シナリオ詳細
秋の味覚収獲隊。或いは、山の幸を求めて…。
オープニング
●秋の山
ひと足はやくに夏の終わった豊穣の山。
山頂の付近から、徐々に木の葉が黄色や赤に染まっていく。麓の方では、近くの村の住人たちがキノコや木の実を採取している姿も見えた。
秋は実りの季節である。過酷な冬に備えて、人も森の動物も野山の幸を漁るのだ。
そんな山中を、黒衣を纏った女丈夫が彷徨っていた。
「喉かな山だなぁ。こんなところに、本当に妖刀が封じられているのか?」
額に滲んだ汗を拭って、女は暑い溜め息を零す。
彼女の名はサラシナ。武の高みを目指し、豊穣の各地を旅する武芸者である。愛用の得物は肩に担いだ1本の長巻ではあるが、とはいえ他の武器が扱えぬわけではない。
例えば、この秋の気配が漂う山に立ち入ったのは、山のどこかに封じされているという、1本の“妖刀”を手に入れるためだ。
「何て言ったか……アキウオだか、アキガタナだか、そんな名前の……」
妖刀があるとの噂は耳にしたものの、その正式な名称までは聞いていない。一応、細い柳葉形の銀に輝く刀身を持つとは聞いたけれど、そもそも刀剣の類なんて山のどこにも見当たらない。
山の高くへ登るにつれて、次第に人の歩いた痕跡さえ見当たらなくなっていく。
ともすると、妖刀の噂はガセだったのかもしれないと。
サラシナが諦め始めた、その時だ……。
「なんだ、ここ?」
突然に、森が終わった。
山頂付近。岩肌が剥き出しになった開けた空間が目の前に広がる。うすら寒い空気の漂う、ひと目で異様と分かる場所である。
地面には、平たい石を積み上げて作った塔が幾つも並んでいた。所々に飾車や木彫りの人形などが飾られているのも見える。
神域か、或いは、それに類する何かだろうか。
チャリ、と。
背後で音がした。咄嗟にサラシナは頭を伏せて、地面に転がる。
さっきまでサラシナの頭があった場所を何かが通過した。風を斬る音から“何か”が刀剣であることを理解する。
頬に、首に、背中に冷たい汗が滴る。
命を失いかけたことに対する恐怖に、心臓の鼓動が勢いを増す。
「何者だ、貴様……?」
背後にいたのは、籠を被った侍である。
その手に握られている刀は細い柳葉形。
ともするとそれは、件の妖刀ではあるまいか。
●収獲しよう
『さぁ! ちゃっちゃと拾って! 拾ったらこの籠に放り込んで!』
ハンドスピーカーで拡大された大音声。エントマ・ヴィーヴィー(p3n000255)の目の前には、3つの籠が置かれていた。
籠にはそれぞれ「栗」、「茸」、「胡桃」と書かれた札が下がっていた。
豊穣。
とある山の山頂付近。エントマと彼女の雇ったイレギュラーズ数名は、秋の味覚を収獲していた。
『あと、動物に気を付けてね!』
エントマの顔や手には、幾つもの細かな傷がある。
先ほど、採取した山の幸を狙ってリスが襲撃して来たのである。どうにか山の幸を守り抜くことには成功したが、エントマは傷を負い、戦闘不能に陥った。名誉の負傷だ。
『じゃんじゃん収獲しちゃってー! 収獲してくれたら、報酬のどんぐりを渡すからね!』
報酬はどんぐりである。
こちらも、そこらで拾ったものだ。
『急いでね! この山には、ヤバい奴が出るって噂だからね!』
実りの多い山であるにも関わらず、山頂付近に人はいない。その理由が、今しがたエントマの言った“それ”である。
山に出るという“ヤバい奴”。山の山頂付近に住まう危険な妖。刀を手にした侍のような姿をしているそれに出逢えば命は無いと、そんな噂が麓の村ではまことしやかに囁かれている。
【滂沱】と血を流し、【致命】傷を負った旅の男が1人、何十年も昔に山から降りて来たことで広く知られるに至った怪異だ。
『日暮れ前には撤収するからね! この山は火気厳禁! うっかり火でも出そうものなら【呪い】を受けるらしいからね!』
せっせと山の幸を拾うイレギュラーズへ声をかけつつ、エントマは視線を自身の後方へと向けた。
少し前から、背後の方……何十メートルか先の方から、剣激の音が聞こえているのだ。誰かが近くで戦っている。
様子を見に行くべきか、それとも、山の幸を回収して帰還すべきか。
「……どうしよっかなぁ、これ」
剣激の音は、先ほどまでより少し近づいてきているようだ。場所を移動するか、音の出所を確認するか。
とりあえず、籠がいっぱいになるまで帰るつもりはないのである。
- 秋の味覚収獲隊。或いは、山の幸を求めて…。完了
- GM名病み月
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2023年09月28日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●秋の味覚収獲指令
「いいお天気じゃのう」
空に太陽。
流れる雲はゆっくりと。
『揺蕩う老魚』海音寺 潮(p3p001498)は、抱えたバッグを傍らに立つ『月光の思いやり』ジョシュア・セス・セルウィン(p3p009462)へと渡す。
「えぇ、本当に。豊穣の山はもう秋に染まりつつありますね」
ジョシュアはバッグに顔を近づけ、1つひとつ中に詰まった茸を手に取る。毒の精霊種であるジョシュアであれば、潮の採取して来た茸に毒があるのか、そうで無いのかを確認できる。
1つ、2つ……毒茸を取り除いて、ジョシュアはそれを懐に仕舞った。毒のある茸とはいえ、採取した以上は無駄にしたくないのだ。
「うむうむ……あの音さえ無ければのんびり採取を楽しむんじゃが」
「それも、えぇ……本当に」
それから2人は、山の頂上付近へと視線を向ける。
聞こえて来るのは剣戟と怒号。
誰かが近くで、激しく戦っているのである。
猪である。
興奮した猪が、蹄で地面を掻いている。
「どんぐりを3つあげましょう。さぁ、アイツらを追っ払って!」
猪に怯えながら、エントマは足元に置いた籠を持ち上げた。籠の中身は栗である。なお、持ち上げることは叶わなかったが、残り2つの籠の中には茸と胡桃が納められている。
「働かざるもの……食うべからず……」
エントマを手伝い、『玉響』レイン・レイン(p3p010586)が籠の1つを持ち上げた。胡桃の入った籠である。
「怪我……大丈夫?」
そうしながら、レインは心配そうな視線をエントマへ向ける。
エントマの手足には、血の滲んだ包帯が巻かれていた。
つい先ほど、収穫物を狙って襲い掛かって来たリスと交戦し、負傷したのだ。
「まぁ、どうにか。でも、これを持って逃げることは出来ないね。だから、追い払ってもらわないと」
幸いなことに、収穫物を狙う猪は1匹だけ。
獣の1匹程度であれば、相対している『王者の探究』カナデ・ラディオドンタ(p3p011240)が抑えられる。追い返せる。
「無論。秋の恵み、冬の備えを巡るバトルロワイヤル。王者たるもの、これらの頂点に立たねばなりません」
どんぐり3つを受け取って、カナデはふふんと胸を張った。
そして、ゆっくりと腰を落とすと、猪に向けて手を向ける。
「さぁ、かかっておいでなさい」
長巻という武器の難点として、小回りが利かないことと、軌道が“横に薙ぐ”か“縦に振り下ろす”の2択に制限されることが挙げられる。
実際、長巻を使い始めて10年近くになるサラシナとて、薙ぎ払いか振り下ろし以外の技は滅多なことでは使わない。斬撃の途中で止めたり、軌道を変えたりといった動作さえも腕や腰の筋肉に多大な負担がかかるため、あまり使いたくないというのが本音であった。
「くっ……やりづらい」
頬を剣の先が掠めた。
飛び散った血が、サラシナの頬を朱に濡らす。
振り抜いた長巻を、腕の力で強引に引き戻すが、その時には既に“籠の侍”はサラシナの懐に潜り込んだ後だった。
柳葉形の刀身が揺れた。
斬撃が、サラシナの肩から胸にかけてを斬り裂く。
サラシナは、籠の侍の腹部に向けて前蹴りを1発。肩を斬り裂かれながらも、強引に侍から距離を取り、致命傷は免れた。
「やりづらい」
再び、サラシナはそう呟いた。
籠の侍は、とにかく動きが速いのだ。
或いは、目がいいとでも言うべきか。サラシナの斬撃は命中せず、対して侍の放つ斬撃は、浅く、何度も、サラシナの身体を傷つける。
多少の傷では、サラシナは止まらない。
だが、浅い傷でも数が増えれば、動くたびに体が痛む。血が流れれば、身体が冷える。徐々に動きが鈍くなる。
血混じりの唾を吐き捨てて、サラシナは長巻を大上段へと振り上げた。
瞬間、地面を蹴って侍が駆けた。
まるで泳いでいるように、足音も立てずサラシナの眼前へと迫る。
ひゅん、と空気を裂く音がした。
銀色の剣閃がサラシナの視界を横切った。
刃が……アキウオだか、アキガタナだか、そんな名前の妖刀の刃がサラシナの喉元に迫る。
そして……。
「済まないが、興味本位で助太刀させて貰うぞ?」
白金色の刀身が、侍の刃を受け止めた。
地面に靴底を滑らせながら急停止した『陰陽式』仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)が、2人の間に割り込んだのだ。
「……死合いの邪魔をするんじゃないよ」
「そうは言っても……なぁ?」
汰磨羈の視線が横へと逸れた。
「秋の味覚は、山の恵み、だ。たっぷり採って、美味しく頂こう。感謝とともに、な」
「な、何? どういうことだ?」
『金の軌跡』エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)が、サラシナの肩に手を触れる。その手の平から、淡い燐光が飛び散った。
暖かな光が、サラシナの肩の傷を癒す。失った血は取り戻せないが、傷の痛みは軽くなる。
「つまり、だ。収獲の邪魔、なんだ」
「……収獲ぅ?」
「サラシナもせっかくなので付き合うと、いい」
籠の侍は明らかに動揺した様子を見せた。
サラシナ1人を相手にするのと、5人を相手に立ちまわるのでは話が違う。
けれど、ゆっくりと考える時間が与えられることは無かった。
「さぁ来な伊達男! その刃でこの豚を真っ二つに出来るもんならなぁ!」
『黒豚系オーク』ゴリョウ・クートン(p3p002081)が侍の前に歩み出る。その手に持っているのは炊飯器の蓋か。
蒸気を噴き上げると同時に、ゴリョウの全身に瘴気が絡んだ。
御山の【呪い】だ。
「おう、どうした? ビビってんのか?」
挑発だ。
臆病と慎重は違う。籠の侍は慎重なのだ。
勝てない戦いでも挑む。なるほど、立派な考えだ。けれど、籠の侍はそうじゃない。達成すべき目的がある以上、勝てない戦いに挑むべきではないのだ。
死んで花実になるものか。
生きてこそ、叶えられることがある。
「集中攻撃で尻尾巻いて逃げてくれたらそれはそれで楽なんだけどね……っ!」
一瞬の迷いが命取り。
『数多異世界の冒険者』カイン・レジスト(p3p008357)が腕を薙ぎ、真白い閃光を放つ。白い光が周囲を飲み込んだ瞬間に、侍は刀を横へと薙いだ。
狙って放った斬撃ではない。
牽制のために放った斬撃。けれど、ゴリョウの盾に阻まれ弾かれた。
「まずは、収穫の前に、憂いを断っておこう」
がら空きになった脇腹に裂傷が刻まれる。
一瞬、蒼い剣閃が見えた。侍を斬り裂いたのはそれだろうか。
エクスマリアだ。
その瞳に蒼い炎が揺らいでいる。
「向かって来るか! 私も妖刀使いだ。此処は一つ、妖刀同士で勝負といこうじゃないか?」
血を流しながら、侍が低く腰を落とした。それを攻撃の予兆と捉え、汰磨羈が駆け出す。
だが、侍は向かって来ない。
地面を蹴って、転がるように、茂みの中へと跳びこんだのだ。
●秋の実り攻防戦
「サラシナも一緒に山の幸……取ろ……栗とキノコと胡桃なら、どれが好き……?」
サラシナは困惑していた。
自分が命のやり取りをしていたすぐ近くで、長閑に栗拾いなどしていた者がいるとは思わなかったからだ。
レインが指差している籠の中には、栗と茸と胡桃が詰め込まれている。
「そう言えば、さっき胡桃を……」
「胡桃? ……踏んだら硬い石みたいで危ないね……足を踏みあげないように、そーっと……歩く」
「あ、いや。そうじゃなくてな」
確かに胡桃は硬いが。
あの殻の頑強さと言ったら、割って食べるのに苦労するのだ。栄養価が高いので、旅の途中でよく拾って食べるが。
「途中、動物が近寄ってきたら……動物疎通で話す……」
「あぁ、そう。胡桃……なぁ。どんぐりと交換してなかったか?」
「欲しいの? ……どんぐり?」
少し躊躇うような素振りを見せながら、レインはポケットの中からハンカチに包まれたどんぐりを取り出す。
それをそっとサラシナの方へ差し出した。
だが、サラシナは受け取らない。
「……いらないよ」
どんぐりなんて、何に使うんだろうか。
そんなもの欲しがるのはリスか子供ぐらいのものだ……そう言いかけて、言葉を飲み込む。人には人の、それぞれの事情というものがあるとサラシナは知っていたからだ。
「ぴかぴかのどんぐり……凄い……陸の宝物入れに入れる」
「あぁ、そう」
リスとカナデが争っていた。
「くぉー! ちょこまかと! 不敬! 不敬ですよ、齧るんじゃありません!」
丸々と肥えたリスの群れである。
籠に詰まった餌を狙って、カナデに襲い掛かって来たのだ。ともすると、カナデの用意した砂糖などの匂いにも誘われたのかもしれない。
精霊の力も借りて迎撃を試みているが、悲しいかな多勢に無勢。数の多いリスの群れが相手とあれば、腕を齧られ、足を齧られ、地面に転がされている。
地面に転がった姿勢のまま、カナデはサラシナに気が付いた。
「おやサラシナ様ご機嫌麗しゅう」
顔に張り付くリスを引っ張りながらの挨拶である。
リスに齧られてる奴から挨拶されるのは初めての経験だ、とサラシナは思った。
「剣豪は命の取り合いが趣味などという話もございますが、そちらの方はご友人でしょうか?」
カナデの視線が、サラシナの背後へと向いた。
「あん?」
視線を背後へと向ければ、そこにいたのは猪だ。その数は3匹。先ほど、カナデが追い払った猪が、仲間を連れて戻って来たのだ。
「うわっ! また来た!」
エントマが悲鳴を上げる。
1体でも迎撃に苦労した猪が、今度は3体。臆するのも無理はない。
けれど、しかし……。
「冬眠前で餌をたっぷり食べた獣は、よく肥えているし、味もいい」
「あぁ、肉か。肉、喰いたいな」
エクスマリアは拳を構え、サラシナは長巻を手に取った。
猪たちの闘志に火が付く。蹄で地面を掻いている。
なんとしてでも、エントマの収穫物を奪い取ってやるという強い意思が窺える。
「飛んで火に入る夏の虫……もとい、秋の獣、というわけ、だ」
タン、と。
地面を蹴る音がした。
音が鳴るのと同時に、エクスマリアは猪の眼前へと至った。
速い。
「おぉ」
感心したようなサラシナの声。
エクスマリアの正拳が、猪の鼻面を打つ。
更にもう1体の猪は、ゴリョウが阻む。
猪の突進を腹で受け止め、ゴリョウはその牙に手をかけた。
「これを食いたきゃ俺を先に倒すこったなぁッ!」
ぶぉん、と。
身体を捻るようにして、猪の巨躯を投げ飛ばす。数度、猪の身体が地面をバウンドした。だが、猪の戦意は衰えない。痛みを感じたことで、増々、怒りが増したように見える。
潮とジョシュアは、肩を並べて野山を歩く。
紅葉に染まる秋の御山を歩く2人の後ろ姿は、まるで祖父と孫のようにも見えただろう。
「栗と胡桃はそれぞれの木のある辺りに落ちていそうですね」
「うむ。地道に拾うのもいいが生っている木を見つけた方が一気に回収できそうじゃのう」
2人の抱えるバッグの中には、茸ばかりが詰まっている。
樹に生るという性質上、栗や胡桃はそれぞれの樹を見つけなければ収獲が難しいのである。当然、樹が移動するはずもないので、そう言った樹の生えている辺りは動物たちにとっても絶好の餌場となる。
だが、今回2人の前に立ちはだかったのは鹿でも猪でもリスでも無かった。
「どうしましょう。僕、毒きのこの被害を防ぐために参加したようなものなんですけど」
「お腹が空いている……と言う風でも無いのう」
栗の樹の下に立っていたのは、籠を被った侍だった。
柳葉形の刀を抜き、ジョシュアと潮を観察している。地面を滑るような脚運び。剣の道でよく見られる摺り足という技術である。
柳葉形の刀身には、ぬらりとした脂のような不気味な輝きがあった。
侍は腰を低くし、刀を正眼に構える。
明確な殺意が、ジョシュアと潮に叩きつけられる。
「わっ……とと」
殺気に気圧され、ジョシュアが数歩、後ろに下がる。そうしながら、弓を構えた。籠の侍の視線がジョシュアへと向く。
飛び道具は厄介だと判断したか。
侍が動き出すより先に、ジョシュアを庇うように潮が前へ。
「刀は安全確認されるまで抜いたり触ったりしてはいかんよ。呪われるかも知れんしのう」
潮が腕を一閃した。
空気を斬り裂き跳ぶ鮫の影が、籠の侍へ襲いかかった。侍は刀を閃かせ、鮫の幻影を3枚に卸す。太刀筋が速い。
同時に、侍が跳び出した。
揺れるような斬撃が潮へ迫る。意識と意識の隙間……虚を突いた疾走と攻撃。
回避も防御も間に合わない。
で、あれば。
「迎撃だな」
女の声。
ジョシュアの矢が。
そして、矢と並走する白い影が同時に侍の剣を弾いた。
白い影は汰磨羈である。
弾かれた刀の真下を潜り、汰磨羈が侍の懐へ潜る。距離が近い。これでは、汰磨羈も侍も刀を振るえない。
「まずは、その妖刀が扱えそうかどうかを見定めよう」
汰磨羈の背負っていた籠から、茸と胡桃がバラバラと零れた。近くで収穫作業を行っていたらしい。
「扱えそうにないなら、此処で破壊すべきだ」
肘打ちが、侍の手首を叩いた。
侍の手から刀が離れ、地面を転がっていく。刀を追って、侍が腕を伸ばした。
届かない。
侍の手首に、栗が刺さった。
「あぁ。手にした人を操る妖刀、なんてのもよく聞くしね」
栗を投げたのはカインである。
栗や茸、胡桃が満載された籠を2つも抱えているカインである。
「おぉ、大量じゃの」
「山歩き、得意なんですか?」
潮とジョシュアにそう訊かれ、カインは笑った。
「ハイセンスに捜索、冒険、自然知識、サバイバル……まぁ、色々とね。籠に入る以上も持ち帰るつもりで採取しよう」
そう言いながら、カインは足元に転がっている刀を手に取り上げるのだった。
●妖刀・秋刀
「……銘は“秋刀”。御山の守護のために造られた刀、か」
妖刀をじぃと観察しながら、カインは言った。
カインの目には、妖刀の詳細が見て取れた。御山で火気を扱うことでその身に降り注ぐ【呪い】とやらも、つまりはこの妖刀が原因なのだろう。
全ては御山を守るため。
「じゃあ……あの侍は、何者だ?」
だが、妖刀とは言え所詮は単なる1つの武器だ。武器は誰かが扱ってこそ意味を持つ。
その武器を十全に使いこなす籠の侍。
果たして、その正体は……。
「カインさん! 刀が!」
「何事かね、これは……?」
ジョシュアと潮が驚声をあげる。
カインの手元で刀が勝手に動いているのだ。
ぐねぐねと、身を捩るように刀身が曲がる。
「っ!?」
捩れた刃がカインの指に裂傷を刻む。血の雫が地面に散った。妖刀はまるで虚空を泳ぐようにして、その場から逃げ去っていく。
意思を持つかのように……否、意思を持っているのだろう……虚空を泳いで、妖刀は一行の前を離れていく。
向かったのは小川の方か。
泳ぎ去る妖刀の姿は、まるで魚のようだった。
妖刀が逃げると同時に、籠の侍の身体が溶けた。
衣服が溶けて泡になり、後に残るは籠と1匹の魚だけ。銀の鱗を持つ魚は、まさしく秋刀魚そのものであった。
「アキウオ? アキガタナ? ……やはり、秋刀魚であったか」
ぴちぴちと跳ねる秋刀魚を手に取り、汰磨羈は苦い顔をした。せっかく手に入れた秋刀魚だが、食べていい物かどうか悩んでいるのだ。
「アイム、チャンピォーン」
人差し指を天へと向けてポーズを決めるカナデであった。
傷だらけ、泥だらけ。
けれど、威風堂々として、その心に輝きを宿す。
カナデの足元には、リスの群れが平服している。
死闘の末、カナデはついにリスを屈服させたのである。
山の麓の河原で火を焚いていた。
「あち……あち……」
レインが作っているのは、胡桃入りのキャラメルだろうか。甘い香りが辺りに漂う。
一方、ジョシュアと潮は油を煮たてて、茸を天ぷらにしようとしていた。
まるでキャンプの一幕だ。
「どうぞ。報酬です」
「あ、あぁ」
サラシナも収獲を手伝った。その報酬として、エントマからどんぐりを渡された。どんぐりなんて貰ったところで腹の足しにはならないが、勢いに押されて受け取ってしまった。
栗はまず水でアクを抜いてしっかり皮を剥き、軽く下茹でしておくのだ。
そうすると風味が落ちにくいのである。栗ご飯を作る際の鉄則である。
次いで、土瓶蒸し。
茸をはじめ、食材の出汁で旨味を重ねるのがポイントだ。
今回の場合は、猪の肉や銀杏、鰹、昆布の出汁などがよく合うだろうか。
そして、最後は鍋である。
猪の肉をベースに、醤油や味噌で味を付けるといい感じだ。
ゴリョウの解説を右から左へ聞き流しながら、サラシナは調理の風景を眺めていた。
「さぁ遠慮なく食ってくんな!」
皿に盛られた鍋を見下ろし、サラシナはゴクリと喉を鳴らした。そう言えば、長く山に籠っていたので、まともな食事を暫くの間取っていない。
「ゴリョウの料理は旨い。お腹いっぱい食べるとしよう。サラシナも、沢山食べろ。これも修行になる、ぞ」
栗ご飯をよそいながらエクスマリアがそう言った。
サラシナにとっては見慣れぬ光景。けれど、イレギュラーズにとってはいつも通りの日常の一幕なのだろう。
「あんたら、いつもどんぐりなんかで仕事してんの?」
「いや、それは今日だけですけど」
もらったばかりのどんぐりを手に、困った顔でジョシュアは笑う。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れ様です。
秋の味覚は無事に収獲されました。
依頼は成功となります。
そろそろ栗ご飯が食べたいですね。
この度は、ご参加いただきありがとうございました。
縁があれば、また別の依頼でお会いしましょう。
GMコメント
●ミッション
3つの籠をいっぱいにして持ち帰ろう
●ターゲット
・栗
ブナ科クリ属の木の一種。
無数の棘に覆われた殻の中にある実が可食部。
海洋では「うに」の名で知られている。
・茸
特定の菌類の俗称。
シイタケ、エリンギ、しめじ、まつたけなど多数。
毒があるものは回収しない。種類が特定できないものは口に入れない。
・胡桃
クルミ科クルミ属の落葉高木の総称。
核果の種子が可食部。
栄養が豊富で健康にいい。
●???
・山の動物
リスや熊、猪などの山の動物。
冬ごもりに備えて山の幸を採取している。エントマとは敵対関係にある。
採取中や、採取後を狙って襲撃して来る可能性がある。
とくにエントマの管理する籠は狙われやすい。
・サラシナ
黒衣を纏い、長巻を携えた旅の女武芸者。
妖刀を探しに山を訪れた。現在、妖刀を持つ侍と交戦中。
・籠の侍
籠を被った侍。
細い柳葉形の刀身を備えた刀を所有している。
斬撃には【致命】【滂沱】の状態異常が付与される。
●フィールド
豊穣。秋の気配が漂う山中。
山の幸が豊富だが、立ち入った者を襲う妖が出没するため、付近の住人は麓にしか近づかない。
栗や茸、胡桃などがよく採れる。
採取した山の幸をエントマに渡すと、どんぐりが貰える。
何らかの神域らしく、火気を扱うと【呪い】の状態異常に侵される。
山頂付近。
岩肌が剥き出しの区画。平たい石を積み上げて作った塔が幾つも並んでいる。
サラシナと籠の侍が戦っているのはこの辺り。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
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