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シナリオ詳細

<神の門>余燼くすぶるオルタンシア

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 黒い太陽が礼拝堂に浮かんでいた。
 あちこちで咲き誇るのは黒き炎の紫陽花たち。
 神聖さえ感じる礼拝堂を重苦しい気配が包み込んでいる。
 気持ち悪い原罪の呼び声が、ずっと鳴り響いている。
「――弱い」
 青色の瞳に見下ろされ、フラヴィアは剣を握りしめる。
(……やっぱり、お母さんの顔で、そんな顔をされたくない、から)
 短く切れる吐息、乾ききった口の中でフラヴィアは引き攣る喉を潤すように唾をのんだ。
 目が覚めてから、どれぐらいの時間が経っただろう。
 ずっとずっと、フラヴィアは母の姿をした女の人と戦わされていた。
「ふふ、頑張ってるみたいね、フラヴィア」
 ふと、背後から声がして、フラヴィアは振り返る。
 静けさに満ちた礼拝堂の扉を開いて、姿を見せたのは白髪の女性だった。
 コツ、コツと音を立てながら、彼女は礼拝堂の中に入ってくる。
 ――オルタンシア、遂行者、冠位魔種の使徒。
 先生の、お姉さんだっていう人。
 そう言われてみて彼女を見ると、確かにどことなく似ているような気もした。
(……この人が、私をどうして)
 握りしめた剣と共にふらふらと起き上がる。
「姫様、薔薇庭園はよろしいのですか?」
 お母さん――の身体をした女性がオルタンシアへと問いかける。
「ふふ、楽しいお茶会ではあったけれど、もうそろそろでしょう。ベル、フラヴィアを休ませてあげなさい」
 オルタンシアが笑えば、お母さんはそっと剣を収める。
 オルタンシアの方はというと、そのままゆっくりとフラヴィアの前に立ち、そっと私に視線を合わせるようにしゃがみ込む。
「ねえ、フラヴィア」
 擽るように彼女は聖女の微笑みを向けてくる。
「苦しいでしょう、辛いでしょう、貴女じゃあ、あの子には遠く及ばない。
 だから――もうあきらめなさいな」
 そっと、頬を撫でられた。
 青色の瞳が、優しく細めた彼女の顔が近づいてくる。
「大丈夫よ――お姉さんに身を委ねてくれるのなら、貴女の今の苦しみを全部晴らしてあげるわ」
 紫陽花のような花の香りがして、ぽしょぽしょとそう囁かれた。
 フラヴィアは声を返さず、ふるふると顔を振った。
「――ふぅん、そう」
 そっと、彼女が離れていく。
「そういえば、ねぇ。ふふふ、預言者ツロはイレギュラーズをこの地へ招いたわ。
 貴女も知ってる人もいたわよ」
 微笑むままに、オルタンシアが言った。
 その言葉に目を瞠ったフラヴィアを見て、オルタンシアの笑顔が深くなる。
「――でも、そんなことをすれば、きっとイレギュラーズはここに踏み込んでくるでしょうね。
 イレギュラーズ、世界を救う可能性の子たちを助けに――でも、ねぇ?」
 そう、とオルタンシアがフラヴィアの顎をあげて無理やりに目を合わせてくる。
「――貴女は、どうかしら。貴女にはパンドラの可能性なんてない。
 あの子たちがここに連れてこられたことで、貴女も呼び声に耐えているみたいだけれど。
 でも所詮、貴女はただの子供。オンネリネンの傭兵、ローレットに貴女を助ける理由はないわね?」
「そ、そんなことない……あの人たちは、きっと――」
 声が震えた。前に、彼らが助けてくれた。
 また助けてくれると信じているけれど――それに縋るのは違う気がして、言い切れない。
「ふふふ」
 意味深に、オルタンシアが笑う声が耳についた。


 預言者ツロはイレギュラーズへと直接の招致を行った。
 複数のイレギュラーズは無理やりに『神の国』へと連れ去られた。
 一足先に帰還を果たした者たちもいるが、未だ多くのイレギュラーズは神の国にその身柄を囚われている。
 だが、元より招待を行なわれていたイレギュラーズであれば招致の力が働けど道をなんとかこじ開け続けることが出来る可能性がある。
 そして、滅びのアークにも害されにくい『可能性(パンドラ)』であれば、簡単には魂をも侵されることはないだろう。
 つまるところ、イレギュラーズならば、囚われた仲間を助け出せる可能性はあるのだ。
「けれど……私達には、もう1人助け出したい子がいるわ」
 そう語るオデット・ソレーユ・クリスタリア(p3p000282)の手には小さな黒い宝石のようなものが握られている。
 夜から零れ落ちた欠片と記されていたそれは、ある魔剣に関わるもの。
 その剣は、持ち主の少女と共に神の国に連れ去られた。
「フラヴィアさん……」
 ユーフォニー(p3p010323)はあの日のことを思い出す。
 目の前で剣を握りながら、声を枯らす少女。
(私が言わなくても、裁定は行われたのかもしれない……それでも、私にも責任はある)
 あの日、魔剣で聖女の再現体にトドメを刺すことを進めたのはユーフォニーだ。
 オルタンシアの物言いを考えれば、他の誰がトドメでも起きていたのかもしれない。
 それでも、責任を感じないではいられなかった。
「ユーフォニー、大丈夫、皆で取り返そう」
 ムサシ・セルブライト(p3p010126)はそんなユーフォニーを見て、そう声をかける。
(それに、自分にも責任があるのであります)
 その陽のことを思い出せば、そう胸の内に思う自分がいた。
「ありがとう! ムサシ!」
 ユーフォニーは敢えてそう声をあげて、深く呼吸を整える。
「…助け出さないと…」
 レイン・レイン(p3p010586)も傘の下でそう小さく言葉に漏らす。
 あの日、もう少し違う足止めの仕方をしていたら、フラヴィアを攫われることはなかった――かもしれなかった。


 審判の門、レテの回廊を抜け、テュリム大神殿を駆け抜ける。
 長く美しき回廊を抜けて向かう道のりをイレギュラーズには一切の迷いがない。
 黒い宝石は自分の片割れを求めるようにイレギュラーズの道案内をしている。
「――フラヴィアちゃん! ここにいるの!?」
 セシル・アーネット(p3p010940)はその部屋の扉を開け放つ。
「――せ、セシル君……!」
 その声を聞いた少女が振り返り、目を瞠った。
 その姿は明確にボロボロだった。
「あらあら、ヒロイックねぇ、妬けちゃうわ」
 楽しそうに、羨ましそうに、オルタンシアが笑う。
 その両脇にはそれぞれ黒炎のユニコーンと、黒い炎の塊の如き姿のオルタンシアが立っている。
「……ここは一体」
 トール=アシェンプテル(p3p010816)は周囲を見渡して、目を瞠る。
「ふふふ、わざわざこんな場所まで来て貰ったんだもの、お話ししましょうか。
 ――ここにある炎はね、全部、私。私が持っているリソースの全て。
 貴方達がどれほど私を倒そうとしても、ここにあるリソースが消えない限り、私は死なないの」
 柔らかくオルタンシアが笑う。
 圧倒的なまでの自身は傲慢の使徒たる証明だろう。
「さぁ、始めましょうか、地の国の英雄さん達。
 ――貴女達はそう簡単に呼び声に屈しないでしょうけど、その子はそうでもないでしょうし?」
 どこか悪女めいた笑みを作った、オルタンシアがフラヴィアを見て、笑った。

GMコメント

そんなわけでこんばんは、春野紅葉です。

●オーダー
【1】『熾燎の聖女』オルタンシアの撃破または撃退
【2】『致命者』ベルナデッタの撃破
【3】『余燼のオルタンシア』いずれか2つ以上の破壊
【4】『夜闇の聖騎士』フラヴィアの生存

●フィールドデータ
 テュリム大神殿の一角に存在する礼拝堂です。
 祭壇の上には漆黒の太陽と古ぼけた十字架が鎮座しています。
 花瓶や植木鉢には黒炎でできた紫陽花が咲き誇ります。
 曰くそれらの黒い炎は全て、オルタンシアの持つリソースの具現とのこと。

●エネミーデータ
・『熾燎の聖女』オルタンシア
『遂行者』と呼ばれる者達の1人。傲慢の魔種、爆炎を操る魔術師です。
 余燼のオルタンシアが複数破壊された場合は撤退するでしょう。

 神攻アタッカーに寄せたハイバランス型。
 様々な射程を持ち、【火炎】系列、【飛】、【乱れ】系列、【足止め】系列のBSを駆使します。
 その他に【追撃】や【弱点】の可能性もあります。

・『余燼のオルタンシア』現身の私
 黒炎で出来たオルタンシアのような存在です。
 オルタンシアの魔術であり、同時に自立稼働するユニットです。
 漆黒の爆炎を放って攻撃してきます。

・『余燼のオルタンシア』黒太陽
 フィールドの最奥に浮かぶ漆黒の太陽です。
 オルタンシアの魔術であり、同時に自立稼働するユニットです。

 漆黒の炎を矢のように射出するほか、広域相当へと超高火力ダメージをもたらす攻撃を行います。
 反応が低めで機動力がやや低めですが、広域攻撃に【移】が付いているようです。

・『余燼のオルタンシア』ユニコーン
 オルタンシアの傍に控える黒炎で出来たユニコーンです。
 オルタンシアの魔術兼乗馬で、同時に自立稼働するユニットです。

 炎で出来た身体で突撃するほか、足で蹴り飛ばすなどの攻撃を行います。
 反応とEXAが高く、戦場を駆けまわる可能性があります。

・『余燼のオルタンシア』アジサイ×10
 フィールドに点在する紫陽花たちです。このエネミーは群体とします。
 このエネミーで達成条件【3】の判定を達成するには10体全てを撃破するものとします。

 機動力を持たない代わりに超遠距離以上の射程まで届きます。
 なお、単体攻撃のみかつ一撃のダメージは低めです。

・『致命者』ベルナデッタ
 長髪の女性聖騎士の姿をした致命者。後述するフラヴィアの母親の姿を取ります。
 リプレイ開始時はフラヴィアの近くにいます。
 ここで倒れてでもオルタンシアの退路を作るつもりでいるようです。

 手数を重視するサポートアタッカータイプで【スプラッシュ】や【連】属性の攻撃を持ちます。
【出血】系列、【痺れ】系列、【呪縛】、【恍惚】などのBSを駆使します。

●友軍データ
・『夜闇の聖騎士』フラヴィア・ペレグリーノ
 夜のような闇色の瞳と髪をした女の子です。
 元はアドラステイアで『オンネリネンの子供達』の部隊長を務めていた少女。
 紆余曲折を経て遠縁の親戚に預けられ、聖騎士見習いとなりました。

 元オンネリネンだけあり、信頼できる戦力であり、自衛も可能です。
 リプレイ開始時はベルナデッタの傍で疲弊しています。

●参考データ
・『巡礼の聖女』フラヴィア
 ペレグリーノ家の家祖であり、『夜闇の聖騎士』フラヴィアから見て遠い先祖にあたる人物、故人。
 姿形、剣技のスペックを再現したワールドイーターが巡礼の旅の最後に出現しました。

 海を隔てて天義にも接する海洋王国領のある小島の生まれ。
 故郷の海を凍土に変えていた本物の『近海を閉ざす』コキュートスを撃破、封印し、村の人々に恐れられ国を出奔。
 隣国・天義へと亡命し後に列聖されるに至る『巡礼の旅』を行ないました。

・ペレグリーノの魔剣
『巡礼者の魔剣』とも呼ばれる巡礼の聖女の愛剣、現在の持ち主は『夜闇の聖騎士』フラヴィアです。
 形状は夜空を思わす青がかった黒く美しい長剣、長さは成人にとっては少し長い片手剣程度。
 現在は巡礼の聖女の子孫でもあるペレグリーノ家の家宝、一応は聖遺物の1つとも言われます。

 巡礼の旅を終えて本来の出力を取り戻しましたが、現在は反応を示していません。
 フラヴィアの力量が足りないのか、あるいは『使い方』がなっていないのか。

・エリーズ
『夜闇の聖騎士』フラヴィアがアドラステイアにいた頃の所謂『ティーチャー』であった女性。故人。
 30年前、オルタンシアが火刑に処された際に故郷を捨てて生き延び、名をエリーズと変えて過ごしました。
 アドラステイア崩壊以前に(恐らくは)病死により亡くなっています。
 オルタンシアはエリーズの事を『私を最期まで信じた最愛の妹』と評したことから実妹であることが判明しています。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • <神の門>余燼くすぶるオルタンシア完了
  • GM名春野紅葉
  • 種別EX
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2023年10月29日 23時40分
  • 参加人数10/10人
  • 相談6日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

オデット・ソレーユ・クリスタリア(p3p000282)
鏡花の矛
ツリー・ロド(p3p000319)
ロストプライド
イグナート・エゴロヴィチ・レスキン(p3p002377)
黒撃
郷田 京(p3p009529)
ハイテンションガール
ムサシ・セルブライト(p3p010126)
宇宙の保安官
ユーフォニー(p3p010323)
竜域の娘
レイン・レイン(p3p010586)
玉響
桐生 雄(p3p010750)
流浪鬼
トール=アシェンプテル(p3p010816)
つれないシンデレラ
セシル・アーネット(p3p010940)
雪花の星剣

サポートNPC一覧(1人)

フラヴィア・ペレグリーノ(p3n000318)
夜闇の聖騎士

リプレイ

●救いの手を伸ばして
 黒炎が燃えている。
 遂行者はその中で柔らかく笑っていた。
(『夜から零れ落ちた欠片』って別に剣が欠けたわけではないと思うのだけど、魔剣の使い方と関係が?)
 ここまで案内してくれたであろう小さな黒い宝石のようなものを『優しき水竜を想う』オデット・ソレーユ・クリスタリア(p3p000282)は握り締める。
 直感的にこれを持っていることをオルタンシアにはあまりバレたくはないとは思っていた。
 小さな宝石は握りこめてしまえるくらいの物。
 おかげでまだバレてはなさそうだ。
(何か……何か気づけたら、フラヴィアに教えてあげられるかもしれない)
 天啓はまだ降りていない。
(巡礼の旅を終えても真価を発揮できない魔剣か……鍛冶屋として真価を引き出してやりたいものだが…いや、引き出して見せるさ。
 まあ、魔種と戦いながらだからかなり大変な戦いになりそうだな)
 そう戦場を見やる『カースド妖精鎌』サイズ(p3p000319)はオデットに頼んで事前に黒い宝石を鑑定させてもらっていた。
(あの黒い宝石が出力制御やコントロールのための装置だったら簡単だったんだけど)
 そう言った類の物ではなさそうだった。
(……でも、あれは見た感じ石を加工して作ったものだった。
 多分、元々はペンダントになってたんだろうな)
 見せてもらった限りから読み取れるのはそう言った類のことだ。
(夜から零れ落ちた欠片か…夜の力に満ちてそうで俺と相性悪そうだったけど……)
 そう思案しつつ、鎌を砲身のように構えて戦場を見やる。
「ハデな炎の技を使う魔種だね! コイツはウデが鳴るよ!」
 ぱしりと腕を叩き、笑ってみせるのは『黒撃』イグナート・エゴロヴィチ・レスキン(p3p002377)である。
「あはっ♪ 怖いわ、お兄さん?」
 楽しそうに笑ってオルタンシアが首を傾げた。
「ゼンゼン怖がってなさそうだね!」
「あはっ♪」
 また楽しそうにオルタンシアは笑ってみせる。
「よく分からんけど、うら若き乙女に生傷つけてるそっちが悪党で間違いないわね!
 いいのよ事情とかそういう難しい話はぶっ飛ばしてから考えればいいの!
 ポリコレとかコンプラとか知らないわ、とりあえず蹴たぐっとけばいいの!」
 軽くストレッチをして『ハイテンションガール』郷田 京(p3p009529)が言うのを聞いたであろうオルタンシアは楽しそうに笑みをこぼす。
「そうね、なにも間違ってないわ。貴女の言う通りよ。
 私が悪者で、とりあえずぶっ飛ばして考えればいいわ。
 まぁ――出来るもんなら、だけれど!」
「言質とったわよ!」
 互いに不敵に笑って動き出す。
「オルタンシア。貴女が何を目的にして、フラヴィアさんを攫って利用しているのか……自分にはまだ分かっていないであります。
 だが……ユーフォニーを悲しませたこと、俺は許すつもりはない。覚悟しろ……!」
 ファンネルを浮かべながら『宇宙の保安官』ムサシ・セルブライト(p3p010126)はまっすぐに敵を見る。
「ふふふ、大切な人のために熱くなれる男は素敵ね」
 余裕たっぷりにオルタンシアは笑ってみせる。
「――ほんと、羨ましいわ」
 そう言ったオルタンシアの視線の先は『誰かと手をつなぐための温度』ユーフォニー(p3p010323)に違いあるまい。
「フラヴィアさん、ごめんなさい……全部撃破しましょう」
 向けられた視線を振りほどき、ユーフォニーはフラヴィアへと声をかける。
「あらら、随分嫌われてしまったわね。いいけれど」
 オルタンシアがこてんと首を傾げた。
「好かれようと、してないでしょう……!」
「あはっ♪」
 昂るユーフォニーの感情に、空間が軋みをあげた。
「フラヴィアを……取り戻す」
 昏い炎から身体を隠すように桜色の傘を広げ『玉響』レイン・レイン(p3p010586)はフラヴィアの方を見た。
 探った視線の先にベルナデッタが剣を抜いて立っている。
(前回のようにはいかない……)
 視線に気づいたらしきベルナデッタが顔を上げ、レインと視線を交えた。
 あの日のことは嫌でも思い出せる。
 致命者の瞳は感情のようなものを見出せなかった。
「フラヴィアちゃんもう大丈夫だよ!」
 2人の動きに隠れるように『氷雪剣舞』セシル・アーネット(p3p010940)は少女の下へと飛び込んでいた。
 驚いた様子のフラヴィアは、傷の数こそ多けれど、致命傷のような深手はないように見えた。
「よー姉ちゃん、久しぶりだなぁ。
 覚えてっか? 俺だよおれオレ、夏の夜に豊穣の浜辺で会ったろ。
 あん時の艶姿は実に色っぽくて良かったが、今の姿もイケてんな!」
 オルタンシアの意識を向けさせるように、『流浪鬼』桐生 雄(p3p010750)は声をあげる。
「あら、誰かと思ったら……あの時の鬼さんね。ふふ、褒めてもらえるのは悪い気はしないわね」
 緩やかに答えたオルタンシアの調子は依然と変わらない。
「このまま再会を祝って一杯……って、そうもいかねえよな。
 それに小娘を甘い言葉で悪の道に誘うってのもちょーっと見過ごせねえ。
 火遊び程度じゃ済まねえだろ? それ」
「あはっ♪ 悪い女ってそういうものでしょう?」
 相も変わらず楽しそうにオルタンシアは笑っている。
「させるわけには行かねえなぁ……今度は見てるだけじゃなくって直接俺の強さを味わってもらうからよ!」
「あはっ♪ それなら私の力も受けてもらおうかしら」
(ルーナ様に調整してもらったおかげでAURORAは安定して動いてる……!
 新型搭載と輝剣の修理は間に合わなかったけど、これまでのような遅れは取らないはずだ!)
 身に纏うAURORAから伝わってくる何かに『女装バレは死活問題』トール=アシェンプテル(p3p010816)は確かな手ごたえを感じていた。
「いこうぜ、トール!」
 相方は着いてくると信じて、雄は一気に駆けだした。
「はい、任せてください!」
 トールはそれに応じるように間に合わせの剣を振りぬいた。
 飛び込むままに斬り払った斬撃は元よりオルタンシアの意識をトールに向けさせるものに過ぎない。
「あらあら、最初から私狙いなのね? ふぅん」
 驚いた様子も見せずにオルタンシアが首を傾げる。
 その顔をまっすぐに見ながら、雄が肉薄の刹那に撃ち込んだ斬撃はまるで炎の渦に巻き込まれたように勢いを殺されていく。
「なるほどねぇ……」
 実際に撃ってみて、改めてその異常さは分かる。
「オルタンシアさん、マリエッタさんを招致したのは貴女ですか?」
 動きの止まった剣の先、トールはまっすぐにオルタンシアを見た。
「ええ、そうよ。もっと話しておけばよかったのだけど、時間がありなくてね……かわいそうなことをしたわ」
「……やっぱり、そうなんですね。
 それなら――マリエッタさんも返してもらいます!」
「ふふ、あの魔女さんなら、私が何をせずとも自力で脱出するんじゃないかしら?
 そういう子でしょう、あの子。そもそも、庭園の内側のことなんて私は知らないもの」
「だとしても、です! マリエッタさんもフラヴィアさんも、取り返してみせます!」
「あはっ♪ それなら精々、私に届けてみなさいな♪」


 レインはふわりと歩き出す。
「オルタンシアの所へもフラヴィアの所へも行かせないよ……」
 静かにベルナデッタの視線を交えれば、呼び起こすは桜色の海月の幻影。
 無数の魔術を籠めた触手がベルナデッタを捕捉する。
「そうですか……では、どうするというのです?」
 それを見上げたベルナデッタは静かなものだ。
「僕たちでキミを倒すよ……」
 返答とほぼ同時、レインは傘を振り下ろした。
 触手たちが一斉に魔術の煌きを放ち、ベルナデッタへと叩き込まれていく。
「セシル君……」
 かすれた声で少女が呟いた。
「ごめんね、怖い思いをさせてしまって……もう大丈夫だから、心配しないで」
 気付けばセシルはフラヴィアを抱きしめていた。
 同時に展開した術式が天使の祝福となって天より降り注ぐ。
 優しい光が、フラヴィアの身体を包み込む。
「ありがとう……ごめんね……その、私、心配かけちゃった……よね?」
 ぽつり、ぽつりとフラヴィアが声を漏らす。
「心配だったよ……でも、良かった。無事で、良かった」
 掠れた声は、喉が渇いているからか。
 セシルは少女の手を取ってそう答えると、まっすぐに視線を交えた。
「……セシル君、手を貸してほしいの」
「……もう立てるの?」
 セシルの問いかけにフラヴィアがこくりと頷いた。
「もう大丈夫そうだね! ならここからはアイテをしてもらおうかな!」
 イグナートはその気配を察すると同時に拳を握りしめた。
 踏み込むままに撃ちだした拳は栄光への一打。
「しなければどうしようもないのでしょう」
「当然!」
 胸の鼓動と熱意を手に、イグナートは笑ってみせた。
 それに中てられたように、ベルナデッタはイグナートに向けて剣を構えた。
「ならば、相手をしない選択肢はありませんね」
 刹那、ベルナデッタの剣が揺れるように動いた。

「ディフェンダー・ファンネルッ!」
 ムサシの言葉に合わせ、背部ユニットから一斉に飛び出したファンネルが戦場に展開されていく。
(確実に、動きを止める!)
 多方向から放たれた光線は戦場を照らす閃光の輝き。
 次へつなぐための、続く者たちへの道標となる光が多くの敵を貫いていた。
「ユーフォニー! 行けッ!!」
 怒りを露わにするように棹立ちになったユニコーンを見据え、ムサシは叫ぶ。
「ごめんね――ムサシ。絶対に止める……!」
 ユーフォニーは応じるままに走り出す。
「あらら、そっちなのね」
 そう擽るように笑うオルタンシアの声を振り払うように、放った魔力が衝撃となってユニコーンを吹き飛ばす。
 胸に宿る熱は、彼から贈られたもの。それが確かに、力を貸してくれている。
『ぶるる』
 声をあげたユニコーンの視線は確かにユーフォニーを向いていた。
(――こっちです!)
 向けられた敵意を前に、ユーフォニーは走り出す。
「くらいやがれ!」
 サイズは地面へと鎌を突き立て、魔砲ユニットを無理やりくっつけた。
 けたたましい警告エラーなぞ無視して砲身に魔力を注ぎ込む。
 鮮やかな鮮血の魔砲が暗く輝き戦場を血色の光でもって斬り裂いた。
 真っすぐに行く閃光は戦場の最奥にまで至り、黒き太陽へ道を切り開く。
「――まだまだ! オデットさんの居る戦場で、情けない姿は晒せない!」
 追撃の魔弾が、第二の道を作り出す。
 昏き戦場を割るように、鮮血の道が行く。
「ナイス! 遠慮なく当てるわ」
 挑戦的に笑ってみせた京は燻る自信とは対称的に呼吸を穏やかに。
 静かに握り締めた拳に宿る熱はやがて炎となって腕を呑み込んだ。
 弾かれるように撃ちだした正拳の衝撃に大火炎が波を打って迸る。
 炎獄の炎を纏う拳打の奔流が作られた道を奔り、黒い太陽へと炸裂する。
 互いを食らいあう2つの炎の塊は、やがて大火炎を以って黒太陽を絡めとる。
「あはっ、死なないようにね。熱いわよ♪」
「バ火力上等、避けりゃいいって話でしょ。
 アタシってば本番に強いオンナだから、まっかせときなさい!」
 楽しそうに笑う女の声を横耳に、京は腰を落とす。
 床が微かに抉れる程に強く踏みしめ、一気に味方を巻き込まぬように走り出す。

「うんやっぱり、キミの攻撃はオレには届かないネ!
 フラヴィア、オレに続いてくれる?」
 イグナートは笑みを刻むままに拳を作る。
 纏う闘気は聖王の気配を纏い、迫るベルナデッタの剣技を完全に御しきっていた。
「……はい!」
 頷いた少女が剣を構えた。
「行くよ!」
 加速したイグナートは一気に懐に潜り込むと、拳をベルナデッタへと打ち打ち出した。
 続いて振りぬかれたフラヴィアの剣技がキレの増したのはイグナートの闘志に背を押された結果に他ならない。
 レインの頭上を揺蕩う海月はその色を変質させていた。
 紫色の月は終焉の帳の色を宿し、ゆらゆらと踊る触手たちはベルナデッタのみならず、敵をその標的に定めている。
「今度は君が大事なものを失う番だ……」
 「大切なものですか……それはあり得ませんね」
 その変化に気付きながらも、ベルナデッタは静かなものだ。
「どうしてそう思うの…?」
 確信めいた答えに思わずレインは問いかけていた。
「最初から無いものは失えないでしょう」
 顔色一つ変えず、ベルナデッタはそう答えた。
 眼前に立つは致命者。
 冠位強欲の権能を真似て作られた、故人の形をした人形。
 その意志は当人とは全くの別種。
 あくまで、ベルナデッタのなりをしただけの存在である。
「そう……それなら……」
 雨のように降り注いだ触手たちがベルナデッタを貫いた。
 剣を振るって斬り払おうとした彼女が、そのまま自らに傷を入れるのをレインは確かに見た。
「うふふ、いいわね。こうでなくっちゃね♪ さぁ、遊びましょう。
 燃えて尽きるまで! 熱く!」
 オルタンシアがぽんと手を叩いたのに合わせ、ユニコーンが駆けだした。
 戦場に咲き乱れる紫陽花が燃え上がり、黒き太陽はその内側に籠められた呪いを垂れ流す。
「乙女の肌になにするのよ!」
 京はわずかに飛び散った呪いを振り払い、一気にギアを上げていく。
 燃え上がる熱のままに、お返しとばかりに自ら太陽めがけて飛び込んだ。
 薙ぐように撃ちだした脚を叩きつければ、まるでボールのようにそれを遠くめがけて吹き飛ばす。
「意外と軽いのね。ウォーミングアップにはちょうどいいわ!」
 腰を落として飛び出す準備を整えれば、太陽から矢のように炎が飛んできた。
「……今度こそ、あなたにいいようにはさせないわ」
 オルタンシアへ宣言するようにして言えば、愛らしく微笑まれた。
 ユニコーンを見据え、太陽の子は祈りを紡ぐ。
 それは煌々と輝く黒太陽とユニコーンを呑み込んでいった。優しくも激しい陽の輝きは昏き光を吹き飛ばすように戦場を照らしだす。
 その暖かなる祝福はオデットに敵対する者達を焼き、その運命を不吉なるものへ変質させていく。
「あは♪ 妖精さん、面白い力を使うのね。眩しくて、とっても羨ましいわ」
 面白いものでも見たようにオルタンシアが笑っている。
 黒太陽もオルタンシアの力であるのなら、親近感でも覚えられたのだろうか。
「必殺付きだから……キミはもう動けない……そこで寝てて……」
 レインはベルナデッタへと肉薄する。その手には桜色の剣が一振り。
「――この身体は、寝ることなんてありませんよ」
「お母さん、の姿をした人……」
 フラヴィアが剣をとる。
「フラヴィア……?」
 レインは少女の声に少し顔を上げた。
「……レインさん、手伝ってくれますか?」
 黒剣を手に、真剣な瞳を向ける少女にレインは頷いて剣を振りぬいた。
 神さえも滅ぼす魔剣の術式は滅びの結晶へと優しい終わりを与えるべく振り下ろされた。
 真っすぐに放たれた斬撃は鮮やかにベルナデッタの身体を斬り裂いた。
「――さようなら……あまり、お話しできなかったけど。
 お母さんの剣を、見せてくれて――ありがとうございます
 続くままに少女の剣が、静かにベルナデッタを斬り裂いて、その身体は泥のようになって消えた。

●伽藍の果てに刃を届け
 閃光が戦場を迸る。
 超出力のビーム砲撃は受ければ滂沱の傷を刻むはずのもの。
「ふふ、すごいわね。もう片付けたの?」
 それを受け止めたオルタンシアが感心したように笑った。
「今度は逃さない。貴女はここで確実に止める!」
 ムサシは、ビームソードへ化した警棒と炎の剣を手にオルタンシアめがけて飛び込んだ。
 一歩、前に出る。
 相手をへし切ってみせると、覚悟を載せて。
「元気ねえ……」
「フラヴィアさんを攫わせてしまったこと。
 その責任をユーフォニーに感じさせてしまったことは……俺の責任だ。
 だからこそ……ここで仕留める!」
「あらあら、随分と熱いのね……もしかして怒ってるの?」
 くすくすと、未だに余裕そうなオルタンシアは笑っている。
「怒ってるか? 勿論。
 ユーフォニーを悲しませた貴女にも、力及ばなかった自分自身にも怒ってるとも!」
「あはっ♪ 傲慢ね……いいわ、そういう傲慢さなら、男のものでも好きよ」
 楽しそうにオルタンシアが笑う。
「いつまでも、笑っていられると思うな!」
「あはっ♪ 素敵ね。本当に素敵」
 楽しそうに笑っている魔女はユーフォニーに視線を向けてくる。
 燻る怒りを世界に映して、ユーフォニーは術式を作り出す。
「本気で、ここで私を殺すつもりなのかしら? 貴女って意外と傲慢なのね」
「……それでもいい。貴女に刃を届かせてみせる! みんなと、必ず!」
「あはっ♪ 貴女みたいな子、大好きよ」
「……私は――私は、貴女が許せません!」
「ふふ、私ったら、意外と好きな子に嫌われるタイプだったのかしら?」
 余裕ありげにオルタンシアが首を傾げてみせる。
 放たれた光撃はオルタンシアの身体に触れる前に勢いを失った。
「オルタンシアさん、ごめんなさい」
「はぁい? 何かしら、坊や」
 セシルは真っすぐに、オルタンシアへと剣を向けた。
「……僕はあなたの事が許せません」
「それはどうしてかしら?」
 首を傾げるオルタンシアをみて、セシルは剣を握る手にさらに力がこもっていく。
「……あなたにはすごく強い信念があって、それを成し遂げたいと思って。
 それで、こんな風に行動してきたのかもしれません。
 でも、フラヴィアちゃんをさらって傷つけたのは許せないです……」
「あはっ、何を言うかと思えば。可愛らしい顔をして、可愛らしいことをいうのね」
 そう言ったオルタンシアはどこか悪戯っぽく笑みを作る。
 雄はその攻撃の多くを殺されながら、それでもしがみつくように食らいつくように剣を振るっていた。
「しつこいわねぇ……嫌われるわよ?」
 不思議そうに首を傾げながら、オルタンシアがそう声をかけてくる。
「そりゃこっちは必死なんでね。
 傲慢の魔種様よぉ、なんせ俺は呼び声なんてとんと縁がないぐらいだからよ。
 チートみたいな強さなんてねぇからな」
 聖光を纏う刀は眩く煌き、全霊の力を叩きこむ。
「あはっ♪ 反転なんて、そんないいものでもないけれどね」
 そう言って目を細めたオルタンシアの瞳は何か暗い闇のようなものが覗いているようにも見えた。
「……オルタンシアさんは反転をそれほど好意的に思ってないんですか?」
 トールはオルタンシアの黒い炎を打ち払い、ふと問いかけた。
 そのまま流れるようにトールは剣を振るう。
 斬撃が緩やかに透き通るように駆け抜ける。
 寂静の剣はAURORAの施行補助とフィードバックを為しに撃つ剣。
 謂わばトールの歩んできた道の全てを尽くす直感の剣。
 翻弄する剣先はオルタンシアの身体に痺れを残す。
「そりゃあそうでしょうよ。
 こっちがある程度納得して死のうとしてたのに生き延びさせられたんだもの。
 おかげで見なくてもいいものを見る羽目にもなったのよ?」
 オルタンシアがさも不思議そうに言って肩をすくめた。
「唯一良かったことなんて、あの子を助けることができたことぐらいね」
 そう言ったオルタンシアの目はどこか優しかった。
(エリーズさんのこと……でしょうか)
「太陽っていうのは、温かいものなのよ」
 オデットは一気にオルタンシアへと肉薄していた。
「あなたの黒い太陽は、全部を呪ってるもの。まるで違うわ」
 その手には小さな太陽があった。
 優しく温かい祝福の光であり、全てを枯らす頂の輝き。
 それは戦場に輝いていた黒い太陽とはまるで違う優しい光。
「あは♪」
 柔らかな笑みを呑み込むように、陽光の恵みをオルタンシアへと叩き込んだ。
(湧きたてカルマブラッド! ここからなら狙える!)
 サイズはオルタンシアの背後をとっていた。
 本体たるカルマブラッドに揺蕩う鮮血の輝きはその身に宿る全霊の闘気。
 妖精の血を吸った呪われた鎌は、鮮やかな血色の輝きを敢えて淡く輝かせている。
 振りぬいた斬撃は燃え上がる炎のような痛みを与えるべき斬撃。
 美しき軌跡は斬り開かれた者さえも魅了するべき一閃。


 静謐だった礼拝堂は戦闘の余波で幾つも砕け、壊れ果てている。
「じゃ、宣言通り。足跡つけてやっから、そこ動くんじゃねーわよ?」
 京はまっすぐにオルタンシアとの射線をとった。
 姿勢を整え、鼓動は熱く。
「イグニッション!」
 全筋力を乗せたスタートダッシュ。
 足元の床が爆裂を引き起こす。
 文字通りかっとぶままにオルタンシアめがけて飛び込んだ。
「あはっ♪ 面白い技ね、私もしてみようかしら?」
「笑ってられるのもいまのうちよ!」
 浮き飛ぶままに撃ちだした膝がオルタンシアの十字架に炸裂すれば、京はそのまま反対の足を薙いだ。
 命を刈る形をした蹴撃がオルタンシアに吸い込まれていく。
「オレも負けてられないね!」
 そこへと続くはイグナートだった。
 懐へと潜り込むまま、既に一の手は放たれた。
 栄光を掴む拳は魔女の炎に絡め取られて勢いを殺されていく。
 二のうちいらずとは行かぬが、それでこそという思いはあった。
 気功を巡らせ黒腕にそれらを纏えば、勇気と覚悟を乗せた熱はその手にある。
 峻厳の拳は空気を打ち破り、うねりを上げて拳圧を刃にオルタンシアへとたたきつける。
 壮絶極まる一打は確かにオルタンシアの守りを削っている。
「……あんなにボロボロになるまで、何をしたんですか!」
 セシルは剣を振るうままにオルタンシアへと問うた。
「何って……剣の特訓だけれど……ねえ、フラヴィア?」
 不思議そうに首を傾げたオルタンシアがフラヴィアを見る。
 フラヴィアが小さくうなずくのが見えた。
「剣の特訓? その為にさらったんですか? そんなことのために、攫ったんですか?
 その間僕がどれだけ悲しくて悔しかったと思ってるんですか!
 フラヴィアちゃんがどれだけ心細かったと思ってるんですか!」
「あはっ♪ いいわね、可愛らしい割に傲慢な発想ね」
 可愛らしい笑顔を浮かべて、オルタンシアが首を傾げる。
「……なんですか」
「だってそうでしょう。
『僕がどれだけ悲しくて悔しかったと思ってるんですか!
 フラヴィアちゃんがどれだけ心細かったと思ってるんですか!』って。
 その子が心細いのより、自分が悲しい方が、悔しい方が優先されてるのよ。
 それが傲慢じゃなくて何かしら? ふふ」
 それは挑発だ。目の前の魔種が向けてくる悪意に、セシルは息を呑んだ。
 次の句が、刹那の内に出なかった。
「――とにかく、もう、絶対にフラヴィアちゃんは渡しません! 皆で一緒に帰るんだ!」
「あはっ♪ ぞくぞくするわね、中身あるの悪意ってのは」
 魔女が笑っていた。
「二天一流――宙の技」
 胸の熱を、力に変えて、ムサシは剣を構えなおす。
「焔閃抜刀――剛!!」
 黒炎を薙ぎ払い、踏み込み大上段より振り下ろした。
 双剣は赤く、厚く燃え盛り、覚悟の炎となって笑う魔女を斬り伏せるべく打ち下ろされる。
「攻め手は緩んでるのに、守りは健在……もしかして」
 世界が歪むような感覚と共に、ユーフォニーの瞳は炎を見た。
 揺らめく黒い炎はオルタンシアの形をしていた。
 握りつぶすように、持てる全て注ぎ込んだ魔力砲撃が戦場を一掃する。
 万華鏡の如き燐光が戦場を割ったかのように輝いていた。
「――あはっ」
 その笑い声は、初めて焦りを滲ませていた。
 十字架を盾のように構え明確な防御姿勢をとったオルタンシアの身体を、光が呑み込んだ。
 雄はオルタンシアのいるだろう場所へと愛剣を振り下ろす。
 確かな手ごたえが愛剣を通じて伝わるころ、光の向こう側からオルタンシアの姿が見えてくる。
「お兄さんも元気ね……さっきの光、もうパンドラの加護だって使ったんじゃない?」
 十字架を向けてそれを受け止めたオルタンシアは不思議そうに笑ってみせていた。
「あぁ、そのパンドラ削ってしつこく纏わりつくのが精々。
 でもやる事はやるさ。てめぇら俺ごとやるつもりで全力でぶちこめ! こいつはここで倒す!」
「あはっ♪ 元気なことね」
 しがみつくように視線を合わせれば、オルタンシアは視線を交えて楽しそうに笑った。
「――それじゃあ、その勇気に免じてあげましょう」
 柔らかく、愛らしく、オルタンシアが笑い――黒い炎が十字架を包み込んだ。
 かと思えば、彼女は驚いた様子を見せる。
「何する気だ……!」
「ふふ、慌てないで、お兄さん」
 ウインクを一つ、オルタンシアはそのまま何かを口ずさんだ。
(思っていたよりも動ける、この調子なら――!)
 トールはAURORAの出力を高めていく。
 思考は明瞭に目の前に立つ魔種の姿だけを捉え、トールは剣を振るう。
 無我の極地、敵の動きが手に取るように見えた。
 全霊でふる撃った斬撃はオルタンシアの動きに合わせて動く。
 まるで透けたように、無我の剣は確かにオルタンシアを斬り裂いた。
「――あはっ、そういえば痛みってこういう物だったわね!」
 どこか楽しそうな声がトールの耳を打った。
 致命傷と呼ぶにはかすり傷だ。
 それでも彼女の体に傷を入れたのは確かだった。
「久しぶりに、痛みを思い出せたわ」
 体勢を崩せはしなかったが、体の動きは確かに鈍っているように見える。
「あぁ、それから――おめでとう、万華鏡の子……ユーフォニー? 貴女の一撃、ちゃんと届いたわ。
 本当のところ、貴女みたいに『本気で私に感情を向けてくる相手』になら殺されてあげてもいいのだけれど」
 そう言って笑うオルタンシアが構える十字架には確かに新しい傷が増えている。
「逃がしません――逃がすわけに、いかないんです!」
 死力を尽くして、残る力を束ねる。
「ふふふ、死力は残しておきなさいな。だって役者は揃ってないもの。
 あの子たちが生きて出てこれるのか知らないけど……そうでしょう?」
 また会いましょう、と。そう言い残した刹那、戦場を黒い炎が吹き飛ばす。
 煽られ、吹き飛ばされたユーフォニーが、イレギュラーズが顔を上げた時、礼拝堂の奥に向けて風穴が開いていた。


 イレギュラーズはまだ風穴を開いた礼拝堂の中にいた。
「魔剣の使い方……こういうのはキアイで何とかするのがゼシュテル式なんだけど……フラヴィア何とかならない?」
「……ごめんなさい」
 イグナートが声をかけてみると、フラヴィアはしょんぼりとした様子で首を振った。
「ムリならそもそも魔剣に何かしなきゃならないのかな?
 実はこの黒い刀身、第二の鞘だったりしない? ちょっと割れない?」
 軽く叩いてみても、ただ金属特有の硬さが返ってくるばかり。
「……ひと先ず無事で良かったわ。フラヴィア……これはあなたが持ってなさい」
 オデットは握り締めていた小さな宝石のようなものをフラヴィアの手に握りこませた。
「……これは?」
「わからないわ。でも、きっとそれがあなたを助けてくれるはずよ」
 不思議そうに眼を瞬かせる少女へと微笑んで答えた――その時だった。
 優しい光が黒い宝石から放たれる。
 弱弱しい小さな光はたったそれだけで潰えてしまったが。
「……今の」
 それはどこか、幾度も感じたことのあるもののように思えた。
(……まさか)
 オデットはフラヴィアの方を見た。
 きょとんとしている少女は気付いていないのだろう。
(まさかパンドラの輝き……?)
 それはまさしく天啓だった。
「……そういえば、『聖女フラヴィア』は、イレギュラーズだったって話よね?」
 小さく呟き、オデットは不思議そうにしているフラヴィアから宝石に目を移す。
「これがパンドラの収集器だとしたら……」
 今のはオデットとフラヴィアが一緒に手を取ったから発生したのだとすれば、あくまでオデットが生み出した分だろう。
「じゃあ魔剣が使える条件は『イレギュラーズであること』? そんなまさか」
 サイズはその言葉を聞いて思わずそう呟いていた。
「でも……たしかにそれならペレグリーノ家の人々にとって鈍らにしかならなかったのは分かります。
 何より、パンドラを力に変える……『命を削る剣』と言い換えれば『持ち主にも相応の被害をもたらす』という意味での『魔剣』の表現も間違ってないですよ」
 そうサイズは続けるものだ。
「フラヴィアちゃん……本当にもう大丈夫?」
 セシルはフラヴィアの隣に立っていた。
「うん……大丈夫だよ、セシル君のおかげで身体の傷も問題ないから。
 ありがとう、本当に……助けて、くれて……」
 小さく、フラヴィアが声を震わせた。
「当然だよ、友達だから……!」
「……うん」
 フラヴィアが少しだけ表情を緩めて微笑んだ。
「このままここにいたら拙いかも……」
 そう呟いたのはレインである。
 ここはなぜか原罪の呼び声が薄い気もするが、それでも嫌な気配に包まれている。
 イレギュラーズであればともかく、フラヴィアはそうもいくまい。
「……次があるのなら……その時も私を連れて行ってください」
「フラヴィア……? でも、原罪の呼び声もあるし……」
 レインがそう宥めるように言えば、フラヴィアが「それでも」と小さく呟いた。
「原罪の呼び声があるのなら、皆さんの傍にいた方が安全だと思うんです。
 それに……私が、あの人に文句の1つでも言ってやらないと気がすみません」
 静か視線をあげた少女の答えは説得しても無意味のような気がして、レインは口を噤み。
「あっはっはっ、いい度胸ね。それぐらい元気なら大丈夫ね。
 良いんじゃない? 自分で一発入れてあげなさい。
 実際、私らと一緒にいた方が安全でしょ」
 フラヴィアの言葉を聞いた京はそう笑って答えるものだ。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

この度は大幅な遅れ、大変お待たせしてしまい申し訳ありません。
お疲れさまでした、イレギュラーズ。

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