シナリオ詳細
<渦巻く因果>魔王と勇者の冒険譚
オープニング
●『勇者』であるはずの青年
プーレルジールのティルーの村で、母の治療を担ったイレギュラーズは青年へと問うた。
燃えるような赤い髪。勝ち気な瞳。何処までも真っ直ぐに未来を見据えた彼は『混沌』では幻想王国の建国王とされていた。
しかし、この場での彼は只の冒険者だ。
冒険の旅に飛び出すことはなく、戦いにも慣れても居ない只の一般人でもあった。
ただ、その心には『冒険者』として広い世界へと憧れる気持ちが無かったとは言えない。
メイメイ・ルー(p3p004460)は「冒険の話は、これでお終いです」と告げ、ゆっくりと顔を上げる。
「世界は、広いです……とても、とても。もし貴方が、少しでも心に奮い立つ何かを感じたのなら。共に冒険の旅に出ません、か?」
「俺は――」
青年はゆっくりと顔を上げて、微笑んだ。
「アイオンさん、疲れては居ませんか?」
「勿論」
ギャルリ・ド・プリエの『アトリエ・コンフィー』へと彼を連れて遣ってきたココロ=Bliss=Solitude(p3p000323)は問う。
アイオンの母は安定した病状であり村の物に巻かせても良いだろうという判断だ。それ以上に、彼が冒険に出たいならば共にと彼の母が望んだこともある。
「ここが、ええと……イレギュラーズの本拠地?」
「まあ、仮の、というべきかも知れないけれどね」
マルク・シリング(p3p001309)は仮の拠点であるアトリエ・コンフィーの様子を見回した。
「お帰りなさいませ」
「おかえりなさい」
Guide05(ギーコ)とクレカ (p3n000118)は待っていたというように顔を出す。クレカは回言 世界(p3p007315)やグリーフ・ロス(p3p008615)とギャルリ・ド・プリエを見回っていたらしい。
「何かあったのかい?」
「実は、私がグリーフに似たゼロ・クールを見た気がして。……気のせいかも、しれないけれど」
「それに此処がクレカの故郷かも知れないからな。何か、生まれのヒントがあるのではないかと同行していた」
何処か居心地の悪そうなグリーフに、その様子を汲んでか話を敢て『別の方向』に向けた世界が眼鏡の位置を正す。
世界の目的はクレカの『親』を探すことだ。彼女が此処で作られたゼロ・クールならば、魔法使い(おとうさん)が居るはずだからである。
「クレカさんのヒントは見つかりましたか?」
穏やかに微笑んだリースリット・エウリア・ファーレル(p3p001984)の姿を見てからアイオンは目を眇めてから「ん?」と呟いた。
「アイオンさま、どうか、なさいましたか?」
こてりと首を傾げたメイメイにアイオンが「ああ、いや、知り合いに似ていた」と肩を竦める。
「雰囲気だけだよ。君はクラウディウス氏族の人間かい?」
「いいえ。私もイレギュラーズですから。……姓はファーレルと申します。もしかすると、ルーツはクラウディウス氏族にあるやもしれませんが」
「あ、そうか。イレギュラーズは俺の知らない未来から来たんだった」
可笑しな事を聞いたとアイオンは肩を竦めてから笑って見せた。
伝承の青年は「僕は普通の人間だ」と言いながら魔王を打ち倒すような『変わった』男だった。
だが、リースリットの目の前に居る彼は何処にでも居るような普通の青年のように見える。
(これが、『勇者』が産まれなかった世界線。滅び行く廃棄された箱庭。
……空中庭園も、ざんげ様も居ない。神様の居ない世界と言うべきなのでしょうか)
今度はアイオンをまじまじと見詰めたのはリースリットの側であった。
「……ん?」
「いいえ。お噂は、かねがね。それで、何をなさいますか?」
静かに問うたリースリットにアイオンは「そっちの彼女に似た人捜しと、それから、探索だ」と微笑んだ。
●『滅びの居所』
「まおーさま」と呼ぶ声が聞こえて、男は顔を上げた。
この地は嘗て『天空島サハイェル』と呼ばれていた。プーレルジールにおいては魔王宮は空の只中には存在せず、地にへばり付くように存在して居た。
どこぞの歴史研究家に言われれば、何らかの引力が生じたことによって浮島が地に落ちただとか、大地が天へと浮き上がっただとか。諸説はある。
古代の歴史について男も詳しくはない。自己が確立された頃にはこの地は『嘗て天空に存在した島』であり、サハイェルと呼ばれていた場所であった。
それだけの話だ。気にする事は無い。
「まおーさま」
もう一度、呼ばれた。考え事をしていた男は緩やかに顔を上げてから彼女の名を呼ぶ。
「どうかしたのか」と男が問えば、配下である四天王の『少女』はにんまりと微笑んでから「行ってきます」と手を振った。
それが魔王と呼ばれる男の日常だ。
イルドゼギア。それが『この体』の名前である。
いつの日にか魔王と呼ばれることになった男は滅びの化身が巣食っている。この滅び行く世界を統べる存在は滅びでならなくてはならない。当たり前の話ではないか。
プーレルジールは有象無象が跋扈している。群雄割拠と言えば聞こえは良いが、イルドゼギアに言わせれば整理されていない乱雑なおもちゃ箱そのものだ。
火の粉を敢て浴びたがる下らぬ者達に、傷付き斃れ行く仲間を憂いまたも罪を犯す者達に。
(――下らぬな)
イルドゼギアは酷く嫌悪していたのだ。
この世界は、人間という生物が増えすぎた。其れ等は自らの利を求めて傷付け合う。
それは、世界を管理する者が居ないからである。誰かが導かねば、この世界は只の崩れゆく――腐り行く果実をのんびり見ているほどにイルドゼギアはサディストではなかった。
いっそのこと全てを終らせてやった方が幸せではなかろうか。
……などと『イルドゼギア』は考えていたのだろう。
(『僕』はどのみち、魔王と呼ばれるようになった今だって何も満足はしていないのだ。
魔王も勇者も。どのみち何方も他称だ。勇者と呼ばれる存在は只の人間だ。対する僕は『―――――』ではあるが)
男は目を伏せた。正義だろうが、恐怖だろうが、どちらも人心を統べる合理的手段である。
自らが『―――――』であったのも。
(この世界をさっさと滅ぼせば、誰も苦しむことはないだろうにね。
『僕』はそう思っていたというのに、どうにも、邪魔をする奴が出て来たならば踏み潰さなくてはならないではないか)
嘆息した男は目を伏せてから、先程出て行った少女のことを思い出した。
『獣王』ル=アディン。
『闇の申し子』ヴェルギュラ。
『骸騎将』ダルギーズ。
『魂の監視者』セァハ。
ああ、ついでに――『最弱の』シュナルヒェンも居たか。
四天王と呼んだ彼ら、彼女らは此れより『蟻』の駆除に出掛けるそうだ。
折角、この世界は滅びに向かい全てを無かったことにしてくれようというのに。
滅び行けば、全てを無に出来る。リセットできるのだ。失敗作を塵箱に捨てるように容易くこの世界が喪われてくれる筈だったのに。
あろう事か彼等はやってきて、救いを与えようとするのだ。
正しく『本来の勇者の所業』を彼等は、フランツェルは為そうとしているのか。
勇者を目覚めさせようとしている。魔法使いに魔法を与え、聖獣に空を教え、救いを与えていくのだ。
(ああ、下らないな、本当に)
男は――イルドゼギアは笑っていた。
憤ることもなく、悲しむこともなく。邪魔立てする者を厭う気持ちはあれど、寧ろ楽しくて堪らなかったのだ。
それが『何方の感情』であるかを男は分からなかった。
(そうだろう、『僕』よ)
イルドゼギアはくつくつと喉を鳴らして笑ってから、ゆっくりと立ち上がった。
「さあ、プーレルジールを滅ぼそうか。勇者がやってきたならば、魔王が顔を出さない訳にはいかないだろう。
……けれど、そう簡単に顔を出しては勿体ないか。物語は筋書きに乗っ取って進めなくてはね」
●『因縁』
勇者は魔王が居るからこそ存在して居る。
アイオンが居るからこそイルドゼギアが存在して居た。
「探すのですか」とグリーフは問うた。目の前の青年は「勿論」と頷くだけだ。
グリーフはずきりと頭が痛んだ気がするが気のせいだと首を振った。クレカが見かけたというグリーフに良く似た女を捜すのだという。
(もしかして、その女性とは……ニア、いいや、そんな筈が……)
制作者(クリエイター)は一人の女を愛していた。ニーヴィアというアルビノの女性をもした機械人形であることは確かだ。
その記憶(メモリー)には深く憎悪と愛情が染み付いている。ニーヴィアになるべく作られた『失敗作(グリーフ)』。
――お前はこれから『生き延びろ』!
ずきり、と頭が痛んだ。その声が脳を過った。身を苛むそれが『彼女』と出会うことを拒絶しているようだった。
「グリーフ」
「……クレカさん」
「ごめん、ね。……あまり、逢いたくない存在だった?」
「いえ」
彼女には姉妹が存在するのだろうか、とグリーフは見た。何方もこの世界で作られた『心なし』だ。
アイオンはクレカが探しているのならば探すと告げて居たが、グリーフはやや乗り気にはなれなかった。クレカの傍に居た世界は「クレカの家族も探して貰ってもいいかもしれないな」と呟く。
「君も家族がこちらに?」
「分からないけれど、私は此処で作られたと聞いたから」
「……うーん……。俺はギャルリ・ド・プリエには詳しくないんだ。もしかすると、昔、この地に居た『冒険者』だったら知っているのかな」
「冒険者?」
ココロが不思議そうに見上げた。マルクは「そういえば、世界を旅する者が訪れる事があるらしいね」と頷く。
「そうなんだ。俺が知っている旧い冒険者と言えば……あった事は無いけれど、ほら、……『魔王』と呼ばれている――」
イルドゼギア。
その名を口にしたとき、転記が急変したように思えた。
ギャルリ・ド・プリエから飛び出した一行は目を瞠る。
「あっ」
クレカが指差した先にはグリーフと瓜二つの『女』が立っていた。
「わた、わたわたわたわわわわわわわわわわわわわわわわわたしは――――――」
「……壊れている……?」
マルクが剣を構えればグリーフは唇を噛む。一体何が起こっているのか。姉妹人形だというならば、親愛なるクリエイターはここに……?
「まあ、いけない。フォーゲットの躯は耐えられなかったのでしょうか」
ゆっくりと地を踏み締めやってくる一人の少女がいる。柔らかな銀の髪を有する少女だ。
くすくすと笑みを噛み殺した彼女を見て目を見開いたアイオンは「サーシャ」と呼び掛ける。
サーシャ・クラウディウス。アイオンの幼馴染みであり、アイオンの棲まうティルーの村近郊に存在するロズロアの領主の娘だ。
彼女が無数の『終焉獣』を連れて立っている。その手が『フォーゲット』と呼んだグリーフに良く似た女の手を握るのだ。
「サ、サーシャ……一体……?」
「サーシャ。……ああ、この躯の名前でしたね。それから、あなたが……そうか。あなたがアイオンか。
ええ、この躯はサーシャ・クラディウス。ロズロアの領主の血筋を有する肉体です。
ですが、今、この体の自由はサーシャが握って等居ません。ええ、わたしが有しているのですよ。この『魂の監視者』セァハが」
「『魂の監視者』……」
ぴくり、と指先を揺れ動かしてから世界は構えた。物語によれば勇者イルドゼギアの『四天王』の一人だ。
「サーシャはあなたを気に入っていたようですが、わたしはそうではありません。
魔王イルドゼギア様はあなたに逢いたいそうなのです。ああ、なんて――なんて、腹が立つのか。そうして、わたしは思い当たったのです!」
にっこりと『セァハ』は笑う。
「あなたが、勇者にさえならなければいいのだ!」
軍勢が歩を進める。背後にはギャルリ・ド・プリエが存在して居る。
サーシャが連れたフォーゲットが何者なのか。それ以上にサーシャ・クラウディウスが四天王の一人『セァハ』というのはどう言うことなのか。
「……何も分からないけれど、一つだけ分かることがあるよ」
アイオンは言った。
「倒せば良いって事だ!」
- <渦巻く因果>魔王と勇者の冒険譚完了
- GM名夏あかね
- 種別EX
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2023年09月30日 22時06分
- 参加人数10/10人
- 相談7日
- 参加費150RC
参加者 : 10 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(10人)
サポートNPC一覧(1人)
リプレイ
●
「『魔王』でも『勇者』でもそんなものは他称だろう?
僕も君も唯の人間に過ぎないのに、君はそれ以上の役割を背負いたがる――
同情出来なくも無いが、するような関係でもない。
『頼んでも居ないお節介』は好かれないものだよ、イルドゼギア」
――『勇者』の役割(ロール)を負った彼の名はアイオン。アイオーンとも称される。
混沌史上、最も多くの功績を持つとされる『個人』。
――それも、『世界線が別であれば』の話なのだが。
迫りくる軍勢を前にして青年アイオンは「倒せば良いって事だ!」と非常にシンプルな解を口にした。
剣を手にしてサーシャ・クラウディウスと名乗る娘をその双眸に映す。その瞳には僅かな惑いを感じられるが、彼は躊躇わない。
それが勇者の素質か、はたまた、生まれもっての彼自身の歪な精神性であるのかは定かではない。
「輝く魔法とみんなの笑顔! 魔法騎士セララ、参上!」
眩い光をその身に纏う、変化と共に舞い散る翼。白を纏った『魔法騎士』セララ(p3p000273)が構えたのは聖剣、人を救うための力である。
「アイオン、君が戦うのならボクにも手伝わせて!」
「有り難う、セララ。君の勇気に感謝を」
晴れ晴れとした笑みを浮かべるアイオンにセララは頷いた。と、同時に彼はこれまで一人で戦ってきたことを嫌でも理解する。
そう。
彼は、勇者ではない。勇者に成り得るかも知れない存在なのだ。
あの村で彼を見たときに『可能性』は感じていた。それが救いの可能性なのか、はたまた、希望のひとつなのかはさて置いて。
『医術士』ココロ=Bliss=Solitude(p3p000323)はこれも彼にとっての転機だと感じていた。
もしも運命の流れが変わってしまったら――アイオンという少年は勇者にならないの『かも』しれなかった。
しかし、それはそれで世界は新しい勇者を産み出すのだろうか。
(もし、そうならなかったなら……わたし達が介入すれば良い。運命は、この心次第で決まる。だから、彼の決断に全てを委ねるのです)
――否、ひょっとすれば気付いて居たのだろうか。
この世界においての勇者はイレギュラーズ自身であると。
確かにアイオンという青年は勇者だ。伝説ではそう語られている。だが、彼一人ではどうしようもない世界に満ちた光明は紛れもなくイレギュラーズ自身なのだ。
「確かに、何も分からないなら……今この危機を切り抜ければいい、と。アイオンさま、お供します、ね……!」
もしも、御伽噺であったならば。『ちいさな決意』メイメイ・ルー(p3p004460)は紛れもなく『勇者の仲間』だったのだろうか。
常磐の組紐をその腕に飾って、メイメイは眼前を真っ向から見詰める。有象無象、それらは物語の始まり。勇者に相対する者達だ。
「わざわざあれだけの軍勢を率いてくるということは、少なくともギャルリ・ド・プリエに何らかの用事があるということなのだろう。
何を企んでいるのかはわからないが踏み込ませるわけにはいかないな」
肩を竦めた『優穏の聲』ゲオルグ=レオンハート(p3p001983)に『【星空の友達】/不完全な願望器』ヨゾラ・エアツェール・ヴァッペン(p3p000916)はこくりと頷いた。
友にはギャルリ・ド・プリエに向かう軍勢を食い止めて欲しいとヨゾラは告げて居た。ライゼンデ・C・エストレジャードも一端の冒険者――イレギュラーズの一人である。
「無理は駄目だよ」
「……君は、クレカだったか」
小さく頷いた『境界図書館館長』クレカ(p3n000118)は真っ直ぐにライゼンデを見て「私達じゃ、一溜まりも無い」とそう言った。
ライゼンデとて膚で感じていることだろう。ヨゾラと己の間には実力差が存在し、熟してきた戦いの数が違う。
「それでも……友のためだ」
「私も、そう。……私の為だって言ってくれる人が、戦う。それに、友達だって困っている」
友達という言葉を使うのは気恥ずかしいとクレカはそう感じていた。その視線の先には惑いを浮かべた『愛を知った者よ』グリーフ・ロス(p3p008615)が立っている。
彼女――便宜上、彼女だ。グリーフは女性をベースにして作られた秘宝種である――はギャルリ・ド・プリエの安全を、そしてプーレルジールの行く末を案じて此処までやってきたのだ。
魔王と呼ばれる存在の目的は名にも知れず、この世界について全てを理解しているわけではない。だが、攻め来る軍勢を前にして踵を返す事もしなかった。
それ以上に。
(……ああ……)
目を背けられない理由が、其処にはあったのだ。
クレカからすれば『見てしまったからには』無視できなかったグリーフに良く似た存在。その外見は似通っているがグリーフと違うのは瞳の色彩だろうか。
「わわわわわわわわたたたわたたししししししいししししし」
唇を動かす度に発される不協和音。似通った外見でも髪を刈り、結わえ、別人のように振る舞ったグリーフは『ニア』そのものから懸け離れていた。
目の前の『女』はグリーフの知っているニアに良く似ている。
クレカは「グリーフ」と呼んでからその手を握った。
「あの人は、知っている?」
「……いいえ、知らないと云えば嘘にはなりますが、知っているとも言い切れません」
首を振ったグリーフを一瞥して、やれやれと『狂言回し』回言 世界(p3p007315)は肩を竦めた。
「……こうなりそうだから、さっさとクレカの親を見つけて退散したかったんだが。
巻き込まれてしまったらもう仕方がない。四天王だろうがなんだろうが、丁重にお帰りいただこう」
嘆息した世界は「クレカも『彼女』には興味があるんだろう?」と問うた。彼女が興味を示したのならばクレカの出自にだって関わるだろうか。
それにしたって、友達だ。
世界とグリーフをそう認識しているのだとすれば――なんとも、むず痒いとしか云えぬではないか。
●
「アイオン様と共に戦えるとは……光栄の極み。魔王軍との初戦、必ずや勝利を収めてみせましょう。
倒せばいい、その通りですアイオン様。行きましょう、お供いたします」
恭しく告げた『幻想の勇者』ヲルト・アドバライト(p3p008506)に「アイオンでいいって」と青年は笑った。
ヲルトは首を振る。彼が何と云おうとも、アイオンとはヲルトの知る歴史では幻想王国の建国王そのものだ。
青年が遣える幻想貴族は王統派である。リーモライザは彼の珍しい色彩を厭うことはなく、一人の人間として扱ってくれている。
(全てはリーモライザの為に。……主君の遣えるべき祖ならば、オレはこの方を支えるのみ)
心に決めるヲルトの表情をまじまじと見詰めてから「無理強いはしない」とアイオンは言った。
「セララも、ヲルトも、ココロもそうだ。俺はどうやら知らない場所の知らない歴史で凄い人間だったらしい。そうだよな、マルク?」
「そうだね。ただ、僕らの世界と良く似ていて、それでいて異なっている。
僕らの世界じゃ、これは終った話で、続く未来で語り草になった『だけ』。けれどこの世界は滅びに面しているんだ。
……僕は幻想建国のルーツにも、異世界にも、秘宝種達にも縁遠い存在だ。この世界に特別の関わりを持たない。けれど」
そんな何者でも無い誰かが見れば、見えないものを見ることが出来るのかも知れないと『ウィザード』マルク・シリング(p3p001309)は笑った。
眼前に、一歩ずつ踏み出してくるサーシャ・クラウディウスの『クラウディウス』の名にヲルトが反応した様に。
ルーツを持たないからこそ、惑いを捨てることが出来るとも知っている。
「さて、アイオンさん。一つ聞いても?」
『紅炎の勇者』リースリット・エウリア・ファーレル(p3p001984)が魔晶剣に鮮やかなる焔を宿した。それはリースリットの持ち得る魔力が具現化した代物だ。
アイオンは頷いた。彼女の疑問が聞かずにも理解出来たからだ。
「サーシャ・クラウディウス。……ロズロア領主の娘、クラウディウス氏族の血族……アイオンさん。知り合いというのは、もしや彼女の事ですか?」
「ああ。俺とサーシャは、幼馴染みだよ。君に感じた面影も、もしかするとサーシャのものだったのかも知れないな。
……貴族は旅に出ない。けれど、サーシャは……彼女は旅に出たいと言って居たから。君も貴族なのだろう?」
「……ええ、貴族は『本来は旅になど出ないのでしょう』ね。ですが――」
選ばれたのだ。運命が、世界が、その全てが、己に『可能性』を託して。
アイオンは頷いた。不穏な気配に備えるリースリットを一瞥してから「行くぞ」とアイオンが地を踏み締める。
「クレカさん、こっちへ」
ギャルリ。ド・プリエの護衛を担うべく声を掛けるヨゾラに「任せたぞ」と世界はクレカの背をおざなりに押してから告げた。
「世界、無理しないで」
「誰に言って居る? クレカも己の在り方を考えろ」
全く以て、心配をした友人らしからぬ言葉だ。ただ、本に囲まれ過ごすだけの毎日を送ってきたが、野垂れ死ねとは相手には思わない。
寧ろ、クレカから向けられた親愛がこそばゆい程である。世界は思考する。
『クレカの元に敵が到達しないように』戦えば良いのだ。それが如何に難しいことであれども、成してこそが勇者である。
「さあ、こっちだ! 魔王軍! 『聖剣騎士団』団長『ラグナロク』が相手になるよ!」
愛らしく、踊るように。作詞も作曲もセララが担った長髪の唄を響かせながら前線へと走り行く。狙うは邪妖精や怨霊と言った四天王配下を惹き付ける事だ。
「……フン、理解しているようですね。戦い方というのを」
サーシャの外見をした『四天王』が鼻を鳴らして笑った。
それが『魂の監視者』セァハ。彼女は腕組みをして「行け」と前線を指し示す。
「サーシャ……」
呟いたアイオンにマルクは「悩むのも仕方ない、けれど、僕らは沢山の命を背負っているんだ」と力強く告げた。
「セァハの力を削ぐ。さあ、根競べだ」
「……ああ!」
アイオンは己に向かい来る有象無象を相手取る。周辺を俯瞰し、扇情を確認していたゲオルグは「現状は『前』だけ見て居れば良い」と告げた。
此れだけの軍勢を前にすればどうしてもそればかりに注力してしまう。その間に別口よりギャルリ・ド・プリエに攻め入られては問題だ。
(……何か気配を感じることも気には掛かる。其方が動かないうちに片を付けなくてはならないだろうな)
思考するゲオルグは二挺のオートマチックピストルを構えた。放たれた鉛玉は雨の如く降り注ぐ。その下を駆けたアイオンは「圧巻だな」と囁いた。
「圧巻、ですか?」
「ああ……俺に足りていないのは、連携のようだから。一人じゃ、こんな戦い方したことない!」
アイオンの瞳に明るい色が灯されてメイメイは思わずくすりと笑った。なんて楽しそうな人なのだろうか。
心の底から戦いを楽しんで居る。だからこその勇者なのだろう。取りあえず戦いの中で『先』を得ようとしているのか。
「メイメイ、サーシャは……いや、セァハは、どうすればいいと思う?」
「サーシャさまを助けるには、セァハさまをどうにかしないとでしょうけれど、まだ制御しきれていないのなら、救う手立てはある、筈。
まずは彼女を傷つけずに、その周囲の召喚された魔物を倒し続けましょう。チャンスは、きっと」
アイオンとて『幼馴染み』だという娘を悪戯に傷付け、命を奪う事は避けたいはずだ。
メイメイは彼の問いの内側にそうした理由が含まれていることだけを願いながら、彼の傍らで支える事を望んでいた。
――ただ、ひとつだけ。グリーフにその姿が良く似ているゼロ・クールの事が気に掛かって溜らないのだ。
「グリーフさまに、似た…というより、そのもの、にも見えます、ね。アイオンさまが探そうとしていた方とは違う、ようです、が……」
「ああ、それにクレカも気にしていたな」
世界は後方に控えているクレカを気にするように一度だけ視線を送った。ヨゾラとライゼンデが護衛役を担っていたが世界自身もクレカの傍に着いていたかった。
「俺も」と言い掛けたが口を閉ざしたのは防戦となることが得策ではないことを知っているからだ。出来うる限り仲間を支えながら、軍勢を退ける事でクレカの無事を保つのみだ。
「しかし、クレカも興味を有していたが……クレカと奴の間に何らかの関わりがある可能性も考えられるな。グリーフに――」
詳細を問おうかと世界は前方に立っていたグリーフに近付かんとする邪妖精へと呪念を打ち込みながら考え倦ねた世界はぴたりと一瞬動きを止めた。
彼女は秘宝種だ。人間のよう感情的な機微も獲得していく途上であっただろうか。少なくとも、グリーフは自らが秘宝種であり、人の手によって作り出された『製造物』であることを認識していた。
認識しているが故に己と瓜二つの存在を「自身と同じ存在」であると咄嗟に判断したのだ。
「……『フォーゲット』、貴女は、誰で、何処からきたんですか? ……ドクター。貴方はそこに、いるのですか?」
「へへへへへへへ返答します。わたわわわわわたしは『魂の監視者』セァハの管理下にあります」
セァハの管理下と言う言葉に表情を歪めたグリーフの上空で鳥の声がした。クレカに持たせたファミリアーと上空を俯瞰するファミリアー。
その二つの『目』を利用していたグリーフが身構える。炎の生命力を感じる温かなルビーに光を集めてから、フォーゲットの目を眩ませた。
「フォーゲットにも私と同等のプログラムが込められているなら、簡単に死ぬことも許されていないかもしれませんね。
フォーゲット。私の”姉”か、”妹”かはわかりませんが……すでに寄生され、貴女が貴女でなくなってしまったならば」
それを終らせることこそがグリーフにとっての必要なものだ。
(背後に控える何方か。魔王本人かその配下かもしれませんが。
私は。私だから。それが、私たちの製作者である可能性を捨てずに置きます)
それがドクターだったら? ああ、いや――ドクターに『技術を与えた人間』である可能性も捨て置けやしない。
「あああああああああああああああああああ――――」
「もう壊れかけているのですか、フォーゲット」
前に立ち、一人でフォーゲットを眺めるグリーフの瞳に不安が乗せられる。グリーフの周囲の敵を退けながらも世界はフォーゲットそのものに興味を有したように眺めて居た。
「でも、その前に。……寄生されても、まだ貴女の中に、自我が残っているなら。
教えて、フォーゲット。貴女自身のことを。ニアのことを。そして、ドクターのことを。知らなければ、私は」
フォーゲットは突き動かされるようにグリーフへと飛び込んだ。
受け止めた腕の軋み、形振り構わぬ人形の強撃を弾く。この場のイレギュラーズは継戦能力に優れた人間が多い。
グリーフはフォーゲットに注力して居るが世界やメイメイが支えてくれることも知っている。
グリーフの側に来ないようにとヲルトが全てを相手取り、ギリギリの場で立っていることだって知っている。
メイメイがグリーフが出来る限りフォーゲットと話せるようにと考えてくれたのは彼女のなりの気遣いだ。
「……教えて、フォーゲット」
グリーフは囁いた。触れたフォーゲットの指先から『姉妹』であるグリーフに流れ込む奇妙な記憶。
――僕が作った人形だ。カ号。君もニアを造り上げられるだろうか?
――……その技術力は素晴らしい。此れならば屹度。
――手を貸してくれ、イルドゼギア。
「ッ―――!?」
全容は分からない。勢い良くグリーフのコアを狙うフォーゲットを弾き飛ばす。
勢い良くその体を地へと打ち付ければ、フォーゲットの腕がもげた。
緩やかに立ち上がった人形の唇が笑う。
「『愛してるよ、ニア』」
あ、とグリーフは叫びかけた。それが自壊のコードであることを知っている。
グリーフは世界に認められ自壊することはなかった。だが、フォーゲットの側は? 敢て『姉妹』を認識した僅かな自我で破裂したか。
いや、あれは――
(……其の儘傍に居たら、巻込まれていた)
ぞうと背筋を走る嫌な気配から遁れるようにグリーフは首を振る。
「カ号、とはクレカさんでしたね」
「……フォーゲットが何か?」
眉を吊り上げた世界にグリーフは「何も分かりませんが、そう聞きました」と囁いた。
●
はらはらとした様子のクレカに視線を送ってからヨゾラは「皆、頑張っているね」とそう言った。
ギャルリ・ド・プリエの入り口を背に、前線へと駆けていくアイオンを視線で追掛ける。
彼は尽力している。彼のために攻撃を示してやりたいが、その為には最前線にまで出る必要があるか。
「……アイオン、楽しそうだね」
「そうだね。後ろで守られていてくれるような存在でもないんだろうね」
ヨゾラは思わず笑った。だからこそ、彼は物語の勇者なのだろうか。
ゲオルグは肩を竦める。アイオンを支えるべくその背を追掛けては居るが、不意の備えをしても心配になるほどに果敢に前線へと飛び込むのだ。
セァハがアイオンに向けている敵意を考えれば、彼に後方に控えて貰うことこそが正しいのだろう。
(だが、アイオン自体はそれを嫌がるのだな。
……実戦を通さなければこれといった成長も見込めないだろう。
ならば私達にできることはアイオンが戦いやすいようにサポートすることだ)
あれだけ楽しそうに前へと走っていくのだ。そんな彼を支えてやらねばならないと気を強く持つ。
「いいな」
クレカがぽつりと呟いた。ヨゾラは「クレカさん?」と問う。
「わたしも、ああやって、真っ直ぐ前に前に走って行けるのかな」
「……大丈夫だよ」
憧れたならば、間に合うのだとヨゾラは囁いた。クレカの瞳は前を走るイレギュラーズばかりに魅入られていた。
「アイオンさん、サーシャさんと最後に会ったのは何時ですか?」
邪妖精達を退けながらリースリットは問うた。四天王が他者の体を乗っ取ることが出来ると言うのは初めて聞いた話だ。
だが、エピトゥシ城に複製されていた体を用意していたのは、体を乗り換えることが出来るからだったのかとも思い至る。
「……最後にあったのは、何時だろうな」
アイオンは覚えても居ないとでも言った様子で肩を竦めた。それが彼とサーシャの間柄の答えなのだ。
「それに……ふと気になりました。内容は兎も角、言動や立ち居振る舞いはまるで貴族の娘そのもの。
私に雰囲気が似ているというのは成程と思いましたが、問題はそこです。
『魂の監視者』セァハの素の振る舞いだとは些か考えにくい……もしかして、セァハはサーシャさんを乗っ取り切れず彼女の影響を強く受けている?
だとすると、先程の……『腹が立つ』とか『勇者にさえならなければ』という妙な言動は……」
リースリットの言葉にゲオルグは「難しい話だ」と応える。
「まだまだアイオンは成長途中。私達の知る混沌のアイオンとは比べものにはならないのだろう。
そういう意味ではセァハの狙いはある意味正しい。勇者がいなければ魔王が敗れることもないのだからな。そういう意味なのか――」
「ええ、そうなのか、はたまたサーシャ・クラウディウスの本心か」
リースリットはアイオンと彼女の間にあったのはサーシャの向けた好意から遠離るようにして距離をとったのだ。
ならば、身分の問題が無かったならば?
リースリットの問い掛けにアイオンが何処か困ったような笑みを浮かべた。それが全ての答えなのだ。
(……ああ――けれど)
リースリットは「アイオンさん」と声を掛ける。振るう剣も、淀むことのない足も、突き動かされる全てが彼の人となりを表しているから。
「本人の意識は恐らく無い。届くかも判らない、けれど私達では絶対に届かない。
届き得るのはずっと彼女の心に居た貴方だけ――救えるとは申しません。それでも救いたいならば、どうか彼女に呼び掛けてあげてください」
「もしも、今、彼女を救えなくっても何度でも声を掛ける手伝いをして欲しい。
それが、サーシャを救えるなら。俺は、サーシャの気持ちには応えられないかも知れない。それでも――『乗っ取られてるだけ』なら」
リースリットは「あ」と声を漏した。
終焉獣が寄生してゼロ・クール動かしている。この世界の敵とは終焉獣が多いというのだ。
本来の四天王とも、何もかもが違うのならばそれらは終焉獣が作り出しただけの存在だからこそサーシャ・クラウディウスそのものなのか。
「お手伝い、します」
メイメイは頷いた。この場から敵を退ける。そうしてサーシャを救う。それがこの地に立っているメイメイの全てなのだから。
ハイペリオンの力を借り受けて、叩き付ける。
「ハイペリオンさまのお力、見せて上げましょう。
セァハさま、アイオンさまが勇者に、なるのを妨害しようとしている、のは逢いたい、と望む魔王の意志に反するのでは?」
「いいえ、いいえ!」
お前さえ――
叫ぶ声音は鬼気迫る。
世界は『アイオン』ではなくて『イレギュラーズ』が目的の可能性があるのだろうと仲間達へと声を掛ける。
「だろうな」
ヲルトは独り言ちる。
この場の勇者アイオンは確かに勇者そのものの存在だろうが、この場で最も勇者だと呼べるのはイレギュラーズだ。
魔王イルドゼギアが欲しているのも勇者アイオンでなくイレギュラーズのように思えてならない。
「注意を。僕達が『世界を渡ってきた』んだ」
マルクに頷いたゲオルグとヲルトはセァハと向き直る。アイオンを支え続けるココロは「深追いはしない!」と注意するように叫んだ。
「アイオン、キミにボクの必殺技をみせてあげるね。いくよ!」
雷の魔力がその剣へと集中していく。
セララは『魔法騎士』だ。魔法少女と呼んでも差し支えはない。そうして、魔力を剣に纏わせる技能をアイオンが見るとするならばマナセだったのだろう。
「良い魔力じゃない! やってみて? 何で直ぐできるのー!」なんて言いながら楽しげに実力を高めていく勇者パーティー。
そんな様子がありありと浮かぶようになったのは彼等の存在がより身近になったからだ。
セララにとっては『友人のご先祖様』だ。彼の好機の瞳は、友人が楽しげに冒険譚を聞くその時にも似ている。
「全力全壊! ギガセララブレイク!」
叩き付けられる一撃に星が散る。ああ、なんて美しさか。
「アイオンさん」
ココロの呼び掛けにアイオンは接近する終焉獣に気付き「分かった」と頷いた。
ヲルト一人に盾を任せても行けない。指示を行なうマルクの声をよく聞いて、ゲオルグやリースリット共に『セァハ』を退ける。
それがなんと難しいことなのか。後方でヨゾラがギャルリ・ド・プリエの警備をしてくれていることで後方に対する安心感は強い。
「アイオン!」
セララが呼ぶ。
「セララ、右だ!」
頷いたセララが身を捻り上げた。セァハの元から放たれた真空の刃を聖剣が弾いた。
攻撃や防御、回避の仕方を出来うる限り彼へと見せる。彼は直ぐにそれを吸収していくのだ。
(流石って言うべきなのかな?)
セァハに届かぬ刃でも、その周囲を粗方終息する事が出来た。ならば――
「数、足りてますか? もっともっと必要そうに思えるのですがいかがでしょうか」
セァハを前にココロは問うた。彼女の使役する怨霊達は痕は数える程度である。
「……貴様等」
歯噛みし表情を歪めたセァハがぴくりと肩を動かしてから立ち止まる。
「まあ、良い。公開しろ」
魔力は尽き欠けて満身創痍のセァハに攻撃を仕掛けようとしていたが――後方からの気配が濃くなったとマルクは「ストップ!」と叫んだ。
●
「ここから先へは行かせない……君は、何者だ?」
不穏な気配にマルクは眉を吊り上げてそう言った。セァハの軍勢ではない。もっとも巨大なものだ。
魔王イルドゼギア――
そうだとしか思えぬ存在なのだとヲルトは眼前を眺め遣る。
「動けば撃つ」
静かに囁いたヲルトはじらりと睨め付けた。その血色の瞳を受け止めたとてその気配は笑うだけだ。
「睨むな。僕もそれ程に短気ではない。だが、物語というものは誰かが始めなければ何も起こらないだろう?
君達がこの地に姿を現したからこそ、僕は物語を始めたのだ。始めなければ僕らは出会う必要性さえなかっただろうからな。
「魔王イルドゼギアは、力ある自分が世界を統べる事によって、世界が向かう滅びへと抗おうとした。
プーレルジールのイルドゼギアは、その真逆。自ら世界を滅ぼそうとしている。
魔王軍や四天王という器は、僕らに伝わる形をそのままに、魔王軍の中身がすっかり入れ替わっているようだ」
「……よく理解しているのだな」
マルクがはっと顔を上げれば月の光で編み溶かしたかの如き銀髪の男が姿を現した。
魔王イルドゼギアという呼び掛けに反応したのか。それとも、『その在り方』について理解していることに反応を示したのかは分からない。
思わずたじろいだヲルトの背後では一歩後ずさったメイメイが息を呑む。彼は、孤高たる魔王か。それは酷く寂しげな生物に思えてならない。
「……世界を渡る力と、プーレルジールの滅び。前者を求めるなら、後者は不要のはず。
両者には不可分の繋がりがある? それは僕たちの世界にも存在する?」
「さて」
マルクは理解が出来ないとでも言う様にまじまじとイルドゼギアを眺めて居た。
ただ、『未来で待っている』主君を思いながらヲルトは眼前の男を不穏の種として認識し問う。
「お前は世界を滅ぼしたいのか。それとも、世界を滅ぼさなければならないのか、どちらだ?」
前者であるのならばただのクズだ。そもそもの歴史とのズレがあると認識しよう。
後者であるのならば、何らかの使命を与えられて物語を綴っているのか。
本来の勇者王の話を詳らかにしてみれば実に分かり易い。真実、イルドゼギアはマルクの言う通り世界の滅びを覆そうとしたのだ。
滅び行くであろう世界への序曲を『旅人』であった男は帰還も出来ぬ世界を厭うように武によって統治し混沌を一つの国とすることを目的とした。
アイオンという青年はどちらかと言えば勇者と呼ぶほかにはないような性格をしていた。
物語ならば『邪智暴虐の王を退ける男』だったか。光有れば闇がある。イルドゼギアのやり方が万人に受け居られるものではなかっただけの話。
どちらだとヲルトは視線を逸らさない。
「そも、イルドゼギアはプーレルジールに『居るはず』がないのだ」
「……何を、言って居るのですか」
「君のドクターがこの世界に居るようにね」
「ッ、何を知っているのですか!」
グリーフは叫んだ。後方より走り寄ってきたクレカは「グリーフ」とその手を握る。
目的の全てが分からないのだ。グリーフの核が鮮やかな光を帯びる。
(……フォーゲットは『不要』として『自壊』していなかった。なら、ドクターは……彼と手を組んでいる……?
『ニア』は、もう居る? あるいは、確実な方法がある……?
私が持つ核。そして、混沌への渡り……例え貴方でも、私は奪わせない)
じり、と地を踏み締めてから息を呑む。クレカの前に腕を伸ばし、庇うように立っていた世界は「問いたいことが多いのだが」と眼鏡のブリッジに指先を当てる。
「グリーフの制作者について、お前は知っているのか? 魔王イルドゼギア」
「だと、言えば?」
「家族の話だ。彼女が聞きたがっているならば教えてやるのも筋だろう」
淡々と告げる世界にイルドゼギアは「何れはわかるさ」と喉を鳴らした。
彼の出現でセァハは後方に退いている。彼女を助けに来たという事か――
「あなたは、何を……見ているのです、か?」
メイメイは恐る恐ると問い掛けてから、イルドゼギアをまじまじと見詰めていた。
「そもそも、僕とは本当のイルドゼギアではない。この滅び行く世界に与えられただけの役割に過ぎないのだ。
僕が宿命を有し、勇者と相対するならば其れ等を見たいのは当たり前だろう? ……最も、勇者とは君達ローレットのようだが」
「ローレットも、知っていらっしゃるのですね?」
「無論。僕の目的は――」
混沌世界へと至ること。
リースリットは息を呑む。ヲルトは彼の存在はプーレルジールにおける原罪そのものだろうとも認識出来た。
本当にそうだとすれば。
「あなたの、目的は混沌世界に待ち受ける原初の魔種の元へと合流し……この世界を滅ぼすこと、ですか?
本来のイルドゼギアではないならば、貴方はセァハと同じように……?」
もしも、それが『四天王達特有の能力』でなかったならば。
リースリットの呟きに男の唇がついと吊り上がってから――そうして、彼は姿を消した。
立ち竦んだままのグリーフの傍によってからメイメイは「フォーゲット様の、壊れた欠片を、集めて、埋葬をしても?」と問う。
「……はい」
クレカはぎゅうと服の裾を握り締めたまま俯いた。混沌世界と『双方が繋がっている』事で、魔王が混沌へと渡る力を欲しているのならば。
もしや、彼の正体は。
――この世界を滅ぼした『滅びの獣』として混沌世界の滅びにさえ力を貸そうとしているのか。
「クレカ?」
「……なにもない。わからないから」
俯いたクレカは世界の手を握ってから首を振った。
「セァハ、という人が言っている勇者とは何かわかりますか。
……それは例えば、セララさん。元気で明るく、正義感あふれる姿は数多の人々の希望となってきました。
どうです? 素敵でしょう」
ココロに声を掛けられて、一度足を止めたアイオンはふ、と笑みを浮かべた。
「ああ」
ココロの言う通り、セララは困った人の元へと真っ先に走り来て、その人を助けるのだろう。それが良く分かる。
今のアイオンにはした事の無い正義感の溢れた立派な行動だ。
「俺には、セララもココロも勇者に見えるよ。いや、俺の元に来たイレギュラーズはそういうもの、なんだろう?」
ココロは目を見開いた。紡ぐ言葉を見透かされたかのような心地にさえなってしまうのだ。
伝承のアイオンは朴訥とした青年だったという。今の、野を駆けずり悪ガキそのものに育った彼ならばそうやって他者に対して言葉を残すのか。
――僕は君が好きじゃないから、こうしてしばきにやって来た。それが一番シンプルな答えになるんじゃないかな。
非常にシンプルで非常に人間味がなく、勇者となるべくして育ち、進んだ青年とは大いに違う等身大の彼。
「はい。……勇者とは辛い運命を背負うもの。
あなたはご両親やメリッサさん……さらに見ず知らずの誰かのために、そして世界という曖昧な存在を守るため命をかけられますか?
――あなたは、勇者を目指しますか?」
だからこそ、イレギュラーズの背負った宿命が、どれ程に重く苦しいのかさえも察してくれていたのか。
「アイオン、もっと強くなりたいと思わない?
この後、ボクと一緒に特訓しようよ。君ならきっとギガセララブレイクを使えるようになるよ」
にんまりと微笑んだ小さな少女をまじまじと見詰めてからアイオンは「俺にも出来る?」と問うた。
「勿論だよ! でも、やってみなくっちゃ出来るようにはならないよねっ?
冒険者と勇者、どっちでも良いんだ。守りたいなら強くならないとねっ。ボクが守りたいモノは皆の笑顔だよ。目指せ、ハッピーエンド!」
まじまじと小さなセララを眺めてからアイオンはふ、と吹き出した。ああ、それはそうだ。
けれど、そんな風に言ってみせる彼女こそ、勇者そのものではないのだろうか?
「……宜しく。俺は、アイツを倒そうと思う」
「理由は?」
セララは分かりきった理由を問うてみた。
彼が正義感だとか、世界が滅びるからだとか、そんな大きな理由を持っている訳がない。
「ただ、なんとなく。ぶん殴りたくなった」
それでこそ、彼は勇者なのだ。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
あとがき
ご参加ありがとうございました。
漸く全容が見えてきたでしょうか……?
GMコメント
●成功条件
・『フォーゲット』の破壊
・『魂の監視者』サァハの撃退及び『不穏な気配』の撤退
・ギャルリ・ド・プリエに踏込ませないこと
●フィールド情報
ギャルリ・ド・プリエ入り口を背にした状態です。攻め入る軍勢を食い止めましょう。
前へ前へと進むことである程度の距離は得る事は出来る可能性がありますが、『数が多い』事、『相手はギャルリ・ド・プリエに用事がありそう』な事に注意をして下さい。
何らかの目的がありそうですが現時点では不明です。サーシャ(セァハ)は「勇者を此処で消し去れば魔王様はお前の固執しない」とそればかりを口にしています。どうやら、その目的には『魔王イルドゼギア』が絡んでいるようです。
また、サーシャの背後から不穏な気配を感じます。それは強大な滅びの気配であり、何かが潜んでいるようですが……。
成功条件を満たした状況になれば『不穏な気配』は撤退します。どうやらアイオンを見に来ているようですが。
●エネミー情報
・『魂の監視者』セァハ
その体はサーシャ・クラウディウスというアイオンの幼馴染みの少女のものですが、四天王を名乗ります。
どうやら『終焉獣』が寄生しているのでしょうか。その肉体は通常の少女と言えるようなものではありません。強大な魔種の様な力を有します。邪妖精や怨霊、ゾンビなど魂を支配されたモンスターたちを召喚することを得意としているようです。
基本的には後方に居ます。召喚術を駆使して守りを固めてきますが、召喚術には魔力を必要とするようです。
その体にまだうまくセァハが馴染んでいないのか『魔力切れ』を起こす可能性があります。無数に召喚させて『ガス欠』させて撤退を促しましょう。
・邪妖精や怨霊達 初期20体。
セァハが召喚するエネミーです。どれ位で魔力切れを起こすかは分かりません。1ターンで10体まで召喚できます。
セァハを守るように動くほか、特にアイオンへと狙いを定めているようです。
個体ごとに特性があるようです。基本的にはセァハの指示に従います。
・『フォーゲット』
グリーフ・ロス(p3p008615)さんに瓜二つの紅色の瞳を有する人形です。どうやら終焉獣に取り憑かれているのでしょう。
コアにまで侵蝕しているのか、余り言葉を話しません。壊れているようにも見えます。
非常に堅牢な個体です。看護師であったニーヴィアという女性に関してプログラミングされているために、人を護り癒やす事を得意とします。
ですが……グリーフさんを見て「ニア」と口にするでしょう。「ニア、ニア、ニア」と何度も繰返します。
自壊コードが存在して居ますが、終焉獣に寄生され侵蝕されているために『自壊コードの効力がなくなっている』ようです。
製作者(クリエイター)の所から必要なくなった個体をセァハは譲り受けたと言って居ますが……?
・終焉獣 10体
滅びの気配を有しており、狼を思わせる姿をしています。暴れ回りイレギュラーズを狙うようです。
狙いはアイオンのようにも見えますが……。
・???『不穏な気配』
後ろで見ています。その気配をひしひし感じますが……。
●NPC
・アイオン
混沌史では勇者である青年。プーレルジールでは只の冒険者です。
それ程戦いには慣れていませんが、剣を手に皆さんの戦い方を模倣し、そしてアレンジしながら戦います。
勇者になる過程でもある為、彼自身はぐんぐんとその力を付けることでしょう。ですが、現状では未だ未だ『成長途中』です。
・クレカ(K-00カ号)
ゼロ・クールであると思われる境界図書館の館長でもある秘宝種の少女(便宜上、少女と称する)。
基本的に魔術を駆使して皆さんの支援をします。戦うことは余り得意としていませんが、皆さんの力になりたいようです。
自身のルーツを探しています。グリーフさんに良く似た『人形』に興味を持っていますが……もしかすると、辿ればそのルーツにも近づけるのかもしれませんね。
●情報精度
このシナリオの情報精度はC-です。
信用していい情報とそうでない情報を切り分けて下さい。
不測の事態を警戒して下さい。
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