シナリオ詳細
<泡渦カタラータ>忘我の呼び声
オープニング
●狂気の歌声
船乗りたちが、いつものように船で漁をしている。
海洋の日常風景だ。
網に何かが引っかかる。引っ張り上げようとして、誤って男が落下した。
「おっとっとっと」
「なーにやってんだあ!」
海の男たちは豪快に、げらげらと笑う。
「おい、大丈夫か?」
「ああ、大丈夫だ! すぐもどる」
男は、海洋の船乗りだ。何年もこの仕事をやってきた。言うまでもなく、泳ぎは得意だ。すぐに泳ぎついて、船に上がろうとする。しかし……。
歌声が、聞こえた。
美しい歌声だった。だが、どこか調子が外れている。
船乗りたちは暫し聞き入った。
(あれ?)
身体が動かない。水が重い。
男の足を、何かが握る。……人魚だ。人魚の手だ。
男は戦慄した。
(ば、化け物……!)
狂ったような乱杭歯。顔までびっしりと鱗の生えた、人魚。
海に引きずり込まれた男は、水面に顔を出そうと必死にもがいた。人魚は面白そうに手を離す。脅かしてやった、とでもいうように。
人魚はこちらに手を出してくるわけではない。ただ、男の周りをぐるぐると泳いで、恐ろしい歌声で歌っているだけだ。
「ラ、ラ、ラ……」
だが、それだけで力が出なくなる。
水上で、仲間たちのやり取りが聞こえる。
「おい、何ぼーっとしてるんだ?」
「ええ? なんだ……なんだっけ?」
「俺たちは何をしていたんだっけな……」
「さあな、行くか」
船の上の仲間たちが去っていく。まるで、何事もなかったかのように。
「おい、俺を置いていくのか!?」
男は必死に呼びかける。だが、水の中だった。
声は聞こえない。必死の叫びを、歌声がかき消していく。
「おい!!!」
ティターニアは歌った。滅びの歌を。
人魚が哂う。
男はもがき苦しんでいた。人魚の歌声を聞くたびに、何かを忘れていく。
分からない。
分からない。
自分が何をしていたのか、分からない。
「がぼっ……」
上。下。右。左。
すべて水だ。
自分が何者か分からない。
自分の名前が分からない。
呼吸の仕方が分からない……。
薄暗い水の底に沈みながら、全てを忘れていく。
死の恐怖すらも。
船は去っていく。……男を置いて。ティターニアの歌声で、男のことなど忘れてしまったのだ。誰かがいない、誰かの荷物、誰かの空白をいぶかしみながら……。理由に思い至ることはできない。
「ウフフ……」
ティターニアは男だったモノを愛おしそうに抱きしめると、狂ったように笑いながら、再び海に潜っていった。
海には、鮮血が広がる。
●還る場所
「あなたたちは、自分がいなくなったときに……周りの人たちに自分をずっと長く覚えておいて欲しいと思うかしら? それとも、すぐに忘れてもらいたい?」
『色彩の魔女』プルー・ビビットカラー(p3n000004)が、イレギュラーズたちに問うた。
イレギュラーズたちが答える。あるいは沈黙が返ってくる。
情報屋は、一人納得したように頷いた。
「ごめんなさいね。今日は少し、スカイブルーがまぶしいわね。今回の依頼は、魔種の討伐よ……」
海洋・首都リッツパーク近海に大渦が出現してからというもの、魔種が姿を現しはじめている。
今回の討伐対象は、魔種ティターニア。
前身にびっしりと鱗の生えた、人魚の化け物だ。
「ティターニアの特性は……その”声”にあるの」
ティターニアの声を聞いた者たちは、魅了され、記憶を蝕まれていく。
……今までに多くの被害が及んでいたと思われるが、目撃者がいても、ティターニアの歌声ですべてを忘れてしまうことから、情報が集まりにくく、一連の事件は関連性のある事件とみなされていなかった。
ことが発覚する、今までは。
「狂気の伝播。『原罪の呼び声(クリミナル・オファー)』。ティターニアの歌声で、人々は、誰かのことを忘れるわ。誰にも知られていない、誰からも忘れられた犠牲者も、もしかするといるのかしらね……」
プルーはそっと目を伏せた。
「これは危険な依頼よ。もしかすると、海の底から帰ってこれないかもしれない。誰からも忘れ去られて、海の底に沈むことになるかもしれない……。
船で挑んでもいいし、海中戦闘用のスーツを使用してもいい。あなたたちの無事を祈っているわ」
- <泡渦カタラータ>忘我の呼び声名声:海洋10以上完了
- GM名布川
- 種別通常
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2018年10月23日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談5日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
●往く道
「記憶を失うとはどのような感じかしら」
『カースドデストラクション』アンナ・シャルロット・ミルフィール(p3p001701) は、見た目よりも大人びた目で海を見つめている。
アンナの身体の成長は、10歳で時を止めている。
「怖いけど……だからこそ尚更、絶対に倒さなければならない」
「だよね」
『スカベンジャー』ヴィマラ(p3p005079) は、アンナの言葉に頷いた。
(記憶は命、そう教わって生きてきた。過ぎた人たちのことを心にとどめとけば、その人たちはわたしが生きている限り永遠なのだ)
「忘れるわけにはいかないし、これ以上、奪わせるわけにはいかない。だから、今日も全力で行くぜ!」
ヴィマラは明るく言ってのける。たとえ相手が魔種とあってもだ。
「魔種……勝てるんだろうか」
『星を追う者』ウィリアム・M・アステリズム(p3p001243) はそう言ってから、首を横に振った。
「いや、怖気付いていられるか。何より、忘れたくない記憶が山程ある。必ず、倒して帰るんだ」
「ああ、必ず倒し全員で生還する!」
『死力の聖剣』リゲル=アークライト(p3p000442) は胸を張り、そう宣言してみせる。
イレギュラーズたちはそれぞれ、装備の上にゼッケンを着用している。
リゲルのゼッケンには、『鱗人魚を倒せ』と書いてある。
さらに両腕に油性マジックで『自分の胸を見ろ』と記すリゲルを見て、ウィリアムは苦笑した。ウィリアム自身のゼッケンには、『音痴のバケモノは敵だ』と書かれている。
(そうだな、忘れたくない)
「シンプルでいいね!」
ヴィマラはにかっと笑った。ヴィマラのゼッケンにはこう書かれている。
『ワタシは後衛、目の前のイカスフェイスの化け物ちゃんを離れたとこから全力で倒すよ!』と。
「私は……そうね、『魔種をその場から動かすな』かしらね」
「勇ましい」
『暗黒竜王』ルツ・フェルド・ツェルヴァン(p3p006358) が言った。
ゼッケンに記された、各々の役割。
『私の役目は、みんなの痛みを祓うこと』。
『夜鷹』エーリカ・マルトリッツ(p3p000117)はそう書かれた腕をそっと触る。海の上で、精霊たちが不安げにざわめいているのが分かる。
『皆様を癒し、人魚さんを討て』。
『鬼を宿す巫女』蓮乃 蛍(p3p005430) のゼッケンにはそう書かれている。
「人魚さん、っていうのは、なんだかおもしろいな」
『風来の名門貴族』レイヴン・ミスト・ポルードイ(p3p000066)は蛍のゼッケンを見て微笑む。
「人を呼び捨てにするのは、慣れなくて……たとえ、魔種でも……です」
蛍はおずおずと微笑む。
「必ず……帰ろう……!」
ルツは拳を握りしめる。『私は鱗人魚の魔種を倒す!』と書いてある。
自分で自分を忘れないように。互いを覚えていられるように。
それは、おのおのの誓いだった。
「あの……」
船の上で、蛍は口を開いた。
「皆様にお話ししておこうと思うんです……」
自分が混沌に来た、いきさつ。この戦いによっては、もしかしたら覚えていられないかもしれない思い出の一つだ。
「えっと、本当に情けない話……なんですけど……」
蛍はぽつらぽつらと、自分の言葉で語りだした。
陰陽師の家系に生まれ、そして長くは生きられないと言われたこと。一族に封印された一匹の鬼が、「生きたいか」と問うたこと。
言われるがままに名を記し、そして、ここへとやってきた。
「でも、今はただ死ぬのが怖いからではなくて……」
蛍はぎゅっと手を握りしめる。
「待っている人達が、帰りたい場所があるから……生きたい!」
蛍は言いきって、そう、思います。とはにかんだ。
「皆様のお話も伺っておきたいです。も、もちろん! お話しできる範囲で構いませんので……。曲げられない信念や誇り、消すことのできない思い出。たとえ忘れさせられても、それらは皆様を形作る大切なものですから……」
「俺は騎士の家系で、代々騎士なんだ」
リゲルは爽やかに話し始める。
「父を探しているんだ」
「俺の目的は……魔術師として強くなることだ」
ウィリアムは少し、その先を告げるか迷った。
「いつか<星>を墜とす魔法を得たい」
「いいなあ」
ヴィマラがきらきらと好奇心を返す。
「ワタシがイレギュラーズなのはね、お金と元気のため。お金がもらえてみんなが元気になればそれが一番!」
ヴィマラの言葉に、リゲルはうんうんと頷いている。
アンナは自分をどう表現するか迷った。仲間は無理に言うことはない、と言う。
「でも、諦めたものを、忘れたくないの」
アンナが紡ぎ出した言葉に、エーリカが頷いた。
「もっと聞かせてもらいたい」
レイヴンはすぐに場になじんでいて、ゆったりとした表情で聞き手に回る。
「私は……」
ルツは無表情に話し始めようとしたが、不意に言葉が途切れた。
「……甘いものが好きなんだ」
仲間たちは、思わず不意をつかれる。
「ふふふ、大事なことだね」
「これが終わったら、何か食べに行くのもいいかもな」
ウィリアムが言う。
「……エーリカ」
エーリカは多くを語らず、ただ名乗った。
「夜鷹『エーリカ』。エーリカ。二つ名を忘れても、私の役割と、それだけ、覚えていてほしい……」
「ワタシ? ワタシには話すべきことはないけれど、きっとこの戦いで、新たな姿を見せることになる。きっとそれだけの相手だろう」
●忘我のティターニア
狂った魔種は、岩場にいた。遠くでもそれが分かる。狂った歌を歌いながら、海鳥を食らっている。
魔種。
(漸く、相見えた……と、言った所だな。出し惜しみは無しだ。変化解除)
「仮初の衣を、捨てる」
レイヴンの表情と声色が、変わる。
船から身を投げるようにして、レイヴンはカラスの鳥人に姿を変える。厳かに翼を広げ、海上を滑るように飛ぶ。
「アハッ……」
魔種が、こちらに気が付き歪めた笑いを浮かべた。
海中戦闘スーツを着用したルツが、そしてエーリカが海に飛び込む。
魔種は食事をやめ、声にならない声をあげる。耳をふさぎたくなるような声だ。
それを遮るように、アンナがディークロースをひらりと翻す。
「やっと会えた、お姫様。色々準備してきたの。貴女の愛を受け止める為に」
イレギュラーズは、まっすぐに魔種を見つめる。
相対するため。決着をつけるために。
「待たせて済まなかった。長い間君を忘れてしまっていたようだ」
リゲルがまっすぐに銀の剣を掲げる。
「この剣に君との思い出を刻み込みたい。生涯忘れないように」
それに対する魔種の返事は、狂った笑い声。
「景気よくいくよ! せーの!」
ヴィマラが極杖・凛倫棒を豪快に振る。水の中の音波を打ち消し合うように鈴を鳴らす。マジックロープの縄が魔種の喉に、胴体に絡みつく。
魔種は髪を振り乱す。
ヴィマラが、蛍が、仲間たちに続く。ウィリアムは小型船の上からフォールーン・ロッドを握りしめ、静かに照準を合わせてチャンスをうかがう。
「”起動せよ、起動せよ、魔砦の巨蟹” 」
レイヴンがカルキノスを召還した。魔方陣から伸びた腕が、魔種の髪を断ち切る。髪を振り乱し、魔種は泣き笑いのように叫ぶ。
鈍い音。水中で反射するどこか不気味な低い音。
「足りない。それでは全然足りないわ。もっと頂戴、私に忘れさせて頂戴な」
アンナは愛を囁くように言った。
それは優雅な挑発だ。狂った歌声があたりに拡散する。それでも指向性を持って、アンナを狙っているような気がした。
きらきらと輝く憧憬の水晶剣(アスピラム)が、攻撃を受け止める。重くねっとりとした感覚。
呪いが、身を蝕んでいく。
何かを忘れ、何かを取りこぼす。
魔種の金切り声が鳴り響き、アンナは痺れた。盾を持つ手に、力が入らなくなりそうになる。
間に割り込んだルツの竜爪が、相手を真っ二つに引き裂いた。
「来い!」
「こっちだ」
憎悪を打ち返すように、リゲルのヘイトレッド・トランプルが魔種を切り裂いた。
「大丈夫です……! どうか、思い出してください!」
蛍のキュア・イービルにより、アンナは動きを取り戻す。憧憬の水晶剣は、まだ褪せない。
(守ること)
何かを失いつつも、やることは分かる。
エーリカはミスティックロアで、精神を集中させる。様子を見ていた。魔種の一挙手一投足を見守る。
誰が傷つき、誰の動きが鈍るのか。強い敵と相対するときは、隙が致命傷になる。
歌声が止み、魔種は機敏に泳いでアンナを抱きしめる。
「っ……!」
エーリカのハイ・ヒールがアンナを癒す。だからまだ、動ける。
「魔種をその場から動かすな!」
ルツがアンナの役割を叫んだ。
「思い出してください! 貴方は……アンナ様は、忘れたくないとおっしゃっていました!」
アンナは、そのために何をすればいいか分かった。この攻撃に耐え、仲間の援護を待てばよい。そうすれば……。
そうすれば、誰かが援護に入る。ヴィマラはにっと笑う。ヴィマラのソーンバインドが、魔種を茨で覆いつくした。
海に向かって、昼でもなおまばゆく輝く星光が降り注いだ。ウィリアムのステラストライク。魔種の叫びの効力は、ウィリアムまでは届かない。
魔種は恍惚として笑った。
魔種が悲鳴に近いような金切り声をあげる。ヴィマラは麻痺をしない。
だが、仲間の動きが、呼吸が、乱れる。
「自らを見失うな! 我らはこの世界における例外<イレギュラーズ>! 歩んだ道、起こした奇跡。自らの心に問うがいい!」
レイヴンはすっと魔種を指し示す。
「目的は一つ、魔種を討て!」
ウィリアムの攻撃により、大きなチャンスができていた。
この瞬間を、待っていた。
「君に会わせたい王子様が他にも居るんだ」
リゲルは踏み込み、剣を力強く握りしめる。アンナは下がり、リゲルに魔種を任せる。戦鬼暴風陣が、海に大きな渦を巻き起こした。
レイヴンのカルキノスの鋏が、大きく魔種の胸部を切り裂いた。
「どうしてェ……」
「私は、生きたいと、そう思います」
蛍の放ったロベリアの花が咲き乱れる。ヴィマラの茨が、再び魔種を捕らえた。
毒にまかれて、魔種は大きく息を吸い込んだ。
「くるよ!」
ヴィマラはとっさに死霊弓に持ち替え、一射を放った。アンナは距離をとり、飛翔斬を放った。
魔種は歌う。狂った音程で歌う。声はますます耳元に大きく響いてくる。
イレギュラーズたちは何かを忘れていく。
●忘却の海
何を忘れた?
ヴィマラのゼッケンが、波にさらわれていく。
「けほっ……」
水中で、ヴィマラは、息が詰まった感覚がした。なんて書いてあったっけ?
「君は誰よりも泳ぎが上手いぞ!」
だが、リゲルが言うのだ。
そうだったのかな、と思えば、水の抵抗など気にならない。仲間たちが覚えてくれている。
「目の前の魔種を、音痴の人魚をぶっ潰すんだ!」
「まずは落ち着いてゼッケンを見て! やることが分かったらそこから乗り切るよ! 」
硬直した仲間たちに、ウィリアムとヴィマラは叫ぶ。
(歩き方・泳ぎ方を忘れても、飛行種が翼を忘れることはないだろう。それは、記憶ではなく本能……)
レイヴンは止まらなかった。失おうとも止まらない。海の中で翼を広げ、なお、泳ぎ切る。
(場所・人・想い……欠けたところで、染み付いた戦い方は消えないでしょう。それがワタシの業)
敵はどれか、本能が嗅ぎつける。
<……ああ、アレを始末すればいいのか>
鳥葬のカラスは咆哮を挙げる。
魔種の声をかき消すような二重奏。
破壊をぶつけ合うような叫びと、叫び。水中での利。水の弾丸が炸裂し、さらに、レイヴンは素早く動いた。呼び覚まされた鋏が、大きく喉を切り裂いた。
<死ね、異形の者よ。まずは貴様だ>
魔種が叫ぶ。
敵の前で、リゲルが動かない。
(私は……)
アンナの胸で、贖宥のネックレスが揺れた。紅薔薇の指輪が、何かを訴える。自分が誰であるのか。どうすればいいのか。
「神への信仰を思い出せ!」
リゲルが叫ぶ。信、仰。
「下がって! まずは体勢を整えて!」
「リゲル、信念ある天義の騎士よ! 呆けている場合ではないぞ! 君には目標があり、待っている人がいる!」
(リゲル? ……自分の名前なのか?
「お前の無事を、勝利を祈ってるヤツが居る事を忘れんな」
ウィリアムのステラストライクが、再び魔種に降り注ぐ。
「負けんじゃねえぞ、『死力の聖剣』!」
きらきらと輝く手の平の剣。これは騎士の誇り、だった気がする。
だから、負けない。何が何だかわからなくても目の前の敵に斬りつける。ここまでできれば上出来だろう。ルツが海上に舞い上がり、それから恐ろしい勢いで魔種を蹴り飛ばす。ダイナマイトキックだ。
レイヴンが、何か叫んでいる。
「彼女<ポテト>の事を忘れたとは言わせん!」
そうだ。そうだった。
「そうです……!」
お返しとばかりに、リゲルは叫ぶ。
「海洋は貴方が守るんです!」
レイヴンは戦える。だが、そこに目的が加わる。
「ああ、思い出した」
猛攻を仕掛ける魔種に、カルキノスが降り注ぐ。
「どうか、どうか。忘れないでいて。みんなのあるがまま。いまのあなたを作り上げるすべて。ひとつとて、なくしていいものはないのだから」
エーリカは、ゼッケンの言葉に縋りつくように何度も叫んでいる。何をするべきかを。自分の役割は、痛みを祓うことだ。
「皆様を癒し、人魚さんを討て」
波間に消えたゼッケンの言葉を、エーリカの言葉が埋める。
「生への執着はその程度か!」
リゲルの叱咤が、仲間に飛ぶ。
「エーリカ様」
蛍から、優しく名前を呼ばれる。その名前が自分のものであるとわかる。だからまだ戦える。
「頼りにしてる! 皆を頼む!」
魔種が歌う。魔種が叫ぶ。
この暴力は何のために振るっている?
なんのために?
ルツの手が止まりかける。
「今は眼前の魔種を討つ最中! 貴方の役割は抑え役! その上であなたが最善と思う行動を取りなさい!」
アンナの声。そうだ。自分は壁となる。ショットガンブロウが、魔種に降り注ぐ。
「友人の約束を思い出せ!」
ルツは立ち上がった。
「……危ないところだった。漸く出来た唯一の友の事を忘れてしまうところだったな……」
リゲルはルツの名前が思い出せなかった。けれど、覚えている。
「そうだ。甘いものでも食べに行こう」
「忘レル」
魔種が嘲笑う。
「忘れない。たとえみんなが何もかもを忘れてしまっても……わたしだけは、ぜったいにわすれない!」
エーリカがはっきりと叫んだ。
仲間たちは補い合い、そこに立っている。
取りこぼしていったものを、取り戻すしかない。
ティターニアは狂ったように暴れ出した。海が波打つ。船が揺れる。誰かを、道連れにしようとする。
船がひっくり返る。魔種がウィリアムに手を伸ばす。金切り声だ。思わず、手を伸ばしそうになる。
「掴んだ星を思い出せ!」
リゲルの声。
「覚えてる……」
ウィリアムは正気を保っている。あの日掴んだ星の煌めき。それを教えてくれた翠の色彩を頼りに。
「――ああ、大丈夫だ。俺はまだ戦える」
魔種が両腕を伸ばす。ウィリアムは逃げない。囮になれるなら、それでいい。
星の閃光が瞬いた。
「……!」
チャンスを逃すわけにはいかない。魔種の腕の前に、ルツとアンナが、立ちふさがる。
「通さないよ!」
ヴィマラの茨が、押しとどめる。
リゲルは感情を押し殺し、ただ一撃に力を籠める。
銀の剣。
「覚えてる……」
エーリカの声。諧声。魔種の声より小さいのに、紡がれる歌は優しく、はっきりと聞こえる。
●還る道
ティターニアが悲鳴を上げる。
水中で、もはやティターニアの声は声にはならない。代わりにぶくぶくと泡がはじけ飛ぶ。
「待ってよォ……」
泡がはじけるたび、イレギュラーズには失われた記憶が戻ってくる。
「待ってよォ! 狂気を置いていくのォ!? ずっとアンタラの中にあるのにィ! 目を背けるの!?」
ティターニアは沈んでいく。もがき苦しむように、手を伸ばす。エーリカがティターニアをみつめる。
「ひとりぼっちのかなしみは、わたしにもわかるつもり。痛くて、冷たくて、寂しくて。でも、それでも。誰かのぬくもりを奪って得られるものなんて。なにひとつ、ないの。……だから、ごめんね」
「アハハハ……アハハ……忘れないでェ……忘れないでいてよォ!」
「ごめんね……でも、忘れない」
エーリカはティターニアに言う。
「……私は自分がいなくなった後も、ずっと覚えていてもらいたい」
ヴィマラは沈んでいくティターニアを見送る。
「……あんたは、どうだった?」
レイヴンが、執行者がグリム・リーパーを構えた。最後の一撃。断ち切るように、海の底へと送り返す。
「イイワ。アンタラの記憶の片隅で……見ている……アハッ……」
レイヴンの一撃で、魔種は泡となって消えた。
跡形もなく。
「勝っ……た?」
同時に気を失ったアンナを、ルツが抱えて水面に戻る。だがしかし、ルツも立っているのがやっとだ。ウィリアムとリゲルを、ヴィマラが引き上げる。
「ふいー! もう、くたくた!」
ヴィマラもまた、甲板でぐったりと倒れこんだ。
「限界、かも……」
「全員……か?」
ルツが聞くと、蛍が答える。
「全員、います。覚えていますよ」
「覚えてる」
エーリカが言った。
8人。全員、揃って帰ってきた。
成否
大成功
MVP
なし
状態異常
あとがき
魔種の討伐、お疲れ様でした!
HARDの依頼は、サイコロを握る手に汗がにじみますね!
無事の生還、心よりおめでとうございます。
浮かばれる、とはまた違うでしょうけれど、泡となった人魚姫のなりそこないも、どこかで満足していることと思います。
GMコメント
●Danger!
当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
●目標
魔種、『忘我のティターニア(嫉妬)』の討伐。
●場所
海洋、発見された古代都市の入り口付近の海上。
●登場
『忘我のティターニア(嫉妬)』
「ぜーんぶ、忘れてしまいましょうよォ!!!」
「100年、200年……ずーっと誰かを待ってたの!!!」
「裏切り者の王子サマ! ……ようやく来てくださったのねェ!」
全身までびっしりと鱗に覆われた人魚のような姿をした魔種。牙が乱れて生えている。
話はロクに通じないようだ……。
・ティターニアの抱擁(至近)
物理属性。単体。恐ろしい力で抱きしめる。
・歌う(中距離、範囲)
神秘属性ダメージのほか、確率で呪縛、呪い、混乱のいずれか、あるいは複数を付与する。
きれいではあるが音が外れており、全体的に不気味な歌。
この歌声は、物理的に耳をふさぐことなどで対処できない。海中でも聞こえる。
・叫び声(中距離、範囲)
乱れ、麻痺、苦鳴のいずれか、あるいは複数を付与する。
物理的に耳をふさぐことなどで対処できない。海中でも聞こえる。
・ティターニアの歌声でBSを受けるたびに、”何か”の記憶を忘れる。
それは泳ぎ方などのスキルであったり、大切な思い出であったりする。イレギュラーズであることも、どこから来たかも、なんのために戦っているかも忘れてしまうかもしれない。
ティターニアを討伐すると、記憶を取り戻すことができる。しかし討伐できなかった場合は……。
仲間の行動で、多少記憶を取り戻すことができる(プレイングにて、ロールプレイ推奨)。
●状況
ティターニアは、沖合の海から飛び出した岩に腰かけ、鼻歌を歌いながら海鳥を捕獲して食べている。
周囲には沈んだ船や、人骨らしきものもある。
こちらに気が付くと襲ってくる。
船で戦いを挑んでも良いし、海中戦闘用スーツを使用しても良い。
●情報精度
このシナリオの情報精度はAです。
想定外の事態は絶対に起こりません。
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