PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<騎士語り>柔らかな夏

完了

参加者 : 6 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 晴れやかなる青空から降り注ぐ陽光は、短い夏を惜しむように北の大地を照らす。
 見渡す限り広がるのは青々とした草原だ。
 冬のモノクロームの間をじっと我慢していた草花たちが一斉に芽吹き、命を謳歌する。
 色とりどりに咲く花と太陽を浴びる草木の合間を縫うようにある小道を、馬がゆっくりと歩いていた。
 背には『翠迅の騎士』ギルバート・フォーサイス(p3n000195)とその妻である『翠迅の守護』ジュリエット・フォーサイス(p3p008823)を乗せている。

 ヴィーザルの夏は短い。
 だから、この地方の住民は夏になると活発になり、祭りや遠出、旅行をしたくなるのだ。
「君と結婚をしてから、初めての夏だろうか」
「そうですね……」
 サドルへ横向きに乗ったジュリエットの腰を支えながら、片方は馬の手綱を引く。
 青鹿毛の愛馬は慣れたもので、ギルバートとジュリエットを乗せて尚、時折愛嬌を振りまいた。
 何度も、こうしてジュリエットと夏を過ごしたけれど。
 いつも今が一番幸せなのだと実感する。際限なく溢れる愛をジュリエットが受け止めきれるのかと、時々不安になることもあるが、きっと彼女であれば深い包容力で包み込んでくれるに違いない。
 必ず護ると誓ったのに、護られているのは自分の方なのではないかと思えてくる。
 腕力があるとかそういう話しではない。安らぎと愛情のカタチの形容である。

 ――夫婦とはそういうものだろうか。
 ギルバートはジュリエットの横顔をじっと見つめる。
 その視線に気付いた彼女がふわりと微笑み返してくれることに幸せを感じた。
 彼女の笑顔が自分だけに向けられている。それが溜らなく嬉しかった。

「あ、お祭りですね」
「そうだね。今日は君をここへ連れて来たかったんだ」


 青空に三角のガーランドがはためき、民族模様の垂れ幕が壁に敷き詰められていた。
 何処かから漂う香りはカラメルだろうか。他にも美味しそうなヴルストの匂いが立籠める。
 収穫祭には少し早い、夏の終わりの祭りなのだろう。
 夏の短いヴィーザルではこの所毎日のように何処かで祭りが行われている。
 帝都や大きな都市の祭りには及ばないが、ヴィーザルの中でも比較的規模の大きなもの。
 ギルバートはここへジュリエットと一緒に来たかったのだと語る。

「わあ! 美味しそうなの!」
 聞こえて来た声に顔を上げれば『籠の中の雲雀』アルエット(p3n000009)の姿が見えた。
「やあアルエット」
「ギルバートさん! ギルバートさんも来てたのね!」
 翠の目を輝かせ飛びついてきたアルエットを全身で受け止めるギルバート。
 それはまるで久々に会う仲の良い兄妹のようであった。育った場所こそ違えど、血の繋がった従兄弟同士であるのだから間違いではないのだろう。不思議とお互いに親近感があった。

「あのね、お会いしたら言おうと思ってたの。ご結婚おめでとうございます!」
 アルエットの言葉にギルバートとジュリエットは微笑んで、ありがとうと返す。
 まだ結婚式はしていないから、大々的に披露する場も設けてはいなかった。
 今は只、二人だけの蜜月を大切にしたかったから。
「皆も来てるのよ。こっちこっち!」
 ジュリエットとギルバートの手を引いて、仲間達の元へ案内するアルエット。

「君達も、来て、いたのかね……」
 大きな肉を咀嚼しながら恋屍・愛無(p3p007296)は片方の手を上げる。
 本来の姿であればこの大きな肉も一口で平らげてしまうだろうに、気を使って人間の姿を取っている愛無を見つめアルエットは「可愛い」と微笑む。
「アルエットさん、騙されてはいけませんよ。それの中身は怪物なのです」
 不敵な笑みでアルエットを後ろから抱きしめた鶫 四音(p3p000375)は普段の姿ではなかった。
『本物のアルエット』と同じ姿をしていたのだ。
「君こそ、怪物というに相応しいのでは?」
 愛無は持っていた唐揚げを四音に渡しながら首を傾げる。
 本来の姿が黒き獣である愛無と、比較的好意を寄せているアルエットと同じ姿を取れるようになった四音は果たしてどちらが『怪物』であるのだろうか。ともあれ、これは二人なりのコミュニケーションだ。
「二人とも仲良しなのね!」
 四音と愛無を交互に見つめ、アルエットは嬉しそうに微笑む。

「アルエットちゃん!」
 手を振ってアルエット達の元へやってきたのは炎堂 焔(p3p004727)とペトラ・エンメリックだ。
 鉄帝で起った大戦の折、ペトラは自分の親友であるアルエットがもう既に死んでいることを知った。
 目の前に居るのは親友の双子の妹『カナリー・ベルノスドティール』だということも分かっている。
 けれど、カナリーがアルエットの名と共に一緒に生きたいと願うなら、ペトラにとって彼女は親友のままであると自分の中で折り合いをつけた。
 アルエットでもありカナリーでもある。それでいいのだとペトラは受入れたのだろう。
「ペトラちゃん! 焔ちゃんも!」
 アルエットはペトラと焔の手を取りきゃぁきゃぁとはしゃぎ声を上げる。
 小さな女の子達がはしゃぐ姿は微笑ましいとリースリット・エウリア・ファーレル(p3p001984)は目を細めた。彼女達を見守るように少し離れた場所にジェラルド・ヴォルタ(p3p010356)が佇んでいるのがをギルバートは見つける。女の子ばかりで気が引けるのだろう。その気持ちは少し分かる。

「ジェラルド! こっちへ来ると良い」
「……あ、えっと」
 ギルバートに声を掛けられ驚いたジェラルドは、少し躊躇ったあと頬を掻きながら近づいて来た。
「さあ、君も祭りを一緒に楽しもう」
 爽やかな笑顔のギルバートにジェラルドも「そうだな」と笑みを浮かべる。
「ジェラルドさん! あっちに美味しそうなお菓子屋さんがあったわ! 皆で一緒に生きましょ!」
 アルエットの元気な声にジェラルドは頷く。

 ヴィーザルの短い夏の、楽しい祭り。
 きっと、楽しい思い出になるとアルエットは嬉しそうに微笑んだ。

GMコメント

 もみじです。ヴィーザルのお祭りに行きましょう。

●目的
・お祭りを楽しむ

●ロケーション
 鉄帝国ヴィーザル地方のお祭りです。
 三角のガーランドが飾られ、壁には美しい垂れ幕が掛けられています。
 この垂れ幕は冬の間に織られたもので、村ごと、その家ごとの模様があります。
 家の前や広場には屋台が置かれ、食べ物などが振る舞われます。
 また、ヴィーザル地方特有のお土産なども手に入れる事ができるでしょう。

○食べ物
 美味しいお肉にサラダやデザート。
 夏のヴィーザルは食べ物も豊かになります。
 ビーフストロガノフ、チキンカツレツ、お肉の串焼き、シュクメルリ、サーモンマリネ、スブプロドクチイ、アクローシュカ、ピロシキ、ガルショーク、ペリメニ、セリョートカ、サーロ、アグレツ&カプスタ、冷製ボルシチ、クワス、モルス、お芋サラダ、塩漬けのお肉やお魚などなど。

 飲み物はエールにカクテル、フレッシュなジュース。
 果実酒、ビール、ヴォトカ、クワス、バルチカ、ワインやチャチャ、蜂蜜酒等。
 未成年はジュースです。

○お土産
 ワインに果実酒、リキュールなどのお酒。
 日持ちするブルストやベーコン、ハム、干し肉など。
 装飾品のトルクやアミュレット。お花の髪飾りやフラワーブーケ。
 スカーフやリボンなどのアクセサリーもあります。
 お菓子屋ではクッキーやマフィンにパウンドケーキ、スコーン、ジャムなども置いてあります。

○踊り
 皆がはしゃいでいるので、広場では踊ったりしています。
 音楽も流れているので、楽しくステップを踏んでみましょう。
 最初は少し恥ずかしいかもしれませんが、そのうち楽しくなってきます。

○お散歩
 お祭りを楽しみながら、ゆっくりとお散歩もできます。
 少し歩いた所にある見晴らしの良い丘では、静かに語らうこともできます。


●NPC
○『翠迅の騎士』ギルバート・フォーサイス(p3n000195)
 ヴィーザル地方ハイエスタの村ヘルムスデリーの騎士。
 正義感が強く誰にでも優しい好青年。
 翠迅を賜る程の剣の腕前。
 ドルイドの血も引いており、精霊の声を聞く事が出来る。
 守護神ファーガスの加護を受ける。
 以前イレギュラーズに助けて貰ったことがあり、とても友好的です。

○『籠の中の雲雀』アルエット(p3n000009)
 本当の名は『カナリー・ベルノスドティール』。
 ギルバートの仇敵ベルノの養子であり、トビアスの妹。
 母であるエルヴィーラの教えにより素性を隠して生活していました。
 トビアスがローゼンイスタフに保護された事により、『兄』と再会。
 本当のアルエットの代わりにその名を借りています。

○ペトラ・エンメリック
 故人であるアルエット・ベルターナの親友。
 アルエットが死んだ事を知らず過ごしていたが大戦の折に真実を知る。
 今は、全てを受入れてアルエット達とも交流があります。

  • <騎士語り>柔らかな夏完了
  • GM名もみじ
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2023年10月02日 22時05分
  • 参加人数6/6人
  • 相談8日
  • 参加費---RC

参加者 : 6 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(6人)

鶫 四音(p3p000375)
カーマインの抱擁
リースリット・エウリア・F=フィッツバルディ(p3p001984)
紅炎の勇者
炎堂 焔(p3p004727)
炎の御子
恋屍・愛無(p3p007296)
愛を知らぬ者
ジュリエット・フォーサイス(p3p008823)
翠迅の守護
ジェラルド・ヴォルタ(p3p010356)
戦乙女の守護者

サポートNPC一覧(2人)

アルエット(p3n000009)
籠の中の雲雀
ギルバート・フォーサイス(p3n000195)
翠迅の騎士

リプレイ


 蒼穹の大空が視界いっぱいに広がる。
 時折、鳥の鳴き声が聞こえて、それが遠くへ響いていた。
 岩山の裾には緑が茂り、下りて来るに従って広々とした草原に繋がる。
 その合間を縫って轍を幾重にも残した細い道が続いていた。
 聞こえてくるのは、人々の楽しげな笑い声と楽器の演奏。美味しそうな料理の匂いも漂う。

「ヴィーザルの夏か。短いながらも。短いゆえに。そこにあふれる生命力。感慨深いモノがあるな。実際、こうして祭りに参加すれば、それを実感する」
 静寂が支配する冬のヴィーザルも美しき世界ではあるのだが。夏の瑞々しさはまた違った趣があると『愛を知らぬ者』恋屍・愛無(p3p007296)は祭りの会場を眺める。
「ヘルムスデリーやリブラディオンの時も思いましたが……この季節のヴィーザルは驚くほど過ごし易い」
 最初に訪れた時はここまで豊かな時期があるのかと驚いたのだと『紅炎の勇者』リースリット・エウリア・ファーレル(p3p001984)は微笑む。
「でも、こういう時期があるからこそ、ヴィーザルの環境でも人が暮らしていけるのですね……」
「鉄帝での戦争が終わっていなければ、このような祭りも儘らなかったろうしな」
 イレギュラーズの手で大戦をきちんと終えられたからこそ、ヴィーザルの人々はこうして楽しげに笑い合うことができるのだ。
「人も、そして精霊達も本当に楽しそう……こういう村々のお祭りというものには基本的に参加できませんでしたので、楽しみです」
 リースリットの言葉に愛無はこくりと頷く。
「ヴィーザルでも様々な事があった。もふぐりの事。そして邪神バロルグの事。思い起こせば、この地にも随分と縁が出来たものだ」
「鉄帝の……ヴィーザルの人達は強いね」
 愛無の隣に並ぶのは『炎の御子』炎堂 焔(p3p004727)だ。
「まだあの戦いから半年くらいで、きっとまだまだ大変なはずなのに、こんな風に賑やかで綺麗な、皆が笑顔で楽しめる素敵なお祭りが出来るんだもん」
 焔はその瞳に人々の笑顔を映す。色取り取りの民族柄の垂れ幕の前で、楽しげに楽器を演奏する人達。美味しそうに白い生地に包まれた挽肉を食べる親子。木樽のジョッキで葡萄酒を飲み干す男たち。
 誰もが楽しげで、その満たされた心が焔にも伝わってくる。
「よーしっ! 今日はボクも皆と一緒に思いっきり楽しむよ!」
 ぴょんと跳ねた焔の隣でペトラ・エンメリックも嬉しそうに「おー!」と拳を上げた。

『籠の中の雲雀』アルエット(p3n000009)の足下を黒猫のリトがてこてこ歩く。
 使い魔の精霊であるリトはこうして黒猫の姿でアルエットの傍に寄り添っているのだ。
「祭りか……」
 会場を見渡した『不屈の太陽』ジェラルド・ヴォルタ(p3p010356)は楽しげに笑みを零すアルエットを見遣り口角を上げる。
「歌と踊りは不器用だもんで……アンタらを見てるぐらいになるかねぇ……」
「ジェラルドさんは踊らないの?」
「まぁ見てるだけったって楽しいぜ?」
 金色の目を細めたジェラルドにアルエットはこくりと頷く。
「夏はギルバートさんと毎年ご一緒させて頂いておりましたが、お祭りに来るのは初めてですね。皆さん笑顔で楽しそうです」
『翠迅の守護』ジュリエット・フォーサイス(p3p008823)は柔らかな笑みを浮かべ傍に寄りそう『翠迅の騎士』ギルバート・フォーサイス(p3n000195)を見上げた。
「そうだな。楽しんでくれて嬉しいよ」
「んふふ~!」
 アルエットの頭を優しく撫でたギルバートの顔が『お兄ちゃん』のようでジュリエットは、また一つ別の顔を見られたと嬉しくなる。
 そんなギルバートとジュリエットの前に『カーマインの抱擁』鶫 四音(p3p000375)が立ち止まった。
「お祭りの前に、ご結婚おめでとうございます。ジュリエットさん、ギルバートさん。
 お二人の今後の素晴らしい物語を私も祝福させていただきますね」
「ありがとうございます……四音さん」
 照れた様に頬を染めたジュリエットと共に四音へ感謝を紡ぐギルバート。

「それでは、お祭りを皆で一緒に楽しみましょうかアルエット」
「うん! 楽しみ!」
 一歩前に飛び出したアルエットへ続く四音は笑みを零す。
「今日の私はお祭りウォーカー。可愛らしい女性と隣り合わせに歩いて素敵な思い出を作るって訳です。
 ふふふふ、手を繋ぎましょうか?」
「手? うん、いいよ! お菓子屋さん行こう!」
 四音の手をぎゅっと繋いだアルエットは嬉しそうに歩き出した。
「待って、アルエットちゃん! ボクもそのお菓子屋さん気になってたんだ! 一緒に食べよう!」
 アルエットと四音へ焔が追いつく。その後ろからは他のメンバーも歩いて来る。
「料理の出し物が本当に多いですね。しかも知らない料理が一杯で」
 リースリットは歩きながら、出店の料理を眺めた。
「シチューやスープ、煮込みの類が多いのは……厳しく冷え込む時期が長い地域柄の郷土料理という所でしょうか?」
 ヴィーザルで育ったギルバートなら分かるだろうかとリースリットは視線を向ける。
「そうだね。温かいスープに香辛料を入れることが多いんだ。温まるだろう? あとは保存の利くものは塩気が多いからスープに入れると丁度良い」
 ギルバートの答えに「なるほど」と頷いたリースリットはアルエットに向き直った。
「アルエットさんもサヴィルウスで食べたり見た事のある料理がありますか?」
「うん! 干し肉は美味しいよ。あとはこっちではハーブも多かったかも。お肉の臭みが取れるわ。ママが育てていてね。何種類もあったの……あとは食べられる草とかキノコとかスープに入れたりもしたわ」
 魔女エルヴィーラの元で育ったアルエットは質素な食事ながらも、色々なことを学んでいたのだろう。
 自然が厳しいサヴィルウスで生きる術を、エルヴィーラはアルエットに教え込んでいたのだ。

 愛無はエルヴィーラやサヴィルウスの事に思い馳せながら、とりあえず目の前の祭りを楽しむと決めた。
 その『楽しさ』はバロルグ打倒への道へと繋がる。何故なら恐怖こそ邪神の糧となるのだから。
 日々の生を謳歌し、この時を楽しむ。喜びや笑顔、祭りを楽しむ人々の思いはバロルグにとって忌み嫌うものに違いないのだから。
「そして、この地で守っていくべきもの、というわけだ……あ、チキンカツレツと串焼き、スブプロドクチイを頼めるかね」
 愛無は出店の前に立ち大量の料理を注文する。受け取った料理の他に、飲み物はクワスを求める。
「こんな時だ。アルコールでもいいだろう。あ、ガルショークも食べてみたいな。やはり祭りというからには現地の物をいただかねばな」
「愛無さん、どうやって持ってるの……?」
 何個もトレーを持って器用に食べ物を口に運んでいる様を見つめアルエットは首を傾げる。
 よく見ると、肘のあたりから黒い触手がトレーの裏側を這うように伸びていた。
「す、すごい……!」
 アルエットは愛無の器用な持ち方に目を輝かせる。
 その様子をアルエットの隣で見つめていた四音は「なるほど」と頷いた。
「私の親友に倣って私達も何か食べ物頂くのも良いですね」
「ふふふ……!」
「どうしました? アルエット」
「ううん、四音さんが愛無さんと仲良しなのが嬉しくて! お友達同士が仲良しなのはほわほわなの!」
 胸元を両手で押さえたアルエットは満面の笑みを四音と愛無に向ける。

「でも、これだけ色々あると食べてみたいものもいっぱいで迷っちゃうよね」
 焔は美味しそうな匂いのする出店の前をのぞき、また戻って来るを繰り返した。
「流石に全部は食べるのは無理だ……っ、でも愛無ちゃんならいけちゃいそう?」
「ん? 僕ならまだまだ余裕だが」
 トレーからチキンカツレツを摘まみ上げた愛無はぺろりと一口で飲み込む。
 口の端についているソースを、取り出した水色のハンカチで拭こうとして愛無は一瞬止まった。
 ハンカチで口の端を押さえるフリをして舌でぺろりと舐めとる。ハンカチが汚れるのが何かもったい無かった。
「とにかく! せっかくだから色んなものが食べてみたいし、皆でちょっとずつ分けっことかしようよ!」
 焔の提案に一同は同意して何がいいかと視線を巡らせた。
「そうね! 何か嫌いなものはある? 四音さん」
「特に好き嫌いはないので、アルエットの好きな物を選んで頂いて構いませんよ?」
 迷っているアルエットに焔が白い生地に包まれた挽肉を買ってくる。
「ほら、これとかすっごく美味しかったよ! 食べてみる? はい、あーん!」
 一口千切って差し出された生地の中から、美味しそうな挽肉の匂いが立ち上がった。
「はむ、はむ……んん、おいしい!」
 口の中に広がる肉の旨味と、少し辛めの香辛料。アルエットの瞳が輝く。
「アルエット、私が買ってきたのもどうぞ」
 今度は四音が買って来たしっとりとした焼き菓子を「あーん」と口に含むアルエット。
「美味しいの!」
「そっちのも美味しそうだよね、ボクにも一口ちょうだい! あーん!」
 四音は焔の口にも焼き菓子を放り込む。口の中に入れた瞬間、とろりと生地が溶け中から甘いバターのようなシロップが滲む。甘いだけでなく少しだけ塩分も感じられるから、一層旨味が引き立っている。
「んーっ! 美味しい! ヴィーザルにもこんなに美味しいものがいっぱいあるんだね!」
 焔は口の中の甘みを堪能したあと、ジュリエットにも手を振った。
「ジュリエットさんとギルバートさんは何を買ってきたの?」
「私はサーモンマリネです。お一つどうぞ」
「わーい!」
 サーモンマリネをフォークで取った焔はぱくりと口の中に入れる。
「では、ギルバートさんも……」
 フォークに取ったサーモンマリネをジュリエットはギルバートの口元へ運んだ。
「美味しいですか?」
「ああ、とても美味しいよ」
 そんな幸せそうな二人の様子を見守る焔は、何だか嬉しくなる。
 友人たちが憂い無く幸せであることは、それだけで心が優しい気持ちになるのだ。
 焔は広場の真ん中で踊っている人たちを視界の端に捉えた。
「あっ、あっちで踊ってる人達がいる! 行ってみよう!」

 きゃあきゃあとはしゃぐ焔やアルエットを見守るのはジェラルドだ。
 露店で見つけた美味そうなブルストにかぶりつきながら目を輝かせる。
「む、はむ……うめえ……」
「ジェラルドさん」
「ん! はふへっほ(アルエット)!」
 口の中のブルストに夢中になってアルエットが傍に居る事に気付かなかったジェラルド。
 慌てて口元を拭いて何事も無かったかのようにアルエットへ向き直る。
「……楽しんでるか? アンタは歌も踊りも楽しそうだな。少しだけだがよ、羨ましかったりするぜ?」
「とっても楽しいわ! ジェラルドさんは踊らないの?」
 こてりと首を傾げたアルエットにジェラルドは頬を掻く。
「花も装飾品も髪の世話も色々やって来たが……俺にも不得意なものがあってだな? 不得意っつーか……好きだけど……どうしてもダメなヤツって感じ? はは、俺にしてはしんみりし過ぎちまったかね?」
 眉を下げるジェラルドの元へ「どうしたの?」と焔がやってくる。
「踊り、せっかくだからボク達も飛び入りで参加させてもらっちゃおうよ! ほらほら、皆も早くこっちにおいでよ! 音楽に合わせて好きに踊ってても大丈夫みたいだし、皆で一緒に踊ろうよ!」
 焔はジェラルドとアルエットの手を引いて、広場の真ん中まで引っ張っていく。
「せっかくのお祭りなんだもん、どうせなら見てるだけより一緒に踊っちゃおうよ!
 きっとその方が楽しくて素敵な思い出になるよ!」
 焔の元気な笑顔にジェラルドも「そうだな」と踊りの輪の中に入った。

「アルエット、アンタはこの祭りの踊りはどんな感じなんだ? やっぱ身知ったヤツに教えて貰った方が身になりやすいと思ってよ。どうかね?」
「上手な踊り方は私も分からないけど、楽しくぴょんぴょんするのは出来るわ!」
 アルエットはジェラルドの手を引いてくるくると回り出す。
「お歌も好きなの。ジェラルドさんはお歌すき?」
「俺の歌は粗末なもんらしい……だから俺は聴き専ってヤツさ」
「そうなの?」
 こてりと首を傾げるアルエットにジェラルドは過去の記憶を思い出す。
 幼馴染みの言葉は、ジェラルドの心に棘を植え付けた。
「アンタの歌は……綺麗で好きだ」
「じゃあ、今度一緒に歌いましょ! 粗末だなんて思わないわ。だって、ジェラルドさんは私の歌を綺麗だと言ってくれたもの。それって耳が良いってことなのよ。聞き分けられるなら歌うこともできるわ」
 一緒に練習して一緒に歌を歌いたい。それはきっと楽しいことだと思うから。

「アンタには笑っていて欲しかったから聞かずに居たがよ……あれから情報は見つかってるのかい?」
 ジェラルドはゆっくりと踊りながらアルエットへ問いかける。
「そうね。もうすぐユーディアさんの力が回復するから、見つけられるって言ってたわ」
 つまり、近いうちに何かしらの動きがあるということなのだろう。
「気になる事があんならいつだって言ってくれ。俺は絶対にアンタの味方になるし、ここに集まってくれた皆も絶対に力になりてぇって思ってんだからさ? 一人で突っ走るなんて寂しい事してくれるなよ?
 絶対俺達を頼る……約束だかんな!」
「ええ、分かったわ!」
 アルエットはジェラルドの手をぎゅっと握る。
「……さて、しんみりはここまで! せっかくアンタに教えて貰ったんだし踊りくらいは踊ろうかね」
「ふふ! ジェラルドさん上手よ?」
 ゆらりゆらりと音楽に合わせて何でも無い踊りをしていた。見追う見真似。けれど、どこか楽しい。
「で、乗りかかった船だ……最後まで付き合ってくれるよな?」
「もちろんよ! いっぱい踊りましょ!」
 さっきまで見ているだけで良いと思っていたのに、始めてしまえば不思議と馴染むものだ。

「さて、食後の運動にですね。ええと、その……一緒に踊りませんかアルエット?」
 一息吐いてジュースを飲んでいたアルエットの元へ四音がやってくる。
「ほら、あれですよ。踊りに参加するならやっぱり相手が必要でしょう?」
 ジュリエットとギルバートが仲睦まじくあるのなら、自分達だって負けてはいない。
 もっと仲良くしたっていいだろうと四音はアルエットに手を差し出す。
「さあ、お手をどうぞお嬢さん」
「はい……!」
 嬉しそうに四音の手を取ったアルエットはそのまま身を委ねた。
(こ、こんなこともあろうかと舞踏も活性化してきました。完璧です)
 綺麗なステップを踏む四音に「くすり」とアルエットは微笑む。

 アルエットと四音が楽しげに踊る様子を見つめジュリエットは笑みを零した。
 二人を見ていると何だか胸がほんわかと優しい気持ちに満たされる。
「折角ですから私達も少しだけ踊りますか?」
「ああ、一緒に踊ろうか」
 ジュリエットの白い指先を誘うギルバートは広場の真ん中へ歩み出した。
「高度な踊りは出来ないが……」
「ふふ……決められたステップのない踊りは何だか新鮮で楽しいです」
 ゆったりと音楽に合わせて身体を揺らす。どんな風に踊ったって誰も誹ることはない。
 ジュリエットにとって踊りとは決められた手順で紡がれるものだった。
 だから自然と彼女の顔には笑みが浮かぶ。
 されど、腰に回された腕がゆるくジュリエットを抱き寄せるのに気付いた。
 少しずつ力強く引き寄せられる。その度にジュリエットの頬に朱が増す。
「あ、あのギルバートさん?」
「どうした?」
 まるで周りに見せつけるように抱き寄せられ、耳まで赤くなるのを感じたジュリエット。
「その……」
 嫌では無い。むしろ嬉しさが勝るのだが、同時に恥ずかしさもあった。
 間近に見えるギルバートの顔が楽しげでそれ以上何も言えなくなる。
「可愛いよ」と耳元で囁くギルバートの腕をジュリエットはぎゅっと握った。


 踊りを楽しんで一息吐いたアルエットはリースリットの元へやってくる。
 お酒の瓶を手に首を傾げるリースリット。瓶に掛けられた札には葡萄や蜂蜜の絵が描かれていた。
「果実酒や蜂蜜酒ですか。こっちは何でしょう……知らないものがたくさんありますね」
「お土産にどうだい? 美味しいから喜ばれるよ!」
 快活な声でリースリットに語りかけてくる女主人に「そうですね」と応える。
「リースリットさん、お土産?」
「ええ、こういったお祭りでは地元の方は家族に何か買って行ったりするのでしょうか?」
「うーん……私はお酒を買って帰ったことはないかも? リースリットさんは?」
「私は……幻想ではヴィーザル産のお酒なんてとても入手できないですから、父と兄と……屋敷の皆にワインを何本か買って帰りましょうか。アルエットさんも、ベルノさん達向けに何か買ってみては如何ですか?」
 こうしてお土産を選ぶのは、何だか特別な気がして胸が躍る。
「そうね。何か選んでみようかな。パパはお酒好きだし。お兄ちゃんはお肉かな? ママにはアクセサリーとか喜んでくれるかな!」
 どうしようかと羽をぱたぱたとさせるアルエットにリースリットは目を細めた。
 リースリットはアクセサリーをじっと見つめるアルエットの隣に立った。
「これはアルエットさんに似合いそうですね……」
「う?」
 振り返ったアルエットの前にリースリットは翠色の石が嵌ったブレスレットを差し出す。
 アルエットの瞳と同じ色で綺麗だと思ったのだ。金色の細身のチェーンが二重になっており、所々に花のモチーフの細工がついているのも可愛らしい。
「あ、いいな! ボクも欲しい!」
「良いですね……」
 顔を出した焔と四音もそれぞれの瞳の色と同じ石のブレスレットを選ぶ。
「お揃い、だね!」
 アルエットの楽しげな声にリースリットたちは「よかった」と優しい気持ちになったのだ。

 愛無は酒瓶を手に「どれにしようか」と考え込む。
「燈堂の皆は結構のんべぇだしな……みんな。飲みやすそうな果実酒とかが良いかしら」
 手にした葡萄と林檎の札が下げられたものを手にする愛無。
「燈堂も色々大変だしな。事が済んだらみんなで飲もう。祝い酒に良さげな縁起物とか祭りならありそうだしな……主人、おすすめは何だろうか」
 女主人へと愛無は顔を上げる。快活そうな声と笑顔で数本の瓶を渡された愛無。
 もし、この酒を開けるときは『ぱんだ』も居るのだろうか。
(普通に居そうだな、あいつは)
 神出鬼没な彼女の顔を思い浮かべ、「フン」と愛無は鼻で笑ってみせる。

 ジュリエットはリボンやスカーフが飾られた店へとやってきた。
 ギルバートの瞳と同じ鮮やかな翠の色と白い花が描かれたスカーフを選ぶジュリエット。
 満足げに振り返れば、ギルバートが女性に声を掛けられているのが見えた。
「……お誘いありがとう。けれど俺にはパートナーが居るから君達とはご一緒出来ないんだ」
 すまないと申し訳なさそうに女性へ返し、ジュリエットの元へ戻って来るギルバート。
「お知り合いですか?」
「いや、今そこで声を掛けられたんだ……あ、何も無かったからね?」
「はい……大丈夫ですよ」
 ギルバートを疑っているわけではない。
 けれど、あの夜ヴィルヘルムから聞いた言葉が頭の中で反芻する。
 よく女性に声を掛けられることがあると。
 その事を思うと何だか胸の中に焦燥感に似た嫌な気持ちが広がった。
 こんな気持ちを抱くのは良く無いとは分かっている。ギルバートに知られたくも無いのだ。
「ジュリエット?」
「いえ、あっちに美味しい果実酒があるそうなんです。飲みながら丘の方へ行きませんか?」
「ああ……」

 見晴らしの良い丘で果実酒を飲み干したジュリエットは、先程の出来事を思い返していた。
「酔っているのか? ジュリエット」
「いえ……少しだけ気分がふわふわしておりますが、私……まだ酔ってませんよ?」
 言いながら膝の上に乗ったジュリエットは首元に抱きついた。
 柔らかなジュリエットの身体を落ちないように抱きしめるギルバート。
「ギルバートさんは、私の……私だけの人……です。もう誰にも貴方の隣を取られたくない」
 とろりと瞳を伏せたジュリエットはギルバートの首元に唇を寄せる。
 触れるだけのキスではない。紅い印を着けるためのもの。僅かに痛む首筋にギルバートは息を吐く。
 ジュリエットの頬を指先で撫でてギルバートは「嬉しいよ」と囁いた。
 愛が重いなんて。一方的なものではない。
 ギルバートと同じぐらい、ジュリエットもまたギルバートに想いを寄せているのだ。

 静かな丘で四音とアルエットは美しい景色を眺めていた。
 二人きりで改めて話すことを考える。
「……そうですね。アルエット、もっと私に甘えてください! こうズブズブに甘やかされて私が居ないと駄目な感じに!」
「え?」
 突拍子も無い四音の言葉にアルエットはきょとんと首を傾げた。
「なりませんか? ならないですか? そっかー」
「何なに? 何の話なのかな? 私は四音さん大好きよ? 居なくなったら泣いちゃうわ。だから、居なくならないでね?」
 ぎゅっと四音の手を握ったアルエットに「そうですか」と安心したように微笑む四音。
 冗談めかして愛を確かめる行為を許してくれる。そんな甘え方しか出来ない自分は本当に傍に居ていいのだろうか。なんて事を考える程度には、四音にとってアルエットという存在は大きいのだろう。
 今はただ、ぬるま湯みたいな心地よさに浸かっていたい。
 願わくば、こんな日々が何時までも続きますようにと、薄ら思うのだ。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 お疲れ様でした。
 リクエストありがとうございました。
 何でもない平穏な夏の日。

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