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シナリオ詳細

<信なる凱旋>誰が為の歌声か

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 セナ・アリアライトは代々騎士を輩出するアリアライト家の当代である。
 正統なる後継者という訳ではない。セナ少年は天義の孤児院で生活していたが世話になって孤児院を助けるために騎士を志した所、その志に感銘を受けたアリアライト卿が彼を容姿にしたのだ。
 記憶の混濁が激しく、幼い頃に名前をもじって遊んだ『雪涙(セナ)』という文字のみを覚えて居た彼は『セナ・アリアライト』として生活を送っていくことになる。
 正義の代行者であったアリアライト家は、此れまでも正義を追い求めてきた。
 セナもその志を継ぐように猛勉強をし、跡継ぎとして義父と義母より認められるほどとなった。
 ――だが、天義を襲った災厄は、ベトアリーチェ・ラ・レーテの在り方は、天義の正義を揺るがしたのだ。
 アリアライト家が信じ抱いたその正義。その『遂行者』としての矜持を胸に抱いたセナは自らの在り方にも疑問を覚えて居た。

 そんな時に彼女と出会ったのだ。

「お兄様」
 星穹(p3p008330)――いや、セラスチュームだ。
 本来の名前はセラスチューム・グラヨール。没落した『グラヨール家』の令嬢であった娘である。
 兄様の呼び名の通り、セナ・アリアライトは本来はグラヨール家に産まれた長子に当たり、本来の名も『セアノサス』と言った。
 セナ、セラは二人のニックネームであった。同様に大部分をなくした記憶であったとしても忘れ難い自らの呼び名であったのだ。
「お待たせしましたか?」
「……いいや、大丈夫だ」
 セナは緩やかに首を振った。兄妹として彼女と接するにはぎこちなく、騎士とイレギュラーズであった方が幾分か良かっただろうか。
 月に一度デートをしましょうと提案した妹にセナは頷くばかりであった。
 此れまでの事を話そうと星穹はカフェでセナに『日々』の報告をした。
 相棒のこと、忍びとして過ごしたこと、片腕が義手になったこと、夜妖の子ども達のこと。
(……大きくなったものだな。良くは知らないが、血は繋がっていない子ども達が居るという。
 俺にとっては甥や姪と呼んでも良いのだろうか。
 全てが落ち着いたならばその子達に会いに行かねばならないな。叔父として認めてくれると嬉しいのだが……)
 セナにとって『セラスチューム』はよく笑う甘えん坊だった。そんな彼女が凜と背筋を伸ばして話しているだけで、遠くに行ってしまった気がしたのだ。
(ああ、もしも、お前に何かがあるならば、俺は好みを擲ってでも『今度こそ』救わねばならない)
 どちらも『自己犠牲の塊だ』と星穹の相棒であるヴェルグリーズ(p3p008566)は呆れるだろうか。
 仕方が無い事なのだ。本当に、仕方が無い『似たもの同士』なのだ。
「今度は何処へ行きましょうか」
「グラヨールの屋敷があった場所はどうだろうか」
 二人はカフェを出て騎士団の詰め所に帰るところだった。
 ふと、気配を感じてからセナは自身の剣へと手を掛ける。ぴくりと肩を動かした星穹が刀を抜こうとして指先にひりつく気配を感じた。

「やあ」

 ゆっくりと、月明かりの下に姿を現した男は――
「ロイブラック……」
「母……様……?」
 ――一人の『女』を連れていた。


「めえ」
 驚いた様子でメイメイ・ルー(p3p004460)は呻いた。セナや星穹が警戒していた男が『ブーケ』を連れ去ってしまったのは遂行者達が一斉に攻撃を仕掛けてきた戦いでのことだった。
 そんな男――ロイブラックがセナと星穹に接触してきたという情報を騎士の一人が伝令で持ち帰ったのだ。セナが指示したと言うが、至急、ヴェルグリーズを始めとしたイレギュラーズに対応して欲しいという。
「ロイブラックさま、だけです……か? ブーケさま、は」
「どうやら彼女の姿は無いらしいが……ロイブラック殿は『女性』を連れていたらしい」
 焦りを滲ませるヴェルグリーズにメイメイは「女性?」と首を傾げた。
「セナ殿……いや、セアノサス殿と星穹――セラスチュームの母親、らしい」
 母親という言葉にプエリーリス(p3p010932)がぴくりと指先を動かした。
「あら、まぁ。お母さん?
 ……お二人は記憶を無くしていたと聞いていたけれど、お母様はご健在だったのね」
 ヴェルグリーズと星穹はセナからある程度聞いていた。母であるジャスミンは『この世には居ないはず』だという。
 父に起きた変化は反転であった筈だ。聖遺物を蒐集していたという二人の父親グラヨール卿はその影響を受けたのだろう。
 現在の呼び声に抗うこと亡く受け入れた哀れな父が子を殺す前に――反転した夫との心中をする為に、幼い兄妹をロイブラックに預けたジャスミンは死したはずだったのだ。
 だが死んだはずの母親がロイブラックと姿を見せたという。
(……何が起こっているのかは分からないが無事で居てくれ)
 ヴェルグリーズは現場に向かうこととした。その背を追掛けながらプエリーリスがぽつり、と呟く。
「もし……もし、お母様も反転なさっているなら、お二人を呼びに来たのかしら。
 母親の愛情は無償とは言い切れないもの。きっと、もしかしたら――」


 ジャスミンという女は幻想王国のスラム育ちの娘である。貴族達の秘密の酒場で歌う小夜啼鳥。
 そんな娘はマツリカと名乗り、歌い続けたがその声にひかれたブーゲンビリア・グラヨール卿が娶ったのだ。
 十分満帆であった日々を送っていた彼女は夫が聖遺物の影響を受け変わり果ててしまってから、愛しい子ども達を手放した。
 ロイブラックという男に子を託したのだ。
 だが、ロイブラックは『歌声』を蒐集する悪癖を有していた。
 美しい歌声を有する子供を『囀らせ』、そしてその血を浴び、啜り、その声を永遠に留め捕えたいと願ったのだ。
 その様は正しく魔種そのものだ。
 ジャスミンは夫の傍で歌い続けていたが――知ったのだ。ロイブラックが魔種であることを、そして二人の子供が生きていることを。
 だから、来た。
 子ども達を護る為ならばと遂行者と呼ばれる男の手も借りた。『夫が不正義の聖遺物に触れた歴史』を修正して欲しいとも願ったのだ。

「俺の小夜啼鳥。
 ……俺は愛しき星雛鳥を譲って欲しい。セアノサスならば、君に譲ろう。跡取りが必要だろう?」
「ええ」
「小夜啼鳥、謳っておくれ」
「いいえ、この声は全ては夫のためですもの」
 目を伏せてからジャスミンはゆっくりと囁いた。
「セアノサス、セラスチューム。愛しい子ども達――どうか、こっちへ」

GMコメント

●成功条件
 ロイブラック及びジャスミンの撤退

●フォン・ルーベルグ『白堊の道』
 フォン・ルーベルグに存在する騎士団詰め所に通じている坂道です。
 坂の上から星穹さん以外のイレギュラーズが駆け付けることが出来ます。
 星穹さんが参加された場合はセナと一緒に坂の下に居ます。ロイブラックとジャスミンは二人の前に立ち塞がるように立っています。
( イレギュラーズの皆さん → ロイブラック&ジャスミン ← 星穹さん&セナ
 ※星穹さんが参加為れない場合はセナが逃がしたという判定として扱います)

●エネミー情報
 ・ロイブラック
 魔種。とある新興宗教の教祖ですがフォン・ルーベルグで喫茶店を隠れ蓑として営んでいる男です。
 歌声を蒐集する悪癖があります。『声』や『音』を愛しており、美しい音色に恋い焦がれます。
 それらを永遠に留めるためにと画策します。ジャスミン&星穹さんの歌声をこよなく愛しています。
 歌声に興味を有さないセナに対しては利用価値があるかどうかの身を考えて居るようです。遂行者の協力者の一人です。
 また、『ブーケ』という少女を利用していますが今回は姿が見えません。
 基本的にはお話しにきています。『本気ではない為』の難易度設定です。

 ・ジャスミン
 魔種。セナ&星穹さんの母親に当たります。幻想のスラム育ち。貴族御用達の酒場で歌う『マツリカ』。
 小夜啼鳥ともあだ名されていました。愛しい夫が聖遺物の影響を受けて反転したため、その傍に寄り添うように過ごしています。
 セナに『歴史修復への誘い』(『原罪の呼び声』と同等)を発しています。
 セナが一人で抗うには難しいものでしょう。皆さんのサポートが必要となります。戦力的には不明です。

 ・赤き騎士 1人
 ・白き騎士 1人
 イレギュラーズを炎の獣に変えようとする赤き騎士と、ジャスミンやロイブラックを強化する白き騎士です。
 赤き騎士はBSとして扱います。永続的に火炎系列BSが付与されます。時間経過でBSが強まっていき、BS紅焔を付与した時点で赤き騎士は消え去ります。

●『歴史修復への誘い』
 当シナリオでは遂行者による聖痕が刻まれる可能性があります。
 聖痕が刻まれた場合には命の保証は致しかねますので予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

●Danger!
 当シナリオには『とっても何かあった時』にパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

  • <信なる凱旋>誰が為の歌声か完了
  • GM名夏あかね
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2023年09月25日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

イグナート・エゴロヴィチ・レスキン(p3p002377)
黒撃
メイメイ・ルー(p3p004460)
祈りの守護者
シュテルン(p3p006791)
ブルースターは枯れ果てて
星穹(p3p008330)
約束の瓊盾
ヴェルグリーズ(p3p008566)
約束の瓊剣
イズマ・トーティス(p3p009471)
青き鋼の音色
メイ・カヴァッツァ(p3p010703)
ひだまりのまもりびと
プエリーリス(p3p010932)

リプレイ


 母の心が悲鳴を上げていることに気付いた時に、小さな彼女の事だけは護らなくてはならないとそう思ったのだ。
 セラスチューム、愛しい我が妹。
 彼女を逃がすことにだけ注力してから、何事も無かったように別人の人生を送っていてもふと、母の悲しげな顔が過り続けて居た。
 もしも、あの人の傍に自身だけでも居る事が出来るならば――

「お兄様」
 静かに、それでいて強い光のように。『約束の瓊盾』星穹(p3p008330)は言った。
 凜と立った彼女の手には銀鞘より引き抜かれた華奢な刀が握られている。残酷な銀の頂き、果敢なる姿は己よりも騎士を思わせた。
「お兄様」
 もう一度、彼女は言う。セナ・アリアライトから見れば血縁関係の、『本来の妹』は真っ向から正面の女を睨め付ける。
「セアノサス、セラスチューム……」
 美しい藍の髪に宙穹(そら)色の翼。嘗ての穏やかな淑女の面影を喪った歌唄いの女は二人を見詰めてから穏やかな笑みを浮かべた。
「こっちへ、いらっしゃい?」
 甘言にセナの唇が引き結ばれた。彼女から発される気配にセナは気付いて居る。せめて『セラスチューム』だけでもと考えたその思考さえも打ち砕くように冴えた声音が地を打った。
「私のことをセラスチュームと呼ぶのですね。けれどもう私は『星穹』として生きているからその名前はもう必要ないのです」
 セナの目が見開かれる。『星穹』は、己の妹ではない。新たな人生を切り拓いた女性の名だ。どうしようもなく、自身と彼女の間に溝が出来てしまったような感覚をセナは覚える。
 だが――
「貴女が私達の母親であるならば。この手で眠らせる、ただそれだけです……どうして、魔種になる前に出会えなかったのかしらね」
 囁くその声音だけが、彼女の本心を表しているようだった。セナは、否、セアノサスは母に良く似た姿に成長した妹を眺めてから不安げに息を吐いた。

 星穹とセナが魔種になった母親と、嘗て遂行者と共に現れたロイブラックと接触したという情報に焦燥を掻き立てられながら『ちいさな決意』メイメイ・ルー(p3p004460)は走っていた。
「間に合って……!」
 二人が一緒の時を狙ったと言うからにはロイブラックの策なのだろうか。この天義では無数の目が張り巡らされているのか。この地を本拠とする遂行者と関わり合いになっている以上はそれを否定は出来まい。
 駆けるメイメイの髪がふわりと揺らぐ。『向かう』のだとそれだけを簡単に伝えたその声音は確かに星穹に届いていただろう。
 地を蹴って、宙を駆る。敵を乗り越えた『約束の瓊剣』ヴェルグリーズ(p3p008566)が見下ろせば、藍の髪の女は目を瞠る。
「何――」
「譲るだのどうだの…星穹もセナ殿も物ではないよ。たとえ親子であったとしてもそのような扱いは見過ごせないな。
 何より魔種相手に二人を譲り渡すわけにはいかない。ここはお引き取り願おうか……で、済むはずもないか。俺で良ければ相手になろう」
 セナの前へと降り立ったヴェルグリーズがじろりとジャスミンを睨め付けた。手を伸ばしたままその動きを静止させた女こそが星穹の母だと『レインボウママ』プエリーリス(p3p010932)は耳にしていた。ただ、星穹自身は『母親は亡くなった』と言っていたか。
「星穹さんのお母さん……星穹さんは、お母様は亡くなったと聞かされていると言っていたわ。
 彼女が本物なのかどうかは分からないけれど……同じ母として、その行いは看過できないわね」
「死に損なったの、これは仮初めの命なのかも知れないけれど」
 ジャスミンの唇が擦り合わされながら随分と辿々しく言葉を紡いだ。死に損なった――『自死が成功しなかった』と言う事かと『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)は真っ向より彼女を見詰める。
「……子ども達にまた会えたことは貴女にとって良かったのだろうな。
 だからこそ、呼びたい気持ちも解るが、俺はただ見守るのが良いと思うよ。
 自分で歴史を作って育った子供達が親の想像を超えて羽ばたくって、かけがえなく素晴らしい事じゃないか?」
「いいえ、もう二度とは離さない。……親として、幸せにしてあげる義務があるの」
 プエリーリスは眉を顰めた。屹度、『母として』の考えた方には絶対的ズレがある。それも分かり合うことの出来ない、感情の違いだ。
 放任し、子ども達が自ら進むと決めた道を応援するのが母親か。それとも、危険を察知し厄より救うのが母親か。
(……ああ、屹度難しいのでしょうね。分かり合う事なんて、母という生き物は一言では言い表せないもの)


「複雑な家庭の事情にクビを突っ込むようで悪いけれど二人から離れてもらおうか!
 ――速さを上げるね! 道はオレが拓く! 二人を頼んだよ!」
 芸術的な感性には乏しいと自称する『黒撃』イグナート・エゴロヴィチ・レスキン(p3p002377)。ロクな感覚じゃなさそうな『義理の父親』だとロイブラックを称する。
 勿論セラからすれば彼が父と呼ばれることも、彼に着いていくことも遠慮したいことではあろう。母親が養育を任したからには義理とは言えども親子のように接してきたはずだが、この嫌がりようなのだ。
「全力でぶっ飛ばすよ!」
 イグナートの支えを受けて、メイメイやヴェルグリーズ、イズマは合流を行って居た。その為の支援、そして、その為にロイブラックを前に堂々と声を大にする。
 坂の上に立っているプエリーリスの傍らには『ひだまりのまもりびと』メイ(p3p010703)が立っている。
 その双眸がロイブラックとジャスミンを捉えてから、僅かな困惑を滲ませていた。彼等が魔種だという。この魔種を排することを第一にした『正義の都』の内部に存在して居たのだと。
 ただ、彼等は直接的に自身等に向き合う事はないとさえ感じられていた。ジャスミンもロイブラックも目的は星穹とセナであり、別の目的を有しているのはロイブラックの護衛役のように佇んだ二人の騎士だ。
「落ち着いてお話しするにしても何をするにしても、邪魔するひとたちをなんとかしなきゃですね」
 私的な支援をその身に受けてから『星を掴むもの』シュテルン(p3p006791)はロイブラックの『人となり』に関する情報屋の情報を噛み砕く。
「歌をコレクションや捧げ物のように扱う人は一定数いる……私は知ってる。
 でも……天義に同じような人が居たのは……少し驚く、しました……悲しい、ですね」
 人の趣味趣向とは似たようなものがあるのだろうか。シュテルンとて、過去には言葉にし尽くせぬ因縁を背負っている。
「星穹さんの動きたいように……私、お手伝い、します!」
 声を張ったシュテルンの唇が揺れ動いた。封印の唄は白き騎士の動きを阻害する。ロイブラックの意識を少しでも奪う事が出来ればと、そう考えた。
 シュテルンの歌声に反応したのはジャスミンだった。ぴくりと肩を揺れ動かして彼女は歌い始める。
 ロイブラックという男が、何よりも欲していた女の歌声を――そうして、その声を引き継ぐようにして生まれた娘に『お前は遁れることが出来ない』と囁くように。
 白き都のセイレーンは悲痛にも恋しい人を呼ぶかのようであった。その声音に込められた思いを感じ取りメイの表情が歪む。
(なんて、悲しげな声……。お母様が、お二人を呼んでいることが、良く分かるのです)
 もしも、自身も『ねえさま』の歌声を聞いたら。ああ、けれど、彼女はそうやって呼ぶ寄せることはないだろうか。永訣と追憶は響く。
 そう思えるほどの寂寞がその歌声には籠められていたのだ。回復手として、そして、支援の手段を持ち得る者としてメイは仲間達を支え続ける。
 その視線の先をイグナートが駆けた。騎士達の動きを睨め付け、直ぐさまに己の身を盾とする。この場で失う命など必要は無いのだ。防衛は何人にも侵されることはなく、最強の『呪い』が青年の腕に宿される。
「さ、コッチだよ!」
「……どうやら邪魔が入ったようだよ。小夜啼鳥。君の歌声が俺のためでないことが歯痒いよ」
 ふいと視線を逸らしたジャスミンはイグナートを一瞥してから、直ぐに視線を愛しい子ども達へと移す――移したはずだった。
 その視線を奪ったのは同じく『母』と名乗るプエリーリス。幼い姿をしているが、彼女の声音は郷愁を宿しジャスミンの意識を不意に奪う。
 それがセナから意識を逸らす為の行いだった。星穹が、そしてヴェルグリーズがセナを守ろうとも、ジャスミンの呼ぶ声は抗いがたい衝動があるであろう。だからこそ、最初から『魔種一人』を釘付けにすることを意識したのだ。
「貴女が母であるというならば、子どもの行く末を見守るのが役目ではなくて?
 いけない子……。貴女にもお母さまはいらしたでしょう? どうか思い出して。思い出せないのなら、私を母と思ってくれてもいいのよ」
「思い出せないわ。ああ、だって……母は何も助けてはくれなかったもの」
 プエリーリスは「それなら私を母と思っていらっしゃい」と嫋やかな声音を発した。ジャスミンの生育環境はお世辞にも良いとは言えない。それでも、彼女が天義の貴族に見初められたのはその天性の歌声が故だったのだろう。
 教育も、何もかもが中途半端であったジャスミンは愛しいその人のために尽力した。努力し、努力し、それに見合うだけの作法を、教育を身に着けた。セアノサスやセラスチュームを立派に育て上げると決めたその『思い』だけが彼女を突き動かしている。
「母親かあ」とイグナートは呟いた。母と母。二人を眺めながらも、騎士の猛攻を受け流し、そして耐え忍ぶ。
 全ては事を終えるために。青年の決意は決して揺らがない。
「……ああ、小夜啼鳥は気紛れだな。そうは思わないかな? セアノサス。お前がセラスチュームを助けるために、友人を捨てた時のよう」
 ぎり、と奥歯を噛み締めたセナに「何……」と星穹は言い掛けたが言葉を飲み込んだ。兄の表情を見るだけで分かる。彼は危うい綱の上を渡っているのだ。
「そうやってセナ殿の心を揺さ振って……。キミ達は戦うという意味では本気ではないようだね。
 あくまでセナ殿や星穹にその不快な誘いをしにきたというところかな」
 じらりと睨め付けるヴェルグリーズにロイブラックがひらひらと手を振った。白騎士が居る限り魔種による脅威が続く。赤騎士が居る限り、炎の気配がイレギュラーズを苛むのだ。
 それを許しておけるわけがない。ヴェルグリーズは極限まで集中を高め流星の如き一閃を放つ。剣技は、ただ、鋭くも叩き降ろされた。
 白騎士は言葉を発することのない伽藍だった。故にロイブラックに貸し付けられたと言うことか。
「不快だなんてとんでもない。二人があるべき所に戻るだけの話じゃないか」
「有るべき……?」
 引き攣った声を漏したメイメイにセナが息を呑んだ。有るべきと言うのは母の元――いや、家族の元という事か。
 セナだって夢を見て居た。セナにいさまと笑いかけてくれる妹に、セナと呼び大きな掌で頭を撫でてくれた父。その傍で母は朗らかに何時だって笑っていた。
「……ッ……」
「お兄様。今この場において狙われているのは他でもない私達です。だから、まずは私達が逃げ切ることを考えましょう」
 兄への痛み全てを庇うべく、前へと出た星穹に気付いてからセナは「セラスチューム!」と呼び、戸惑った。彼女は『星穹』だと言った。セラスチュームではないという彼女の言葉がセナを一番に乱していた。
「セラ……兄の中ではセラスチュームなんだ、それでも……」
 彼女が『お兄様』と呼んでくれるのであれば、そこに家族の縁が繋がっていると考えて良いのかとぽつりと零された言葉に星穹はゆっくりと振り返った。
 ああ、なんて馬鹿な人。なんて弱々しくて子供の様な人なのか。彼の精神状況が宜しくないことだって気がついていた。いつから、彼は斯うして不安定な綱を永遠に渡り続けて居るのか。
「負けるな、セナさん! 星穹さんを見守れなくなるぞ!」
 声を張り上げたイズマは白騎士の精神を揺さ振る一撃を奏でた。指揮者の如く振り上げた夜空抱いた鋼の細剣が旋律と化し響き渡る。
「セナさま! ……星穹さまの事を想うのでしたら、貴方ひとりで、行こうとしないで下さい……!
 ……セナさまのこれまでの歩みを、星穹さまとのこれからの未来を、無かった事になどなさらないで」
 家族が家族であろうとする事をメイメイは否定しないと言った。仲が良い家族だったのだろう。セナが星穹を見るその瞳で分かる。
 そして――ジャスミンが二人の子供を思う気持ちだって、分かって仕舞った。分かって仕舞ったけれど。
「セナさまと星穹さまは、そちら側には……行かせません、から」
 メイメイの援護を受けてからセナは何とか一度立ち止まった。此れまでの彼女との関わりが、そしてヴェルグリーズを始めとしたイレギュラーズ達との関係性が今の彼を留めていたのだから。


「素晴らしい旋律を奏でるイレギュラーズが多いのだね。コレクションに加えても?」
「聞いたぞ。……歌声を蒐集する、だと?
 刹那にしか存在し得ない音、それを生む事の尊さをお前は知らないんだな。……ブーケさんも『囀らせた』のか?」
「あの子の名前は、この俺が付けたんだ。『音色を束ね、唯一の歌声となるように』と。本来の名は違う物だよ。何だったかな」
 とぼけてみせるロイブラックにイズマはぎらりと鋭い視線をやった。ブーケと名乗った小さな娘は最早正気ではないのだろう。
 ただ、彼女にだって家族が居た。その家族の元から引き離されああやって利用されているのだ。小さな命は、枯れるまでロイブラックのコレクションだ。
(直ぐにでもブーケさんを助けてやりたい――けれど)
 彼のコレクションだというならば手出しは出来ないだろうか。白騎士を相手にするイズマの体に纏う焔をメイは拭うため福音を奏でる。
「信仰のなかで、歌を歌うこと、ありますよね。メイもねーさまと一緒に歌って過ごしていたです」
 メイはロイブラックを真っ向から見詰めた。無理矢理、全てを集めることに何の意味があるのか。
「心から湧き出る思いを乗せてこそ歌。無理強いして歌わせても聞き苦しいだけ」
「そうでもないさ。彼女達は望んで歌っている。ねえ? 星雛鳥」
 星穹は敢てその言葉を聞かなかったことにした。愛しい小夜啼鳥はプエリーリスの言葉に混乱でもしたかのように立ち竦んでいる。
 ああ、潮時だろうか。母という物は熟々弱い。折角彼女を『夫』という檻から連れ出したというのに――
「星穹さんも、セナさんも、もう大人なのよ。自分で選んで自分で決めた道を歩んでいるわ。
 傍で支えたいというならばまだしも、自分の手元に置こうとするのは間違いだわ。
 貴女も母であるというならば、子どもの意思を尊重してみてはいかがかしら?」
 家庭環境は複雑なのだろう。プエリーリスはジャスミンを真っ直ぐに見詰める。反転した愛しき人が元に戻れば、幸せに戻れるのか。
 それは子ども達が幼かった時ならばの話だ。子ども達は最早大人になって自らの道を定めてしまっている。
「巣立ってしまった鳥はもう雛ではないの! いつまでも貴方のお世話が必要な幼子ではないのよ!」
 その言葉にシュテルンの指先が動いた。
(歴史修復……きっと誰もがすがる願い、なのかな。私も……そんな事が出来たら揺れる、のかな。変えたい過去は、ある……けど)
 シュテルンはふと思ってから脳裏に過った悍ましい現実に首を振った。
 考え倦ねたからには歌声は揺らいだ。ジャスミンの狙いはセナだけで、この場に彼女を誘う者は居なくとも、どうしたって、考えてしまうのだ。
 ふと、シュテルンの前に滑り込んでから攻撃全てを庇い続けて居たイグナートは「さて、これからどうする?」と問う。
「今回はもう応えは出てしまってるようだけど?」
 イグナートの声音は明るく、聞きやすい物ではあるが。冴えた響きをしている。
「繰り返すが二人をキミ達に譲り渡すわけにはいかない。二人が滅びをもたらすキミ達の手を取ることも断じてありえない。
 分かったらさっさとお引き取り願おうか、ロイブラック――俺の相棒も義兄上もお前には決して渡さない」
「義兄上」
 そう呼ばれて思わずセナが見詰めれば星穹は「自惚れてよいのです」と囁いた。
 彼が欲しいのは家族の愛情か。真綿にでも来るんで抱き締めてやるような心地だった。星穹はぎゅ、とセナの手を握り締める。
「繰り返しますが。私はこの歴史を間違いだと思いません。
 ヴェルグリーズと出会えたこと。子供達が私達を選んでくれたこと。お兄様とまたこうやって出会えたこと。
 すべてすべて、運命だったと思います。縁で繋がっていると思います。
 私にはなにもなかった。記憶だってなかった。それでも選んでくれたヴェルグリーズを、これ以上悲しませるわけにはいかない――私を変えてくれたのは、彼だから」
 彼が守るというならば、その思いに応えるのだと女は声を張り上げた。
「ロイブラックさま、まだ続けます、か?」
 メイメイは俯いたジャスミンを確認してから囁く。ロイブラックはやれやれと肩を竦めてからジャスミンの胴に腕を回し無理矢理彼女を連れ去った。
 残されたセナは「母様」と呟いてからただ、地を眺めているだけなのであった。

成否

成功

MVP

プエリーリス(p3p010932)

状態異常

なし

あとがき

 お疲れ様でした。
 セナ君は、最初から反転するぞ!と思って居たのですが、凄く支えられて……ここまで無事だったことに驚いています。
 本当に凄い支えられて……。幸せになって欲しいですね、ネッ。

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