シナリオ詳細
<泡渦カタラータ>古都ウェルテクス
オープニング
●
書物を辿る指先は何時だって正直だった。
海洋――ネオ・フロンティア海洋王国の内海には昔、海種達が作り出した都が存在しているのだと。
「とと様、かか様、ちぇねれんとら、そこに行ってみたいわ」
蝶よ花よと育てられた人間種の貴族の娘。整えられた栗色の瞳に、丸い瞳の賢い少女。
くすくすと笑った両親は何時かいけるといいね、と彼女に告げた。
海の中は仄暗く小さな少女には難しいと言った父親に大仰に拗ねた事を娘はよく覚えている。
――トラ。
海は深い。こんな所、来るはずじゃなかったのに。
チェ――トラ。
言ってみたいといったけれど一人ではなかったのよ。そう、一人で来るはずでは。
「チェネレントラ」
朽ちた玉座に腰かけて首を傾げていた桃色の髪の少女――ルクレツィアはどこか拗ねた様に唇を尖らせた。
「上の空なんて詰まらなくてよ。オニーサマからアナタの様子でも見てらっしゃいと言われたから来たのに」
「ごめんなさい、ごめんなさいねェ、『オーナー』。つい転寝していたの」
天鵞絨の衣に身を包み、硬質的な鋼の翼を折りたたんでいたルクレツィアはふうんと小さく呟いた。
大いなる七罪の象徴。白花を頭に飾り、蠱惑的な笑みを浮かべるチェネレントラにとっての『偉大なるお母様』。
彼女の強い呼声がサーカスを作り上げ『色欲』にその色彩(すべて)を染め上げて言ったのだ。敬愛なる、愛しのルクレツィア。彼女の機嫌を損ねたかしらとチェネレントラは唇をきゅ、と噤む。
「ねえ、ここ素敵でしてよ。ここ――こんな所あったのね。アルバニアにあげるなんて勿体ないったら」
「『オーナー』に先に見て貰いたかったのよォ。折角、チェネレントラが見つけた遊び場だもの」
朽ちた玉座を撫で、天蓋付きの襤褸のベッドに向かって歩み出すルクレツィアはくすくすと笑う。
「ここでアナタ、死んでしまうの?」
「キモチよくなって死ぬの」
「ああ、それってどれ程気持ちよいのかしら。男も女もすべてごちゃ混ぜになって、脳髄すらイイコトに満たされるんですのね」
――ねえ、チェネレントラ。それまで暫く踊ってましょうよ。
●
囂々と音立てる大渦。その中でまるで時を止めた様に眠る古都ウェルテクスは存在していた。
幻想楽団『シルク・ド・マントゥール』を討伐した際に逃げた一人の女。開いた瞳孔に躰中に絡まった絲が傀儡の様に彼女の姿をそう見せる。骸を繰る道化師は『乙女のリベンジ』が為に、この都へと逃げ果せた。
何故って?
――行ってみたかったからじゃいけないのかしら。
どうしてって?
――『気持ちがイイコト』ばっかりで殺されるのってそんなに我儘かしら。
脳髄にまで溢れた快楽。分泌するのはイイコト尽くめ。誰も彼もが死んでいく中、誰にも愛されないで死んでいくなんて我慢ならないと自由を謳歌することなく彼女は業と『特異運命座標』を誘い込む様に大渦をその場所に作り上げた。
だからこそ、チェネレントラは特異運命座標が此処の場所に乗り込んでくることが楽しみだった。
愛(ころ)されるのだから。
愛(ころ)しに来てくれるのだから。
生きている限り自分は欲求の儘素直に生きるとチェネレントラは知っていた。
正義の味方だと彼らが己を鼓舞するならば生かしては置けない存在なのは確かな筈で。
傭兵だと己たちを位置づけるならば『魔種は倒すべし』という国家の任を否定はできない。
「渦の中にまで態々オマエを殺しに来るんだとよ……妬ましいぜ。
わざわざ『オマエが仕掛けた海中戦の為だけに国家を股にかけて準備してくれた』んだとよ」
毒吐いたヴィマルにチェネレントラの唇はにぃ、と釣りあがった。
「遊んでくれるのは嬉しいけれど、男の嫉妬は醜いわァ」
「言ってろよ」
吐き出した毒は彼らしいもので。己たちは欲求に支配される獣だ。
彼はアルバニアの――『七罪』とされる御伽噺で尤も欲求に素直な彼の――影響を受けているのだから。
くすくすと笑ってチェネレントラは言う。
この深い水底。ルクレツィアが帰ってしまったこの場所で彼らはどんな死闘を見せつけてくれるのかしら、と。
●
深い海に情愛を。海には縁深い種族たる『パサジールルメスの少女』リヴィエール・ルメス(p3n000038)は先ずはと特異運命座標を気遣う様に頭を下げた。
「練達での『支援要請』有難うっした。無事に佐伯氏より『海中戦闘用スーツ・ナウス』と名付けられた水中戦闘用スーツを借り受けることができたっす。
これを着用すれば海種でなくとも海中戦闘を難なく行えるっすよ」
勿論、海に長ける海種の方がそれなりに戦闘慣れはしているだろうとはリヴィエールは言う。
サマーフェスティバル等で交流した海洋の女王イザベラやソルベ・ジェラート・コンテュール郷より大渦への対応要請を受けている中、チェネレントラが動いたのだという。
「どうやら、チェネレントラは準備が整ったとサーカスの『オーナー』に報告したようっす。
要するに、アタシたち特異運命座標を海の底に沈んでいる古都に誘い込もうとしてるってことっすね」
それ故に海上、海中には魔種の姿が見られ、周辺に妖異の姿も多数報告されている。
放置すれば、被害が拡散されることは目に見えているのだとリヴィエールは表情を曇らせた。
「アタシが分かっているのは、古都にチェネレントラが誘い込まんとして居ること。
彼女と、ヴィマルが古都の奥深く――一等大きな屋敷の中で待ち構えて居ること。
ただし、其処に行くまでに屍骸の群れがミンナを襲わんとしていること」
彼女たちの手厚い歓迎を受けながら古都を調査し、生きて戻ってくることが此度の依頼の内容となる。
ローレットに届いたというチェネレントラからの『招待状』には海洋王国の海種を人質として古都に捉えて居ることが記されている。人質が存在している以上、海洋側もより強い対処と救援を要請してくるだろう。
「人質の位置については地図が……信用していいかは、アタシには分かりません。
敵の本拠に乗り込むんっすよ。決して『無傷じゃすまない』と思ってください。
最悪……いえ、アタシはそういうことは口にしないって決めてるんで、ミンナを信じることしかできないっすけど」
どうか、生きて戻ってきて欲しい。チェネレントラはきっと、皆の来訪を楽しみにして居ることだろうから。
- <泡渦カタラータ>古都ウェルテクス完了
- GM名夏あかね
- 種別EX
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2018年10月23日 22時10分
- 参加人数10/10人
- 相談5日
- 参加費150RC
参加者 : 10 人
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参加者一覧(10人)
リプレイ
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ねえ、チェネレントラ、貴女ってどうしようもなく、どうしようもないのね。
海は深い。天鵞絨を纏った乙女が与えてくれた復讐劇<リベンジ>――楽しまずして何とするべきか。
玉座に凭れ掛かった儘、襤褸のドレスを身に纏った『道化師』はふあ、と小さく欠伸をする。
「来るかしら」
「『来るかしら』じゃなくて『呼んだ』んだろうが」
毒吐いた青年の声にくすくすと笑った少女は丸い瞳を向ける。僅かに眉を釣り上げて「お前はどうしてそんなとこに居ンだよ」と貶す様な声音で告げる『スカベンジャー』ヴィマルに人魚の尾鰭を揺らしたアリアディアは首をこてりと傾げた。
「ずっといた」
「気づいてなかっただけじゃないのォ」
乙女たちの遊戯に付き合うのは疲れてしまう。
然し、この場所を好き勝手させるなんて、全く愉快じゃない。不愉快だ、嫉妬(アルバニア)の気配さえ感じさせるのだから。
「羨ましい。生きるって幸せそうだもん。泥みたいに死んでしまった僕らにとっても妬ましい」
丸い瞳をじいと向けたアリアディアは「君は僕らを拾い集めてくれるから良い人だって知ってるよ」とずるずると玉座の間を這うように移動した。
「どこに行くんだ」
「お客様をお迎えに」
――僕らは『彼ら』をお出迎えしなくてはいけない。
尤も、彼らは『僕ら』をあまりよく思ってないだろうけれど。
●
囂々。
音立て踊る大渦は何処まで続くか――深海への道筋は乙女の復讐劇が為。
古都ウェルテクスと口にして『運を味方に』シフォリィ・シリア・アルテロンド(p3p000174)は未だ見ぬ海中の世界に想いを馳せる。
海洋より遥か離れた練達。その場所で作成された『海中戦闘用スーツ・ナウス』。水中戦闘用スーツは海種でなくとも呼吸を万全にするものだ。肌にフィットする事で難なく動けるというのは海中での戦いを有利にすることだろうと練達の科学者たる『佐伯・操』はそう言っていた。
「古都か……ゆっくり探索してみたいが、今回は人質の救出と魔種たちの確認が優先だな」
ふむ、と小さく呟いて。『優心の恩寵』ポテト チップ(p3p000294)は此度のオーダーを確認するように言葉を繋げた。
海中の古都――その場所が見果てぬものであろうとも、此度のオーダーは『古都に囚われた海種』を助けるというものだ。助力を乞うてきた女王イザベラや貴族派筆頭のコンテュール卿の事を考えれば、このオーダーを果すことで海洋とローレットの関係性をさらに深める事が出来るだろうという事も踏んでいた。
「さあて、久々の大仕事だ。気合い入れていくかな」
うん、と一つ伸びをして。『ボクサー崩れ』郷田 貴道(p3p000401)は拳を打ち合わせる。栄光はその手の内にあるのだと彼の剛拳は語る。
囂々。
囂々――その音を聞きながら『世界の広さを識る者』イシュトカ=オリフィチエ(p3p001275)は手にした地図を見下ろした。
魔種たちが用意したという『信頼できない地図』。果たしてそれを信用すべきであるか、イシュトカは頭から信じるべきものでないのが明白であるのは理解している。楽しむ暇もない一方的な勝利を導く物でも恐らくなくこれが彼女たちのゲームなのであろうという事は理解していた。
「地図……どこまで信じていいんでしょうね?」
方位磁石を手に、昏い海の中から顔を出した『蒼海守護』ココロ=Bliss=Solitude(p3p000323)。
海の色をした瞳はしっかりと眼前を見据えている。いつから、どこから、ずっと海の中に居た気がすると一本線の通った信念のもと、この海を守るために彼女は行こうと告げた。
「しっかし……チェネレントラ――死んだ奴の安息を奪い、いいように使い捨てるクソ女が。虫唾が走るぜ」
苛立った様に『山賊』グドルフ・ボイデル(p3p000694)は毒吐いた。ちら、と見遣るポテトとシフォリィに頷いてグドルフは「分かってる」と静かに言う。
「今回の仕事はあくまで調査。再戦(リベンジ)はまた次回だ。山賊は海に来ねえと思ったら大間違いだぜ!」
ナウスを装着して、渦の中へと飛び込む彼に続き『闇之雲』武器商人(p3p001107)は深く深く潜ってゆく。
海と言えば青――しかし、それを楽しむことも出来ないほどの濁流はすぐ様に特異運命座標を飲み込んでいく。
「……死の気配が濃いね。ただ人が死に絶えただけじゃこうはならない」
その言葉に、表情を僅かに歪めた貴道は「そんでも救出する必要があるんだろ?」と頬を掻いた。
力に自信はあるが、『そう言った事』には向いていないんだとぼやいた彼は足元に見えた朽ちた都市を目にしてほうと息をつく。
「……圧巻だな」
「まさにね。いつかのシンデレラからの招待状を貰えるなんて……」
ココロが『チェネレントラの地図』は彼女からの招待状だと称したのと同じように。
『灰燼』グレイ=アッシュ(p3p000901)もこの大渦を招待状だと認識していた。チェネレントラ、詳しくは彼女の事を知らないが、魔種であることは兎も角しても彼女自身の事をグレイは嫌いではなかった。
魔種とは自らの欲求に素直なものが多い。チェネレントラとて、その類には漏れない。
その生き方と言えばなんのしがらみに囚われない――そう思えば、素敵だとグレイは目を伏せる。
「いま手ずから愛(ころ)してあげられそうにないのが残念だけど……まぁ、仕事が優先だ。人質の命も懸かっているからね」
「うむうむ。美少女的に考えて敵陣で踊れとは最高の催しよ。どれ、舞踏会の主の顔を拝みに参ろうか」
グレイの傍をするりと離れた鮫は『白百合清楚殺戮拳』咲花・百合子(p3p001385)の傍らに。百合子はグレイへと「吾の蛇ちゃんなのである」とファミリアーを差し出した。
互いのファミリアーを交換したのは人質を救出する面々とチェネレントラの所在を確認する面々に分かれるからだ。
「ええ、舞踏会となれば、舞姫としては一緒にワルツを踊って差し上げたいものですが――」
『月影の舞姫』津久見・弥恵(p3p005208)は自身に課せられた責務を思う様に目を伏せる。
「人命がかかっている……そして、往くべき場所がどのような場所か。
それが『不透明』であればあるほどに、我々は危機に晒されるのです。役目をはたして、きっちり生きて帰りましょう」
各班に別れて行動する前に――危機を十分に感じながらこれからを思って。弥恵が静かに告げた言葉に皆が頷く。
渦の中、穏やかな世界とは掛け離れた死地を目の前に十人の特異運命座標はゆっくりと古代の都市へと足を踏み入れたのだった。
●
調査を架ね、人質の場所へと全員で向かわんとする特異運命座標。
温度視覚で周囲を確認しながらも、海中では都市に踏み入れた間隔そのものが違うのだとシフォリィは小さく息をつく。
「中々……探索一つでも難しいですね」
――。
人質や魔種の事を問い掛けていたポテトは「わかった、ありがとう」と小さく頷く。この場所に訪れた自分たち以外の人間を知らないかと問い掛ければ、海の精霊たちは『ここにはたくさんいる』と答えたのだそうだ。
「沢山いるというのは古代都市に元々居た人々の事かな?」
「そうだろうよ。死者の安寧を奪って弄んでるクソ女が此処で遊んでやがるんだからな」
苛立ったようにぼやくゲオルグにポテトは頬を掻く。確かに、彼の云う通りの存在がこの周辺で遊んでいる。
方位磁石を元に動くココロはずるりと現れる屍骸たちから息を潜め、事なきを得んと仲間達へと視線を送る。
「都市の中にも死骸がぞろぞろ……元の住民ってやつかね?」
貴道の言葉にシフォリィが「おそらくは」と静かに告げた。聞き耳で歩く音が聞こえると息を潜める貴道にシフォリィは呼吸を止めた様に唇を噤む。
「――行ったか!」
貴道の声にゆるく頷くグレイ。土地勘を付けたいと目印になりそうな民家や施設を見遣る彼の傍らでココロが瞬間記憶を使用してその文化圏を探る。
「ついでに色々拾って置こうと思ったけど、どうやらここは海種達の都市で間違いなさそうだね」
褪せてはいるがまだ判別の利くアルバムや貝殻で出来た髪飾りなど、都市には様々なものがある。
地図の解読を行っているイシュトカはあからさまになように誘い込まんとするぐるぐるとしたマークを見遣り書面で腹芸をする人がいるからね、と小さく笑った。
「取引の『裏を読む』事が必要だが、彼女にとってはこれはゲーム。それから――」
「ふむ、それから『こちらに情報を与えてフェアに遊びたい』とでも思っているのか?」
百合子はイシュトカの言葉を繋げる。ゆるゆると頷くイシュトカは「おそらくは」と静かに告げた。
「チェネレントラにとって、この都市での戦闘が『リベンジ』と呼ぶならば、誘い込まれた我々が一方的に嬲られて終わりだが、どうやら『遊びたい』のも確かなように見える」
記述を辿れば、子供の様に宝箱のマークや『注目』と丸い文字が書いてある。
それは彼女自身の性質か――それとも『チェネレントラ』という乙女が『そうであった時の姿』なのか定かではない。
「……それにしても、この地図は幼い子供が描いたようにみえるね」
「ああ、チェネレントラが用意したとは言っていたが……幼い子供が戯れに描いた宝の地図にも見える」
海の底に眠っている都市。それを夢想して描いたかのような――
イシュトカは「なんにせよ、ルールを明確にさせるためにこの都市の探索を勧めさせ、そのお宝として……」
ゆっくりと扉を開く。その扉の向こう、拘束された海種の少女が涙を浮かべ、じいと特異運命座標を見遣っていた。
「『彼女』達が配置されているという訳か」
イシュトカはくるりと振り返る。それは全員が同じだ。扉を開けば屍骸たちが一斉にわらわらと姿を現す。
バッファーとして補給を行うイシュトカに僅かに頷いて、戦闘の布陣に広がった特異運命座標のこれからの行動は明らかだ。
先ずはイシュトカ達がチェネレントラとヴィマルの所在を確認しに行く。それとは別に見つけた人質を確保しながら、全ての人質を救出していく必要がある。
「灰のコと樹精のコはそのコの事も頼んだよ」
地面を踏み締め、屍骸を攻撃する武器商人はたん、たん、と軽やかに宙を舞う様に攻撃を重ねていく。
謳い、その声を年に反響させることで大まかな地形を把握戦としていた弥恵が息を飲む。現れる死骸を人質がいないことを確認した屋内へと閉じ込める動きをしていたゲオルグが露払いを行っている隙に、全員で周囲の数を減らしてゆく。
「地図は全面的に信頼できないが……それでもアテにして動くことはできそうだ」
イシュトカの言葉にこくり、と頷いて死者たちを掻い潜り別動隊は先ずはとチェネレントラとヴィマルの探索へ。
武器商人は大渦を発生させている魔術がこの都市に存在する巨大な屋敷にある装置であろうと状況より分析を進めていた。
それを裏付ける様に渦は屋敷の上空と呼べるあたりから発生している。
「成程ね、最終的にはあそこに来るように誘っているのか」
チェネレントラがいるであろうと考えられる屋敷。巨大な屋敷ではあるが、その形状は古びた『城』と呼んでも良い。
それを見遣り、探知スキルを使用して人質を探す武器商人は死霊魔術が得意である自身の性質上、この場所は嫌いではないと小さく笑った。
「ストップ」
グレイの言葉に足を止めたのはグドルフ。前衛にて待ち伏せや罠を気を付けながら動いていた彼は近くにアリアディアがいるのだろうと認識し、息を潜める。
シフォリィは顔を上げる。人質は残るは二人。物音より逃げる様に姿を隠すその動きの中で彼女が気付いたのはヴィマルとチェネレントラとアリアディアが明らかに違う動きを見せているという事だった。
「……アリアディアは此方を狙っているようですね……?」
「ああ、彼女は『逃がす気』がないんだろうな」
シフォリィとグレイが探知する。その中で、人質の安全を優先しながら進むポテトは、ど、ど、と鼓動が嫌な音を立てることに気付いた。
足音が遠ざかる。その気配を感じながらも人質を探す特異運命座標達は探索を進めていく。
とにかく全員生存を目指したいという彼らの動きは半分ずつに分かれた事もあり、慎重を極めている。班分けをしたことで都市内の探索は進むが、人質10名と共に動くには何分、不利益も大きくなるだろう。
近づくアリアディアの気配をひしひしと感じながら、最後の人質がいるであろう場所を探し当てたポテトの表情は僅かに昏い。
「……家の奥――行き止まりだな」
「罠か?」
グドルフの確かめる言葉にポテトはゆるゆると頷いた。武器商人も「恐らくは、其処に押し込んで此方と戦いたいんだろね」と静かに告げる。
出来る限りアリアディアが離れている内に――その気配が霞んでいるうちにと進めど、人質の管理を行っている彼女は『その場所』に向かっているだろうとすぐに気づくだろう。
感情探知を行いながら、アリアディアの動向を見詰めていたグレイが「まずい」と焦った様に声を上げた。
そうだ、チェネレントラは遊んでいたのだ。
彼女達とて探査を行わぬわけでもなく、ここは敵地だ――ヴィマルは死骸拾いに特化している。こちらの行動を探査するように動いていたとしたとて何ら不思議ではない。
死骸に囲まれ、人質を庇わんと動くグレイの傍らで武器商人は記憶媒体を容れ物に仕舞いながら肩を竦めた。
「屍骸の群れに紛れて一人の女がお目見え、ね」
ずるりと陰からその姿が見える。現れる海種は霞の様に消えかける手首の先をだらりと垂らして首を傾げる。
え、とひゅぅと息を飲んだのはシフォリィ。距離を詰めんとした彼女に直感で気づいたゲオルグが山賊の斧を振り翳したまま、アリアディアの許へと飛び込む。
「嬢ちゃん達にゃ近寄らせねェぜ。山賊は海に来ねえと思ったら大間違いだぜ!」
アリアディアは海種が元となっているのだろう。海の中ではより自由に動き回らんとその動きを雄大に見せる。
撃破することは目的ではないが、ゲオルグはここで『彼女は此方を逃がさず殺しに来ている』という事を直感でひしひしと感じていた。
「寂しいのかい? 可愛いコ」
武器商人はアリアディアの動きに注意しながら人質より視線を逸らす。10人もいては、そのすべてを庇いきるのは無理だろうかと焦りを感じる彼らの合間を縫う様にアリアディアはまず一人を狙った。
「……めのまえのわたしより、『遊び道具』の方が大事なんだ」
妬ましい。生きてるだけで妬ましい。
「チェネレントラが招いた大事な舞踏会の招待客を殺しても?」
「数人減ってもきづかないでしょ。『あなたたち』がかわりになるんだから」
その瞳は笑っていない。シフォリィは防御を固め、アリアディアを受け止める。ポテトが人質の救出を中心に担い、グレイに頼んだと静かに告げて半数を先ずは出口方面へと誘導する。
その背中を狙う様に屍骸たちが一人の人質の足をぐいと掴んだ。
「あッ」
「この……!」
人質の安全を優先し、出来る限り傷を負わせぬようにとポテトが死骸を撤退させんとする。その動きを支援するように地面を深く踏み締めたゲオルグが死骸を薙ぎ倒すが、5人の特異運命座標では9人の人質全てを庇いきることは難しく――アリアディアも同時に『人質が大事にされているのが気にくわない』とでもいう様に攻撃の手を重ね続ける。
「じゃあ5人までしか殺せませんね? 数が合いませんから」
シフォリィが静かに告げた言葉にアリアディアは「そうね、そうね」と幼い子供の様に静かに告げた。己の行く手を阻む姫騎士を先ずは一人とカウントしたのか、その攻撃が重なり続ける。
死骸の群れを押しのけんとするゲオルグは、助けて、と手を伸ばす人質へと懸命にその腕を伸ばす。
届かない――そう思えど吼える様に彼は声を荒げた。
「おれにゃあ、死ねねえ理由があるんだッ! リゲルの坊主に、生かして帰してやるって約束したからな」
ポテトがきゅ、と拳を固める。帰ってくると信じている人がいるのだ。
それはきっと、この場に攫われてきた彼女達にも。
「取捨選択するなら、優先して生かすべきは未来ある若ェ奴だ。違うか?」
「ああ、けど、全員を見捨てるなんてできない……!」
ゲオルグを支援するように癒しの息吹を放ち、アリアディアを受け止め続ける。
防戦に徹する中でも、止むを得ない戦闘でアリアディアを削ることに特化した特異運命座標達は早めの合流を目指した。
気づけば逃げる姿勢になりつつある。今はこれでいい――人質の確保を優先し、次にこのオーダーは『最終的に対処すべき相手』を見定めることだ。
アリアディア自身の生死はここには関わっていない。
にがさない――
静かに憎悪を孕んだ声がする。
いきてるだけで、だれかがまっていてくれるだけで、うらやましいのに――
ぞ、と背筋を這う声がする。耳鳴りの様に響くその声音に人質たちが嫌だと首を振る。それはシフォリィとて同じだ。
「呼び声……?」
グドルフとシフォリィは人質たちの動きを見遣りそれが魔種が放つ『原罪の呼び声』であることに気付いた。
みんな、誰かに求められてるなんて、妬ましい――――
その声に「耳を貸すな」とポテトが一人の少女の肩を揺さぶった。
茫とした瞳には涙が浮かんでいる。海の上で待っている人がいる。だから、ここは逃げ延びて。
シフォリィの切っ先がアリアディアを貫く。にぃ、と笑った魔種は「にがさない」と地を這う様な声音で刺さった刃を深く深く腹へと突き刺しながらシフォリィへと近寄った。
「ねたましいわ」
きれいで、かわいくて、だれからも求められる姫騎士。
その隙をつく様にゲオルグがアリアディアへと斧を叩きこむ。赤い雫は海に溶けていく。
●
開けた玉座。置かれた椅子に座っていたチェネレントラは首をこてんと傾げる。
どうやらここには彼女一人らしい。探査班は人質の確保に走る別動隊を心配する素振りを僅かに見せるがそれを悟られてはチェネレントラの思うつぼかと百合子はあくまで快活に笑って見せる。
「一人きりか? お姫様」
「生憎ねェ~、ヴィマルちゃんはお仕事だって言うからァ……そう言えば、アリアディアちゃん――」
どうかしちゃったのねェ、と静かに告げる声音にココロは成程と頷き踵を返す。
「どこ行くのォ?」
「今、貴女が言ったから。どうせ『来る』んでしょ?」
にたり、と女の唇が僅かに釣りあがった。チェネレントラは静かに微笑み、ゆっくりと立ち上がる。
「じゃあ、どっちの合流が早いか、競争しましょォ。ああ、けど、今攻撃は無しよォ。
そんなことしちゃ『面白くない』じゃない? そんなことしちゃ『遊びにならない』じゃない?
そんなことしちゃ――今日、全員此処から返したくなくなっちゃうじゃない? チェネレントラ、いい子だから12時の鐘が鳴ったらお家に返してあげるつもりなのよォ」
信頼していいのか。そうでないのか。
饒舌な乙女の真意は計り兼ねる。だが、ここで否定してしまえば何が起こるか分からない。
苦虫を噛み潰したような顔をして貴道はゆるゆると頷いて見せた。
●
息も絶え絶えなアリアディアを背後より見遣る瞳がある。
死骸を拾いに来たという事に気付いてゲオルグはくつくつと喉を鳴らす。
「第二ラウンドってか……? この仕事が終わったら──そうだな、一杯飲みにでも行こうぜ。このメンツでよ!」
彼の言葉にポテトは「言わずともそのつもりだっただろ?」と冗談めかす。背後で怯える人質達。守らねばならないその存在が今は背中で怯えているのを直に感じる。
「大丈夫さ。あのコは我(アタシ)達に用事があるだろうからね」
武器商人がゆるりと笑う。チェネレントラやヴィマルを探査していたグループはその居場所を突き止め、此方に向かっているだろうと探知スキルをフル稼働して彼らは解っていた。
同様に、もう一つ、別の行動をしている存在がいると精霊がポテトに痛い位にアピールしている。
「チェネレントラが来ている……」
ど、ど、と鼓動が音たてる。大丈夫だと肩を叩きグドルフはこちらを見据えているヴィマルを見遣った。
「ゲハハッ、この最強の傭兵グドルフさまが簡単にくたばると思うか?」
「……くだらない」
動向を伺う様にグドルフが息を飲む。魔種の死骸を漁る魔種――嫉妬のキャリアー。恐らくその上に立つは嫉妬の七罪。
それを理解しながらもめんどくさい、羨ましい、妬ましいと、幾度も口にするヴィマルにグドルフは「どうした」と地を這う様な声音で囁いた。
「ここでやりやわねェんなら人質と俺らが尻尾巻いて逃げたとしても追ってはこないよなァ?」
「今、俺にそのメリットがないからな」
はん、と鼻を鳴らして笑ったヴィマル。その背後より、くすくすと小さく笑う声が聞こえた。
「今回のレースは其方の勝ちねェ」
壁からひょこりと顔を出して、くすくすと笑ったチェネレントラに敵愾心を露わにしたグドルフがぎらりと睨みつける。
殿を担うは探査班。先ずは人質を救出する人員による撤退作戦が行われる事となる。
ただならぬ気配に怯える人質たちをグレイと武器商人がゆるく立たせ、ポテトがケアしながらじりじりと後退する。
視線が克ち合い、グドルフはポテトとシフォリィに静かに頷いた。
「まって――にがさない」
まるで汚泥のような声音で追い立てるアリアディアを支援するでもなくチェネレントラとヴィマルは見遣る。
一方はその様子を楽し気に、一方は死した彼女にしか興味がないとでもいう様に。
乙女を前衛で受け止めた貴道がその躰を後方へと飛ばす様に拳に力を籠める。次いで、癒しを与えんとするポテトの支援を受けながら美貌を武器にした百合子が沈む地面を踏み締めた。
イシュトカの雷を受けながらアリアディアの呼び声が薄まっていることを感じココロが「逃げよう」と静かに告げる。
アリアディアを受け止めた貴道、シフォリィ、そしてゲオルグの三名は人質が無事に指し示す『出口』に向かい移動していることに気付いた。
個別行動をさせた場合、屍骸たちにひとたまりもない彼女たちを武器商人やグレイ、ポテトが撤退の視線を行い続ける。
アアッ――
叫ぶようにアリアディアが声を発する。攻撃手を中心としていた探査班は皆、ヴィマルとチェネレントラの動きに注意しながらもアリアディアの相手をし続けた。
ぱん、と手を叩く音がする。それはチェネレントラの行動だと気づき、シフォリィが顔を上げる。
「ヴィマルちゃんのお仕事ねェ」
くすくすと笑うその声音――ゆっくりとその体を浮かすアリアディアを受け止めてヴィマルは静かに『回収』した。
●
「こんばんは。今日の演目は何かしら?」
深い海の底で見つけた鈍い銀色。コーティングされた魔力をなぞりながらココロの唇がゆっくりと吊り上がる。
その声音にチェネレントラは乙女の様に目を細めて「ふふ」と静かに笑う。
「王子様がお姫様を見初める為の舞踏会――その準備と呼べばよろしくてェ?」
甘ったるい声音は鼻につく。擽る様に笑う襤褸のシンデレラは素足の儘で絨毯の上をする様に歩いた。
緊張を乗せた儘、貴道は小さく笑う。「メインディッシュはまた今度ってか?」と小さく笑う。
その言葉にチェネレントラはんーと唇を尖らせて貴道と距離を詰める。
「こういうのがお好み?」
耳障りの悪い、まるで硝子をすり合わせたかのような引っ掻く音がする。ぎぎ、と音たてた鋼の糸。チェネレントラの指先から無数に飛び出すそれを受け、貴道が「HAHAHA」と大仰に笑った。
「仕方ねえな! かかってきな!」
単独戦闘は好みだがそうは言ってられない。不用意な戦闘は避けたいが――ここで無用に引いてしまえば、救出班に何らかの手が及ぶ可能性さえある。
「戦いたいの?」
「いいや、そうでもない。戦いたい訳ではなく、あくまで私達も『お姫様の様子』を見に来たと言うだけだ。
無論、やり合いたいが耐え忍ぶのも花よの。全て整い『よし』の一言あらば、その首食いちぎって女王陛下への献上品にしてくれる」
貴道の肌を切り裂かんと伸ばされた鋼の糸。ぎりぎりと締め付ける其れを受け止めて貴道は魔種とはさも強い相手かとその強力さを知る様に肌に食い込む糸の感触を確かめる。
首振って、その手を降ろせと快活に言う百合子にチェネレントラはまた「んー」と唇を尖らせた。
幼い子供のようではないか、とイシュトカは思う。物陰で息を潜めていたグレイと武器商人は屍骸たちがチェネレントラの意識が特異運命座標に向いているために動いていない事を確かめ後退の準備を行っていく。
(アリアディアと違って、彼女たちは『まだ遊んでいるだけ』か……)
武器商人はそう気づく。尤も、汚泥のように深い憎悪を抱いた乙女の復讐(リベンジ)をこの深き海の底でまともに喰らっては、屍骸の群れとヴィマルという魔種――そして、その背後に潜む七罪二人の影響を考えるまでもなく全滅の可能性さえある。
時間を稼いで、全員が撤退しきるまでを願う様にグレイは頼んだよ、と静かにファミリアーを撫でた。
「あの子達は生きてるけど、あなたの友達? ああ、それに花は飾らないの? 新しい都にはたくさん咲いているわ」
穏やかに告げたココロ。芯の通った声音を聞いて、チェネレントラは飽きた様に貴道より離れる。
人質を確保して、アリアディアとの戦いを経てから、背後より狙い撃ちされたときはどうしたものかと思ったと物陰で人質たちの退避を指示するポテトが深く息をつく。
「……今は、別動隊が意識を引いてくれてるうちに渦の外部に出て貰う事が先だな」
「そう、ですね。今はあちらに任せましょう」
シフォリィとポテトを守る様に立っていたゲオルグは『男同士の誓い』を思い返したように鼻先を擽る。
ココロをじっと見ているチェネレントラの瞳は丸い。幼い子供の様に悩まし気であった彼女は「花が咲けば綺麗で侘しくないのかしらァ」と傍らのヴィマルのフードをくいと引いた。
「知らねぇ」
「あらァ……」
ぱち、と瞬くチェネレントラにココロはねえ、とさ囁く。
「あなたは、淋しいの?」
「そうねェ――そうともいうわねェ」
甘えるような声音。ココロは「それをまた教えてくれるのかしら」と静かに彼女との対話を進めていく。
チェネレントラの瞳と克ち合ったのは弥恵。チェネレントラはにぃ、と笑みを浮かべて特異運命座標を見ている。
「――チェネレントラたちの事、ずぅっとみてるけどォ、だいじょうぶゥ?」
甘える様な声音。只、その響きに早期の撤退をすべきだと百合子は仲間たちに頷くが、救出班に意識が向きアリアディア以外の魔種二人と戦う様になれば勝ち目はない。
「愛(コロ)して欲しいのであれば素直に首を垂れよ!」
「それって、『今』? うふふ、違うんでしょォ」
甘えるその声音。嗚呼、どれ程に期待してきているのか――チェネレントラは心の底から楽し気に笑っているではないか。
この場所に誰かが踏み入れた事だけでもうれしかったのにとチェネレントラはくすくす笑う。
「いいのよォ、今は貴方達、『逃げたいんでしょ』ォ?
さっき、お遊びに付き合ってくれたものォ。チェネレントラァ、探査って苦手なのよねェ……ヴィマルちゃんの方が得意だもの」
けれど、と言わんばかりにチェネレントラはじりじりと距離を詰める。
合流を果した救出班と人質の脱出が為に、捜索を行っていた面々はチェネレントラとヴィマルをひきつける様に動く。
「この都へ来る前、人から祈りを託された。今ここで戦う大切な者の無事を願う祈りだ。
そうした祈りがきっとこの海の上にも無数にある……戦う理由としては最高に贅沢だね」
「……ハッ、妬ましい限りだぜ」
チェネレントラとは違う、嫉妬と憎悪を混ぜ込んだ声音。ヴィマルは正しい意味で七罪の『嫉妬』に属する存在なのだろう。
その声音を聞きながらイシュトカは小さく笑う。呼声の如き震える声音、魔種であればだれもが発するそれをヴィマルは発している――死者を集めるスカベンジャー、屍骸拾いの名のもとに、汚泥の如き恨みを乗せて彼は言う。
「『どうしようもない』事を教えてやるよ。
俺には妹がいる。恐らく、俺が生きてる事なんて知らない妹がな。あいつにも伝わったんだろ? 俺がいるって事が」
「……恐らくはね」
イシュトカはやけに饒舌に語るヴィマルに耳を傾けた。その隙にと武器商人が死霊を手繰るチェネレントラに視線を向けて、人質を送り出すポテトの足が止まらぬ様に顎先で指示をする。
知られたくなかったでも言う様に「そうかよ」と呟いてヴィマルがゆっくりと背を向ける。
「どこいくのォ」
「うるせぇ、興が醒めたから戻んだよ」
勝手にしろと言い捨てて去る彼にふうん、とぱちりと瞬いてからチェネレントラは小さく笑う。
人質の退避は済んだ。アリアディアとの戦闘を受けて、命を落とした3名を思えば此度の戦闘は上々の結果と言えるだろう。
「つまんないの」
小さく呟く声がする。
――トラ。
かわいそうなチェ―――トラ。
反響するような声がすると首を振ってチェネレントラは一気に肉薄した。
チェネレントラの指先が弥恵を乞う。その意味に気付き、天爛乙女は小さく笑った。
彼女はシンデレラ。王子様より逃げるのは彼女の役目――けれど、今日は彼女の王子様が逃げる番。
それを知っているから甘える様に伸ばして見せた指先が、自戒を約束するようにギリリと手首を締め付け離れる。
振り払う様に百合子が手を伸ばし、その指先に僅かに触れたは鎖で出来た小さなチェーン。
「それではまた、月の綺麗な夜に」
●
ざあ、と潮の音がする。依然として大渦を巻いているその大海を見遣りながら武器商人とグレイは手にした資料を見下ろした。
「古都ウェルテクス……」
「海洋の御伽噺にあるとソルベ・ジェラート・コンテュール郷が言っていた気がするね」
拾い上げたのは都市での記録。随分と昔、其処にあった王国の影を感じ取りながら、彼は言う。
ウェルテクス、海種達が作り上げた海中の王国――チェネレントラが憧れた御伽噺の都市。
実在したその場所で眠る死者を起こして彼女はサーカスの第二公演でも開かんとしているのか。
「チェネレントラの居た屋敷の下に大広間があるそうだよ。そこで――次はパーティーのお誘いだろうか」
そう告げた刹那、ぷかりと海へと浮かび上がったのはその屋敷の下で行われる舞踏会への案内だった。
楽しかったかしら。
愛(ころ)してもらうのは次ね。
ルールがわからなければフェアじゃないもの。
古都の事は解ったかしらァ? ここは、過去に栄えた街。忘れ去られたチェネレントラのような場所。
大渦を発生させているのはチェネレントラの舞踏会会場。チェネレントラが死ねば渦は収まる様にしてあるの。
オーナーが言ってたわ。
『乙女は求められた方がより素晴らしいのよ』って。
次はそう、もっと盛大に――沢山の人を集めて踊りましょうね?
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れさまでした。
楽しく遊んでくれたのかしらとチェネレントラもしたり顔。
MVPは殿を担った貴女へと。勇気いっぱいなのも確かですが、その名乗りや動きは確かに『燻っているお姫様』の興味を引けたようです。
また、この都にお招きいたしますね。それでは、御機嫌よう。
GMコメント
夏あかねです。いざ往かん海の底。
●依頼達成条件
・チェネレントラ、ヴィマルの所在を確認
・古都に囚われた海種の解放(人質の過半数の生存)
●情報精度
このシナリオの情報精度はC-です。
此処は海の底、相手は『自分勝手な魔種』です。
不測の事態を警戒して下さい。
●Danger!
当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
●『道化師』チェネレントラ
襤褸のドレスに煤汚れた外見の少女の魔種。常に楽し気、気狂いシンデレラ。
色欲と称するに相応しい『自分勝手』で『はた迷惑』な存在です。
チェネレントラの特異な能力として死骸に呼び声を届ける事が可能です。ただし、死骸であるために狂気を孕むというより戦闘能力の向上が見られるのみです。
●『スカベンジャー』ヴィマル
嫉妬に寄った死体拾いの青年です。その姿はとある特異運命座標にも酷似しており、ローレットに関係者としての情報が寄せられています。
ヌタウナギのディープシーであり、チェネレントラには惰性で付き合っている風にも思われます。
彼自身はチェネレントラとは別の魔種の指示により動いており、チェネレントラが魔種(ともだち)を増やすという行動で死んだ魔種の死体を集められるという利害の一致を感じているようです。
●『魔種』アリアディア
その姿を分裂させる影を使う魔種です。何でも羨ましいです、そもそも、生きてるってしあわせそうで羨ましいです。影が薄い事を気にしています。
『気配遮断』と呼ぶに相応しいほどに相手に存在を察知させません。非戦スキルなどでの対処が必要です。
彼女はどうやら人質の管理を担当しているようですが……?
●屍骸たち
古都に溢れるほどに居る屍骸たちです。数は解りませんがチェネレントラ及びこの古都そのものに根付いた力で動いているようです。
基本は生者の気配に反応します。無秩序、無尽蔵。簡単に倒せますが、簡単に動き出します。昏い海の底に存在しているがゆえに光に興味がある動きを見せます。何らかの非戦スキルや工夫で意識を引くことができるでしょう。
●人質×10
海種。呼吸や行動はその種族特性より心配はありません。存在地点も『チェネレントラが作ったお手製の地図』に記されています。
ただし、地図はチェネレントラのお手製なのでどこまで信じるかなどの取捨選択が必要です。皆一様に、海辺に住まう『10代の女性』です。なぜその年齢なのか? 舞踏会には女の子が招かれるでしょう。
●古都
大渦の下に存在する古き都。朽ちてはいますが、生活感が僅かに感じられます。
御伽噺や伝承で何らかの情報が眠って居ることは確かです。ソルベ・ジェラート・コンテュール郷は幼い頃に『古都ウェルテクス』といううわさを聞いたと口にして居ました。
海中より眺めればそれほど大きくはない都です。土造りの壁や海中で絡んだ草などが何所となく不気味さを感じさせます。
古都に関しての調査も行う事が出来ます。非戦闘スキルやプレイングでの『調査方法』をご指定ください。
どうぞ、ご武運を。
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