やリンバス・シティと呼ばれる街。
遂行者サマエルによって整備されたその都市からは、神の国と呼ばれる場所への道が続いていた。
リンバス・シティと神の国を隔てるのは、1つの巨大な門。
『審判の門』と呼ばれるそれを通り抜ければ、『レテの回廊』と名付けられたこれまた大きな迷宮とも言える道が続いている。
その回廊の終着点、神の国の入口には二人の男の姿があった。
一方は鍛えられているのであろう筋肉質の腕を組み、毅然とした様子の仁王立ち。
もう一方は対象的に気怠そうな声を出しながら、手に持った花から花弁を1枚ずつ取り除いては投げ捨てている。
「来る~、来ない~……はぁ。で、いつ頃来るんスカね? お客さんとやらは?」
「ルルに招待された者以外は、まだ客と決まったわけではない」
「じゃあオレ達はなんでここで、何を待ってるんスカね?」
「お主のことは知らん。我はただ選別するだけだ」
「ヒドいなぁ~。選別スカ?」
「中にいる者達、イレギュラーズ。やつらは組織立って行動する場合が多い。ならばやつらの組織、ローレットから救援が派遣されるであろう。かの者達がこの神の国へ入り得る価値があるかどうか。それを見極める」
「聖痕が無けリャ、ここまで来る前に幻影竜の炎で灼かれて終わりッスよ」
「その程度ならばそれまで。我が遂行する使命にあらず」
「ふへへ。ああそういや~……なんデシたっけ? チェイスさんの~理念? でシタっけ?」
「……正しい歴史の遂行、その障害たる者を排除する。誤った正義を信じる者に試練を。試練に抗い、あがき尽くした先に待つ絶望こそ、悪の教えに準じていた事を痛感し改心する最大のきっかけとなる」
「ヒャー! ご立派ご立派ァー!」
驚嘆と嘲笑の混ざり合ったような奇声を挙げると、男は全ての花弁を失った花を投げ捨て、回廊に向かって歩き始めた。
「どこへ行く。ダラス」
「散歩っスヨ。散歩~」
「くだらん。くれぐれも我の邪魔にはなるな。よいか」
「へいへい~、分っカリやしたー」
●アナタのタメに
「すみません、こんな状況なのに手を煩わせてしまって……」
幻想種の修道女ラティオラは、この日三度目となる頭を深々と下げた。
彼女本来の気質も少なからずは関係しているであろうが、申し訳ない気持ちになってしまうのは主に状況に起因したものだろう。
彼女が今回の依頼をすべく訪れた時、ローレットは神の国へ侵攻する作戦の準備や作業で猫の手も借りたいような状態であった。
声をかけようにも皆一様に忙しく歩き回っており、やっとのことで受付を済ませても、中々依頼に協力してくれるイレギュラーズが集まらず途方に暮れていた。
そんなところを見かねて声をかけたり、ローレット側からなし崩し的に押し付けられる形で今この場に集まっているのが貴方達なのだから。
ローレットから馬車に乗り目的地に向けて出発した一行は、ラティオラから改めて依頼の詳細を聞かされていた。
「もうすぐ聖オッフル孤児院につくはずです。着きましたらわたくしが子供たちをこの馬車まで連れて参りますので、街に着くまでの護衛をお願い致します」
依頼の内容は、彼女と彼女が孤児院へ迎えに行く子供達の護衛。
聖オッフル孤児院は小さな孤児院ではあるが、天義の主要都市テセラ・バニスにほど近い村の中にあり、身寄りを無くした子供達を保護しては、テセラ・バニスでの社会復帰を村全体で手助けしている団体だ。
ラティオラはそんな孤児院の思想に感銘を受け、世界各地で貧困にあえぐ子供達を見つけては世話をし、孤児院に送り届けていたのだ。
「本来なら既にわたくしの手を離れた事柄なのですが、先日のテセラ・バニスの知らせを受けて、どうしても心配になってしまいまして……お預けした子達を一度また引き取ろうと考えたのです」
そんな折、御者があげた悲鳴に一行は馬車の荷台から飛び出した。
「嘘……! こんなこと……!」
一行の目に映ったのは、田畑が荒れ、家屋は穴だらけとなり、村のあちこちから黒煙が噴出している惨状。
平和や正義とはかけ離れた、地獄絵図。
それを創り出しているのは、悪夢を運ぶつぎはぎだらけの天使達。
この光景に、ラティオラもまた声にならない悲鳴をこらえることができなかった。
●ヒトりゴト
歴史は正ス~。
邪魔は消スー。
邪魔なゴミくず全部ポーイ。選別分別バっカみたァーイ。
どーせマルっと捨てルナらぁ~。
苦シメー嘆カセ-クシャクシャに~。
……精々遊んでやリマしょなー。
- <神の門>破天曲折の道程:遊戯完了
- GM名pnkjynp
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2023年10月26日 22時10分
- 参加人数8/8人
- 相談6日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
●可能性の声援
「なんつー有様だ……どこもかしこもメチャクチャっスね」
『紅眼のエースストライカー』日向 葵(p3p000366)がそうこぼす。
焼けた草木の灰。赤い水から香る鉄の臭い。
村へ近づくにつれ、絶望は確かな具体性を得ていく。
「これではもう……わたくしのせいであの子達が……」
「おっと!?」
崩れ落ちるラティオラを『持ち帰る狼』ウルズ・ウィムフォクシー(p3p009291)が抱き支えた。
「ラティオラさん、自分を責めてはだめ。貴女のせいではないわ」
『銀青の戦乙女』アルテミア・フィルティス(p3p001981)も励ますが、彼女は涙を堪えることが出来なかった。
(普通参っちゃうっすよね。人命救助を売りにしてるあたしでも流石にこれはちょっと……)
ウルズは冷静に状況を分析する。
答えを出せと言われれば、希望はないと言えよう。
「まだ泣くには早いっす」
しかし口をついたのは、全く別の言葉。
「あたし達は子供を迎えに来たんすよ? もちろん、最悪の事態は覚悟しないとっすけど……それでも、ここで諦めたら何も助けられないっす!」
例えそれが嘘になるとしても、子供を救いたいとここまで来た想いを無下には出来なかった。
「そうだ。このまま探しもせず諦めるなんて嫌だろう? 助けにいこう」
続いたのは『点睛穿貫』囲 飛呂(p3p010030)。
『見習い情報屋』杜里 ちぐさ(p3p010035)も彼女の手を取る。
「僕達がみんなを絶対見つけるにゃ! だから涙を拭いてほしいにゃ」
「皆様……」
更に一押しせんと、『殿』一条 夢心地(p3p008344)は黒漆の扇を開き大きな日の丸を輝かせた。
「ラティオラよ、まずは深呼吸じゃ。ほれ、ひとーつ――」
二つ三つ。音頭に合わせようやく呼吸を整えたラティオラは、ウルズの支えから離れ立ち上がる。
「落ち着いたか。ならば良く聞くのじゃ。この残映なき有様、ラティらを思うそなたの心は察するに余りある。だが忘れぬでない」
パチン。
閉じた扇の先から真剣な眼差しで見据える。
「もしそなたが、そなたの想いが潰えれば。この先そなたが出会い導くであろう子らの未来までも潰えてしまう。全ての子らの為にこそ、前を向いて生きるのじゃ」
再び扇が開いた時、夢心地は真剣な表情を和らげていた。
「無論麿たちも最後まで諦めぬ。力を尽くすと約束しよう」
「ふふ、お殿様かっこいいわぁ」
『狙われた想い』メリーノ・アリテンシア(p3p010217)も小さな拍手を送る。
「でも本当よ? わたしたちにできることは何でもするからねぇ」
「皆様……ありがとうございます」
「この惨状です。逃げ込むならきっと孤児院だと思います、いきましょう!」
『白銀の戦乙女』シフォリィ・シリア・アルテロンド(p3p000174)は努めて明るく、声を発した。
ほんの少しの救いに賭けて。
●死生ノ擬声
ある世界では天使を羽根の生えた赤ん坊と例える。
ではこれは。
「……ゥ、ァァィ、ィァ」
羽根を持つ赤子なのか。
「……テ、ロシテ」
つぎはぎだらけの化け物なのか。
「ラティオラ、つらかったら目を閉じてていいにゃ。僕がちゃんと連れていくから安心してにゃ」
「ちぐさ様……」
村の入口、地獄の声に震える彼女の手を優しく握る。
「大丈夫です。前を向くって、決めましたから」
握り返す力は弱々しいが充分だ。
「だがどう攻める? あの化け物、結構な数だが……」
「オレに考えがあるっス。皆、乗ってくれるっスか?」
飛呂の問いに答えたのは葵だ。
他の面々が励ます間、彼は敢えてずっとこの村を観察していた。
サッカーにポジションがあるように。全員が自身の為せる最大限の役割を全うすることを重視した。
それがチームの勝利に繋がると知っているからだ。
葵のキャプテンとしての在り方を感じた一行は、彼の作戦で行動を開始する.。
~~~
「行くわよシフォリィ!」
「ええ!」
アルテミアのかけ声と共に、真正面から突撃する二人。
突如現れた侵入者に釣られた天使達は、元いた場所から離れてどんどんと集まっていく。
「……陽動は行けそうだな。よし、今のうちにオレ達は左サイドを上がって村外れの納屋まで向かうっス」
この機を逃すまいと、一行は葵が目を付けたエリア目指して駆けだす。
飛呂が前方の索敵、葵は後方につき、他の四人でラティオラを囲うフォーメーションでだ。
(納屋まで最速で動ければ、奴らが本格的に動き出す前に潰せる形になるはずだ。それまで頼むぞ二人共)
その頃、空へと飛びあがったシフォリィは、漆黒の石化魔術を豪雨のように降り注がせていた。
「私達が相手です! かかってきなさい!」
地上では魔術によって動きの鈍った一体にアルテミアが雷を纏った剣を突き立てる。
「――イッ!? アアァァ?!?!」
「くっ。まるで人の悲鳴じゃないッ!」
村中に響き渡る不協和音。
耳を覆うためアルテミアは距離を取り、シフォリィも合流する。
「アルテミア……こんなの見てられません!」
「そうね。せめて楽にしてあげましょう……私達で!」
二人の――三つの思いはそれぞれの剣に炎を灯す。
「「はああぁぁっっ!!」」
炎獄の花びらが渦となってそれを捕らえ、双炎が人型を焦がし尽くし土へと還してゆく。
~~~
アルテミア達の陽動によって無事に納屋へと到達した一行。
ラティオラを納屋へ隠し、ウルズとメリーノが護衛についた上で、ちぐさや夢心地は既に二人の加勢へと向かっている。
そんな彼らを援護しながら、万が一納屋が奇襲されないよう見張るのが、狙撃が得意な葵と飛呂の役割であった。
「ライン上げは充分。あとはこのゾーンを守れば前半終了ってとこだ」
葵はサッカーボールをセットし。
「なら早く後半戦を始めないとだな。俺は……左からやる」
飛呂はライフルのスコープを覗く。
「ならオレは右っスね。――速攻でシメる」
二人の狙撃手が放つ”弾丸”は、的確に敵の足を止め、やがて終を届けていく。
~~~
「静かに……なりましたね」
「終わったみたいねぇ。ウルズちゃん、怪我した人がいるんじゃなぁい?」
「確かにっす! 先輩方ぁーケガはないっすかー?」
作戦上護衛に集中していた彼女だが、足の速さを生かした救出や回復が本来の得意分野だ。
戦闘を終えた先輩達に後輩力を見せつけるべく納屋を飛び出す。
「ラティオラちゃん、ごめんなさいね」
残されたメリーノは、ラティオラへ向き直る。
「もしもわたしたちがここにもっと早く訪れていたら。こんな悲しいこと、無かったかもしれないわ」
言葉通り。そして言葉の外の意味。
これだけの騒ぎがあって鎮まった。――なのに何故、声も色も望みも、出てこない?
彼女にどう伝わったかは分からない。
それを確かめるように、手を繋ぐ。
「夢でも会えたなら良かったのにって、思うかしら?」
「……いえ。皆様に言われて考えていたのです。あの子達にもう会えないなら……わたくしはどう前を向けば良いのか」
彼女達の思い出は、ずっとここに。
手が胸に添えられる。
「何も見つけられなくとも、ずっと覚えていようと思います」
「……ラティオラちゃんは強いのね」
「皆様が尽くして下さるから、応えたいと思ったのです」
「ふふっ。ならぁ、探しにいかないとねぇ」
二人は納屋を出ると、孤児院周辺の安全を確保し終えていた一行に合流する。
「ラティオラ。すまぬがちと確認させてほしいのじゃ」
孤児院を外から透視した夢心地によれば、孤児院内部、特に東側の損傷が激しく、捜索範囲を絞らなければ探索中に建物が倒壊する恐れがあるという。
「東は寄宿舎、西は教会として使われていました」
「ならあの天使達、宿舎ばかりを狙ってたってことか」
「まだ子供が残ってたからじゃないかにゃ? 探さないとだにゃ!」
「うむ。飛呂とちぐさの言にも一理あろう。なれど、あの噂の真偽も確かめばなるまい」
「うなり声のような地鳴りっスね。ラティオラ、何か心当たりは?」
葵の問いに彼女は首を振る。
「院長様なら何か知っておられたかも知れませんが……」
ラティオラの記憶では院長室は西側の最奥、子供達の宿舎とは正反対の位置にあったらしい。
「あたしが探しにいくっす! あ、でもまだ治療が……」
ウルズの視線に気づいたアルテミアが進み出る。
「私とシフォリィ、ウルズさんで東側を捜索するのはどう? 消耗しているとはいえ、ウルズさんや生存者を守る役割も必要だわ」
「アルテミア先輩助かるっす! シフォリィ先輩もいけるっすか?」
「ええ、大丈夫です」
こうして一行は二手に分かれ、孤児院の探索を行う事となった。
●無生ノ失声
生存者を求めて東側を探索していた三人は成果を得られぬまま院長室へ辿り着く。
部屋を捜索すると、本棚の裏に地下へと続く階段を発見。
僅かな松明の明かりを頼りに、彼女達は薄暗い道を下った。
「これ……血の臭いっすよね?」
ええ、とアルテミアが応じる。
「でも院長室に入るまで一切感じられなかったわ。用心した方がよさそうね」
「ウルズさんはこのまま私達の後ろに」
シフォリィは刀剣を構えると、更に奥へと進んでいく。
やがて辿り付いたのは広い空間であった。
しかしただの空洞ではない。
所狭しと並べられた器具。壁中に貼り付けられた何かの記録。床に溜まった水。
そのどれもが、赤黒く染まった空間。
そこには二つの異質が存在した。一つは。
「ヤァ。イレギュラーズ」
そしてもう一つは。
「アンタ、誰っすか?」
「失敬。私め、ダラスと申しマ~ス」
白いコートと左手の聖痕、右手に抱きかかえた何かが印象に残る男であった。
「この村の惨劇、貴方の仕業ですか?」
シフォリィが切っ先を向ける。だがそこに闘志はなく、あくまで己と仲間を守るための備えだ。
「惨劇ぃ? アッシはテレサに頼まれてここへ掃除に来たダケ」
視線の先には、恐らく院長だったものが転がっている。
「マァここで生まレタ子供達が何して遊んだかは知りまセンけど」
「それってまさか!」
アルテミアの肩が震えた。
この空間を見渡して、天使の声を聞いて、脳裏を過った一つの疑念が確信に変わる。
「火遊びは楽しカッタ?」
「この下郎ッ!」
怒りのまま斬りかかろうとしたアルテミアだったが、踏み出そうとした途端、体から力が抜けてしまう。
「な、んで……?」
「先輩大丈夫っすか?!」
「お話中くらいは仲良くスルのがルールでショ?」
嘲笑う彼の首元、布越しに天秤型の光が一瞬輝く。
「貴方達遂行者は正しい歴史のために戦ってるはず! その歴史に、こんな犠牲は本当に必要なのですか!?」
シフォリィの問いかけに、ダラスは気怠そうに答える。
「親に捨てラレた子供。それをゴミじゃナク、資源として利用するヤツらがいたダケの話。ゴミがどうナロウがアッシらの歴史には大して関係ナイ」
「子供はゴミなんかじゃないっす!」
ウルズが食ってかかる。
「皆自分自身の在り方も決められないまま振り回されただけじゃないっすか。アンタの言うように悲観してた子もいるかも知れない。でも生きてさえいれば、誰かに出会って、友達や先輩が出来て、ちょっと恋なんかしてみて! 色々な思い出ができたはずっす! そんな尊い自由をアンタは奪ったっすよ!」
「そうよ。皆と一緒に新しい明日を歩む権利があったはずだわ!」
「避けられない犠牲はあるとしても……私達の手が届くならば救ってみせます!」
三人の決意に、ダラスはニヤリと笑みを浮かべた。
「面白イ。なら一つゲームといくカァ!」
彼は右手に抱えていた何かを、大きな放物線を描くようにして投げた。
ウルズがそれに手を伸ばす。
「私めは回収予定のブツを奪ワレました。いつかヤツらと取り返しに来るデショう。サァーその時オマエ達はそれを救うでショーカ?」
掴んだそれは白い布に包まれた――
「赤ちゃんっすか?!」
「救わないでショーカ? ではマタ」
ダラスが指を鳴らすと、彼の身体が勢いよく燃え上がり空間を火の海で包んでいく!
●求生ノ奇声
「ラティ、ティオ、ライラ! もう大丈夫だから出てきてにゃ! お願いにゃ!」
西側を探索するちぐさ達の努力も虚しく、残すは三階の子供達の部屋と通路だけとなっていた。
「待つのじゃ」
「どうした殿?」
感覚を研ぎ澄ます飛呂だが、敵意は今なお感じられない。
「おかしい。見えぬのじゃ」
「見えない? ――まさか!」
夢心地が指し示す先、通路の奥は普通の感覚であればただの行き止まりのように見えた。
だが透視が出来ず、察知もできない"そこ"から。
突如それは姿を現した。
「アアアアア!!!」
「やはりまだ潜んでおったか! このままでは危険じゃ。引くぞよ!」
夢心地がその身体でラティオラの姿を隠しつつ、各々出口へと駆け出す。
しかしその途中、飛呂は足を止める。
「……クソっ! 皆先にいけっ!」
「飛呂! 無茶にゃ!?」
「一人にはさせられん」
踵を返した友を呼び止めようとするちぐさ、葵も援護しようと振り返る。
けれど既に飛呂の眼前には爬虫類のような動きで迫る化け物――天使飛翔種の鉤爪が迫っていた。
「止まれるかよ!」
彼は滑り込むようにして振り下ろされる攻撃をすんでの所で回避、そのまま背後に回り込むと一気に距離を離す。
「ほらこっちだ! ついてこい!」
挑発するように撃ち込まれた数発の弾丸に誘導された飛翔種は、大きく身体を振り反転。
同時に巨大な尻尾が孤児院の壁に強く打ち付けられる。
「すごい揺れにゃ!? 危ないにゃ!」
「もう崩れるぞ! 何かあるなら早くしろ!」
仲間達の声は聞こえている。危険な事をしているのも分かっている。
だが、飛呂はどうしても諦めることが出来なかった。
(ここが子供達の部屋か! 何か、せめて何か!)
急いで周囲を見渡す。
割れた窓、壁のヒビ、ひしゃげたベット、机上で光る石ころと――。
「あった!」
「アアア!!!」
彼が何かを掴むのと、飛翔種が彼ごと外壁を突き破ったのは、ほぼ同時であった。
衝撃は寄宿舎部分全体に波及し最後の一線を越える。
「ああっ……!」
ギリギリで夢心地、メリーノと共に脱出できたラティオラは気づき、息をのんだ。
高所から叩き付けられる様に思わず叫ぶ。
「飛呂様ーっ?!」
「アア……ア? ラ、ラアアーー!!」
彼女の悲鳴に飛翔種の関心は足元から声へと移った。
「そこをどけ!」
動き出すために飛呂を踏みつける足へ更なる力が込められようとした瞬間、渾身の蹴りがその巨体を弾き飛ばす。
それは持ち前の跳躍力を活かし何とか崩落から逃れた葵の一撃だった。
「飛呂、飛呂!? 死んじゃ嫌にゃ?!」
同じく逃れる事ができたちぐさは駆け寄ると必死に呼びかける。
「――つっ。だ、大丈夫だ。生きて、るよ。普通なら、死んでた気が……するけどな」
「良かった、良かったにゃ……! とにかく早く避難にゃ!」
ちぐさは涙を拭うと、葵と協力して飛呂を運び出す。
一方の飛翔種は、体制を立て直すと一心不乱にラティオラを目指す。
「ラア、ラアアーーー!!!」
「来るか。なれど麿にも譲れぬ約束がある。ここは通さんのじゃ!」
「ラティオラちゃんはどこか物陰に!」
「は、はい!」
突進ともいえる飛翔種の勢いを、夢心地とメリーノは己が身体を盾として二人がかりで押さえ込んだ。
「ラアアァァ!!」
飛翔種が吠える。
どけと言わんばかりに。
大きく開かれた口内には、数え切れないほどの人の口は触手と共に震える。
メリーノはそれを真っ直ぐに見つめた。
(……あなた、とっても冷たいわ。……いつだって犠牲になるのは戦えない人たち。……ごめんなさい。でも、でもせめて)
「葵よ! この隙に!」
「分かった! 飛呂、アンタはこのまま休んでるッス」
夢心地達を助けるべく駆け出した葵は、飛翔種の背中へ何度も攻撃を打ち込む。
確かな手応え、弱っていく怪物。だが止めきれない。
諦めないというべきか。
飛翔種は命あるうちにと、翼を羽ばたかせ勢いをつけると、メリーノ達ごと押し進んで行く。
「ラティオラが危ないにゃ! 飛呂、僕も加勢に――」
(ちぐさ、手伝ってくれ)
「え?」
痛みで上手く話せない飛呂は、何とか体を起こすとテレパスで語りかける。
(さっき突き落とされた時見えたんだ。尻尾の付け根に他と違う場所がある。そこをやればきっと止められると思う。だけど……)
着地時の体制が悪く、片腕の力が入らない。
(狙いはもう一方の手で俺が合わせるし、タイミングも指示できる。ちぐさ、引き金を引いてくれ)
「……うん、分かったにゃ!」
飛呂の言葉に嘘はないだろうが、同時に確証もない。本来情報屋としては判断に迷う部分だ。
だがちぐさは一筋の迷いもなくそれを信じる。友の言葉を。
そして狙撃銃を受け取ると、飛呂の背後から彼の肩を支えとする形で銃口を突き出した。
(ラティ、ティオ、ライラ……僕達が絶対ママを助けるにゃ)
翼のはためきで砂埃が舞う中、飛呂は目を凝らし銃身を調整し続ける。
(――今だ!)
二人の思いが込められた弾丸は狙いを的確に穿ち。
「アアア!?」
僅かな隙を生む。
「そなたにも事情があったろう。なれど情けはかけられぬ!」
転禍為福の剣が、ついにその身を地に伏せる。
「ア、ア、ラ……!」
それでもまだと、それは弱々しく足を伸ばし、求めた。
「――そう。そこに居たのね」
何かを見つけたメリーノは自身に突き刺さるのも承知で鉤爪ごとそれを抱いてやる。
きっと見えないだろうけれど。
きっと分からないだろうけれど。
「ラティオラちゃんなら大丈夫。だからね? 帰りましょう」
このまま答えを消してしまう方が良いのかもしれない。
でも会えない覚悟があるのなら、会わせてあげようと思った。
離れ離れはとても悲しいことだから。
メリーノは大太刀を振るうと、それをバラバラに引き裂く。
翼は羽根となり腕となり。
冷え切った肉塊の山からラティオラの温もりを掬い上げる。
「お帰りなさい。まだ少し温かくいてくれて、ありがとうねぇ」
彼女の慈しむような瞳は三つのブレスレットを見つめ続けた。
●招待状
帰路へ着く馬車の中、ラティオラは殊更深くお辞儀する。
「皆様のおかげであの子達を連れて帰る事ができました。あと飛呂様が見つけて下さったこの手紙。本当にありがとうございます」
それは、部屋に光る石と共に置かれていたもの。
いつか渡せる日を信じていたのだろう。
ラティオラ宛に書かれたそれは孤児院での生活を楽しんでいる様子が綴られており、その内の一枚には、ある日やってきた宝石のような瞳を持つ赤ちゃんを三人で育て、かつて自分達がしてもらったように、いつか石をプレゼントするつもりだったと記されていた。
(あのまま何も連れて帰れないのがどうしても嫌だっただけだ。でも、見つけられて良かった)
「あん時はヒヤヒヤもんだったっスけど。無事で何よりだ」
葵の言葉に、飛呂は苦笑いを返すしかなかった。
「お手紙の内容からすると、きっとその赤ちゃんはこの子のことよねぇ?」
メリーノはウルズが抱く子供へ視線を向ける。
「救出出来たは良いっすけどずっと眠ってるんすよねー。燃える地下から脱出したり色々あったのになぁー」
「その稚児はダラスとやらがブツと呼んだ存在。およそ普通ではないのじゃ。ラティオラに預けるには危険ではないかえ?」
夢心地の言葉にシフォリィが答えた。
「そうかもしれません。でも彼女達が育てようとしていた子。ローレットで検査して問題なければ、それが筋ではないでしょうか」
「勿論、預けて終わりにはしない。いつの間にか消えていたダラスは取り返しに来ると言っていたわ。いつ狙われたとしても、せめてこの子は守ってあげないと」
アルテミアは眠る赤子の頭をそっと撫でてやる。
「皆、その赤ちゃんの検査を待つ間、僕は三人のお墓を建ててあげたいと思うんだけど……一緒にどうかにゃ?」
ちぐさの言葉に全員が頷く。
こうして、一つの孤児院にまつわる物語は終わりを告げる。
イレギュラーズ達の活躍により、一人の修道女は己の過去を背負いながらも前を向く決意と、新たな生きる目標を得た。
しかしそれは次なる厄災の招待状ともいえる。
絶望を望む遊戯の中に救いを見つけられるかどうかは、可能性の力にかかっている。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
冒険お疲れ様でした!
天義編も冠位魔種との対決に向かっていよいよの盛り上がりを見せていく中、
その余波が引き起こす悲しい物語でした。
絶望的な状況の中でも最後まで諦めない皆様の考え方や行動によって、
ラティオラは痛みを受け入れながらも立ち向かう心を得られたと同時に、
皆様はダラスから新たな遊戯を持ちかけられるに至ったのだと思います。
救出した赤ちゃんは一旦ラティオラが預かることになりましたが、
皆様が知り得た情報や"遊戯であること"を考えると、まだ安穏を得られたとは言い難いでしょうが……
それはまた別のお話。
※両方にご参加下さった方もいらっしゃいますので一応記載しますが、
時系列的には遊戯→選別となっております。ただ、この先後はほぼ関係ないのでご安心下さい。
それでは、またどこかでお会いできることを願いまして。
ご参加ありがとうございました!
GMコメント
●概要
天義を舞台とした大型イベントに繋がる物語です。
神の国内部にいるイレギュラーズ達の救助や、ルスト・シファーの動向を探るためにも、外界に残っているイレギュラーズの皆様は様々な形で神の国への侵入を試みる事となります。
勿論、世界の行く末に関わる大事な戦いですので、皆様は強敵と戦うために集っていたりもすると思うのですが、どうやらここには別の目的を持ってやってきた民間人もいたようです。
助けてやりたい誰かを思いやる彼女を、良かったら救ってあげて下さい。
●目標
NPC「ラティオラ」の生存
●NPC詳細
・ラティオラは幻想種の修道女(民間人)です。
テセラ・バニスの異変を聞きつけ、異変が起こる約1か月前に預けた子供達3名を引き取りに聖オッフル孤児院へやってきました。
戦闘能力はなく、戦闘に役立つような装備も持ち合わせていません。
仮に戦闘になれば、神に祈りを捧げるか手近な小石を投げつけるくらいしかできないでしょう。
・ラティオラが探している子供たちは3名。全員女性です。
それぞれ「ラティ」、「ティオ」、「ライラ」です。
血のつながりがないですが、ある国のスラム街で姉妹のように協力し合って生きており、名前がなかったためラティオラが自身の名前を使って命名しました。
孤児院に預けられる際にラティオラの祈りが込められたブレスレットを大切に手首につけていた他、彼女から貰った人形やキラキラ光る石など、思い思いの品を持って孤児院に入りました。
孤児院の中を探せば幾つか見つかるでしょう。
・ダラスは「遂行者」と呼ばれる存在です。
いつも気怠そうな様子で、歌を歌うことが多いですが歌詞にそぐわず全然楽しそうにしていません。
自身の信じる歴史の障害となるものを「ゴミ兼おもちゃ」として認識しており、さんざん遊びつくしてから念入りに処分するような性格の持ち主です。
●エリア詳細
今回使用するエリアは、聖オッフル孤児院と孤児院がある村全体になります。
時間帯は昼間、誰が見ても目をそむけたくなるくらい村は戦火に焼かれているのが見て取れる状態です。
シナリオ開始時は、村から少し離れた安全圏に馬車と御者を残し、イレギュラーズとラティオラが村へ向かっていくところからスタートします。
・村全体
特に堀や塀といった防衛物はなく、村人が住んでいたであろう家屋はあちこちから煙が上がっています。
比較的見通しが良いので、状況は把握しやすいですがその分自分達も発見されやすい環境です。
田畑や井戸、納屋など村生活における基本的な設備は荒れ具合は別として揃っています。
・聖オッフル孤児院
教会と寄宿舎の機能を育てた建物です。
教会としてはそこまで大きな規模ではありませんが、村の中では圧倒的に巨大な建物です。
階層は3階建て。地下はないはずですが、時折地面の下からうなり声のような地鳴りを聞いた村人がいたそうです。
理由は分かりませんが、天使達はこの建物を執拗に狙って集まっています。
現状でもかなりボロボロになっていますが、敵や崩落、火事等に気を付けて行動すれば中の様子をある程度調べることができそうです。
●敵詳細
・天使(量産型)
何者かによってつくられた、つぎはぎだらけの邪悪でいびつな生物です。
非常に気色悪いですが、遠目には天使のようにも見えます。
持っている鎌できりつけてきたり、少し肥大化した手を赤ん坊のように振り回してビンタのような攻撃をしてきたりします。
数十体単位で村中に散らばっており、1体1体はそこまで強くはありませんが、数で攻められると面倒な相手です。
知性は感じられませんが、以下のようなうめき声を発している個体が多いです。
「……」
「――ッ!」
「……テ、ロシテ」
「……ゥ、ァァィ、ィァ」
・量産型天使カスタム(飛翔種)
身体は爬虫類のように細長く、4本の手足の他に歪な形をした翼が2対背中に生えています。
翼の羽を1枚1枚よく見ると人間の腕が連なっているように見えるそうです。
他の天使に比べるとステータスが高く、状況次第では苦戦するかもしれませんが、倒すだけなら全員で協力すれば問題なく可能でしょう。
聖オッフル孤児院の中を徘徊しているようですが、ラティアラを見つけると執拗に追いかけてきます。
・遂行者ダラス
遂行者と呼ばれる存在の1人です。
やせ細った体と気怠そうな雰囲気、猫背と白いコートが特徴的な男です。
微妙に不快感を与えるリズムと抑揚のない声で歌を歌っていることが多いようです。
イレギュラーズ達を観察したい気持ちと、汚らわしいと思っている気持ちが混在しているようで、仮に触れるようなことがあれば何をしてくるか分からない、底が見えない相手です。
村を襲う天使達に関係があるようで、行動次第では姿を現します。
彼を引き付ける、もしくは彼の隠しごとを覗き込むような存在がいれば、見過ごせないでしょう。
※遂行者チェイスは本シナリオのリザルトでは登場しません。
●PL向け情報
ラティオラが子供達を預けたのはテセラ・バニスで異変が起きる1か月前。
実際に異変が起きてからも、ラティオラとPC達が到着するまでにある程度時間が経過してしまっています。
この村がいつ被害に遭いだしたか明確には分かりませんが、あまり希望が見えるような状況ではありません。
ラティオラが望むのは子供達の救出であり、目的のためなら彼女もできる限りの事をしようとするでしょうが、彼女は修道女としてこれまで多くの人々を見送ってきています。
依頼者のためになる行動であったならば、彼女は皆様の行動を受け入れてくれるでしょう。
●その他
・情報確度B
ここに明記されている情報は間違い無く正しいですが、明記されていない情報を推測したり対策を講じることが推奨されます。
目標達成の難易度はN相当ですが、行動次第では重傷に陥る危険があります。
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