シナリオ詳細
心咲かすは秋口の花
オープニング
●恋も憂いも唐突に
その日、男は恋をした。
お相手は男の住む幻想国の田舎町から少し離れた隣村。そこで農家を営んでいる赤毛の女性。
幼さの残る顔立ちと清純な立ち振る舞い、華奢に見える体格は髪色と似た赤茶のエプロンドレスに身を包んでいて、男よりも一回り二回り小さな背丈と相まって庇護欲という部分を刺激したのだ。いわゆる一目惚れ、というヤツである。
まぁ、身長に関しては……。
「お前がぁ!? 恋愛ぃ!?」
その男が二メートルを超す大柄だという事もあるのだが。
「わらっ……笑ったな、てめぇ!」
意を決して悩みを打ち明けたのにと、男、ユードは机の対面に向かって顔を赤らめる。
二十と三年の人生の中でそういった経験を一度もした事がないユードの、初めての恋。
女性の名前は知らない。直接話した事もなく、この町には仕入れのために足を運んでいると聞いたのも人伝によるものだ。
彼女が町に訪れるのは週に一度か二度。いつもは母親が仕入れの担当だったらしいが、体調を崩してしまい娘である彼女が代わりに来ているとの事。通りで今まで見掛けなかったはずだ。
「いや、済まん済まん! だが……お前が恋愛、ねぇ」
友人はからかう様に口角を上げたまま、ユードをじっくり観察する。
別にユード自身は恋愛に歳だとか体格だとかが影響するとは思っていない。のだが、自分がそういう事に関わってこなかったのもまた事実。
雑貨屋の店員よりも力仕事が向いていそうな大きな体躯と太い腕、それに目つきの悪さも相まって、他人からは怖がられてしまう事も日常的だった。
人に紹介される時も、力自慢と不愛想の『不愛想』を念押しされるくらいには恋とか愛とかから離れた存在なんだろうと思っていたし、自分が不器用であるという自覚も有る。
「い……一度でも良いから話がしてみたいと思っただけなんだけどよ……」
そんな自分が関わりを持って良い相手なのだろうか。もしかしたら、相手を怖がらせるだけなんじゃないだろうか。
少しばかりの不安と憧れ。
そんな悩みに対して、友人は指を鳴らして明るく応えた。
「じゃ、まずは手紙からってのはどうだ? なるべく怖い印象を持たせない文章でさ」
ユードは膝を叩く。
そうか、文通ならこの見た目を気にする事もないのだ。
しかし、提案の後に顔を曇らせた友人は、何か申し訳無さそうに再度口を開いた。
「あー……ただ、今は書いても届けられるかってのがなぁ」
●届いて開くは何の花
「依頼だよ。幻想国の小さな町からだね」
イレギュラーズを前にして、『黒猫の』ショウ(p3n000005)はおもむろに話を切り出した。
「今回の内容は……モンスターの討伐だね。町と村を繋ぐ街道にオークの群れが出現して、通行を妨げてしまってる。それを排除してほしい。オークは全部で八体が確認されてるけど、統率が取れてる訳じゃないようだからリーダー的な存在は居ないみたいだね。ただ、オーク達は人間から奪った武器と盾を装備しているから、油断してはいけないよ。それと……」
ショウは折り目のついた一枚の紙を懐から取り出す。途端、彼の後ろから怒鳴り声が響いた。
「おい! 中は見るなっつったろ! ここで開けンな!」
「開けるなって言ったって、君、これ……」
ショウは振り向くと、依頼主であるユードに呆れたような視線を投げつけた。
「折り畳んであるだけで、封も何もされてないじゃないか。不器用だなんてレベルじゃないよ」
とにかく、とショウはイレギュラーズ達に改まった。
「モンスターの排除と一緒に、この手紙を村の女性に届けてほしいそうだ。軽く調べてみたけど、女性の名前はミレイナ。赤毛のストレートロングヘアーで母親と二人暮らしの農家の女の子。村で探せばすぐに見つかるハズさ。あぁ、手紙の中を見てはいけないよ。俺もたった今忠告されてしまったし、ね」
言いながら、ショウは丸裸の薄い紙を机の上に丁寧に置いた。
しかしながら、所詮は折り畳まれただけの紙。
ショウとユードが目を離した背後で、何処からか吹いた風が紙を撫ぜると赤裸々な中身が露わとなっていた。
もしかしたら、イレギュラーズ達の中には偶然にもその手紙の内容が目に入ってしまった者も居るかもしれない。
『拝啓、名も知らぬ赤く染まった君へ。
やぁ。いつも君を影から見ている隣町のユードっていう者です。最近は元気かな? いつも君が来ているエプロンドレス、君の甘栗みたいな顔にとても似合っていて素敵だと思います。最近はモンスターが出没しているみたいだけど、そちらは大丈夫かな。君の小さな身体が握り潰されてしまわないよう気を付けてね。そういえば、お母さんが病気だって聞いたよ。良かったら今度、この機会にお礼参りに行かせてもらいたいな。今度町に来た時、良かったら少しお話しませんか。お返事待ってまちゅ』
見てはいない。決して見てはいないのだが。
「……こういうのは俺じゃなくてプルーの区分だと思っているけどね。ま、彼女じゃなくて逆に良かったのかな。この手紙はそのまま預けるから、誰が持ってどう渡すかとかは君達に任せるよ」
黒パーカーのフードに片手を置いて、ショウは鼻で小さな溜息を吐いた。
- 心咲かすは秋口の花完了
- GM名夜影 鈴
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2023年10月12日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談6日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
●人の恋、己の恋、彼の恋
「ユード……一つだけ……質問しても……いい……?」
出立前に『玉響』レイン・レイン(p3p010586)は、儚げなオッドアイをユードに向けた。
小柄な彼からすればユードの顔を見るのにも一苦労かもしれない。とはいえ、他の面々からしてもそう大差は無いのだろうが。
「うん? 何だ?」
「君が思い浮かぶ……ミレイナの雰囲気の色……教えて……」
言われて、ユードは視線を天井に上げた。
色。色か、と。
きっと依頼に関係有るのだろうが、訊かれてみると意外に難しい。暗い色ではない筈だ。ただ、何の色かと特定のものを示すより……。
「明るい色……だなぁ。あぁいや、蛍光色ってまでじゃなくてな。こう、なんて言ったら良いか……」
「……暖かい……?」
「あぁそう、それだ!」
「それなら」
二人の間に、低い女性の声が流れた。
『Pantera Nera』モカ・ビアンキーニ(p3p007999)は彼の手紙を手に取ると、レインと視線を交わして再びユードに向き直った。
「少し、提案が有るんだが」
そして時は今現在に移る。
八人が目指したのはユードの住む町よりやや北西に伸びる街道、その途中であった。
「で、『それ』が選ばれたって訳か」
自身の戦斧を肩に乗せ、『ナマモノ候補』ピエール(p3p011251)は繁々とレインの鞄を見ながら言う。
鞄を見る顔は豚のような頭に人間の身体、つまりは今回の討伐対象と同じ種族であるのだが、良い意味でそれを気にしている様子は無い。
無骨な斧戦士。そんな印象を抱かせるピエールだが、彼にも少し想うところは有っただろうか。
元々の世界ではそういう事を考えている余裕は無かった。余裕が出来たと思えば、この混沌世界への召喚だ。
「オレンジ色の……封筒……」
レインは自身の鞄から、大事そうに淡いオレンジに包まれた手紙を摘まみ上げた。
それに対して、モカは右手の人差し指を立たせて応える。
「あぁ。剥き出しで渡すのは、流石に下品だと思ってね。この文面なら薄いオレンジ色が適していると感じて選ばせて貰った。同じ考えだと思ったんだが……どうだろうか?」
投げられた質問に、レインは小首を傾げる。
どう、だろう?
レインの代わりに、モカの前方から声が返って来た。
「暖色系か。良いですね」
隊列の前方に位置していた彼、『新たな可能性』レイテ・コロン(p3p011010)は振り返って穏やかな笑みで肯定を示す。
絶賛片思い中のレイテ。穏やかな笑みの中に、その言葉からは並々ならぬ熱意の一端を感じ取れる。
「良い、とは?」
ピエールは顎に手を当てて問う。
ふむ、と彼らの後ろから息を漏らすような音が聞こえた。
「一般的に、ではあるが」
いつもの口角を上げたままの表情は崩さずに、『ロクデナシ車椅子探偵』シャルロッテ=チェシャ(p3p006490)は淡々とした様子で、そして誰に対する訳でもなく口を開く。
ミステリアスとも取れる空気を纏わせながら彼女は続けた。
「暖色系は興奮作用が有るとされている。中でも橙の色ならば、温もりや親しみ……といった感じかな。まぁ、他にも有るには有るが。今回の相手に対する色としては適切……という事だろう」
「……だ、そうですよ。ブランシュさん」
何気無く、『女装バレは死活問題』トール=アシェンプテル(p3p010816)はシャルロッテから受けた言葉をそのまま横へと流した。
いかにも「何故俺に振る?」と言いた気な鋭い目つきで『死神の足音』ブランシュ=エルフレーム=リアルト(p3p010222)はトールを見返す。
「……別に何でもいい。そもそも、俺はその手紙の中身を読んでいない」
「おや、見てないのか」
驚く素振りでモカはブランシュへと顔を向けた。
「てっきり、皆確認済みだと思っていたよ。一緒にゴブリンを調理した仲だろう?」
「……何ですか? それ……」
訝し気に見るレイテの視線を振り切るように、ブランシュは足を速める。
「置いとけ。話すと長くなる」
メモリーの片隅に仕舞った筈の、二年前の記録。いや、それとこれとは別に因果関係など無いとは思う。
そも、恋というのは脳が一種のマヒ状態にある、とブランシュは考えている。
それはその事だけしか考えられなくなる状態であり、つまり思考を狭める結果になる。
ブランシュには、それを対処する倫理プログラムコードが組み込まれていない。
だから、何も言わない。
そんなブランシュの様子を見て、トールは視線を宙へ投げた。
トールもまた、恋愛に関しては未経験である。
単純な未経験なのではなく、女性同士が問題、という訳でもない。性別がバレれば極刑。彼は彼で複雑な世界に在る中、そこに恋愛など挟む余地は無く。敬うべきと教えられた近衛騎士の生活に、女性と対等に接するという習慣も無かった。
余裕が無かった、という点で言えばピエールと共通する部分も有るだろう。
そんな自分がユードに偉そうな助言は言えないな、とトールは小さく息を吐いた。
ただ、まぁ、それでも、だ。
「あ、あー……」
内容を見た者の内の一人、『特異運命座標』安藤 優(p3p011313)は気まずそうにバケツ兜の中で吐息のようなくぐもった声を出した。
ユードの手紙を見ていない。それならそれに越した事はないかもしれない。
安藤は彼の手紙にシンパシーを感じていた。それは、ユードの不器用さと安藤の性格、要するに『他人との接し方』を測りかねる部分にだ。
近しい感情を抱いた彼は思う。
確かに封筒に包むのは良いのだろう。問題はその中身。
(力になってあげたいですが、ユードさん、手紙ですら『こう』なのに、直接会って話をするのはハードル高くないですか……?)
果たしてこれをそのまま渡して良いのもかと、強く思ったのはレイテであろう。
力になりたい、それは確かだ。
但し、安藤が口から出したのはそれらの思いを小さく纏めたような言葉に収まった。
「てっ、テテ、手紙、読んで貰えると良いですね……」
兎にも角にもミレイナだ。
封筒が余計なお世話にならなければ良いけれど、とレインは開いた傘を両手でクルリと回転させる。
話を聞く限り、まさかいきなりその場で破く事はしないだろうが、内容を思い返せば読んでいない筈のピエールを始め数人はううむ、と唸らざるを得ない。
そんな中でモカの様子が変わったのを車椅子の上で感じたシャルロッテは、笑みを浮かべたまま静かに顎を引いた。
「さて」
二文字の音色に皆の呼吸が律する。
シャルロッテは、流れるように次の言葉を繰り出した。
「団欒はここまでにしておこう」
●届け純愛、滅せよ門番
事前に張り巡らされたモカの索敵感知は、確かな獲物を捉えていた。
「三時の方角……街道の木沿いに八」
モカの通達が終わる前に、既にエルフレームの炉心は唸りを上げている。
「……来客だ」
言うや否やの速度で、ブランシュは飛び乗ったモカを背に加速した。
その速さ、まさに隼。
弾丸の如くオーク達の眼前に着地したモカは、小さく息を吸い込むと群れの中へと駆けた。
一体、二体。群れを縫う影が戸惑うオーク達に乱打の蹴突を浴びせる。
三体、四体。途中、堅い何かに阻まれたようだ。
五体目の顎下がモカに蹴り上げられた時、そのオークは頭上に滑空する黒の翼を見た。
舞い戻ったブランシュの牽引で飛来したレイテだ。
そのままオーク達の頭上を越えると、後方で旋回し集団を見据えた。
この位置ならば。
即座にデバイスを展開させ、レイテは高周波を纏う翼状のブレードをオークの集団に向けた。
「盗賊風情のオーク共! 露となりたい奴から来るが良い!」
数匹、モカの乱舞に打たれたオークと範囲から逃れたオークがレイテの言葉に反応し、牙を剥き出しにした口と豚鼻を震わせた。
地面を蹴り、その場を離れたモカと入れ替わりに戦線に飛び込んだトールが自身を活性化させながら見渡す。
優先順位はランスオークの手筈だが、群れが固まっているのは吉か凶か。
安藤が翳した掌からは、激しい雷撃が繰り出された。
うねる雷が蛇の如く、ランス、シールド両方のオークに駆け巡る。
閃光の向こう側で打ち合いの音が始まった事で、レイテとオークが衝突したのが伺えた。
だが、こちらも油断する事は出来ない。レイテに攻撃が集中しているとはいえ、彼だけに負担を強いれば消耗も激しくなる。
レイテの挑発は全てのオークの注目を集めている。先に攻撃を仕掛けたランスオークに続き、モカ側に位置していたオーク達の身体も自然とそちらへ向き直る。
その足が、止まった。
「それ以上は……」
レインの魔術糸によって。
「……行かせられない……」
展開された糸。レインは虚ろな目で糸を掌握すると、オーク達の身体、主に足元から飛び散る血。
これは何事かと多数のオークは動きに乱れが出た。
当初の予定では無いに等しい物陰から様子を伺い、油断しきっている集団を下劣に笑いながら怯えさせる算段だった筈である。
それが、どうだ。
全く動けない、事もない身体を捻ってみれば、眼前には自分の巨躯を留めているとは思えない金と黄緑のオッドアイが虚ろにこちらを見返してくる。
レイテの方面へ向かったオークも彼を倒せた様子は無い。全力の防御姿勢を崩せないままだ。
反対側でもオークの前に立ち塞がる影が一つ。
ピエールは頭上で戦斧を回転させ、こちらを睨むオークへその切っ先と戦意を向ける。
「足は竦んでねぇだろうな? このピエール様が相手だ!」
それは自身の高揚を促すと共に、レイテにだけ向けられていた殺意が分かれる形にもなった。
欲を言えば攻めの攻撃主体のランスオークと庇う可能性の有るシールドオーク、それぞれに分けられれば都合が良かったが、固まっているこの状態では個々を選別するのは難しいだろう。
力任せの行動。特に隊列を組む訳でもなく、乱れを直す者も居ない。
「軍略も何も無い相手だ、油断せず……しかし緊張しすぎずにいこう」
ゆらりと宙をなぞる指揮杖とは別に、シャルロッテは再度、場を一望した。
「あぁ、皆。五歩程後ろへ」
「な、何か、ささ策が?」
「策、と呼べる程のものではないが」
安藤の問いに、シャルロッテは不敵な笑みで返した。
「そこなら、彼女の声が良く届く」
風が、舞い戻った。
ただ、眼前の敵を屠る冥王で在れ。
握った拳を広げ、ブランシュは高らかに宣言する。
「……殲滅だ!」
ブランシュの号令で皆が一斉に動き出す。
レイテに向かっていた三体のオークの内、一体のランスオークとレイテが激しくぶつかり合う。
力押しのランスオークに対し徹底防御のレイテ。単調な槍の攻撃だがそれだけに一撃は油断ならない。
こちらへ向かって来る数が少なくなったのは幸いか。レインの足止めに加えたピエールの挑発、それが無ければもっと一度に受ける打撃が増えていたかもしれない。
数、という点で逆サイドにも利点は有った。
纏まった敵への有効打。先程は何匹か打ち漏らしたが、固まった五体なら充分。
「駆けよ黒豹、敵を屠れ!」
黒い獣を象ったオークの喉笛目掛けて飛び掛かり、黒豹の影から現れたのは無我へと達したトールの姿。
対面のレイテがそれまでの一切を覆す肉体修復で立て直すと、更に咆哮する。
「今日のボクを倒したかったら、クリスタラード級の打撃で撃ち込んで来いッ!!」
再度の挑発にオークが激昂し飛び掛かる、その対面。
襲い掛かる二匹のランスの切っ先を、戦斧の刃と掴み手の先で受け止めながらピエールは笑う。
俺達の攻撃を全て受け止める気か? とランスオークは鼻を鳴らす。
勿論そのつもりだぜ。とピエールは闘志を深めた。
無論、無策という訳ではない。
盾を務めるレイテとピエールの体力が消耗すれば、即座に魔力の盾を張ったトールと安藤がスイッチとして入れ替わる。
「では、行きますよ!」
「ア゛ア゛ーーーッ! 死ぬ死ぬ死ぬう! お、お助けえーーー!」
両名共に名乗りを上げてからの投入ではあるが、安藤のそれは些か別の感情を掻き立てられそうではある。もしくはそれが目的か。
「アッ……アッ……ゴ、ゴ無事デスカ皆サン……」
「おう……何とかな!」
むしろお前の方が大丈夫かと言いたげなピエールの横で、一筋の剣閃が煌めいた。
いや、いや、いや。
これは本当に剣閃か?
そう呼ぶには、それはあまりにも凄まじく。
トールの放つ剣撃が、ついに一匹のシールドオークを消し飛ばす。
混乱と動揺。それを見逃さずに、レインの自らを中心として浴びせる夜の帳にオーク達が溶けていく。
それでも息の有るオークを見て、最中にシャルロッテは考える。
何とも惜しい腕力と耐久力。何かに使えないものだろうか。
しかして目的は討伐。折角なら、練習台に付き合って貰おう。
戦闘用の人形を配置したシャルロッテによる奇抜陣形。狙いはシールドオーク。
「まだ少し動きが荒いかな……? では次はこう動かして…………」
多種多様に攻める人形にオーク達の混乱は更に深まる。
そうして出来た隙を突き、ブランシュは加速を強めると残りのオークに向けて最速の衝撃波を叩き込む。
波動の中の轟音は、レイテとピエールがそれぞれ相対していたランスオークを弾き飛ばした事によるものだ。
モカとレインの追撃によってトドメの一撃が入ると、シールドオークは自分一人がレイテと対峙している事にようやく気が付いた。
最期に見たのは誰であったか。
それは誰でもない。安藤の手から放たれた光の砲撃。
それが、最後のオークが見た、最期の光景であった。
●
優しいノックの音が鳴る。
レインはそうしながら、少し不安にもなった。
(僕は手紙を届けるだけだけど……)
ユードはきっと、今も心配している。
人の気持ちを伝える事、それを壊さないように届ける事、それの難しさ。緊張する。
「はい……?」
扉の向こうから柔らかな声が返事をした。
慎重に扉が開かれ、中から現れたのは赤毛のストレートヘアーに華奢な体付きの女性。
「ごきげんよう。私はモカ・ビアンキーニという者だ」
「は、はい。初め……まして」
「となり町から……手紙を届けに来たよ……」
鞄の丈夫な場所に仕舞っていた手紙を、レインは取り出して差し出した。
「……私に?」
小首を傾げてミレイナはそれを受け取る。
レインの言葉にモカが続いた。
「隣町のユードという若い男性から、貴女宛の手紙を預かっている。お手数だが、できれば今読んで欲しい」
突然の来訪を不審に思いながらも、ミレイナは渡された封筒を丁寧に開いた。
『拝啓、名も知らぬ赤く染まった君へ』
そんな文章から始まる短く拙い手紙に目を通す。
その様子を見ながら、呟く声。
「にしても恋、ねぇ……」
「ピエールさんにもどなたか?」
淡い一幕を見ながら言ったピエールに、レイテは問う。
『やぁ。いつも君を影から見ている隣町のユードっていう者です。最近は元気かな? いつも君が来ているエプロンドレス、君の甘栗みたいな顔にとても似合っていて素敵だと思います。最近はモンスターが出没しているみたいだけど、そちらは大丈夫かな。君の小さな身体が握り潰されてしまわないよう気を付けてね』
「いや、そういうのを考える時期は無かった」
自分もいずれは、だな。と曇り気味なミレイナの顔を見ながらピエールは返答する。
あんな風に誰かに夢中になれる人が見つかるのだろうか。そう思いながら、トールも静かに見守った。
『そういえば、お母さんが病気だって聞いたよ。良かったら今度、この機会にお見舞いに行かせてもらいたいな』
三人の元にブランシュ姿が寄る。
「あれ、取り上げてた武器は……?」
と問うトールに、ブランシュは親指を自分の背後に差した。
「多少なりだが、な。それより……」
ブランシュはミレイナに視線を向ける。
彼女は、手紙の後半に差し掛かっていた。
『今度町に来た時、良かったら少しお話しませんか。お返事待ってます』
所々の誤字は、予めレイテが訂正しておいた。
追記として、本文の下にもう一文。
『ユードさんは自他共に認める不器用な方ですが、綴られた想いはきっと本物です。ユードの知人より』
と綴られ、手紙は終えられた。
「依頼を受ける時に彼と対面した」
読み終わったのを確認し、モカは口を開く。
「接客業で多数の人間を見てきた私から見ても『いい人』だ」
「あぁ、それは違い無い。不器用、なのも確かだがね」
「本気だぜ、アイツは」
そんな彼なりの手紙なのだとシャルロッテとピエールは付け足す。
「あっあああの……」
何か提案が有るのか、安藤は口籠りながらもじっとミレイナを見て。
そして、矢張りモカに視線を移した後に、彼女へと耳打ちした。
それを聞いたモカは納得して頷くと、改めてミレイナへと向く。
「良ければ文通から始めてみてはどうか」
一通り手紙を読んだミレイナは、また丁寧に折り畳むと深呼吸を一つ。
「……何だか、変わった手紙ですね」
短く息を吐き出し。
ミレイナは、明るく笑った。
「でも、何だか楽しそうな人!」
こちらはこちらで成功と言えただろうか。
それは、その後のイレギュラーズ達には判らない。
だが、ふと後ろを振り返ってみれば、楽しそうに手紙を口元に当てているミレイナの笑顔が確かに見えたのだった。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
初シナリオへのご参加、有り難う御座いました!
とてもバランスの取れたプレイング、そしてフレーバーに対しても皆様それぞれの感情で臨んで頂き有難い限りです。
二人のその後がどうなったのか、このシナリオ中で語られる事はありませんが、もしかしたらまた何処かで二人の姿を見る機会が有る……かもしれません。
GMコメント
●目標
オーク、計八体の討伐。
隣村に住む女性、ミレイナに手紙を届ける。
●情報精度
このシナリオの情報精度はAです。
想定外の事態は絶対に起こりません。
●ロケーション
現場に到着する頃は昼です。
戦闘予測地帯は見晴らしの良い街道。
付近に到達する事で、オーク側が襲い掛かってきます。
●敵
ランスオーク×4
シールドオーク×4
筋骨隆々で緑色の肌を持つ、豚の鼻と牙を合わせたような顔をしたモンスター。
それぞれ、人間から奪った鉄製の槍と盾を装備しています。
オーク自体の性能は特段変わった部分はなく、筋力がやや優れている程度です。
指揮系統は存在しませんが、攻撃役のランスオーク、守備役のシールドオークを同時に相手にしてしまうと少し厄介かもしれません。
●手紙について
飽くまでフレーバー的なものだと思って下さい。
今回の依頼達成条件は『オークの討伐』と『手紙の受け渡し』のみであり、渡した後は関係してきません。
依頼中はユードは同行しませんので、内容を修正、加筆するのも自由です。
ただし、修正、加筆をしなくても依頼の成功失敗には反映されません。
手紙についてプレイングに記述が無い場合でも、物語は進行します。
●ミレイナについて
ユードの町から隣の村に住む農家の娘。
現在は母親が体調を崩しているので彼女一人で農場を経営しています。
年齢は二十歳。赤毛のストレートロングヘアーをしており、優しい性格と物腰で町でも人気が高いです。
余程妙な事をしない限り、手紙は受け取ってもらえるでしょう。
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